※この作品はR-18です。

北郷当代記   作:KKS

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 ――切っ先を向け合う青龍偃月刀と大剣。二人の周囲を圧倒するような気迫に、一刀は額の汗を指で拭った。

 関羽はいきなり切り込むような真似をせず、相手の出方を伺っている。それは状況を考えてのことでもあるし、こうして立ち合っているだけで眼前の女性の力量をひしひしと感じているからでもあった。

 

「夏侯元譲、参るぞ! はあああああああっ!」

 

「なっ……、夏侯元譲だって!?」

 

 切り込みながら女性が口にしたその名に、一刀は衝撃を受けている。夏侯元譲とは、曹操の右腕ともいえる夏侯惇その人であった。

 それがやはりというか女性となって目の前で剣を振り上げているのだから、一刀が動揺するのも無理はない。

 

「こちらは関雲長だ。ゆくぞっ!」

 

 相対(あいたい)していた夏侯惇が名乗りを上げると、関羽はそれに律儀に返す。関羽はすぐさま襲い来る刃に反応すると、青龍偃月刀の刃先でそれを受け止める。

 二人の力はほぼ拮抗しており、金属が擦れてぎりぎりとした音が鳴り響く。

 

「隊長、あの女性は何者なのですか? 愛紗さんほどの武人と打ち合って互角にやりあえるなんて」

 

 楽進が驚くのも無理はない。彼女とて関羽の鬼神の如き武勇をその目で見ているのだから、余計に夏侯惇の力量が恐ろしく思えてくる。

 

「さっきの名乗りからして、あの人は孟徳さんの腹心だよ。見ての通り、彼女も相当な腕前のようだね」

 

「腹心、ですか……? そうであれば、さらに厄介な状況ですね。まさか一刀さまの変わった身なりから、ここまでのことになってしまうとは……」

 

 楽進同様、一刀も夏侯惇の力には舌を巻いている。

 青年が周りからいくら浮いている格好をしているからといって、いきなり戦闘になるとは郭嘉ですら考えもしないことであった。

 

「そうですね。余程警備を厳重にされているのか、それとも……」

 

 その時、関羽と鍔迫り合っていた夏侯惇が腕にぐっと力を込めた。強敵と出会えたからなのか、その口には笑みすら浮かんでいる。 

 

「ほう、なかなかやるではないか。関……、なんとか!」

 

「雲長だ! ぬう……っ」

 

 夏侯惇は裂帛の気迫を放ちながら、関羽の得物を一瞬押し返す。一騎打ちで関羽が敗れるなどとは一刀は思ってもいないが、曹操の膝下でこれ以上の大事になればただでは済まないだろうという考えがあった。

 押され気味の関羽を見て、蛇矛を握った張飛が前のめりになりながら叫ぶ。

 

「愛紗ッ!」

 

「わたしは大丈夫だから、鈴々はご主人様たちを守れ! 時間はなんとか稼ぎますから、そちらは退却の準備を!」

 

 もはや辺りは戦さながらの緊張感に包まれている。騒ぎを聞いて駆けつけた警備の兵士は夏侯惇の姿を見つけて遠巻きに待機しているが、いつ突入してきてもおかしくはない状況であった。

 

「稟、この状況をどう見る?」

 

「さすがによろしくありませんね……。強引に押し通って城外に出られたとしても、追っ手を放たれてはこちらは無力です」

 

 さしもの郭嘉であっても、焦りの色がはっきりとしている。

 その側で関羽と夏侯惇は再度睨み合いを続けており、戦いの止める気配を見せてはいない。こうなってしまってはもう他に手立てはないと結論づけた一刀は、関羽の背中に向かって呼びかける。

 

「ここまでだ、愛紗。武器を引いてくれ」

 

 そう言い終わる一刀の目の端に、縦に巻かれた金髪が映った。その人物は、夏侯惇の後方からゆっくりと近づいている。

 

「春蘭、これ以上街を騒がせるのは感心しないわね。そこの者も、物騒なものを下ろしなさい」

 

 堂々たる声色を発したのは、庶人を圧倒する視線を備えた少女。体躯こそ小さく華奢(きゃしゃ)ではあるが、一刀はこの人物こそが曹操であると確信を抱いていた。

 主君に真名を呼ばれた夏侯惇は、対峙する関羽を気にしながらも半身の体勢で後ろを振り返る。

 

「しかし華琳さま、わたしの勘がこやつらは怪しいと言っているのです! なんとしてでも、捕らえなければ!」

 

「か、勘だと……? それだけで、ご主人様や我らに刃を向けてきたのか」

 

