かルとホらーのヒろイんに囲まレた爛レた日常 作:SHV(元MHV)
奇妙な空間だった。色彩のない、白と黒で構成された空間。
蔵木はぼろぼろになった作業用手袋を脱ぎ捨てると、自身の周囲を見渡す。
まるで枯れ葉剤でも撒いたかのような異常な林が周囲にあった。周囲一体全ての木が枯れ、落ち葉が地面を埋め尽くしている。そして、この空間内においても殊更異様な雰囲気を纏う井戸が目の前に鎮座していた。
──ギ、ギギィ──
奇妙な音に蔵木が振り向くと、そこには人に似た異形が姿を現していた。
一見すれば、それは白いワンピースを着た四つん這いの女性に見えただろう。まるで無理矢理貞子の姿に似せたような存在とも言えた。しかし手足はまるで節足動物のように不自然に曲がり、その顔の目と口にあたる部分にはぽっかりと穴が空き黒い空洞が広がっている。
──ギ……!──
飛びかかってきたそれを、蔵木は
いまだビクビクと動く足元の異形の足を取ると、蔵木は物凄い勢いでそれを振り回して次々と飛びかかってきた異形へと叩きつけていく。
やがて最初の異形の足が千切れると、蔵木は自らの太い手足を縦横無尽に動かし異形をいとも容易く迎撃し始めた。すでに動かなくなった異形は10体を超えるも、その動きが衰えることはない。
蔵木はまるで怯んでいなかった。異形の頭を握りつぶし、組みついた異形を振り回して別の異形に叩きつける。おまけに最初の一体以外、拳を受けた異形は二度と動くことはなく、蔵木の周囲に異形の山が築かれつつあった。
そのとき、いよいよ井戸からの気配が強まり蔵木は暴れながらもそちらへ注目する。
井戸から溢れ出るもの。それは毛だった。凄まじい量の髪の毛が、竜巻さながらに井戸から溢れ出て蔵木に襲いかかった。
「……むっ、ぐう……!!」
巨大な毛束によって、異形と共に殴り飛ばされる蔵木。何本か枯れ木をへし折りつつ、蔵木はどうにか倒れることなく着地する。同じく殴り飛ばされた異形がバラバラになっているのを鑑みれば、彼の耐久力はその特異体質を鑑みても人外の領域にあった。
とはいえ彼の肉体はあくまで人間。内臓を傷つけたのか、口から血を吐き苦しそうにその場で膝をつく。
毛束はさらに勢いよくその量を増しつつ、再び蔵木を打ち据えようと上空へと振りかぶる。
──その瞬間、異変が起きた。毛束は構えたままその質量を叩き下ろすことなく、突如として起きた地響きに連動するようにその全体を震えさせる。
井戸から、爆発するように水が溢れ出した。鉄砲水さながらに井戸から飛び出した水は蔵木だけを避け、蔵木を襲おうとした異形を毛束もろともに押し流していく。井戸からは毛束に紛れて貞子自身も飛び出し、そのまま勢いよく地面へと叩きつけられた。
「……悪いな」
蔵木はいつの間にか傍らに立っていた少女に微笑みかけ、その頭を撫でる。
蔵木は自身の状態を自己診断し、まだ動けると結論づける。同時に素手での対処に限界を感じ、
「……う゛う゛う゛う゛う゛う゛」
突き出した両手を鉤状に構え、蔵木が唸り始める。それを受けて蔵木の傍らにいた少女がそそくさと姿を消すと、残っていた異形が蔵木に目掛けて殺到し始める。その様子には必死ささえ感じた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!」
ノイズの混じり始めたその声に、水によって井戸から押し出された貞子が怯えるように震える。
「ア゛!!」
蔵木が大きく叫ぶ。すると、殺到した異形を突如として現れた無数の青白い腕が捕まえた。
混乱する異形。腕は、蔵木の大きく拡がった影から無数に生えていた。影はどんどん拡がり、その近くにいた異形も次々と腕に捕らわれ何処かへと連れ去られていってしまう。
また一体、また一体と、哀れな金切り声を上げて影に飲み込まれていく異形。本来であれば悲鳴を上げさせる側であるはずの異形らは、ろくな抵抗もできず、時にはその四肢をもがれて拐われていく。
連れていかれているのは異形だけではなく、巨大な毛束も同じく引きずり込まれていた。
「……! ……!!」
──貞子は、その様子を見てかつて自身が殺されたときを思い出していた。
