※この作品はR-18です。

2.5Dの狂演   作:ぴぴけ


原作:オリジナル作品
タグ:R-18 性転換 TSF TS
いつものインスタント麺を作ろうと思ったら出来上がったカツ丼です。
ドンカツではありません。

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2.5Dの狂演

目を覚ますと見知らぬ場所にいた。白い天井。灰色の壁、黒い床。無彩色で統一された部屋だ。広さは大体……学校の教室ほどか。出入り口のようなものは見えない。

言うならば箱のような場所だった。こんな状態なのにいやに落ち着いている自分がいた。

さて、これまでの自分の行動を思い返す。特に変わりはなかったはずだ。特に妙な人に会ったりもせず、特に変な場所によったりもせず、いつも通りの時間に寝たはず……

思案しながらふと壁に目線をやると灰色の壁に黒い文字で何かが書かれているのが見えた。

『まもなく開演です』

ただその一文だけ。一体何が開演するのか。さっぱり見当がつかなかった。しかしながら、何となく、背筋に寒気がするのを感じた。

「はぁい! 物好きな皆様方こんばんわー!」

唐突に部屋に女の声が響いた。それと共に安っぽいバラエティで流れるようなBGMが女の声を阻害しない程度の音量で再生される。

「おっとぉ! 今晩もなかなかの視聴者数! 皆さん暇なんですか? それとも変態さんなんですか?」

安っぽい笑い声のSE。なんだこれは。視聴者、ということは何かの放送か? ならば何を放送している?

「ではではでは! 本日の被害者さん、さっそく公開しちゃいましょう! 1,2,3! ハイ!」

その瞬間、壁に穴が開いた。まるで音楽室の防音壁のように。否、まさかこの一つ一つが――

「勿論この放送は4Kどころか360度余すとこなく8K対応! ハイレゾ音源で配信です! 高速回線の準備はいいか!?」

女はおどけた声で言う。

予想通り、壁の穴はカメラ用の穴のようだ。となれば放送対象は、自分、か?

「さぁて今回の被害者君! 意気込みをどうぞ!」

待て、意気込みも何もこっちは状況すら呑み込めていない。

「なんなんですか!? これは!?」

恐らく、人間として至極当然の反応だっただろう。誰だってこういうだろう。よほどの人間でない限り。

「……はい! テンプレ通りの反応ありがとうございます! あ、その質問に答えるつもりはあんまりないので悪しからず」

女はまるで路傍の石について語るかのように話す。彼女の言うことから察するにこの放送は前にもあったのか……?

「さぁて皆さん、今回はどんな風にしていきます? 季節感に合わせて夏風で攻めます? それとも知ったこっちゃぁないと好みを押し付けていきます? 或いはファンタジックなのもありですね! もちろんここは性癖の坩堝。皆の共感を得ようが得まいが採用されればモーマンタイです!」

待て、この女は何を言っているんだ。なんだこの服を選ぶようなノリは。そして最後の性癖の坩堝とは。

「じゃあどんな風にいくかちょぉっと皆さんに訊いてみましょうか! ……え? 『コメ稼ぎ乙』? やだなぁ私は純粋に皆様に質問してるだけですよーホントダヨー」

わざとらしい棒読みで女は言った。

ここで推察できるのは、この放送に対してコメントする人間が確かに存在するということだ。こちらからは無彩色の部屋しか見えないが、どこか別のところで女と、この放送に対するコメントは確認できるらしい。

少しずつ、少しずつではあるがこの以上の全景が見えてきた気がする。つまりは自分は見世物というわけか。

だがその次が分からない。自分は特に何か特別なことができるわけではない。いわば一般人。見ていても、監視しても、録画しても何か面白いことが起きるとは思えないが――

「ふむふむほうほう。意外と水着は人気ないんですね。ちょっと時期が早いんですかねぇ?」

――女の意図は相も変わらず理解できない。確かにまだ水着の時期には早いというのには同意する。だがこの状況とは何の関連もない。

「ウェディングドレス? それはジューンブライドまで待ちません? いや、用意はありますけども」

いやいや待て待て。なんだ、どうして水着の次にそれが来る? 少なくとも男の自分には特に関係のない――

だが、ここまでの異常事態だ。女装させて笑いものにするとかぐらいまでならあり得るかもしれない。

「なるほど今回も皆さん中々の性癖をお持ちで! ではそろそろ本番行きましょう! ダイスの準備は十分ですか? アンケートの回答はいつでもできますか? その他諸々口に出すのも憚れる、あれとかそれとかこれとかオッケー? ではでは三分間差し上げましょう!」

女の声が止んだ。聞こえるのはまるで電話の保留音のようなBGM。相変わらず壁のカメラはこちらを監視し続けている。

ともかく、後三分の内に何かが始まることだけは明白だった。しかしだからと言って何ができるわけでもない。唯立ち尽くすことしかできなかった。

「はい被害者さんこんにちはー!」

だが、三分を待たずに女の声が響いた。まだ十秒もたっていないはずだが。

扉も何もないこの部屋に女はどんな手を使ってか侵入してきた。いや、侵入というのは誤りだろう。そもそもここを用意したのは女なのだろうから。

女の姿もまた異様なものと言わざるを得ない。現実にこのような人物がいてたまるか、そう言いたいほどの姿だった。

まるで3DCGソフトで出力されたキャラクターのような外見だ。髪は目に痛いほどの蛍光色。それもまたあざといツインテールでまとめている。肌は塗りつぶされたような色だ。むらなく薄い肌色は一種の人工美ではある。

そして一番異様なのはその服装だ。白衣の前を全て開けて着ている。いや、正しくは衣服と呼べるものを前を開けた白衣しか着用していない。――つまるところ半裸である。

だが女がそれを意に介す様子は全く見受けられない。実に堂々とした立ち居振る舞いだ。これならば仮にここが公衆の面前でも一周回って通報すらされないのではないかというほどだ。

「はーい、お注射しますよー!」

女はどこからともなく身の丈ほどある注射器を出してそういった。いや、待て。なんだあれは。もはや医療器具ではなく唯の武器ではないか。

抗議の言葉も抵抗すらも実現する前に女は俺の腹に注射針を突き刺した。不思議なことに痛みは全くない。だがしかし、体が動かない。

女はそんな俺をまるでとっておいたお菓子でも見るような目で横目に見ながら何やら忙しなく手元を動かしている。彼女がそうしている間に俺の手足からは急速に感覚が失われていく。

それを契機に一気に意識が奈落へと落ちていく。最後に目に映ったのは果たして――

 

◆

 

「あーテステス。映ってます? 聞こえてます? モーション取れてます? 骨折したりしてません?」

急激に意識が覚醒した。聞こえるのは女の声。目に映るのは真っ白な天井だ。どうやら寝かされているらしい。

起きようと体に力を入れる。だが動かない。いやそれ以前に手術台のようなものに縛り付けられている――!?

