朝の冷えた空気が満ちる城の中庭。
その広場の前に、幾人かの影が集まっていた。大きな影が一つあり、それに背を向けるように城の主が数人と向き合うように立っている。
その影――魔人レオンハルトは、周囲に告げるように声を飛ばした。
「そろそろ行くか。――準備はいいな?」
こちらを注視し、言葉に頷く数人を見て返すように頷く。しかし納得していない者もいるようで、
「……はぁーい」
不貞腐れたように気の抜けた返事をするのは使徒であるペールだ。彼女は周囲の他のメンバーを見て、口を尖らせる。
「むぅー、私だけお留守番なんてずるいですよー」
「……仕方ないだろ。全員連れていけば指示を出す者がいなくなる。最低でも一人は残ってもらわないとな」
連れて行って問題ないならレオンハルトとしても連れて行くことにやぶさかではない。贔屓してるわけではないのだ。
ただ、今回の任務の内容に適したメンバーが、ペールを除いた三人であったというだけのこと。
だが分かってはいても感情的には受け止めきれないのか、ペールが他の二人に声を掛ける。キャロル、それにハンティに目を向け、
「ならどっちか代わってくださいよ。キャロル先輩はともかく、始祖様はどっちかと言えば残りたいですよね?」
「……そりゃあそうだけどさ」
「ふふん、わたくしのことをよく理解っていますねペールさん。答えは――絶対にノー! ですわ!」
ハンティが軽く息を吐きながら呆れ、キャロルが腕でバツ印を作って得意気な表情で拒否する。それを見て早々にキャロルの説得を諦めたペールだったが、視線を向けた先、ハンティも続けて口を開くと、
「一応命令だし……それに、あたし的にもそろそろ外に出ときたいから……」
「そ、そんな……!」
ごめんね、と手で謝罪のポーズを取りながらバツが悪そうにするハンティ。
実際、ハンティはここのところ研究室に籠もりっきりであったため、外に出たかったのは本音だろうし、レオンハルトとしても理由はちゃんとある。それは、
「悪いな、ペール。少人数で、しかも探索となると、冒険に慣れた二人の方が都合が良い」
「それは分かってますけどー……」
唸るペールにレオンハルトは息を入れてさらに言葉を尽くす。それに、
「城で指示を出すならお前が一番適任だ。ハンティは全てを把握してるわけじゃないし、キャロルは問題ないが……一人にしておくのはちょっとな」
告げた理由を聞いて、ハンティが肩を竦めた。同時にキャロルも胸を張り、
「レオンハルト様がそんなにわたくしを求めている……これはわたくしの時代が来ましたわね!」
「確かに、一人で手を回すのはちょっとね。出来なくはないかもだけど……これ以上手を広げると際限なく仕事が増えそうだし……」
乾いた笑いを浮かべながらハンティが言う。どうやら仕事を増やされるのが嫌らしい。
だがそれは置いておくとしても、今回はやはり単独行動もこなせる二人を連れていきたい。ペールも出来なくはないだろうが、やはり二人の方が熟達している。特にキャロルは意外にも、ハンティよりもそういった行動に長けている。迷宮や街に一人で行かせてもかなりスムーズに帰ってくるのだ。しっかり収穫も取ってくる。
なのでそれを考えての人選だ。なにせ今回は明確な“何をすればいい”、という任務ではなく手探りのものなのだ。それは、
「ともかく、今回は珍しい生物を見つける任務だ。ペールは……また今度の機会だな」
「……約束ですよう?」
埋め合わせはしてもらいますからね、というペールに頷きを入れつつ、
「任せたぞ、ペール。――それじゃあ、行くか」
ペールの返事と、キャロルとハンティの応答を聞きつつ、レオンハルトは背後の方向に身体を向ける。
そこには、大型のドラゴンであるライゼンがおり、
「……別に構わないのだが、当たり前のように俺も行くことになってるのはおかしくないか?」
「ああ? お前が来てから毎日、どれだけの食費が掛かってると思ってる。運んでもらうくらいいいだろ」
「む、むぅ……それは……」
そんな言葉を飛ばすと、ライゼンが詰まったように口をもごもごとさせる。そこを突かれると弱いのだろう。何も言えなくなったライゼンを皆が半目で見る。といっても、
……まあ、居座るのを許してるこっちもこっちだが……。
確か最初に乗り物として使ったのは、ペールだったはずだ。それからライゼンに乗っていくのが便利過ぎてよくそれを頼むようになった。
まあそれで美味い飯が食えてウィンウィン的な関係なので別にいいだろう。いても問題はないのだし。
