世界樹攻防戦はザフトの勝利で幕を閉じた。
撤退する地球軍は組織的にはまだ無事だった中央の第二艦隊を中心に第一、第三艦隊の残存艦艇をまとめて月とL1宙域の中間地点まで引き上げたのだが、更なるザフトの追撃によって月までの後退を余儀なくされた。
しかし大変なのはこれからだった。L1宙域は月が近いこともあって、地球連合の勢力圏だ。もちろん住んでいる人間も地球軍寄りの人間だ。
かつてジオンはコロニー落としの為に、連邦寄りだったコロニーに毒ガスを使い住人を皆殺しにしてコロニーを確保した。思えばそれが、戦争が狂い始めた第一歩なのかもしれない。コロニー落としでジャブローを叩き、一気に勝負を着けようとした電撃作戦。もともと国力に違いがあり過ぎる連邦とジオンの戦争ではそういう電撃作戦で勝利し、連邦を屈服させるしかなかった。そしてそんなことをしたから神様は時の運をジオンに味方をしなかったのだろう。
だからこのL1宙域のコロニー住人の扱いも慎重にしないとならない。
「行政から未だコンタクトはなしか」
「おそらく未だ連合艦隊が戻ってくるのを期待して、時間稼ぎをしているのではないでしょうか?」
ペールギュントの司令席に腰かけ、資料を読むユキの言葉に、艦長であるアーサーが答える。あがり症というか、今一腰を据えて落ち着きのないところもあるが、それでも23という若さで黒を着る優秀な人材であるのは確かだ。
「コロニーの外の戦闘を見ていないわけでもなさそうだがな」
それこそ、連合がコロニーの被害を気にせずに攻撃をしたところもしっかりと記録しているはずだ。こちらが理性的に対処すれば味方に引き込める。スペースノイドの心理は自分もよくわかっている。鉄の大地。それを隔てているだけで宇宙という死の世界で暮らしているのだ。それを壊されることがどれだけの恐怖か。地球に住む人には――アースノイドにはそれがわからないからコロニーの被害を気にせずに戦えるのだ。
ナチュラルとコーディネイターとは言っても、そこの意識はスペースノイドとアースノイドの違いはないだろう。
だからコロニーへの攻撃は厳禁だと命令を発した。もちろん赤服一人の命令が意味を持つかというものだが、先の戦闘での戦果で一応力の差は示したし、この命令にはシホやクルーゼといった複数の赤服で出しているのもあって、一応の効果はあるだろう。
結果、こうしてコロニーとの交渉役を引き受けることになった。艦隊には指揮官として白服も幾人か居るのだが、そんな面倒はご免被る。ナチュナルなど相手にするだけ無駄だとこちらにお鉢を回して早々に引き上げてしまった。
本国から増援が来ているとはいえ、やはり民兵上がりで政治が良く分かっていないことが理解できる。これはハマーンのネオ・ジオンを見ているからだろうが、コロニーを味方につけることの重要性は、宇宙という勢力圏を手に入れる為には必要不可欠なのだ。ただ命令に従って敵を討つだけでは戦争には勝てない。戦術単位ではそれでもいい。しかし戦略単位では戦闘で勝利するだけではなく、それを次の戦いにどう生かすかまで考えなければならない。
コロニーサイド共栄圏構想の論文でそいうことについても触れて書いているが、誰もがシホのように勤勉というわけでもない。コーディネイターのナチュラル軽視の環境が悪いのだ。それをどうにかしなければ戦争が終わってもしこりが残ってしまう。平和になってもそういうしこりは必ず次の戦乱の土壌となるのは有史以来人間の戦争を紐解けば必ずあるものだ。
「すまない艦長。少し仮眠してくる。何かあったら連絡してくれ」
「は、はい。どうぞお休みくださいませ!」
「艦長も程よいタイミングで休むといい。これから長丁場になるだろうからな」
「了解しました! お休みなさいませ」
敬礼をして疲れた様子の赤服を纏う少年を見送ったアーサーは、肩の力を大きなため息とともに抜く。それは緊張感が解れたとも言ってもいい。
階級はアーサーの方が上なのだが、相手はナチュラルにして士官アカデミーでも歴代で2位の成績を持ち、MSや艦艇を開発。何よりプラントの戦闘理論の礎を築く傑物。
自分が同い年の時果たして彼と同じことが出来るかと言われれば、ノーとしか言いようがない。そしてなにより彼の持つ雰囲気が、緊張してしまう理由なのだろう。自分の能力に自信がないわけでもない。それでも眩い才能の前に自分は余計なことをしていないかと緊張してしまうのだ。それが分かっているのか、早々にブリッジを辞したのかもしれない。単純に疲れもあるだろう。敵の艦隊を単独で壊滅させるだけの腕を持つ少年。ナチュラルだからと無視できない力が彼にある。その彼の船を預かるプレッシャーに胃がキリキリしそうな思いだった。
それでも子供がああも頑張っているのだからと自分を奮起させ、アーサーはユキの論文。コロニーサイド共栄圏構想に目を通していた。これはこの船に乗るもう一人の赤服であり、これまた若いのにビーム兵器の開発をしている少女が残していったものだ。コロニーとの交渉に必要なものとして。
アーサーも風の噂程度にユキの名は聞いていたし、指揮官としてその論文の出来に感心してしまうことも多かったが、まさかこんなものまで書いているとも思わなかった。
宇宙の各コロニーの重要性。そして地球はプラントの生産力に頼っていた事実を踏まえての、独立への見解とその可能性。コロニー間の連帯の重要性。そしてコロニー間の生産力を統合し、地球との影響力の切り離しなど、まさにプラントが取るべき道を指示している。
コロニーの生産力はそれを纏めれば宇宙だけで完全に自立することが出来る。その為の試算も出され、眉唾物ではない。現実可能な数値として示されているのだ。
そしてコロニーから地球の影響を排除し、コロニー間での連盟で世界を形成する。このコロニーサイド共栄圏構想なら確実にプラントは独立の道を歩める。
「凄いんだなぁ…あの子」
これがまだ15歳の少年が考えることなのかと、アーサーは唸る。だからこの論文はいまプラントで人気なのだ。ネットで評判を見てみたが、非の打ちどころのない論文に有識者からのコメントも好印象の物が多い。一部文句を言うコメントは、所詮ナチュラルの考えたものだという具体的な反論もなく他のコメントからフルボッコにされている。
これが悲しい現実だ。ナチュラルとコーディネイターの確執。だがコーディネイターだからと言って。彼と同じことが出来る人間がいったいどれほど存在するのか。
