数十人の集団。人目を避けるように、移動していた。全員が、武具を身にまとっている。物音を立てることを嫌ってか、軽装で統一されている。それ故か、ほとんどの者が剣を携えていた。
隊長らしき男から、手で合図が送られる。部下たちの行動は素早かった。散開。二人一組となって、一定の間隔を見張った。所属を示す旗指し物は、どこにも見当たらない。しかし、無駄のない動きは、幾度も調練を重ねている証だ。
そんな男たちに混じって、強い存在感を放つ少女がいた。小さな体躯に見合わない、長大な得物を肩に担いでいる。燃え立つような赤髪。虎を模した髪飾りが、目を怒らせて警戒しているようにも見える。まん丸い、大きな瞳。見た目からは想像がつかないほどの、闘志が宿っている。
どれだけ容貌が可愛らしくとも、侮る者はいない。周囲から、少女は将軍と呼ばれていた。
丘陵を、駆け上がっていく。登った先で、男の背が見えた。
初めて会ったとき、北郷一刀の背中は、こうは見えなかったはずだ。天の御遣いという名から想像するには、普通の人間すぎはしないだろうか。そう思ったから張飛も、説得を続けようとする関羽を止めたのだ。
再び出会ったときには、一刀はずっと前を見つめるようになっていた。同時に、包み込んでくれるような大きさを、張飛は感じていたのかもしれない。
各地を放浪している間に、気づけば関係は深まっていった。
家族というものに、憧れることがある。両親を失ってから、張飛はひたすらに武芸を磨いた。闘っていくなかで、関羽という
いまでは一刀という幹を中心に、考えられないほど多くの家族ができたような気がしている。まさしく、拠り所だといえよう。なにがあろうと、手放すものか。張飛が闘うための原動力。それは、至極単純なものなのだ。
眼の前には、開けた原野がある。そこに、陣が敷かれていた。それをじっと見つめながら、一刀が呟いた。
「改めて言うまでもなく、広いな」
一口に涼州といっても、その領域は広い。金城よりもさらに西の方、俗に言う西域に近づくほど、砂漠に覆われた土壌となっていく。現在地である楡中の辺りならば、森もあるし川もある。中原と比べれば辺鄙な土地ではあったが、涼州には涼州の暮らし方があった。
流動的になるかもしれないが、構想というものはある。多様性のある涼州。それだけに、治めるのは容易いことでなかった。となれば、やはり羌族の血を引いてもいる、馬家の人間に任せるほうが最終的にはいいのだろうか。あの馬騰であれば、そのくらいのことは引き受けて当たり前だ、と笑って済ますのかもしれない。
地平線の先。どこまで、拡がっているのだろうか。この涼州を制圧するだけでも、どれほどの時が必要なのかと一刀は息を呑んだ。半年で、というのはいくらなんでも皮算用が過ぎるか。洛陽での戦がどう転ぶにせよ、群雄による時代がやってくるのは確実だといえよう。その時、後ろ骨となる地を持っていない者は、揉み潰されるか併呑されるか、どちらかの道をたどるに違いない。
名のある将のほとんどが、一族の故郷とも呼ぶべき地を持っている。故郷に帰って号令をかければ、纏まった人数を集めることも可能なのだ。袁家のように家名が強大であればあるほど、その効果は上がることになる。どう足掻こうと、それだけは自分で得ることができない。空の彼方へ視線をやって、一刀はそう思った。
脈々と積み上げてきた名声。漢室の権威というのも、多分それと同じだ。太祖劉邦から数えれば、四百年近くこの国を治めてきたという実績がある。しかし現在、その実態はどうなっているのだろうか。
敬う気持ちはあっても、屈することはない。そういったものに、漢室は変わってきているのではないか。洛陽を董卓から取り戻し、皇帝による治世を復活させる。袁紹を中心とした連合軍の諸将のなかに、そのような思想を持った者がいるのだろうか。恐らく、誰ひとりとしてそうは考えていないはずだ。
衰弱した王朝は淘汰され、また別の誰かによって王朝が立てられる。そうやって、この国はこれまで続いてきたのだ。だから曹操のような傑物が、自分の国を興そうと決意するのは当然の流れだともいえる。だが、本当にそれしか道はないのだろうか。
天下を得ることができようと、自分は帝に成り代わるつもりなどない。そう伝えたとき、郭嘉と程昱には反対をされた。ふたりは、朝廷の近くで仕事をしていた経験もある。その時の出来事も踏まえて、王朝を代替わりさせるべきだといっているのは理解できる。
感覚の違い。簡単に説明しようと思えば、そう表現するしかなかった。
いまや、思い出のなかにある故郷。歴史を遡れば、日本でも群雄同士で争っていた時代はいくらでもある。それでも、不可侵とされてきた領域があった。天下を平定した英雄でさえ頭を垂れ、無碍に扱うことの許されない存在があった。
連綿と受け継がれきた血には、そういった尊さすら宿ることがある。そこになんとなく民衆の心は集まり、それによって国がひとつに纏まっていく。漢室も、早晩そのような存在になればいい。そのためには、血を絶やすわけにはいかないのだ。
ここがきっと漢室の分岐点だと、一刀は考えるようになっている。
「どれだけ背伸びをしてみたって、涼州の全てすら見えてこない。この国はとてつもなく大きいんだな、鈴々」
「にゃっ? そんなの、当たり前のことなのだ。いろんな場所にいろんなひとが住んでて、いろんなおいしい食べ物があるのだ」
張飛の答えは、単純明快だ。余計な気負いも悩みも、そこには入り込む余地がない。
