魔王城の一角は血に染まっていた。
そこは城の廊下に当たる場所であり、魔物兵の往来もそれなりにある場所であるが、今はその殆どを死体としている。
それを引き起こした存在は、奇妙かつ不気味な存在だった。
廊下の中央、平たい茸のような傘と複雑な模様が描かれたローブを着る魔物兵がいる。
“魔素漢”と呼ばれる魔物兵であり、各種魔法を扱える特殊な魔物兵であり、魔軍にも部隊が導入されている歴とした仲間だ。
だが、
「ギャアアアァァ! ああ、あ、アツ、ぐ、ああっ、うああぁぁああぁああッ!?」
「――――」
その魔素漢は、周囲にいる仲間である魔物兵を魔法で傷つけていく。それは通常の魔素漢が放てる魔法の威力を遥かに越えており、遊び半分の攻撃であってもやがて魔物兵達を無惨な死骸へと変えていく。
原因は一体の魔人であった。
「んっんー、このストロングな魔力……」
魔素漢の体に、紫の触手を使って張り付く丸い宝石がある。中心は目玉のようになっており、そこから赤い瞳をぎょろぎょろと動かし、魔物兵の悲鳴を聞いて瞳を輝かせるのは、
「魔人になってミーの魔法の威力も以前より格段にパワーアップ! ユーらは、ミーの新たなパワーの実験体になる! クケケケケケ!」
機械的で狂気に満ちた甲高い笑い声を上げながら、生者を殺していくのは魔王ナイチサが新たに作った魔人。
――魔人レッドアイ。宝石の魔人である。
寄生能力と高い魔力が込められた宝石であるレッドアイは、その寄生能力をもって魔素漢に取り付き、周囲の魔物兵を魔力で吹き飛ばしていた。
「あ、あ……」
そんな中、腰を抜かして床にへたり込む魔物兵がいた。
視界では仲間達が狂気の魔人によって殺されている。
数秒後には自分も死体になることは容易に想像出来た。
「クケケ! ユーら、ダイ! キル・あなた!」
「ひっ……!?」
そしてとうとう、自分の番が来た。
レッドアイの冷たい瞳が魔物兵を捉える。
魔法の詠唱を始めたレッドアイに怯え、逃げることすら叶わず、魔物兵は自分の死をそこで幻視した。
その瞬間だ。
「――やめろ、レッドアイ」
「っ!」
背後から飛んできた声に、魔物兵の身がビクリとする。
凄まじい気配を感じ、それが徐々に近づいてくる。魔物兵のすぐ近くまで気配は迫ると、その横を通って前に進み出る。
現れたのは魔物兵が知る者と、知らない者だった。
二人を見たレッドアイが魔法の詠唱を止めて、
「お、オー……?」
疑問するような考えるような声を上げる。首を捻るように本体が動き、
「ユーらは……どこの誰さんか? 伊藤さん家のみち子ちゃん?」
「……忘れたか? 魔人レオンハルトだ。お前をここに連れてきた魔人……と言えば分かるか?」
「レッドアイ……」
「魔人と……」
魔人筆頭であるレオンハルトと、その隣に付く緑髪の少女を見て、レッドアイの動きが止まる。
しばらくの間、その場に静寂が訪れた。誰も口を開かない。生き残った魔物兵もその場から離れようとそそくさと移動を始めた。
するとややあって、
「……オオ」
何かに気づいたような声を、レッドアイは上げて、
「オー! ユーはあの時のベリーストロングな魔人! そしてユーは――」
レオンハルトのことを思い出したレッドアイ。その瞳が次に緑髪の少女に向けられ、
「ミーを作った創造者! 偉大なるガウガウさん!」
「!」
その事実を憶えていたことに、レッドアイの製作者であるガウガウ・ケスチナは僅かながら光明を見出す。レッドアイはテンションを更に上げて、一方的に喋り始める。
「ユーら感謝! 感謝よ! 特にユーがここに連れてきてくれたおかげでミーは魔人になりベリー強くなった! おかげでミーはベリーハッピー。ルンルン気分っちゅうやつよ!」
クケケケケ、と笑い声を上げるレッドアイは、本体をくねくねと動かし、強くなったことを喜ぶ。
それはガウガウが設定したレッドアイの行動原理の一つ。
自らを高める。強くなること。
魔王を倒すためにどこまでも強くなれるように思考を設定した。
ゆえに魔人になってもそこは変わらないのか。ともかくレッドアイの性格はそこまで変わってないように見える。
ともすれば、とガウガウが思うのも無理はないだろう。
「……レッドアイ」
「オー?」
ガウガウはレッドアイに声を掛ける。
確認するように、そうであってくれ、と願いを込めて、
「……私は……レッドアイにとっての……何?」
「……ミーにとって?」
こくり、と頷くガウガウ。レオンハルトは隣で無言のまま見守っている。
すぐに動けるように警戒は怠らず、その鋭い双眸でレッドアイを観察し続ける。
その間、レッドアイは考えるようにまた動きを止める。
そして、
「……ガウガウさんは――」