内心それがワクワクと高揚していくのが分かる。この船を預かった時は心配だった。年下の傑物と上手くやって行けるのかと。だがその心配も杞憂だった。
遥か高みに居る人間の様にはできないだろう。それでも精進して、船を預かる身として頑張ろうという気持ちを抱くには十分だった。
「艦長。本国から通信です」
「繋いでくれ」
軍帽を被り直し、気合を入れたアーサー。出来るだけのことをしようと心を決意した彼は、本国からの通信内容に驚いた。
「ええーーっ!」
◇◇◇◇◇
戦闘後にパイロットは休むのが仕事だが、それでも整備や戦闘で得たデータから機体の調整をする仕事が残っている。
ドラッツェのコックピットに籠るシホも、そんな一人だった。
まだ実感の沸かない戦果。MSの性能のお陰もある。この機体の性能はジンを軽く上回っている。
それでも胸に沸き起こる興奮に嘘は吐けない。
戦いが好きという訳じゃない。人を殺す事に躊躇いがない訳でもない。しかし彼らも軍人だ。
「戦わなければならないもの。でないと」
ユニウスセブンに放たれた核。それが脳裏に焼きついてしまっている。
もしプラントがまた核攻撃をされたらと、そう考えて戦うことを選んだ人が一体どれだけ居るものか。
それでもただ戦うだけでもダメなのだ。
目的の為に戦わないと、それはただの人殺しになってしまう。でないと奪った命も、失われた命も報われない。
「だから今は戦うしか道はないのよ」
少なくとも宇宙から地球軍の影響力をどうにかしないとならない。でないと連合は交渉のテーブルに着かないだろう。
「私たちなら、それが出来る」
このドラッツェなら出来ると思うだけの性能がある。
ジンに僅かに劣るのは運動性だけ。でもそれは充分腕でカバー出来る。この機体のポテンシャルを生かせば出来る。
世界樹に停泊するペールギュントの格納庫は補給に来たアナハイムの工作艦とドッキングして面白いことをしている。
撃墜されたジンや連合のMAの残骸か次々と運び込まれては、色を青に染められて新しい機体として生まれ変わっていく。外見はドラッツェに似ている。所謂リサイクルMSでもあるのだろうか。
パーツの数の所為か形が少し違うものも多いものの、面影はドラッツェその物だ。
完成した機体は試運転と偵察を兼ねてだろうか。コロニーの外に出てはジンやMAの残骸を持って入ってを繰り返している。
「あれは何をしてるの?」
「ん? ああ。部長の命令さ。出来るだけMSは連合に渡したくないんだとさ」
近くに居た整備士を捕まえて聞いてみれば成る程納得出来る答えが帰ってきた。
「まぁ。造るのは連合でも出来るくらい構造は単純だが、最新鋭兵器を渡さないのに越したことはないからな」
「確かにそうよね」
ジンは確かに強力な兵器だけれどもその使われている技術は連合でも当たり前の技術だ。難航するのはMSを動かすナチュラル用のOSだろう。
「更に敵のメカも使って機体をリサイクルして新しい機体にする。ジャンクは持ち主がどうあれ早い者勝ちだからな」
壊れていて持ち主が居ないなら拾った自分達のものというジャンク屋の言い分は身勝手に思えるけれど、それで戦力が補填出来るならジャンクでも使えるものは使うべきなのだろう。
しかし不格好なドラッツェが目の前で量産されていくのは少し複雑ではあった。この機体はそんな安い作りをした機体じゃないと思うしかなかった。
◇◇◇◇◇
「まさかシーゲル議長直々にとはな」
「しかし良かったのでしょうか。折角我々が占領したというのに」
「無理に進駐して反感を育てるよりも懸命だよ」
ペールギュントの艦橋でプラントに帰るクライン議長を見送るりながらユキはアーサーと言葉を交わす。
占領したL1宙域のコロニー郡に対して、プラントは最高評議会議長シーゲル・クラインを派遣し、L1宙域のコロニー郡を支配せず中立地帯とする旨を伝えた。
実効支配してコロニー住民の反感を買うのならば、中立地帯にしておく方が後々の管理が楽になる。それこそこちらは月に基地が造れる間の借りの中継地点とさせてもらうだけでも良いのだ。最も、なにもないと戦った兵士も納得しないため、世界樹だけはプラントの交易場として自由に入港や滞在を認めさせたらしい。
しかしその調印式に駆り出されたユキは肩が凝り固まる気分だった。
何しろ子供の姿で、他人からは子供に見える自分がシーゲル・クラインを伴って、調印資料の確認をさせられたのだ。
しかもナチュラルであることをシーゲル・クラインが話したことで敵意が一気に向かってくるのは骨が折れる話だった。
ブルーコスモスだけではない。民衆にもプラント嫌いがあるらしい。それでもナチュラルの立場として、もっと大きな意味ではスペースノイドとしての立場から地球軍のコロニーを気にしない攻撃を持ち出して、それを我々は守った側だと主張して一応矛は納めさせられた。コロニーで暮らしているが故のシンパシーを感じるのだろう。こちらの言葉、人工の大地を砕かれればどうなるかと話したところでコロニーの者たちは顔から血の気が引いて行った。そうなる様に生々しく話したのもあるが。
「噂には聞いていたが。君はそれ以上に広い視野を持っているようだな。ナチュラルであることを思わせない程の才能だ」
「才能というより努力の賜物です。正義と信じて何も知らずに突き進むだけではだめなのです。そうなればこの戦争、止まらないところまで行ってしまう。だから正義を叫ぶのならそれ相応の責任というものも背負わなければなりません」
「君は戦争というものがどういうものかわかっているようだな。君のようなものが議会にも多ければいいのだが」
「私は政治というものには合いません。前線で怒鳴り散らしている方が性に合っているのですよ」
そう。自分は前線で居るからこその人間だ。前線で世界の動きを視る必要がある。後方に居ては出遅れる。それはニュータイプ云々よりも長らく戦場にいた自身の勘だ。
話す言葉は少なかったが、クライン議長は良識ある人間だとは理解できた。連絡先を交換してクライン議長を送り届け、ペールギュントはL1宙域警戒部隊として世界樹に停泊待機することになった。
その間にやれることは多かった。世界樹攻防戦により損傷或いは撃墜されたジンを回収し、連合のMA――メビウスと合わせてこの世界でのドラッツェを組み立てた。