肩の力が抜けていく。一刀がうなずいて見せると、張飛は白い歯を見せて笑った。
「うん、違いない。そうだ、愛紗がこの前、新しく覚えた料理があるっていってたぞ。
「ええー? 鈴々にだって、好みというものがあるのだ、お兄ちゃん。それに、いまお腹が痛くて動けなくなったら、肝心なときに役に立てなくなっちゃうもん。お兄ちゃんだって、それは困るでしょ?」
「おいおい、その前提は結構ひどいんじゃないか。愛紗もこの頃は、幾らか腕を上げたと思うが」
「むむむ……。こういう場合は、言い出しっぺが真っ先にやるべきだ、って凪がいってた気がするのだ。それに愛紗だって、一番はじめに食べてほしいのはお兄ちゃんのはずだもん。でしょ、お兄ちゃん?」
「むう……。なかなか言うようになったな、鈴々。だったらここは、折衷案でいこう。戦を終えたら、愛紗の料理をふたりで食べる。ただし、一口目は絶対に俺のものだ」
「お兄ちゃんがそこまでいうなら、鈴々も覚悟を決めるのだ。あう……。なんだか食べ物のことばっかり考えてたら、ちょっとお腹が減ってきちゃったのだ」
「ははっ、約束だぞ。陣に戻ったら飯にするから、もう少しだけ我慢してくれるか。相手の方も、まだやる気にはなっていないように見える。気を抜いていいわけじゃないが、攻めてはこないだろうな」
「ううーっ、それじゃあつまらないのだ! ちょっとでも出てきてくれたら、やっつけられるのに。鈴々、身体がなまってしかたがないのだ」
自由な心と、それを思う存分発揮できる自由な身体。そのふたつが、張飛の強さの源ともいえよう。
張飛の小さな手。握り拳をつくっている。それを手の中に包んで、一刀はほぐしていく。少し汗ばんで、しっとりとしていた。
眩しいくらいの笑顔だ。妹のようでもあったが、いまではひとりの女として愛していた。張飛の年相応な振る舞いを、
子供っぽいものとは別の、自分にしか見せないような表情。それを、知っているせいなのかもしれない。この小さな恋人だって、いつかは自らの子を宿すことになるのだろうか。そう考えると、ちょっと感慨深くもあった。
もう一度、陣へと視線を戻す。表現することは難しかったが、あえて言うならば闘気を感じられなかった。
韓遂についた将を主体に、羌族を組み込んだ軍だという報告を受けている。兵力としては、一万ほど。やはり、騎馬が多いようだった。
楡中の城からは、離れて野営している。城を拠点として闘うというのは羌族の流儀ではないから、それに合わせた戦略になっているのだろう。共同して兵を出しているといっても、それぞれの軍には士気の差があった。敵が弱ったところを楽に叩き、略奪できればそれでいい。羌族の目的というのは、その程度のものだ。
多分、敵はこちらの出方をうかがっている。一刀は、そう感じていた。斥候には何度か探らせていたものの、自身の眼でも敵陣を確かめておきたかったのだ。
関羽には、やめるように求められた。偵察などは、大将のすることではないという。言葉は厳しかったが、心配してくれていることを理解していた。
どうしても行くというのであれば、自分もついていかせてくれと関羽はいった。しかし、関羽までもが陣を離れてしまっては、万が一の場合に判断を下せる将が不在となってしまう。適材適所。理論で押されると、どこか弱い節がある。張飛でも間違いはないだろうが、兵たちの関羽に対する信頼は篤いものがある。ずるい言い方だとは思ったが、一刀はそうやって言い含めて陣から出てきていた。
「明日になったら、稟も到着するのかな。鈴々、じっとしてるのはあんまり好きじゃないのだ。敵を無駄に刺激するなーって愛紗に怒られるから、調練もお城にいるときみたいにできないし」
「なるほど、愛紗の言いそうなことだ。そうだ、稟がついたら、軍議をすることになる。なにか考えはあるのか、鈴々」
張飛のいったように、郭嘉の率いる援軍二千はもうすぐ到着することになっていた。援軍と合流すれば、兵力の差も少なくなる。それを待って、一刀は攻勢に出ようとしている。
「えへへ、なんにもっ! 難しいことを考えるのは、稟や風、それにお兄ちゃんの仕事なのだ。闘えっていわれたところで、鈴々は闘うよ。もし策がちょっぴり間違ってたとしても、そのときはそのときなのだ。だって鈴々たちが頑張って最後には勝つから、それが正解になるんだもん」
普通であれば、たしなめるべきところなのだろう。それでも、張飛が言うと妙に納得させられてしまう。
「その豪胆ぷり、さすがは燕人張飛だと褒めておこう。だけど、愛紗には内緒にしておいたほうがいいぞ。絶対、そんなことを胸を張っていうやつがいるか、って怒ると思うからな」
「わわっ、内緒なのだ。お兄ちゃんも、言わないって約束してね!?」
堂々としていた表情は崩れ、張飛はしまったという風に口を手のひらで蓋している。
こういう場合には、指切りをして約束を誓うものだ。そう教えてやると、張飛は前のめりとなって小指を差し出してきた。
「これでよし……、っと。天の御遣いの名に賭けて、鈴々の秘密は守ろう」
「はあー、よかったのだあ……」
「今日のところは、これで帰ろうか。あんまり遅くなると、愛紗にそっちのことで叱られてしまうかも。鈴々も、それは嫌だろう?」
「うん、それはまずいのだ! 鈴々、みんなにも帰るって伝えてくるね」
「ああ、そうしてもらえると助かる。俺も、すぐに行くから」
散らばっていた兵が、招集されていく。護衛の兵と丘陵を下りながら、一刀は指で鼻を擦る。吹き付ける風は、まだ冷たかった。
次回エロいやつに続く。