※この作品はR-18です。

北郷当代記   作:KKS

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 開けた場所に机を置き、その周りに床几を人数分並べてある。

 くぐもった天幕の内部でやったのでは、三姉妹が怯えてしまうかもしれない。そういう一刀の配慮があってのことだ。

 天の御遣いと、官軍の大将である董卓が隣に座し、それぞれの参軍がその脇に控える。今朝はうろたえていた賈駆だったが、さすがに鋭い視線を取り戻していた。

 

「それではお願いしてもよろしいでしょうかー? ご主君さまとくんずほぐれつあったとも聞いていますが、それはひとまず横においておきますので」

 

 程昱が進行を務め、三姉妹に話を促す。多少の緊張はあるものの、厳粛な雰囲気であるわけではないから、いくらかやりやすくはあった。

 姉妹を代表して、張梁が立ち上がる。張角や張宝に任せたのでは、あるいは話がおかしな方向に流れてしまうかもしれない。姉たちも、末妹がすることには異論がないようで、静かにその立ち姿を見守っていた。

 

「まずはじめに。わたしたちは芸をして、生計を立てていたの」

 

「芸を?」

 

「ええ。芸といっても大道芸のようなものではなくて、歌なんだけどね」

 

 まだまだ知名度は低かったものの、三姉妹は歌声には自信があった。見ての通り容姿にも優れていたから、巡業地ではそこそこの人数を集めることができていた。

 大陸全土に名を知らしめることが夢であり、かわいらしさを出すために真名で活動を行っていた。ある男と出会ったのも、歌の興行をしていたときであった。

 その男の名を、馬元義(ばげんぎ)という。馬元義は、理知的な人物だった。弁が立ち、朝廷に不満がある者たちを徐々に引き込んでいくことができた。

 

「あの人……馬元義は、わたしたち姉妹の歌に、とんでもないくらいの可能性があるといったの。そのためには、やり方がよくないともね。世に出るためだから、多少の危ない橋なら渡るつもりでいたわ。だから、その誘いに乗ってしまった」

 

 馬元義が三姉妹の歌に感激したというのは、嘘ではなかった。だからこそ言葉にも説得力があったし、彼女らの心を動かすことができたのである。

 支援者を得た姉妹は、より計画的に興行をすることができるようになった。事前に告知を行い、馬元義は手の者を使って盛り上げ役も演じさせた。

 元々、その歌には人心に働きかけるような力があったのだ。それが開花し、伝播していくまでには多くの時間は必要なかったのである。

 

「なるほどな。ようするに馬元義は、人和たちのプロデューサーに就任していたのか。真名を芸名にしていたから、張角という名前も表には出ることがなかった」

 

「ぷろ……、ってなんだろう? 詠ちゃんは知ってる?」

 

「いいえ。あいつの言うことだから、どうせ天のなんとか……ってやつでしょ? それよりも北郷、あんた張角や、他のふたりのことを知っていたの?」

 

「ん……、そうだな。知らないといえば嘘になる、その程度のことだ。三人とも夢のためとはいえ、ここまでの騒動になるとは思っていなかっただろう」

 

 一刀の曖昧な返答に、賈駆は小さく舌打ちをする。よくわからない男だ。誰にでも胸襟を開いているようであるが、どこかで線を引いている感じもする。

 側近くに踏み込めば、いまの問への答えはまた変わったものになるのだろうか。詮無き考えであり、いまは引き下がるしかなかった。

 

「続けるけど、いい?」

 

「ええ、遮って悪かったわね。どうせボクには教える気がないんだろうし、もういいわ」

 

 それなら、と張梁はまた話題を戻していく。

 真面目な話の連続だから、張飛は椅子の上で船を漕いでしまっていた。時折眠気で意識が途切れてしまうのか、身体がガクンと前後左右のどれかに倒れてしまう。

 戦場では無双の豪傑も、軍議にはひどく弱かった。

 

