今回は重い話です。
イチャラブばかりで胸焼けしないように、ちょっと口直しのツマにでも。
醒めがたき虚妄に身をゆだねつゝ
わが飢ゑの深まりゆくを
日はすでに奪はれて
げにあとかたもなき水脈のおそろし
くろがねの冬の砦は手にとらば一片の雲となるべく
手にとらばわが飢ゑも血をなせる灰とならむを
かくてまた
醒めがたき日を享けつがば
なにをもてわが歌のうたはれん
----逸見猶吉詩集より
夜の底に沈んだ山々に、荒く激しい息使いが吸い込まれ行く。
闇の中、走る影が一つ。
息を荒げ、何かから逃げるように、走る、走る、走る。
闇夜の山中にあっても、その足取りにはまったく迷いは見られない。
地理を完全に把握している証拠であった。
それを追い、轟々と葉擦れの音を響かせる風と共に、黒い人影が一本線のように残像を残し、獣道を走り抜けていく。
まったく体幹に振れのない、あきらかに武術を修めた者の歩法だった。
狙いを定めた肉食獣のように、その速度はいや増していく。
とても人間とは思えぬ速度だ。
凄まじい速度で坂道を駆け上がる人影の後に、つむじ風が立ち、枯葉を巻き上げていく。
追われる影が立ち止まり、振り返る。
逃げきれぬと踏んで、迎え撃つ覚悟を決めたのだろう。
追い駆ける影がそれを認め、さらに速度を上げる。
突進するその影に、横薙ぎに腕を振るった。
それは尋常なく速く、重い!
だがその一撃を予想していたのか、走りながら体を沈み込ませ躱す。
そのまま勢いを落とさず、がら空きになった腹部に肩から思いっきりぶち当たった。
「あ、ぐぅ!?」
この
だが柔らかい腐葉土の上に落ちたため、さほど大事はなかったようだ。
「
その呟きとともに、腕から雷光が迸った!!
闇の帳を引き裂くように、両者の姿が照らされる。
逃げていた影は女。
ボロボロだが、それでも大事に手入れしていたのが見て取れる、薄手のブラウス。
スカートは所々が擦り切れ、留め具は壊れ、縛ってパレオのように着用している。
首回りには、古びた毛布をマントのように巻き付けていた。
どう見ても、まともとは言えぬ出で立ちの、まだ若い女だった。
だが外見はそれ以上にまともではなかった。
顔の彫りは日本人よりも深いが、欧米人程ではなく、ハーフめいたものがある。
体は引き締まっており、筋肉質だが、女性特有の柔らかさや丸みも充分に主張していた。
だが一番目を引くのはその頭だった。
秋の山々の
そして・・・・・・頭の両側面から生えた長い角。
緩やかに波打つようなくびれがある、象牙のような質感をした角。
女は鬼であった。
対するのは人の男。
山伏に似た、装束を纏っていた。
手には白木の金剛杖。
瘴気を防ぐといわれる
そして鈴懸から脚絆に至るまでもが、全て黒を基調としたものだった。
体格は装束の上からでもそれと分かる、よく鍛え込まれた頑健さが見て取れる。
頭襟を被っているため顔は見えないが、そこから覗く目は呑み込まれそうな、どこまでも深い深い、底知れぬ闇の色を持っていた。
背中には紅葉の葉に似た意匠。
それが三角形を描くように並ぶ紋章が染め抜かれていた。
否、これは鳥の足。
烏の足だ。
三本足の烏。
それは中国の火烏であり、日本の八咫烏であり、太陽を象徴する霊鳥の足を象ったもの。
足跡とは古来より、特別視されてきたものだ。
踏みしめるという行為は、大地に封ずる事に通ずる。
相撲の四股も、邪霊を大地に封ずる儀式であった。
古代中国、伝説に残る夏王朝の王である
その歩き方を真似た
仏教の祖、釈迦の足跡を象った仏足石も、信仰の対象であった。
聖人や偉人、そして聖獣の足跡を象るとは、その力を宿し、邪を封ずるということだ。
三足跡の紋章。
これは烏天狗の使う流派紋の一つである。
天狗は妖術以上に武術に長けた妖怪だ。
天狗が人間に武術を指南するというのは、古来より多くの逸話が残っている。
有名どころでは、かの源義経が幼少の頃に、京の鞍馬山で天狗から武術を学んだというものがある。
人間を魔道に誘う天狗もいるが、人間に友好的な天狗とて多いのだ。
現代でも天狗に師事する退魔師は少なくない。