リサイクルMSとしてはそれなりの機体だ。ビームサーベルは無いが、メビウスのレールガンを装備している為、戦えない訳でもない。メビウスのフレキシブルブースターのお陰もあって運動性はオリジナルのドラッツェよりも高い。だからドラッツェ改では両肩のスラスターは可動式にしたのだが、やはりそれは間違いではなかった。
ザフトの有する戦力の半数以上を投入した今回の戦いは、それだけに被害も大きい。特に前線で戦うMSは、やはり撃墜される機体も多かった。
それらを集めてレストアと改造してドラッツェとして再生する。まるで墓荒らしだが、そうでもしないとMSに余裕がないのだ。
幸いそういう余裕がない組織の為に設計したドラッツェだ。此方の世界でも頑張って貰うしかない。
ペールギュントも交代の艦隊と入れ替わる形でプラント本国に帰投した。
◇◇◇◇◇
世界樹攻防戦を経て、プラントでは最高評議会が連日開かれていた。
「まさかこのような戦果になろうとはな」
「ナチュラルの子供と侮っていたツケだな。やはり軍から除隊させた方が良かったのではないのかね?」
「デュランダルの子飼いだ。奴め、余計なことを」
「しかし彼の功績はナチュラルであることを抜きにしてもザフトの戦術を作り上げている。電波攪乱状態での対艦MS運用論など、Nジャマー環境下でのこれらの戦術論はもはや非の打ち所がない」
「打ちどころがなくて却って怪しすぎる。スパイの可能性を疑った方が良いのではないか?」
「いずれにせよナチュラルなのだ。勲章を贈るわけにはいかんよ」
「しかしそれではプラントの為に戦う者に対しての措置としては余りにも」
「カナーバ。何も彼の戦果を無下にしようというわけではない。代わりに今度の地球降下作戦の陣頭指揮でも執らせればよかろう」
「地球侵攻も良いがな、パトリック。まだ月には連合艦隊は残っている。これを対処するのが先ではないか?」
「シーゲル。慎重すぎては遅いのだよ。それに今回の戦果。なにもナチュラルの小僧だけのものではない。宇宙にはクルーゼを残せば対応も可能だろう。あれは士官アカデミーでも同期で歴代最高成績の首席だ。ナチュラルの小僧の戦果はMSの性能もあってのことだろう?」
「新型のジンとビーム兵器を搭載した量産型MS。ジンよりも性能も生産性も上と来ている。いったいどれだけプラントをひっかきまわすつもりだ」
「言っても仕方がなかろうエルスマン。前線で戦う兵士の負担が減るのは良いことだ。精々使えるところまで使ってやればよい」
「ジュールのいうことも確かだ。それに今戦場でこれほどの能力を持つ者を遊ばせている暇はない。ではユキ・アカリを地球降下作戦の前線指揮官とすることに異議はないな」
意外なほど意見が纏まった議会だったが。ナチュラル軽視傾向のあるザラ、ジュール、エルスマンがこれに乗じてユキを亡き者にしようとしていることをシーゲルは感じていた。人情派のカナーバはこちらに味方をしてくれるだろうが、他の議員もやはりナチュラルがプラントのトップガンになってしまったことはあまり良い顔をしていない。
それを表には出さずとも嘆かわしいとさえシーゲルは思った。
少しだけしか話してはいないが、言葉の端々に感じる気迫。そしてプラント独立を真剣に考えている若者をこうして守ってやれない自身の不徳に憤りを感じながらも、せめて自由に動けるようにとさらに言葉をつづけた。
「さらに彼の功績を鑑みて、最高評議会特務隊への所属を推薦するが、議員たちの判断は如何に?」
「シーゲル! それでは功績を逸脱する程の厚遇だぞ」
「だが彼はナチュラルなのだぞ? 彼がそれこそ地球軍にでも寝返ってみろ。それこそプラントは終わりだ」
「ならば危険分子とでもでっち上げて今から拘束すればよかろう! それで待遇改善を盾に技術や戦術を絞り出せる」
「それは人道に反する行為だぞザラ国防委員長! ナチュラルとてプラントの人民なのだ。プラントの為に立ち上がった若者を、我らの代わりに敵の銃弾の中を駆ける若者にそのような仕打ちは断固反対だ!」
「甘いぞカナーバ! そのナチュラルがいったい我らに何をしてきたかよもや忘れたわけではあるまい! 再三の要求を無視し、ブルーコスモスのテロ、さらにはユニウスセブンへの核攻撃だぞ!! ナチュラルを思い上がらせていったい何が起こった!」
「それでもそれは連合の話だろう! 現に彼のようにプラントに住まうナチュラルはプラントの為に軍人や技術者として共に戦ってくれているのだぞ!」
話はザラとカナーバーの口論状態で議会が先に進まないことを予期したシーゲルは一度議会を休会させて頭を冷やす時間を作った。
「ええい! ザラめ。ナチュラルとはいえ子供相手になぜああも非道になれる! 少なくとも彼の少年はプラントに益を齎しても損は出していないというのに」
「抑えよカナーバ。熱くなってはパトリックの思う壷だ」
憤るカナーバを窘めるシーゲルだったが、ユニウスセブンの件から盟友が変わってしまったことを痛感させられた。妻が亡くなって、変わってしまった。シーゲルも盟友の気持ちがわからないわけでもないが、憎しみを向けたところで戦争は終わらない。それをユキ・アカリという少年との会話で確信した。
「先ずはアマルフィやジェセックにも話を通さんとな。カナーバも時間があれば彼と話してみると良い。この戦争の見方が変わるだろう」
「…子供という理由で感情的に庇ってしまったが、それほどの者か?」
カナーバの視線にシーゲルは深く頷いた。最高評議会でもこのようにナチュラルへの恨みで戦争を拡大させそうな動きがあるのだ。しかし彼の考え方はナチュラルもコーディネイターも関係がない。それは有史以来の人間の戦争の損得で戦争の行く末を見ている節もあるが、しかし根っ子は宇宙に住む民である。連合のコロ二ーへの被害を気にしない攻撃に激しい憤りを感じて言葉を荒げ、世界樹の行政府の人間たちを黙らせたその手腕も、今の最高評議会に居る者達よりもよほど政治馴れしているように思えた。
「彼はただの子供ではないよ。そして、天才というわけでもない。あれは経験に裏打ちされた彼自身の物だ」
政治家として多くの人間を見てきたシーゲルが感じたそれは決して間違ってはいないと思っている。しかしそれにしては15歳の少年がどこでそんなことを学んでくるのかがわからない。