ともあれ、そろそろ行くか、とレオンハルトは改めて声を飛ばした。軽く跳躍し、ライゼンの背に飛び乗りつつ、
「ほら、さっさと行くぞ。お前達も乗り込め」
「畏まりましたわ!」
「はいよ」
二人も跳躍し、ライゼンの背に飛び乗る。それを確認したライゼンは身を低く沈め、飛び上がろうと事前の動作を行う。そしてやけになった声で、
「ええい! もうとにかく行くぞ!」
「お土産、よろしくお願いしますねー!」
「ああ、大人しく待ってろ」
手を振り、ちゃっかりとお土産を要求しつつも見送るペールに手を振り返す。
そうしてライゼンは飛び上がり、翼を羽ばたかせながら上昇していく。
高度を上げ、滑空をし出すと、しばらくしてその身は街からは見えなくなった。
木々の影の下を、小柄な人間が駆けていた。
「はぁ……はぁ……! くっ、あの馬鹿……私を放ってどこに……!」
疑問を口にしながら、森の中を、腐葉土の上を、植物の枝や蔦を掻き分けながら走る。
その人間は緑の長いぼさぼさとした髪の女性だった。
少女にしか見えないほどに小柄で童顔のその女性は、自分を置いていった道具に悪態をつきながら足を動かし続ける。
森に入ってはぐれてからしばらく、女性の背後からは獣の唸り声のようなものが聞こえる。
それは魔物のものであり、女性は先程から数体の魔物に追いかけられることを繰り返していた。
途中何度か攻撃を加えて数体は倒せたものの、まだ一体は残ってこちらを追いかけてきている。一網打尽に出来れば、もしくは例の物とはぐれていなければこんな魔物に梃子摺るはずはないのだが、女性の体力の無さが災いしてか、未だに解決には至っていない。
「くそっ……この私に……肉体労働をさせるとは……無礼者め……!」
荒い息を吐き出しながら、額に流れた汗を拭う。そして懐に手を伸ばし、充分に距離をとったところで振り返ると、
「これでも食らえ……!」
「――――!?」
懐に入れておいたのは単なるぷちハニー。
しかし単純かつ威力の高い爆発物であるそれは、魔物にぶつかり衝撃を与えると、轟音を周囲に響かせながら火花を散らした。
森の中で爆発の衝撃が木々を揺らし、魔物を吹き飛ばす。
それを確認したところで、ようやく女性は呼吸を整えた。
「何とか……なったか……」
転けそうになる足に力を入れ、何とか大きな木の根本に座り込むと、腰に手を伸ばし、水筒を手に取る。手に取ろうとしたところで、
「……ん?」
そこには何も無かった。いや、ベルトはちゃんとある。
しかし水筒をぶらさげてあるはずの場所には何もない。反対側にも手を伸ばしてみるもそれは同じ。水筒はどこにもなく、
「まさか、落とした……?」
おそらく魔物に追いかけられ、走ってる最中になにかの拍子で落としてしまったのだろう。そうでなくとも、水筒がないことは確実で、
「……あーもうっ!」
水分補給すら出来ないことに苛立ち、拳を地面に叩きつけるも、枝や葉の先が当たって痛い。後悔する。そもそも身体を動かすことには慣れていないもので、
「うぅ……何なんだよ……ぐす」
少し泣きそうになるのを我慢して鼻をすする。腹も減ってきたが、しかし手元には腹を満たすものは何もない。とっくに全て食べ尽くしてしまった。
やはり慣れないことはするものじゃない。偉業を成し、勢いで外に出てきてしまったが、やはり自分は家でじっとしているべきだった。アレを生み出して結構経ったが、まさかアレがあんなにキチガイになるなんて思いもしなかったのだ。そうでなければ、獲物を見つけて突っ走っていくなどしないはずで、
「ぐぅぅ……見つけて帰ったら……今度こそ引きこもってやる……!」
やはり何もせずに大人しく家に帰ったほうが良いと思う。アレも自分には従順な上、結構力を付けてきたので自分が付いていかなくても大丈夫だろう。
どうにか合流できれば力に任せて森から安全に抜け出せそうだが、自分一人だと厳しい。体力的に。ならばじっとして、見つけてもらうのを待つのがいい気もして、
「どうしようかな……」
女性の疑問するような呟きに、反応する者はいなかった。
だが、
「……ひっ……」
不意に、茂みから音が聞こえた。葉が擦れた音だ。
それは即ち、何かがこちらに近づいてきているということで、
「…………」
女性は息を殺してそれを待つ。
木の陰に隠れながら覗き見るようにして待つのは、それがはぐれた相手であればという希望を持ってのことだ。
しかし、やがて茂みから現れた相手は、
