※この作品はR-18です。

北郷当代記   作:KKS

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「さすがにまずいな、これは……」

 

 どこに伏せていたのか、男どもがぞろぞろと現れる。頭目の合図で、五十を越える賊たちに一刀は包囲されようとしていた。

 このままでは絶体絶命。これ以上戦っても意味がないと考えた一刀は、刀を鞘に仕舞って少女を抱きかかえる。

 

「ちょっと乱暴になるかもしれないけど、ごめんな」

 

 せめて少女が意識を取り戻してくれれば行動が楽になるのだが、よほど図太いのか未だに口をむにゃむにゃとさせながら気持ちよさそうに眠っている。

 とんでもないくらいの度胸の持ち主ではあるのだが、そう感心している余裕は少しもありはしない。僅かでも守りの薄そうな場所に突っ込み、強引にでも血路を開く。ほとんど、玉砕覚悟の決断だった。

 一か八かの賭けであるが、こんなどことも知れない場所で人生を終えるのは、一刀としてもあまりに不本意なものである。

 じりじりと詰め寄ってくる賊たちに目をやり、どこかにつけ入る隙きはないかと集中して見渡す。銅鑼を叩いたかのような音があたりに鳴り響いたのは、そんな時だった。

 

「おおおおおおおおおっ!!!」

 

 同時に、唸りを上げるかのような雄叫びがこだまする。賊たちにも劣らないような数の男たちが、それぞれ武器を手に持ち、敵の軍勢を威嚇しているようであった。

 その新たに現れた勢力の中から少女が一人飛び出し、一刀らを囲む賊に相対する。賊は少女の女らしく発達した肉体に下卑た視線を送っており、中には薄汚く口角を上げている者までいた。

 少女は賊を一瞥すると、それを微塵も気にすることなく手にした得物を構える。九尺はあろうかという大物だ。

 長い柄の先に、青龍がいかめしく口を開けている。そこから伸びた幅広な刃が、冷たく煌めいていた。

 

「賊め、女だと思って侮るなよ」

 

 ひとりごち、身体に力をみなぎらせる。少女のもつ長く美しい黒髪が一瞬なびいたかと思えば、二人の賊から血煙が噴き上がる。

 斬られたことすら気づかせぬ、神速の技であった。ふっ、と息を吐いた少女は、賊に見せつけるかのように得物を振るい付着した血を払う。

 色めき立っていた賊たちの顔からは一瞬で血の気が引け、少女の後方では見事な腕前に歓声が起きていた。

 包囲に大きな隙きができる。一刀は咄嗟に動き、その新たな勢力に助けを求めるために動く。少女を落とさぬようしっかりと抱えて賊どもの間を駆け抜け、一角を切り開いてくれた少女に息を切らせながら礼を言った。

 

「ありがとう! おかげで死なずに済んだ!」

 

 黒髪の少女は、横を通り過ぎていく一刀に熱っぽい視線を送っている。彼女がここへ来たのはたまたまではない。同じく腕の立つ義姉妹と共に各地を荒らす賊などと戦ってはきたものの、その矛の拠り所が必要だと思うようになってきていた。

 そんな折に怪しげな占い師と出会い、天より舞い降りた白き御遣いが、大陸に平和をもたらすという予言を受けている。

 別にそれを真っ向から信じたというわけではなかったが、この状況はどうであろうか。

 流星が落ちた地点へ急いでみれば、そこには大勢に襲われている青年が一人。その身なりは変わっていて、占い通りともいえよう。

 危地に陥っても少女を助ける義心にも心を打たれ、少女はますますその気になってきていた。得物である青龍偃月刀を握る手にも、自然と力が込もる。その瞳には、確信を持った輝きが生まれていた。

 

 

 

 

 

 

「おーい。あんたらはあいつらと違って、強盗じゃないんだよな!」

 

 包囲を脱した一刀が、男たちとは少し距離をとって話しかける。男の一人が、そんなわけあるかといった風に首を左右に振る。

 

「安心しな、兄ちゃん。最近この辺りは物騒でな。なんでも星が落ちたっていうんで、村のみんなで大物見に来たってわけよ」

 

