「どっこいしょ」
自然にそんな言葉が自分の口から洩れてしまう。年のせいかしらと思う波香。伊波から自転車を借り一番近い銀行へと店の金を両替しにやってきた。両替機には先約がいて波香は近くの椅子に腰を下ろし順番を待つ。
「あら、もうすぐですか?」
後から来た赤ちゃんを背負った知らない同じ年の頃と思われる女性に声をかけられた。
「え?ええ」
「男の子?女の子?」
「女の子です」
「あら、そうなんですね。お母さんに似て美人さんになるのかな~」
その女性は波香のお腹を見て微笑んでそう言う。
「赤ちゃんは男の子ですか?」
「うん、そうなの~」
その女性は波香の隣に座りしばし2人は世間話に勤しむのだった。
◇
「ぐわっ!ぎゃあああああ!!いてててて!!」
「どうするのっ?このままだと折れちゃうよっ!」
3人の男を相手に大学の裏路地で大乱闘劇を演じていた美菜は最後の男の片腕をガッチリと腕ひしぎ逆十字固めで極めてそう叫んだ。
「わ!わかった!!もうその女には構わないから!!放してくれ!」
みしっみしっ......
その男の腕から骨の軋む音が聞こえてくる。
「絶対だよ!今度会ったら問答無用で腕でも足でもへし折るからっ!!」
美菜はそう言って男の腕をリリースする。すると男たちはドタバタと黒い車に乗り気絶した小野寺をそのままにして走り去っていった。
「明日香ちゃんっ明日香ちゃんっ!!」
美菜は倒れている小野寺に向かってそう起こそうとするが反応がない。慌てて小野寺の胸に耳を押し当てる。
「......とりあえずは生きているみたいね。そうだ!救急車!!」
美菜はまたまた自分のスマフォから救急車を呼ぶ。ものの数分で救急車は到着した。
「あれ?あなたは......難儀ですね」
こないだ彼氏の件で呼んだ救急車に乗っていた救急隊員とまた出会ってしまう美菜であった。
「あ、あははは......」
◇
小野寺が誘拐されようとした動画を一部始終録画したSDのデータを一番近い交番に持ち込んだ汐海はようやく交番でのやりとりを終え小野寺の通う大学へと戻って来たがすでに小野寺はいない。しかしすぐに美菜からラインで事の次第を受信していて心配しないで済む。さて、これから自分はどうしたものかと食堂でお茶を飲む汐海。そしてすぐに進藤に会いたい気持ちが湧いてきてラインでもいれようと思ったが彼は確か今、講義中だ。講義中に気を煩わせるのも気が引け講義が終わるまでラインを送信するのは待つことにした。
ぴろり~ん
偶然な事にそう思った矢先、進藤からラインがあった。
『今日会えないかな?一緒に食事でもどう?』
その文字を見た瞬間、汐海の顔はぱあっと明るくなった。
「もちろんです。私も会いたかったです。今、大学に来ていますよ。今、講義中ですよね?食堂で待ってますので今は講義に集中してください」
一気にそう入力し終えると汐海は一息つきお茶を飲む。講義が終わるのを今か今かと待つ汐海。やがて講義が終わったようで学生達が廊下を歩いているのをチラホラ見かけるようになる。そして進藤が汐海の待つ食堂までやってきた。
「ごめん、待った?」
「いいえ、待つ楽しさも味わう事が出来て幸せでござ......幸せですわ~」
「は、ははは」
「会話のバリエーションをいろいろ試してみようとしているのだが噛んでしまっては意味がないな」
「まあ、汐海さんの話しやすい言葉で言ってくれればいいよ。もう俺はどんな言葉だろうと構わない。汐海さんは汐海さんだからね」
「しんど......真一さん」
「今日はちょっといいところを予約しているんだ。それで大事な話がある」
「ふむ、大事な話。なんだろう」
「それはその時になったらのお楽しみ......お楽しみじゃないかもしれないけど。ははは」
「??」
◇
「ふあああ~」
「おはようございます」
「おはよう香織さん」
「敬一郎さん、朝ご飯どうします?」
同じ布団から目覚める谷と香織。昨夜は谷のおすすめの恋愛アニメーションを2人で鑑賞しその後、感想で談義を重ねるうちに熱くなりそのまま布団へと直行したのであった。
「そうだねえ、どこか食べに行こうか?」
「え?お金がもったいないです。私、何か作りますよ!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。昨日は激しかったし香織さんも疲れてるんじゃないのかい?」
「そんなこと......でも、優しいですね、敬一郎さん。じゃあ、敬一郎さんの言う通りにします」
「じゃあ、外に食べに行こう。......俺ってこんな趣味ばっかりじゃないですか?だからほとんど外食なんてしなかったんですが一人だしかったるいし......でも恋人ができたらそんな幸せな様子をみんなに見てもらいたくて......ハハハ、ゲンキンな奴ですよね」
そう言って谷は頭をぽりぽりと掻く。
「その気持ちすっごくわかります!私も同じです!私も今までずっとひとりぼっちだったから......でも、ある人と出会って私の人生は劇的に変りました。敬一郎さんとこんなふうに幸せに毎日を過ごせるのもその人のおかげなんです」
「そうなんだ。で、その人って誰なんですか?」
「......遠い親戚です」
◇
那覇空港からタクシーで波香の働くコンビニへと向かう時哉と真樹男。