この男も天狗から武術や妖術を学び取った人間の一人なのだろう。
「どうした、
男が紅葉と呼んだ鬼女に向けて、電光を纏った腕をかざした。
腕に絡み付く雷が解き放たれ、紅葉へと向かって襲い掛かった。
如何に身体能力に優れる鬼族とはいえ、雷速には及ばない。
当たる。
かわせるはずがない。
だが、雷は紅葉を大きく反れ、地面に吸い込まれていった。
一瞬の静寂の後・・・・・・
大地と大気を震わす轟音。
地面が爆発し、地雷が響き渡る。
「きゃあ!?」
意外なほどに可愛い悲鳴とともに、紅葉の体が宙を舞った。
体勢を立て直し、たたらを踏みながらも、何とか着地に成功する。
はぁ、はぁと息を荒げながら、紅葉は男を見た。
相も変わらず、闇色の眼で紅葉を睥睨していた。
その眼が、紅葉の心をかき乱す。
(見ないでよ、そんな眼で、そんな眼で私を見ないでよ)
「あんちゃん」
紅葉の呟きに、男の眼が揺れる。
だがそれを遮るように、轟っという振動と共に、男の背後から雷の柱が生えてきた。
それに続き四方に、八方に。
地面から雷が生えるという、有り得ざる光景。
八柱の雷が二人を取り囲んでいた。
等間隔に並んだ雷は、通り抜けるのに充分な間隔が空いてはいたが、その空間は全てを飲み込む深淵の穴にも・・・・・・あるいは全てを阻む城壁のようにも見える、そんな一種異様な雰囲気を伴っていた。
ここにいてはいけない、そんな思いに駆られた紅葉は、後方の隙間から抜けようとする。
途端、足がもつれて転倒する。
足の合間に金剛杖を投げ込まれたのだ。
顔を上げたと同時に、一息に跳躍した男が紅葉の眼前に着地した。
跳ねるように飛び起きて、右に向かって駆け出した。
が、駆け出す紅葉に向かってメキメキと木の倒れる音が響いてくる。
進路変更。
右後方の雷の間を通り抜ける。
「よし、
男は呟きながら、金剛杖を拾い上げた。
木など、どこにも倒れてはいなかった。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
行けども行けども、果てがなかった。
この山は紅葉が幼い頃から棲んでいる場所だ。
隅から隅まで、知り尽くしている。
迷うことなど有り得なかったはずなのだ。
彼女は知る由もないが、これは奇門遁甲と呼ばれる、戦争にも用いられた古い魔術だ。
八つの方角のいずれか、どこに進んだかによりそれに応じた空間へと誘われる。
紅葉が迷い込んだのは、杜門。
どこまでも果ての無い、閉ざされた空間。
何処へも行くことのできない、停滞した世界。
それはまるで・・・・・・あの男の。
「
男の声がこちらへと近付いてきていた。
全身に痺れるような感覚。
それとともに、力がどんどん流れだしていく。
男が唱えているのは、邪を祓い百鬼夜行を退けるという
「紅葉、もう逃げ場はない。この閉鎖された世界、俺を殺そうと出ることはできぬよ」
男が金剛杖を構え、腰を落とした。
「さあ、両親の仇、討ち取ってみせよ」
その言葉に紅葉が浮かべた表情は、憎しみでも、怒りでもなかった。
それは悔しさと、悲しみだった。
震える拳を握り、泣きそうな顔で飛びかかってきた。
その拳が、金剛杖で容易く払われる。
二度、三度、その度に、受け流されてしまう。
金剛杖は何の変哲もない、白木の杖でしかない。
人間でもへし折れる程度のものだ。
如何に尊勝陀羅尼の文言で力を減じているとはいえ、妖怪の中でも随一の怪力を誇る鬼の膂力なら、それこそ枯葉みたいなものだ。
だというのに金剛杖には傷一つ付かない。
完全に受け流され、力を殺されている。
腕力を埋める、圧倒的な技量差があった。
力任せに突き出した手を取られ、投げ飛ばされる。
息が、出来ない・・・・・・
体力が、もう限界に来ていた。
柔らかい土の感触に、このまま身を委ねてしまおうかとも思う。
柔らかい土・・・・・・
紅葉は気付いてしまった。
さっき吹き飛ばされた時も、わざわざ柔らかい土の上に落としてくれたのだ。
手加減されている。
それが紅葉の癇に障った。
私は戦う価値も無いのか?
