※この作品はR-18です。

北郷当代記   作:KKS

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 月が唇を強く噛んでいる。

 これ以上言葉を続けると、蓋をしたはずの本音が彷徨い出てしまうからなのではないか。そうやって、一刀はひたすらポジティブな思考でいようとした。自分は、誰も諦めない。我儘な理由で覇者を目指すと決めたのだから、そのくらい傲慢でいるべきなのだ。

 一歩踏み出す。退こうとした月の肩に、手で触れる。直接肌に触れているのではない。それでも、妙な感動があるのは確かだった。

 

「自分だけ破滅すればいいとか、そんな悲しくなるようなことを言わないでくれ。月の漕ぎ出した舟、地獄の果てまで相乗りさせてもらうよ」

「一刀さま。そんな、そんなのって」

 

 小さな身体を抱きしめた。力の限り、少しでも体温を感じられるように。

 嗚咽。胸の中から、聞こえてくるようだった。ウェーブのかかった月の髪を、ゆっくりと撫でる。凪と稟の前だからと、遠慮するつもりはなかった。

 ただ、無事の再会を喜びたい。僅かなボタンのかけ違いが、永遠の別離を招くこともある。それが、乱世の厳しさであることを知っているからだ。

 ひとしきり泣いても、月は顔を上げなかった。なにを話せばいいのかわからない。感情の整理も、ついていないのだと思う。

 背後で、扉の開く音がした。殺気はない。そもそも、この部屋に無断で入れる人間なんて、もはや片手の指でも余すくらいなのではないか。

 

「ほんとに、ほんとにきてくれたんだ。これって、夢じゃないんだよね。あははっ……。ボク、どうしてこんなに自信がないんだろう」

「ご安心を。ここにいる一刀さまは、幻でもなんでもありませんから。月殿を早速手籠めにされようとしているところなど、まさに」

「やっ……。軍師のあんたが感動の再会をぶち壊しにしてとうするのよ、ったく……」

 

 詠が部屋に入ってきてから、ちょうどいいタイミングで稟が雰囲気をやわらかくしてくれる。

 

「んっ……。ふっ、ふふっ。あの、一刀さま。そういえば、じごく……っていったいなんですか? 質問をする雰囲気でもなかったので、つい聞き流してしまいましたが、気になって」

 

 無理にでも、月が笑ってくれていることが嬉しかった。

 とにかく、今は前向きでいるしかない。反董卓連合軍の攻勢を退け、涼州に残してきたみんなと合流する。そのための確かな一歩を、月は踏み出したのだと一刀は思った。この戦、月の闘志に火をつけられなければ、そもそもなにもはじめられないからだ。

 

「どんなに苦しくても、どんなに辛くても、一緒に闘うってこと。月のいない天下なんて、俺は欲しくない。たとえそれが、どんなに綺羅びやかなものでも」

「強欲なんですね、一刀さまは。それにしても、天下ですか」

「そう、天下だ。我儘を押し通すためにも、俺は天下を奪る。曹操でも、袁紹でもダメなんだ。大好きな人たちと、歴史を次代に繋げる覇者となる。それが、俺にとってのいまの夢」

 

 瞬きを忘れてしまったかのように、月は一刀の顔をじっと見つめていた。その顔が、徐々に赤みを増してくる。それは、命の色でもあった。

 

「月。頑なでいるのは、もうやめにしよう。一刀が本気で覇者を目指すって言うなら、ボクは支えたい。月だって、そうでしょう?」

 

 詠の放つ言葉には、どこまでも真っ直ぐな響きがあった。

 ここにも、自分に期待してくれている人がいる。当然ありがたいことなのだが、それだけ責任は大きくなるということだ。

 

「うん、詠ちゃん。たった今、私は二度目の命を一刀さまから貰ったのだと思う」

 

 闘志による炎。その揺らめきが、月の双眸で輝いているようだった。

 手を、引き寄せられる。もう、離さない。誰かに、断ち切らせたりもしない。絆は、心に強く深く根差しているから、絆なのだろう。

 

「押し返してやろう、連合軍を。それで、俺たちは堂々と涼州に引き揚げる。月のいない都なんて、くれてやるさ。まだ挑戦者でしかない俺には、必要のないものだから」

 

 劣勢のまま、軍を涼州に動かすことは難しい。だから、一度は勝ちにいく。

 連合軍に参集している諸侯は、ほとんどが遠征軍だった。戦が長引けば、不満がでる。兵糧。部隊を動かす順番。軍議での序列にしても、きっとそうだ。

 相手には、あの白蓮もいる。闘いを避けることは難しい。だけど、ぶつかればわかる気持ちもあると思った。

 

「やりましょう、みんなで。北郷軍と董卓軍。黄巾の大軍を打ち破ったときのように、今回も」

「ふふっ。参陣早々恐縮ですが、今夜は寝かせませんよ、詠殿。軍の配置、調略の順序。話しておきたいことは、いくらでもあります。先ほどの言葉が真実なら、あなたも一刀さまの軍師となってくださるのでしょう?」

「うえっ……。言っておくけど、頼まれたってご主人様とは呼ばないからね。こいつなんて、チンコの遣いで充分じゃない」

 

 調子の出てきた詠が、ツンツンした態度をとってくる。

 それがあまりにも懐かしくて、一刀はつい月と顔を見合わせた。




オリキャラ列伝
・胡車児
真名は紅波。天の御遣いの命を狙ったこともある、元・闇の仕事師。北郷一刀に帰順してからは、軍の諜報を受け持つ。胸が小さい。
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