同じ劇団員らが自分を見る、憎悪に満ちた、人間以外を見る“目”。
あの目が彼女は恐かった。だから、自分を
もはや誰一人生きてはいない。それでも、井戸に落とされた彼女の憎悪は残り、世界を蝕んできた。
理不尽な怒り。理不尽な恨み。理不尽な嫉み。
誰に向けたものだったかも忘れてしまった怨嗟の声が彼女を突き動かしてきたのだ。
──今日までは。
無数の腕によって捕まえられた貞子は蔵木の元へと運ばれていく。まるでそれは、王の前へと差し出される罪人のようだった。
貞子はせめてもの抵抗を試みているのか、必死に蔵木を睨み続ける。影から出る青白い腕の数本がそれによってバラバラに千切れ飛んだが、やはり蔵木にはまるで効果がなかった。
貞子は気づいていなかったが、彼女の姿は生前のそれに近くなっていた。
色白黒髪で長身華奢。大人びた顔立ちの美女が、無数の腕に捕らわれ震えている。
蔵木はふとその状態の貞子を見て困った顔になると、おもむろに彼女へと近づいた。
「……ふむ」
不意に蔵木が、貞子の股間を握りしめる。なんとなくではあったが、予想通りそこにあった
彼は、フェミニストだった。女子供に甘いと言ってもいい。最初は化け物と認定して容赦なく殴り飛ばしたが、現在の貞子はどこからどう見てもただの美女である。このままいつものように殴って倒してしまっていいのだろうかと、彼は悩んでしまったのだ。
貞子の困惑はさらに大きくなっていた。握られたままとなっている股間もそうだが、目の前の男はなぜ自分を殺さないのか不思議で仕方がなかったのだ。
そう、彼女の思考は
奇妙な沈黙が続くなか、不意にひとつの影が動いた。それは貞子から分裂するように現れると、先程の異形に似た声をあげて蔵木へ飛び付いたのだ。
──ギュ! ギュギギギギ!──
思わぬ不意打ちに蔵木は為す術もなく首を絞められる。
蔵木の首を絞める異形は、
かつて幼い貞子が、強すぎる自らの力を分けて産み出した存在。自分自身に流れる“深き場所より来た者”の血を色濃く分かたれたその異形の醜悪な容姿に、蔵木は僅かながら怯む。
それはまるで魚を無理矢理ヒトの形にしたような生き物だった。眼窩から大きく隆起した眼球。薄灰色の肌にはぬめぬめと光沢があり、所々に鱗のようなモノがある。頭髪はなく、首には肉が垂れ下がってシワが出来ているが、それはよく見れば
その行動に貞子は慌てるも、何をすることも叶わない。ただもうひとりの自分自身が蔵木の首を絞める姿に、かつて自身の力を暴走させ命を奪った遠山の姿が重なった。
「……いやっ!」
だから、思わず悲鳴が出てしまった。だが彼女が驚くのはそこからだった。首を絞められているのは
「……む!」
蔵木の動きはゆっくりとしたものだった。貞子の股間を握っていた手を離すと、自身の首を絞めるもうひとりの異形の貞子の両腕を掴み、力尽くでそれを引き剥がしていく。
異形の貞子は爪で蔵木の首を引き裂こうとするも、尋常ではない握力によって手首を握りしめられ指をまともに動かすことが叶わない。
蔵木は異形の貞子を一度下ろすと、その手首を持って頭上へと思いきり放り投げた。
──ギュ!? ギ、ギギ……!──
悲鳴を上げるも、異形の貞子は空中でどうすることもできない。
彼女は上空から蔵木を睨んだまま、眼下から迫る大量の腕に捕らえられ影の中へと飲み込まれていった。
◇▫️◇▫️◇▫️◇▫️◇
蔵木がテレビ画面へと飲み込まれてから、三時間が経過していた。
溝呂木と柑菜はその間ひたすら恐怖に耐え、蔵木が帰還するのを待ち続けた。
そんな時、一度は消えたテレビの画面が再び映りはじめる。
「ひっ……!」
「大丈夫! 大丈夫だ……!」
喉をひくつかせ怯える柑菜を抱き締め庇う溝呂木。まさか蔵木が負けてしまったのか。そう思った溝呂木だったが、テレビから現れたのは見覚えのある太い腕だった。
「蔵木さん!」
思わずと言った様子で溝呂木が快哉を叫ぶ。
平然とテレビから姿を現した蔵木は、あちこちボロボロで片目を閉じていた。
「……むん!」
完全に全身をテレビから出した蔵木がブラウン管へ向かって拳を叩き込む。拳は画面に飲まれることなく、その液晶を叩き割り小さな爆発音をさせて完全に沈黙した。