戸籍はプラントにあるが、両親は居ない。ギルバート・デュランダル議員の数人の養子の一人という扱いになっている。ただそれ以前の出生に関するデータがないのだ。ただわかっているのはナチュラルで、一躍ザフトのトップガンとなり、新興企業のアナハイム・エレクトロニクスの開発部部長で、ジンの数段上のMSを開発する頭脳すら持っている。そしてザフトの士官アカデミー時代には戦術研究サークルに所属して膨大な量の戦術論を発表し、それが今の士官アカデミーでの教育指針になっている。完璧すぎて下手に弄れないというのもある。参考までに地球軍の士官学校の教科書も裏ルートで仕入れていたが、比べてわかることはMSパイロット教養に特化した内容だということだ。
MS運用論、艦隊連携運用論、有視界戦闘下におけるMS戦術論、さらには電波攪乱状況下におけるMS運用論。これが一番の割合を占め、さらには地球降下揚陸における想定運用論、海中におけるMS運用論、地上におけるMSと対戦車・戦闘機の戦術運用論――上げ始めればキリがない程のMS戦術論をプラントに齎している。冗談ではない程に彼を連合に渡すわけにはいかないのだ。むろん、彼にその気がないのも実際に話せばわかることだ。
「式典も直ぐに執り行われるだろう。その場で彼には今回の議会の決定を伝える」
「ザラ程ではないが。やはり少し入れ込みすぎではないか?」
「それほど彼は手元に欲しい程の人材なのだよ」
カナーバの言うこともわかるが。この戦争を虐殺に変えないためには彼の力が必要だと、シーゲルは漠然とだが確信があった。
◇◇◇◇◇
世界樹攻防戦の結果はプラント本国ではプロパガンダとして大々的に扱われ、シホとジャンにはネビュラ勲章を授与するという辞令もあった。
しかしジャンは勲章を辞退した。アナハイムのテストパイロットではあるが軍属ではないので、その線引きをするためだという。
「私も、余り気が進みません」
シホからすれば自分の戦果は自身だけで築いた物ではない。それがわかっているから、上司でありスコアも上のユキに勲章が贈られないのに自分が受け取るわけにもいかないという真面目さをユキは笑いながら、受け取れるものは受け取っておいて損はない。逆は損するだけだと勲章を授与させた。
ザフト初の大々的な戦果での勲章授与とあって、授与式は大袈裟なまでの派手さで行われた。
ユキの知り合いではシホの他にクルーゼの姿もあった。
式典が終わり、解放されて早々シホは会場の片隅に退散してしまう。もちろんマスコミはそのあとを追う。
そこにはユキとジャンが立っていた。他にも議員としてのデュランダルが居た。ユキとデュランダルが盟友の間柄なのはアナハイムでは知れ渡っている。なにしろアナハイムの社長でもあるのだから。
アナハイムの勢力が強くなればデュランダルも鼻が高くて当然だ。
ナチュラルもコーディネイターも関係無くアナハイムは採用しているからデュランダルもナチュラルの味方をする裏切り者と言われているが、持ち前の話術で上手く立ち回っていた。
そんな一同に近づこうとしたシホだったが、それよりも先に声を掛けた者が居た。
「先日振りだな。アカリ君」
「シーゲル議長!」
声を掛けられたユキと、隣に控えていたジャンは敬礼し、デュランダルも軽く会釈で返した。
「そう固くなることもない。救国の英雄にこのような仕打ちをしなければならないのは心苦しいものだが」
「そう言って頂けるだけでも充分です」
そう言いながらユキは一瞬シホに視線を向けた。それでシホは気圧されてしまった。シホ自身が考えていたことを見透かされたのだ。このプラントの為に心身を擲って戦っている真の英雄がここに居るのだと叫びたかったシホだったが、プラントの最高評議会議長がその真の英雄の働きを労ってくれているのだ。
シホとてバカではない。だから今は黙るしかなかったのだ。
「代わりと言っては何だが。地球降下作戦の指揮を君に執って欲しい」
「それはまた。反感を買いましょう」
そういうユキの顔はしかし、既にどう降下作戦を成功させようかという思考に半分耽っていた。その隣のジャンはあまり良い顔をしていない。
「お言葉ですが議長。今のプラントが地球降下作戦によって戦線を伸ばしてしまえば何れ無理が出ます。ここは月基地の締め上げに従事するのが得策かと」
そうジャンは進言した。確かにこのまま地球に攻め込んでも地球と宇宙とでは補給の勝手が違う。地球の地域を占領できても周りは敵だらけなのだ。占領維持するだけでも厳しいものがある。
「そう提言しても強硬派に押し切られてな。ある意味君たちの頑張り過ぎという側面もある」
現在地球軍には宇宙軍は第一から第七艦隊までが存在している。そのうち2艦隊が先の戦いで壊滅している。
「降下揚陸についてもアカリ君の論文があるからな。ナチュラル嫌いでも、その論文を盾に評議会を押し切ってきよった。降下作戦を実行する代わりにアカリ君を最高評議会の特務隊所属に移し、作戦の前線指揮官とする旨で決着が着いた」
「なぜ私をご指名になったのですか? 私は一介の兵士に過ぎません」
「君は戦争というものを知っているからだ。恥ずかしい話だが、我々のザフトは自警団上がりの民兵に過ぎん。軍を名乗るには軍人が居ない。そしてナチュラル蔑視もあることも事実だ。もし敵を――投降した敵兵ですら撃つような馬鹿な真似はしない、とは言い切れんのが実情なのだよ」
「先の世界樹追撃戦ですね」
「うむ」
シーゲルは沈痛な趣きでユキの言葉に頷いた。
先の世界樹から撤退した連合艦隊に対する追撃戦。投降を示す艦やMAにも容赦なくザフト兵は襲い掛かったという事実。その兵士たちは拘束され、軍から除隊となっているが、それが一部の暴走と言えないのがザフトの実情だった。
「ユニウスセブンの件があったとはいえ、投降した兵まで殺して回るようなものはもはや軍とは呼べん。それでは人殺しと何ら変わらん」
「地球降下作戦を成功させ、連合を交渉のテーブルに引っ張ってくる。最低でも戦時条約の締結は急務ですね。よろしければ原案を書きましょう」
「頼む。ザフトでありながら、ナチュラルの視点で物を見れる君の価値観は貴重だ。何れは腰を据えて君とはゆっくり話したいものだ」
「こちらも。議長はコーディネイターでありながら良識のある人だと再確認しました。あなたがプラントの最高評議会の議長であることに安堵しています」
「娘と歳の変わらん君に言われるとこそばゆいものもあるが。その期待に応えられるよう尽力しよう」
固い握手を交わすシーゲルとユキをカメラのフラッシュが襲い、不意のことにユキの肩が跳ねた。
話に夢中でここがどこであるかを忘れていたとでも言わんばかりに無防備だった。
「では頼むぞ」
「っ、ハっ!」
