王国の首都。大理石やガラス、金や銀、赤く染色された高級繊維で出来た絨毯など、数々の調度品が並ぶ豪奢な宮殿。
その中にある執務室の一つに、国王と姫はいた。
周囲には、宮殿を警備する王国騎士団の精鋭があり、短い髭と小太りの身体を持つ王国大臣。細身ながらも鍛えられた体躯に、整った容姿を持つ王国騎士団団長。カールされた髭にパーマされた髪を持つ中年である公爵家当主と、錚々たる面子が揃っていた。
そんな中にあって、国王である父の隣に腰掛ける第一王女――シャロンはただ黙ってその話を聞いていた。
「――陛下。やはり、国内の緊張が高まっているようです」
「そのようだな」
そう声に出したのは大臣。頷く父の反応を見ながらも、その語りは続き、
「市井にも、戦争の気運が高まっていることに気づくものはいますからな。耳聡い商人や冒険者などは既に戦争に合わせて金を稼ごうと入国するものが多いそうです」
「ふっ、何とも良い事だな」
戦争になれば物資を売りつける商人や、各地で転戦を繰り返している冒険者という名の傭兵はいい稼ぎ時だろう。しかし、真に潤うのはこの国である、と父はほくそ笑む。
「物資を今の内に買い叩いている商人は大損をこくでしょうなぁ。戦争が起こらないと知った時の彼らの表情が楽しみでなりません」
と、揉み手しながら言ったのは公爵。その声に待ったを掛けたのは騎士団団長であった。
「しかし……それもかの者が来なければ――」
「来るとも」
遮るように言った父の言葉に、騎士団長が言葉を止める。続けて言うのはその手に古ぼけた書物を握った父で、
「かの魔人は来る。奴はこの国を守るために、魔人へと身を移したのだからな。祖国の危機を聞いて駆けつけないわけがなかろうて」
奴が来れば我々の勝利だ、という父の機嫌は良い。しかしその言葉に思うところがあるのか、騎士団長は、ですが、と前置きを入れつつ、
「かの魔人がいなくとも、我が勇猛たる騎士団がいれば――」
「無論、我が国なら勝てるであろうな。……だがまあ、楽に済むならそれに越したことはないであろう?」
「……はい」
言って気勢が落ちる騎士団長を見て、父は口を開けて笑う。
「はっはっは! 何、そう落ち込むでない。そのような顔をしていては女達も悲しむであろう?」
「……そう、ですな」
同意を返した騎士団長だが、その表情は芳しくない。整った容姿と王国最強の武勇を誇る彼は、父から選りすぐりの美女たちを送られている。女達、とはそのことを言っているのだろう。
もっとも、この国で要職に就く者達の間では珍しいことではない。比喩ではなく、金を浴びるほどに持っている王家では、自分達だけではなく、仕える者達にも過剰なまでの贅沢をさせる。妻ではない愛人が複数人もいるのは珍しいことではないし、宝石や貴重な品々、望むのなら人間さえも手に入れることが出来る。金で買えないものはない、とは父や大臣の弁だ。
第一王女である自分もその恩恵を受けているからあまり強くは言えないが、さすがにどうなのだろうと思うことがある。結局は口に出すことなく終わるのだが。
微笑を浮かべ、思考を回す間も話は続いている。父は大臣、そして公爵に顔を向け、
「しかしまあ、念には念を入れておかなければな。大臣よ、歓待の用意は済ませておろうな?」
「はい、それは勿論。最高級の食材と最高の料理人、現金から換金出来る宝石などの金品、国内国外問わず集めた珍しい品々、10代から30代までのありとあらゆる美女、美少女を集めました。貢物はこれ以上ないというほどに用意しております」
「私も、微力ながら用意させて頂きました」
「うむうむ、それでよい。祖先が消し去ったとはいえ、始祖の英雄を迎えるのだからな、失礼があってはならんぞ」
「心得ております」