「最初のうちは、なんの問題もなかったの。余計な口出しもしてこないし、お金をだしてくれるだけの最高の支援者だった。わたしも姉さんたちも、段々人気がでてきて、舞い上がりかけていたのかもしれない」

 

 民衆は三姉妹の歌声に酔いしれ、道中を追いかけだす者まで現われ始めていた。やがて姉妹それぞれのファンが生まれていき、熱量はさらに高まっていく。

 何度も同じ演目をしていたのでは、いつか飽きられてしまうのではないか。三人がそういう不安を抱いていた頃、馬元義はまた助け舟をだした。

 

「それまでのものとは違う雰囲気の歌詞だったから、一度は断ったわ。でも、それを歌えばもっと多くのひとを惹き付けることができる。そう諭されて、気づけば歌ってしまっていた」

 

 馬元義の用意した歌詞には、鬱屈とした世を憂うような詩が散りばめられていた。

 それまでの明るい曲調からは一転することになったが、三姉妹は見事に新曲を歌い上げた。悲哀の歌に民衆は涙し、腐った世の中をどうにかしなければならない、という感情が芽生えていった。もともと、種火はくすぶっていたのだ。そこに勇気と義務感を、歌が与えたようなものである。

 ただ楽しんでいたときに比べて熱狂度は明らかに増し、興行は一種の集会ともいえるような意味合いを持ち始めていく。馬元義の狙いは、そこにあった。

 

「そのあたりから、口先巧みに自らの賛同者を増やしていったのですね。それがこんな大規模な叛乱になるとは、恐れ入りました」

 

「それだけ、みなさんの歌が人心に響いたということですね。円滑な興行をしていくために、役人にお金も渡していたんでしょう。情けないことですが、いまはそれでほとんどのことがまかり通ってしまうんです」

 

「うん……。しかし馬元義というのはそういう男か、賢いな。自分は前に出ず、あくまで民衆の心を集める三姉妹を立て続けた」

 

 集団の規模は大きくなり、ついには各地に軍団のようなものを結成できるまでになった。姉妹らは、危険な男に手を貸してしまったことを嘆いたが、後悔先に立たずである。

 馬元義は決して強い言葉は使わなかったが、御輿から降りることだけは許さなかった。共犯者として抱き込み、象徴として祭り上げていくことで逃げ場をなくしていく。進軍中の隙きをうかがってこうして脱出できたのは、幸運だったとしかいいようがない。

 偶然天の御遣いに出会わなければ連れ戻されていただろうし、董卓以外の官軍の将であれば、彼女らを見せしめに処断したことであろう。

 

「そういう相手であれば、我らも心してかかる必要があるでしょう。有力な指揮官が他にもいるのならば、余さず教えてくれ。そやつらを斬り捨て、ひとまず群衆を解散させなければならない」

 

 関羽のいったことに、張梁はうなずいた。

 馬元義の操る黄巾軍の将軍には、張曼成や波才という男もいた。いってしまえば、賊あがりの男たちなのだ。叛乱成功の際の身分の約束と、鼻薬をかがせる代わりに金を握らせてある。

 それだけあれば、欲望塗れの人間は簡単に動いた。扱いやすいだけでなく、ためらいなく暴力を振るってくれる。馬元義はその小悪党どもと民衆を束ね、漢を飲み込むほどの大渦を作ろうとしていたのである。

 

「ありがとうございました、人和ちゃん。誰を討つべきかわかったというだけでも、僥倖といえるのではないでしょうか。ご主君さま、いかがしますか?」

 

「三人は、もう下がってくれてもいい。お疲れさま、人和」

 

 肺にためていた息を吐き出すと、張梁は疲労感が滲む額をぬぐった。あまり思い出したくはないのだろう。姉ふたりに左右から手を取られると、役目を終えた張梁は小さく会釈してその場を離れていった。

 残った者たちは軍議を続行し、出発は三日後と決まった。周辺の黄巾軍を抜きつつ、根拠地となっている鉅鹿を突く。馬元義の首を取れば、叛乱の勢いは止むはずだ。

 別れてから、一刀は兵の調練をしている将のところを見て回った。厳しい戦いになるだろうから、誰しも本番さながらの激しさで兵を鍛えている。

 