離れていくシーゲルを敬礼で送るユキ。さっそくシーゲルに取材をと集り始める記者団だったが、ガードマンに阻まれ、シーゲルは会場を後にした。
「やれやれ。肝が冷える」
「最高評議会議長にああも正面から話をしておいてよく言う」
「別に気後れすることもないだろう。それより議長に借りが出来てしまったな」
おそらく自分の排除論が最高評議会でも出ていたのだろう。いささかやり過ぎだったとは思うが、そうでもしないと戦場で優勢に出れなかったのも事実だ。だからこそ戦果に対する勲章の代わりに特務隊所属なのだろう。それでこちらを守ろうとしてくれている。地球降下作戦での前線指揮はむしろ排除論の妥協だろう。前線なら死ぬ確率も高い。生きていればまた利用すればいい。評議会での議論がシーゲルからの表情で透けて見えるようだった。これもニュータイプ故の察しの良さだった。
「よもや特務隊への配属など。ナチュラルの立場からすれば栄転ものでしょう」
「これで余計気を引き締めなければならなくなっただけさ。夜道は背後に気を配っておかなければな」
ジャンの言葉に返すユキだったが、返された本人はどういう意味なのかと首を傾げていた。
「それは極東のジャパニーズで言う月夜の夜だけと思うな、という意味で良いのかな?」
「流石デュランダル。勤勉だな」
「君は時折わかりにくい例えで話すのでね。話を理解するのに色々と勉強しているのだよ」
もっとわかりやすくストレートに言えば良いものをとも思ったデュランダルだったが、それでストレートに言ってしまうと実際刺されかねないのがユキの立場でもある為、これほど厄介なものはないと思った。
「どういう意味でしょうか? デュランダル議員」
「なに。嫉妬にかられた同胞に背中から刺されない様に注意しなければならないという意味だ。この子をよろしく頼む、ドクター・ジャン」
「はい。彼はプラントに、いえ。この世界に必要な人間であるでしょうから。私の及ぶ限りを尽くすつもりです」
アナハイムの社員と社長としての立場で交流のある二人だったが、改めて失うわけにはいかない逸材の為に互いの認識を確認するが、それをユキは大げさに感じていた。
「大げさだ。私が居なくとも世界は廻る。私一人死んだところでそれほど変わらない」
「しかし君が居なければプラントはそれこそ負け戦によって消耗し、戦争に負ける未来が私には見えるのだが」
「私もです。それこそ、撃たれたから撃つという憎しみの連鎖ばかりの世界になってしまう。ナチュラルとコーディネイター、どちらかが滅びるまで殺し尽くすだけの戦争とは呼べない戦いがやってくるでしょう」
プラントは地球と正面から戦えないのだ。国力の差が激しすぎるのだ。それを質で上回る内は良いものの、何れ質でも追いつかれれば負けるだけだ。そんな未来が見えない程二人は盲目ではない。だからそれでもプラントの未来を切り開ける力を必要としていたのだ。
「そうさせない為の戦いだ。だから死ぬ気はさらさらない。これから戦火は広がるだろうが、それでも目指すべきものはその先にでしか実現できないのも事実だ。核を撃たれたコーディネイター側が納得できるだけの戦果がなければならない」
「流された血と同じだけの血を相手に求めなければならないとは。それで戦争は終われるのだろうか?」
「そうでもしないと暴発する輩が出る。今回の様にな。必要経費とは言わん。嫌ならプラントから抜けても良い」
それが戦争というものだった。奪われたからには、奪われたもの以上のものを敵から奪う。それの鼬ごっこだ。だからそれはジャンへの気遣いでもあった。戦うことが嫌であることも重々承知で戦場に引っ張り出しているユキは悪魔と罵られても文句を言う気はなかった。それでもジャンの様な価値観の人間は必要だと無理して引き留めたのだ。
「もう私は少なからず撃ってしまった側だ。今更鞍替えはできないさ。だから君の戦いを見守ると決めたのだよ」
「なら失望させないようにやるだけだな」
大人たちの(若干一名子供だが)会話に入っていけず。しかし聞いているだけでも身になる話を邪魔するわけにもいかずに立っていたシホに気づいたユキが手招きをする。
「先ずはおめでとうと言わせてもらおう」
「いえ。私だけの力では成せない戦果でした」
「それでも戦い抜いたのは君の力だ。それは誇って良い」
「はい。でもどうしてあなたはそう平然としていられるの?」
シホはそれが気になって仕方がなかった。世界樹攻防戦の立役者は間違いなく目の前の少年だ。単独で二つの艦隊を壊滅させて戦いの流れをザフトに齎したのになんら賞賛を受けない現状に腹が立たないのだろうかと。
「これが若さか。…私は別に名声が欲しくて戦っているわけでもない。私が目指すのはプラントの自治権獲得だ。賞賛のあるなしなどに意味はない。要は成せるか成せないかだ。君も赤なら目先のことだけでなく、もっと大局的に物を見るべきだ」
「は、はい…」
同い年の少年にこうも言われて、それでも悔しくないのはそれが正論だからだろう。彼の言うことはある意味で正しい。いくら賞賛されても目的が果たされなくては意味がない。それこそただの賞賛には価値がないと言い切る姿に、ある意味で危うさをシホは感じた。その真っ直ぐ過ぎる心が利用されてしまわないかという危惧だ。
「数日は休みになる。次の戦場は地球だろう。降下揚陸に関する論文を頭に叩き込んでおいてくれ。君にも働いてもらうことになる」
「了解!」
同じ赤。ネビュラ勲章をもらったシホの方が今は立場が上なのだが、それでもシホは目の前の少年を侮ることはしない。高潔でいて強かな人間性には一生勝てない気さえしてしまっているからだろう。それでも、それだけではない。ナチュラルも、コーディネイターも関係がない。人間として尊敬できる人だと思うから敬意を払って接しているだけだ。
「さて。おれは帰るが。デュランダルはどうする? 最近レイが会えなくて寂しがっていたぞ」
「ありがたい申し出だが、まだ帰れそうになくてね。レイにはすまないと伝えておいてくれ」
「分かった。でもテレビ電話でもいいから顔を見せてやってくれ。それだけでもだいぶ違う」
「苦労を掛けるね」
「あの子もバカじゃないからな。それにしばらく帰れそうにもないのはおれも同じさ。家に帰るのが怖い」
「まるで出張続きであまり帰れない家の妻と娘を思う夫のような言葉だね」
「そういう経験があるだけさ。仕事に缶詰で1月帰らなかったら大目玉だ」
