「ふうん。天の御遣い、か……」
一刀が自身のことをそう表すと、曹操は顎に指をやり、過去のことを思い出す素振りをした。
その響きに好奇心を揺さぶられたのか、曹仁は輝く眼差しを一刀に向けているが、他の曹家の人間は怪しげなものを見る目で男のことを訝しんでいる。
「あれは昨年のことだったかしら。そういう報告が確かあったような……。でしょう、秋蘭?」
「はっ。そういった類の占いがあったことと、冀州に流星が落ちたという話しがあったことはお耳にいれております。ただその後は、ぱったりと噂も途切れてしまったこともあり……」
夏侯淵がそうまとめると、曹操はうんうんと思い出したように顎を上下させる。自領も近い兗州のことであればもう少し真剣に調査もしたのだろうが、眉唾物の話しに過度な人員を裂くのは曹操の嫌うことであった。
「あら、それは残念ね。陳留の近辺にあなたが落下していれば、さぞいいように扱ってあげたというのに」
曹操はそう言うと、舐めるような視線を一刀に対して送る。
姿形は幼い少女そのものなのに、どうして曹操の発する妖艶な雰囲気に一刀は飲み込まれてしまいそうになった。じっくり見るまでもなく、曹操自身の美しさというのは群を抜いているのだ。さらに、それを操るすべをよく知っているようでもある。
「ン……、そうだな。言われてみれば、そういう可能性だってあったのかもしれない。だけど、孟徳殿のところに落ちていれば、相当な苦労をしていたんだろうな」
曹家の面々を見渡す。案外、曹操のもとにいる自分というのも、想像するに難くないと一刀には思えた。
それは、現在進行形で夏侯惇や曹洪に射殺されそうな視線を飛ばされているからかもしれないし、また別の理由があるのかもしれない。
「ふふっ、でしょうね。我が軍では、大層なだけの肩書なんてなんの意味もなさないもの。でも、あなたにはその子たちを惹き付けるなにかがある」
曹操の視線が一刀を跨ぎ、その先にいる関羽や郭嘉に向けられている。どうやら、少女らのことをひと目見て気に入ってしまったようであった。
ぞくりとするような熱っぽい眼差しを受けたふたりは、その反応もそれぞれである。関羽は咄嗟に睨み返すような目つきで返答し、郭嘉はともすれば、見惚れてしまったように頬を少し赤らめていた。
この曹操という人は、大変な人材好きでもあった。特にそれが容姿端麗とくれば、自分のものとしたくなるような性分を持ってすらいるのだ。
夏侯姉妹などとは閨を共にするほどの関係であり、それがより強い絆を生むことにもなっている。
「どうしてしまったのですか。稟、あなたは隊長の参軍なのでしょう? だったら、しっかりしてください」
「うっ……。助かりました、凪。しかし、これが曹孟徳か……」
さすがに、このままの郭嘉を放って置くわけにもいかない。楽進が思わず彼女を肘で小突くと、我に返ったように少女は眼鏡の位置を直すフリをして表情を隠したのであった。
「いいわ。北郷、ではあなたがその天の御遣いだとして、どうしていま再び立ち上がろうと思ったのかしら?」
なぜ、一度は世に埋もれたはずの「天の御遣い」が目の前にいるのか。結局の所、曹操が知りたいのはそこである。
「そうだな……。あなたに納得してもらえるかどうかわからないが、これから世はさらに乱れていくだろう」
「へえ、それはなぜかしら。それならばわたしにとっても他人事ではないし、聞かせてもらいましょうか」
曹操の双眸が、強い光を放っているように一刀には思えた。下手なことを言えば状況をまた悪くしてしまうかもしれないが、怖気づいている場合でもない。
「天の知識と俺は表現してるが、有り体に言えばそうなることを知っている。ただし、何もかもが正確とは限らないけどな」
「だからといって、なにも自ら軍を立ち上げることもないでしょうに。あまり派手に動けば、官軍だって黙ってはいないわよ?」
そのような読みが自身にもあるのか、曹操は詳細を質したりはしない。逆に脅しとも助言とも取れるような言葉をぶつけ、彼女は青年の反応を待った。
一刀は数秒の間目を伏せていたが、意を決したように小さな覇王の座す玉座を見つめる。その口から発せられる言葉には、様々な思いが込められていた。
「孟徳殿の言うように、戦は官軍に任せるべきなのかもしれない。でも現実に天の御遣いを求めてくれる人たちがいて、俺もそうするべきだと思ったんだ。されるがままにやられるくらいなら、多少の危険は冒しもするさ」
「一刀さん……」
あの日のことを思い出し、楽進は臍を噛んだ。曹操に向けて話している一刀の横顔にも、少し陰りがみえている。
曹操にも青年の覚悟が伝わったのか、彼女にそれ以上の追求をしようという動きは見られなかった
「――華琳さま」
