※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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スラルの選択

 レオンハルトはスラルに手を引かれて、そのまま彼女の私室まで連れて行かれた。

 道中の会話はあまりない。時折、スラルの方が軽くこちらに振り向き、

 

「もうっ、レオンハルト? ちゃんとご飯食べてないんでしょ。いくら忙しくても、ちゃんと食べないと駄目よ」

 

「……あ、ああ。そうだな」

 

 と、何気ないことを言っては、レオンハルトが頷く。それだけの会話が行われる。

 他にも、やれ寝ないのはよくない、だの、あまり根を詰めすぎるのはよくない、だの、色々と注意喚起を行なってくるのだが、その全てにレオンハルトは頷くしかない。

そもそも、レオンハルトとしてはそんなスラルの様子に不可思議を感じ、いっそ不気味に見えてしまっていた。彼女の様子は、至って普通、普段どおりであり、何も含むところがないように見える。

 ……何故だ……?

 怒ることも、悲しむことも、失望することもしない。彼女の口から出てくるのは軽く注意する言葉だけ。しかも、全く関係のないことだ。

 それとも自室に着いてから、その辺りを口にしてくれるのだろうか。いや、そうに違いない。こんな誰が通るかもわからない場所で話すことではないだろう。

 しかし、

 

「さ、入って。散らかってるけど……き、気にしちゃ駄目よ? 色々と見られたらまずいものもあるし……」

 

 そう言いながらスラルは自分の手を引いてベッドの縁まで行くと、そこに自分を座らせた。その隣にスラルも腰を下ろす。部屋の中は彼女が言う様に散らかっている。その多くが本棚から抜き出されたであろう本の山だ。薄暗い部屋の中で、明かりは殆ど灯っていない。自分達がいるところだけを照らして、スラルはこちらを見上げる。

 

「それで、何でまたメガラスと戦ってたの?」

 

「……それは……」

 

 続く言葉が出てこないこちらに対し、スラルは仕方ないと言わんばかりの苦笑を浮かべ、

 

「まぁ、どうせいつもの戦うの大好き病が発症したんでしょうけど。少しは抑えないと駄目よ?」

 

「…………」

 

 またしても軽く注意するだけの言葉。これくらいであればいつものことだ。

 何故――

 

「ちょっとレオンハルト? 聞いてるの? 私としては、戦ってるところも好きだからいいけど、周りのことも考えて――」

 

「――何でだ?」

 

「……え?」

 

 気づけば、言葉を放っていた。

 心の内にある疑念を叫ぶようにして言葉にする。それは、

 

「何故俺を責めねぇ!?」

 

「……責める?」

 

 スラルが疑問する様に首を傾げる。それに応答する言葉は、重ねられた疑問であり、

 

「何故何も聞かない!? 色々と聞くことがあるはずだ! なのに、何でそんないつも通りでいられる!?」

 

 怒ることが、悲しむことが、絶対にあるはずだ。何故なら、

 

「お前がこうなることを、俺は言い当てたんだぞ! だったら聞くことがあるだろう!? 責めることが、怒ることが、悲しむことがあるだろう!? 何故変わらない様子で俺と接することが出来る!? 何故――」

 

 そこで言葉は一度止まった。心が頭が、それを口にすることを拒否する。

 しかし構わず言った。それは、

 

「何故……俺のことを、嫌いにならねぇ……?」

 

「――――」

 

「嫌いになっても、おかしくねぇはずだ……!」

 

 再度の言葉を浴びせる。

 自分がしでかしてしまったことの大きさ。それを思い、レオンハルトは声を荒げる。震えた声で、

 

「俺は――」

 

「……レオンハルトっ」

 

「っ……!?」

 

 突如、声が遮られる。それはスラルが起こした行動の所為だ。

 続く言葉を放とうとしたこちらに対し、スラルは名前を呼びかけながら、

 

「――好き、好きっ。大好き。レオンハルト、好き」

 

「っ、スラ――っ、お前、っ、何を――」

 

 こちらの身体に飛び込み、幾度となくキスを落としてくる。

 ……何だ、一体……!?