そういう会話をデュランダルとするユキはげんなりとした様子で肩を落としながら実感の籠る言葉を紡ぐ。本当に目の前の少年が同い年なのかと疑問に思うことは尽きない。それこそ話しているデュランダルやジャンと同年代と言われた方がしっくりくるような会話だったのだ。
「ホント、不思議な子よね」
ただそんな不思議で、化け物みたいな男の子でも子供なのには変わりはない。
だから自分も着いて行くと決めた。
◇◇◇◇◇
式典も終わり数日の休暇が言い渡された。そんな中でユキの姿はプラントの首都であるアプリリウス市にあった。
ナチュラルのユキが近づくには危険な場所なのだが、要件がある為行かなければならないのだから仕方がない。
特務隊の証である羽の様な装飾のプレートを付けて歩いていれば少なくとも絡まれることはない。
「相変わらず、デカいな」
立ち寄ったのはプラントでも上級階級の家のある区画だった。
ここはプラント建設の折に尽力した家が集中する区画で、目的の場所はそこから少し離れた郊外に立つ豪邸だった。
呼び鈴を鳴らすと門が開く。あらかじめアポは取っているし、一応来たこともある家の為にそのまま歩を玄関まで進め、玄関の呼び鈴を鳴らすと、老執事が家の中へ通してくれた。
二階に上がり部屋に通される。咽かえりそうなバラの香り。部屋丸ごとバスルームという非常識さに眩暈がしそうだが、持ち前のニュータイプの勘が働き、無意識に身体が動いていたが――。
「せぇい!!」
「つぅ!?」
気づいたら投げ飛ばされてそのまま浴槽にダイブすることになった。
「ぶはっ!! なにをっ」
「フッ、久しぶりですね。戦場での活躍は聞いていますよ」
「…良いから服を着なさい服を」
ユキの目の前には素っ裸を惜しげもなく晒す女性が居た。裸であるから性別が分かるものだが、これで服を着ていれば見目麗しい男性に見えるだろう。実際士官アカデミーでは数少ない女性候補生の視線を釘付けにして毎日女性からラブレターをもらっていたのも目にしている。
「はぁ、はぁ、はぁ、さ、さぁ、ユキ、私に甘えに来てください」
「断固辞退させてもらう。というより怖いんだよ! なんではぁはぁ息が荒いんだ!」
「いや荒くなるでしょう。こう自分好みドストライクの相手が目の前に居ればなおさらですよ」
「少しは慎みを持ちなさいよ。貴族でしょ」
「誇りで女が満足出来て堪るものか。…それでも会いに来てくれて嬉しいですよ」
「なにか含みのある様に聞こえるけど。まぁいい。それより着替え。パンツまでびっしょりだ」
「なら早く脱いだ方が良い。風邪を引きますよ」
「誰の所為だ誰の」
見た目は良いのにショタコン趣味という激しく残念な目の前の人物こそ、ユキが要件のある人物だった。
元士官アカデミーの同期で同室。そして暴力事件を起こして士官アカデミーを中退した傑女。
ルクレイツァ・ローアル。プラント建設時に宇宙に移住したローアル家の一人娘でイギリス系貴族の末裔だ。
「ある意味変わらなくて安心したよ。ルーク」
「貴方こそ変わらないようで安心しましたよ。ユキ」
家族以外で唯一ユキの素を知っている人物でもある。
結局全身くまなく洗われたユキは黒い髪をドライヤーでルクレイツァに乾かされながら要件を伝えた。
「私を貴方の隊に?」
「今度の作戦で地球に降下する。まだ発表前だが、降りるのはビクトリアだそうだ」
「それはまた」
それでも自分に声を掛ける意味があるのかとルクレイツァは思った。確かに誘われるのはうれしいことだが、それでユキの立場が危うくなるのではないかという懸念もある。
「おそらく手が足りない。それに身を任せられる人間が少ない。それなら多少の無茶はする」
「それは愛の告白と取っても良いのですか?」
「ある意味口説き落としに来たという意味じゃそうかもね」
「意地悪な人だ」
「ルークが居ればおれは3位だったんだ。それに世界樹でも戦艦を沈めてるんだろ? ならアナハイムで充分通用する」
「それは私にテストパイロットをやってほしいと?」
「ある意味抜け道さ。テストパイロットならこっちの思うように機体を戦場に用意できる。後悔はさせないよ」
そう締めくくって、ユキはルクレイツァに振り返る。その瞳は有無を言わせない程に真っ直ぐなものだった。
「良いんですか? 私が自分を抑えられなくて貴方を襲うかもしれませんよ?」
「その時はその時さ。まぁ、無理やりより優しくお願いしたいけど」
「相変わらず人誑しですね。まぁ、良いでしょう。貴方を支える人は確かに必要だ」
乾かし終えた髪の毛を弄ってサイドに纏めてリボンで縛ったルクレイツァは満足げに頷いた。
「んで? なんでゴスロリなわけ?」
「いや一粒で二度美味しいと言いますし」
「言ってなさい。服が乾いたら帰る」
「その間に一局でも如何ですか?」
「止めとく。またフルボッコにされるのがオチだ」
ナチュラルだというのに貴族の血の所為か、戦術に関して天才的なセンスを持っているのがルクレイツァだ。それこそ経験から来る堅実さのある戦術を天才的なセンスで覆すのが得意なのが彼女だ。
「本国から新型MSのオファーがあってね。まぁ、こっちをそれで牽制、あるいは影響力を削ぎたいのが見え透いてるんだけど」
「それで? どうするおつもりで?」
そう返すルクレイツァに満面の笑み、それこそ少女と見間違えるような花の咲いた笑みを浮かべてユキは続けた。
「新型のコンペが明後日にあるから、そこで相手をボコボコにして欲しい」
「……それ、用意させる気があるのですか?」
世界樹攻防戦からまだ5日も経っていないのにそんな要求だ。いくらなんでも露骨すぎるが。それを受けたということはMSは用意されているということだ。
「まぁ。ジンのマイナーチェンジだけど性能は保証する、でもおれがフルボッコにしたんじゃ意味がない。でもコーディネイターがやればどうかといっても果たして微妙。それこそ機体が良かっただけで終わりだ」
「負けることを一切考えていないんですね」
「君が乗るなら、負けないと思ってる。でなきゃ声を掛けに来ないよ」
「本当に、酷い人だ」
それでも受けないという選択肢はない。貴族として軍に所属するのは絶対条件だ。士官アカデミーを中退した時は父に殴られもした。その日の内に志願兵として緑の服に袖を通した。
そして世界樹攻防戦で戦果を上げたものの、同期の友人は比べ物にならない程の戦果を叩き出していた。そんな彼が自分に甘えに来ている。なんて可愛いのだろうか。そして同時に酷い人だとも思う。
