一(星)
すー、すー、と静かな寝息が聞こえる。
外はいま少し薄暗く、活動している人間はまばらなほど。寝台で身体を横にしている一刀もまだ覚醒には至らず、密かに開けられた窓の音に気づく余地はなかった。
優美な動きを見せる人影は素早く、瞬時にして天の御遣いが眠る寝台へと上る。その者はにやりと口もとを歪めると、切れ長な目を油断しきっている標的に向けたのだ。
「ふふっ。んっ……」
これがどこかの勢力が差し向けた暗殺者であれば、一刀の命はとうに消えていたものであろう。しかし青みがかった長髪を揺らす侵入者は殺気を纏ってはおらず、後ろ暗い目的があってここに忍び込んだわけではなさそうだった。
細い腕が布団の中に差し込まれ、しなやかな指は男の下腹部をゆるゆるとまさぐっている。青髪の侵入者はわずかに緊張した面持ちを見せると、そっと指を一刀の下着の内側に滑り込ませた。
「やはり、もうこれほどまでに硬くなって……。寝所での勇ましさでは、あなたさまに勝てる気がいたしませぬ……」
別段興奮しているから男根を勃起させているわけではないが、男の生理現象を知らない侵入者は息を呑んでその熱さと対峙している。
気温の低いときには、竿の部分を握って暖を取れてしまうのではないか。そんなことを考えてしまう程度にそこは熱く、侵入者のつたない愛撫を受けてさらに大きくふくらんでいった。
「はあっ、一刀殿……。ん、ちゅる、ちゅう……」
侵入者は自身も寝台に横たわると、一刀の無防備な唇を奪う。色めいた吐息が時折男の頬を撫で、興奮により手付きは加速していった。
さすがにこうまでされては、呑気に眠ってなどいられるはずもない。不思議なほどの心地よさでまぶたを持ち上げていく一刀は、無意識に侵入者のやわらかな身体を抱き寄せながら目を覚ました。
「――おはよう、星。どこから入ったのか知らないけど、今日はまたいきなりだな」
「いくさ場に生きる者として、朝駆けなど常套手段ですからな。昼間となるとなにぶん、一刀殿の守りが厳重になりすぎてしまいますから」
侵入者である趙雲はぺろりと舌を出し、こともなげにそう断言する。趙雲のいう守りというのは、無論一刀の周囲に集まってくる麾下の者たちのことを指す。そうなってからでは取り付くのにも一苦労になるから、
「そればっかりは……ね。どう頑張ったって、俺の身体はひとつしかないんだから」
「ええ、それは重々承知しておりますとも。ですからいまは、わたしのことをしっかりと感じていただければ……と」
太くふくれた幹に指を絡ませ、むにむにと揉み込むように刺激する。加減を見計らいながらの優しい愛撫にふうっと息を吐きながら、一刀は趙雲の背中に触れた。
露出した部分に直接指が触れ、趙雲は気持ちよさそうに目を細める。移動する指が脇腹あたりを撫でた頃には、その反応はより顕著なものとなった。
「んっ、はあっ……。一刀殿も、わたしの指で感じておられるのでしょうか? ねちゃねちゃとした汁が、先からにじみ出ていますな……」
亀頭の先で指を遊ばせ、趙雲は瞳を輝かせる。前回肌を合わせたときにはじっくりと触れる余裕はなかったため、今日こそはと手の中で形を記憶させていく。
ぬめった指で敏感なところを撫で回されるのは気持ちよく、一刀はさらに気分を高揚させていった。
「いいよ、星。先っぽの裏側のとこも、されるといい感じだから……」
「ええ、わかりました。一刀殿のおちんちん、始めたときよりもすごくカチカチになって、んっ……わたしも、興奮してしまいます」
鈴口から溢れる先走りを手のひらに集め、趙雲はぐちゅぐちゅと亀頭全体を包み込んで扱いていく。やや強めの刺激に一刀は腰を浮き沈みさせ、趙雲にもう射精が近いことを告げる。
「くうっ、ああっ……。そろそろ俺、出てしまいそうになってるのかも……っ」
「どうぞ、一刀殿のお好きなときに楽になってくださいませ。いまはこの手の中で、あのどろどろの子種を感じたくて仕方がないのです……」
にちゅにちゅとした音が断続的に響き、淫靡な雰囲気をより盛り上げていく。趙雲ははだけた着物の隙間から一刀の乳首をちろちろと舐めており、その微妙な刺激も相まって一刀は絶頂へ向かっていった。
「ああ、出る……っ。うう、くううっ……!」
「……っく!? すごい、勢いです……っ! はあっ……精液とは、こんなにも熱く粘っこいものなのですな……。もっとたくさん、感じさせてくださいませ……」
ぶびゅっと勢いよく飛び出した一番搾りの精液を手の中でキャッチして、なおも趙雲は扱く動きを止めはしない。
一刀は射精直後の震える男根を激しく愛撫されたことで、奥に残った残滓までひとつ残らず吐き出していったのである。
「うぐっ……、星……」
