なんかカナードとレイのキャラが崩れていそうで心配ですが、いかがでしょうかね?
開戦以来。ただ一発も被弾もなく、ただ一度の撃ち漏らしもなく、ただ一か所の損傷もなく、戦場を駆け抜けてきた蒼き鷹が傷を負った。
それはアカリ隊の面々に衝撃を与えるのには充分すぎる一大事であった。
中破してドロワに着艦したドラッツェ改S型に整備士が群がり、消火作業や損傷具合の確認。工具まで取り出してコックピットハッチを開けようとするものまで居る。
「おいおい。ウソだろ? いったい何と戦ってきたんだ」
着艦してドラッツェ改S型を高機動型ジンの中から見たハイネはそのボロボロ加減に息をのんだ。
脚部は片方を切り離したのだろうが、残った片方も爆発はしない様に上手く逸らしていたのだろうが弾痕がいくつも見当たる。それこそシールドも傷だらけである。肩も片方が損傷してボディも焼け焦げている箇所が多い。
ハッチが開いたのか、煙を吐くコックピットから出てくるユキは整備士に支持を出して待機ボックスの方に入って行った。
「あれがザフトのトップガンか」
民衆にはナチュラルということでメディア露出は少ないが、一部のコアな内容を使うアングラ系雑誌ではザフトのトップガンとして取り上げられているし、撃墜スコアは軍人ならアクセスも出来る。
クルーゼやハーネンフース、ジャン・キャリーなどの有名どころを抑えてザフトのトップを独走しているのがユキだった。普通は共同で戦艦などを撃沈するところを上位陣は単機で敵艦に突っ込み、そのまま2、3隻を撃沈してくるというある種の化け物だ。そんな化け物の中でも突出しているのがユキだ。単機で敵艦隊に吶喊し、平均で5、6隻は落として帰ってくるのだ。それこそ勲章塗れになるほどの戦果を涼しく持ち帰ってくるのだから、勤勉なザフト軍人からすれば密かに憧れの対象でもあった。その代わり敵も多いのも確かだが。
「つーか、パイロットスーツ着てなかったのかよ…」
コックピットから出てきたユキは服は白のままだった。ヘルメットだけを被っていたのは着艦作業で格納庫がエアロックスペースにならなかったからだろう。
まぁ。白にもなって戦場に出るというのは物好きな人間だと言われている。そもそも生粋のパイロット上がりで白になったのはユキやクルーゼが初だ。その他の白は自警団時代の指揮官がそのまま据え置きである場合も多い。
そういう意味で、ユキは常に時代の最先端を走っているという感覚をハイネは感じたが。
「ひとりの人間がすることじゃねぇな」
コーディネイターだなんだといっても、ナチュラルの子供の才能に勝てない自分たちが本当に優れた人種なのか?
その事実を盲目に否定するか。呑み込んで越えようとするか。或いはその栄光の為の手助けをするか。
「フッ、まあ。それ以外にもあるんだろうけどな」
なにしろユキの近くには様々な人間は居るが、自分の様な人種は居ない。少々楽天家、物事を楽に考えられる奴が居ないのでは上手く空気が回らないことは必ずあるのだ。それを自分がやっても良いだろう。
放っておくとコロッと死んでしまいそうなユキが心配になった。年上として少しは何かできるだろう。最初はそれでもいいだろうと、ハイネはハンガーに機体を固定して、高機動型ジンの整備に参加した。先ずは相棒との会話から始めなければ一人前のMSパイロットにはなれないからだ。
◇◇◇◇◇
ユキは待機ボックスで浮きながら先程の戦闘データを解析しながら一連の動きをトレースしては身体を小刻みに震わせていた。それも仕方がないと言えば仕方がないのだ。
今のユキは戦争処女だったルウム戦役から16年もことあるごとに地球圏を騒がせた騒乱で前線に立ち続けたある意味貴重なMSパイロットだった。そして、大抵のMSパイロットでは最早満足できない程の高みに居る一線級のパイロットだった。それこそ宇宙世紀を代表するようなエースパイロットでもなければ満足に戦えない程だ。返せばそれは心躍る瞬間が減っているということでもあり、率直に言ってしまえば、戦場で興奮するのに興奮できないという欲求不満状態とも言えた。その代わりに余裕があるので部隊指揮をしながら戦えるのだが。
