第97話
「時哉殿、どうしても行くのか?」
「ああ」
「恐らく波香殿のことだからそう簡単には見つからないと思うが......」
「そうだね。でもこのまま放ってはおけない。放っておいたらナミカちゃんは......」
午前5時、汐海、美菜、香織が見守る中、時哉はリュックを背負いあてもなく波香捜索の旅に出ようとしていた。
「うっ、うっ、時哉さん、ごめんなさぁい......うっうっ」
美菜はまた泣き出した。
「いいんだ。美菜。こうなってしまったからには仕方がない。これからは自分の欲だけでなく周りの人達の事もよく考えて行動するように。人間社会ではそれは必要なことだよ」
「うっうっ......はい」
美菜の彼氏、有働は一命は取り留めはしたがしばらく入院することになったのだ。
「時哉さん、仕事の方は大丈夫なんですか?」
香織が時哉の事情も心配してそう聞く。
「うん、しばらく休職扱いにしてくれたよ。クビも覚悟の上と思ってはいたけどね」
時哉の勤務先、天晴学園は神崎喜一郎がオーナーである。その娘、神崎恵美を通じて良きに計らってもらい時哉は仕事を辞めずにしばらく休職扱いとなったのだ。どうやら恵美には波香から連絡が入ったようだ。私がいなくても総務兼経理部長の間宮、最近、製造部長に就任した小西に任せれば会社はうまく回るということを告げて一方的に電話を切られたらしい。
波香が突然、姿をくらまそうとしていることをすぐさまに時哉に聞こうとしたが恵美は既に元恋人である時哉の連絡先を削除していて自分からは連絡が取れないでいた。が波香との電話が終わった後にすぐに時哉から連絡が来て事の次第を知ったのだ。しかし時哉は波香が家を出た本当の理由を恵美には話さなかった。痴話喧嘩ということにしてあるのだ。しかし恵美はその話を信じてはいなかった。今までの波香を見てきた彼女だからよほどの事があったのだろうと。詮索はしなかったが一人でそう思っていた。
「じゃあ、行ってくるよ」
「うむ、私達に出来ることがあったら連絡をして欲しい」
「ああ」
◇
時哉はまず北条繁一の屋敷へと向かった。門前払い覚悟の上でだ。しかし意外なことに繁一は時哉と会うことを承諾するのであった。
「どうだ?波香に逃げられた気分は?ワッハッハ」
「......ナミカちゃんはここに来たんですか?」
「うむ。自分がワシに作られたクローンなのかと確認しにきたわ」
「......それでお館様はなんと?」
「『いかにもお前は73番目に作られたクローンだ』と言ったが?」
「くっ......それでナミカちゃんは?」
「泣きながら去っていったわ」
「なぜ、引き留めなかったんですか?」
「ん?もうあれはワシには必要ないからな。......のう、フランソワ」
「はい」
繁一の後ろから波香そっくりの女性が現れた。
「!!また、あなたはそんな......」
「どうだ?時哉?お前もワシに仕えてみんか?そうしたらおまえにも波香そっくりの女を与えてやろうではないか。お前はなかなか有能な事がわかったからのう」
「お断りする。あなたは......あなたは人としてどうかしている」
「ん?なぜ、そんなたかがクローン1体に固執する?」
「例え、クローンであっても俺にとってはナミカちゃんはナミカちゃんなんです」
時哉はそれだけ言うと繁一との会話を終え、北条のお屋敷をあとにする。
(さて、後はもう全くアテがないぞ。俺もとりあえずナミカちゃんの会社に行ってみるか)
◇
__神崎電子工業株式会社社長室。
時哉の元恋人が社長室の椅子に座りその周りを間宮、小西、時哉が囲うようにして座っていた。
「何か会長が行きそうな場所に心当たりはないだろうか?」
「......」
時哉以外の3人は無言であった。がしばらくして一里塚が口を開く。
「会長は以前、ケニーで派遣で働いてた時も突然辞めてどこかへ行った時があります」
「うん」
「ごめんなさい、それくらいしか......でも、都心にはいないような気がします。こういう時って海とか山のほうへ行くんじゃないですかね?」
「それはどうして?」
「ごめんなさい、なんとなくです。確証はありません」
「......ふむ」
全くの手掛かりがないままに時哉は神崎電子を後にした。アテもなく電車に揺られること数分が経ち、時哉はあることを思い出した。波香には最も頼りになりそうな身内がいたことを。とりあえず時哉はその人物へと連絡するために一里塚に電話をかけた。