「おっと此処で被害者さんお目覚めでーす! ねぇねぇ今どんな気持ち? ……やだーそんな睨まないでー。こわぁい」

女は挑発するように体をくねらせる。こちらとしては喋ろうとしても呂律すら回らないので勝手に忖度するのはやめていただきたい。そしてさっさと家に帰してほしい。

「さてさてではでは本番開始です! さぁ、皆さん。一発目のアンケート行きますよ! 準備はいいですかぁ!?」

その瞬間、真っ白だった天井が真っ黒に染まった。そして映像が投影される。

映像はどうやらリアルタイムのアンケートらしい。赤青黄緑の棒グラフが瞬く間にその値を変動させていく。

アンケートのタイトルは『今回の方向性は?』である。

それに対する四つの回答であるが――

赤:アンケート主体で決める!

青:古き良き安価スタイル!

黄:天啓の赴くままに!

緑:いっそ全部ダイスで!

……いや、これをアンケートで決めるのか。

だがこっちとしては困ったものだ。どう進めていくのかはともかく何を進めていくのかはこの選択肢からは一切読み取れない。

女はこちらを見ていない。変動するグラフに驚き笑い時には煽り、つまりは主導者であり一種の傍観者、画面の向こうの彼らはきっと享受者であり実行犯だ。

「はーいそこまでー! 結果は……じゃじゃん! 今回は緑、ぜぇえんぶダイスで進めちゃいまーす!」

彼女のセリフに合わせて、安っぽいSEがまた部屋を茶化す。ダイス、つまりはサイコロであり結論として運任せに他ならない。

「ではでは~運命の一発目のダイスは――『年齢』! 皆さん準備はよろしいですか!? 今回は2D15で行きますよ! せーの――!」

数秒の沈黙。女はそれを破りにかかる。

「はい、今回の参加者は153人ですね! では私は1D153で行きますよ、そぉれ!」

女の掌は宙を切った。だがしかし、映像には確かに59という数字が記されている。

「……59番目の方の数字を採用です! その数字は~? 10! これはこれはなかなかギリギリセウト/アーフというやつですね!」

年齢、12、ギリギリ。この三つの言葉の組み合わせが異様に牙をむいているように思えた。頭の中で最悪が想起される。そして本当の最悪とはそれを乗り越えるものだ、と頭の中の辛うじて冷静な部分が冷徹に告げる。

「では皆さん! 録画の準備はオッケーですか!? いつものあれ、行きますよー!」

女は笑顔で、一本のメスを構えた。流石に医療に疎い自分でもわかる。それは決して両手で握るものではないし、さらには人に向けて振り下ろすものではないということは!

だが現実はそれを肯定した。振り下ろされた刃はそのまま腹部に衣服越しに突き刺さり、鋭い痛みを数秒与え、そしてそれは間を置いて鈍くなっていった。

いや、それだけではない。痛みは全身に伝播しつつある。特に関節だ。関節という間接が内側から焼かれているかの如く熱を持ち、痛みを神経に伝えている。神経は迷走し、伝えるべき情報が脳に正しく伝わっていないのか、痛みは一秒を置かずに引き、そして引き切る前にぶり返している。恐らくは常に痛みを伝えているのだろうが。

――さらに悪化。関節だけでなく骨が砕けるような痛みがする。それとともに女がメスを抜く。傷口からは何かが流れ出ている。

――そして重症化。筋肉が痙攣し、体がその意図すらなく羽ばたくように振動する。にやける女が視界に映る。

――またも深刻化。腸は煮込み過ぎたシチューのように、肺は萎んだ鞠のように、そして心臓は狂ったメトロノームのように。女が何か愉しげに話している。

――終には意識の墜落か、或いは人体の蛹化か。嘘か実か夢か現か。痛みという異常を乗り越えた全身は、過剰なまでに敏感になり、その相乗は体の像を変容させたと錯誤させる。

体の感覚がおかしい。相対的な感覚と絶対的な感覚の不和が拡大している。そしてその理由の模範解答はこのふざけた女によって一瞬で与えられた。

「おやおやおや! 何をどうしてそんなに目を回しているのです! あなたが見据えるべきはこれから先の未来と今の自分の姿でしょう!?」

女は俺の拘束を解いた。だがしかし体は全く動かない。だからこそ拘束を解いたとみるべきか。

女は俺の服を脱がせた。予想に反してそれは一瞬で終わった。そして天井のモニタには全裸の少女が、今の自分と全く同じ姿勢で倒れている映像が映し出された。

ここでやっと理解が追い付いた。これまでの全てでついに乗り越えられないほどの最悪が眼前に全容を表した。

女は言う。「どうです! この新しい体は――!」

今の俺にはその言葉は過剰なほど丁寧な回答だった。

「おやなるほど。あなたほど呑み込みが早い人は初めてですよ。普通の人はここで一悶着あるんですが――視聴者さんも驚いてます」

つまりこの少女が自分であるということか。

冗談ではない。こちらだってこんなのはまっぴらごめんだ。だがしかし、女の言葉から察した事実はほぼ正解なのだろう。眼前の鏡映しの少女は今も目だけを忙しなく動かしている。

仮にこの人物が自分でなかったとしても俺はペドフィリアではないので劣情を抱く気は全くもってないが、それ以前に少女の容姿には異常な点が多数見受けられる。

まず身長。最初に女が現れた時、俺の身長と比較して少し低い程度だったのでおそらく165㎝程度。今映像の端に映っている女と少女のスケールを比較すると少女の身長はおそらく130㎝にも満たないだろう。