「……!」
金髪の、一人の男だった。
一瞬人間と見紛い、安堵の息を漏らそうとして、しかしすぐに理解する。
あれは人間じゃない。
その身から溢れる存在感が、雰囲気が、人間のそれを遥かに凌駕している。
そのことに女性は驚き、頭に浮かぶ存在であることを察し、直ぐ様木の陰に身を戻す。
間違いなく、あれは――
「……何故こんなところに子供が――」
「きゃああああああああぁぁぁ――!?」
背後から声を掛けられ、女性は悲鳴を上げた。
極度の緊張状態、加えてその存在に見つかったことで生じた衝撃に、女性の身体はふらっと揺れて、
「……あぁ――」
「……おい、大丈夫か?」
と言う男の呼びかけ虚しく、女性の意識は暗転した。
魔人レオンハルトは、森で見かけた子供が気絶したのを見て眉間に皺を寄せた。
「……びっくりしすぎて気を失ったのか?」
子供とはいえビビりすぎじゃないだろうか。怖がらせた憶えもないのだが。
木の幹に身体を倒した緑髪の少女を見て、溜息を吐く。背後からキャロルとハンティが追いついて来て、
「レオンハルト様ー? 何だか、凄い悲鳴が聞こえましたが、一体……」
「……何それ? また厄介事?」
二人の視線が、その少女に向く。キャロルはともかく、ハンティは半目で呆れ顔になり、こちらを責めるように見てくる。レオンハルトはそれに反論しようと口を開き、
「……子供を見つけたから声を掛けただけだ。……そしたら悲鳴を上げて気絶した」
ありのままに起こったことを説明する。するとキャロルは納得したように頷き、顎に手を当てると、
「なるほど。確かに、レオンハルト様を急に見たら驚きのあまり気絶してもおかしくありませんわね。それほど偉大で尊い御方ですし……」
「……単に魔人を見てびっくりしただけだと思うけど」
ハンティが即座にツッコミを入れた。レオンハルトとしてもそれに同意だ。幾ら何でも見ただけで気絶は驚きすぎだとは思うが。
しかし、
「どうするか……」
偶然にも見つけた少女の扱いに困る。というのも、
「まぁ、置いていくのもちょっとね……魔物に襲われるかもだし」
「ならまた連れて帰りますの?」
「それもちょっとな……」
どんな事情でこの人気のない森に一人でいるのかは知らないが、気絶したまま放置するのも、いきなり城に連れて帰るのも微妙な対応だ。
かといって他に選択肢も少なく、
「……とりあえず連れて行くか。後で適当に街に送り返せばいいだろ。キャロル」
「お任せあれですわ!」
キャロルが少女を持ち上げ、そのまま右肩に乗せるように運ぶ。どうでもいいがその運び方はどうなんだ、と思わなくもない。
任務というか仕事が優先だ。帰るまでに目覚めてくれればいいが、そうでないと少し難儀である。
とりあえず少女のことを後回しにし、レオンハルト達は再び森の中を進み始めた。
一方、その頃。
「…………暇だな」
開けた森の窪地に、白の巨竜――ライゼンの姿はあった。
彼はレオンハルト達を乗せてこの森に降り立つと、その場で待機することになった。遠くからでも目立つので、集合場所にも便利だという。まあそれはいいが、
「暇だ……」
結局のところそれだ。
それにどうにも時間が掛かりそうである。
場所をここに決めた理由が全員、勘や何となく、と言われてはそう思わざるを得ない。いい加減にも程があるというもの。
しかし待つこと自体は本来、苦手ではない。長き時を生きるドラゴンにとって一日や二日はそれほど長い時間ではないのだ。
だがそれも、ここ最近の生活を思うと長く感じてしまう。城だと誰かしらが話し相手になってくれるのであまり暇はないのだ。
キャロルやハンティ、ペールといったレオンハルトの使徒達だけでなく、中庭の手入れをしているメイドとも、最近はよく話す。向こうからしてもドラゴンといった存在は物珍しいのだろう。色々と興味を引くのか、話題は尽きないもので、そうでいながらも世間話というか、取り留めのない普通の会話をしたりもする。
特に食事の内容を教えてくれたりするのは一日の楽しみだ。あの城の料理はどれも美味いからな。量が物足りない時もあるが、食べなくても飢えて死ぬようなことはないのでそれほど問題ではない。足りなければ肉を食えばいいのだし。
ともあれ、充実した生活をしているのに間違いはない。ゆえに暇な時間というのは前よりも退屈に感じるもので、
「……狩りにでも行くか……?」
ふとそんなことを口に出す。食事用に肉を取ってくるのも悪くない。