断ることを初めから想定していないのだから身勝手な人だと思いながら初めから断る気もないのだから自分も同じようなものだ。
「今日は泊まって行けるのでしょう?」
「まさか朝帰りをしろと?」
「久しぶりに構ってもらえると思うと期待したくなるものですよ? まぁ、近くに可愛らしい娘もいたから困っていないのでしょうけど」
「そんなに手ぐせが悪い男に思われていたなんてショックだわ」
「冗談ですよ。貴方はそういうキャラじゃないのは私が良く知っていますから」
ユキの顎に指を添えて上に向かせるルクレイツァ。彼女は既に正装に着替えているため、その光景は少女にキスを迫る美青年の様でしかなかった。
「こんな真昼間からなんて嫌なんだけど」
「まるで夜なら良いみたいな言い方ですね」
「それで味方してくれるのなら安いもんでしょ」
「貴方という人は…」
ユキの顎から手を放したルクレイツァは深いため息を吐いた。目的の為なら自分を軽んじるところも相変わらずと思いながら、果たしてどれほどの人間が彼の根底を知っているのかと思いを馳せてやめた。こんなこと考えるよりももっと考えなければならないことがあると。
「わかりました。テストパイロットの件、お引き受けしましょう」
「助かる。データはスティックメモリーを執事に渡してある。あとで確認してくれ」
踵を返して部屋を出て行こうとするユキをルクレイツァは止めない。止めない代わりに何も言わずに見送った。
少しして血相を変えて駆け戻って来た盟友を笑う。完璧でいて抜けている愛らしい盟友の為に剣を取ることを貴族の末裔の少女は選択した。
◇◇◇◇◇
新型MSのコンペティションは、マイウス・ミリタリー・インダストリーが用意したジンの高機動新型MSであるジン・ハイマニューバと呼ばれる機体であった。
新型エンジンと機体各部のスラスター増設による機動性と運動性の強化が行われている自信作であった。性能はジンの延長に当たる為、戦闘力は突出するものはないが、それでも機動性は30%の強化がされている。
対するアナハイム・エレクトロニクスの用意した機体もジンの高機動カスタムタイプのMSだった。
先ず目を惹くのはその背中だろう。ジンの特徴的なウィングバインダーの間に機体の全長ほどもあるプロペラントタンク兼ブースターを追加しており、稼働時間の延長と機動性の強化を両立している。また機体各所へのスラスターの追加も行っている。それだけでなく、機体装甲を一部薄くし軽量化が図られている。既存のエンジンの強化型の為に機動性ではジン・ハイマニューバに譲るものの、運動性ではこの高機動型ジンの方が勝っている。
そんな両社のジンによる模擬戦は。当然機動性による格闘能力による戦いとなった。
序盤は機動性に有利であるジン・ハイマニューバが優勢に押していたが、それを高機動型ジンは小刻みな回避で有効打を与えなかった。中盤には攻勢に転じた高機動型ジンがジン・ハイマニューバを機動性で圧倒し始めたのだ。カタログスペックで機動性では勝るはずのジン・ハイマニューバを機動性で降した高機動型ジン。そのトリックは単純にプロペラントタンク・ブースター分のスペックを入力していなかっただけである。
安全面には充分考慮したものの、コンペ当日に組上がったパーツをただのプロペラントタンクと入れ換えたのだ。
そんな機体を慣らすのに前半戦を使い、機体に慣れればあとは圧倒すると信じて疑わなかったユキにルクレイツァが応えた形でコンペは終了した。
性能面も悪くはなく、コストも抑えられていたが、装甲を減らすことでパイロットの安全面を指摘され、制式採用はジン・ハイマニューバに決まった。
そんな茶番出来レースに興味などない。ユキは特に抗議もなく事実を受け入れた。
「フフ、貴方も人が悪い。マイウスの代表団のあの悔しげな顔ときたら。今思い出しても可哀想でしたね」
「自信作をコテンパンにされたんだからな、親の敵でも見るかのような視線だったな」
高機動型ジンはジンにジン・フルバーニアンで得たデータと、高機動型ザクのデータを反映して強化した機体だ。プロペラントタンク・ブースターは突貫作業だったが、それでもベースジャバーのプロペラントの技術を使い、クシャトリア・リペアードやフルアーマー・ユニコーンのデータもあった為の確信できる安全性は保証できた。
問題は想定外装備でOSも組まれていない機体をルクレイツァが乗りこなせるかどうかだったが、それは杞憂だった。
それも踏まえて当日仕様追加という反則技を使ったのだが。
「しかし、あれほどの機体が量産されないのは惜しいですね。ハイマニューバも悪くはないのですが、高機動型に乗ってしまうと物足りなさを感じます」
「だからエースパイロット向けに少数量産はされるらしい。まぁ、ジンとそう変わらないコストに抑えた甲斐があったわけだ」
装甲を削った分。機体フレームの強化等に回して高機動戦闘の負荷を軽減している。正しく当たらなければどうということはないという機体だが。世界樹攻防戦のデータを見る限り、そういったパイロットも幾人か居るのがわかっている。ジンでは成し得ない高機動型MSの配備は急務だと言えた。
MS開発で負ける気はしない。ザフトの最新鋭機を降すのは、そこから新たに高性能の機体を生み出して貰うための物だ。少なくともゲルググクラスの機体を早急に開発して貰う必要があるのだ。一年戦争でゲルググがあと数ヵ月早く量産されていればジオンは勝てたと言われている。企業同士の足の引っ張り会いほど不毛な物はない。だからマイウス社には表向きにでもアナハイムを超えて貰わないと困るのだ。
「本当に、貴方という人は」
恐ろしく純粋な人だとルクレイツァはユキをそう思う。理想の為には損得勘定は二の次になる。だから人を惹き付けるのだということだろう。
そしてその純粋さを利用されないように周りが彼を守ってやらなければならないのだろう。
◇◇◇◇◇
ビクトリア降下作戦まで数日を数え。怒涛の休暇の最後はゆっくりと自宅で過ごすことにしたユキは荷物のカートを引きながら帰宅した。
「ただいまー…って言っても、誰もいないか」
預かっている子供たちは学校だろう。
と思った瞬間、感じた殺気に対して身体が勝手に動いていた。
投げられたフォークを避け、飛び掛かって来る黒い影を掴み、そのまま勢いを利用して組伏せて間接を極めて身動きを封じる。
「クソッ、離せ!」
「殺気が駄々漏れだカナード。それじゃあ取れる物も取れないぞ」