 髭面の男が、豪快に笑いながらそう答えた。男のいう村の人間と賊の数は同数ほどであったが、彼らに怯んだり恐れたりする様子は見受けられなかった。

 普段から自衛意識を持っている人達なのかな、と一刀は感心したように頷く。彼らが悪い人間ではないと判断した青年は、ひとまず信じて頼ることにした。

 

「助かります。全く知らない土地に来てしまったところを、いきなり襲われてしまって……」

 

 一刀たちが話している間にも、じりじりと賊軍が退いていく様が見えた。

 頭目からすれば、いざという時のための保険を切ってしまった上で損害を出したのでは、勘定が合わなくなってしまう。そんな事情もあり、大掛かりな戦いにはならず両勢力の邂逅は終わった。

 

「んっ……。お兄ちゃん、……だれ?」

 

 ようやく一刀が一息つけると思った時、腕の中で眠り姫が目を覚ましていた。

 彼女は地面に自分の足で立つと、まだ眠たそうに小さく欠伸をもらした。ぼんやりと青年を見つめるその表情は、小動物のようでなんとも愛らしい。

 

「どこから話せばいいものか……。とにかく、目が覚めたら俺の下できみが気絶していて、一緒に危ないひとたちに襲われたのがほんの少し前」

 

 少女はかわいらしく首を傾けながら、状況が飲み込めないという表情をしている。一刀自身、うまく説明をしてくれる人間がいるのならば変わってもらいたいのはやまやまであった。

 

「香風、無事ですか!」

 

 村人たちがやってきた方から女性の声がしている。見れば三人組の少女らであり、名前を呼んでいることからも一刀の助けた女の子の知り合いであることが理解できた。

 

「まあ、香風をどうにかできる賊がいるとも思えんがな。ずっと居眠りでもしていたのならば、そんなこともあるのかもしれないが」

 

「もー、ふたりとも早すぎるのですよお」

 

 槍を小脇に抱えた武人らしい女性を先頭に、眼鏡をかけた少女が駆け足で続いている。

 体力的なものなのか、それともそういう性格であるのか。金髪の少女はその長い髪を揺らしながら、最後にのんびりとやって来た。

 

「うん、シャンはへーき。このお兄ちゃんが、わるいひとたちから助けてくれた」

 

 そう言って、香風と呼ばれた少女はにっこりと一刀に微笑んでみせた。その表情を見れば、命がけで剣を振るった甲斐があるともいえよう。

 それでも早くいまの状況を確かめておきたい一刀は、香風の目線に合わせるように少しかがんで問いかけた。

 

「しゃんふーちゃん、でいいのかな? 気絶する前の事で、なにか覚えていたら教えてほしいんだけど」

 

 そうして一刀が香風の名を口にした瞬間、その場に殺気が走る。気づけば彼の眼前には、鋭く尖った真紅の槍先が突きつけられていた。

 香風の知人らしい少女は、その切れ長な目を怒らせ、一刀を強く糾弾している。反射的に彼も刀に手を伸ばしたが、あまりに唐突なことで間に合わなかった。

 

「貴殿。何者かは知らんが、他人の真名をいきなり呼ぶとはあまりに無礼ではないか」

 

 その声は冷たく、それ自体が刃のように一刀の耳に届いている。見れば、三人組の彼女以外の二人からも、厳しい視線が向けられていた。いきなり降って湧いた窮地の事態に、一刀の額には脂汗が浮かぶ。

 

「ちょ、ちょっと待った! それに真名って!?」

 

 ただごとではない雰囲気に、一刀はありのままの疑問をぶつけた。この場所に来てからというものずっと、彼の中の常識はほとんど通用しなくなっている。

 槍を下ろさぬまま、少女は真名について語った。

 それは魂をあらわす名であり、とても神聖なものであるという。だから、たとえ耳で知っていたとしても口にしていいものではなく、本人から直接許されるまでは呼んではいけないというルールが存在しているようであった。

 それがこの大陸の当たり前であり、少女が激昂した理由である。

 

「急にその真名ってやつを呼んでしまったことは謝る。だけど、俺は今いる場所すらよく知らないんだよ」

 

 一刀の返答に、一同は揃って呆れたような表情を浮かべた。

 

「実家の蔵掃除をしてたと思ったら、こんな荒野に放り出されてさ。言葉が通じてるのだけは助かるけど」

 