ゆっくりと結論を導き始める。
「……ミーのマスター」
「!」
その言葉を聞いてガウガウの表情が緩む。
生みの親であるという認識はまだ残っていた。ならば命令権も。
と、思っていたが、
「……でも」
と、
「――もういらない」
「――――」
無機質なレッドアイの結論を聞いて、ガウガウが言葉を失う。
瞬間、レッドアイは箍が外れたように再び、
「ク、クケ、クケケケケ! そう! ガウガウさんはもうミーにとってナッシン! 必要ない!」
その言葉通り、レッドアイは魔法を詠唱し、その矛先を主人であったガウガウに向ける。
レオンハルトが目を細めて迎撃の構えを取る。既にその道は断たれた、とレオンハルトは認識していた。
だが、
「……っ、私を攻撃してもいいのかっ!?」
ガウガウはすぐさま立ち直り、レッドアイに鋭い声を飛ばす。
「私が死ねば、レッドアイ! お前も死ぬ! 魔人になってもそれは変わらないぞ!」
それはガウガウが、おかしくなりはじめたレッドアイに掛けた暗示。
“ガウガウ・ケスチナが死ねばレッドアイも死ぬ”――という魔法を掛けられたという、暗示を掛けたのだ。
その条件を満たせばレッドアイは自己崩壊を始める。それから逃れることは出来ない。
ゆえに堂々と、ガウガウはレッドアイに対峙する。
傷つけることは出来はしない、と、その自信をもって。
しかし、それすらも、
「……それなら問題ナッシン」
「何!?」
レッドアイは何でもないことのように言う。どういうことだ、とガウガウが目を見開く中、レッドアイは続けて、
「ガウガウさんが死んでも、その血を受け継いだ者が生きてる限り――ミーは死なない。ガウガウさんには息子がいる」
「っ、お前……!」
その時点でガウガウは察した。
自分の暗示が、捻じ曲げられていることを。
暗示の対象をガウガウ個人から、ガウガウの血筋が絶えることへと変更したのだ。
ゆえに、ガウガウにも解る。それは、
「私を殺して……息子を――いや、私の血を……」
「そういうこと! ガウガウさんの息子――バウバウさんを捕まえて、適当にベイビー産ませて残すするすれば、ミーは死なない!」
「……っ、なんて非効率的な……」
レッドアイが出した結論に、ガウガウが小声で苦悶の声を漏らす。
血が絶えない限り死なない、という風に変更を加えたとしても、その血が絶えたと認識すれば自己崩壊することに変わりはない。
その正しく命綱と言うべきガウガウの子孫を、一人ずつ受け継がせるのみで、いらない方は殺すなど、危険にも程がある。
この瞬間、バウバウが死んでいたらどうするつもりなのか、と思うも、条件は認識すること。どこかで生きている、とレッドアイが感じる限り、自己崩壊は起きない。
そういう意味では見つかった方がいいのかもしれない。
だがそれは、息子に自らの業を継がせてしまうということで、
「……くっ」
ガウガウは迷う。どうするべきか。
暗示をこれ以上掛け直すことは出来ない。ゆえに取れる方策も多くはない。
暗示の齟齬を教えるか、そもそも解いてしまうか。それなら息子に背負わせることもない。
だが代わりに、レッドアイを倒すことは難しくなる。
魔人になったレッドアイは、当初のガウガウが危惧するよりも強大な災厄となって人類を苦しめるだろう。
見ず知らずの他人などどうでもいいガウガウではあるが、自分の作った魔道具が災厄となって人類を苦しめるなど、付与師としては不名誉極まりない。
だがこのままにしておけば、遠からず自分や、息子も死ぬだろう。
レッドアイの狂った思考に、もしも、とか、保険、などを考えるのは無駄だろう。息子を死なないまでも痛めつけるだろうし、子供が出来たら親は用済みと考えて直ぐに殺してしまうかもしれない。現に今、息子がいるから、とガウガウ自身が殺されそうになっているのだから。
そしてもう一つ、ガウガウの迷いの原因は、
「ミーはフォーエバー強くなる! より強いボディを得て、魔力を高め、最強になる! これこそがミーの、メイクドラーマー!」
「……ちっ」
ともかくどうするか、ガウガウは舌打ちを一つし、思考を回す。
まずこの場から生還する方法を考えなければならないが、それには戦闘は避けられないことで、
「……魔法は疲れるから嫌なんだけどな……そうも言ってられないか……!」
そもそも人間である自分では無敵結界の壁を突破出来ない。
ゆえに普通にやっても無駄に終わる可能性は高いが、それ以上に可能性の高い方法は無いと、
「――おい」
「っ!」
「!」
思っていたのだが、
「な、なに……?」
隣から凄まじい圧力を感じる。
それは魔人となったレッドアイを遥かに上回るもので、
……こ、こいつ……やっぱり……滅茶苦茶強い?
