※この作品はR-18です。

北郷当代記   作:KKS

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七(胡車児)

 董卓の次なる出方をうかがっている群雄は、なにも袁紹や袁術ばかりではない。

 荊州長沙郡。黄巾との戦で名を挙げた孫堅は、この地で太守となっていた。当人の勇猛さは、数多いる将のなかでも群を抜いている。かねてから従う部将に率いられた兵も精強であり、周辺の諸将からは一目置かれる存在となっていた。

 孫堅には、三人の娘たちがいた。孫策(そんさく)孫権(そんけん)、そして孫尚香(そんしょうこう)の三姉妹である。特に長女である孫策は武勇に優れていることから、母親である孫堅にその姿を重ねる者も多い。

 このまま、郡の太守などに甘んじていられるものか。配下たちは勿論、当主である孫堅も天下への野心を抱いていた。世が乱れることがあれば、それを足がかりとしてどこまでも伸びていってやろう。そういう気概を全体に備えているのが、この孫家なのである。

 活気に溢れている街。長い黒髪をたなびかせ、大路を歩いている女がいる。小脇に竹簡を抱えていたが、よくいる文官のような弱々しさはどこにもなかった。南方人らしい、褐色の肌。すらりと伸びる引き締まった脚が、リズムよく足音を刻んでいる。

 

「まったく、雪蓮(しぇれん)のやつめ……。こんな真っ昼間から、どこをほっつき歩いているのやら」

 

「あら、冥琳(めいりん)じゃないの。そんなにわたしのことを噂してくれるなんて、なんだか照れちゃうわね」

 

 頭上から不意に声をかけられて、冥琳がぴたりと足を止める。黒髪の束が、ふわりと拡がった。冥琳というのは、周瑜(しゅうゆ)の真名である。

 眼鏡を指で持ち上げる仕草をしながら、周瑜はやれやれと首を振った。探していた人物の声がしてきたのは、酒屋の屋根からだったのである。

 孫策の真名を、雪蓮という。周瑜と孫策は親友であったが、ある意味ではそれ以上の関係を築いていた。ときに果敢であり、直感に優れている。そんな孫策に、周瑜は自分の足らない部分を見つけたのかもしれない。

 

「お前は、またそんなところで酒を飲んでいるのか……。そのようなことでは、いつか孫家が侮られることになっても知らんからな」

 

「もー、冥琳はすぐそうやってイジワル言うんだからー。いいでしょ、休む時は休む。そうでなくっちゃ、仕事なんてやっていられないわよ」

 

「もっともらしく言ってみようが、お前はその休みが多すぎるのが問題なんだろうが。はあ……、まあいい」

 

 孫策にくどくどと説教をしたところで、とても効果があるとは思えない。考えを切り替えた周瑜は、杯に酒を注ごうとしている孫策に降りてくるよう手招きをした。

 軽やかな身のこなしだ。小さめの徳利を大事そうに手で持ち、孫策は周瑜の隣に降り立った。

 

「それで、どうしたのよ、冥琳。まさか、いきなり董卓のほうから攻めてきた、ってわけではないんでしょ?」

 

「戯言はやめて、まあ聞け。今朝方、間諜から報告があった。涼州にいる天の御遣いが、かの馬騰殿と接触したそうだ」

 

「天の御遣いですって? 本当なのかしらね、そいつが天から来た男だっていうのは」

 

 周瑜の話に耳を傾けつつ、孫策は今度こそ杯を酒で満たした。やはり、飲まずにはいられない。杯の端に口をつけて一息に飲み込めば、喉にほどよい熱さが宿った。

 

「さてな……。そんなことは、当人にしかわからないことだろう。だが、民の間には、確かにそれを信じている者がいる。それで、充分なんじゃないか」

 

「えー、なにそれつまんなーい。同じ国に落ちるんだったら、こっちの領地の近くに落ちてくれたらよかったのにねー。あなたもそう思わない、冥琳?」

 

「……子供のようにはしゃぎおって、もう酔ったとでもいうのか? とにかく、天の御遣いは董卓とも親しい関係だと聞いている。つまり、我らと敵対する可能性があるということだ。……もっとも、いますぐに都を攻めると決まったわけではないがな」

 

 周瑜は言葉尻を濁したが、既に何度か袁紹からの書簡が長沙にも届けられていた。当然、内容は打倒董卓についてのことである。

 端的に言ってしまえば、孫堅は乗り気だった。中央での大戦(おおいくさ)だ。それを、指を咥えて長沙から眺めているつもりなどあるはずもなかった。ただし、参戦するにはそれなりの大義名分が必要なのである。

