夕暮れ時の街の中、レオンハルトの城には客が来ていた。
それはレオンハルトとは最も古い付き合いの一人である魔人、カミーラである。
そんなカミーラだが、今日は初めてレオンハルトの住居にお邪魔した。
全体が赤で塗られた城に入り、女の子モンスターの親衛隊や、人間のメイド――美少女ばかりで胸元が空けられたメイド服を着た、カミーラからすれば少し眉をひそめるようなお出迎えを受け、しかしレオンハルトがそれを察してか解散させ、案内を自ら引き受けた。一部、人間の男がいないこともないが、結構な歳の料理長や、小さな子どもがいるのみなのでカミーラの案内には適さない。
ゆえにレオンハルトはカミーラを先導するように前を歩き、中庭へと連れて行った。
そこは広い庭園、そして平面の広場が広がっている。
たまに麾下の魔物将軍や魔物隊長を招いて食事会、宴会、バーベキューなどのパーティを行うこともあるのだ。
そんな広場の中心に、巨大なドラゴンはいた。
彼には敵わないものの、同じく大きなコンロを横に置き、その前で薄紫色の髪の美少女が茶色い塊を焼いている。少女の方はその焼き加減を確かめつつ、頷くと、それを空中に放り投げ、
「――ほーら、ライゼンさん! 焼き立ての最高級お肉ですよう!」
「! 待っておったぞ……!」
使徒の力で宙に放り投げられた巨大な肉にそのドラゴン、ライゼンは口で受け止めるように齧り付く。
「はむむぐはむ! んん、このレア気味の肉がなんとも……!」
「美味しいですか?」
「うむ! ペールよ! 次だ! 次を焼いてくれ!」
巨大なドラゴンに相応しい巨大な尾を地面にばしんっと叩きながら肉を催促するライゼンに、ペールはそれを呷るように笑い、
「くふ、食いしん坊さんですねぇ、ライゼンさんは。ほーら、次のお肉も焼けますよーう? 肉汁と油がたっぷりですよーう?」
「むうううう! そのような誘惑まで……! ぐうう、負けん、負けんぞおおおお……!」
「料理長特製の各種調味料もありますからねー。新作もあるそうですよー?」
「うおおお……! ま、待ちきれん! 早く、早く俺に肉を……!」
香ばしい肉の匂いに興奮して、ライゼンの息が荒くなる。数秒保たず、肉の誘惑に負けてしまったライゼンを遠くから見る者達がいた。
それは、レオンハルトと、客人として案内されたカミーラ、それに七星の三人で、
「……………………」
「……お、おい、カミーラ。大丈夫か?」
「カミーラ様……?」
ライゼンを見て真顔のまま固まったカミーラに、レオンハルトと七星がその様子を窺う。そしてその表情を見ていると、
「……凄い珍しい顔になってるが本当に大丈夫か……?」
表すなら、“うわぁ……“って感じだ。貴重なカミーラのげんなり顔。それを目の当たりにし、面白いを通り越して心配になるレオンハルト。それに七星が小声で、
「……さすがのカミーラ様も、あのライゼン様のあのような姿は予想外だったようですね……」
そう言う七星も驚いてはいるのか、その薄い目を見開いている。直ぐに気を取り直したのか、目を閉じたのは流石ではあるが。
しかしカミーラはショックから抜け出せないのか、しばらくそのままで、
「…………」
不意に起動し、すたすたとライゼン達がいる方向へ歩みを進めた。
そして少しの距離が保てるほどに近づくと、ライゼンを見上げ、
「…………ライゼン」
「あっ、カミーラ様……」
「むう、この味も中々――ん?」
肉を食わせていたペールが先に気づく。遅れて声の方向に振り向いたライゼンは、眼下のカミーラを見てしばらく固まると、
「……カミーラさ――」
と、敬称を入れようとして、しかし首を振ると、
「……いや、カミーラ……か。うむ……久し振りだな……」
「…………」
ぎこちない様子で話しかけるライゼン。しかしカミーラは無言のまま応えない。
その応対にライゼンは戸惑い、しかし続けて声を掛ける。
「……千五百年振り、くらいか? お互い、無事で――」
「……置け……」
「む? すまん、今何と言った?」
声が小さかったのか、ライゼンが聞き返す。そのままの状態で。
それに苛ついたカミーラは、眉を立て、普段よりも大きな声を、中庭に響かせた。
「貴様……まずは、その肉を置け……!!」
「…………あ」
肉に齧り付いたままであったライゼンが、ようやくそれに気づく。
間の抜けた声を上げる巨大なドラゴンに、カミーラの怒気が襲いかかった。
「……すまんな。少し、見苦しいところを見せた」
「…………」
ライゼンの謝罪を、カミーラは無言で受け止めた。
主の傍らにいる七星も身を固くしている。それはカミーラの怒気もそうだったが、それよりも目の前にいるドラゴンとの対峙に気を揉んでいるためだ。
