※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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ムシ使い

 ――ルドラサウム大陸南方

 

 他の地方より温暖で乾燥した気候の大地に一つの集落があった。

 そこに住む人々は――普通の人間ではない。

 

「見てみてー! 私の紋様ー! 綺麗でしょー?」

 

「あら、良かったわねぇ」

 

「婆ちゃんに感謝しないとな」

 

「うん!」

 

 道行く人々は皆、褐色の肌に緑の髪。そして身体には一族特有の刺青。

 この刺青は、集落の人々にとって大切な風習であり、健康や様々な願いを家族に込められて彫るもの。

 立ち並ぶ出店では多くの食材が売買されており、活気に満ちていた。

 

「おいおい、そんなに食うのか? いつもより多いじゃないか」

 

「仕方ねぇだろ? 昨日から俺は六匹もムシがいるからな。こいつらの為にもちゃんと食わねぇと」

 

『わーい、ご飯ー』

 

「おうおう、ちょっと待ってろよ」

 

 普通の人間よりも遥かに多い食材を買っていった男は、何処からか聞こえてきた声と会話して踵を返した。

 だが、よく見てみるとそれは男だけではない。市場にいる殆どの人が人間一人が食べるよりも多い食材、最低でも三倍以上の量を買っていき、小さな子供ですら二倍の量の食事を取っていた。

 それは彼らの体内に居る存在が関係していた。

 

「へへーん、どうだ。昨日の儀式でとうとう二匹までムシを入れたんだぜ」

 

「いいよなー。俺も早くじっさまに認められてムシ増やしたいよ」

 

『よろしくね』

 

『こちらこそよろしく頼む』

 

 彼らの体内にいるのは――ムシ。

 大陸で自然発生した動物、昆虫、とり、サカナ、植物など、魂のない様々な生物の総称だ。

 この集落にいる人間はムシ使いと呼ばれる一族であり、このムシを自身の身体に宿し、共存していく人々である。

 ムシ使いはその身に宿るムシの分まで食事を取らなければならないため、一族全員がムシ使いであるこの集落では、食材の消費量は普通の集落の数倍以上。

 更に彼らはムシの好みにあった物を食べなければならないため、最もグルメな一族でもあった。

 

 そんな彼らの中でも一際目を引く存在がいた。

 

「がつがつ……おっ、やっぱ三丁目の爺さんの店のこかとりすの唐揚げは美味いな。……んっ、こっちのザワッスの味はちょっといつもと違うな。調味料変えたか……? これはこれで美味いけどよ」

 

「……あの人は流石というかなんというか」

 

「朝見かけた時も食ってたよ。というか一日中食ってる」

 

「……相変わらずよね」

 

 男の周囲には大量の食事が積まれており、それを次々に口にしては味の批評をしていた。

 大量の食事を取るムシ使いの中にあって更にその上をいく食事量。

 整った顔立ちに片目を隠す額当て。刺青が刻まれた肉体は鍛えられており、力強さを感じられる。

 彼こそがこの集落の長。

 ――獣の王、ガルティアだ。

 

 そんなガルティアの元に小さい影が近づいていく。

 

「ガルティア!」

 

「むぐむぐ、おっ、何だ小僧か。今日も来たのか」

 

 近づいてきたのはガルティアの半分程の背丈。ムシ使いの子供であった。

 その子供は少し怒ったようにガルティアに言い放つ。

 

「ガルティアがさっさとムシを沢山入れるコツ教えないからだろ!」

 

「いや、いつも……んぐ、大人になったら、もぐ……教えてやるって言ってるだろ、ごく、ぷはぁ」

 

「食べながら喋るなっ!」

 

 ガルティアは喋りながらも食事の手を休めない。ガルティアにとってはいつもの事ではあったが、少年は憤慨してしまう。

 食事を続けなければ体内のムシを飢えさせてしまうので食べることはやめないが、彼は器用に食べる口と喋る口が別であるかのように喋り始めた。

 

「……毎日毎日それ聞いてくるのは、何でだ?」

 

「え?」

 

「理由を教えろ。納得がいく理由なら考える」

 

 ガルティアは少し真剣な口調で問いかけた。すると子供は語気を荒くして、

 

「それは! 早く一人前のムシ使いになって魔物を倒すために決まってるだろっ!」

 

「…………」

 

「うっ……な、何だよ……」

 

「……はぁ、やっぱりな。おい小僧、ちょっと聞け」

 

「え? い、いや……」

 

「いいから聞け」

 