 

「母様が言っていたものね。帝のおわす洛陽を、おいそれと攻めるわけにはいかない。それこそ、どこぞのバカが逸って動きでもしないかぎりはな、ってね。でも、洛陽を追い出された名族さまは、かなりやる気になっているんでしょう?」

 

「うむ、そうだな。お前の母上も、春先に出兵があると見込んでいるから、近頃盛んに兵の調練をされているのだろう。そのときには雪蓮、お前の力が必要となってくるぞ。向こうには、それなりの将がいるようだからな」

 

「ふふん、そうでしょう? どうせなら、天の御遣いの軍とも闘ってみたいわね。どうだったの、馬騰との会談の中身は?」

 

「……さすがに、話の内容までは探ることができなかったようだ。周泰が行っていればやり遂げたかもしれんが、相手もなかなか腕の立つ隠密を使っているらしい」

 

 孫家の間諜筆頭ともいえる周泰は、現在別の地域で活動を行っている。

 一刀と馬騰が会話している間、周辺は胡車児がしっかりと固めていた。あれでは、並の隠密では入り込むことなど不可能であろう。

 

「へえ、面白いじゃない。……とと、危ない危ない」

 

 杯のなかの酒が、ゆらゆらと波打っている。それを零すことなくぐいっと飲み干すと、孫策は楽しげに笑った。

 強者との命を懸けた闘いがなければ、戦に出る意味などないと孫策は考えている。血が沸騰するような感覚。剣を振るう場において、それはなくてはならないものだった。

 

「しゅ、周瑜さま、こちらでしたか。出来れば、ただちにお戻りを……あっ、あわわ」

 

 ふたりの振り返った先には、大きめの帽子を深々とかぶった少女がいた。どことなく視線は泳ぎ気味であり、緊張しているのが丸わかりである。

 

「冥琳、いつからこんな可愛らしい子をそばに置くようになったのよ。あなた、名前は?」

 

「は、はいっ、わたしは鳳統(ほうとう)といいましゅ! あっ……」

 

「やだっ、この子すっごく可愛いじゃない。鳳統、っていうのね、わたしは孫策よ」

 

 上背があって颯爽としている孫策や周瑜と比べて、鳳統は小柄で可愛らしい印象が勝っている。おどおどとした鳳統の姿に母性をくすぐられたのか、孫策はいつになく柔和な笑みを浮かべている。

 

「鳳統よ、そう固くなるな。こやつも一応孫家の娘ではあるが、無理にかしこまろうとはしなくていいからな。なにしろ、そんなものとは対極に位置するような女だ。簡単ではないかもしれんが、気楽に付き合えばいい」

 

 周瑜がそう言うと、孫策はぷっくりと頬を膨らませてふくれっ面を作った。どうやら、これでも怒っているつもりらしい。どうしたものかと両人の顔を見つめて、鳳統の頭が左右に動いている。

 この鳳統を孫家に推挙したのは、周瑜そのひとだった。荊州には多くの名士が暮らしており、交流も盛んに行われていた。なかでも、水鏡先生こと司馬徽(しばき)が主宰している私塾は評判であり、周瑜もこちらに来てから注目していたのである。

 司馬徽の弟子の中でも、飛び抜けた才媛だとされている者がふたりいた。ひとりは鳳統で、もうひとりを諸葛亮(しょかつりょう)という。鳳統と諸葛亮は年齢も近く、人見知りがちなところでも似ている部分があった。

 周瑜が噂を聞きつけて出向いてみたときには、すでに諸葛亮はどこかに士官したあとだった。そのせいか司馬徽はなかなか鳳統のことを手放したがらなかったのだが、何度かの説得の末に周瑜は了承を得ることができたのである。

 

「くくっ。見てみろ鳳統、これが孫策というやつだ。お前も、笑ってやってもいいんだぞ?」

 

「あ、あははっ……。楽しいお方なんですね、孫策さまは」

 

「ちょっとー、その反応は微妙じゃない? わたしだって、傷つくときは傷つくんだからねー」

 

「それを自業自得というのだよ、雪蓮。それで鳳統、わたしに何用だ? なにやら、呼ばれているようだが」

 

 いまのやり取りによって多少は緊張が解けたのか、鳳統は周瑜の目をしっかりと見ながら話しだした。

 なるべくなら、早く家中に溶け込んでほしいものだ。子を見守っているような気分になり、自然と周瑜の表情も和らいでいく。

 