次に体型。下腹部が一番膨らむ寸動体型。胃下垂などによってみられる腹部の膨張だ。

顔に関しては何も言うまい。至って普通だ。

髪に関しては高い位置で二つにまとめられている。ツインテールと呼ぶべきかピッグテールと呼ぶべきかの議論はここでは置いておこう。

このほかいくつか特筆すべき点はあるが、それらに共通する点として、先ほど女が出した10という年齢をこの少女に当てはめた時、少女はあまりにも幼い。過剰なまでにその幼児性が強調され過ぎている。

落ち着け、この狂演を前提としろ。自分の知識を当てにするな。理不尽ゆえの論理性の破綻はあれど、この現象には理由があるはずだ。

女の言葉を紐解け。それより上に視聴者のコメントを置け。

夏風・好み・ファンタジック・水着・ウェディングドレス。

方向性はアンケート、安価、天啓、ダイス。

……まず一つ。この公演は行き当たりばったりだと言わざるを得ない。先程の女と視聴者の関係への感想はおそらくそう遠くはない。

方向性の中で女が直接舵をとれるのは女自身の天啓によって事が成される場合のみ。それ以外は視聴者が主体だ。

視聴者が定めた方針に従い、女が被害者の体を変容させる。視聴者はそれを見て楽しむ。なるほど、女が視聴者を変態などと罵るのはこれ故だろう。

だがこれはどうなのだろうか。性別が変わる、というのは考察の外に一旦置くとして、年齢の10という値について考えてみるとどうも不自然だ。

当然ながら年齢と体の発育はある程度は比例するだろう。しかしながらそこには個人差というものが大きく関わってくる。年齢を定めてもその結果の人物像は一意に定まらない。

どこかで決定的なずれが存在する――いや、それがあっては成り立たない。視聴者の欲求と女の供給は同一でなければ公演は成功と言い難い。

ではどうする。……ずれを存在しないようにする? そうならば一体どうするというのか。おそらくここが要だ。過剰なまでの幼児性が強調されているのはここでの操作によるものだと仮定しよう。

――駄目だ。ずれを消す手法が思いつかない。いや、いっそ逆か? ――いや、これが真だ。ずれを消すのではない。符号化だ。象徴化だ。

「さてさて被害者さん! 今の感想をどうぞ!」

息を吐く。声は問題なく出そうだ。無駄でもいい。これが流れを変えるか否かは重要ではない。唯の自己満足だ。理不尽の解明・理不尽への反逆という、激流に石の礫を投げ込む行為に過ぎない。

「分かったぞ」

問題なく声は出た。声は明らかにいつもの自分とは違うが捨て置くことにしよう。

「ここで行われてるのはただの属性の付与だ」

女の表情が明らかに変わった。憤怒でも悲愴でもない。面白いものを見つけたという愉悦の表情だ。

「――その心は?」

今までのようなふざけた態度ではない。見定めるような目だ。声も心なしか落ち着いている。

「お前は視聴者の要求を絶対に切り落とせない。しかし要求は完璧には読み取れない。10という年齢から、その人物が大人びているか幼稚かは読み取れない。だからそこの認識を共通化する必要がある。

 それを成すために一番簡単なのは、言葉を符号として扱うことだ。単純な属性へと貶めることだ。こうすれば認識の齟齬は起きない。誰でも理解できるものへと簡略化されたわけだからな。

 あとはお前のいう所の被害者にその属性を付与すればいい。10歳はお前らの中でまだ多分に幼さを残した年齢なのだろうな。おそらくその幼さが過大評価されこのように表出化したわけだ。

 ――これでどうだ?」

「――正解です。その部分は完璧な回答です。では女性という属性が付与されたことについては?」

「皆目見当もつかんが、その方が見栄えがいいのではないか?」

「これも正解。随分と単純ですがね。しかしよく思いつきましたね。妄想癖でもあるんですか」

「生身の人間とCGが共存する摩訶不思議空間に不意に連れてこられたという前提があるからな。多少の不条理は切り捨てた」

女は肉食獣のような笑みを浮かべる。

ここが何の空間かはさっぱりわからない。しかし女の浮世離れした容姿、そして『モーション取れてる』、『骨折』。この辺りから女は現実の存在ではなく投影された架空の像として見るのが適当だろう。

「なるほどなるほど! ではでは続いてもう一つ。今のあなたは果たして現実の存在でしょうか? それとも私と同類でしょうか!?」「知るか」「おっと冷たい」

これに関しては今は回答を出せない。ここに来るまでの経緯が欠けているうえに、この女については少なくとも外見だけは現実のものでないと言うことしか出来ないのだから。

今はこの女が質の悪い小悪党か、それとも人智を超えた機械仕掛けの神か判別することは極めて困難だ。

「さぁて皆さん! 今回の被害者さん、どうやらなかなかのやり手のようです! さぁさぁこの方は一体どうなってしまうのか! ではではではでは! 次のダイス行きましょう!」

女は主導者の立場に戻る。恐らく自分も被害者の存在へと戻るのだろう。

天井に再び映像が投影される。今度は簡潔な文字列が10。

学生、ナース、バニー、メイド、ロリィタ、サンタ、和装、水着、公募、EX……コスプレか何かか?

そして目を引くのは最後のEXだ。明らかに禄でもないものだろう。

「ではいきますよ! 今回は私のダイスオンリーです! 果たして一体どうなってしまうのか!? 出でよ、10面ダイス!」

女の手にはいつの間にやら両手で抱えられるほどの大きさのサイコロが現れていた。面には目の代わりに投影されているものと同じ文字列が記されている。

「そぉぅれ!」

かくして賽は投げられた。そして十数秒もせぬ間に結末は確定した。

「さてさて結果は――ロリィタ! この年齢の幼女にロリィタファッション! 正しく鬼に金棒KAWAII×KAWAII! この相乗効果はEXのR指定必至のほぼ紐衣装にも匹敵する――!」

碌なものではなかった。本当に碌なものじゃなかった。本当に、本当に当たらなくて良かった。

「あらとっても安心した顔。ですがですが本番はまだまだここから。ロリィタは一日にしてならず。ロリイタでもロリータでもないので悪しからず」

どうでもいい。すこぶるどうでもいい。

「……しかし時間の都合上、どのファッションにするかでダイスを振る時間もありませんし数を用意する予算もありませんでした。よって残念ですが今回はゴスロリ確定という――いやいやいやちょっと勘弁してくださいよー、高いんですってこの手の奴ー」