 ガルティアは予想していたのか、一度息を吐くと強い口調で少年に向かって聞けと迫る。その有無を言わせない視線と態度に少年は逆らえなかった。

 

「魔物と戦いたいってのはいい。お前の両親が魔軍にやられたのは俺も知ってる。腕の立つ奴らだったが、戦場だ、当然死ぬ時もある。その仇討ちがしたいのはわかる。その事について文句を言うつもりはねえ。何なら俺の責任でもあるしな」

 

「……っ」

 

 集落の長として先頭に立って戦うガルティアと少年の両親は友人だった。いつもガルティアの後ろに付いてきて戦っていた両者を、戦争で失ったのは偏にガルティアの責任でもある。

 だから、その事は咎めない。言いたい事はもっと別の話だとガルティアは語る。

 

「小僧だけが戦って死ぬなら俺は何も言わねえ。勝手にしろ。……でもよ――」

 

 ガルティアは敢えて厳しく少年を突き放した。そうしなければ彼と彼と共に生きる者の為にならない、と。

 

「――小僧が死んだらお前の中にいるムシはどうなるかちゃんとわかってるのか?」

 

「あ……」

 

 その言葉に稲妻が落とされたように目を見開く少年。

 なおもガルティアは続ける。

 

「わかってんだろ。当然死ぬ。それに付き合わされるムシはたまったもんじゃねえよな? 死ぬ前に躰から放せばいいって問題じゃねえぞ?」

 

「…………っ」

 

「お前のムシはそんな事を承知の上でお前に付いていくだろうな。ムシ使いとムシの関係性は人それぞれだ。俺が態々口出しする事もねえ。……だがムシの気持ちも考えてやらねえで何がムシ使いだ?」

 

 ガルティアはいつの間にか食事の手を休めていた。

 

「小僧にとってのムシは戦う為の道具なのか? 小僧にとってのムシは都合の良い――」

 

「……ち、違う!!」

 

 少年の強い声がガルティアの声を遮る。

 

「……へえ、じゃあ何だ?」

 

 少年はガルティアの問いに答えた。

 

「僕にとってのムシは……家族だ! 戦う為の道具なんかじゃない!」 

 

「……へっ、ちゃんとわかってんじゃねえか」

 

「えっ……?」

 

 ガルティアはふっと笑って気を霧散させると食事を再開した。

 目を丸くする少年にガルティアは最後のアドバイスを送る。

 

「その気持ちを忘れなきゃ上等だ――精々気張りな」

 

「あ――!」

 

 苦笑して料理を口に運ぶガルティアに少年は気づいたように目を見開いた。

 

「あ、ありがとうガルティア!」

 

「別に何もしてねえよ。それでもお礼がしたきゃ飯でも――」

 

 ガルティアがぶっきらぼうにそう言おうとした瞬間――

 

「――――敵襲――っ!!!」

 

 見張り台にいる者の声が集落に響き渡った。

 

「女子供は室内に隠れろ! 魔軍が来るぞ!!」

 

「男達は町を守れ! 兵は既に戦場に向かっている!」

 

 大声で飛び交う非常事態を意味する語句で、集落がざわつく中、ガルティアは頭を掻いた。

 

「おー、来たか。今日は早いな」

 

 何とも軽い様子で言うガルティアに少年が不安がる。

 

「ガ、ガルティア……」

 

「心配すんな小僧。ちょっと食い足りないのが不安だけどな。さて――」

 

「――こんなところで何を油を売っておるガルティア!!」

 

 ガルティアの言葉を遮ったのは背を丸めた老人だった。

 その者の肩書を少年が呟く。

 

「ちょ、長老……」

 

「じっさまか。どうした?」

 

「どうしたじゃあるまい!! 今日は町の外で待機じゃと言うたじゃろうが!!!」

 

 怒り心頭の様子であるムシ使いの長老にガルティアは決まりが悪そうにする。

 

「いや、腹が減ったからちょっと戻ってきただけさ。食い終わったら戻ろうかと……」

 

「朝から食い散らかしといて何が戻ってきたじゃ!」

 

 まったく、と長老は苛立ちが収まらない様子でガルティアを睨む。

 

「それもこれもお前がさっさと魔軍を退けんから……」

 

「おいおい無茶いうなよ。向こうの数が多すぎるんだ。これでもよくやってる方だぜ?」

 

「それでも何とかするのがお前の仕事じゃ!」

 

 獣の王と呼ばれる一番の戦士であり、町の食料を一番に消費する大食らいのガルティアの責任なのだ。そう長老は言う。

 

