剣の王
――SS100年
第2世代メインプレイヤーであったドラゴンが滅ぼされ100年。新たに作られた第3世代メインプレイヤーである人間。彼らの生態も確立されてきていた。
最初は数十人からなる集落を作り生活していた。男達は毎日狩猟に出かけ、女達はそれ以外の雑務と子育て。無論、何もなければこれだけでも生活は成り立つ筈であった。それが難しいのは他の集落との縄張り争いやその他の事情もあるが、それより何よりも魔物の存在が大きい。
――――魔王。
魔物達の王であり、この世界に存在する絶対的支配者だ。そしてその配下であり魔王の血を与えられた強大な力を持った魔人。これらを旗頭とし、軍として機能している魔軍の脅威に人類は脅かされていた。
魔物たちは人間を見つけると襲いかかってくる。男は呆気なく殺され、女は無残に犯される。これが人類が生まれてから数十年経っても変わらない常識だ。
だが、人間たちも指をくわえて黙っているわけではない。彼らは同じ人間たちの集落と手を組み、更に大きな集落を作った。
元より狩り場の縄張り争いで他の集落との仲は良くもなかったが、魔物の存在により人間達は否応なく徒党を組むことになったのだ。1対1で魔物には勝てない。なら2対1ならどうだろう、善戦くらいは出来るかもしれない。5対1ならどうだ、なんとか勝利を収められるかもしれない。それなら10対1なら、それ以上の数なら、魔物相手でも圧勝出来るかもしれない。
そうして人間達は大きな集落を作りあげていった。後に村や町、国と呼ばれるであろうこの大きな集落のトップは王と呼ばれ、いつも集落の中で一番強い人間が務めていた。強力な魔法を使い、夜において絶対的な強さを持つ亜人、カラーの集落の長である夜の王や、ムシと呼ばれる生き物を何十体も使役し戦うムシ使いである獣の王の武勇伝は遠くの集落にも噂が聞こえてくる程。
さて、そんな中。とある集落にも王が一人。幼い頃から剣を振り続け、数多の魔物を屠ってきた王。
剣の王と呼ばれる王、その男の名は――――
「王! 王は居られますか!?」
石造りの廊下にドタバタと人の足音が鳴り響く。小走りで自らの集落に仕える王を探す男の表情に余裕はなく、ここまで走ってきたのであろう汗が床に飛び散るのも構わず必死の有様だ。
途中、女中や兵士に聞いた所どうやら私室にいることがわかると一目散にその部屋に向かう。
やがて数分と経たず部屋の前に辿り着く。
「王! 失礼致します!」
一声掛けてから、扉を開いた。
するとそこでは。
「はい、あーん!」
「あ~ん!」
「やんっ! もうレオンハルト様ったら変なとこ触らないでくださいよ~」
「へっへっへ、いいだろ? ……おっ、ちょっと大きくなった?」
「レオン様のえっち~!」
「はっはっは」
女中を侍らせて遊んでいる王の姿がそこにあった。
「な、なな、何をやっているんですか王――!?」
兵士の声が周囲に木霊した。
その大声でようやく気づいたのか、女中に膝枕をしてもらいながら別の女中に果物を食べさせてもらっていたこの集落の王である男性――レオンハルトは顔だけを向けた。
「……ん、ああっ……んん! ……どうした?」
「いや、レオンハルト様? 声だけ厳格にしても全然威厳無いよ?」
女中のツッコミは聞こえていたのであろう、しかし無言のままレオンハルトは兵士を見る。
この一瞬で、レオンハルトに対するイメージが破壊された兵士はしばらく呆然としていたが、やがて自分の使命を思い出すと気を取り直して報告を初めた。
「レオンハルト王! 魔軍です! 魔軍が攻めてきました!」
「ん……じゃあ、行くか」
レオンハルトは直ぐ様立ち上がると、部屋に立てかけてあった装飾の付いた剣を手に取る。
「それで、何処から攻めてきた? やっぱ北か? それとも西か?」
「は……はっ! 仰る通り集落の北西から大規模な魔物の部隊が向かってきているようです。王には是非、戦いに出て敵の首級をあげてほしいと長老達が――」
「あー、わかった。とりあえずお前はもう先に戻ってくれ。俺も直ぐに向かう」
「了解しました! では、戦場にてお待ちしております!」
兵士はその言葉を聞いて、一礼すると直ぐ様、戦場に向かうため走って部屋を後にした。それを見届けるレオンハルトの大きな溜息には当然気づかないまま。
兵士が立ち去ったのを見て、俺は女中を部屋から追い出し一度頭を抱えた。
……ざっけんじゃねえぞ。
その言葉は口に出さず、飲み込んだ。