私は殺す価値も無いのか?
私は、相手をする価値も無いのか?
私を見ろ。私を見てよ。
私を覚えていてよ!!
気付けば紅葉は絶叫していた。
飛び上がり、男の顔に向かって腕を振るった。
どうせ先程のように容易く捌かれる。
紅葉はそう、思った。
だが・・・・・・
男は微動だにしなかった。
避けようとも防ごうともせず、甘んじてそれを受けようとでもいうように。
当たる、と思った。
その確信があった紅葉は、慌てて拳を引こうとした。
だが勢いの付いたものを、引き戻そうとすればどうなるか。
大きくバランスを崩し、二人はもつれ合って絡み合いながら倒れた。
気付けば、紅葉は男の胸に顔を埋めていた。
懐かしい温もりに、紅葉はしばらく惚けていたが。
「どうした、殺さんのか?」
その言葉に、紅葉はようやく我に返る。
倒れた時に解けたのか、頭襟の下の顔があらわになっていた。
ずいぶんと変わっているが、昔の面影が残る、紅葉の知る顔だった。
圧倒的技量差があっても、これだけ密着してしまえば身体能力差を覆すことは出来ないだろう。
もはや紅葉の手に、男の命は握られたも同然だった。
「い、いま、今、何で当たろうとしたんだ!?」
「・・・・・・さて、鬼気にでも当てられたのかもな」
泰然とした態度に、ますます苛立ちが募る。
体を起こし、男の胸ぐらを掴み上げて怒鳴った。
「ふざけんなよ!! 当たったら、死んじゃうんだよ!!」
「それでいいではないか? 両親の仇を討てるのだ、何を躊躇う?」
「なんで、そんなこと言うんだよぉ!! 私に、私にあんちゃんを殺せるわけないじゃないかぁ!!」
その叫びは、慟哭だった。
どこにも行き場のない、怒りだった。
「俺は、お前の両親を殺したぞ」
「おっとうと、おっかあが、殺されたのも、仕方ないじゃないか。おっとう達が、あんちゃんを・・・・・・あんちゃんの!!」
ぼたぼたと、男の服に水滴が落ちていく。
紅葉の両目から、とめどめなく涙が溢れだしていた。
「私は、あんちゃんの、仇の娘、じゃないか!!」
気付けば、男の手が頬を撫でていた。
優しく、いたわるように。
その眼はもう闇を湛えてはいなかった。
紅葉のよく知る、優しげなものだった。
「お前が、悪いわけじゃないんだ・・・・・・紅葉」
もう紅葉からは嗚咽しか出なかった。
子供のように泣きじゃくって、大声で泣き続けていた。
男は涙や鼻水に唾液で胸元が汚れるのも気にせず、胸に顔を埋めた紅葉が泣き止むまでずっと、頭を撫で続けていた。
「俺にだって、お前を殺せるわけないじゃないか」
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「お前、だれだ? 名前は?」
「な、まえ?」
初めて二人が出会ったのはいつだったろうか?