「……では、改めて――久し振りだな、カミーラ」
「……ふん」
元プラチナドラゴン――ドラゴン種の生ける王冠であった魔人カミーラ。
そして立場的にカミーラに仕えるような位置にいた四大聖竜の一角、ダイヤモンドドラゴンのライゼン。その二人の千年以上振りになる再会に、にわかにその事情を知る者達が緊張する。
特に七星と、レオンハルトの傍らに近寄ってきた黒髪の使徒――ハンティは息を潜め、
「……何、この状況?」
「ん、戻ってきたかハンティ。……どこに行っていたんだ?」
ハンティは少し溜めて、目的を口にした。
「……ちょっと、あんたが出禁にした奴の相手をね」
「……それは、ご苦労だったな……」
レオンハルトの顔がやけに嫌そうに歪み、こちらを労ってくれる。相手にすると疲れるのはよく分かっているのだろう。分かっているのなら仕事を減らしてほしいところだ。
だがそれよりも今は、目前で対峙するドラゴン達の方が重要で、
「で? これ何?」
「……カミーラがライゼンに会いたいって言うから連れてきただけだ」
「……ただで済む気がしないんだけど」
「……奇遇だな。俺もそう思う」
……思うなら止めなさいよ!
と内心で思いはしたが、カミーラが言って聞くような相手でないことは十分承知なので心に留める。
その間も向こうに動きはない。カミーラも無言のままだ。
ただ、ライゼンの方が動いた。首を下、視線をカミーラからその横の七星に向け、
「――む? そちらも同胞の気配がするが……お前は?」
「え、あ……」
七星が珍しく戸惑った様子を見せる。傍らのカミーラは何も言わない。その代わりというわけではないが、七星は咳払いをして、
「……私は、カミーラ様の使徒の七星と申します。元、ネフライトドラゴンでありまして……」
「ネフライトドラゴンの七星か。あー……ひょっとして所属は東か? 緑爺のとこの」
ライゼンが思い出すように言う。東、と言うと東部方面軍のことだろう。大陸統一国家トロンの区分で、東・西・南・北の四つに分けられ、それぞれに将軍として四大聖竜が指揮を執っている。
東といえばハンティの記憶だと、エメラルドドラゴンの四大聖竜が担当していたはずだ。何故緑爺なのかは会ったことがないので解らないが、七星はそれに頷き、
「はい。東部方面軍に所属していました。……もしや覚えておいでで?」
「一度だけ副官か何かで付いてきた小僧だろう? つまらなそうな顔で、それ以上につまらなそうな受け答えをしてたからよく覚えている」
「……そんなにも、昔の私はつまらなそうでしたか?」
七星が窺うように聞く。ライゼンはそれに苦笑しつつ、
「ああ、どうにも生きづらそうに見えた。だが今は……それなりに充実しているようだな。良き出会いに恵まれたか」
「! ……はい。そのようです」
七星が思わず畏まる。ライゼンもそれを見て鷹揚に頷くが、これは昔の癖だろう。
ハンティとしても忘れがちというか、ここでのライゼンの振る舞いのせいもあって忘れるが、本来、ライゼンはドラゴンにとって雲の上の者に近い。
四大聖竜最強にして古参のドラゴンである彼はドラゴン王の次、特別な立場にあったカミーラを除いて上から二番目の地位にあった。
普通のドラゴン相手からは敬られるような存在なのである。元カラーの使徒に餌付けされているが、これでも立派な地位にあったドラゴンなのだ。見ているとそれを思い出す。
カミーラも昔のそれを知ってか、七星を咎めるようなことはしない。強いものに畏敬の念を抱くのもドラゴンの本能の一つだ。魔人や使徒になったからといってそれを忘れはしない。ああ見えてカミーラは同族に甘いとも聞く。最近、ほんの少しだがそれを感じるようになってきた。極たまにだが話しかけてくるし。普通は使徒如きに声を掛けることはしない。
……そう考えると、キャロルってどれだけ気に入られてるんだか……。
呆れつつも、なにげに凄い気がする、と先輩使徒のお気楽な顔を思い浮かべつつ、再び二体の対峙に意識を向けると、
「……そういうお前は……」
カミーラが声を発した。ライゼンが再びカミーラに視線を向ける。
しかし続く声は来ず、ライゼンは疑問符を頭に浮かべ、
「? 俺がどうした?」
「……何でもない。それよりも、だ――」
カミーラが普段どおり、ゆっくりと、泰然とした物腰でライゼンに告げた。
「ライゼン……お前も、私の――使徒になるがいい」
「……!」
その言葉を中庭で聞いていた誰も彼もが程度の差はあれど驚きを見せる。ハンティも内心で驚愕し、
……ライゼンを使徒に……!?