大臣や公爵の言を聞いて満足そうに頷く父の顔は、優しげだが黒い。このような手法は父――いや、祖父も得意としていた。下の者からは力と財力を背景に搾取し、見所のある者には惜しげもなく金を使う。一見、聞こえの良いことではあるが、その際に犠牲になる者達を思うと素直には喜べない。
「だがまあ、早めに来てくれれば良いのだがな。……一応、二通目をしたためておくか」
と、父がメイドに声を掛けようとした時だ。シャロンはある反応を感じた。
最初に感じたのは、微かな揺れ。次に見たのは、騎士団長が目を剥いてその銀の直剣に手を掛けたところ。
次に聞いたのは、
「――な、何だ!?」
父や大臣、公爵が宮殿の激震を感じて声を上げた。
地震か!? と慌てる複数人の警備の騎士を騎士団長が落ち着かせ、父の身体を支える。
しかし揺れは次第に収まっていく。
代わりに聞こえたのは、外から聞こえる人の叫びで、
「だ、団長っ!!」
「何事だ!?」
執務室の扉から飛び込む様に入ってきたのは、部屋の外を警備していたであろう騎士の一人。
ノックもなく入ってきた騎士に、しかし緊急時であることからか咎める声はない。騎士団長が直ぐ様事態の把握に動く。騎士は叫ぶ様に、
「そ、外に――宮殿の外に!」
「落ち着け! 宮殿の外に何が――」
と、騎士団長がバルコニーに続く半透明のガラスから外を眺め、しかし絶句した。
同じ様にそちらに目を向けた父や他の者もそれを見て目を見開く。そこにいたのは、
「――――」
ドラゴンだ。
宮殿の敷地内、広大な中庭に降り立とうとする白のドラゴンの姿がある。
しかも伝え聞く通常ドラゴン――数メートルのサイズのそれとは違い、そのドラゴンはその十倍はありそうな巨体、そして光り輝く白の鱗を持つ。
まるでお伽噺の絵本から飛び出してきたような白の巨竜の上に立っていたのは、同じ様に伝説の存在であった。
「あれ、は……」
声を震わせる。間違いない、と。この国の王族、古くからそれを伝え聞く重臣であるならその姿を見間違う筈もない。
「お――おおおおおお!?」
父が興奮したように声を張り上げ、バルコニーへと身を乗り出させる。
ドラゴンの上にいたのは、黄金の髪に赤い瞳を持つ一人の男だ。
「…………」
冷たい瞳でこちらを見下ろす、人ならざる気配を持つ者。
黒と赤が入り混じったその長衣を身に纏った、眉目秀麗という言葉に相応しい男。
しかしその鋭い瞳だけが、見る者を威圧させる。
その全てが伝え聞く通り。
人類最強の剣士と謳われ、魔軍を幾度となく撃退し、この国に平和と繁栄を齎した始祖の英雄。
その代償として魔へとその身を落としたその男の名は、
「剣の王――レオンハルト」
または――魔人レオンハルト。
その姿を見て、国王である父は興奮したように言う。
「ふ、ははははは!! 見ろ、お前達!! 来たぞ来たぞ来たぞ!!」
シャロンは父の声を遠いものに感じながら、国の始祖を仰ぎ見る。
その瞳はとても冷たいものであり、
「はははっはははは!! 勝ちだ!! 我が国の勝利だぞ!!」
父が言う勝利を本当にもたらして、いや、そもそもこの国を想っているのか疑問に思ってしまう。
そんな中、父は周囲に向かって言い放った。
「こうしてはおられん!! お前達、今すぐ歓待の準備をせよ!!」
「は、はっ! 直ちに!」
「何としても協力させるぞ!! はは、ははははは!!」
しばらく、父は中庭に降り立つドラゴンと魔人を見て笑い声を宮殿に響かせた。
昼前の日差しの下、宮殿の中にある応接間でこの国の国王である男は客人を迎えていた。
長いテーブルには数々の料理が並べられる。給仕達は料理を運ぶ際、自分の正面にいる男を見て一瞬、身体を硬直させる。
そこに腕を組んだ状態で座っているのは、
「…………」
――魔人レオンハルト。
元人間、この国の始祖ともいえる魔人であり、圧倒的な存在感と鋭い目を持つ美丈夫。
その黄金の髪も、鋭い瞳も、先祖代々から伝わるこの書物に記された通りであり、
……よくぞ、来てくれた……!