(ナミカちゃんだって自分を見つけ出して欲しいと思っているハズだ。本当に探して欲しくないなら探すことが困難な海外に行くハズだから。真樹男達の存在を忘れているわけがない)
そう思いつつどう波香の事を説得しようか考えあぐねていた。
「なあ、マキ......ナ」
「あ!今、マキオって言いそうになりましたね?」
「いえいえ、めっそうもない」
「ま、いいですわ。なんでしょう?」
「こんなことをキミに聞くのも何かと思うんだけど......」
「どうやって姉さまを説得するか?ってとこかしら?」
「はい、その通り~」
「......はあ、まあ、自尊心の高い姉さまのことですからトキヤさんが何を言おうと難しいかもしれませんね」
「そうなんだけどさ、じゃあ、なんで沖縄なんだい?」
「わたくしもそう考えてました。わたくしたちが姉さまが沖縄にいることくらい簡単につきとめてしまうことに姉さまが気づかないハズがないですものね」
「そうなんだよな~。本気で俺たちから逃げようとは思ってないハズだよな」
「ですわね。まあ、姉さまの言葉を待ってうまく対応するしかないのでは?」
「ううう、難しいな」
「......前から聞きたかったのですがどうやってあの姉さまと交際することになったのですか?......まあ、昔から姉さまはトキヤさんのことは気になっていたみたいでしたが......」
「まあ、いろいろあってね......ハハハ」
時哉は言葉を濁した。確かにいろいろあったのは確かだがあの時は波香の昔の繁一との事で心を病んでいた時にそこに付け込んだ節があったので時哉は真樹男に話しづらかったのだ。
「まあ、とにかくナミカちゃんが無事でさえいてくれれば俺はそれでいいんだ」
「は?何をおっしゃいますの?ここまで来たんですもの絶対に連れて帰りますわよ?」
「......ハハハ」
苦笑するものの沖縄まで来て盛大な姉弟喧嘩は勘弁してくれと節に願う時哉であった。
◇
「突然だけど香織さん。俺と結婚して欲しい」
ぶふふふふぅ~~~
オレンジジュースを盛大に谷の顔面に噴き出す香織。普段クールビューティ宜しく冷静さを装っている香織のこんな失態を見るのは多分、今後も谷だけだろう。谷も谷で香織がジュースを口に含んだ時にそんなことを言うのは間が悪すぎた。
「......」
「ご、ごめんなさい!」
あわてて香織はハンカチを取り出し谷の顔面を拭く。
「......ありがとう敬一郎さん。私、すごく嬉しい」
「じゃ、じゃあ!?」
「でも、ごめんなさい。返事は少し待ってもらえませんか?あ!でも誤解しないで欲しいのですけど敬一郎さんとの結婚に不安で迷っているとかじゃないんです。あくまでもこちらの都合なんです。こちらの都合で敬一郎さんに迷惑がかかってしまうかどうかを考えたいんです」
「迷惑?それって?」
「ごめんなさい、今は言えません......」
「わかった。返事は待つよ......良い返事を待ってる」
「ありがとうございます。そんなにはお待たせしませんので......」
◇
ここは超高級レストランの一室。大学の講義が終わった進藤と汐海はワインをたしなむ。
「ちょっと晩御飯には早いけどね」
「それを言うには及ばんがいいのか?こんな高そうな......」
汐海は自分の着ているドレスを見、そしていかにも高そうなレストランの内装を見て驚きを隠せない様子だった。
「そのドレス、本当によく似合ってるよ」
「うむ、私も自分ではないようでなんともはや......」
このレストランに来る前に無理やり進藤は汐海をあるブティックに押し込みドレスを着させてきたのだ。
「それで真一さん。大事な話とは?」
「うん」
進藤は自分の内ポケットから指輪のケースを取り出しそれを汐海の目の前でパカッと開けた。そこにはまばゆい輝きを放つダイヤモンドの指輪が......
「!?」
「北条汐海さん。俺と結婚してください」
「うあ、あうあうわ.......」
あまりのサプライズに汐海は言葉が出ない。
「......汐海さん?」
「わ、私と結婚したいというのか?こ、この私と.......」
「うん、貴方しかいない」
「も、申し訳ないが少し考えさせてはくれまいか......あまりのことに私は混乱している」
そう言いつつも汐海は差し出されたダイヤモンドの指輪を手に取りそれを自分の左手の薬指にはめた。
「お、おおお!!これが婚約指輪というものか......」
自分の左手の薬指にすっぽりと収まった指輪を見つめ汐海はしばし呆然とするのであった。
◇
「だから、なんで逃げるんだよ!!俺の話を聞いてくれ!!」
「姉さま!待ちなさい!!」
ようやく波香を見つけた時哉と真樹男。彼たちは自転車で逃げる波香を走って必死で追いかけている。
ぎこぎこぎこ......
「はあはあはあ、やっぱり海外に逃げるべきだったかなあ」
波香は子供のことを考えて海外には行かなかった。日本で産みたかったのだ。海外でも治安のよいところなら良かったのだが身重な彼女はそこまで考え、それを行動に移すのはしんどかったのである。
「もう!追ってこないでっ!」
__夕日を背にし自転車で爆走する波香。今、時哉達をふりきったところで自分の行くところは突き止められているのだろうと思いもしたが店の金を預かっている以上、とりあえずコンビニに帰るしかないと思っていた。
(続く)