魔人レオンハルト。魔人筆頭。魔軍参謀。
最強の魔人とも名高い魔人が、その殺気を声とともにレッドアイに向けて放つ。
「……こいつは俺の客人だ」
「オ、オー……」
一歩前に出て、レッドアイを睨みつける。気圧されたレッドアイが一歩下がる。
「これだけの魔物兵を殺した挙げ句、俺の客人まで殺そうって言うなら――お前を殺すぞ、レッドアイ」
「…………」
レッドアイが沈黙する。
デジタルな思考のレッドアイは実力差を計っているのだろうか、余計な声を出すことなく、じっとその赤い瞳でレオンハルトを見つめている。
魔人同士の睨み合いの最中、先に声を出したのはレオンハルトで、
「……それにな、お前の論には間違いがある」
「?」
レッドアイが疑問符を浮かべる。同じくガウガウもその言葉に疑念を抱くも、
……まさか。
気づく。何を言おうとしているのかを。
しかし魔人の圧力に押され、それを止めることは出来ず、
「ガウガウの血がある限り死なないなら……お前は死ぬことはないだろう」
「??? どういうことか?」
レッドアイがそれに耳を傾ける。純粋な疑問を感じたのだろう、それを確認してレオンハルトは、いいか? と続けた。
「ガウガウの血と同じ血を持つ人間など、それこそ腐るほどいるし、放っておいても腐るほど出来る。親戚、兄妹、家族などガウガウの血縁。それはこれからもどんどん増えるだろう。それぞれが様々な場所、相手と子供を作る」
「……つまり」
レッドアイの問いに、レオンハルトは頷いた。つまり、
「お前がガウガウの血筋に拘る必要はない」
「…………オ」
レッドアイの思考が一度止まり、しかし再起動して声を上げる。
その声は、
「オオオオオオオォォオオ!?」
歓喜の声だった。
「それはつまり、ミーはもう無敵っちゅうことか? 好きなだけキル・あなたしていいか?」
「……とりあえず、魔物兵をいたずらに殺すのはやめろ」
魔人筆頭兼魔軍参謀としてレオンハルトは注意する。
しかしなおもレッドアイはご機嫌な様子で、
「クケケケケケケ! OK! OK! モンスターはいたずらにキルしない!」
無機物ではあるが、喜びの感情を発露させて、レッドアイは言う。
寄生している魔素漢が小躍りするほど、歓喜を露わにするレッドアイにガウガウは何を思うのか、無言でそれを見つめ続け、
「…………」
「ん……? ああ」
レオンハルトのコートをクイクイと引っ張る。
それで何かを察したレオンハルトは軽く息を入れながらレッドアイに目を向けると、
「レッドアイ。お前も魔人になったのなら最低限魔王様と俺の命令には従ってもらうぞ? 後、こいつには手を出すな」
「OK、OK! オーダーには従う! 強いものに従うのは魔人の摂理! とっても自然な結論! そして……そっちに関してはもうどうでもいいね! クケケケケ!」
「っ……」
冷たい瞳で、それと評され、ガウガウの表情が僅かに歪む。しかしすぐに口を一文字に結び、
「…………」
「ああ、わかった。――ならばレッドアイ、追って指示を出す。魔王城からあまり離れることなく待機しておけ」
「オオ! オオッ! ミーはフリーーーダム! ミーはリリーーース! 呪縛から解放された! これこそ、メイクドラーマーーー! グヒャ、ゲヒャアヒャヒャ!」
「…………ふん」
聞こえていないのか狂ったように笑い声を上げるレッドアイを尻目に、レオンハルトはガウガウに袖を引かれながらその場を後にした。
「――それで、どうする?」
「…………」
レオンハルトの城。その一室に戻り、再度の問いを投げかけたレオンハルトは無言の応答をするガウガウを見た。
魔王城にて彼女が作ったレッドアイを見て、やり取りを行った。それから城に戻ってくるまで、ずっとガウガウは何かを考えるように、真剣な表情で押し黙ったままであり、
「……さっきも言ったが、これは俺の意思でやったことだ」
「…………」
「そして、詫びるつもりも毛頭ない」
そんなことを言っても、ガウガウはまだ口を開かず、沈黙したままだ。何を考えているのかは、レオンハルトには解らない。
ただ一つ、予想出来るとすれば、レッドアイのことを考えているであろうということだけであり、
「……レッドアイは魔人になり、お前の制御下を離れた」
それが現実だ。ナイチサの命令が元とはいえ、自分が引き起こしたことでもある。