しかしブライト・ノアという。ある意味一度も勝てなかった指揮官が相手に居て、そして一年戦争振りに刃を交えて互いに痛み分けという形で終わった。
手加減したわけでもない。弾幕は本気だった。それを切り抜ける時、心臓が煩い程に脈を打っていた。そしてネルソン級の脇をすり抜けたのはその道を選んだのではなく、選ばされた結果だ。弾幕の切れ目に誘導されたといっても良い。
それでも艦隊を沈めなかったのは、メリットとデメリットを天秤にかけた結果だ。
ブライトを沈めればメリットはある。それはブライトが考案した対MS戦術論が通用しないと地球軍に知らせることが出来る。だが沈めない事でブライトが生きていれば、あのブライトのことだから地球軍のなかで独自権限を持つ艦隊――つまりロンド・ベルに準じる部隊を作るだろうという予測を立てたからだ。つまり自分がプラントでやっていることと同じことを地球軍でブライトに期待していた。しかしブライトを沈めればその行動も起きないデメリットが生じる他には対MS戦の有用性を証明することにもあるが、痛み分けにすればその戦術にも疑問を持つ輩が必ず出てくる。ブライトのことだ。敵も多くなるだろう。胃痛が心配だ。所属が分かれば匿名で胃薬でも送ってやろう。同僚のよしみでそれくらいは許されるだろう。
「忙しくなるな」
一応コンディション・イエローの第三警戒態勢で、戦闘要員以外は通常勤務になる。ミサイルが岩盤を砕いてくれたので掃除は大変だが、基地建設の掘削作業は少しは捗るだろう。
「借りが出来たな。ブライト」
可能なら腰を据えて話したいが。小艦隊とはいえ艦隊を率いているなら左官クラスでもあるだろう。となればザフトでも白や黒は佐官や上級尉官程度の権限を持つ。両軍敵の佐官がそうそうお茶を飲みながら語らう席などないだろう。それこそどちらかが捕虜になるか、平和にならない限りは。
「次の再会も戦場だな」
おそらくまたブライトとは撃ち合うだろうという予想が間違いではないだろうという確信がユキにはあった。
「ああ。楽しみだよブライト。次はどう攻めてくれる?」
既にユキの頭の中では様々なシチュエーションでブライトとの撃ち合いが始まっていた。暗礁空域、デブリ帯。同規模艦隊戦や劣勢優勢関係なく想定し得る状況を徹底的にシミュレーションする。
それでもあの対MS戦術を施行されたら現行のMSでは厳しいところもある。たった3隻で最新鋭のドラッツェがオシャカ寸前だったのだ。単機で挑まなければ良いのだが、自分の後に続く者が可哀想だと味方を連れるようなシチュエーションは考えない。何故なら命をチップに結果を引き寄せる戦い方など、それこそ経験と勘で切り抜けている自分がこの様を晒すのだ。どちらも足りていないパイロットたちに同じことをしろなどというつもりはユキにはなかった。
「久しぶりだ。こうも心が躍るのは」
クツクツと楽しそうに笑いを零すその姿は、遠足が楽しみすぎる興奮で笑いが込み上げてくる子供そのものだったと、その様子を密かに見ていた整備士は日記に記すのだった。
◇◇◇◇◇
プトレマイオス基地へ戻ったブライトはハルバートンに報告をまとめ上げ、召喚に応じてハルバートンの執務室に出頭した。
「報告は読んだ。まずまずの戦果じゃないか」
「恐縮です。しかし貴重なパイロットを3名も失ってしまいました。隊の戦傷者も多く、無様としか言いようがありません」
「そう謙遜するな。その程度の被害で開戦以来常勝不敗だった蒼き鷹に傷を負わせて退かせ、尚且つ艦隊も損失はない。その戦果が、彼らの慰めにもなるだろう」
「はい。そう信じたいものです」
しかしあれは勝手知ったる相手だから、MSの性能もまだ低かったから得られた結果に過ぎない。本気で掛かられればやはり沈んでいたのは自分だと思うブライトは、恩師であるパオロ艦長の気分を今更ながらに味わった。あれは確かに逃げるしかないほどの恐怖を植え付けられると。