その時なにやら兵からの報告を受けていた夏侯淵が、曹操へ申し訳なさそうに声をかけた。曹操が手招きをすると、夏侯淵は一刀らには聞こえない音量で報告を耳打ちする。
聞き終えると少女は一瞬だけ残念そうな表情を浮かべたが、すぐに気持ちを切り替えると玉座から立ち上がった。
「北郷らには悪いのだけれど、会談はここまでとさせてもらうわ」
「これから出陣でもするの? ここへ来るまで、なんだか慌ただしかったけど」
「よく見ていたわね。まあ、そんなところだと言っておきましょう」
一刀が指摘すると、曹操は楽しげに返す。短い時間であったが、この邂逅は意味があったように彼女には思えていた。
「来てもらったのを追い返すような形になったのではわたしも納得できないし、先ほどの春蘭のことを含めて詫びさせてもらうわ。特にそこの関雲長には、ね」
「は、はあ。わたしはご主人様がいいと仰るのであれば、それで」
なにやら曹操には見せたいものがあるらしく、足早な彼女の後に一刀たちはついて行く。すると着いた先は軍の厩舎であり、曹操はその中の内から一頭をすっと指さした。
「この馬は先日我が軍にと献上されたのだけれど、誰も乗り手がいないのよ」
「乗り手が?」
一刀はそう言いながら、その馬の姿に息を呑んだ。それは普通の軍馬よりずば抜けてよい体格をしており、派手ないななきが気性の荒さを表している。
そしてなにより目を引くのが、燃え上がるように赤い体毛。その雄々しい体躯に、一刀は思い当たる節があった。
「ええ。試しに春蘭にも乗らせてみたのだけれど、どうにも呼吸が合わないみたいなのよね。良いものを手元で腐らせておくには惜しいし、よければあなたたちが持っていってちょうだい」
こんな物言いひとつとっても、曹操がやると嫌味たらしくない。それは彼女が持って生まれた覇者たる気質から来るものであり、一刀と性質の異なる部分でもあった。
「乗ってみては、愛紗殿?」
この中で試してみるのであれば関羽であろうと思い、郭嘉はそう勧める。関羽は逡巡した後に一刀の方へ顔を向けると、口を開いた。
「確かに見事な馬ではありますが……。よろしいのでしょうか、ご主人様」
正直なところ、関羽も素晴らしい馬体を見た瞬間からそわそわする自分がいることを感じていた。それは、武人としての本能といえる感情であった。
「俺は構わないよ。ここで断っても、孟徳殿の気が済まないだろうしね」
「あら、よくわかっているじゃない。借りを作っておくのは嫌なのよ」
一刀の了承を得ると、関羽は馬の身体を二、三度撫でて落ち着かせる。そして出来うる限りの平常心を保ち、その背に跨った。
「よしよし、少し駆け足が出来るか?」
関羽が手綱を握って語りかけると、馬はぶるっとたてがみを震わせて応じる。夏侯惇が乗馬した時にはこのような状況に持っていくことすらできなかったため、これには曹操も感心していた。
「呼吸が合っているようね。相性というやつかしら」
「そうだね。それにしても愛紗が乗ると、絵になるなあ」
駆け足から徐々にスピードを上げていき、馬場の中で円を描くように馬は走る。
そうすると関羽の黒髪が優雅になびいて、まるで著名な絵画を見ているような気分に一刀はなっていた。
「愛紗、とっても楽しそうなのだ」
「馬の方も機嫌が良さそうですね。この短時間で人馬一体になれるなんて、なかなかありませんよ」
張飛の言葉を継ぐように、楽進はそう付け足した。確かに馬は関羽の指示に自在に従い、驚くほどの早さで馴染みつつある。
「せっかくあれほど良い馬ですし、なにか呼び名がほしいところですね。一刀さま、案はありませんか?」
郭嘉がそう言うと、視線を釘付けにして見惚れたように関羽のことを見つめていた一刀がぼそりと呟いた。
「赤兎馬……。うん、赤兎馬だ」
史上で語られる伝説の名馬。この馬を初めて目にした時から、彼の脳裏にはその名が浮かんでいた。
「あら、なかなかいい響きね。あの赤兎馬もそうだけれど、才ある人間を輝かせられるかどうかも、主たる者の手腕にかかっているのよ」
曹操の語ったことの後半が、自分に向けてのものであることに一刀は気付く。一刀は小さくも大きな覇王の立ち姿を目に焼き付けながら、その助言に感謝する。
「孟徳殿の言葉、しっかり肝に銘じておくよ」
「ええ、そうなさいな。北郷一刀、その名はしっかりと覚えておいてあげるわ」
ひと通り赤兎馬を駆けさせた関羽が、一刀たちのところへ戻ってきた頃には、既に曹操はそこにはいなかった。彼女との出会いはほんの僅かな時間ではあったものの、一刀は多くを得たように思えている。
必ず、曹操とはまた会う日が来るだろう。そんな予感めいた確信を抱きながら、一刀は陳留を後にするのであった。