「ええっと、黄蓋(こうがい)将軍が周瑜さまを呼んでくるようにと……。なんでも、頼んでおいた弓の数が足りていないらしく……」

 

「なんだ、そんなことか。あのお方のやることだ、また酒でも飲みながら数えたのではないだろうな……。わかった、すぐに戻ろう」

 

「だったら、残念だけどお別れね、冥琳。じゃっ、わたしはわたしで勝手にやってるから」

 

「……待て雪蓮、お前も一緒に帰るんだ。いい加減、仕事をする時間だろう」

 

 どこかへ去ろうとした孫策の肩を、すかさず周瑜は捕まえていた。肩肘をはらない親友同士のやり取りを、鳳統は興味深そうに観察している。

 やはり、こうなってしまったか。心底悔しがりつつも、孫策は半分引きずられるようにして周瑜に連れて行かれていったのである。

 

 

 

 

 

 

 数日の滞在を経て、一刀は隴西郡をあとにしていた。

 馬超はそのまま城に残り、連絡役として馬岱だけが再度同行することになった。さらに思いを深めあった馬超が、手の届く範囲にいなくなってしまうのは寂しいことではあったが、軍備のためとあっては文句のつけようがない。むしろ、馬岱だけでも連れて行くようにと気をかけてくれた馬騰には、感謝するべきなのだろう。

 冀県。城に戻ると、一刀は留守居を任せていた程昱たちからの出迎えを受けていた。駆け寄ってきた徐晃を引き上げ、乗馬の前に乗せて進んでいく。

 

「寒くないのか、香風」

 

「んー、そうかもー? お兄ちゃん、あたためてー」

 

 手綱を握っていないほうの手で、徐晃の腹を擦ってみる。いくら万夫不当の武人といっても、寒さだけはどうにもならないらしい。だったら、もう少し着込んではどうかと思ったが、それは言わない約束なのだろう。

 

「はふう……。お手々あったかくて、きもちいい……」

 

 徐晃の間延びした声を聞いていると、なんともいえないのんびりとした気分になってくる。それでも、気になっていることがあった。他の用件をこなしているだけかもしれないが、郭嘉の姿だけが見えなかったのである。

 屋敷に到着して馬を降りると、劉備が側に寄ってきた。手を引かれる。どうやら、旅の汚れを落とす準備をしてあるから、ということらしい。

 

「桃香、少しだけ待ってくれ。稟がいないようだけど、どうかしたのか」

 

「その質問には、風がお答えいたしましょう。稟ちゃんは少し、体調を崩されているのですよ。このところお疲れ気味でしたから、それが響いたのかもしれませんねー」

 

「体調を? 具合はどうなんだ、風」

 

「お医者さまに診ていただいてからは落ち着いていますから、ご主君さまのお顔を見れば安心されるのではないかと。よろしければ、お見舞いに行ってあげてください」

 

「わかった、そうしよう。そういうわけだから、急いで頼めるか、桃香」

 

「うん、ご主人様ならそう言うと思ってたんだ。軽いお食事も用意してあるから、ぱぱっと済ませちゃおう」

 

 不安になりかけていた心が、劉備の笑顔によって安らいでいくようだった。誰にも慌てた様子はなかったから、本当に大丈夫そうなのだろう、と一刀は胸を撫で下ろした。

 使者を出して知らせてくれてもよかったのにと思う反面、これも郭嘉なりの気の使いかたなのだろうな、と一刀は理解していた。自身のことで、いらぬ不安を与えたくなどはない。そういう性分をしているのが、郭嘉という人物なのである。

 見舞いには、関羽にもついてくるようにと伝えてあった。どうしても、その席で宣言しておきたいことがあったからである。

 程昱と郭嘉が内政面での責任者であれば、関羽は軍事面でのそれに該当する。この三人を呼び出して議論したとなれば物々しい感じがするから、見舞いをしに行くくらいで丁度いいのである。

 

「この辺りにも、いい医者がいたのか? あんまり、そういった話しを聞いたことはないけど」

 

「ご本人がおっしゃるには、五斗米道(ゴット・ヴェイドー)で医術の修行をされていたようです。こちらを訪れていたのは、本当にたまたまとのことで」

 

五斗米道(ごとべいどう)だと? ということは、その医者は漢中から来たのか」

 

 一刀も、五斗米道の名は知っていた。漢中に拠点を置き、一郡を支配してすらいる宗教組織だ。教祖である張魯(ちょうろ)を頂点とした繋がりは強固であり、軍事力として信者を動員してもいる。その名称のゆかりは、信者に米を五斗寄進させたところによるものだ。