俺、レオンハルトは自分の運命を呪った。というのも俺には特殊な生まれながらの事情があるせいだ。
俺には所謂、前世の記憶というのがあった。いや、そこまで確かなものじゃない――知識と言うべきか。俺はとある人間の男であり、その世界での普通の人生を送り、一生を終えた。そんな覚えがある。
これだけならば然程問題ないというかむしろどれほどよかったことか。知りたくない事を知らずに済んだのだから。
何が問題かと結論を言うのならば俺の前世はこの世界ではない異世界の人間であり、更にはこの今俺がいる世界の事が記されており、それを前世の俺が知っていることだ。
つまりどういうことか、それを説明するにはかなり複雑で難しい。この世界の人間に言っても頭がおかしいとしか思われないだろう。……いや、前の世界でもそれは変わらんか。
前の世界では、こちらの世界と違いかなり文明が発達した世界であった。そこにはこの世界に存在しない数多の物があり、テレビ、電話、車、冷蔵庫……上げればキリがない程である。
そんな中、ゲームというものがある。説明は出来ん。いや、出来るかもしれんがしたくない。頭がおかしくなりそうになるからだ。
簡潔に言うならば娯楽、それもコンピューターという精密機械という金属や色んな物質の集合体を使ったもの。うん、これだけじゃ意味がわからんな。
まあ、ここは然程重要じゃないかもしれん。要はそのゲームという娯楽の中にこの世界を模したモノが存在し、俺はそういった娯楽をたくさん所有しており、それを遊んだことがあるということ。
そのゲームを『ランス』と言う。幾つもの作品が存在し、それらを総称して『ランスシリーズ』とも言われ、一人の男の冒険者が世界を冒険する英雄譚。簡単に言うならそういうものだ。
そしてその『ランス』の世界観、それがあまりにもこの世界と合致しているのだ。
まぁ、実のところ前世で言うこの世界は所謂ファンタジーと呼ぶべき世界観であり、その手の話はいくらでもあったのだが、何故その数ある作品の中から『ランス』世界に合致するかと確信出来たのはやはりこの世界が独特であるからだろう。
LVの概念、才能限界、技能LV、ハニーやぷりょ等の魔物、幾つもの存在が俺の中にある知識と完全に一致したため、俺はそれを確信、この世界が『ランスシリーズ』、ルドラサウム世界であると断定したのだ。
それらを踏まえて俺の状況を前世風に言うならこうだ。
俺、ランス世界に異世界転生しちゃいましたっ! てへぺろっ!
――――ふざけんじゃねえぞごらあっっっ!!
この事を思い返す度に俺は自分の運命というか境遇に怒りや嘆きを覚えざるを得ない。そもそも俺の前世があんなへなちょこ野郎だということにむかっ腹が立つっていうのに……。
というのも俺は確かに転生をしたということになるんだが、それを俺は認めたくない。認めたくなかった。
何故なら俺は前世の俺ではないからだ。これは自分でも説明しづらいんだが、要約すると『前世の俺は俺という自覚はある』。しかしそれは、『俺と同じ俺ではない』ということだ。
まぁ、難しいし、自分語りに――いや、今更か。まぁ、とにかく聞いてほしい。
俺はこの世界に生まれた時、なんとも曖昧な意識と自我を持っていた。なにせ前世の知識、経験、記憶があるからな。だが、考えてみてほしい。俺は生まれた時、当然赤ん坊だ。人間なんだから当たり前で、そして赤ん坊であったからこそなのか俺はその記憶が何なのかよくわからなかった。
俺は脳科学なんかにゃ詳しくないが、多分脳が俺の記憶や知識に追いついてなかったんじゃないかとか考えている。記憶や知識があっても脳が赤ん坊なので上手くそれを出力出来ない。もしくはそもそも完全に記憶出来なかったか。
もしかしたら間違ってるかもしれない。言ったとおり脳科学には詳しくないからな。
だが、重要なのは俺が事実、そういう自覚が薄い曖昧な状態で生まれてきたことだ。
前世の俺なんかよりよっぽど頭の良い連中なら理解るだろうし、予測出来るだろうが、俺はその後、徐々にその記憶と一緒に自我を確立させていった。
1歳を半ば過ぎた頃、既に俺の意識ははっきりしていてこの世界を、周囲を認識していた。これは木だ。これは石だ。これは雨だ。この世界の物を前の世界の知識と摺り合せて理解出来た。
そして同時に俺は前世の俺の事を知った。そしてここが肝心の部分だ。
短いながらも俺は赤ん坊の頃をこの世界に生まれた赤ん坊の状態で育ってきたんだ。そこには前世の俺も何もない。真っ新な新しい生命だ。それは前世の俺はほぼ介在しないこの世界での俺であり自我だ。