「これだけの量、よくも一度で出せるものです。さすがは天の御遣い殿、といったところなのでしょうか」
艶やかに笑う趙雲の横顔が美しく、一刀はつい引き寄せられてしまうようだった。
できることならば、つぎは彼女のなかに滾る欲望をぶちまけたい。そのようなことを考える一刀であったが、淫らな野望は意外にもあっさりと打ち崩されてしまう。
「ご主人様ー? 入るけど、いいかなー?」
一刀がまだ寝ていると思いながらも、部屋の外から劉備は一応の確認を取る。一瞬にして潮時を悟った趙雲の切り替えは早く、手にこびりついたものを布で拭い去ると退室の礼をした。
「残念ですが、ここまでにしておきましょう。桃香殿の仕事を邪魔しては、わたしも心苦しいですからな」
「あっ、星……。って、こっちもなんとかしておかないと」
部屋に来たときと同じく素早く窓を開けると、趙雲は颯爽と風のように去っていく。
ひとり残された一刀は数秒呆然としたものだが、事後の処理をするまでは劉備を招き入れることすらできないのである。
「桃香、ちょっとだけ待ってて!」
「あれー? ご主人様、もう起きていらっしゃったんですね」
特に知られてまずいことではないのだが、現状だけを見れば寝起きから自慰をして衣服を汚してしまったと受け取られかねない。
さすがにそれでは恥ずかしいと思い、一刀は急いで付着した己の精液を拭き取っていくのである。
「いいよ桃香、入ってくれ」
趙雲の残り香のせいか、一刀はどことなく寂しさを覚えてしまう。
入室した劉備は少し違和感を覚えたものの、いつものように一刀に朝の挨拶をするのであった。
「はっ、ふっ、やあっ!」
「ぐっ、まだまだっ……!」
開けた場所で組み手を行っている、一刀と楽進。互いに手の内をよく知っているだけに、その動きは演武さながらとなっている。
一刀が身体を沈めこんで足を払いにかかると、楽進は身軽に跳ねてそれを回避していく。そこから続けざまに放った掌底を正面から拳で相殺されると、楽進は紅潮した頬をゆるませた。
「まったく、相変わらず凪は容赦ないんだから」
「当然です。手を抜いてしまっては、鍛錬になりませんから。それにそういう一刀さんだって、楽しそうじゃないですか」
互いに相手の息遣いを間近に感じ、肉がぶつかり合うごとに闘争心を刺激される。
どちらも武人としての本能が、ふつふつと湧き立ってきているのだろう。瞳にはぎらぎらとした光が宿り、相手の隙きをついて組み伏せてやろうという思考がうかがえるものだった。
「――ご主君さま。凪ちゃんとくんずほぐれつしているところを申し訳ありませんが、みなさん準備が整ったようです」
「そっか、うん……。凪、俺たちも行こう」
拱手しながら報告を行う程昱に頷いて返し、一刀は筋肉の緊張を解いていく。
「わかりました。ですがその前に、汗くらい拭いていきましょう」
一刀の額に浮かんだ汗を指さしながら、楽進は柔らかく微笑んだ。そして持ってきていた二人分の布を取り出すと、ひとつを一刀に手渡したのである。
「ありがと、凪。風、あとで背中を拭くの手伝ってもらってもいいかな」
「もちろんですよー。これはある意味、役得といってもよろしいのではないのでしょうか」
くすくすと口もとを隠して笑う程昱は、そばに置かれた天の御遣いの上着を拾い上げながら一刀の近くに寄った。
身だしなみを正し終えた一刀と楽進を加えて、程昱は城外へとつながる道をゆく。途中そういえばもう手持ちが乏しくなる頃合いだと思って飴を買い足し、少女は袋をぶらさげながらまた外へと向かっていった。
「あっ、隊長さんやっと来たの!」
「ほんまや。隊長はんのことやから、凪とやらしいことしてて時間かかってたんとちゃうやろなあ。……あたっ!?」
冗談をいった李典の前まで進むと、「聞こえてるよ」と一刀は少女の額を軽く指で弾く。大仰に痛がるふりをしながらも李典はスキンシップを楽しんでいるようで、ちろりと舌を出していたずらっぽく笑った。
「なあ北郷、ほんとにいいのか? 行く宛だって、特に決まっていないらしいじゃないか」
「心配かけてごめん。でも、みんなで決めたことだから」
門前に集結した自身の軍勢を見ながら、一刀は公孫賛に謝意を示す。
彼らがこの地を離れることを決めたのには、いくつかの理由がある。ひとつは、先日行われた討伐戦により幽州の騒乱があらかた収まったこと。もうひとつは軍内において、反乱を引き起こした首魁を発見し、戦いに決着をつけるべきだという意見がでたこと。
それに付け加え、いまの北平内における北郷軍の微妙な立ち位置もそこに影響を与えていた。
「このところどうにも、我々を見る目が以前から変わっているように思えていましたからね。白蓮殿や星はともかくとして、あまりいい風向きとはいえません」