 

「違うのですよー、ご主君さま。五斗米道(ごとべいどう)ではなく、五斗米道(ゴット・ヴェイドー)なのです。なんでも、現在漢中を抑えている勢力とお医者さまは微妙に違うそうで」

 

「ご、ごっと、なんだって……?」

 

「よくわかりませんが、その医師殿にもなにか事情があるのかもしれませんね。しかし、腕のほうは確かであったのだろうな、風」

 

「はい。(はり)を遣って治療をされるお医者さまだったのですが、それはそれは凄まじい迫力だったのですよ。ある意味、ご主君さまは見なくて正解だったのかもしれませんねー」

 

 程昱が、からからと笑っている。関羽もどういった施術風景だったのか想像がつかないらしく、数度小首をひねっていた。

 そうこうしていると、郭嘉の屋敷が見えてくる。

 

「入るぞ、稟」

 

「あ……、一刀さま?」

 

 屋敷に着くなり、一刀は早くその姿を見たいという気持ちに身体を突き動かされた。問題ないと聞かされていても、それは自分の目で確かめた事実ではないのである。

 

「ただいま、稟。どうだ、身体は辛くないか?」

 

「ご心配をおかけして、申し訳ありません。それに我が君のお帰りだというのに、出迎えにも行けず……、こほっ、けほっ……」

 

「稟、無理をして起きなくてもいい。お前の元気になった姿を、ご主人様は所望されているはずだ。だからいまはとにかく、ゆっくりと休め」

 

 一刀の横に立ち、関羽はそう声をかけた。寝台に横になったまま、郭嘉は小さく頷いている。顔色はまだ少しよくないようだったが、鍼治療と薬のおかげで身体を苦しませていた高熱は引いたという。

 

「ごめんな。俺が稟に頼りっぱなしなせいで、負担がかかったんだろう」

 

「まさか、そのようなこと……。一刀さまに頼られることは、わたしにとっての喜びなのですから。ですから、どうかこれからも遠慮などしないでいただきたい」

 

 床に膝を付き、郭嘉の手を握る。熱い。発熱の残滓によるものなのか、普段よりも体温が高いような気がしていた。

 恐らく、これからも否応なしに郭嘉の手を借りることになるはずだ。天下。そのふたつの文字が、しばらく脳裏に張り付いたままになっている。

 董卓が、結果的に乱世への扉を開こうとしているのであれば、それもいいだろう。大切なのは、その潮流のなかで自分がなにを目指すか、ということである。

 

「ご主君さま?」

 

 程昱が、郭嘉の手を握ったままの一刀の顔を覗き込む。どくん、と心臓が大きく一度跳ね上がった。一刀は、なにか強い決意を秘めた目をしている。程昱は、そう確信していた。

 

「三人とも、聞いてくれ。俺はやるぞ。月たちが、時代の流れに呑まれようとしているのならば、その流れから断ち切ってやるだけだ。たとえ我儘だと言われようが、俺は天下を獲りにいく。そう決めたんだ」

 

 ある意味では、董卓の考えに乗る形となるのかもしれない。ただし、なんであろうと見殺しにするつもりはなかった。自分の思い描く天下には、董卓や賈駆の姿も必要なのである。それをむざむざ欠いてまで、ほしいと思えるものはなにひとつなかった。

 これを、私心からによる欲望に過ぎないと、断じてくる者がいるかもしれない。だったら、それがなんだというのだ。天下を獲って、なにを成したいのか。そんなもの、誰がやろうと所詮は勝手な野心によるものでしかないはずだ。

 一刀が、三人の顔を順に見る。程昱は、少し口の端を持ち上げていた。

 

「どうだろう。それでも、お前は俺を支えてくれるのか、風」

 

「はい。ご主君さまがそう望まれるかぎり、風はどこまででもお供いたします。天下への思いが個人的な感情からであろうと、ご主君さまの本質が変わってしまうわけではありませんから」

 

 程昱が、手を身体の前で組みながら、静かに(こうべ)を垂れた。

 ついに、願っていた瞬間がやってきたのである。そう考えると、柄にもなく神経が昂ぶってしまうようだった。これはきっと、郭嘉と関羽にもいえることなのだろうな、と程昱は思う。

 

「ご主人様のお考えは、よくわかりました。ならばこの関雲長の全力をもって、貴方様の道を切り開きましょう。風の言うように、どういったご判断から立たれようと、ご主人様は優しいお方です。わたしは、そのことをよく知っておりますから」