そんな時だ。不意に、気配を感じたのは。
「む……?」
微かに感じる気配は、同胞のそれであり、ライゼンは首をその方向に向ける。
こちらに近づいてくるその気配。まさか同胞がこちらに気づき、近づいてくるのか。
そうであれば嬉しいものだし、この退屈も紛らわすことが出来る。そう思い、待ち構えていると、
「――――」
「お……」
森の中から、一匹のドラゴンが現れた。
まさしく同胞の姿だ。やはりこちらに気づいて近寄ってきたのだろう。
「ふむ、懐かしいな。お前は――」
と親しげに声を飛ばした時、ドラゴンは行動を起こした。
「――!」
こちらの不意を突くように、その鋭い爪を振るってきたのである。
直前でそれに気づいたが、ライゼンはそれに何の行動も起こさなかった。
強いて言うなら、訝しげにドラゴンを見ながら、軽く腕を前に出しただけ。そこに爪が振るわれるも、
「……何をする?」
爪はあっけなく弾かれる。
ダイヤモンドドラゴンであるライゼンの鱗は、斬撃の類は一切通さない。例えドラゴン種の鋭い爪であろうが、魔人の剣撃であっても、皮膚に傷を付けることは不可能に近いものである。
ゆえに一切のダメージを受けず、同胞の行動を軽く注意する。ひょっとしたら狂って意識がない状態なのか、と思っていると、
「――オ~……ファンタスティッ~ク……」
「む?」
声が聞こえた。無機質な、しかしどこか狂気を孕んだ声が、同胞から聞こえてくる。
視線を向けて注意深く観察してみると、ドラゴンの周囲に紫の触手が纏わりついており、加えてその中心には赤い瞳を持った目玉があった。
声はおそらく、そこから聞こえてくる者で、
「今までにみた中で最高のボディ。これは、ミーの新しいボディに相応しい……」
「……一体何を――」
新しいボディ。
その意味を計りかね、ライゼンは目を細めてドラゴンを注意深く視界に収める。
だがドラゴンはそのまま身を動かし、
「私の主、ガウガウさんの為に――ユーのボディをゲットね!」
赤い瞳が煌めき、ドラゴンが戦闘態勢に入った。
「いわゆるひとつの――キル・あなた!」
「……何なのだ、こいつは……?」
摩訶不思議過ぎる存在に、ライゼンは同じく戦闘態勢に入る。向かってくるというのであれば相手せざるを得ない。
「……よく解らんが、やると言うのであれば相手になろう」
とりあえず倒してから話を聞けばいいか、とライゼンはその身を動かした。
――しかし、勝負は一瞬でついた。
「オー……ベリーストローング……」
「……本当に何なのだ……?」
ドラゴンが戦いを仕掛けてきはしたが、爪や牙による攻撃も、ブレスによる攻撃も、何故か使ってきた魔法による攻撃も、ライゼンのダイヤの身体を傷つけることは敵わなかった。
相も変わらず変な口調で喋るそれに、ライゼンは目を向ける。
……もしや、この目玉が本体なのか?
確証はないが、どうにもそんな気がする。
ドラゴンは正気を失っている者が殆どなので、ちょっと気が狂っておかしくなっただけの変な奴だという線も捨てきれないが、どうも声は目玉の方から聞こえてきているようで、
「……うーむ」
どうするべきかを迷う。
本当にこの目玉が本体なのだとしたら、同胞は操られているということになるのか。そうだとすればライゼンとしても看過出来ないことであり、
「とりあえず、引っ剥がしてみるか……ん?」
もし目玉が剥がれて正気に戻るようであればそういうことなのだろう。
自分の大きな手では難しいが、試せることは試してみようと、手を伸ばしたところで、ライゼンは気づいた。
「あの目玉がいない……?」
同胞の身体に付いていた目玉がどこかに消えている。
小さすぎて見落としたか、と辺りを見渡したところで、
「――っ!」
身体に何かが纏わりついてくる感覚を感じ、ライゼンは眼下に首を向けた。
そこには、同胞に纏わりついていた紫の触手が、自分の身体に巻き付いてきているところで、
「よりストロングなドラゴンボディ、ゲーット……!」
「ぐっ……何だ貴様……!? 何をする……!」
またしても目玉の無機質な声を耳に聞いたライゼンは、激しく抵抗しながらも、その触手が徐々に距離を近づけてくるのを見た。
スラル「……何これ、ヤバそう」
ペール「ドラゴン触手責めとか、レベル高いですよねぇ」
スラル「そうじゃなくて! 何か組み合わせがヤバいような――」
キャロル「最強生物誕生の予感がしますわ!」
ラウネア「…………(寄生って無限の可能性を感じるよね)」