特に後の結果は、自分が口にしなければ起こらなかっただろう。ゆえに、
「これからは魔人として……まぁ、あの性格も災いし、人間を苦しめるだろうが、お前が気を揉む必要はない。ましてや責任を負うこともな」
確かに製作者はガウガウかもしれないが、
「レッドアイは既に一個の自我が芽生えている。ゆえに自分の意思でそれを為す」
だからお前は関係ない。そう言外で言うように、
「……もう帰っても大丈夫だろうが……念の為、しばらくはここにいると良い。ああは言ったが、レッドアイがお前を狙ってこないとも限らないからな。帰る際はちゃんと送り届けてやるから――」
「――研究するか」
「……何?」
不意に、何かを思いついたように顔を上げたガウガウが言ったのは、研究するか、という短い言葉。
そうしてガウガウは、座っていたソファーの前にあるテーブルに、どこからか取り出した紙を置くと、そこにペンを使って何かを書き込んでいき、
「んー……どんなアプローチでやればいいかな……とはいえ、魔人となった魔道具なんて前例が全く無いし、そもそも私自身、幾ら天才とはいえそんなことやったこともないからな。……うん、やっぱり手探りでやるしかないか……」
「……おい」
「というか一番の問題は時間だな……私が生きてる間に終わる気がしないぞ、これ……まず長生きする方法でも考えた方が良いような……」
「…………おい」
「……何だ? 今色々考えてるから話しかけるなよ」
ブツブツと色々呟やいていたガウガウが、不機嫌そうな表情をこちらに向けてくる。
何となく、これが素なのか、と思いつつ、レオンハルトは疑問を口にした。
「……お前は何をするつもりなんだ?」
「……はぁ? そんなの、決まってるだろ。解らないとか、馬鹿なの?」
「…………すまないが解らない。教えてくれ」
はぁ、と深い溜息を吐いて馬鹿を見るような目を向けるガウガウに、釈然としないものを感じつつ答えを待つ。ガウガウは、仕方ないなぁ、と言いながらソファーの上に立つと、
「……レッドアイを、
「…………は?」
予想もしていなかった言葉にレオンハルトが間の抜けた声を思わず漏らすも、それに一切構うことなくガウガウは話を進めようと続け、
「魔人化してバグったのか、頭がおかしくなってたけど、思考はデジタルのままだ。ならバグを直してやれば少なくとも私の言うことは聞くようになるだろ、多分。魔人化前も狂ってたが、私には従順だったし。だから――」
「……少し待て。一旦整理する」
「はぁ? こんなことも理解出来ないとか、頭の出来悪いのか?」
半目でこちらを見てくるガウガウ。どうでもいいが、ソファの上に立ってるのに目線がこちらとあまり変わらないのは馬鹿にしていいのだろうか。
そして、こちらが魔人であることを忘れてないだろうか。ずけずけと物言いをしてくるガウガウに頭を抱えつつも、頭の中を整理し、
「つまり……お前は、あの狂ったレッドアイを元に戻すつもりか?」
答えを言う。するとまたしても、はぁ? と、
「そう言ってるだろ。何で分からないの? 馬鹿なの? 死ぬの――」
「……いい加減にしろよ、この合法ロリ」
「ひっ!?」
軽く威圧しつつ言うと、ガウガウはソファの後ろに隠れ、魔女帽子を被った頭を陰から少し出しながら、
「な、何だっ! 子供を苛めるなんて大人げないぞ! このロリ――あ、嘘、嘘だから睨むのやめて……」
「……はぁ」
息を吐き、半ば呆れるように威圧を止める。どうにも気が抜ける相手だ。
気を取り直して、レオンハルトは質問を続ける。恐る恐るとソファの前に戻ってきたガウガウを見て。今度はちゃんと座った。
「……元に戻すとは、魔人を止めさせるということか?」
「……違うけど。何でそんな勿体無いことしなくちゃいけないの?」
ガウガウは少しだけ抑えながらも説明する。それは、
「最初はやばいと思ったけど、よくよく考えたら強くなったのは良いことだし、直さなくてもいいじゃん。魔人を止めさせる方法とか何となく無さそうだし」
それよりも、とガウガウは、魔道具、とデカデカと書かれた紙をぱしっとペンで叩き、
「魔道具に改良を加えるだけなら無理、とは言い切れない。あのまま私の言うことを聞くようになったら……それこそ、私が最強。くく……」
くつくつ、と暗い笑みを浮かべるガウガウを見て、レオンハルトは微妙な表情になってしまう。
……こいつ……どんな思考をしてやがる……?