陳留を出立した一刀たちは、そこからしばらく東へと馬を走らせていた。先導役の楽進と並んで走る、関羽を乗せた赤兎馬の威容はやはり圧倒的で、夕暮れの中でもなお際立った存在感を放っている。
「凪、あれに見える村がそうなのか?」
「はい。帰ることは一応知らせてあるので、知り合いが準備をしてくれていると思います」
半月ほど見ていなかっただけで、楽進には故郷が随分と懐かしく思えていた。
村の入り口に馬を繋いで後続を待っていると、二人の少女が楽進の真名を呼びながら駆け寄ってくる。
「凪ぃ! ほんまに心配しとったんやからな!」
「凪ちゃん! お帰りなさいなのー!」
その二人の少女は楽進にがっちりと抱きつくと、彼女の無事を確かめるように全身を触りはじめた。
「ちょ……、こんなところでやめ……。でも、真桜と沙和にこうして会えて本当によかった。愛紗さん、この二人が話していた李典と于禁です」
関羽の前ということもあって恥ずかしそうにする楽進であったが、その表情は満更でもないという感じである。気を許せる親友というのは、やはりいいものであると彼女は再確認していた。
「あーっ! 凪ちゃん、またここに傷が増えてるの。まだ痛むの?」
于禁は目敏く楽進の腕に刻まれた真新しい傷を見つけ、悲しそうに瞳を潤ませている。楽進は彼女の手を取ると、穏やかな口調でその経緯を話す。
「その傷は、わたしの大切な人を守るためにできたものだからいいんだ」
一刀を守るために負ったその傷を、楽進は見つめる。以前村を出た時には、彼のことをこんな風に言えるようになるなど考えもしないことだった。
「あかん……、あの凪がめっちゃ女の顔しとる……。なんか盛大に負けたような気分やで」
「なの! これは一大事なの!」
がっくりと肩を落とす李典と、対照的に盛り上がりを見せる于禁。
彼女らの勢いに押されて、会話に入っていくタイミングを見つけられず関羽はどうしたものかと考えていたのだが、そうこうしている間に一刀たちもその場へ到着した。
「あっ、隊長。ほら、二人も遊んでないでご挨拶を」
李典と于禁は直感的に、今しがた現れたこの男こそ楽進のいう大切な人だということを悟る。二人の美少女にじろじろと見つめられて一刀はむず痒い気分であったが、大きな胸を隠す気もない李典の大胆な格好が目についていた。
一刀の配下の中でいえば関羽も相当大きい部類に入るが、それに劣らず李典は素晴らしいものを備えている。しかもそこを覆っている布は縞模様をした水着状のものだけであり、豊満な谷間はいうまでもなく晒されていた。
「ウチは李典ていいます。どうぞよろしゅう」
「沙和は于禁、っていうの。よろしくね、
彼女らが楽進から聞いていた二人であることを確認すると、一刀は自らも名乗る。彼から北郷一刀という名前が出たことで、やはりそうかというような表情を二人は浮かべた。
「やっぱりそうなんやあ。
益々興味津々といった体で、李典は一刀に身を寄せる。女性特有の香りと腕に当たるむっちりとした胸の感触に、一刀は邪心が沸き起こりそうになるのをどうにか留めていた。
「真桜ちゃん、抜け駆けはずるいのー! 隊長さん、沙和のことも真名で呼んでくれるよね?」
李典の反対側から一刀の腕を取り、于禁は上目遣いでねだるように言う。いきなり両手に花の状態となった一刀は、楽進らの視線を気にしつつも二人に順番に目をやった。
「まあ、ほどほどによろしくね。真桜、沙和」
わざと聞こえるようにため息を吐く楽進を余所に、親友二人はにっこりと笑う。それから一行は出迎えのために用意されていた場所に移動し、積もる話をしながら休息を取るのであった。
――その夜。どうしても二人で少し話したいという李典に連れられ、一刀は村の外れまで足を伸ばしていた。
「真桜、用があるって言ってたけどどうかしたの?」
快活な彼女にしては道中静かであり、どうしたものかと一刀は思う。すると李典はすっと顔を上げ、正面から一刀に抱きつくような姿勢になった。
「なあ、隊長はん隊長はん。さっきからずーっと、ウチの胸見てたやろ? ウチのここ使って、やらしーことしたいん?」
「真桜?」
一刀の心拍数は、先ほどからどんどん上昇していっている。気にしていなかったといえば嘘になるし、今も接触している二つの球体に手を伸ばしたくて仕方ない。
「ウチ、ええよ? 凪のこと女にした隊長はんのこと、もっと教えて?」
李典がぐっと両腕を寄せると、ふんわりとしていた巨乳がぐっと寄せられより谷間が強調される。男の欲望全てを飲み込んでくれそうな李典の谷間。それを見た一刀が、生唾を飲み込んだのは言うまでもない。
彼女がおもむろに面積の少ない布を取り去ると、たっぷりと身の詰まった乳房がまろび出るのであった――。