食堂にて昼食を取っていた魔人ガルティアは、心ここにあらずといった様相で上階の激震を聞いた。
その響きの正体は解る。ここ最近、時たまに起きるこの現象を引き起こしているのは、
……レオンハルトか。
ガルティアの友人ともいえる魔人。
そのレオンハルトは無敵結界を得た日に倒れ、それからというもの、よく解らない黄金像集めに精を出している。
懸ける熱量は異常であり、失敗が続く苛立ちから、魔人相手に戦いを挑むことが多くなっている。
それ自体は珍しいことではないが、レオンハルトの様子に違和感を憶えるのも確かだ。
普段であれば――いや、あのレオンハルトが冷静さを失うほどのことが、起きている。それは何かは解らない。しかし、何となくではあるが、
……身内の誰かか……やっぱスラルに何かあったか。
確証は無いが、そうではないかと思う。
スラルに何かが起きた。ないし、何かが起きる。というのなら、レオンハルトがあれだけ取り乱しているのにも納得がいく。それだけ大切に想っているからだ。
ゆえに自分も、よく解らないが黄金像集めとやらに度々出かけている。成果は出ていないが。
……何もないならその方がいいな。
ひょっとしたらこれはレオンハルトの暴走であり、大したことなかったりするのかもしれないが、それはそれでいい。ただの笑い話になるだけだ。
しかし、そうでないのなら――
「……うーーーむ。どうすっかな……」
首をひねりながら考えるもいい考えは浮かばない。そもそも何が起こっているのかも、レオンハルトの考えも、スラルの考えも、何も分からないからだ。
自分に出来るのは今の所、言われたことをやるくらい。後は、何かを求められた際に動いてやれる様にしておくくらいだ。
「……まあ、なるようにしかならねえだろ。――おっと」
そうしてガルティアは料理を口元に運んだが、そこで再び、上階からの激震が来た。振動が伝わりテーブルが揺れる。持ち上げていた汁物料理が零れそうになるのを、バランスを取ることで回避する。上を見上げ、
「レオンハルトのやつ、今回は激しいな。よっぽどノッてるみたいだ」
あんまり被害が大きくなるようなら止めねえとな、と、軽くそう思い、ガルティアは食事を再開させた。
魔王城の廊下では、音が鳴っていた。
何かと何かがぶつかり合い、金属音が鳴り、風を起こし、周囲に傷を作りながら響かせていく。
常人では、まともに可視することすら出来ない戦闘。それを行なっているのは二体の魔人だった。
一際大きく金属音が鳴ると、それとほぼ同時に魔人レオンハルトの姿が現れる。
しかし風は止まない。未だ空間の中には、高速で飛び続ける魔人の姿がある。
「――ッ」
不意にレオンハルトが、横薙ぎに魔剣を振るうと、何かに当たった音がしながらも再び風が吹く。その手応えを感じ取って、レオンハルトは笑みで言った。
「――さすがだな。目で追いきれねぇ……!」
「――――」
返答は攻撃で行われた。
高速の見えない攻撃が、背後からレオンハルトを襲う。それを行なっているのは最速の魔人であるメガラスだ。
その攻撃速度は、魔人となったレオンハルトを以ってして完全に捉えきることが出来ないもの。しかし、以前と違い、
「もっとも、為す術無くやられた昔に比べれば上出来か? 俺も成長したもんだな」
ク、と笑う声を響かせながら、レオンハルトは言う。メガラスの動きを気配と動きの読み。そして勘で捉えながら目を細めると、
「さて、それじゃあ数百年振りに攻略させて貰うか。胸貸してもらうぜ、最速の魔人さんよぉ!!」
魔人メガラスは、レオンハルトが声を上げたのを空中で聴いた。
数瞬後に斬撃が宙を擦過してこちらを狙ってくるのを余裕をもって躱す。再び攻撃に出ながら、
「――そこかッ!」
「――――!」
しかし斜め後ろから行なった高速の攻撃は、レオンハルトによって防がれ、さらには同時の反撃を行なってくる。
それを回避しながら、
……やはり、速いな。
レオンハルトの速度。その中でも剣を振る速度に限ればこちらと同等以上の速さを持つ。
そのため、高速の攻撃を行なっても、察知されたところで防御が間に合い、セットとして反撃が飛んでくる。
メガラスは自身の速度を思い、その事実に感嘆を得る。
自分は、自他共に認める最速の魔人だ。速さに対する自負、挟持がある。
ただのホルスであった頃より、速さに憧れと重きを置いていた自分は、魔人となってその速さを更に極めた。
その速度は最高速にして音速の約三倍。これを超える者は世界に一匹しか存在しえない。
魔人であろうと自分の姿を捉えきることは至難の技であり、人間や他の生物では為す術無いほどの速度。
相手の攻撃は掠りもせず、常に有利な位置を取り、相手の傍を通過するだけで、音速によって巻き起こされた衝撃と風が、大気の圧となって相手に叩きつけられる。直接ぶつかれば、その威力は絶大だ。自身の膂力は魔人の中でも強い方ではないが、速度はそれを補える。
超音速で移動することによる負荷は問題とならない。
魔人となった際に自身の身体は、音速を超える速度を手に入れるのとともに、それに耐えうる身体に変容した。
白い外骨格がその最たるものだ。硬さには自信がある。速さの次にではあるが。
そんな圧倒的な速度を持つこちらに、相手は反応した。
魔人レオンハルト。魔人筆頭、魔軍参謀である人間の魔人だ
最初の出会いは、魔王スラルの命令を受けたことが切っ掛けだ。命令を受け、その通りに実力を試した。
結果はこちらの勝ちであったが、手加減していたとはいえこちらの速度に僅かながらでも反応してみせた人間に、実力に問題は無し、と魔王スラルに告げたことで、結果的にレオンハルトは魔人となった。
こちらは関わりを持つことを避けたが、仲間想いで、冷静かつ優秀な戦士であったはずだ。それは魔人になった際の取引もそうだし、普段のレオンハルトを見ていればそれは理解る。
他の魔人と比べても、レオンハルトとその仲間といえる魔人達は、正直に言えば好感触だと言っていい。嫌いではない。
だが、
……何故、こうも苛立っている?
