「――くううっ、ふうっ……。はあっ」
押し殺された少女の声が、やけに艶めいている。
――このままではまずいことになる。我慢仕切れない喘ぎを背中越しの一刀に気づかれないようにするため、凪は指をぐっと噛み締めた。いっそあの時一刀が勢いのまま全て奪い去っていれば、凪がこんな衝動を生むこともなかっただろう。
大量の精液を浴びた身体が熱く火照っている。なんでもないような風を装って一刀には対応したが、芯の部分に火がついてしまっていた。こんなことを覚えたのも最近のことで、はしたないと思いつつどうしようもない日は自らを慰めている。
(すごかった、一刀さんの。でも、ちょっと可愛かったな)
初めて目にした雄々しくそびえ立っていたモノを思い出し、下着の上から割れ目を擦る。吐き出された濃い精臭も、まだ記憶に新しい。
「だめなのに、気持ちいい……ッ。乳首までこんな……」
勃った胸の先に指の腹を当ててこねると、じんわりとした感覚が広がっていく。いつか一刀と結ばれることを想像してしまい、指の動きにも自然と熱が入った。
「あっ、ぐう……。んっ……」
痴態が見つかれば、一刀に淫乱な女だと思われてしまうかもしれない。そのようなことであっても、いまは興奮に変わってしまう。勇気を出して下着の隙間から直接粘膜に触れると、粘り気を帯びた愛液がさらに染み出した。
しかし、早く終わらせてしまわなければ、本当に一刀を起こしてしまうかもしれない。耳を澄ませて彼が規則的な呼吸をしていることを確かめると、凪は自慰に耽る手を強める。いやらしくくねる指を束ねて一刀のものだと自ら言い聞かせると、感じ方がよりよくなっていく気がしていた。
(音、しちゃってる。一刀さんのおちんちん、もっと……)
ぬちょぬちょとした淫らな音色を奏でる度、凪の身体は高まっていく。後少しで緩やかにいつもの感覚を味わうことができるという所で、急ぐ指が滑り肉粒に初めての刺激を与えてしまった。彼女の身体はびくびくと痙攣し、一瞬気をやってしまったのかと思うような快感の波が打ち寄せる。
「ふーっ、ふーっ」
凪は達すると共に、上げそうになった声を必死で止めていた。目をぎゅっと瞑り、嵐が収まるのをじっと待つ。
痛みに耐えることは得意だと少女は自負しているが、この快楽だけはどうしようもない。ひくつく膣口は切なく涙を流し、内腿を濡らしていくのだ。
「はあっ……。こんなところで、いつもより乱れてしまうなんて」
唾液に塗れてふやけた指を見ながら、凪はため息を付いた。ぬかるんだ下腹部が、まだじんじんとしている。そのまま寝台に体重を任せると、気怠さが眠気に変化していった。
――日光が薄暗い部屋に差し込んでいる。鬱々とした夜を過ごした一刀は、寝不足気味な目蓋を重たげに開いた。まだ外はほとんど人が出歩いている気配がなく、日中の喧騒が嘘のようにひっそりとしていた。
隣には、静かに寝息をたてている凪がいる。普通ならば幸せを噛みしめるような場面なのであるが、なにぶん昨晩の出来事の後ということもあってバツが悪い。
(どんな顔して起こせばいいんだろう? 怒ってはいなかったみたいだけど)
彼が一人寝台の上で悩んでいると、朝日を浴びて忙しげに鳴く鳥の声に反応して銀髪がもぞもぞと動く。
「んっ……。もう、朝ですか」
欠伸を噛み殺しながら、凪は起き上がった。彼女は鼻をすんすんと鳴らし、手に昨夜の精の匂いが残っていないか確認している。寝起きの生理現象がようやく収まりつつあった一刀には、その仕草は危険なものであった。
気を逸らすために目をつむって同居人の髭面を脳内に描いていると、額にコツンとした硬いものが当たる。
「具合、よくないんですか? 以前、夏の病は長引くとも仰っていましたし……」
一刀が目を開くと、そこには間近に迫った凪の顔があった。
少しでも身体を動かせば、少女の可憐な唇をすぐに奪えてしまうだろう。一刀の心臓はバクバクと音を立てて暴れているが、そのせいで余計に肌が熱くなってしまう。
これ以上おかしな心配をかけるわけにはいかないと、青年は素早く身を離すのだった。
「……し、心配してくれてありがと! でも、大丈夫だから!」
「そうですか? それなら安心しました」
凪はあくまで純粋である。そんな彼女への邪心を散らすべく、寝台から降りた一刀は水の入った筒を急ぎ気味に手に持った。
そうしてそれをぐいと呷ると、温くなった水が口から喉を経て身体の内側へと浸透していく。
「喉、そんなに乾いていたんですね。もっともらってきましょうか?」