「名前、ないのか? さいきんはやりのいくじほーきってやつか、よもすえだなー」
「いくじ、ほーき?」
「おれ、安志ってんだ」
「あんじ・・・・・・あんちゃん」
あんちゃんと口にした時のことはよく覚えている。
「じゃあ・・・・・・もみじみたいにきれいなかみの毛だから、お前はもみじだ!!」
「も、みじ?」
私に名前をくれた。
木の名前、虫の名前、星の名前、魚の名前、動物の名前。
色んな名前を教えてくれた。
文字の読み方、数の数え方、計算の仕方、みんなあんちゃんに教わった。
子供には、鬼だの人間だの、そんなことは然程の問題ではなかった。
そういったものがあるということさえ知らなかった。
ただ、そういうものだという事実。
それを素直に受け入れていた。
あんちゃんにとって、私は角の生えた女の子で、私にとっては角の生えていない男の子。
それだけでしかなかった。
「紅葉の服、ボロボロだしな。かーちゃんの着なくなったお古持ってきた、ちょっとでかいけどな」
あんちゃんからの、贈り物が嬉しかった。
転んで汚してしまって、泣いてしまったのを覚えてる。
わんわんと泣く私の手を握ってくれた。
そうしてずっと手を握り合っていたかった。
何も恐れずに、ただはしゃぎあっていたこの時が、一番幸せだった。
あんちゃんと一緒に山を駆け回って、日が暮れるまで遊んでいたかった。
あんちゃんが帰ると、私は一人きり。
おっとうもおっかあも、いつも山にはいなかった。
たまに来くることがあったが、私には見向きもしてくれない。
あんちゃんが遊びに来てくれる日がいつも待ち遠しかった。
そして、あの日が来た。
「紅葉、いるかー?」
「あんちゃん!?」
ある寒い日の夜の事だった。
ねぐらにしていた古い山小屋に、あんちゃんが訪ねてきた。
「今日は、すごく冷え込むっていうからさ、毛布持ってきた」
一人でいたくなかった。
だから、私はわがままを言って、あんちゃんと一緒に寝てもらった。
帰ったらどやされるなと、それでも笑いながら私のわがままを聞いてくれたあんちゃん。
とっても暖かかった。
この時には、私達はだいぶ大きくなっていて、あんちゃんの顔は真っ赤になっていた。
とても幸せな気持ちで眠れたのを覚えている。
「じゃあ、またな紅葉!」
寒桜の花びらが舞い、朝露に濡れた葉が朝陽を浴びてキラキラと光って、その景色の中であんちゃんは笑って言った。
あんちゃんはいつも、またなっと言った。
また、次がある。
それが当たり前なのだと言うように。
またなっと、あんちゃんは笑って。
そうして、あんちゃんはそれっきり、来ることはなかった・・・・・・
私は山の外に出たことがなかった。
何故か知らないけど、山から降りてはいけない。
そんな強迫観念があった。
思えばそれは、人里に降りた鬼は退治されるという、祖先から受け継いだ本能だったのかもしれない。
だけど、我慢できなくなって、夜を待って山を降りたのだ。
あんちゃんの匂いを辿って、人間の街の中を歩きまわって。
そうして、あんちゃんの家を見つけた。
表札にはあんちゃんの苗字と同じ文字。
教わったのと同じ文字。
だけど・・・・・・その家には黄色いテープがあちこちに貼られていた。
KEEP OUT 立入禁止 警察
知っている。
これは、あんちゃんが持ってきてくれた漫画にもあった、事件現場に貼られるもの。
なんで、血の臭いがするの?
なんで、おっとうと、おっかあの臭いがするの?