 夏侯惇の(げん)を聞いた関羽は、がっくりと肩を落とした。内心では、それだけの理由でこのようなぎりぎりの戦いをさせられたのでは堪らないといった風である。

 これには曹操も関羽と似たような反応を示し、片手で目を覆っていた。

 

「全く……。直情的なのはあなたのいいところでもあるけれど、もう少し落ちつきも身に着けなさい。それで?」

 

 食い下がる臣下を宥めると、曹操は鋭い眼差しをもって一刀のことを見やる。それに気付いた一刀が出方を探るように目を合わせると、曹操はふっと小さく笑った。

 眼の前の男は自身の姿に、萎縮することも侮ることもしない。なんとなく異質なものを感じた曹操は、あながち夏侯惇の見立も間違っていないように思う。

 

「あなたが、曹孟徳殿か」

 

「ええ、そうよ。それで、そういうあなたは何者なのかしら?」

 

 曹操の強い視線を浴びているだけで、一刀はじっとりと汗ばんでしまうようであった。それでも立ち合いから負けぬよう、丹田に力を入れて姿勢を正す。

 

「……ああ、それもそうだね。姓は北郷、名は一刀。これでも、この子たちの主君をやらせてもらってる」

 

 一刀がそう名乗ると、曹操は彼の周りにいる関羽らを値踏みするような目で観察する。

 自軍でも随一の武勇を誇る夏侯惇と打ち合った関羽はいうまでもなく、他の少女たちも劣らない雰囲気を持っているように見えた。

 

「いいでしょう。我が臣の非礼も詫びたいところだし、ついてきなさい」

 

 曹操の言葉には、有無を言わせない強さがあった。一刀が目配せすると関羽らは頷き、その後を追う。奇しくもこうして、一行は曹操と面識を持つことになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 ――街を抜け、陳留城内に入った一行。ふと見れば兵士たちが慌ただしく動いており、なにやら出陣の準備でもしているかのようであった。曹操は門で待っていた青髪の女性に言付けると、彼女に謁見の間まで案内させると言って自身は足早に去っていく。

 

「それでは参ろうか。我が名は夏侯淵、字は妙才だ。そちらは北郷殿……でよいか?」

 

「うん、大丈夫。……もし違ってたら申し訳ないんだけど、妙才殿は元譲殿の妹さんでいいのかな」

 

 琥珀色の瞳を僅かに揺らしながら、夏侯淵は一刀の問を肯定する。夏侯淵に対して口調の丁寧さだけでなく、佇まいも美しい人だなという印象を一刀は持った。大胆に開いたスリットから覗くすらりと伸びた足が、まぶしいくらいである。

 一見すると姉である夏侯惇とはかけ離れているようでもあるが、両人の絆は強くしっかりとバランスが保たれていた。

 

「なにやら、姉者が迷惑をかけたようで済まなかった」

 

 謝罪する夏侯淵の仕草からなんとなく、こういうことがよくあるのではないかと一刀は思った。

 

「妙才殿が謝ることじゃないよ。それに、こちらの愛紗も無事だったからね」

 

 一刀がそう言うと、関羽は照れくさそうに少しうつむく。本人からしてみれば主君を守るという当然のことをしただけではあるが、心配してもらえることはやはり嬉しくもある。

 

「それにしても、姉者と剣を交えて無傷であるとはいい腕をしている。名を伺ってもよいか?」

 

「わたしの名は関羽、字は雲長だ。そちらも姉のように、剣を使われるのだろうか」

 

 関羽の質問に対して首を振ると、夏侯淵は両腕で弓を引く動作をやってみせた。実際に得物を持たずともそのしなやかな動きから、彼女が熟達した使い手であることが読み取れる。

 

「わたしの得意とするのは弓だよ。剣を握ったところで、姉者には到底及ばぬゆえな」

 

「なるほど弓か。イメージにぴったりだ」

 

「いめ……とはなんだ? 北郷殿は、よくわからぬ言葉を使うのだな」

 

 魏の夏侯淵といえば、弓を使う将という印象が一刀にはある。意味がわからずぽかんとしている夏侯淵に可愛らしいところもあると思いつつ、一刀は口を開く。

 

「華麗に弓を扱うのが、妙才殿には似合いそうだと思っただけだよ」

 

「む……。なぜだかそう表現されると、少しばかり恥ずかしいな」

 

 そのやりとりを見ながら、ため息をつく者が二人。目覚めてしまった一刀の性分を止める術などありはしないのだが、それでももどかしくはあった。

 

「本当に、隊長という人は……」

 