それが分からない。
自分達魔人が無敵結界を手に入れた日より、レオンハルトは様子がおかしくなった。
以前のレオンハルトであれば、戦士として、自分より明らかに劣る者を死ぬ直前まで追い詰めるようなことはしなかったはずだ。
それも何の理由もなく。それは、自分と同じ戦士として許されることではない。
また同じ魔人が一方的に殺されるところを、見て見ぬ振りで通すのは戦士としての矜持に反する。
ゆえに行く。止める。
メガラスは再加速を掛けた。腰の加速器が音を響かせる。
正面にレオンハルトを捉える。そのまま攻撃の突撃を行おうとしたところで、
「――っ!?」
メガラスは咄嗟の判断による回避を行なった。
それは後方へと加速する様に逃げる軌道だ。そうせざるを得ない。
回避を選択した己の判断は正しかったと、直ぐに理解出来る。眼前、三つの斬撃の内、縦の一つにより穿たれた床がある。他の二つは、左右から挟み込む形であった。避けるには後方しかない。
回避に成功したこちらを見てレオンハルトが口端を釣り上げる。軽く感心するような息を漏らしながら、
「へぇ、やっぱさすがだな。これを回避するとは。――ならよ、これはどうだ?」
と、レオンハルトは剣を持っていない左手を翳すように前に出した。
するとそこから光が発生する。魔力光だ。
ゆえに声とともに発生するのは、
「――炎の矢!」
「…………!」
回避不能の魔法の矢である。
……なるほど。
メガラスは相手の狙いを理解して得心する。
確かに魔法であれば必中の特性がある。範囲系や直線の魔法でないのなら、魔法はこちらを追尾してくる。
炎の矢くらいであれば威力はそこまでではない。しかし、攻撃を受けたことによる硬直は一瞬だが起こる。すると隙が出来たこととなり、相手は攻撃を当てられる。
だが、
……そんな手が通用するものか……!
メガラスは行動した。
速度を上げ、壁際に移動する。
当然、魔法はこちらを追尾するが、敢えて速度を落としながら、こちらに当たる直前で、
「――――!」
メガラスは再加速を行い、一気に壁際から駆け抜けた。
瞬間、背後で炎の矢が壁に激突した。
「へぇ……!?」
レオンハルトは、メガラスが起こした行動を目撃した。
こちらが放った炎の矢に対して、メガラスは壁際まで逃げると、
……加速で、強引に振り切ったのか……!
確かに魔法は絶対命中するという特性がある。
しかし範囲系の火爆破などであれば回避は難しくない。直線にくるレーザーの様な攻撃も同様だ。
それ以外の追尾する特性を持つ魔法。しかしその魔法の速度を、メガラスは越えてきた。
考えてみれば当たり前の話だ。仮にどこまでも追いかけていく仕様であっても、メガラスの足を止めない限り、魔法は目標に追い付けず、その機動力に揺さぶられて自壊する。
なにせ前に進む間に背後に回っている様な相手だ。そこまで急激な方向転換は出来ない。
魔法を食らわないための抜け道はそれなりに存在するのだ。ゆえに剣と同じ。それを当てる為に牽制やフェイントなどの伏線を張り、考えて放たなければ、どれだけ強力な魔法も効果的にはなり得ない。
そのことを再確認したレオンハルトは、やはり剣を再度構える。
軽い気持ちで魔法を放ってみたが、あまり効果はない。火爆破やそれ以外の魔法も、ただ放つだけでは意味を成さないだろう。
それに、やはり剣で攻略したいものだ。自分は剣士。剣を振るう者だ。戦いには剣を使うのが好きだ。そう思い、
……ああ……やっぱ、戦いはいいな。
気づけば頭痛も引き始めている。苛立ちも今だけは気にならない。
確か昔も、自分はこの様にして息抜きを行なっていたものだ。
世界への恨み辛み。周囲の環境。自分の境遇。自己の所在。
それらに対する憤りを、戦うことで発散していたのだ。
自分は、この世界に生まれた一つの個だ、という自負がある。
しかし、俺はこんな世界は嫌だ、と心では否定している。
その願いは、圧倒的に矛盾している。
こんな救いのない世界はいらない。ここは俺が生きる世界だ。
――この矛盾を解決する方法は何だ?