単機で弾幕を潜り抜け、さらに艦隊に肉薄し、僚艦を次々と沈めていくのだ。今回は運が良かっただけだ。ユキも肩に被弾しなければこちらの1隻程は喰い漁って帰って行っただろう。対MS用のマイクロミサイルが有効ならば対榴散弾頭も織り交ぜればさらにMS相手に充分な戦果は挙げられるだろう。そういう意味では今回は痛み分けというのは痛かった。それまでユキが考えていたかは分からないが、ニュータイプの直感とはわからないものだ。本質的なものを見れる視点が、今回の戦いの決着の先を無意識で感じていたのだろう。でなければあそこまで被弾し、撃墜リスクを冒してまで攻撃しに来るほどユキがバカではないことをブライトも知っているからだ。
「しかし肝が冷えるものだ。映像と分かっていても背筋が震えるよ」
報告の為に提出した戦闘映像を見ているハルバートンが漏らした。
おそらくジンだったならば抜けない弾幕を、MSよりも運動性で劣るだろうMA気質の機体で抜けてきたのだ。直角軌道で出鱈目に回避しているように見えて少しずつ前に向かっているのだ。最早悪夢だそんなMSは。だから地球軍ではザフトの悪夢という異名でも呼ばれているのだが。
「やはり現行の艦船では限界もあります。アークエンジェルの開発までのつなぎとしてペイロードや構造にも余裕がるコーネリアス級を対MS戦、来るMS運用艦として改装する計画。その他新たな戦闘艦の建造計画である「ビンソン計画」の承認を是非お願いしたく思います」
「G計画で大分無理をしているワシに無茶を言うな君も。だが現状の船舶ではMSに対応しきれんというのは上のバカどもも理解しているだろう。打診はしてみるがあまり期待するなよ?」
「いえ。それだけ聞かせていただければ充分であります。詳細報告は後程上げさせていただきます」
「うむ。今回はご苦労だった。ゆっくり休みたまえ」
「ハッ! 失礼いたします」
ブライトはハルバートンの執務室を辞すると自室に戻り、端末から幾つかの図面を呼び出した。造船課の意見も聞きながらだが、ブライトは記憶を頼りに書き起こした図面だった。
「まさかお前の気遣いが役に立つ時が来るとは。物事はいつ必要になるかわからないな」
ロンド・ベル発足と同時に就航したラー・カイラム。時期主力巡洋艦となるクラップ級。司令官として自分の指揮する艦艇の設計くらいは知っておく方が良いとユキに進められて覚えた図面を、記憶を頼りにして書き上げたラー・カイラム級とクラップ級の図面がブライトの目の前に広がっていた。
老朽化が進むサラミス級やマゼラン級に変わる新型の戦艦。増設改修という形で無理やりとってつけた物とは違う。初めからMS運用母艦として、対MS戦も考慮して設計された艦船群。その設計にも一枚噛んでいるユキが図面を寄越してくれたのだったが。そういう意味では才能の塊みたいな奴だったと改めて思い。そんな傑物がザフトにいて少なからずザフトを強くしている。
宇宙にいて地上の戦況は詳しくは入ってこないこともあるが、少なくとも届く報告やデータでのザフトの動きはジオン公国に端を発する16年間で研究されてきたMS運用論が使われていることがブライトには理解できた。
ブライトも出来得る限りで対MS戦術論をハルバートンを通して上告しているが、大艦巨砲主義とMAによる物量作戦。MS軽視論が根強い上に年功序列や官僚主義に凝り固まった地球連合軍では、実力社会主義と聞くプラントのザフト軍で活躍するユキの様に上手くは行っていない。だから独立部隊を作ってその中でどうにかするしかない。それが立場と器の限界だとブライトは諦めはしなくとも納得するしかなかった。
◇◇◇◇◇
「そんなに心配かい? アイツのことが」
「きみは」
整備を諦めて解体されるドラッツェ改S型を待機ボックスから眺めているルクレイツァに声を掛けたのはプルツーだった。
そんなドラッツェ改S型の横では新たにドラッツェが組み上げられ、ユキはその組み上げを監督している。性能的にはジン・フルバーニアンや高機動型ジンの方が総合的に上なのにも関わらず、なぜユキがドラッツェに拘る様な事をしているのだろうか今一理解できず、そして心配にもなる。あれほどの傷を負って帰ってこれることの方が幸運なのだ。ふとした拍子に撃墜されていても不思議ではないのだ。