「周倉、愛紗はどこかな」

 

「あっ、御大将。雲長さまなら、あちらで馬に乗っておいでです」

 

 徒兵に檄を飛ばしていた周倉の帽子に、一刀がぽんと手のひらを置いた。背が小さいから、余計に帽子のほうが大きく見えてしまう。

 日に焼けた顔をさっと上げると、彼女は敬愛する将軍の位置を指し示した。

 

「あれか。周倉も、今度の戦ではしっかり愛紗を助けてやってほしい。もっとも、俺にいわれるまでもないだろうけど」

 

「よくご存知で。戦場では、御大将にかわってあの方をお支えいたします。それだけが、わたしの望みですから」

 

 健気なことをいう周倉の頭を撫でようとしたが、帽子が邪魔をしてそうもいかなかった。きまりが悪そうにひらひらと手を振ると、早足に関羽のところへ向かった。

 このところ、関羽は騎兵の訓練を熱心に行っている。おのれと赤兎という、圧倒的な一騎がある。それを槍の穂先と見立て、精強なる隊を形成していこうというのだ。

 そのためには、あまり数は多すぎないほうがいい。手足のように動く数百騎を、いずれ編成できればいいと考えていた。手勢を離れる間は周倉が臨時の指揮官となるが、堅実な采配ができる少女だった。忠義に篤く、関家軍との繋がりを考慮すれば彼女以上の適任者はいないといえる。

 

「走れ、もたもたするな!」

 

 現状では、約百騎。関家軍から選んだ優れた騎兵と、幽州で下した烏丸の混成軍である。彼らも馬術には秀でているが、馬中の赤兎とはよくいったものだ。

 関羽の意思を正確に受け止め、巨体をしなやかに操っている。その速度というのは、およそどんな馬も追従することができないであろう。胆力も抜群であり、敵軍に突っ込もうとも、少しの怯えすらみせないのだ。

 

「これは、ご主人様」

 

 主人を発見した関羽が手綱を引くと、赤兎馬の大きな身体がぴたりと止まる。普通下馬をすればどこかへ繋いでおくものだが、赤兎にはそれすら必要がなかった。

 付かず離れず騎乗者の側にいて、首もとを撫でられれば喜びもする。これほどの良馬には、二度と巡り合うことができないだろう。関羽のその思いは、ついで眼前の男にも向けられていた。

 

「順調そうだ。広大な土地で戦うのなら、優秀な騎兵を持つほうが有利になる。必要なことがあれば、なんでもいってほしい」

 

「ご主人様にそう褒めていただければ、兵らも喜びましょう。ですが、まだまだです。白蓮殿の白馬義従くらいまでとはいいませんが、強力な敵とぶつかるには、いま少し調練が必要かと」

 

 恐縮しながら返答し、関羽はまた赤兎の馬体を撫でた。公孫賛の組織している騎兵は見事であり、目指すべきはあれだと考えている。そのためには、よい軍馬を探し、勇敢な乗り手を集めることがなによりであった。

 原野を駆けていた騎兵たちが、指揮官につぎの命令を求めて近づいてきていた。これ以上話し込んでいては、妨げにしかならないだろう。用件だけを伝えて、一刀は去ろうと思った。

 

「今夜、来てほしい」

 

「は、はいっ。必ず、参ります」

 

 発したのはほんの一言だけであったが、関羽の気持ちを揺さぶるにはそれで充分だった。女としての自分を求められている。そう受け止めるのは当然だった。

 伽の相手をしろとは、いわれたことがない。ただ、こんな風に願われるだけなのである。主従という関係ではあるが、閨ではあくまで恋人になれた。

 一刀さま、と心の中でのみ呼んでみる。名で呼んでほしいと何度か請われたこともあるが、固辞する姿勢を崩さなかった。

 その線引だけは守らなくてはならない。真面目な美髪公は、そう誓っていたのだ。

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