と、柄にもなく内心で感動してしまう。
しかし目的は彼にそれを飲ませること。既に手紙を読んでここに来た以上、それは確定だろうが用心しておくに越したことはない。
国王はにこやかな笑みを向けながら、テーブルに並べられた料理を指し、
「我が国自慢の最高級の食材と最高の料理人が作った絶品料理です。ささ、お召し上がりください」
「……ふん」
ただ鼻を鳴らすだけの応答を見せた魔人に、しかし国王は苛立ちを見せない。
彼が無愛想であったという記述は確認している。気難しい人物なのだろう。苛立ってはいないはずだ。
「はは、しかしレオンハルト殿なら既に食しているかもしれぬな。何せ我が国出身の魔人。しかもあの剣の王だ。贅の限りはとうに味わっておりましょう」
「…………」
魔人がこちらを一瞥する。しかしすぐに視線を料理に戻すと、目の前にあった料理を、食器を使って一口。
「……随分と、良い物を食べているようだな」
言われた言葉に一瞬戸惑うも、直ぐ様褒められていることを理解する。
「勿論ですとも! 我が国は人類最大の――いえ、最高の国家です! ここには何でもありますぞ!」
「……よく喋るな」
お喋りは嫌いか、と思うも魔人は懐から白い紙を取り出し、
「……まあいい。この手紙の件だが――」
「お読みになられましたかな?」
「…………この手紙、どうやって俺の元まで届けさせた?」
問われた言葉に、国王は簡潔に答えた。
「冒険者を雇って、届けさせました。どうにも魔物界に潜入する際によく使われる方法があるらしいのですよ。しかし、それでも危険は伴うので高い金を払いましたが……まあ、その甲斐はあったというものです」
「……そうか」
言うと魔人は、考え込むように黙り込んでしまう。その方法とやらを考え込んでいるのだろうか。それとも、手紙の内容について考え込んでいるのか。このままでも上手くはいきそうだが、
……念には念を、か。
国王はそこで用意しておいたそれを差し出すこととした。
「……では、わざわざ来てくださったレオンハルト殿のために、私から贈り物があります。少ないですが、お納めください」
ぱんぱん、と手を叩いてそれを呼び出す。すると部屋の扉から、十人以上の見目麗しい少女達が姿を表し、レオンハルトの傍に並ぶ。
それを確認してから、国王は声を飛ばした。
「国内外から集めた、選りすぐりの女です。どうぞ、持ち帰ってください。――お前達、挨拶しろ」
「よろしくおねがいします!」
揃って頭を下げる。その際に、胸元の果実が揺れ動く。
「…………」
魔人は、その頭を下げ、胸元から深い谷間を覗かせた女達を見て目を細める。それを確認して国王は、手応えを感じた。
……どうだ、そそるだろう? お前の好みはわかっているのだ。
祖先の遺した手記であるこの書物には、剣の王、レオンハルトがどの様なものを好み、どのようにして飼いならしたかも詳細に書かれれている。
レオンハルトは戦いと女遊びに明け暮れていたが、取り分け巨乳の女が好みであり、宮殿には数十人もの巨乳美少女を用意した――と記されている。
ゆえに今日の為に国王は用意させた。国内外から多少強引に。
というのも金や食料に困った民は腐るほどいるので、少し金をちらつかせてやれば、娘を売るものなどごまんといる。なんなら自ら進んで志願するものもいるくらいだ。生きる術を持たない女は、その身を売ってでも生きようとする。それが貴族や高貴な人物の元であれば少し身体を売るだけでいい暮らしが送れるのだ。
今回は魔人相手であり、金を多く、少し無理矢理な形で徴収したものもいるが――まあ、許容範囲であろう。国の為だ。我慢して魔人の贄となってもらう。
「さあ、何をしておる。レオンハルト殿に奉仕せぬか」
「っ……はい。失礼します……」
躊躇しているようだったので軽く睨みながら催促してやると、やがて少女達は動き始めた。
ためらいがちに魔人の身体に触れようとする。やはり恐怖があるか。何人かは手が震えている。しかし何人かは意を決して魔人にゆっくりと身体を押し付けた。豊満な胸が押し当てられるところを確認し、
「お気に召しましたかな?」
「…………」
魔人は無言のまま、何の反応も返さない。
しかし悪くは思われてないだろう。瞳を閉じたままの魔人に向かって話を進める。