 自分の置かれた現状を説明してみたが、これではまるで苦し紛れの嘘か、頭のおかしな奴としか思われないなと一刀は心の中で苦笑した。

 彼はなかば諦めかけていたが、そこに助け舟を出してくれる人物たちが現れる。

 

「そこにいらっしゃる御方は、もしや天からの御遣い様ではありませぬか」

 

 そう言った少女の流れるような黒髪に、一刀の視線は釘付けになった。先程賊を斬ったような闘気は消え、真面目そうな口調からも実直な人物なことがわかる。

 もう一人の小柄な赤毛の少女は、身丈に似合わない武器を肩に担ぎながら、興味津々といった様子で青年のことを観察していた。

 

「天の、御遣い?」

 

「はい。賊が立ち去るのを確認しており挨拶が遅れましたが……我が名は関羽、字は雲長と申します。我らは占い師の予言を聞き、この地に来たるという御遣い様を探しに参った次第」

 

 関羽。そう名乗った少女は、一点の曇りもない瞳を一刀に向けていた。

 

「鈴々は張飛なのだ! よろしくね、御遣いのお兄ちゃん!」

 

 こちらは打って変わって元気一杯、飛び跳ねんばかりの名乗りである。赤毛の少女のいう鈴々というのが真名であることをなんとなく察し、一刀は気をつけようと肝に銘じる。

 しかし、関羽に張飛。歴史に興味がある人間であれば、嫌でもピンとくる名前である。

 二人の少女の素振りにはおちゃらけた感じや演技臭さもなく、至って自然そのもの。まして字を名乗る風習など、一刀の知る日本には存在していない。

 彼の頭の中ではいよいよ自分が暮らしていた世界と、今いるこの世界が別物なのではないかという考えが強くなってきている。

 所々に違和感はあるものの推論を重ねれば、ここは千年以上も前の中国であり、誰もが知る英雄の名を女の子が名乗っている世界でもあった。

 

「関、雲長さん……ね。そっちのきみに聞きたいんだけど、もしかして字は翼徳っていうのかな?」

 

「おー! なんでお兄ちゃん、鈴々の字を知ってるのだ!?」

 

 天の力ってすごい、というように張飛が興奮した様子を見せる。関羽たちの話をまるで蚊帳の外から聞いていた三人組の少女たちも、不審に思いつつも事情を飲み込み始めていた。

 

「盛り上がっているところに水を差すようで申し訳ないのですが、お兄さん、こちらのことを忘れていませんかー?」

 

 頭上に奇妙な人形を乗せた金髪の少女が、槍を突きつけられているという状況を一刀に思い出させる。

 彼女はどこから取り出したのか、棒についた飴を咥えていた。少女の丸く大きな目が、青年を値踏みするようにじっと見つめている。

 その関心は、真名をいきなり呼んだことへの憤慨から、彼の存在そのものへと移っているようである。

 

「さてさて、なにやらお兄さんは訳ありなようですし。星ちゃん、そろそろ槍を引いてあげてもよろしいのでは?」

 

「ふむ。なにやら毒気を抜かれてしまったようだ。香風はそれでよいか?」

 

 そう言って少女は、やれ仕方がないといった感じに切っ先を天に向けた。呼ばれた香風は、ぽけーっとした表情で小首をかしげている。

 

「お兄ちゃんは、シャンの命の恩人。だから……、真名をあずけるのはあたりまえ」

 

 香風のその言葉に、一刀はほっとした気持ちになる。知らないこととはいえ、見ず知らずの少女の気持ちを傷つけてしまったのでは立つ瀬がない。

 

「まあ、当人がそれでいいというのならば、これ以上それについてはなにも言いません。しかし……」

 

 少女が指で眼鏡の位置を直しながら、一刀を改めて観察する。目の前にいる青年が、夜話に出てくるような天の御遣いだといわれても、はいそうですかと簡単に納得できるものではない。

 

「なあ兄ちゃんたち、なにかの縁だし俺たちの村に寄っていかねえか?」

 

 難しい顔をして話し込んでいる一刀たちを見かねて、髭面の男がそんな提案をしてきた。

 一刀としても、この地で目覚めてから休む間もなく面倒事が起き続けているので、この申し出はありがたいことである。

 少女たちにも了承を得て、ここは一旦彼らの村に向かうこととなった。

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