ドラッツェ改S型のレコーダーを見たが。あれはもう戦いとは言えない。死にに行っているようなものだ。
「それがアイツの戦いの常識。エースの戦場さ。あれでビビっている様じゃアイツには追いつけないよ」
そもそもそれがエースである所以だ。ユキの場合は極端だが、宇宙世紀でのエースというのは撃墜数ではなく、単機で戦局を動かし得るだけの戦果を上げ、そしてエースは絶えず敵の弾幕のど真ん中で生き残ってくるような猛者なのだ。
対MS戦術が未熟な今の地球軍に対してどれだけ活躍しても弱いものいじめと同じだ。対MS戦術が成熟して、MSが相手にも出てきた時が真のエースの資質が問われるだろう。
「しかしあれでは命がいくつあっても足りない。ならば少しでも生き残れる様なMSには乗って欲しいと思う」
「それはアイツの我が儘さ。あんなMSに乗ることで過去に自分を投影してるんだよ。存外女々しいのさ」
「女々しい? 確かに可憐な表情を見せる時はありますが。うん。可愛らしくてなによりだ。あれでは男というか、遺伝子操作されていない天然自然培養の男の娘なのだから心が躍るのであってコーディネイターの美形な完成された容姿で男の娘を見ても作り物の人形の様で興奮は全くしないな。可愛いとは思ってもそれまでだ」
「そうかい」
少し警戒した方が良いだろかとプルツーはルクレイツァを見るが、優秀であるから何処か変なのは人間らしくて丁度良いのか。
ユキはあれはあれで女々しいという欠点がある。それは幾つもの仮面の中に埋もれて表には出ることは殆んどないが、赤い彗星を前にすると出てくる。他にはジオンを思い起こす時もだ。
ジオン公国敗戦から全く前に進めていない。だから13年も身体は子供のまま時に置き去りにされて、アクシズ・ショックで何かが変わったのか、急に身体が大人になったユキをプルツーは見ている。3年で身長が20cm以上も伸びたから毎日のように身体が痛いとぼやいていたが。
なんの因果か、また子供の身体に戻っているから折角成長したのに中身と外身がメチャクチャで、だから自分の限界にも気付いてなかった。
それを知らないから周りも気づかない。
「しっかし。ああも弄るなら新型を作れば良いものを。律儀だな」
その気になれば一点ものの機体としてどんなMSでも用意してやれるというのに、今ある技術からコツコツと積み上げて再現と開発を両立して進めているユキの手腕を理解できるが、あまり受け入れたくはなかった。
それこそ開発スピードは早い方だ。それでも長くプラントは戦えないのだから技術的なブレイクスルーを起こして飛び飛びでも連合が用意するだろうMSを一捻り出来るMSを開発する必要はある。
恐らくそれをやったのがジン・フルバーニアンだ。スペック的にはグリプス戦役でも問題なく戦って行けるだろうが、第一次ネオ・ジオン戦争では凡庸どころかベースがジンであるから旧式機として第2線を張れるかも果たして不安なスペックだ。ユキの腕なら行けるが、それでもキツいだろう。
そういうことをユキがやらないのならば此方がやるまでだ。だから少しずつ準備はしている。
ユキのツテを辿ってオーブという国のモルゲンレーテに接触をしているし、面白い技術がある大西洋連邦やユーラシア連邦ともコンタクトは取っている。
「まるでサイド7だな。ヘリオポリスは」
誰にも聞こえない声量で呟くプルツー。
過去に二度もガンダムが生まれ、世界が変わるきっかけとなった運命の場所。それと同じように運命が集束している様に感じているプルツー。
もしそれを知った時のたまげるユキの姿が目に浮かぶが、言うのは易いが、それでは意味がない。それほどに運命の絡まりが視えるプルツーは黙っていることにしたのだ。
確実にこの世界が動くパンドラの箱であるヘリオポリスのある方向を見て、プルツーは携帯端末からデータを呼び起こす。それこそプルツーが60年近くに渡って溜め込んできた技術が記されている玉手箱だ。
必要なら作るもの。応用して今でも再現できるもの。ヘリウム3が手に入るのだから造りたいものもある。
そして万が一に備えて作っておくものも多数ある。それこそ必要ならばかつて自分や妹が乗ったサイコマシンや、一角獣や黒き獅子すら造る覚悟がプルツーにはあった。