「……終わったぞ。もう大丈夫だ」
「よ、よかったあ……」
溝呂木はその言葉に安心し、柑菜を抱き締め二人揃って泣き始める。
こうして【呪いのビデオ】をきっかけとした事件は、幕を閉じた。
◇▫️◇▫️◇▫️◇▫️◇
数日後、いつもより多い収入を得た蔵木は珍しくビジネスホテルにいた。
普段風呂などは銭湯で済ませることの多い彼だったが、珍しく洗面台で髭を剃っている。
鏡越しに、いつも彼に付き従う少女──美津子がいた。しかしどこか不貞腐れた様子だ。
「……仕方ないだろう。あそこから出るにはこいつを連れてくるしかなかったんだ」
そう言う蔵木は右目に浮かぶ“貞”の文字を見つめる。
──キンッッ!──
自分自身にまで発動する“死の呪い”にため息をつきながら、蔵木は少女とは反対側で申し訳なさそうにする美女を見つめる。
「……いやまあ、別に謝らなくていいぞ。俺には効かないしな。ただこりゃ、しばらく眼帯でもするしかねえかな」
──キンッッ! キンッッ! キンッッ!──
鏡越しに見る度発動する“死の呪い”に辟易しながら、遠近感の利かない片目での立ち回りについてもしばらくは訓練せねばと思う蔵木であった。
ということで『リング』編終わりです。
あんまりこういうのはやらないんですが、今後キャラが増える可能性も踏まえて簡単なキャラクター紹介をします。
・蔵木 京介
主人公。高校三年生の時少女の霊に追われる溝呂木を助けたのをきっかけに、霊障の起きている物件を片っ端から解決している。その為そっちの業界では結構有名。一応携帯を持っているが、依頼する際には彼に直接ではなく溝呂木を介する必要がある。
一種の特異体質であり、霊を素手で触ったり殴ったりすることができる。これは本編に出てきた、影から現れる無数の青白い腕に関連している。またこの体質が影響し、成人前には家族が全員死亡しており、ひとつの場所に長く居続けることができない。理由はよくないモノを招いてしまう為。よくても精々一ヶ月が限界であるため、基本的には車であちこちを移動して車中泊をして暮らしている。
身長192センチ。体重125キロ~130キロ。天パ気味のボサボサ頭で、伸ばすとアフロヘアーのごとく拡がってしまうので時々自分で切っている。風呂は基本的に銭湯。
握力は測定不能(100キロ以上)。趣味は体を鍛えること。地味に片手でロッククライミングできる。
免許は持っているが、車は溝呂木名義のモノ。
・
蔵木と10年来の付き合いがある小太りの男。最近頭が薄いのが悩み。
不動産業を営んでおり、事務所は新宿の雑居ビル。その見た目に反して手広く仕事をこなしており、実は結構な資産家。だが水道代を気にする小心者な部分もある。
怪異に巻き込まれやすい体質であり、なにかと事故物件を掴まされることが多い。これは近年では蔵木のことが噂になり、“ヤバい物件は溝呂木さんに回せばいい”という業界内での暗黙の了解が出来てしまっている為でもある。
身長158センチと背が小さいのがコンプレックスだが、見た目に反して主人公気質。火事の中に飛び込めるほどの勇気があり、実は彼が関わった霊障案件で不幸になった人間がいないのがその証明だったりする。腕力はないが、持ち前のコネを用いて情報収集を得意とする。蔵木のスポンサーであり、よほどの無茶でない限りなんとかしてくれる度量の持ち主でもある。
今回の事件で姪の柑菜ちゃんからの株があがり、本人は非常に満足している。が、警察も不介入を決めるほどの案件を解決したことが後に噂となり、さらにとんでもない事故物件を押し付けられようとは本人もまだ気づいていなかった。
・村上 柑菜
かんなちゃん。中学二年生の少女。かなり肝が座っており、同級生が【呪いのビデオ】で死んだのを知るや否や、ダビングされたビデオを見てしまった友人に無理矢理テープをダビングさせてビデオを見ると、全ての【呪いのビデオ】を自ら焼却した。霊感があり、ちょっとした幽霊なら見える。蔵木の隣に佇む少女の霊に関しても見えており、彼女と友達になっていたりする。
今回の事件で好みのタイプが長身で筋骨隆々の大男になってしまった。