 

 続いて、関羽も賛同の言葉を述べていく。

 隴西郡への旅路に同行するかたわら、なんとなくこうなるような気がしていたのである。一刀のもつ雰囲気の変化には、関羽は誰よりも敏感でいるつもりだった。

 いよいよ、天下を目指す戦に乗り出すときがきた。勇躍する十文字旗を、関羽ははっきりと頭の中で描くことができている。

 

「お慶び申し上げます、一刀さま。この日の到来を、我ら臣下一同は心待ちにしておりました。……そうとなっては、余計に寝ている場合ではありませんね」

 

「ははっ、違いないな。早く身体を治せよ、稟。お前がいてくれないことには、俺の闘いは始まらない。それは、よくわかっているだろう?」

 

「承知、しておりますよ。一刀さまをお支えする役目だけは、誰にも譲りたくなどありませんから。意地でも、元気になってみせましょう」

 

「ああ、その意気だ」

 

 郭嘉の瞳が、充血によって少し赤くなっている。きっとそれは、発熱によるものだけではないのだろう。

 一刀のもとで築く、新たなる天下。それを早く見てみたい一心で、郭嘉の身体は熱を帯びてきているのである。

 

 

 

 

 

 

 夜半。あれから一刀はひとり部屋に残り、郭嘉が眠るまでずっと側に居続けていた。咳はたまにしていたのだが、程昱のいうように病状は回復に向かっているようだった。これならば、あと数日も安静にしておけば、普段の政務に復帰することも叶うだろう。

 部屋の隅。物音がしたような気がした。自分の屋敷に戻ると、一刀は灯火もつけずに胡車児のことを呼んでいたのである。

 

「なにか御用でしょうか、殿」

 

「洛陽で動きが出る前に、お前に一仕事してもらいたい。頼めるか」

 

「はい、なんなりと。殿のご命令とあらば、拙者はそれを遂行するまでです」

 

 寝台に腰掛けた一刀の足元に、胡車児が小さくひざまずいていた。僅かに明るい色をした双眸が、闇夜にうっすらと浮かんでいる。

 

「わかった。ならば、お前には洛陽への潜入をやってもらいたい。賈駆と盧植将軍の動向を探り、可能であれば接触しろ。ただし、董卓には悟られるな」

 

「あまり交渉事は得意ではありませんが、やってみせましょう。できれば、殿に一筆したためていただきたいのですが……」

 

「心配するな。苦労をかけるんだから、そのくらいのことはちゃんとやっておくさ。それから、なるべくなら盧植将軍のほうから近づくように心掛けろ。賈駆は、そう簡単に話せる相手ではないからな。いまのような状況では、尚更警戒心を強めていることだろう」

 

 賈駆の性格を考えての助言である。懐の深い盧植から先に根回ししてもらえれば、内部での行動も幾分かやりやすくはなるはずである。

 洛陽の警備は厳重だと聞いていたが、胡車児ならばやれるはずだと一刀は思っていた。隠密の技術は申し分ないし、剣もよく遣える女だ。

 賈駆も盧植も、董卓には死んでほしくないと考えているはずである。慎重を期すべきではあるが、この辺りで繋ぎを持っておくに越したことはないだろう、と一刀は考えていた。

 

「それでは、拙者はこれで失礼いたします。あっ……」

 

 闇に消えようとしていた胡車児の身体を、一刀は自分の方へと引き寄せた。胡車児は戸惑ってはいたが、嫌がるような素振りは見せてはいない。

 きつく抱擁していた腕を緩ませると、一刀は胡車児の着物を剥いでいった。今夜は、精神が昂ぶってとても寝つけそうにない。こういうときには、決まって強く情欲を満たしたくなるのである。

 

「うあっ……。殿、ああ……っ」

 

「可愛い声を出すんだな、お前も」

 

 首筋に這わせていた舌を、徐々に別の箇所へと移していく。手のひらに収まるくらいの小ぶりな乳房だったが、揉む楽しみをしっかりと備えている。コリコリとした固さを主張してくる乳頭も、愛らしく思えた。

 女体に触れている間は、どうすれば互いに快楽を得ることができるのか、という点だけを考えていればいい。胡車児の快感に歪んだ表情。それを見ているだけでも、飢えた男根は硬さを増してしまうのである。

 

「いけません、殿……っ」

 

 赤みがかった長髪が、艶かしく舞っている。蕩けたような美声に耳を傾けながら、一刀は胡車児の身体を寝台にゆっくりと横たわらせるのであった。

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