そう思いながら、誰かが言ったか、ジオンの精神が形となった様なMAに似たシルエットへとなっていくドラッツェ見上げて思いを馳せているのだろうユキをプルツーは仕方のない奴だと思いながら見つめるのだった。
◇◇◇◇◇
「ヘリオポリスか。中立だけあってコーディネイターも多いな」
「アナハイムとあまり変わらないだろう」
「むしろアナハイムがプラントにあって異質なんだ」
「そういうものか?」
ユキの知り合いのジャンク屋に乗せてもらい、プラントから直通でヘリオポリスに入ったレイとカナードは、円筒状の空間に町が広がっているという感覚が却って新鮮に映っていた。ユキが目にすれば故郷への哀愁を感じるだろう光景がそこには広がっていた。
「部屋には先に向かうとして、カレッジは後回しだな」
「オレは行かんぞ? いまさらカレッジやゼミの勉強に必要性を感じん」
「人付き合いの為だ。黙って着いて来い」
「おい。オレの方が年上だぞ」
「ならそれに見合う行動を取ることだ」
ユキ以外で家庭内のコントロールを握るレイに対して反論できるのはプレアくらいで、カナードは先ず敵うわけがないのだが、そう言って長男面をしていざというときの矢面に立とうとしている不器用な優しさを知っているから、軽くあしらっても嫌うことはしないのだ。何故ならカナードはコーディネイターだが、レイもプレアもナチュラルなのだ。プラントではレイもプレアも容姿が整っている方の上に周りはナチュラル社会だったから良かったが、それでも何があるかわからないのだ。
「なあ。レイ」
「いうなカナード」
カナードとレイは不審な影を見つけてしまった。相対的にコーディネイターが多く居るテラス席のあるカフェテリア。その路地裏に動く不審な影。さらに言うなら不信な影は殺気立っている。民間人にはわからないだろうが、カナードとレイにとってはどうぞ見つけてくださいと言っているような杜撰さだった。
「テロか?」
「強盗もあり得るが。殺気が普通じゃない。どす黒いものを感じる憎しみだが芯がないハリボテだ。入れ知恵か、洗脳か」
「…どうしてそこまでわかる」
「さぁ。ただわかるだけだ。それに、世界を心の底から恨んでいる
そういうレイはどこか遠くを見ていたが、それは一瞬の事であってすぐさま表情を切り替えた。
「いずれにせよ。新居を脅かす憂慮は断っておいて損はない」
「お人好しめ。だがその意見には賛成だ。オレはコーディネイターだからな」
コーディネイターが多く居る普通のカフェを襲っても旨味は薄すぎる。コーディネイトの程度にはよるが、中には身体機能にまで手を伸ばしていて連合軍人でも軽くあしらうレベルの民間人コーディネイターも居るくらいだ。
それが分かっていないマヌケな世間知らずの強盗なら仕方がないが。それでもやるなら銀行が普通だ。なのに普通のカフェにあんな殺気立って隠れ潜んでいては答えは絞られてくる。
「武器は?」
「キッチンナイフとフライパン」
「論文全書の入ったカバン…。何とかなるな。殺すなよ?」
「分かっている」
今二人が居るのは道を挟んだ対岸だが、それくらいは渡れる程度の身体能力はある。コロニーの遠心力の生む重力から抜ける程の跳躍力や、エレカの走る道を駆け抜けて横断する身体能力はカナードにとって朝飯前だ。レイもカナードには及ばないが体捌きはユキの直伝だ。柔術で対応は出来る。力の弱いナチュラルでも力の強い相手に対するそう言った武道は古来から存在しているのだ。
荷物から取り出したフライパンを握り、キッチンナイフをジャケットに忍ばせるカナードと、カバンを肩に担いだレイが同時に駆けだす。通行人が何事かと目で追う。制止する声もあったが無視だ。一気に対岸まで駆け抜け、走っていたエレカのボンネットを蹴って一気に跳躍したカナードが先ずは仕掛けた。
「そぅらあああああっ」
「あのバカ……!」
せっかく奇襲しているのに大声を出して気づかれてしまうだろうと頭が痛くなるレイだったが、聞き心地のよい軽快な音と、すぐさま銃声が聞こえて平和な日常に日々を入れた。