まさか最初からそのつもりでやって来たのだろうか。それとも気まぐれか。カミーラならどちらもあり得る。
だがそれを聞いて心配というより、“ああ確かに。ライゼンが使徒になったら滅茶苦茶強いだろうなぁ”とか思うのは、バトル脳に支配されてないだろうか。これも主の影響だと誤魔化すことにする。
そんな中で、カミーラは続けての言葉を告げた。それは再度の確認である短いもので、
「……どうだ……?」
「…………」
それに対し、ライゼンは無言でカミーラに視線を合わせる。
そしてややあって、あっさりと、
「――断る」
その誘いを拒否した。続く表情で目を細め、さらにきっぱりと言い張る。
「使徒になることは出来ん」
拒否の言葉をかつての同胞にぶつけ、ライゼンは軽く息詰めた。
眼前のこちらを使徒になれと誘ってきた相手、カミーラは目を弓形に変え、
「……何故だ?」
「ん? いや……」
……何故、と言われてもな……。
正直、嫌だからとしか言いようがないから困る。使徒とか凄いこき使われそうだし、と言うのもある。
だが、それよりも根本のところで無理である原因を、ライゼンはゆっくりと息を吐きつつ言った。
「……俺は、ドラゴンのままでいたいんだよ」
それは己の拘りだ。
ドラゴンのまま、ドラゴンとしての生を続けること。それが理由。
誇りと呼べるほど大層なものではない。一度は粉々に砕かれたものであるしな。だが代わりに、
「約束をしたのだ」
「……約束?」
ああ、と頷く。それは、
「古い友と、新しき
後を任せられ、その先を望まれた。
「俺はドラゴンとしての自分を――世界に示し続ける」
「……それに拘ることに、何の意味がある……?」
カミーラがこちらの言葉に反論するように言う。
「……哀れでしか、ないだろう」
「……フッ、哀れか……」
その言葉に可笑しなものを感じる。
ゆえに言った。
「――それで良い」
「…………は……?」
間の抜けた声を出したカミーラに再度言ってやる。恥じること無く、
「それで良いんだ。俺を、ドラゴンとしての俺を見た感想が何であっても」
何故なら、
「そこには想いがあるからな。情けないだの哀れだの思ったってことは、そいつには理想のドラゴン像があるわけだ」
かつてのドラゴンを知っているのか、もしくはどこかで見たのか。
しかし何であれ、自分を見てそれを思い出したのなら、それは救いだ。
「俺を見て、ドラゴンという存在を思い出して――あるいは記憶して貰えればいいのだ」
きっとその先に、ドラゴンの明日はある。
忘れ去るのではない。次に繋ぐのだ。
そのために生きる。ドラゴンとして。
「俺は、俺と縁を結んだ奴らが誇らしく思えるような生き方をする」
だから、
「ドラゴンを止めることだけは出来ない。――悪いな」
「…………そうか」
カミーラがゆっくりと息を吐く。そしてこちらを見ると、
「……随分と、変わったな……」
「そうか? ……そうかもな。だが、俺から言わせればお前の方が変わったように見える」
「……私が……?」
どうやら自覚がないのか、カミーラは眉をひそめて疑問を呟く。
笑みが湧くのを自覚しつつ、ライゼンはその感じたことを告げてやろうと、
「ああ。昔はもっと……こう言ってはなんだが、死人のような表情をしていた」
「…………」
「だが今は、昔よりも活力に溢れている」
「……そうか」
頷く。否定はしない辺り、自分でも少しは分かっているのだろうか。しかしまあ、
……カミーラが魔人化したのは、かえって良かったのかもな……。
今となってはそう思う。当時、自分も含めて殆どのドラゴン種はカミーラが攫われ、魔人となったことに怒ったものだが、
……その鎖から解き放たれたことだけでも、喜ぶべきだろうな……。
生ける王冠と言えば聞こえはいいが、その実、道具のようなものだ。
子を為すため。己の強さを示すため。その権威の象徴として使われていただけであり、そこには個人の自由は何もなかった。
それが無くなった今は昔と比べて、格段に過ごしやすいだろう。
かつての部下に、また一つ感謝することが増えたな、と思う。だがそこで不意に思い出し、
「まあ、ゆえに使徒になるのは断らせてもらうが……」