結局一本空にしてしまった青年のことを、少女は純真そうな瞳で見つめている。
そんな彼女を手で制しながら、筒にわずかに残った水で一刀はもやもやとした気持ちを流し込むのであった。
宿を出て軽い食事を済ませると、二人は大通りを散策していた。
なにか気の利いた小物でも凪にプレゼントできればいいと考えていた一刀であったが、いかんせん時間が早くそれらの商売人が表に顔を見せていない。
それにしても、行き交う人の誰もが白い学生服に奇異な視線を送っている。街に来るまでは農夫の言ったようにもしかしたらという思いもあったが、さすがにここまで目立つ衣装を着ている者など一人もいなかった。
――そろそろ帰りかけようか。一刀がそう言いかけると、凪がなにやら通りの先に目を凝らしている。
「あちらの三人、こちらに手を振っているような……。一刀さんはご存知ですか?」
「んー? どれどれ」
一刀が手を日除け代わりにして確認すると、そこには見知ったシルエットが並んでいた。
そこにあるのは忘れもしない、あの日別れた以来の少女たちの姿。どうやら一人欠けてはいるようだが、郭嘉たちは壮健そうであった。大きく手を振り返す一刀に、徐晃は飛び上がるようにして返答している。
「みんなほんとに久しぶり。それにしても、俺だってよくわかったね」
目の前まで来たところで、程立が相変わらず咥えていた飴を口から離した。少女は「それはー」と言いながら一刀の全身をじっと見ている。
「冀州広しと言えども、この国でそんな格好をしているのはお兄さんだけですからねー。朝日に照らされてきらきらとしていたので、とてもわかりやすかったのですよ」
程立の言葉に、一刀はがっくりと肩を落とした。その背中を凪がよしよしというように擦っていると、郭嘉が気を取り直すように眼鏡に触れる。
「北郷殿も、あれからお元気そうでなによりです。そちらの方は?」
郭嘉は再会に柔和な笑みを浮かべながら、凪のことを見た。彼女からしてみれば、密かに真名を許した男が親しげな女性を連れているのだから気になるのも当然である。
彼女と視線の合った凪は、怪訝に思いながらもさり気なく目礼を返した。
「紹介するよ。この子は楽進、字は文謙っていう。村にもちょくちょく来てくれるから、仲良くさせてもらってるんだ」
凪という少女は、またの名を楽進といった。それは曹魏に楽進ありとうたわれた闘将の名でもあるが、凪がこれだと思った人物に身も心も捧げようとするのはその一端であろうか。
あの日郭嘉たちと別々の道を進んだ傍から彼女と出会ったのだから、なんの因果かと一刀は頭を抱えたものであった。
それからこっちは、と一刀による紹介は続く。郭嘉、程立、徐晃の名は楽進も話の上で聞いていたから、この人達がそうかといった風に挨拶を交わしていく。
「よろしくお願いします。一刀さんから仕官先を探して旅をされていると伺いましたが、みなさんもなにか用向きがあってこちらへ?」
「……シャンたちは、陳留に行ってみようと思ってる。ちょうど道の途中だから、お兄ちゃんのところにも寄って行くつもりだった」
以前と変わらずお兄ちゃんと呼んでくれることに喜びを覚えながら、一刀はねだる徐晃のふんわりとした髪を撫でた。
彼女のいう陳留の地は冀州より南方の
「陳留の曹孟徳さんがどのような方かはよく知りませんが、厳しくも公平な政治をされているということですからねー。あ、ちなみに稟ちゃんが真っ先にお兄さんのことを言い出したので、それはもう驚いたのですよお」
程立の発言に一刀はドキッとしたが、当の本人である郭嘉はさらに手足を硬直させて固まっている。
――少女の中で真名を呼ばれたあの夜の感情が、どこまでも尾を引いていた。それ故に行き先を相談していたあの日も、ついその名を口にしてしまっていたのである。
多くの言葉を交わし、時間を共にしたというわけでもないのに、北郷一刀という男の存在が郭嘉の胸中から消え去ることはなかった。ひと度気になってしまえば、離れるほどにその想いは強くなっていくばかりである。
「あー、そ、それはですね! ……ふと北郷殿が村の方々にご迷惑をかけていないかと、ただそう思っただけなのですから! あなたに会いたいと思ったなどと、おかしな勘違いはしないでいただきたい!」
早口でまくしたてる郭嘉のことを、程立はにやにやしながら眺めていた。別に彼女とて天の御遣いがその後どうなったのか気にならなかったわけではないが、イジり甲斐のある友の反応が素直で面白くなる。