世界を認めること? 自己を曲げること?
――違う。
――それは、
「…………ああ」
――なるほど。そうか。
「簡単な事だ……」
レオンハルトは、魔剣オル=フェイルを掲げ力を込める。
掛ける言葉は、同情のものだ。
「お前も、世界を壊してぇんだな……?」
そう。矛盾しない解決方法がそれだ。すなわち、
――己を曲げず、しかし、今の世界を壊す。
「ハハッ……何だ。最初からそうすりゃ良かったんじゃねぇか……」
出来るか、出来ないか。そんなことはどうだっていい。
ただ世界に、己の怒りをぶつける。その後のことは後から考えればいい。
だから、
「――――」
今は思う存分、暴れてしまえばよい。
「っ……!?」
メガラスは、眼前で起きた現象に驚愕を感じた。
レオンハルトが右手に持つ魔剣。その刀身から、光が漏れ出している。
しかしその光は、輝かしくも、禍々しさを感じさせるものだ。
剣気が溢れ、大気を震わせる。
何かが収束していく様な音が鳴り響き、実際に刀身は時間が経つにつれて光量を増していく。
……危険だ!
メガラスの戦士としての勘が告げた。
あれを放たれれば、自分は負ける。否、負けるだけで済むのかも疑問だ。
身体を消し飛ばされてしまっても不思議ではない。回避は可能かもしれないが、その確証はないし、本能が危険を訴え続けている。
「――っ!!」
ゆえにメガラスは駆けた。
やれることは、あの輝きが放たれる前に、レオンハルトを無力化すること。剣を弾き飛ばすことでもいい。
時間は問題でない。メガラスであれば、レオンハルトに到達するまでの時間は一秒も経たないものだ。
しかし、それが出来るかどうかは解らない。判断する前に、メガラスは前に出た。
同時、レオンハルトは声を出した。
その音は妙にゆっくりに感じられ、
「オル――」
「っ……!」
間に合うか。否、間に合わせる。
メガラスは加速を掛けた。
ハイスピード。
魔人メガラス、最速の攻撃である必殺技。
その結果が出る前に、
「――レオンハルトっ!!」
「――ッ!」
「……!」
二人は別の声を聞いた。メガラスは、その正体に直ぐ様気づく。
……魔王スラル。
白い髪に赤い瞳。人間の少女に見える魔王が、強張った顔つきで廊下の先に立っている。
その姿を見て、呼びつけられた本人であるレオンハルトは、振るわれる半ばであった剣を止め、
「す、スラル……」
震えた声で彼女の名前を呼ぶ。
対するスラルは、かつかつと、戦闘の余波でぼろぼろになった床を真っ直ぐに歩いて、レオンハルトの元に向かっていく。
その様子を、レオンハルトは俯き、悲痛な面持ちで見詰めていた。まるで親に叱られる、と怯える子供の様だ。
「……レオンハルト」
やがて、スラルはレオンハルトの直ぐ目の前、手を伸ばせば触れることの出来る距離まで行くと、彼を見上げ、
「……っ」
ビクつくレオンハルトの手を取り、
「色々やっちゃったみたいだけど……とりあえず、来て」
「な、にを……?」
というレオンハルトの問いに、スラルは怒りではなく、苦笑の表情で、
「――お話。一緒にお話したいの」
だから、と。
「いつもみたいに、私の部屋で」
「…………あ、ああ……」
ただ頷くことしか出来ないレオンハルト。彼が魔剣を空間に収めたのを確認すると、スラルはメガラスの方に視線を向け、
「……ごめんね。迷惑掛けて。しばらく休んでていいから、この惨状をどうにかしてもらうよう適当な魔物将軍に言っといてくれる?」
「…………」
「ん、ありがとね。それじゃ、私達は行くから」
その言葉に頷いたのを見てお礼を言ったスラルは、レオンハルトの手を引いて廊下の奥に消えていった。
短いけどこれが100話。もう100話かぁ……感慨深いね。
残り3話か4話。