後書き
長らく拙作「うちの妖怪娘」にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
何故、妖怪を題材にしたエロSSを書こうかと思ったのか。
と聞かれますと、好きだからとしか答えられません。
何故に、自分は書こうと思ったのでしょうか?
思うに妖怪というのは、どこか人を引きつけてやまない、魅力があるからなのかもしれません。
過去に様々な人が、妖怪を題材とした作品を残してきました。
可愛いもの、かっこいいもの、エッチなもの、愉快なもの、そんな様々な妖怪達の世界。
しかし知れば知るほどに、彼らを理解するには膨大な知識が必要な事が分かります。
様々な書物を紐解けば紐解くほどに、違う顔を魅せる妖怪達。
成立した当時の文化背景、人々の暮らし、また歴史的事件。
様々なものが妖怪の成り立ちに関わっています。
中には風刺として創られた、当時の背景を知らなければ、あるいは洒落として当時の文化を知らなければ、理解することの出来ない妖怪も少なくありません。
未知への恐怖、あるいは解明できていない現象を妖怪として説明したもの。
それらが時代を経るにつれ、一種のマスコットとして愛されるようになり、たくさんの人を惹きつけてきました。
また水木しげる先生の描いたゲゲゲの鬼太郎等も、欠かすことの出来ない影響を与えています。
鬼太郎の持つオカリナに憧れ、当時の自分は学校で粘土を使ってオカリナを作ってみたりしたものです。
水木先生の描く、活き活きとした妖怪達。
一反木綿、ぬりかべ、砂かけ婆に子泣きじじい。
何度もアニメになり、鬼太郎の活躍に胸を躍らせた幼少の思い出。
悪い子は~というEDの歌に、どこかバツの悪い思いを感じていたあの時。
思い返すに、妖怪とは自分の世代には馴染み深いマスコットであり、そうなったのは間違いなく水木先生のおかげでありました。
それ故に先生の訃報には強い衝撃を受けたものです。
何の根拠もなく、水木先生は百歳は生きるだろうとそう思っていたのです。
水木先生と帝都物語の荒俣宏先生が、共に回った旅行記。
従軍中に一人だけ原住民からバナナを貰って食べていたから一人だけ肥えていた等、愉快な人柄をうかがえるエピソードなど楽しく読ませていただいておりました。
そんな偉大な先人である、水木先生がいなければ、今の妖怪文化は全く違ったものになっていたでしょう。
また近年ブームになった妖怪ウォッチなど、新たな妖怪作品も続々と生まれております。
そんな中で、自分のような素人の書くSSがどれほどのものなのかと、鼻で笑われるかもしれません。
しかし、好きなものは好きなのだから、書きたかったのだから、そうなったらもう書くしかなかったのです。
男の妄想溢れる、エロエロな妖怪SSというニッチな題材。
さて如何程のものであったか。
男の個性はなるべく削り、一部の例外はありましたが名前を出さないという手法は、素人の自分にはいささかハードルが高かったように思えます。
また技術的にも、まだまだ力不足を感じることも多く、単語一つに辞書を引き、文献を探してと手間もかかり、かなり遅い執筆ペースでもありました。
変に回りくどい言い回しになっていやしないか、エロSSなんだからもっと軽い文体にするべきでは? 地の文はもっと削って台詞を増やした方がいいのでは?
いつも試行錯誤しておりました。
この部分は話に関係ないからと、かなりの分量を削ることも多かったです。
そんな拙作を少しでも面白いと思っていただけたのなら、何よりの幸いであります。
一応の完結をしたとはいえ、今後もその後のあの妖怪はどうしているのかという後日談「妖怪娘さんその後(仮題)」また異形の要素を強くした「妖怪娘さん濃い目」あるいは「妖怪娘さん濃ゆいの」といった感じのタイトルで、また新たなお話をお届けできればなと思っております。
ちなみに現時点では、蛇娘、一反木綿、蟹坊主、絡新婦といったネタが出来ております。
またエッチなもの以外でも、真面目な妖怪物だって大好きなので、何かしらそういった話も書いていこうかと思いますので、気長にお持ちいただけると幸いであります。