そこで周囲の気配を探る。首を振って視界でも確認する。
しかしその気配はどこにも無く、
「……それはいい。元より、気まぐれだ。……だが、今度は何をしている……?」
気まぐれ、と言ったカミーラに、お前なぁ……と、微妙な気分になりつつも言う。
「少し思い出したのだが……魔人化した同胞がまだいただろう?」
「……誰のことを言っている……?」
何を言っているのか分からない、といったようにカミーラが小首を傾げる。あれ、と思いつつ、
「確かいただろう。名前は――あー…………そう、ギリウムだったか」
「……………………」
ど忘れしていたその名前を何とか思い出し口に出すと、それを耳にしたカミーラが形容し難い微妙な表情を浮かべ、何故か遠くでレオンハルトが肩をぴくっと動かした。他の者は皆、七星やハンティでさえ思い出そうとするように顔をしかめている。
おかしい、魔人化してたはずだが、と思うも、記憶違いの可能性も鑑みて、一応口に出してみる。
「……いないのか? あいつ、俺の元部下で裏切って魔人化したと思ったら決闘とかいって闇討ちしてきたからボコボコにしてやったの憶えてるからいたはずだが……その後も決闘とかいって人気のない場所に呼び出してきたのに平気ですっぽかしたり色々やらかしたり……それにカミーラに執着してた気がするから近くにいると思ったんだが……?」
「……アレは殺されたぞ」
「む、死んでいたか……」
色々とダメな奴だったがそれでも昔の部下だけに少し残念だ。もう一度会ったら今度はこっちから決闘仕掛けてやろうと思ったのに。
……しかし殺されたのか。一体誰に……?
と疑問を浮かべていると、カミーラは視線を別の所に向け、
「……レオンハルトに」
「……え?」
その声を上げたのはレオンハルトの隣にいるハンティや他の者達だ。当人であるレオンハルトは明後日の方向を向いてバツが悪そうにしている。
「あんた……仲間の魔人まで殺したの? それはさすがに……」
「……それには事情があってだな……」
レオンハルトが弁解しようとする中、カミーラは続けて、
「……しかも、魔人になってすぐに殺していたな……笑いながら」
「……あんた、本当に何やってんの?」
「レオンハルト様……それはどうかと思いますよう?」
「……まあ、私も出会い頭に半殺しにされましたしね」
「引くな! 何度も言うが事情があったんだよ!!」
「レオンハルト様は、魔人になってすぐにドラゴンの魔人であるギリウムを殺した……メモメモ。噂は本当だったということですの。また武勇伝が増えましたわー!」
「メモるな!」
いつの間にか中庭に入ってきたキャロルが手帳にそれを書き写しながら満足そうに頷く。レオンハルトとしては何とも言えない思い出なのか、苦々しい表情で言い訳を繰り返している。
そしてそれに、カミーラが追い打ちを掛けるようにそのときの状況を説明しており、
……楽しんでないか?
その様子が僅かだが楽しそうに見える。それを見て、ライゼンは得心した。
「……なるほどな」
カミーラもまた、出会いによって少しだけではあるが変わったのだろう。
それも良い変化に見える。少なくとも昔よりはずっと良いもので、
……俺よりもずっと先に、新しい生き方を得ていたのだな。
年上振って色々と言っていたのが恥ずかしく思える。
しかしそれもまた、そう言えるだけの余裕を得たということであり、
「……ここは良い場所だな」
それを作ってくれた存在に内心で感謝を告げた。
「……ところで、これからバーベキューをするところであったのだが、カミーラも食べていくのか?」
「…………お前は本当にそれでいいのか……?」
「む? 肉はとても良いものだぞ。なあペールよ」
「あ、はい。最高級のお肉を取り揃えてます。今日は熟成肉の出来が良いらしくて」
「おお! 聞いたかカミーラ! 今日のは当たりだぞ! 熟成肉は美味いからな! カミーラも好きだろう、肉!」
「……………………」
「カミーラ様が今までに見たこと無いレア表情になってますわ!」
「……それ、さっきも見たけどな」
このあと、珍しくカミーラも交えて、滅茶苦茶肉を焼いた。
カミーラとライゼンの再会イベント。というかお肉回。
次回はとうとう遭遇です。メイクドラーマー!