女は虚空に向かって弁明を始めた。どうやら向こうは大荒れらしい。最初からロリィタと書かずにゴスロリと書いておけばよかったのではないだろうか。これについては女の落ち度だろう。

「ああもう強制進行です! ちゃっちゃと済ませますよ!」

女が取り出したのは……ヘッドセットだろうか。

「はいご注目!」

女は俺にそれを装着させた。準備がいいことにサイズまでぴったりだ。

映像は何も流れなかった。流れたものは複雑な発光パターン。流石にこれは映像と言えるのだろうか。

いや、これは何かがまずい。酷く吐き気がする。脳の最奥を揺さぶられている感覚とでもいおうか。体調の悪い時に大型バスで山奥をツアーしているような不快感だ。

「――吐く」「え?」

女は俺の言葉に対応できなかった。それもそうだろう。結局ほぼノータイムで嘔吐したのだから。

「うわわわわわ!? 放送事故! 事故です! 皆さん少々お待ちを!?」

BGMが妙に穏やかなものに切り替わる。きっと今放送は中断されているんだろう。

「……どうしましょう。これ」

「あんたの落ち度だろ? この年齢の子供にあんなもの見せて悪影響が出るとは思わなかったのか? 事前の検証も多分やってないんだろう?」

女は低い呻き声を出す。どうやら図星らしい。過去にテレビで複雑な発光を放映し大規模な神経障害を起こした例があるとは知っていたがまさか自分がなるとは思っていなかった。相当神経が弱っているらしい。正直今もかなり無理をしている。

しかしこれでまた判断材料が一つ。少なくとも自分の体は現実のもののようだ。吐瀉物による生ぬるい感覚が確かにあるし、その分布が前の自分の体のそれとは全くもって一致しない。

しかし不明点もある。今の光は何の意味があったかだ。さっき決定したのは衣服だけ。なら光を浴びせる必要はない。つまり光を浴びせるのはあくまで手段でありその奥に何かの目的が存在しているはず。それは一体――

「ああ、もう! とりあえずそうですね、体洗いましょう体!」

女は俺のヘッドセットを取り、指を鳴らす。不意にエレベータに乗ってるときのように重力を強く感じた。数秒してその感覚は止む。

辺りの光景はその一瞬で変貌していた。まるでホテルのものと見紛う大浴場。その時スピーカー越しに女の声が聞こえた。

「ちょっと時間あげますんで体洗ってきてくださーい! 洗い終わったら拾いに行くんで!」

それきりスピーカーは音を発しなくなった。……全身怠いが体は動く。今は全身が吐瀉物塗れで気分が悪い。女の言う通り体を洗うことにしよう。

 

◆

 

髪を纏めていた子供向けのデザインのゴムをシャンプーのボトルの傍に置き、シャワーで全身を流す。

湯気越しに見える鏡には全裸の少女が自分の動きを左右反対に模倣していた。改めて近くで見てもこの少女が十という年齢には見えない。もう一つか二つ幼いだろう。

無論その体には一本の毛も生えておらず、体のどこにも女の兆しは見られない。肌の柔らかさは幼少期特有のものだろう。

胸に手を当てる。その肉の薄さと鼓動の速さが自身の変容を物語っていた。

しかしもう過ぎたことだ。動揺していても仕方がない。

しかしこの放送の視聴者は気の毒なことだ。女の言葉から考えると普段は一悶着あるらしい、それを踏まえると女性になった男が、混乱するのを見るのを彼らは楽しんでいるのだろう。

そのうえで自分の反応の薄さと言ったら。きっと彼らも落胆するに違いない。あれだ。焼きそばを食べようと思ったらカップ焼きそばだった、みたいな感じだろう。

今も放送は継続しているのだろうか。あの女が間をつないでいるであろうことは想像に難くないが。

……いや、あの女がしそうなことを考えろ。きっと多分この辺りに――

「やはりカメラが回っていたか。洗い終わったなどどう判別するかとは思ったが……」

小型の防水カメラが装飾の陰に隠れて一つ。手近なところからシャンプーのボトルを持ってきてそいつの視界を塞ぐ。

それに続くように、とりあえず適当な死角を作れるように辺りのカメラを機能不全に陥らせる。天井にも二つほどあるようだがこれはどうしようもないので保留。

「――ん何やっとるんですかあんたはー!」

どたどたという足音を立てて女が浴場の入り口を勢い良く開けた。声にも表情にも怒気が籠っている。

「視聴者はねぇ! 望んでるんですよぉ! 元男が女の肢体に惑わされ堕落したり! そうでなくても幼女の裸を――」「五月蠅い」

シャワーの温度を最高まで引き上げ女に勢いよく放出する。女は意味を成さない悲鳴を上げその体を跳ね上げさせた。

その隙に傍にあった石鹸を女の足元に滑り込ませる。女はいとも器用にそれを踏みしめ後ろに向かって勢いよく転んだ。

しかし女がその身を床に打ち付けることはついぞなかった。倒れる直前、大理石の床の上に衝撃を和らげるクッションが唐突に現れたからだ。

いよいよもって女は根本的な物理法則を無視しだした。これまでも割と無視しているようだったが、流石に何もないところから自分より体積の大きいものを創造したことでそれは明らかとなった。

さらに言えば女は全身に熱湯を浴びせられたはずなのにその身には水滴の一滴もついていない。しかし女は確かにこれに反射反応を示していた。つまりは外見は変えているが確かにその内側には生身の何者かがいるのだろう。

「何してくれやがるんですか――」

女が言の葉を紡ぎきる前に駄目押しとばかりに今度は冷水をぶちまける。

今度は女は何も言わない。全身をわなわなと震えさせ、歪な笑みを浮かべるのみだ。

「ほれ。これで火傷にはならんだろう」

「お気遣いどうも――!」

流石に女も堪忍袋の緒が切れたのか、歩幅を広げこちらに歩み寄り、体格差をもって俺を無理やりとらえ、手錠でもって俺の手を拘束した。

更に過剰なほど長いロープで全身をす巻きにし、そのまま脇に抱えて無理矢理俺を連れて浴場の外へと出てしまった。無論今の俺は全身ずぶ濡れだが女がそれを気にする様子は微塵もない。