すぐに路地裏に駆け入ったレイに向けて男が銃を撃ったが、それをカバンでガードした。分厚い紙が貫通を防ぐが、六法全書よりもさらに分厚い初版のユキの論文全書はプレミアものでバカ高いのだが、それを傷つけられて内心レイはショックを受けながら銃弾の勢いでたたらを踏んだ。
「レイ!」
「大丈夫だ!」
しかしそれを隙だと思った別の男がレイにタックルをしてくる。狭い路地裏で戦うことは不利だと思ったのだろう。こう狭いと無闇に銃すら撃てない上に銃声に気づいていつ警察が来るとも限らないのだ。怪しい影は数人の男で、皆が銃を携帯している。カナードが奥を塞ぎ、レイが入り口を塞いでいる様な形だ。
「はっ!!」
タックルをしてきた男の勢いを利用して巴投げでやり過ごすレイだったが、投げ飛ばしてしまったと気付く。これでは一人を逃がしてしまう。
「だぁあぁあああ!!くたばれ化け物があああ!!!!」
レイが投げ飛ばした男はすぐさま立ち上がって銃を向けてきた。レイはカバンを投げて男の顔面を直撃する。
落ちた銃が暴発する。それでいよいよカフェの客も悲鳴を上げたり慌て始めた。
「青き清浄なる世界の為にぃぃぃいいいい!!!!」
「っ、るさいっ!!」
カイィィィィイインという軽快な音と共にまた一人沈めたカナードはキッチンナイフを抜いて残っている内の一人ののど元に突き付け、勝てないと慌てるもう一人は逃げようとレイの方向に向かおうとするが、既にレイはカバンを投げて沈めた男の銃を拾って、逃げようとする男に構えていた。
「動くな! 動けば撃つ!!」
銃器の扱いにしてもユキの仕込みだ。安全装置は外されているし、狙いも外せない距離だ。動けば撃つというのも脅しではない。
「危ない後ろ!!」
だがそんなレイを横から刃物が襲うが、レイは横に転がって事なきを得た。そして銃を刃物を持って襲ってきた、カバンを受けて沈んだはずの男に向けて撃つ。
銃声と共に撃ちだされた弾丸は男の持っていたナイフを砕き、その衝撃で手首を痛めてのだろう男は手首を抑えて俯く隙に合わせて膝蹴りを顔面に叩き込み、今度こそ確実に気絶させたレイは残った男を見るが、既にカナードが制圧していた。
「すまない。助かった、カナード」
「いや。オレじゃない」
「なに?」
いや、さっきの声はカナードの物だったはずだ。しかしカナードは違うというのだ。
疑問に思うレイと、どこかを睨むカナードの視線を追えば。まさかと息をのんだ。
「キラ…ヤマト……」
カナードとは髪の色や長さは違うが、それでもどことなく雰囲気が似ている少年が居た。複数の周りに居るのはその友人だろうか。
「よ、よう! 大丈夫か?」
「いま警察を呼んだから、すぐ来てくれるとは思うけど」
茶髪の男女がカナードとレイに話しかける、すぐさま切り替えるレイだったが、どうもカナードは無理そうだと思いながら応対した。
「ああ。恐らくブルーコスモスの手の物だろう。武装解除は終わっている。そうだな? カナード」
「…ああ」
一応は視線を外したカナードだったが、その手はキツくフライパンの柄を握っていた。見かけはシュールだが、そこには突っ込まない方が面白そうだとレイは放置することにした。
「ブルーコスモスって」
「テロだろうな。中立のコロニーでも起こるときは起こるものだ」
そう言いながらレイはテロリストたちの銃を拾って回る。危機回避の為ということで警察も許してくれるだろう。
「にしてもすげぇな! あんな動き。もしかしてコーディネイター?」
「俺はナチュラルだ。カナードはコーディネイターだが」
「うっそ、すっげー! ナチュラルでもあんな動き出来んの!? まるで映画みたいだったぜ?」
「興奮し過ぎよトール! わたしはミリアリア。こっちがトールで、あっちがキラって言うの」
レイの動きに興奮するトールを窘めて自己紹介するミリアリア。それにレイも名乗り返した。
「レイ・ザ・バレルだ。先程の声は彼の物か」
「え? うん。そうみたい。キラったら急に大声出してびっくりしちゃったわよ」
「おかげで命拾いした。そう責めないでやってくれ」