「……それを言われちゃ立つ瀬がないな。ま、仕事はこなすさ」

 

「ふん! なら、さっさといけ!」

 

「へいへい……」

 

 やれやれと言わんばかりに立ち上がるガルティア。長老はいつも大体こんな感じだ。慣れたものであり特に思うところもなく準備をする。

 愛用の剣を手に取りながら、ついでとばかりに少年に向き直る。

 

「小僧もお家に帰りな。ちょっくら奴さん追い返してくるからよ」

 

「ガルティア! 早くせんか!」

 

「……行った方がいいんじゃない?」

 

「……だな。やれやれ、本当にせっかちなじっさまだ」

 

 そう言って今度こそガルティアはその場を後にし、戦場に向かっていった。ガルティアが町を立体的に動いて最短で飛び回るのを見送る。

 その場には少年と長老だけが残った。

 

「……お主もガルティアにあまり関わるな。邪魔になる」

 

「は、はい。ごめんなさい……」

 

「ふん……!」

 

 最後まで苛立ちながら鼻を鳴らすと、長老は去っていった。

 少年は苦々しい気持ちになりながらも戦場に向かったガルティアを思う。

 

「ガルティア……」

 

 今にも戦場の音が風に運ばれてきそうな町の中。

 少年はその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 ――ムシ使いの集落、北の荒野

 

 乾燥した大地では両軍が既に激しい戦闘を行っていた。

 

「進め進め――!! 今日こそこの土地を、奴らの血を魔王様に捧げるのだ!!」

 

 攻勢を仕掛けるのは魔軍。

 魔物将軍は声を張り上げ、部下を激励する。

 魔王様からこの地の攻略を任されてきて既に数年。この地にいる魔軍の中では古参の魔物将軍は自身の作戦の是非を見返す。

 策という程のものでもないが。ただ、兵を2つに分けてひたすら連日襲撃し続けるだけだ。

 兵の数ではこちらが圧倒的に上。故に一日毎に攻める軍を分けて相手に休む暇を与えない作戦だ。

 

 そうしているのには理由があった。これも単純な理由、奴らは人間の中でも格段に強いから。

 最初は全軍で攻め込み、数で押し潰そうとしたが奴らのその強さ、特異性に少なくない被害を受け、痛い目を見た。

 何せ相手の兵の多くは魔物兵と互角以上に持ち込み、中には魔物隊長や魔物将軍を倒せる人材が居り、それどころか魔人すら倒してしまった人間がいるのだ。その時は兵達の戦意を立て直すのに苦労した。

 

 バカ正直に力技で勝てるという考えはこの時に捨てた。幸い、奴らは食事を満足に取れなければ力が大きく落ちる。出来る限り補給の暇を与えず、疲労を蓄積させる方がいいと踏んだ。

 今の数倍の兵力を持って包囲すれば流石に倒せるだろうが、魔軍の戦場はここだけではない。それだけの人数をここに集めてしまっては他の戦場に支障をきたすかもしれないし、魔王様に泣きつくような情けない真似は出来ない。

 

 一応、この地ではそれなりの被害が出るため定期的に援軍が送られてくるが、派遣されてくる将兵は何もわかっていない。それも仕方のない事ではある。人間など、本来は脆弱な生き物。ここの奴らが例外なだけだ。

 奴らには気をつけろ、と言って聞かせてみてもやはり心の何処かに慢心があるのか犠牲は減らない。

 

 毎日鬱屈たる日々だが、悪いことばかりではない。

 聞けば、今日か明日には援軍が送られてくるらしい。それも魔人と一緒に。

 更に聞けばその魔人は新しい魔人四天王に選ばれる程の実力者で、魔王様直々に魔軍に関わる魔軍参謀という大任を任せられたらしい。

 聞けば聞くほど頼もしい限りだが、出来れば少し、成果を報告出来るようにはしておきたい。今日の戦場はどうなるか。

 前線は意外と膠着状態だ。

 

 今日はひょっとすれば――

 

「で、伝令!」

 

「――どうした!」

 

 魔物兵が駆け寄って報告してくる。どうやら焦っているようだが、まさか……。

 

「さ、左翼で……敵が……」

 

「いいから早く言え! 左翼で何があった!!」

 

「左翼で、多くの魔物兵がやられています! その中には魔物隊長も何体か……」

 

「ちっ! ええい、さてはまたいつものパターンか!? ちょっと待ってろ! 策を考える!」

 