「あ、小西さん?」
『はい、時哉さんどうしたんですか?』
「マキナの電話番号を教えてもらえるかな?」
『あ!そうでした!あたしも忘れてましたよっ!真樹菜ちゃん達ならきっと居場所を探してくれますよねっ!』
「うん!」
『じゃあ、私、時哉さんの電話番号を教えますね!真樹菜ちゃんから電話をするように伝えますので』
「うん、宜しく頼むね」
『はい!』
時哉はそう言えば真樹男のほうはどうなったのか今まで考えもしなかった。が、時哉の思惑とは裏腹に折り返しでかかってきた真樹男の声は明るかった。
『おーっほっほっほ、時哉さんお久しぶり』
「元気そうだな」
『ええ、元気ですわ~』
「キミのほうは何も支障がないようだね」
『まあ、そうですわね。私の旦那様は懐が深いお方ですから。おーっほっほっほ』
「......まさか、自分がクローンだってことを話したのか?」
『もちろんですわ。わたくしは隠し事が嫌いですの』
「そうか。良かったなマキナ。理解のある旦那さんで」
『おーっほっほっほ。彼ったら例えクローンでも俺にとっては唯一無二の存在、愛しているよですって。おーっほっほっほ』
「......そうだね。俺もキミの旦那さんの気持ちよくわかるよ」
『......ええと、とりあえず姉さんの居場所をつきとめればいいのかしら?』
「うん、できるかい?」
『わたくしの旦那さんならそんなこと朝飯前でございますわ~。全国の防犯カメラのデータをハッキングしてもらいますから』
「おお!素晴らしい」
『では、わかり次第連絡いたしますわね』
「ありがとう、助かるよ」
『いいえ、ではまたのちほど』
ようやくきっかけを掴めた時哉は昨日の夜から何も食べていないので牛丼屋に入った。牛丼を頬張りながら波香のことだけを考える。
(......クローン人間だからってそれがなんなんだ。俺の気持ちは変わらないのに......ナミカちゃん......どこにいるんだ?)
◇
「1、230円になります!......はい、ちょうどいただきました!ありがとうございましたあ」
波香はある町のコンビニでアルバイトを始めていた。
「杉本さん、お腹の赤ちゃんはどう?」
「はい、順調です」
店長らしき人物が波香に声をかける。
「しかし、彼も悪い男だねえ、こんな美人さんを身ごもらせて別れるなんて」
「いえ、彼は何も悪くないです。悪いのは私のほうですから」
「......ひとりで子供を産んで育てるのかい?」
「はい、そのつもりです」
「誰かいい男を紹介しようか?」
「いえいえ、もう男の人はこりごり......あはは」
波香は明るくその店長に笑いかけそう言った。
「それより産休の時はご迷惑をおかけしますが......」
「いいんだよ。その時は他にもバイトさんいるから。気兼ねなく休んでね」
「ありがとうございます」
「休憩いっといで。うちのやつがチャンプルー作ってたから食べてきな」
「はい、ありがとうございます」
波香はエプロンを外すと裏方に引っ込んでいく。そこにはテーブルの上にチャンプルーが置いてあり店長の奥さんと思われる人がお茶をいれていた。
「おや、千春ちゃん。ちょうど良かった。今、出来たとこなのよ。さ、食べて食べて」
「奥さん、どうもありがとうございます。......はむ、うん!おいしいです!」
波香は幸せそうに店長の奥さんに微笑む。店長の奥さんもそんな波香の顔を見て満足そうだった。
「出産予定日はいつなの?」
「一ケ月か二ケ月先ってお医者様は言ってました」
「そうなの。楽しみね」
「はい!」
「困ったことがあったらなんでも言ってね」
「そんな、でも、ありがとうございます」
波香は今までに働いて稼いだお金でしばらくは何もしないで生活できたが何もしないでいると余計な事を考えてしまうので働くことをやめたくはなかった。働くことによって時哉やみんなのことを少しでも自分の脳から消したかったのだ。
__人であらざるものが今まで偉そうに散々他人に向かっていろいろしてきた。自尊心が高すぎる波香は自分が許せなかったのである。そんな自分を作り上げた父、繁一を憎みはしたがお腹の赤ちゃんのことを考えると繁一をどうにかすることは思いとどまり単身、みんなから離れ自分と時哉との間に出来た赤ちゃんと二人でひっそりと暮らしていくことを波香は選択する。
沖縄の地でチャンプルーを頬張りながら波香は店長の奥さんに言った。
「今日は暑いですねっ」
(続く)