「そうだな。黄巾軍を打ち破ってもわたしたちが新たな火種になってしまったのでは、なんの意味もない」
主君らが話しているところを厳しい目で見つめながら、郭嘉と関羽は現在の心境を語る。
さすがに直接やり合うレベルまではいっていないものの、公孫賛配下の将たちは日々天の御遣いに対し疑念を募らせているようであった。そういう意味においては、趙雲とあの夜懇意な関係となったのは少々迂闊であったといえよう。
「星ちゃん、風たちは……」
「変に気を回してくれずともよい。なにもわたしだって、意地を張るために白蓮殿のもとに残るわけではないのだからな。あの方にも、放っておけなくなるようなかわいいところがあるのだよ」
「んんー。……………………ぐう」
趙雲と一刀が結ばれたことを知っているだけに、程昱もなにかと現状には気を揉んでいる。しかし当人がよいといっているのだから、これ以上無理強いをする意味はあまりなかった。
「寝るなっ!」
「おおっ。風としたことが、つい辛い現実から目を背けたくなってしまったのですよー。……またお別れなんですね、星ちゃん」
これが初めてではないとはいえ、やはり友人との別離というのは悲しいものなのだ。
趙雲も気丈に振る舞ってはいるが、内面では寂しさを押し殺している。だからこそ今朝は愛しい男の温もりを求めて部屋への侵入を試みたのだが、もう一歩のところでそれは不調に終わったのであった。
「湿っぽいことをいわなくてもいい。いずれまた、出会うこともあるだろう」
「そうですね。居場所が落ち着いたら、また風のほうから便りを出しますから」
気持ちに区切りをつけた程昱は、未来に向けて思考を切り替える。
ちょうどそこへ、公孫賛と話し終えた一刀がやって来て趙雲に声をかけた。
「星とも、しばらく会えなくなってしまうな」
「ええ、残念ですがこれも世の流れ。つぎに
「ふふっ、そうだな。俺も楽しみにしているよ。だからそれまでは」
一刀の身体に体重を預け、小刻みな動きで趙雲は接吻をする。そこに様々な想いがこめられているのは誰もがわかることであり、誰も咎めることなくしばしの間戯れは続いた。
そしていよいよ出発の時となり、一刀は公孫賛に言葉をかける。
「――白蓮、元気でな。それから、袁本初殿あたりにあんまり無理して突っかかっちゃだめだよ? こんな世の中だからこそ、命あっての物種なんだから」
「お、おう? よくわからんが、助言はありがたくもらっておくよ。北郷こそ、女に溺れて干からびるじゃないぞ!」
正史において、袁紹と戦い続けた果てに戦死することとなった公孫賛。この世界でもそうなると決まっているわけではないが、一応念の為にと一刀は忠告をしているのである。
「大丈夫だよ、白蓮ちゃん。ご主人様のことは、しっかりとわたしたちでお世話してあげるんだから」
「くくっ、なんだよそれ。でも、桃香みたいな明るいやつがそばにいれば、北郷も心が休まるだろう。落ち着いたら、手紙くらい寄越せよ?」
「うん、約束だね。なんだかあっという間だったけど、白蓮ちゃんとまた会えてうれしかった」
劉備が名残惜しさを隠そうともせず抱きつくと、公孫賛はその背中をぽんぽんと優しく叩く。
再開を喜んだのも束の間にまた離れ離れになってしまうが、劉備が真っ直ぐに生きている限りまたいずれ道が交わることもあるだろうと公孫賛は思う。
「寂しくなるなんて言わないぞ? 北郷と一緒に名を上げて、この幽州にまで聞こえてくるくらい大きくなれ。先生だって、お前には期待されてるはずだからな」
「うーん、そうなのかなあ? でも、そう言ってくれる白蓮ちゃんのためにも頑張るね」
きゅっと拳を固く握り、劉備は決意を新たにしたのである。
「いくぞ、進め!」
先陣の関羽が叫び、配下の兵らが粛々と歩を進めていく。北郷軍の主だった将らも騎乗し、それぞれ部隊の兵たちに号令をかけている。
北平で徴兵した者のなかには故郷に留まりたいという意思を持つ者もいたので、その全てを連れていくことはできなかった。しかし吸収した黄巾兵などを合わせて北郷軍は総勢三千ほどとなっており、当初から比べればその規模は格段に大きくなっている。
「せーいー、またねー」
「また、なのだ!」
徐晃と張飛は大柄な武器を頭上でぶんぶんと振り、見送る二人に向けてアピールをした。
始めは聞こえていた声も段々と遠ざかり、やがてはその姿も消え去っていく。
「これからもしっかり頼むぞ、星」
「それは白蓮殿次第というものですな。この趙子龍、タダではよい仕事はできませぬ」
普段の調子に戻った趙雲に呆れながらも、ある意味それでこそ頼りがいがあるのかもしれないと公孫賛は思う。
「わたしも桃香にああいった手前、気合入れ直して頑張らないと」
一刀たちが残した土煙だけを見つめながら、公孫賛は表情を引き締めたのであった。