 彼女の急すぎる行動に頭が混乱を極める。

 好き、と何度も声に出し、何度も口を離しながらのキス。それがしばらく続く。

 戸惑いの極地にいながらも、レオンハルトはやがてそれを受け入れざるを得なくなっていく。止めようとしてもスラルは止まってくれない。乱暴に押しのけることも出来ない。そもそも力は向こうの方が上だ。

 ゆえに黙ってそれを受け止め続ける。段々と身体が熱くなり、互いの紅い瞳が虚ろに、熱くなっていくと、

 

「――んぅ……」

 

「っ、はぁ……!」

 

 そこでようやく、スラルは口を離した。

 お互いに呼吸を整えながら気持ちを落ち着けていく。

 そんな中スラルは、身体の上に跨ったままこちらを見上げ、

 

「……どう? わかった?」

 

「……何がだ……?」

 

 訳が分からず言うと、スラルは軽く呆れるように息を吐きながらも答えを言う。

 

「私が、レオンハルトのことを好きだってこと」

 

「……だが、俺は――」

 

「……知ってたんでしょ?」

 

「――――」

 

 続く言葉にレオンハルトは息を呑む。スラルはやはり、笑みのままで、

 

「でもそれを忘れていて、私の言葉を聞いてから、それを思い出した。――違う?」

 

「……そうだ」

 

 的確に言い当てられ頷くしかない。それを皮切りに、こちらも言葉を尽くす。

 懺悔をするように、

 

「知っていたんだ……! なのに、俺はそれを思い出せない。こうなった今でさえ、俺は思い出せないんだ。思い出そうとしているはずだが、思い出すのを拒否しているようにも思える……! 俺は一体、何者なんだ……!?」

 

「……そんなの簡単でしょ」

 

 と、スラルはそんな心中の吐露にさえ、微笑で答える。

 こちらの頬をその小さな手で撫でながら、

 

「レオンハルトはレオンハルト。この世界に生まれた人間で、とっても強い魔人で、剣が好きで、戦うのが好きで、仕事に真面目で厳しいところがあって、でも優しいところもあって、格好良くて――」

 

 そして、

 

「世界一大切な――私の大好きな人。それが貴方」

 

「――――」

 

 愛おしそうに、視線を合わせながら想いを言葉にされる。

 だが、と声に出そうとして、言葉にできないこちらを慈しむ様に見ながら、

 

「欠点も含めて、全部好き。知らないはずのことを知ってたって、貴方が大切なことには変わらない。多分それは、他の人も同じ」

 

「っ、他の人も……?」

 

 頷きが返ってくる。他の人とは、

 

「ガルティア。ケッセルリンク。キャロルやハンティ。他の人達も、貴方が何者だろうと、仮にとんでもない秘密があったとしても、築き上げてきた関係は変わらない。私は貴方が大切で、レオンハルトっていう貴方個人に、皆は色んな想いを抱えているの。それだけは変わらない」

 

「…………」

 

 レオンハルトは、内心で疑念が渦巻いていた。

 ……何でだ?

 何故自分は、いや、スラルは、

 ……そこまで理解しておいて、自分を愛せる?

 それとも理解が足りていないのか。ならば言おう。

 

「……俺はもしかしたら、この世界の人間じゃないかもしれない」

 

 そうではないと思いたい。しかしそういう可能性――否、そういう解釈も出来る。

 しかし、

 

「……そうなんだ。それってよく解らないけど、前世とかそういう話? それとも、生まれたときに異世界から来たとか?」

 

「……前者だ。生まれた時から、別の知るはずもない知識や記憶があった」

 

「ふーん……」

 

 しかし、それを打ち明けたというのに、反応が薄い。ただ、そうだったんだ、という理解以外に感情が見えない。

 何故だ、という疑念を抱く前に、スラルは言葉を口にした。

 

「……私、ひょっとしたら人間じゃないかもしれない」

 

「……は?」

 

 不意の発言に今度はこちらの思考が固まる。

 スラルは台詞を続けた。

 

「正確には、人間の時の記憶がないってことになるのかな。気がついた時には“人間の魔王”としてこの世界にいた。それが私」

 

 正直なところよく解らない、と、スラルは呟く。

 

「だから本当は人間じゃないかもしれないし、記憶が無くなってるだけで、本当は普通の親がいる人間の子供だったのかもしれない。……でも――」

 

 と、そこでスラルはほんの少し、顔を俯かせ、

 