「ええ、全くですね。外にちょっかいを出すくらいなら、早くわたしに……」

 

「わたしに……なんなのだ?」

 

 ぼやきを聞いていた張飛が、つぶらな瞳で郭嘉を見上げている。内心が漏れていたことに郭嘉は顔を茹でダコのようにし、全力でそれを否定した。そこからさらにボロが出るのは、ご愛嬌というものである。

 

「な、なんでもありません! 昨晩一緒に寝た鈴々が羨ましいとか、そういうことはひとつも!」

 

「にゃ、稟もお兄ちゃんと寝たかったの? 凪の言ってたみたいに、ぎゅーってしてもらうの気持ちよかったのだ」

 

 後方から漂う刺々しいオーラを感じて、一刀は遠ざけるように速度を上げて歩く。夏侯淵はそれに合わせながらも、世の中には色々な主従の形があるのだなと改めて思う。

 

「着いたぞ、ここだ」

 

 開かれた扉の先に、一際立派な玉座が見える。まだ曹操は到着していないようで、一刀たちは先に入り待っていることになった。

 

「おっと。これより先は、その腰の物を預からせてもらおうか」

 

 夏侯淵がそう促すと、一刀は装具から刀を外して彼女に手渡す。関羽と張飛もそれに続くと、厳粛な空気の漂う謁見の間に足を踏み入れるのであった――。

 

 

 

 

 

 

「――待たせたわね、北郷。そちらは客人なのだから、楽にしてちょうだい」

 

 遅れてやってきた曹操が、玉座に腰を下ろしながら言う。謁見の間には、夏侯姉妹の他に数人の姿がある。その内のひとりから、一刀は明らかに敵愾心(てきがいしん)のある視線を受けていた。

 

「まずはこちらの将の紹介をするわ。夏侯惇と夏侯淵のことはわかっているでしょうし、曹仁」

 

「あたしは曹子孝っす! みんなよろしくっすー!」

 

 呼ばれた曹仁は、元気よく手を上げる。曹操となんとなく似たシルエットを持つ彼女ではあるが、まだまだ将として熟していない部分が多い。

 曹操がその隣に視線を移すと、おっとりとした雰囲気の少女が物腰柔らかに礼をとった。

 

「みなさまはじめまして。わたしは曹純、字を子和と申します。以後、お見知りおきください」

 

 しっかりとした曹純の挨拶に、曹操は満足そうな表情で頷く。彼女はさらにその隣へと目をやったのだが、大きな兎のようなぬいぐるみを抱えた少女は憮然としたままで話そうとはしない。

 

「曹洪、あなたの番よ?」

 

「……お姉さま。わたくしはこのような、どこの馬の骨ともしれない男となどよろしくしたくはありませんわ」

 

 曹洪と呼ばれた少女は、一刀のことをきっと睨みつける。よろしくするといってもただの形式的なものなのであるが、それすら曹洪は嫌悪しているようであった。

 彼女の刺々しい発言に主君を慕う少女らは不満の色を明らかにするが、青年自身は黙って聞いているままであるのでそれ以上のことには発展しない。ここで怒りを見せたところでどうにかなるわけでもないし、一刀はこの程度のことで目くじらを立てるような狭量な人間ではなかった。

 

「栄華、あまりわがままを言って困らせないでちょうだい。なにも別に、真名を預けろと言っているわけではないのよ?」

 

 意地を張る曹洪に対して、曹操は真名を呼んで(たしな)める。彼女の男嫌いは承知していることではあったが、今はそれを露骨にしていい場所ではない。

 曹操も色々と身内のことで悩んでいるのかと思うと、一刀は不思議と親近感が湧いてくるようであった。

 

「……お姉さまがそこまで仰るのなら。わたくしは曹子廉。申し訳ありませんが、そちらの殿方にはあまり視界に入らないでもらえると助かりますわ」

 

 長い金髪をいじりながら、いらいらした様子の曹洪は下を向いてしまう。言葉遣いこそ丁寧であるが、その内容の辛辣さに一刀は愛想笑いで応えるしかなかった。

 曹操は男嫌いの従姉妹にやれやれと思いながら、気を取り直して一刀の方へと向き直る。

 

「悪いわね、あの子のことはあまり気にしないでもらえるかしら。こちらの主だった将は以上よ」

 

 曹洪の態度に苦笑しつつも、一刀は自身も改めて曹仁たちに向けて名乗る。そして曹操にならって関羽ら臣下のことを紹介し終えると、一旦唾を飲んで喉を湿らせるのであった。

 

 

 

 

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