そのまま二、三の部屋を経由すると、先程の部屋へと舞い戻ってきた。今開いたはずの扉は何故か消失していた。

「はいはーい! 皆さーん! 放送再開しますよー!」

女は放送中断前と全く変わらぬ顔で、全く変わらぬように振舞って見せた。

「とと、その前に。お色直しの時間ですよ、被害者さん! さぁ、お好きなお召し物をお選びくださいな!」

いや、これはおかしい。先程一着しか用意できないと言っていたはずだ。しかし並べられた物体は明らかにそれより多い。

その上一つを除いてそれらは明らかに異質だった。いや、言い換えよう。何が異質かも判らないのに異質と感じてしまうという点において、それらは明らかに異質であった。

残る一つは黒を基調とした華美なドレス。こういうと聞こえはいいが実際には退廃的な印象とそれに相反する少女的な装飾が過剰に施されており、あまり趣味がいいとは感じられない。

なんとなく推察するにこれが女のいう所のゴスロリ衣装なるものなのだろう。では他のものは何なのだろうか。

他のものを観察する。いや、しようとした。しかしその正体が掴めない。真夏の日差しに照り付けられたアスファルトのように、徐々にその像がぼやけていく。

いや、認めるべきかもしれない。おそらくあれらは衣服の類なのだろう。しかし、それを認めることができない。あれらが衣服だという理解を脳が拒んでいる。

「人為的な認識障害か――」

してやられた。先程の光はそういうことか。

「おやおやご明察。そうですね。あなたの脳内に、衣服これ即ちロリィタファッションのみである、と焼き付けておきました。無論他の服をあなたは衣服と認識できません」

これは相当不味い。今後あの光を浴びせられる度に認識が歪むとなるとどう事が進んでいるのかが不明瞭になる。

「ま、とりあえず着たらどうです。その服」

女は俺の拘束を解き、促す。それに従うように俺も服を手に取る、が。

「――どうやって着るんだ、これ?」

女ものの服というだけで複雑なのにそれに加えてここまでの装飾と構造の複雑さである。正しく着用するのは至難の業だろう。

「おやおや、一人でお着替えもできないんですかー? 仕方ありませんね、ほら、着せてあげましょう」

しかし数分後、女はこの衣装に敗北宣言。最終的に二人でコメントを参考に試行錯誤しながらやっとのことで着替えが済んだ。

やはり全くもって落ち着かない。全体的な布地の柔らかい感触と、過度な装飾。パニエで膨らまされたフリルまみれのスカートも頭部を飾るリボンとヘッドドレスも当然ながらこれまで体験したことなどないようなものだ。

しかもどれもが普段着として扱うはずのないもの。これで落ち着くという人物はそれこそ稀だろう。

「いやー結構様になってるじゃないですか!」

「あんたも着替えたらどうだ? そんな痴女と見紛う格好、人間性を疑われるぞ」

一応断っておくがこの女の服装は裸の上に前を開いた白衣である。碌な恰好ではない。往来に出れば数分も経たずに逮捕されるだろう。

「いーんですー! これが私の一張羅なんですー!」

「そうか。お前がこの配信で金を稼いでいるかは知らんが、もしそうならさっさとそのCGの体に服を着せてくれる技師を雇え。そして良心と常識を脳にインストールしてこい」

無駄だとは思うがとりあえず言っておくことにしよう。どうせ無駄だが言わないままでいるよりは、というやつだ。

「というかさっきからあなた自分の立場分かってます!? 随分と目に余りますよ!?」

「何。お前は視聴者たちの女王であり奴隷だろう。お前は絶対に俺に感情的に手を出せない。今回の支配者は画面の向こうで俺たちを快楽のために消費している誰かなのだからな。そいつらに受けないようなことはお前はできん。まぁなんだ、生命ぐらいは保証されてるだろ」

「――なるほど。よぉく分かりました。そして視聴者の皆さん、続いてのダイスです。今回は1D3。さぁ早く早く!」

――流石に予想外だ。これまでの感じを見るに、この女はある程度事前に予定を組んでいる筈だ。故にそれを逸脱することは決してない。だからこそ嘔吐したときに女は慌てふためいたし、不意の攻撃ももろに食らい、その防御はあくまで事が起こった後に行われた。

だからこそ感情的にダイスを振られることはないと踏んだのだが――いや、振るタイミングをずらしただけか? どちらにせよ、結果が出るまでは推論できない。

だがしかし、ここで先程の例が圧し掛かる。脳に作用する超常的な催眠・暗示の類は自身で事の軽重を図ることができない。つまりは今回がそういったものの場合、女は本当に突発的にダイスを振ってくるかどうかの判断ができないわけだ。

「はい、今回は一番多かった出目を採用しますね!」

質の悪いことに、今回は選択肢の開示はなしだ。そして女はすでにヘッドセットを持っている。体格差で抗えないことは先程確認済みだ。

ヘッドセットが装着される。光の明度は前回よりは下げられていたが、それでも脳を容赦なく刺激するのは確かだ。しかも前回よりも時間が長い。

結局外される頃にはこちらは息も絶え絶えになっていた。女の浮かべる得意顔と比較するとさぞ対照的に映っただろう。

「さぁさぁどうです! さっきみたいに減らず口を吐けるもんなら吐いてみてください!」

「――めっちゃ気持ち悪い」「ああやっぱり吐かないで。収まるまで安静に」

気持ち悪いのは事実だから仕方がない。下手に捲し立てるともう一度吐きそうになる。

女はこんな俺を見て先程のヘッドセットを弄り回している。きっと何かを調整しているのだろうか。こちらとしてはあれを使うのは金輪際やめてほしい。というか超常的な能力があるのだからもうちょっと別の方法があると思うのだが。

「落ち着きました? 話せそうですか?」

女は思い起こしたようにこちらに声を掛ける。

――何を企んでいる。そう訊こうとした。

「何考えてるの? お姉さん」

口をついて出たのは同義異音。意識して口に出したわけではない。しかし思考と言動の不一致は確かに自覚できた。

女は嘲るような顔でこちらを見ている。

「さぁ! 今度は一体何が起こったのでしょうか!」

起こしているのはあんたじゃないか。そう言ってやりたかったが今回吐くのは別の言葉だ。

「『この本は明治二十五年の九月十日に書き始めて、三十四年の一月十五日に書き終わったよ。九年ぐらいかかったよ。けれども軍人さんのお仕事があるから、本を書き進めるのは大体夜中とかお休みの日に、お客さんがいない時だけだったよ