「お帰りなさい、ユキ」
「お帰りなさい、ユキさん」
ユキが組伏せるカナードとは別に出てきた二人の少年は兄弟の様に雰囲気が似ている。
「ただいま、レイ、プレア」
柔らかい笑みを浮かべて、ユキはレイとプレアを迎えた。
「オレの上で和むんじゃない! 早くどけ!」
「カリカリし過ぎだカナード。カルシウムが足りてないんじゃないか?」
「うるさい! 余計なお世話だ!!」
命が狙われるようなやり取りをした相手なのにユキは涼しい顔でカナードをあしらう。
しかし何時までも尻に敷くのは可哀想なので退いてやることにする。するとまた飛び掛かって来るカナードを組伏せてしまうユキ。
「貴方も懲りませんね、カナード」
「うるさいぞプレア!」
野犬の様に唸るカナードと、そんなカナードに苦笑いを浮かべるプレアを見て、ユキは家に帰ってきたという実感と共にカナードを解放した。
「食事は用意しておきました。お風呂も用意がもう少しで終わります。先に休みますか?」
「ホント。出来た子だねレイは。デュランダルもよろしくと言ってたよ」
何処に出しても恥ずかしくない嫁の様に献身的なレイを褒めつつ。服を脱いでユキは先に風呂から入ることにした。
「背中を流しましょうか?」
「じゃあ、お願いしようかな?」
プレアの申し出を素直に受け、身体を洗い流して貰い、テーブルに並ぶ食事はカナードが用意した物らしい。仏頂面で腕を組みながらエプロンを着る姿は心底似合わないが年期を感じさせる自然体であった。
「ホラ、今日はカレーだ。咽び泣いて感謝するが良い!」
「サラダは自分が。スープはプレアが作りました」
「いつもありがとう。いやぁ、久し振りのみんなの手料理だ」
まだ4年程度の時間しか過ごしてないが、それでも出来るだけ家族の様に振る舞ってきたユキ。
レイもプレアも大人しい上に察しが良い為に、ユキに迷惑にならないように家族を演じていたが、カナードはそうでもなく反発が凄まじい。それでも出来るだけ親をやるユキを相手にカナードもじゃれあい程度にしか今は思っていない。それにしてはフォークやナイフが飛んで来る割と殺意高い系のじゃれあいだが、ユキなら大丈夫だという信頼があるからカナードも手を抜かず、そんな不器用な甘えかたをするカナードをわかっていてプレアは素直じゃないカナードに苦笑いをして、見抜かれていることをわかっているからプレアに噛み付くカナードだが、虚弱体質のプレアを気遣って決して手は出さない不器用な兄貴分が、カナードという少年だった。
プレアもレイと同じく寿命の短いクローンの子だった。それを今では治療を受けて寿命問題はどうにかなったが、クローンとしてもレイ以上に粗末な身体はプレア自身に深いダメージを与えていた。少しずつマシにはなってきてはいても、身体が弱いのは直ぐ様どうにもならない事情だった。
だが、兄弟が救われている事にレイは嬉しかった。未来を求められる命に感謝したかった。だから、その命をくれたユキに献身的に尽くす事が今の自分に出来る恩返しなのだと思って家事をこなしているのだ。
プレアもカナードも同じ思いで家族として過ごしている。
身体の弱い自分にも出来る範囲でプレアは家事は手伝っているし、カナードもレイとプレアより歳上だと言い張り、兄貴風を吹かして不器用ながらも弟分達に接している。そんな姿が微笑ましくなってユキはこの子供たちを守るために戦っているのだと再確認した。
「またしばらく帰れなくなりそうだ。もしもの時はデュランダルを頼りなさい」
戦場にいるのだ。歴戦のニュータイプでも無敵じゃない。だから万が一はデュランダルを頼るように言いつける。そしてそれは戦いに出るのだという事をわかってしまうプレアは哀しげに瞳を伏せた。
「やっぱり、戦火は広がってしまうのですね」
「先に撃ったのは地球軍だからな。それも核ミサイルという1手でプラントの戦意を挫きたかったのだろうが、あれで逆にプラントの戦意を煽ってしまった」
「コーディネイターは宇宙人の化け物らしいからな。ナチュラルとは違う生き物? バカバカしい。それがわかっていないから戦争になった」
「ですがこのままでは憎しみだけが広がって、取り返しのつかない事になってしまいます」
「だとしても今は戦うしかないだろう。でなければプラントは滅ぼされてしまう」
子供たちが戦争について話す姿は喜ばしくはないが、自分の目で世界を見据えている事には嬉しくも思う。
生まれも育ちも関係無く、ひとりの人間として世界を見据えるということはとても難しい。だから子供たちにはナチュラルだからコーディネイターだからとか関係がない視点で育って欲しいのだ。
「さて、辛気臭い話しはおしまいだ。レイ、冷蔵庫からケーキ持ってきて。カナードとプレアは食器の片付け手伝って」
「わかりました」
「はい」
「またケーキか。オレがケーキごときで懐柔されると思っているのか?」
「じゃあ、要らないんですね。レイ、ボクたちで食べてしまいましょう」
「待てプレア。だれも要らんとは言っていない!」
「素直じゃないですね」
「まったくだ」
「ええい! 黙れ黙れ黙れ黙れ!!」
そう言いながらレイからケーキの入った箱とナイフをひったくり、中身を均等に素早く切り分けたところにナイフで自分の分を持ち上げるとさっさと口の中に放り込んで咀嚼すると飲み込んで背を向けてどたどたと部屋に向かってしまった。
「次はチョコにしろ!」
そういって部屋に入って行ってしまった。
「まったく。行儀の悪い」
レイがやれやれと肩を竦めるが、それでも顔は笑っていた。
「不器用ですからね。カナードは」
仕方がないという風に笑いながらプレアはカナードが切り分けたケーキを皿に乗せて分けてくれる。
「最近いっつもああなの?」
本当は毎日家に帰りたいのだが、そういうわけにもいかずに泊まってしまうユキが申し訳なく思いながらレイとプレアに尋ねた。
「カナードなりに貴方を心配してカリカリしているようだ。MSのパイロットならいつ死んでもおかしくないとわかっているのでしょう」
「おかげでボクたちだって心配しているのにそんなこと言えませんよ」
「そっか。ありがとう、プレア。レイも。でも今はまだどうにも出来ないんだ。この戦争が終わるまではね」
そう言うユキの言葉にレイもプレアも頷いた。
察しの良い子は助かるが、察しが良すぎるのも子供たちに甘えてしまっている自分を恥ずかしく思いながら、今はその甘えを耐える他にはなかった。
to be continued…