「私は……最初から孤独だった。自分と縁がある者は、周りに誰もいなかった。自分が人間だったとは理解していても、人間の時の記憶がないなら、生まれた時から魔王だとしても同じことよね」

 

「それ、は……」

 

 スラルの悩みを理解する。人間の時の記憶がない。

 それは自分が何者であるかというルーツが解らないということに他ならない。最初の記憶は魔王であった時のもの。ならば人間であったと理解していても、実感として己は魔王でしかなく、

 

「ずっと人間になりたかったの。魔王になんてなりたくなかった。――でも、私は生まれたときから魔王だった」

 

「…………」

 

 記憶がある自分と、記憶がないスラル。

 正反対であっても抱える悩みは同じだ。

 ……自分は何者なのか。

 だが、

 

「もっとも、今はそこまで思い悩んでるわけじゃないけどね。……それで、聞きたいんだけど……」

 

 と、スラルはその悩みを一蹴し、こちらに目を向けて問いを投げた。それは、

 

「――これを聞いて私のこと、嫌いになった? 他の人がこれを聞いたら、嫌いになるかな?」

 

「――!」

 

 レオンハルトは鼓動を跳ね上げた。それは、気付き、と、否定によるもので、

 

「嫌いになんてならねぇ!!」

 

 そんなわけがない。ありえない。この程度で嫌いになるはずがない。

 そしてそれは、相手も同じことで、

 

「……わかった? そんなことはどうだっていいの――って、私も最近思ったことなんだけどね」

 

「……ああ。わかった。わかったよ――痛いくらいに」

 

 しかし、だからこそ、心にくるものもある。

 それは自分がしでかしたことだ。

 

「……俺は、お前を助けたい。ずっと一緒にいたい。だから――」

 

「あ、そのことなんだけどね」

 

 と、再びスラルはこちらの言葉を遮るように言った。

 軽い様子で言うその態度に、少しだけ期待する。もしかして、何か方法があるのかもしれない、と。

 だが、その期待は直ぐに裏切られた。

 

「私がこれから先……死ぬまで――私は普段どおり、貴方達と過ごしたい」

 

「なっ――」

 

 反射的に出た声は、しかし言葉にならず、一度止まる。一息、落ち着いて改めて声に出すのは、

 

「っ、それは駄目だ。いや、それは嫌だ。何でそんなことを……そんな――」

 

「……ごめんね?」

 

「っ……」

 

 一声でこちらの言葉を、結果的に封じる形になったスラルは、そのまま続けて理由を口にした。

 

「方法は確かにあるかもしれない。でも、その僅かな可能性に賭けて皆を苦しませた上、残りの時間を怯え、不安のまま過ごすより……貴方達と幸せに暮らしたいの」

 

「――――」

 

 言葉は口に出なかった。考え直す様に説得する言葉も、只々嫌だ、と自分の内心を吐露するような言葉も。

 何故なら、スラルの表情は、既に決めているように穏やかで、

 

「ごめんね。……でも、50年って結構長いのよ? 日数だと18250日もあるんだから。何度だってキス出来るし、デートにだって何回もいける。皆と遊びにもいける。それだけの時間、幸せでいられる。普通の人間なら、大往生よね」

 

 だから、と。

 

「――お願い」

 

「っ……!」

 

 ……ずるい……。

 レオンハルトはそう思う。

 本当にずるい。何もかもが。

 

「……ずるい」

 

「……うん」

 

「……お前にそんなこと言われたら……俺は嫌でも従うしかない。そんなこと聞いちまったら――」

 

「ごめん。でも、レオンハルトも出来れば私と楽しんでほしい。じゃないと、私も素直に楽しめないから」

 

 本当にずるい。そして、度し難い。

 だが、

 

「……難しい、ことを、言ってくれるな……。お前が死ぬことを受け入れて、その上で普段どおり過ごせってか……?」

 

「……ごめんね。自分勝手で」

 

「ああ、本当にな……」

 

 と、レオンハルトは乾いた笑いを洩らしながら、

 

「……50年。50年、か……」

 

「短い時間よね。――魔人にしては」

 

「……ああ、そうだな。――人間としては、長い時間だ」

 

「……私、これからはもっと皆と関わっていきたいな」

 

「……なるほど。確かに、素直なお前は可愛かったぜ」

 

「……ありがと」

 

「…………」

 