「まあ、迷惑はかけてないと自分じゃ思ってるんだけど。どうなのかな?」
ぼんやりと楽進にそう尋ねる一刀はまるでわかっていないようであった。楽進は半分同情したくなるような思いで、大きなため息をわざとつく。
(本当に、朴念仁なんですから)
俯きながら眉間を揉む楽進の姿を見て、一刀はショックを受けたようである。それは全くの勘違いではあるのだが、ある意味自業自得ともいえることであった。
「大体、風が意地の悪いことを言うからですね…………。って、寝るな!」
郭嘉が発端の張本人を糾弾しようとするが、程立は立ったまま器用に鼻提灯をぷかぷかとさせている。その後頭部辺りに、バシッと慣れた手付きで郭嘉がツッコミを入れた。
「…………おおっ!? ……風としたことが、お日様のじんわりとした心地よさについうっかりと。とまあ、甲斐性なしのお兄さんのことはこれくらいにして、そろそろ行きましょうかー」
程立は頭上の宝譿の位置を直しながら、一刀にウィンクを送る。それは「存分に楽しませてもらったのですよ」というようでもあり、久しぶりに彼女の流れる雲のような人となりを一刀は味わわされたのであった。
それから馬上の人となった一刀たちは、村へと続く街道を駆けている。資金を浮かせるためという程立の提案で、郭嘉の分だけ追加の馬を借りていた。程立は一刀、徐晃は楽進とそれぞれ同乗している。
一刀は自身の前に跨る程立に気を遣りながら手綱を操りつつ、気になっていたことを問い掛けた。
「そういえば、子龍さんはどこかに仕官でもしたの? あの人も結構こだわりがありそうだったけど」
「ええ、星ちゃんなら幽州を回った辺りで路銀が尽きたとか言い出しまして。あれから変わりなければ、いまも公孫賛さんのところでお世話になっていると思うのですよー」
公孫賛に対するその言い方は絶対にわざとだろうなと、一刀は苦笑いをする。
趙雲に関する思い出といえばやはりいきなり殺気立った槍先を向けられたことであるが、話してみれば気さくな少女であったのでまたそんな機会もあればいいと青年は思う。
「星ちゃんと別れたあと風たちは洛陽に向かいまして、そこでチンケな雇われ文官をしていました。ですが耳に入ってくることは多かったので、糧になることもそれなりにありましたねー」
つまらなさそうに程立は吐き捨てたが、やはり首都ともなれば知識の集まる量が違った。
中心に近づくほど腐敗の様もよく見かけるが、志ある者も確かに残っている。そこで今後の役に立ちそうな情報を得たり、人脈を開拓するなどして彼女たちはしばらくの間過ごしていた。
小金を稼ぐのは、あくまで二の次のことだったのである。
「なるほどね。それで、曹孟徳さんのいる陳留が良さそうだと」
「はい。興味があるのでしたら、お兄さんも着いてきてもいいのですよ? 稟ちゃんほどではありませんが、風もやぶさかじゃありませんし」
程立からこのように誘われるのも、約一年ぶりのことであった。当時とは違って、今は気持ちに多少の余裕がある。大陸の行方を左右する可能性のある曹操がどういう人なのかは一刀にとっても知りたいことではあるし、そうしてみるのもありかと思えてきた。
「そうだなあ。村に帰ったら、そのことも少し相談してみようかな」
「ほうほう、これは兄ちゃんにも心境の変化ありってやつですかい」
程立の頭に座す宝譿が言うように、一刀は世をもう少し広い視野で見てみたいという考えを持ち始めている。これはなにも、天の御遣いの使命に目覚めたからとかいう話しではない。
時折普段の暮らしをしている中で、いつまでこの平和が続いてくれるのだろうと思ってしまうことがある。だから有事の際に判断できる材料を増やすためにも、少女の提案に前向きな姿勢で応じたのであった。
一刀と程立がそんな会話をしている後ろで、徐晃は羨むように空を見上げていた。鳥のように青空を自由に往くことが、彼女の夢である。
「鳥さんたち、ちょっとざわざわしてる?」
南方から飛来してくる一団はピーピーと口うるさく、まるで言い合いをしているようでもあった。
その様子からなにか感じ取ったのか徐晃はぐいっと背を反らせて、馬を走らせる楽進の方を見る。
「ああ、今日もうるさいくらいに鳥は元気だな」
その意図がわからず、楽進は小首をかしげながら鳥の集団を見上げていた。
自分の気にし過ぎかと思い直した徐晃は体勢を戻し、揺れからやってくるゆるやかな眠気にしばし身を任せていくのである。