 私はもうおじいちゃんだから、好きなものもよく変わっちゃうし、似たような文を書き続けられなくなって嫌になるし、それに書くのを途中で止めることもよくあるし――』――分かったよ。喋る言葉が簡単な言葉に換えられちゃうんだね」

「微妙に外れです。というか何を読み上げたんですか、あなたは」

「アンデルセン先生が書いて、森鴎外先生が翻訳してくれた、『即興詩人』の最初の文だよ」

しかしこれで外れか。正直言って正解だと思ったのだが。

「あなたにはその姿に相応しい言葉しか喋れないようにしてあげました! ……なんでこのタイミングで一番緩いの引くんですか!」

「他にはどんなのがあったの?」

「ええ特別に教えてあげますよ! 『口調、思考言語ともに今の姿に相応しいものになる』、『口調のみが変わるがそのことに気が使ない』、そしてあなたが今回喰らったのは『口調は変化するが自覚できる』! いつもならここで、自分がどうなってるか気付かずに滑稽な姿をさらすのが評判なのに……」

――なるほど。口調の改竄か。今回は思考の改竄でなく良かったと思うべきか。そして幸運なことに、もう一つの収穫があった。

このダイスは決して感情的なものではない。女の言葉からは、このダイスは毎回行われていることが読み取れる。つまりはこれは予定の範囲内。つまりあそこまで煽られてなおこの女は自身の責務を逸脱していない。

「でも、まあこれでさっきまで見たいに罵倒されることもないというわけです! さんざん『雑魚乙』とか『幼女に負けるのは草』とか言ってた人ー! 見てますかー!?」

この女、そこまで言われていたのか。同情はしないが流石に憐れんでやろう。

「って被害者さん!? そんな目で私を見ないで!? 言葉がまともに使えないからって目で煽るのは反則ですよ!?」

「ごめんなさい……今お姉ちゃんに何か言っても変態さんか弱虫さんとしか言ってあげられないから……」「火の玉ストレート止めてもらえます!?」

もはや今この場において、一番の被害者はこの女だろう。慌てふためく様子は、無関係の人間から見ればさぞ滑稽に映るに違いない。

その時である。これまで流れたことのないSEが再生された。鐘の音である。

女はこれを聞いて我に返った。そして呟く。もう時間ですか、と。

時間というと何だろうか、この放送もいよいよ終わりということか。そもそも時間の概念があまりにも希薄に感じられていたのでそれについて考えることはついぞなかったな。

「あれあれ~? 被害者さん、なぁに安心した顔してるんですか!? ――お楽しみはここからですよ」

その瞬間、部屋の様子が瞬く間に変化した。これまでの無彩色から、目に痛いほどの蛍光ピンクに壁は染まり、壁には訳の判らぬ文様が刻まれ……安物のアダルトビデオでもここまで直接的に下賤なスタジオはまず存在しないだろう。

「さぁさぁ紳士淑女の皆々様! 本日も独占貸し切り生放送! 突入しますはお待ちかね! 情けも慈悲も、放送倫理も存在しない! 自粛も自治も自制も消え去り、欲望渦巻く性癖の坩堝! 良い子も悪い子もその脳髄をまとめて狂わす毒電波!

 今宵の犠牲者はここまで存分に私をコケにしてくれやがったゴスロリ幼女! では今この時この場所この瞬間から! R-18紳士枠、放送開始です!」

 

◆

 

――女の雰囲気が変わった。正しくあれは戒めを解かれた犯罪者の様相、あるいは檻から放たれた肉食獣の目だ。

「おや、そんなに見つめてどうされました? まさかあれで終わりだとでも思ってました? ――甘いですよ。あんなので視聴者さんが満足するわけないじゃないですか。とーくーに、あなたみたいに反応の薄い人! 盛り上がりに欠けるんですよ。

 なんなんですか、その全部見透かしたような態度。気に喰わないことこの上ありません。けれどもご安心を。私、全く怒ってませんので――」

確かに、彼女の雰囲気からは全くもって怒気は感じられない。しかし、それは別として全く異質の威圧感がひしひしと伝わってくる。

「ええ、だって。そういう人を完膚なきまでに叩き潰すのって、とっても面白いじゃあないですか」

女の抱いている感情は、全くもってこの異様な空間に相応しくない極めて純粋なものだ。楽しいか否か、それだけが重要だ、と。

いや、さっきから女のそれは何一つ変わっていない。主体が変わったのだ。見ている人が楽しいか、見ている人も楽しいか。一番目と二番目が入れ替わっただけなのだ。それだけでこの変化だ。

女がこちらに一歩を踏み出す。それだけの行為が酷く恐ろしく見えて、思わず一歩後ろに後ずさる。

「ああ、ああ。逃げられる訳ないじゃないですか」

そこには、確かに今まで無かった筈の壁が存在していた。

「ひっ……!」

声が漏れる。壁から突然ワイヤーのようなものが現れて全身を拘束されたからだ。

「ええ、その顔! 今まで冷静ぶっていた、斜に構えていた人間が、いよいよ本気で自分の身を案じだした時のその顔! もう我が身が可愛くて仕方がないという顔! 最高! 最高です!」

女の表情は――恍惚に染まっていた。

「ではではではではでは! 早速続きと致しましょう! これまで決まった方向性を基に、あなたを本気でぶち壊してやりましょうとも!」

女が持ち出したヘッドセットは先程のものよりも幾分か大きい。いや、それどころではすまなさそうだ。どこに接続されているのか、大げさなコードが何本も繋がっている。

「では皆さん! 誠に勝手ですがさすがに私も我慢の限界。サイコロ振ってる余裕はないのです! てなわけで皆さんのコメントから、面白いと思ったやつを採用していきます!」

女は俺の頭にヘッドセットを装着させた。視界が真っ暗になる。重みも段違いだ。

「では皆さん、好き勝手に赴くままに、書き込んでいって――ってもう書き込んでますねぇ! うーん、これと、これと、後それも……じゃあ決まったのから順次ぶち込んでいきましょう!」

瞬間、太陽かと見紛う程の光が視界を照らした。

「――――――! ――! ―――!」

声にならない絶叫と、身を焼くような痛みが全身を貫く。いや、どうなっているこれは。ああ、そうか。脳を焼かれているのか――!