私は、あんちゃんが何で来なくなったのか分かってしまった。
私の幼い恋は、それが恋だと気付く前に、永遠に失われてしまった。
殺してやろう
私からあんちゃんを奪ったあいつらを。
そう思った、そう決めた。
そうして、ずっと待っていた。
ずっと、ずっと・・・・・・何年も、何年も。
そして、ついに待ち望んだ臭いがやってきた。
殺す。
それ以外の事は頭になかった。
臭いを追って、走って、走って走り続けた。
私が着いたのは、全てが終わった後だった。
血の海に沈んで、動かなくなった両親。
そこに立っていた黒ずくめの男。
ああ、先を越されてしまった。
私の、私の仇だったのに・・・・・・
だけど、その顔を見た時、私はそうだと分かった。
だいぶ変わっていたけど、あんちゃんだ。
黒ずくめの男は、あんちゃんだった。
生きて、いた。
生きていてくれたのだ。
「あん、ちゃん」
あんちゃんは、はだけた布を顔に巻きなおすと、私の横を黙って通り過ぎていった。
私のことを、見てもくれなかった。
当然だった。
それは当然のはずなのだ。
生きていたからといって、家族の仇、その娘の私が今更どんな顔をして近付けるというのだ。
それでも、許せなかった。
無視されたのが許せなかった。
理解できても、感情が納得してくれなかった。
私を見てほしかった。
私を覚えていてほしかった。
だから、私はこの人に殺されよう。
そうしてこの人の心に、私を刻み込んでもらおう。
もう止められなかった。
自分の浅ましさを嫌悪しながら。
気付けば、私は絶叫して、あんちゃんに跳びかかっていた。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
ようやく落ち着いてきた紅葉の、土埃が付いた唇に被せるように安志の唇が重ねられた。
ついばむような短い口付けの直後、近付いた唇から漏れ出る互いの吐息が、お互いの鼻先をくすぐるようにかすめていく。
「あ、あん、んぐぅ!?」
驚きのあまり呆けて開きっぱなしの紅葉の唇を再び奪い、滴る唾液を啜りながら、貪欲に口内に舌をねじ込んでいく。
前歯、歯茎、頬裏、口内を隅々まで舐めしゃぶり、唾液を流し込み、思う様に蹂躙していく。
「んぷぅ、ぅぅぅんっ?」
紅葉は何が起きているのか理解するのに時を要し、そのあいだ口の中を蹂躙され尽くし、すっかり腰が砕けていた。
「あ、あんちゃん!?」
「嫌、か?」
「わ、私、私、鬼だよ!?」
「何か問題でも?」
「だ、だって、人間じゃないんだよ?」
安志はがりがりと頭を掻きながら、そんな大した問題なのかと言わんばかりの表情で答えた。
それは、紅葉に勉強を教えてくれた在りし日と同じ表情だった。
「俺が鍛えてもらってた烏天狗さん家の末の娘さんな、このあいだ人間の旦那さん捕まえてきてな。もうじき子供も産まれるそうだ」
「人間と・・・・・・烏天狗が?」
「ああ、別に、大した問題じゃないみたいだぞ。ずいぶんと幸せそうだった」
「私で、いい?」
それに頷いた安志に、感極まって抱き付いた紅葉だが、その瞬間、鈍い音が響いた。
「・・・・・・ごめん、あんちゃん」
角の側面で顔を殴打されてしかめっ面をする安志に頭を下げ、またぶつけられそうになった安志が、角を手で受け止めた。
しばし見つめ合って、安志が苦笑を浮かべた。
つられて紅葉も笑った。
そうして、どちらからともなく、唇を寄せあった。
「この毛布、あの時のか」
「うん」
最後に会った日に、二人で包まった毛布。
紅葉にとって、それは大切な思い出の品だった。
それが、今また二人の褥になっていた。
ぐいっと、足の間に割り入って、紅葉の秘裂に押し入ろうとする。
安志の半生は家族の仇を討つための修行ばかりだった。
女の扱い方など、まるで知らなかった。
紅葉も経験など無い
ただ本能のままに、力任せに貪ろうと、ろくに濡れてもいない女陰に一物を押し付けて、ぐいぐいと強引に分け入っていく。
