自分のことをよく知ってもらえるのは、基本的に良いことだと、レオンハルトは理解していた。
何故ならそれは、こちらへの興味があり、理解を深めていることに他ならないからだ。よく知ってくれているが故に、交流も深まりやすい。
しかし、敵対者に自分の情報を知られすぎると不利になるように、それが良いことばかりとは限らないし、何より全てが明け透けだと、精神的な負担も大きい。人は誰しも秘密を抱えて生きるものなのだ。それは精神の安定にも繋がる。
そう、俺が何故こんなことを思っているのかと言うと、やはり精神が不安定だからだ。
端的に言って、解せない。何故こんなにも、自分のことを――それも不特定多数の人物に知られているのか。
ただ有名だからというだけでは説明出来ない。何故ならその中には、自分がただの一度も口にしたことのない情報も紛れているのだから。
身内の者なら別にいい。古い付き合いである魔人――ガルティアが料理を指して、“お前、これ好物だろ?”と言ってくるのは、当然何度も食事を一緒にしたのだから知ってるだろうし、ケッセルリンクが、“レオンハルトならこうすると思っていた“と言うのもこちらの思考をよく理解して信頼してくれているのだ。別に構わない。
使徒である三人や、長い付き合いである魔物大将軍が趣味を理解しているのも別に普通だ。実際に自分のことをよく近くで見ていたのだから好物や趣味に関して知っていてもおかしくない。
親衛隊やメイドが知っているのも――まぁ、いいとしよう。何故、的確にこちらの好みやツボを押さえた奉仕をしてくるのか解せないが、それも誰かが気づいて情報共有が為されているだけかもしれない。
だが、全く関係ない――とまでは言わないが、プライベートな付き合いをしてる訳ではない魔人達や、そこらの赤の他人からも、“レオンハルト様は女好きだが、その中でも特に……”とか何とか言われているのは意味が解らない。
仕舞いにはこの間、ナイチサから、
『レオンハルト。日頃からよく働いている卿に余からの褒美だ。受け取るがよい』
と、好みの女がダース単位で下賜されたのはさすがに唖然として返事がぎこちなくなってしまった。
何がどうなったら魔王にまで情報が渡るのか、考えた。考えた末に、結論を出した。
それは、
「――誰かが俺の詳細な情報を各所に流しているんじゃないかと思うんだが……そこのところお前はどう思う? シャロン」
「……なるほど、そういうことでしたか」
自分の城の中庭で、傘で影を作ったテーブルにて、お茶会の準備を進めていたのは、ケッセルリンクの使徒であるシャロンだ。
彼女は既に席に着いているこちらに対し、自分に何故そういう話をしてきたのかを正しく理解して頷く。それは、
「私が、レオンハルト様の情報を沢山知っているから……だから私が情報を流していると、そう仰っているのですね」
「ないとは思ってる。一応確認したいだけだ。お前、例の本で知った情報は誰にも喋ってないよな?」
例の本。それは、レオンハルトの人間時代のことが記された手記のことであり、レオンハルトの故郷と縁のあるシャロンだけが知っているはずのものだ。
そこには、前にシャロンに聞いた限りでも、自分の趣味趣向が記されていたという。なので、知識的にあり得るのはシャロンなのだが、
「はい。私は誓って、あの本の内容を人に教えたことはありません。存在を教えたことも皆無です」
「……まぁ、そうだろうな。お前が、人の秘密や恥ずかしいことをべらべらと口にするとは思えない」
ありがとうございます、と微笑でお辞儀をするシャロンに、レオンハルトは軽く息を吐いて頭を悩ませた。
……知っていたとしても、性格的にはない。
不義をするような柄じゃないだろうし、更に言うなら今ここでそれはないと誓ってくれた。
ただ一個気になることがあるとすれば、それなりに生きてきて中々強かになった気がするということ。
メイドの仕事も慣れたのだろう、その動作には淀みがない。やっていれば慣れるものだからそれはいい。実際、家の城のメイド達も、年数が経つにつれ同じ様に慣れている。
だがシャロンの場合、それとちょっと違うのは、基本的に笑顔を崩さないというか、慣れすぎているということだ。
個性なのだろうか、どうもシャロンの笑顔は内側を読ませてくれない。何百年と生きれば、それだけ人と接してきたこともあり、表情や仕草で相手の感情の動きや、嘘をついているかどうかが解ったりする。条件が揃ったり、未熟な相手であれば考えていることだって手に取るように解るものだ。
逆も然りで、心を隠すことも上手になったりするのだが――シャロンはそれが抜群に上手い。
笑顔で常に口調が丁寧でも目だけが笑ってない時がある。逆に言えば、そういう時は含みがあると解るので、まだまだとも言えるが、それでもそれ以上は読ませてくれない。
今も、じっと視線を向けていたこちらに対し、気づいて振り向くと、
「……どうかしましたか?」
にこっ、と笑顔を向けてくる。
これがどうにも牽制に見えてくるのはさすがに深読みしすぎだろうが、何か隠してそうな感じもするようで、
「……いや、何でもない」
確証も無いしこれ以上突っ込んでも無駄だろうとシャロンに向けていた視線を外す。
シャロンは、そうですか、と頷き、しかし、
「今日は私の後輩の紹介もありますから、あまり他の事に気を取られないでくださいね?」
「ん、あ、ああ……」
……あれ、ちょっと怒ってるのか?