「痛い! 痛い痛い痛い!」

「ああ、その声! いよいよ化けの皮が剥がれましたね! やっぱり人間痛みには逆らえませんね! ――おっと、これも追加で」

女はサイドメニューを追加するような軽い口調で俺に苦役を課す。こちらはずっと早く終わることを望んでいるのに、彼女はあくまで気紛れにそれを拒否する。

それが終わったのはいつかは判らない。それを判断する感覚はとうに麻痺してしまったからだ。

拘束が解かれる。支えを失った体は、重力に引かれるまま地面へと倒れ込んだ。

体が動かない。動いたとしても立ち上がる気力はない。そんな俺を見兼ねてか、はたまた自身の愉悦の為か、女はこちらに歩み寄る。

「――今の気分は?」「最悪だ。お前にも味わわせてやりたいほどに――!」

自分でも驚いたことが二つある。人間は案外頑丈なようで、この状況でも声は出たこと。そして自身の口調が元に戻っていること。

「おや? おやおや? おやおやおや!? なんですかぁ? まだ生意気言えるぐらいには元気じゃあないですか!」

女は俺の右足を掴み、宙吊りにする。倒に映る女の顔と目が合った。

「――その顔、その目。私の脳に焼き付けておきますよ。見れるのはこれが最後でしょうから」

女は俺をいつの間にか現れたベッドの上に放り投げる。衝撃は全て柔らかいマットに吸収されたものの、もはや体は指一本すら動かせそうにない。

「では、お待たせしました皆々様。この哀れな青年/少女の末路。どうか御目離し無きように――!」

女がこちらに近づいてくる。

「ええ、では被害者さんにどのような処置を施したのか。じっくり見ていきましょう」

体が掴まれる。女はベッドに腰かけ、俺の体を抱き寄せ、スカートの下に隠された臀部を露出させる。

「まず先程、聞こえた方がいるかもしれませんが、今、被害者さんの口調は元に戻ってますよね? ほら、なんか喋ってください」

「……離せ」「ほらこの通り。ですがご安心! ちゃーんと可愛らしくお話しさせることもできますよ!」

女は右手を高く掲げ、そのまま俺の尻に容赦なく振り下ろした。辺りに射的屋のコルク銃の鳴らす音と似た音が響き、同時に二種類の刺激が全身を駆け巡る。

「ほら、今度はもっとちゃんと長く喋ってください」「…止めてよ、離してよ」

「ほらこの通り! さてさてその仕組みは単純です!」

女はもう一度腕を挙げ、降ろす。

――一度目は錯覚だと思った感覚は、どうやら現実のものらしい。

「もし被害者さんがちょっとでも気持ちよくなってエッチな気持ちになっちゃったらこんな風におこちゃまな喋り方になっちゃうって訳です! 大変ですね」

他人事のように女は言う。

「え? 気持ちよくする自信がない? そんな皆さんを私は応援してサポートしてあげますとも! 例えばこんな風に――」

女は三度俺の尻を叩く。そして何度も、何度も何度もそれを繰り返す。

「ちょっ、やめっ、やめてっ!」

明らかにその感覚に痛覚だけでなく、快楽が入り混じっている。

「ほらほら! 被害者さんはお尻叩かれただけで感じる変態さんになっちゃいましたー! ――え? こんなこと出来っこない? まぁ確かに、お尻叩くのはちょっと、って人もいますよね」

そもそも尻を簡単に叩ける想定の方がおかしい、と反論しようとも考えたが、下手に燃料を与えることになるとも考え、引っ込める。

「ってなわけで、もっと簡単な方法をご用意しました! なんと、視聴者の皆さんも! 今! この場で! 簡単に出来ちゃう方法です!」

――どういうことだ。これまで、この女を介して視聴者の様子を窺えたことは度々あったものの、視聴者と直に何かあったということはなかった。

「ポチっと――はい、繋がりましたね。ちょっと大きくしましょうか」

近くの壁に映像が投影される。映されているのは女と自分。その上を覆うように文字列が羅列されている。女のいう所のコメントがそれであるということはなんとなく理解できた。

「はい、では皆さん! 私の言葉を真似てコメントしてくださいね!」

女が顔を俺の耳元に寄せる。そして囁く。

「あなた今、とってもかわいいですよ」

女は気が狂ったように、可愛い、可愛いと繰り返す。映された画面の上にも可愛い可愛いという文字列が洪水のように流れる。

最初はあまり何も感じなかったが、徐々に羞恥を感じる様になってくる。

「ほんっと、ちっちゃくて、こんな可愛らしいかっこで、まるでお人形の女の子みたいで最高に可愛いです!」

その一言が切っ掛けだった。すべての言葉が、文字が、容姿を褒める意味を持ったその全てが、まるで羽で全身を撫でるような快楽をもたらす。

「やぁ……止めてぇ……」

「ほら、こーんな感じで、『可愛い』、特に被害者さんが女の子っぽくてかわいい、って言ってあげるとこんな風にころっといっちゃいます!」

女が説明してる間にも、画面の文字列が全身を焦らす。

「被害者さんも女の子ですからね! 褒めてあげないと! ――まぁ子ども扱いしても気持ちよくなっちゃいますが、それはまた別の話。もうすっかり出来上がっちゃってますね。