レッドアイを作っただけあって優秀だとは思っていたが、性格の方も少し問題があるようだ。
あの状態のレッドアイを受け入れ、そのまま手中に収めるつもりとは、さすがに変人というか狂人に過ぎる。だが、
「……まぁいい。それなら――ここで研究するか?」
「……えっ……」
見どころはある。ゆえにそんな提案を口にしたのだが、
「…………」
「……何故俺から距離を取る?」
何故かガウガウはソファから離れて遠巻きにこちらをチラチラと見てくる。微妙に顔を赤くしつつ、警戒するような瞳で言うのは、
「……私を手篭めにする気?」
「あ?」
「わざわざそんなことを言うなんて……体目当てとしか思えない……しかも、そう思うってことはロリコンってことで……いや、でもイケメンだと許せそうだから世の中って不条理……」
どうやらあらぬ誤解を受けているようなので、レオンハルトはそれを訂正しようと目蓋を揉み解しながら、
「……言っておくが、そういった意図はないからな?」
「……本当か? 一切、ロリに欲情しないと誓えるのか?」
「……………………」
「お、おいっ! 何でそこで無言になる!? まさか本当にロリコンなのか!?」
「……いや、悪い。気にしないでくれ」
少し思うところがあった所為で無言になってしまったが、気を取り直すように咳払いをすると、
「とにかく、俺にそんな意図はない」
「少し不安になるが……なら、何でそんな提案をする?」
お互いにメリットが無いだろう? と言うガウガウの思考は、やはり研究者然としている。こういったタイプにははっきりとメリットを提示してやれば良いだろう、とレオンハルトは口を開いた。
「俺の城で研究する限り、お前は時間を気にする必要はなくなる。何しろ――この城の中では歳を取らないからな」
「? それはどういう……」
首を傾げるガウガウに、レオンハルトはあっさりとそれを口にした。
「――“永久保護魔法”。聞いたことはあるか?」
「……永久、保護魔法……」
ガウガウはレオンハルトからその魔法の詳細を耳にした。
「そうだ。この城全体にその魔法が掛けられており、中にいる人間や生き物はその影響下にある。効果はさっき行った通り」
魔法研究者として高名であるガウガウでも聞いたことのない魔法。その効果は先程も聞いた通り、
「この魔法の影響下にいる者は、成長時間が止まる。つまり――歳を取らない」
「それは……」
凄まじい効果の魔法だ。
確かにそれがあれば懸念していた時間の問題はクリア出来る。
手探り状態でそれを研究するには数百年か、あるいは千年以上の時間が必要かもしれないと思っていたところだ。
場合によっては魔人か使徒になる必要もあるかと考えていたが、それも必要なくなる。
その効果に唖然とするこちらを見て、目の前の魔人レオンハルトは軽く笑みを浮かべつつ、
「とはいえ、俺や俺の使徒達に意味はないがな。だが、この城にいる人間や魔物、今ここにいるお前も成長時間は止まっている」
「成長が止まる……」
……何だか嫌な響きだな……。
成長に悩んできたこちらとしては微妙に嫌なフレーズだ。しかしそれが有益であることは認めざるを得ない。
「……本当なのか?」
「現に、ここで働いている一部の人間――料理人やメイドは既に百年以上、変わらない姿で生きている」
とはいえ、と、
「あくまで城にいる間だけだ。外にいる間は時間も普通に流れる。だから成長したければ外に出ていればいいし……現に城で生まれた子供などは外の街で暮らして貰っている。出たいのならいつ出ても構わないからな」
「……なるほど」
確かに、生まれた赤ん坊が全く成長しないのは困るだろう。
だがそれ以外はメリットしかない魔法だ。寿命による死を回避出来るなら、
……あれ? 普通に最高じゃ……?