赤ん坊の頃の環境に大きな差はないとか、自我もはっきりとしてないんだから自分という意識も希薄とかそういう疑問は俺も同意するところだ。
だが、俺は俺という部分だけは曲げられなくなってしまった。前世の俺は俺ではあるもののなんというか、ifの俺という認識だ。
実際、俺は年を重ねるに連れて前世での環境との違いや肉体のスペックの差からそういう思いが強くなり割り切れるようにはなった。ほら、双子や仮に全く同じクローンがいたとしても育ちの環境の差で全然別の人間になるとか言うだろ? そういう認識だ。
前世でこういう育ち方すると俺ってこんな感じだったんだなーって感じだ。
という訳で、俺は俺だけど前世の俺は苦い思い出として残ってるという事か。
さて、長くなって申し訳ないな。こんな話はおそらく二度としないだろうから勘弁してくれ。そもそもさっきも言ったが前世の俺の事はあまり思い出したくもないしな。
最初の疑問に戻ろう。何故俺は自分のこの境遇に悲嘆の感情を抱くのか。
それはこのルドラサウム世界で最も強大な存在――魔王と魔人。
これらに虐げられる人間という種に生まれてきており、更に俺はこの集落の王であり剣の王と呼ばれているからだ。
今の時代は力がモノを言う時代であり、弱肉強食の世界だ。
人間は魔物の脅威に晒されており、手を取りあい魔物を撃退しなければならない。それなら強い人間が先頭に立ち、戦うのは自然な事。かく言う俺も幼少期から自衛の為にも剣を振って必死に戦った。強くなるためにはそうするしかなかったからだ。そして俺には幸いな事に才能があったらしい。戦っていくにつれて直ぐに俺より強い奴は集落にいなくなった。
そして毎日毎日魔物と戦っていく日々で集落の王が魔物に殺されて死んだ。すると直ぐ様、集落の長老達は俺を次の王にと担ぎ上げた。長老達は隠居した王や強さ以外の能力を持った老人達でかなりの権力を持っているため、集落の人間は長老達の言うことに逆らわない。
というより集落での取り決めや運営は長老達が行っているため、実質一番の権力者は長老達だ。
王の役目は前線で兵を率いて戦うだけ。俺も長老達には逆らわない。というか逆らっても村八分にされるだろうしな。
自慢じゃないが俺は兵以外の集落の人間から化け物みたいな扱いを受けている。強すぎるため腫れ物扱いだな。さっきの女中達からは好かれているかもと思うかもしれんが、あれは演技だ。俺に媚びていれば多少良い生活を送れるしな。それを分かった上で俺は好きにさせてもらっている。俺も男だし、こういう時くらい王の特権を使って好き放題しないとストレスが溜まる。据え膳は食った方が良いに決まってる。
話を戻そう。俺が長老達を殺すなりなんなりして排除したところで、集落の人間がはいそうですかと素直に言うことを聞くのか。恐怖心から聞くかもしれないが、そういう恐怖政治なんかしたところで俺は仕事が増えて面倒なだけで楽しくとも何ともない。
かといって戦い続けるのは無謀だ。
魔軍だけなら別にいい。俺も剣技には自信があるし、負けない……と思う。実際ここまで勝ってきているしな。
だが、戦い続けていると近い内に魔人や魔王が来るだろう。そしたら俺に待っているのは死だ。
ひょっとしたら魔人には勝てるかもしれないが……戦った事がないためどれくらい強いのか知らんが、今の時代は確か無敵結界が無いためワンチャンある。
だが、魔王は論外だ。勝てるわけがない。戦わないタイプのホラーゲームの敵みたいなもん。
そもそもこの世界に生きてる存在では勝てるように出来ていない。それくらいめちゃくちゃな存在だ。この世界の主人公であらせられるランスは魔王に勝ったらしいが、魔王もランスもまだ俺自身は見ておらずどれくらい差があるのか分からないが到底信じられないし、未来の事であるため本当に勝てるとも言い切れない。
なんにせよこの世界に生きる者としては避けたい存在であることは確か。
ならどうするか。戦いに出ず逃げるか? 本心では女でも連れて、適当な所に隠れ潜んで楽して暮らしたい。しかし、集落にいる奴らはともかく俺についてきてくれる兵達を見捨てるのは避けたい。なら兵を連れて行くか?
それも無理だろう。兵には愛する家族もいる。戦友よりは家族の方が優先度が高いのは自明の理。当たり前の事だ。
俺は手に持った銀の直剣を眺める。そろそろ行かないとな。
今日も答えが出ないまま、俺は戦場に向かった。