「えっ!? どのような状態かまだ……」

 

「大体分かる! 誘われたところをアレで一網打尽だろう!」

 

 魔物将軍は前線での被害を受け、対応を考え始めた。

 

 

 

 

 

 ――戦場左翼。

 そこでは魔軍にとっての悪夢が広がっていた。

 

「な、何なんだよこれ――!!??」

 

 魔物兵は自身の身体に起きた変化に絶叫する。身体が溶け始めているのだ。

 そういったおかしな症状は彼だけではない。

 

「痛ぇ――! く、苦しい――死ぬ……っ」

 

「身体が痺れて動かねぇ……!」

 

「うおおおおっ! あっちにお花畑が見えるぞぉ――!」

 

 症状は様々。彼らが受けたものは即ち――

 

「喰らえっ!」

 

「ぎゃあああっ!? 痛ぇ――っ!?」

 

 ――ムシ使いが使う猛毒であった。

 

 魔物兵達は何故か敗走していくムシ使いの兵を追撃しようとしたところで気づく。地面に毒が撒かれているのだ。

 それに気づけば今度はムシ使い達が反転し、毒の追い打ち。そしてそのまま突撃してくる。

 その地面には猛毒が撒かれている筈だが――ムシ使いに毒は効かない。

 

 彼らは魔物よりも遥かに高い耐性と抵抗力、そして自己再生能力を持っているため普通の人間が触れただけで死ぬような猛毒ですらピリッとする程度にしか感じない。

 故に毒を戦場で撒き散らすような戦術が使えた。

 

 だが、中にはムシ使いと同じように毒に耐性を持った魔物もいる。

 

「死ねえっ!」

 

 手に持った斧をムシ使いに振り下ろす。

 するとムシ使いは突如、身体の動きを止めて構える。

 

「――ふんっ!」

 

「な、なっ……!?」

 

 魔物兵が振るった斧がムシ使いの肌に触れた途端、硬いものにぶち当たった時のように弾かれる。

 

「隙ありっ!」

 

「ぎゃああっ!? あちい――っ!?」

 

 その隙を突いた他のムシ使いが放つ炎に焼かれた。

 ムシ使いは入れたムシによって様々な能力が行使出来る。毒、硬質化、火炎放射、飛行、探知等――それは様々でありそれらの能力を戦場にいるムシ使いは最低四種類は会得している。

 ムシ使いは入れるムシの数で実力が決まる。四匹で一人前のムシ使いと認められるのだ。当然、兵達はその中から選ばれている。

 

「くそっ、何なんだこいつらは――!?」

 

「がふっ――!」

 

 この状況に毒づきながら何とかムシ使いを倒す魔物隊長。

 それを見たムシ使い達が大声で仲間に呼びかける。

 

「おい! 仲間がやられたぞ! 囲め――!」

 

「ぐぅ……人間如きが――っ!!」

 

 何人かのムシ使いに攻撃され、魔物隊長が激怒したように剣を振り回して何人かを吹き飛ばす。

 

「強いぞこいつ――!」

 

「応援を呼べ――っ!!」

 

 多勢で魔物隊長を仕留めようとするムシ使いの兵に魔物隊長は苛ついた。

 

「ええい! どれだけ呼んでも返り討ちにしてやる――!」

 

「――おお、そうか。んじゃ行くぞ」

 

「――――え? ガハッ――」

 

 突如、現れたムシ使いの剣を腹に突きこまれて魔物隊長は絶命する。

 

「よっと」

 

 死んだ魔物隊長の腹から彼が剣を抜く。その剣は赤く、刀身に骨のようなギザギザが付いた細身の長剣だった。それを振るうのは集落の長である青年。最強のムシ使いである獣の王。

 その姿にムシ使い側の兵が沸き上がる。

 

「ガルティアが来たぞ――!!」

 

「よし、遅れを取るな! 続け――!!」

 

 逆にその一方で反対側、ガルティアを知る魔物兵はその姿に身体を震わせる。

 

「ひぃいっ!? あいつ、前に魔人を倒した奴じゃねぇか!!」

 

「化け物じゃねぇか!?」

 

「こ、殺される――」

 

 口々に怖気づいたような言葉を吐き、戦意を半ば喪失させる。

 

「おし、敵さんびびってるな。突っ込むぞ」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおお――っっっ!!!」

 

 ガルティアが先頭切って敵陣に向かっていき、背後から兵達が追随した。

 左翼は完全にガルティアの――ムシ使い達の独壇場だった。

 

 

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