いつまでも引きこもり続けることが出来る。少々特殊だが、永遠の命を得たようなものだ。
それに毎日研究をしつつも、ぐーたらして、掃除とか生活のあれこれもここならメイドとかがやってくれるだろうし、外に出なくてもいい。出なくて困ることは何もないのだ。
一つ気になるのは、魔人や使徒やおそらくいるであろう魔物と関わりを持たないといけなさそうな事だが、それもこのロリコン魔人を盾にすれば回避出来るだろう。
考えれば考えるほどその提案を受けたほうが良いことが解るが、一応細々とした気になることもある。
ゆえに目の前の魔人の顔色を窺うように、
「……えーと、元いた研究室から荷物を持ってきたいんだけど……」
「使いを出してやるから好きにしろ」
「……部屋は陽の当たらない角が良くて……」
「ちょうど良いな。研究室は内側の隅にある。陽も殆ど当たらない場所だ」
「……食事は……」
「毎日好きな料理を頼むといい。家のは腕がいいからな。お菓子だろうが何だろうが作ってもらえるぞ」
「――ひゃっほう!」
……やった! 引きこもり生活万歳!
勝った。人生の勝ち組来た。それを確信する。
三食昼寝おやつ付きで、永遠の命も付いてくる上、よくよく考えてみれば最高位の魔人の城とかいうのは、世界で一番安全な場所な気がする。
「……ただし、俺にも協力してもらうからな」
「……えぇ……あ、はい」
「……露骨に残念そうな顔をするな。協力と言っても、精々魔道具を作ったり、研究してもらうだけだ」
「……まぁ、それなら」
それくらいであればいつもやっているから構わない。
研究が色々と利用されたとしても、そもそも付与師として作った魔道具を有効活用してもらうのは後世に名を残す為に重要な事だ。
魔道具に自分の名を名付けて、それを後世に残すことを目指すのが付与師の一般的な目標なのだ。
だから、
……まぁ、ちゃんと直してやらないとな。
自分が作った魔道具の事を思う。
……あんな奴でも、私の
それがバグった状態のまま、狂気に支配されるのは――可哀想だ。
既にこちらのことを見ていないとしても、
どんなに人に迷惑を掛けたとしても、作った自分だけは愛してやるのが、自分の付与師としての誇りだ。
どれだけ自堕落に生き、人の道を外れたとしても、それ一つだけは、守らないといけないだろう。
いい加減な自分の中にある唯一の意地だ。それを為すため、ガウガウはあくまでも軽く、決意する。
「……言っとくけど私、凄いぐーたら引きこもりながらやるけど……それでもいいんだな?」
「……フッ、安心しろ」
城の主である魔人は言う。良い笑みで、
「引きこもりは嫌いじゃないからな」
「……そう」
なら、
「……のんびりやりますかねっと」
天才魔法研究者にして付与師である私の研究を。
――と、思っていたのだが、
「……えーと、よ、よろしく?」
「……一人じゃないのか」
「え? ああ、一応ここはあたしの研究室ってことになってるんだけど……まぁ、これからは二人のってことになるのかな。とにかく、よろしくね」
「……はぁ」
黒髪の、カラーのような見た目をした使徒、ハンティと名乗った女性が苦笑しつつ手を差し出してくるのを、ガウガウはげんなりとしながら見た。
……そもそもその……白衣? の下にレオタードって……変態っぽいな……。
白衣は格好いいからいいが、下に着る服がレオタードとかだと何故だか解らないが、変態か痴女に見える。
これもあの魔人レオンハルトの趣味なのだろうか、と思う。
そのうち私も妙にフェチ的な衣装を着せられるのかな……、と思いつつ、ガウガウ・ケスチナは差し出された手を握った。
レッドアイ&ガウガウ編終了
次回から小話を挟みつつ地震やって、別の魔人の話やって、別の魔人の話やります。
大きな話はその後ですね