 レオンハルトは、スラルが首に手を回してくるのを黙って受け入れた。

 その温もりが、とても心地よくて、愛しくて、心が満たされているのに。

 

 ――何故、こんなにも胸が痛いのか。

 

 

 

 

 

 ――それからしばらくして、レオンハルトは黄金像の探索中止を言い渡した。

 

 

 

 

 

 皆が寝静まった頃。

 スラルは、不意に目を覚ました。

 

「ん……」

 

 ベッドの上。隣には、裸のまま泥の様に眠るレオンハルトの姿がある。

 やはりよっぽど疲労が溜まっていたのだろう。体力的にも精神的にも。こうやって身を起こしたところで、普段であれば早々に気配を察して起きるのだが、そういった様子は皆無だ。

 

「……レオンハルト……」

 

 彼の頭を撫で付けながら、名前を呼ぶ。

 今日決めたこと。その判断は、レオンハルトの精神を大いに摩耗させてしまっただろう。それは理解している。

 しかしそれでも、このまま助かる方法を探し続けるよりはマシなものだ。それは不可能に近い。少なくとも50年という短い時間で新しい方法を探すのが無理だ。黄金像も、もはや当てに出来るものではない。

 このまま彼らが無理に助けようと足掻き、失意の果てに沈むよりは、受け入れて最期の時までを幸せに暮らすほうが良い。心の整理を付けることだって出来る。

 そういう意味で、レオンハルトの発言は救いだった。あのままいけば、自分はわけもわからず命を落とし、残されたレオンハルト達にも深く消えない傷を残していただろう。

 だが、傷を付けることは同じかもしれない。何せ、幾ら心の整理が付いていようと、50年後には、彼らは残されることとなり、それからの時を生きていく。

 ……そのとき、レオンハルトは――

 どんな選択を取るのか。半ば確信に近いものを感じていると、

 

「……んゆ……」

 

「……っ!?」

 

 不意に、現れた存在に息が詰まる。

 侵入者、一体どこから……、と思考を回した瞬間、その目に映る存在が知ったものであることに気づく。

 それは、

 

「……貴方……確か、セラクロラス……?」

 

「うん、そう」

 

 金髪ツインテールの、常に眠そうにしている少女。

 それは、聖女の子モンスターのセラクロラスだった。

 知識の上では知っている。時のセラクロラス。レオンハルトに懐いていることも。そのためか、時折どこからともなく現れ絡んでくるのだと、レオンハルトは言っていた。

会って言葉を交わしたことはないが、遠目に見たことはある。その時は、近づくとすぐに逃げてしまっていたが。

 そんなセラクロラスが、何をしに来たのか。やはりレオンハルトに会いに来たのだろうか。出来れば帰ってほしいのだが、と、スラルは思ったところで、

 

「……スラル、これ……」

 

「え、私に?」

 

 レオンハルトに用があるなら今は帰ってもらおうと思ったのだが、セラクロラスが用があるのは、どうやら自分の様であり、こちらにむかって何かを差し出してくる。

 それは白い、何の変哲もない手紙であった。それを受け取ると、

 

「……約束だから」

 

「……約束?」

 

「んじゃ、またね……」

 

「あ、ちょっと」

 

 こちらが呼び止める前に、セラクロラスはどこかに消えてしまった。神出鬼没とは聞いていたが、瞬きしてる間に消えてしまうほどとは、色々とおかしくないだろうか。本当に時でも操っていそうな不条理を感じる。

 

「……何だったのかしら」

 

 と、疑問を感じながら渡された手紙をまじまじと見詰める。トラップ的なものが仕込まれてたりしないだろうか、と一応魔法で調べるも、特におかしなところは見当たらない。

 

「……ラブレターだったりして」

 

 とか、ありえない――いや、レオンハルト相手だとしたら普通にありえそうなことを呟く。自分で言っといて何だが微妙な気分になる。だとしたら、普通こっちに渡さないでしょ、当てつけか何か?

 そんなことを思いながら便箋を開いて中身を見る。そこには、

 

「……え、これって――」

 

 スラルはその日、眠ることが出来なかった。

 




後、2話か3話。
というか次話で終わりといえば終わりになるのかな? その次と次はエピローグ的なやつ。その後は……まぁ、お待ちかねかどうか分かりませんがお察しの通りです
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