「……ではですね。手紙の内容のことなのですが――よろしいですか?」
「……隣国を滅ぼせと?」
国王は大きく頷いた。
「左様です。手紙にも書きました通り、現在我が国は、隣国との開戦を控えておりましてな」
それは事実。結婚を断られたから、などとふざけた大義を掲げて攻め込んでこようとしている。
馬鹿な国だ。こちらには切り札があるというのに。
「しかし国民を危険に晒すなど、言語道断でありましょう? そこでですね、レオンハルト殿には魔軍を率いてかの国を滅ぼしてほしいのですが……」
「……滅ぼして……どうする?」
「かの国が滅びれば、我が国はさらなる繁栄がもたらされるでしょう。それは、レオンハルト殿とて望むところのはず」
「……だから?」
だから。そう、国王は言ってやった。
「一緒に我々の愛する故郷を守り、この地に偉大な国を残し――共に歴史に名を残しましょう!!」
「――――」
魔人が絶句するのを、国王は見た。
それは、驚愕。それも喜びから来るはずのもので、
「……クク」
響いた含み笑いはそれを意味するはず。
「クク、クハハハ、ハハハハハハ……」
その笑い声は、こちらに同調したもののはず。
――そのはずだ。
「クハハハハハハハ――ッ!!」
口端を歪めた高笑い。
それを聞いた者達は何事かと、眉をひそめさせる。
女達も、不意に笑いはじめた魔人の姿に動きを止める。
顔を抑えてひたすらに笑い続ける。その笑みは止まらず、
「クク……腹が痛ぇ……どこまで笑わせる気だお前ら……!」
「な……何……?」
その異様な雰囲気に満足に言葉を紡げない。
だが魔人はそれにも構わずひとりでに語り続ける。
「何も変わってねぇ……何も、何一つ……やり口も中身も……四百年経とうが何一つ変わってねぇな、クク……」
魔人は頭上を見上げながら言う。宮殿を見渡しながら、
「外面がどれだけよくなろうが……中身は四百年前のまま……いや、退化してるのかもな……」
その姿は、笑いながらも、どこか嘆きの感情が垣間見え、
「俺は、こんな国を守ったのか……俺がアイツとともに守り続けた国は……ここまで落ちたのか……」
そして何より、
「懐かしすぎて涙が出そうだ……ああ、ほんとによ……情けなくて、笑えてくるぜ……!」
その表情に、怒りが見えた。
「テメェら……俺をどこまで舐め腐れば気が済む」
なあ、と、
「聞いてんのか、ああ――ッ!?」
「――――ッ!!」
瞬間。
魔人の身体からとてつもない濃度の殺気が放出され、周囲の者達は顔を青くさせた。思わず、警備の騎士達が剣に手を掛ける。女達はその場にへたり込んだ。
「……はっ、こんな時代遅れの国が……よくここまで――いや、俺の所為か」
周囲を一瞥することなく独り言を呟いた魔人に対し、国王は何とか声を絞り出した。
「い、一体、何を……?」
「あ? 決まってるだろうが」
と、魔人はつまらなそうなものを見るような目で、
「――帰る」
「は……は?」
意味が分からず間の抜けた声を上げる。
しかし魔人は再度の声で、
「もう俺は、この国から手を引く。人間の国同士の戦争も……
その言葉を頭で理解するのに要した時間は、一瞬では済まなかった。
国から手を引く。人間との戦争。そして、俺達との戦争を自力で。
それはつまり、
「――!? お、お待ちを!!」
国王は気づいた瞬間、必死に声を張り上げ魔人を呼び止めた。
「見捨てるのですか!? 我が国を! あなたの故郷を! 歴史に名を残すチャンスなのですぞ!!」
「はっ、歴史に名を残すね……」
魔人はそれを聞いて、鼻白むと、
「今更何を言ってやがる。この俺を、自国の歴史から抹消したのは他ならねぇ――お前達の祖先だろうが」
喜べ、と、魔人は笑う。
「その歴史が“真実”になるだけだ。この国と、俺――魔軍は何の関係もねぇってことだ」
言って立ち上がる魔人。その足は、扉の方に向かっており、
「でもまあ、良かったな。お前の方は歴史に残ると思うぜ? ――この国の、
「――な、な、な……!」
国王はそれを聞いて声を震わせた。
そして考える。どうすれば魔人を引き止められるのかを。
しかしそれは思い浮かばず、ゆっくりと扉に足を進める魔人を止めるため、講じた手段は、
「な、何をしておるお前達!! 今すぐそいつを引き留めよ!!」
「っ、は、はいっ……!」