 このままじゃ被害者さんも困っちゃいますし、私も鬼ではないので元に戻る方法を教えてあげますか」

流れるコメントが女に対する否定意見ばかりになる。それと同時に身を炙るような快楽が引く。

「というか皆さん、あんまりグダグダやってると枠終わっちゃいますよ? ささ、フィナーレと行きましょうじゃあありませんか!」

ここで理解が追い付く。ああ、やっと終わりなんだ、と。解放されるんだ、と。

「さてさて、元に戻る方法は単純明解。――『お姉ちゃん』とSEXすることです!」

……いよいよもって理解が及ばなかった。一体何を言っているのだ、この女は。

「おや、今回は察しが悪いですねぇ。お姉ちゃん、つまり年上の女性との性交渉でもって性的絶頂を迎えることで元に戻れます!」

女は俺の首に手をかけ、仰向けに倒れ込む。必然的に俺が馬乗りになるような姿勢になる。

「えっと、その、どうすればいい、の?」

「そうですかぁ、そりゃそうですよね。十歳の子供ですもんねぇ。じゃ、私の言うとおりにしてくださいな!」

女は片膝を立て、膝を俺の股間に宛がう。

「このお膝さんにぃ、あなたのお股をコスコスーってするんですよ。はい、腰を動かして――」

女の言うがままに体を動かす。

「はい、お上手お上手♥」

スカートの布越しに女の体温が感じられる。

「どうですか~♥ 気持ちいいですか~♥ あはっ♥ 必死になっちゃて、可愛いですね~♥」

女が何か言っているが、それに答えることなく腰を振り、生地越しに性器を擦りつける。

「いち♥ に♥ いち♥ に♥」

息が荒くなる。

「がんばれがんばれ~♥ もうちょっとですよ~♥」

自然と声が漏れる。

「……あ、もう時間やばいですね。というわけで――いっちゃえ♥」

腰を引いた瞬間だった。女が足を振り上げたのだ。

衝撃やら激痛やら快楽やらで意識が弾け飛びそうになる。いやにはっきりと女の歪んだ笑みが見えた。

「ありゃ、堪えますか。じゃ、もう一回♥」

二度目の衝撃、ついに脳髄から足先まで真っ白になった。全身は弓のようにしなり、視界はぼやけ、喉の奥からは何やら意味を成さぬ呻き声が発せられる。

「はい、お疲れ様で~す♥」

女は一段落付いたかのように全身を伸ばしている。俺はぐったりとしたまま動けないままだ。

「どうですか? 気持ちよかったですか?」「そりゃあもう。天国通り過ぎて地獄が見える程に――」

この時に気付いた。自分の体はまだ幼女のそれであり、微塵も元に戻っていないのだ。

「おい、元に戻せ」

「はい? 元って……それがあなたの元ですよ? 生意気ゴスロリ変態マゾ幼女って属性を付加した十歳の人間。それがこれからのあなたです。ほら、口調は元に戻ったでしょう?」

女の言葉に、全身の血の気が引く。これが元の姿だって?

「ええ、そうです。今後、あなたはずっと、それこそ死ぬまでその姿のままです。その属性を抱えて生きていくんです。身長もちっちゃいままですし体型も貧乳イカ腹のロリ体型。

 勿論ゴスロリ以外は服とは認められませんし、お尻ぺんぺんされたり、可愛い女の子って褒められたり、いろんなことで簡単に発情しますし、そうなっちゃったら甘々幼女口調でお姉ちゃんに手伝ってもらってヘコヘコ交尾擬きをしないとスッキリできない、そんな女の子のまま生きていくんです! なんて素敵なんでしょう!」

女の言っていることは、確かに聞こえている筈なのにほとんど理解できなかった。理解を拒んでいた。

「おやおや、もう時間が不味いですね。ではでは今回はこの辺りでお開きです! では皆さん、また次回に会いましょう! チャンネル登録は忘れずに! ではでは~」

女は瞬きの間に消え去り、俺だけがこの空間に残された。映像は途切れ、後に残されたのは無彩色に戻った部屋だけ。

それすらも、視界の断絶によって消え去った。

 

◆

 

気怠さと微睡の中、習慣によって目を覚ます。横を見やると、目覚まし時計は鐘を鳴らす十分前を指していた。部屋模様もいつもと変わらない、いつもの、飾り気などない必要最低限の物が置かれた自分の部屋である。

ただ違うのは一人だけ。部屋の姿身には無機質な部屋には相応しくない少女が一人映っている。あの映像に映っていた少女だ。

その時、時計の横に封筒が置かれているのに気づく。封を切ると、中には便箋が一枚入っていた。やけに丸い文字でつらつらと何かが書き記されている。

『被害者さんへ

 今回の放送であなたに施した処置について書き記しておきます

 

 肉体改造:やや発育が遅れた10歳程度の少女のものと同等の肉体です。

 成長抑制:肉体の変化を抑えます。過度な鍛錬や極限環境での生活でも変化はほとんど見られないでしょう。

 認識障害:所謂ロリィタファッションと呼ばれるもの以外を衣服と認知できません。これ以外の衣服を着ていても服を着ているとは認知できないため、強い羞恥に襲われるでしょう。

 被虐主義:肉体・精神的な苦痛を快楽と感じます。有体に言えば重度のマゾヒストです。

 応援中毒:他者からの鼓舞に強い快感を得ます。

 肉体誇示:今現在の身体的特徴を褒められる、或いは列挙されることに対して強い幸福感を覚えます。

 女性愛者:女性を性の対象として認知し、男性はその対象から外されます。

 年上趣向:今の自分より成熟した人間に強く惹かれます。また、そのような人物に執着し、庇護されたいという欲求が芽生えやすくなります。

 口調変化:性的欲求が解消されていない場合、口調が外見に相応しいものに自動的に変換されます。

 性欲歪曲:一般的な人間より性的欲求が肥大化しやすく、解消のためには年上の女性との性交渉が必須となります。

 

 以上が今回施した処理になります。

 また、その多くが脳に対して行った処理であり、それによって副次的に様々な影響が起きている場合があります。

 また、これらの処置はあらゆる科学的、超科学的手法によっても取り消すことは不可能であり、その効果は被害者さんの脳細胞一片にまで及ぶ肉体的死亡に至るまで継続します。

 (追伸)意外と投げ銭がもらえたので衣服を何着か購入しておきました。クローゼットの中に収納してあります。御精査ください

』

便箋に書かれていたのはこれだけだった。しかし、たったこれだけで、まるで緩み切ったゴムのように、鏡の中の少女の顔は締まりを失っていた。ここに書かれているところの肉体誇示の影響だろう。

ベットから降り、クローゼットに向かう。確かに異様な色彩の衣服が数着、ハンガーにかけられていた。そしてそれ以外の物は全くもって衣服と認めることができなかった。

そしてその突き付けられた事実にすら、どこか仄暗い快楽を得ている自分がいた。

鏡の中の少女はその快楽に表情を歪める。今この部屋にある衣服は少女趣味を拗らせ煮詰め濃縮したような衣服のみ。

「もう、戻れない――絶対」

ただその事実が、己の身を焼く様に苛む。鏡の中の少女はその事実に口角を吊り上げる。

自分も、彼女と同じ表情をしていることに気付くのに、そう時間は掛からなかった。(了)


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