ぶつんっと肉が引き裂かれ、湿り気の足りない、粘膜同士の接触はただただ痛みだけを訴えてくる。
それでも、それが心地よかった。
この人のものにされたのだという証を刻み込まれているようで、ひどく甘い痛みに感じられた。
安志にぎゅうっと力強く抱きしめられて、胸が蕩けそうな程の幸福感を覚えて、紅葉も抱き返したくて堪らなかった。
子供の時よりもずっと力が強くなってしまった、今の自分がそんなことをすれば、どうなるのか・・・・・・
こんな力などいらなかった。
抱き締めることもできないのに。
抱き合うのに邪魔な角もいらなかった。
それでも体は反応しだしていた。
行為を行えば、防衛反応として自然と愛液は分泌されていく。
徐々にだが、抽挿がスムーズになって鈍痛が疼痛へと変化しだした。
鬼は元々、痛覚が鈍い傾向がある。
快楽が痛みに勝りだしていた。
「おおぅう、おおぉぅ、んはぅぅうぅぅ・・・・・・」
お腹の奥に灼熱を感じた。
ずるりと一物が引き抜かれていく喪失感。
いつの間にか目の前に差し出された陰茎を呆けて、ただ見つめ続けていた。
唇を押しのけて、精液と愛液と破瓜血が混じった亀頭がぬるりと押し入ってきた。
自分と男のものが混じった性臭が口いっぱいに充満し、鼻孔に抜けていく。
そのまま歯が当たるのも構わず、ぐいっと押し込んでいく。
ずるずると喉に浸入を続け、吐き気がこみ上げ喉奥が広がると、熱り立った陰茎をさらに深く喉の奥に導く結果になってしまった。
角を掴まれ蓋をするかのように強引に腰を突き込まれ、喉を抉られ、擦られる。
掴まれた角が、ひどく熱かった。
自分の角が、まるでそのために付いているかのように、喉の奥の奥まで男が進入するための取っ手にされて。
抱き合うのに邪魔なだけだと、そう思っていたのに、役に立つなら悪くないなどと思ってしまっている。
苦しくて、吐き気が込み上げてくるのに、その考えが、膣内を拡張されるよりも子宮を熱くさせていた。
喉奥に垂れ下がった柔肉が、男の物にぷるぷると当たり、そうやって喜ばせる器官のように錯覚する。
口はこのためにあるのだと教えられているようで、ひどく興奮した。
喉の奥を全て一物で塞がれて、胃を精液漬けにされていく。
そしてまた赤く潤んだ女の割れ目を滅茶苦茶に突き崩され、腰を押さえつけては何度も何度も注ぎ込まれた。
「あんちゃん?」
「どうした?」
「ぎゅって、したい」
「そっか、気付かなくてごめんな」
安志が紅葉の耳に口を寄せ、ボソリと何事か呟いた。
途端、紅葉の全身の筋肉が弛緩していく。
「にゃ、にゃに!? こりぇ・・・・・・ちから、はいんにゃい」
「
紅葉の手が、ゆっくりと背中に回される。
「どうだ?」
「うん・・・・・・うん、こりぇ、ぎゅっとできゅりゅ」
(これでも、ちょっと痛いくらいだな)
と、思ったが安志は口には出さずに紅葉を抱きしめた。
全身が弛緩して、程よく絡みつくようになった婬肉。
脱力しきった筋肉は、独特の弾力を持ち、肌と肌が触れ合っているだけで心地良かった。
ぬめぬめと肉壁が蠕動して、男根を擦り上げていく。
だいぶ要領を理解して、性感帯に当たるように腰を動かすと、もう痛みもない快楽に染まった甘い嬌声が上がる。
目の前で揺れる紅葉の頭。
それに合わせて揺れる角。
安志はふといたずら心を起こして、その角をかじってみた。
「や、ぁぅ、つ、角、か、かじっひゃ、だめぇ!!」
カリカリと歯を立てられる度に、その振動が頭の中にまで響いて、紅葉の意識を混濁させていく。
「ひゃあああぁあァァンッ!! ああ、つ、のぉ、ひびくぅ」
昂った性感は、角を性器へと変貌させていた。
歯を立てられる度に、ガクガクと身を震わせる。
こんこんと子宮を突かれながら、角をかじられて、紅葉は全身を震わせて絶頂を迎えながら意識を手放した。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
目が覚めると、空が白み始めていた。