怯えながらも、騎士達が剣を抜いて扉に立ち塞がる。その中には騎士団長もおり、
「今すぐ、席にお戻りください……!」
「……ほう?」
しかしそこで魔人は、何かに気づいたように目を向けた。
それは、騎士団長が持つ銀の直剣。我が国の宝剣であり、
「懐かしい剣を持ってるな」
「っ……これは……私の誇りです……」
「……ふん、本当にそうならいいがな。……しかしお前ら、なってねぇな。四百年戦争も碌にやってないと、こんなにも情けなくなるのか?」
魔人は騎士達を見てそう評する。
確かに、騎士達は訓練で見るそれとは違い、魔人を目の前にした重圧からか、死の恐怖で足が竦んでいる。騎士団長でさえ、気勢がいつもより衰えており、
「魔人を目にしただけでこのざまか。言っとくが、お前ら以外のどの国も、この程度は珍しくともなんともない。魔軍と戦い、ときに魔人と相対するのはよくあることだ」
こんなことはよくあることだ、と魔人は冷めた視線で騎士達を見下す。騎士達は声を出すことすら出来ない。立って、剣を構えるだけで精一杯。しかも剣の構えも酷いものだ。
その中で、騎士団長だけが一応形にはなっており、
「我が国の、騎士達を……馬鹿にするな……!」
「つまらない意地だな。……だがまあ、お前ら分かってるのか? 剣を抜いたってことは、もういつ襲いかかられても文句は言えねぇぞ?」
「――――」
と、瞬間だ。
騎士達の動きが止まった。
騎士団長だけが何が起こったのか、と疑問を頭に浮かべて警戒している。
そして、
「――弱いな」
という声とともに、
「……っ、あ……!」
騎士達の首がするりと落ちていく。
それを、部下達が一瞬で殺された場面を、騎士団長は、呆然と見ていた。
その切り口は鮮やかで、寸分違わず同じところを斬られれている。
しかし、魔人は剣を手にしていない。
いつ斬ったのか、それは戦闘を生業とするはずの騎士団長でもどうやら見えておらず、
「ひっ、あ……」
圧倒的な格の差を目の当たりにし、腰を抜かしてしまう有り様だ。
それを魔人は、心底冷たい視線で見下ろしていた。
だがやがて、その視線をこちらに向けると、
「全く……どこまでも俺を苛つかせるのが得意な奴らだな」
いいか、と。
「ここで滅ぼさないだけ、ありがたいと思え。しかもその上で準備だってさせてやるんだ。むしろ感謝してほしいものだな」
言う。もはやその言葉に声も出せない。
声を出せば殺される。その予感がある。重圧が胸を圧迫して声を出すことが出来ない。
「お前達が隣国と戦争している間は、手を出さない。せいぜい頭を使って考えるんだな――」
と、そこでレオンハルトは踵を返そうとし、しかし、床に座り込む女達を見て、
「そういえばいたな。……まあいい。心から付いて来たいって言うなら許してやるが?」
何ら期待もしていない表情で、魔人は言う。
その通り、魔人の凶行と威圧に身を竦ませる女達は言葉を発しようとしない。金に目が眩んだ者達も、さすがに生の魔人を前に付いていく勇気がある者はいないだろう。
だが、
「――っ……」
「! ほう……?」
やがて、声が出ずとも、ゆっくりと手を挙げる少女がいた。
魔人はそれを見て感心したように、
「中々に見所がある奴もいるな。ふむ、付いて来るか?」
「……!」
こくり、と頷きを見せる少女。それを見て笑みを浮かべると、
「ならば自分の足で付いてこい。付いてこれないのなら置いていく」
言って、魔人は踵を返しはじめた。それを見た少女は傍らの良く似た少女に何とか肩を貸し、
「い、くよ……」
「…………」
声を上げることも出来ない――確か姉妹の妹の――少女に手を貸しながら、ゆっくりとだが魔人の後に続こうとする。血迷ったとしか思えない。あの怖ろしい魔人に自ら付いていくなど、ただの自殺行為だ。ただ死が待っているだけだろう。
だが、声を掛けることはしないし出来ない。あんな女どもはもはやどうでもいい。声を掛けて死にたくはない。
そして魔人は扉に手を掛ける。
「……ん?」
「あ……!」
しかし、扉の先には人が一人。
しかもそれは、国王がよく知る人物であり、
「……お前は……」
「あ、あ……」
第一王女であるシャロン。彼女が怯えた表情で床に腰を落としていた。
……部屋にいろと言っておいたはずだが……あの馬鹿娘め……!