確かに命までは行かずとも深いケガを負った可能性は否定できない。そういう意味では恩人なのだが、何よりもキラ・ヤマトに救われたのがレイには複雑だったのだ。
しかしどこからどう見ても普通の少年に、レイはある種の安堵を感じていた。
スーパーコーディネイター。コーディネイターを超えるコーディネイターがユキの前に或いは立ちふさがる可能性もないことにだ。中立のオーブで暮らしているのならば戦場に出ることもなく平和に暮らせるだろう。カナードの心中を思えば手放しには喜べないが。
「ねえ、あの子どうしたの? なんかキラを睨んでるみたいだけど」
「どことなく雰囲気も似てるな。もしかして生き別れの兄弟とかだったりしてな!」
「…クッ。行くぞレイ!!」
踵を返して行ってしまおうとするカナードだったが、その背中にレイは穴の開いたカバンを投げた。それを振り向いて受け止めるカナードはレイを不機嫌な顔全開で睨みつけた。
「警察の事情聴取もある。勝手に行くな」
「それはオマエに任せる」
「人を殴って気絶させたんだ。傷害罪にならない様に自分で伝えろ」
「チィッ!」
盛大に舌打ちしたカナードはズカズカと戻って来て、そのままカフェテラスの空いた椅子にドカリと座って足を組んだ。
「なんかおれ、余計なこと言った?」
「気にしないでくれ。気難しい奴なだけだ」
トールにそう言うと、レイはキラに近づいて行った。
「さっきは助かった。感謝する」
「い、いえ、危ないって思ったから、つい」
「そうか」
「おいレイ! コーヒーでいいんだろう!!」
「ああ」
警察が来るまでコーヒーで時間を潰すらしいカナードはレイの注文も聞いて、おっかなびっくりという感じで注文を聞きに来たウェイトレスに、多少は機嫌が悪いがなるべく普通の声を意識して注文を取った。そんなちょっとワイルドなカナードにアルバイトのウェイトレスの少女はときめいたとかなんとか。
そのまま警察が来るまでなし崩し的にレイとカナードはトールとミリアリア、キラとお茶をすることになったが、不機嫌ながらも色々と話を聞くカナードにおっかなびっくりという風に答えるキラを3人が見守るというお見合いみたいな席になってしまった。
ある程度話し込むと警察がやって来て、気絶させて縛り上げておいたテロリストと銃を引き渡し、そのままなんとなく解散ということになった。
「どうだった? キラ・ヤマトは」
「フン! あんな平和ボケした奴がスーパーコーディネイターなどとは失望したぞ!!」
そこに憤りはあっても、どこか勝ち誇っているようにもレイは感じた。
「普通の家庭で育ったようだな。あれなら放っておいても良いだろう」
「たとえそうでなくともオレの方が能力でも勝っている! あんな奴にMSで負けるものか」
「そうだな」
ああいう毒気を抜かれるような普通の少年だったからか、レイはキラ・ヤマトという人物に思うところはなかった。それどころかどこか安心しているのは、キラが普通に育っているということを耳にしたからだろう。
自分が生み出されることの発端になった存在の一つ。しかし今の人生、そして明日が今は楽しいレイにとって、ある意味でこの世界に生まれるきっかけをくれた存在でもあるキラを恨むような気はなかった。
これが明日もしれないままだったなら、思うところもあっただろう。カナードも同じなのだろう。今という時間。明日という時間。過去は取り戻せないし、自分から逃れることは出来なくても未来を変える術は誰もが自分の中に持っている。
「今夜は赤飯でも作るか」
「今からか? 小豆の用意もしてないぞ」
「市販のパックの奴で良いだろう」
「いいや。作るならちゃんとしたものの方が旨いに決まっている。圧力鍋を使えば時間も短縮できるはずだ」
「そういうモノづくりに関するところはカナードの方が影響を受けているな」
「フフン。お前には発想力がないからな!」
「そういうところは素直に羨ましいよ」
もう二人の頭の中は夕食の献立をどうするかの議論で盛り上がっていた。威張るカナードにいつもの事だと軽く流すレイ。そんな二人が歩く運命は誰にも分らないものの、悪いようにはならないだろうと、レイは直感的に思っていた。
to be continued…