あんちゃんに抱かれて、分かってしまったことがある。
あんちゃんは、私を好きじゃない。
あんちゃんが求めたのは、家族という幻想と、過去の思い出。
烏天狗の夫婦とやらが、あまりにも幸せそうで、それが羨ましかったから。
失ってしまった家族を、取り戻したかったから。
分かってしまった。
私は、女だから。
ずっと想い続けていた人だから。
それが解ってしまった。
あんちゃんは、今の私ではなく、過去の私の幻想を見ている。
私は、私はこんなに愛しているのに。
こんなに想っているのに。
ああ、いっそ、食べてしまおうか。
それが素晴らしい考えであるように思えてきた。
肉を喰もう、
あんちゃんの全てを、私のものにしてしまおう。
そしてこの閉鎖された空間で腐り果てて一つに溶け合おう。
たぶん、あんちゃんもそのために、この空間へと自分を誘ったのだろう。
自分より遥かに強い彼なら、こんな世界を作る必要はなかったはずだ。
あんちゃんは、私に殺されて両親の仇を討たせようとした。
だけど、人を殺した私を野放しにはできない。
だから、彼を殺してもどこにも行けない世界を作った。
だから、ここは私と彼だけの世界だ。
だから、あんちゃん・・・・・・一つになろう。
この二人だけの世界に。
疲れ切った老人のような顔をして眠る男に、紅葉は手を伸ばした。
私が食べる人間はこの人だけ。
この人が最初で最後の人だ。
私だけの特別にしてしまおう。
心臓が早鐘のように脈打っている。
その顔に、手が触れた。
あとは、力を入れるだけだ。
はらりと、その手に花びらが舞い落ちた。
寒桜だった。
桜の花が舞っていた。
あまりにも美しいその花は、清涼であると同時に、ひどく心をかき乱す魔性も同時に内包して見えた。
あの日、最後に見たあんちゃんの笑顔を飾っていたあの桜と同じように。
何をしようとしていたのだろう、私は。
自分の浅ましさが嫌になる。
ああ、桜よ、桜。
私の浅ましさを吸い尽くしてくれ。
魔性を吸い尽くして、散って消えていくように。
「紅葉・・・・・・」
愛しい男が微睡みの中で、名を呼んでくれた。
紅葉にとってはそれで充分だった。
もうさっきまでの陰鬱とした感情は何処にもなかった。
私は自分のおぞましい感情を知りながらも、もうこの人から離れることは出来ないだろう。
浅ましい自分が嫌になる。
それでも、この人のために生きよう。
この人と共に生きていきたい。
朝陽の光を浴びながら、私はこの人の幸せを願い続けた。
疲れ切った老人のように見えた顔は、今は母に抱かれて眠る幼子のようだった。
食べちゃうと思ったかい?
残念、私の話は基本、ハッピーエンドです。
さて、今回は今までと毛色の違う話になりますと前々から言っておりましたが、まず男の方の描写が濃くなっています。
今まではエロということで、極力男のキャラ付けは薄くしてきました。
名前なんかまったく出しませんでしたしね。
それでも一応、設定とかは作るには作ってはあるんですけどね。
今回の話は、捕食者と被捕食者の恋という感じです。
着想は槇○敬○氏のHu○gry Sp○der」の歌詞を参考に、自分の考えを盛り込んでみたものです。
あと仮○ラ○ダーJの主題歌なんかも参考に。
妖怪物ならやはり捕食者っという部分はやっておきたいなという自己満足ではありますが。
また妖怪退治屋みたいな存在もいるわけで、鬼、吸血鬼、妖狐の話は毛色が違いますと言ったのは、その部分に触れる話になるからという。
まあ自分の自己満足なんで、軽く読み飛ばしとけばいいやと思ってください。
魔術関連も自分の趣味ですので、読み飛ばして問題ありません。
さて、次は吸血鬼の予定だったのですが、せっかくバレンタインというイベントが近いので、先に送り狼の方を書いてバレンタインに投下ということで。
この話のプロットが一番バレンタインイベントを絡ませやすかったので。
これはいつも通りのイチャラブ話でせう。