おそらくは覗き見していたのだろう。王家に伝わる剣の王の話は子供の頃からの語り草だ。興味が湧いたのであろう。
それがこんなことになるとは。自業自得だと思う。
だが、
「…………名前は?」
「え……?」
何故かじっとシャロンの顔を見つめていた魔人は、不意に名前を聞いた。
その問いに、シャロンは戸惑いがちに、
「……しゃ、シャロン……です……」
答えた。それを耳にした魔人は、少し動きを止めたが、
「……そうか」
ややあって、再び視線を切って足を踏み出す。
その際、
「……精々、気をつけるんだな」
「…………?」
そんな言葉を残し、魔人は去っていった。
魔人レオンハルトは、ライゼンに乗って空を行きながら、暫くの間無言であった。
背後には、連れてきた人間の少女二人がいる。見る限りどうやら姉妹のようだ。
姉妹という存在に縁があるよな、と思いながらも考えるのはそれじゃない。
先程、立ち去る際に見た王女の事で、
「…………」
「……考え事か?」
「ん……」
眼下からライゼンが話しかけてくる。それに反応しつつ、
「まあ、な。……それより悪かったな。こんなことに付き合わせて」
「構わん。大切なことだったのだろう? ならば付き合うのもやぶさかでない」
その言に笑みが漏れる。いつもこんな風に言うが、
「お前、結構付き合い良いよな」
「……勘違いするでないわ! 強敵が調子を崩してはつまらぬからな! 協力してやったまでのこと!」
ふん、とそっぽを向くライゼンに苦笑する。何だかんだ言って付き合ってくれるんだよな、と。そして思考を戻し、
……シャロン、か……。
レオンハルトは最後に見たあの少女の姿を記憶から引き出しつつ、息を吐いた。内心で作る言葉は、
……悪く思うなよ。
もうあの国に、躊躇う理由はない。
戦争が起きたのも、国家間での横暴な振る舞いが理由の様な上、民への扱いも悪いなんてものじゃない。
一部の農村を奴隷のようにこき使い、それによって得た食料を他国に高値で売りつける。
得た金でやることは強引な引き抜きや、賄賂などの数々。さらには国民への金貸しも行っている。
首都や中央の主要な都市に住む民は裕福な生活を送っているが、地方民――元は別の国であり、併合された地方の扱いは奴隷もいいところで、強引に働かせながらも税を払えない民に金を貸すことでそれを支払わせ、最終的に年頃の娘は金で売られ、その得た金すら税で徴収する。
ここに来る前に調べたところ、真っ黒だ。救えない。しかもこれを、都市に住む上級国民は当然だと思っている節もある。
……皮肉なものだな。俺が守ったものを、他ならぬ俺が滅ぼすことになるとは……。
そうして魔人レオンハルトは、二人の姉妹を連れて城に帰還した。
そして直ぐに――執務室に置かれていた作戦許可書にサインをし、魔物大将軍らに発令した。
――その一週間後、両国は戦争状態に突入した。
ちなみに今回の話はそんなに長くないよ!
多分、後3話かかるかなってくらい