微笑を浮かべているものの、その言葉の裏には棘があるように聞こえる。というか、普段はそういう注意をしてこない。同郷ということと、親しいケッセルリンクの使徒というのもあって普段から他の魔人の使徒よりもよく話す間柄だが、それも相まってやり辛さみたいなのを感じる。何というか、注意されても言い返せない。
苦労を掛けた負い目があるせいか、もしくは似ているせいだろう。年頃の妹や、
……このことを考えるのはやめよう。
考えれば考えるほどやりにくさが増していく。ゆえに吐息一つで気持ちを切り替え、居住まいを正すと、レオンハルトは普段どおりに、
「……一応、こっちにも紹介する奴がいるんだが……」
「そうなんですね。……また胸の大きい子ですか?」
「違うわ。というかまたって言うほどそればっかりじゃないだろ。精々、三人に二人程度だ」
「……充分に、また、だと思いますけど?」
「……それでも、今回は違う」
また少し笑顔が怖くなったシャロンに弁明する。今回は違う、と言うとシャロンの笑顔が少し収まり、
「どういう子ですか?」
「見た目は子供だが、実は結構な大人で、魔法研究者をしている引きこもりの女」
「……よく分かりません」
だろうな、と頷く。端的に説明したのだがそれだけだと意味不明だろう。
「見れば分かる。……というか、ちょっと遅いな……」
普段から一緒に研究してるハンティに迎えに行かせたし、研究室から中庭には直ぐに出られるのだからそんなに時間は掛からないはずだが。
駄々でも捏ねているのだろうか、と思っていると、シャロンはすっと別の方向を見て、
「……こちらはもう準備出来ました。ケッセルリンク様も直に来られます」
「みたいだな」
遠く、見知った顔がこちらに歩いてくるのを見て頷く。
……そろそろお茶会か。疑問は解消されてないが、今はとりあえずいいだろう。
また事情が微妙な相手が来るだろうし、こっちが怖い顔をしていたら緊張するだろう、と、レオンハルトは新たな身内を迎えることにした。
私は、紆余曲折を経て、魔物社会に足を踏み入れることになった。
爵位も高くない普通の貴族の家に生まれ、魔物に怯えることも、生活に苦しいこともない裕福な暮らしをしていた。
お見合いで結婚することになったのも、別に普通。貴族の家では珍しくないことだ。
たまに相手の見た目や性格が嫌だとか、別に好きな人がいるとかで騒ぎを起こす者もいたが、幸いにも自分は嫌でもなかった。
相手は高名な魔法研究者。研究の成果が国に認められて爵位を与えられた人だが、人柄も見た目も悪くなく、そういう相手も元からいない。特に断る理由はない上、貴族の子女とはそういうものだと理解していたのでそれを普通に受け入れた。
最初は価値観の違いから苦労することもあったが、それでも妻として夫を理解することに努め、よく尽くした。
幸いにも双子の子宝にも恵まれ、夫一人と娘二人の幸せな家庭を築いていたはずだった。
ここまで順風満帆な人生。大きな苦難や苦労を経験することもなく、大きな出来事があった訳でもない。山も谷もない小さな幸せだが、今の世の中では充分に幸せといえるものだったのだ。
――あの日までは。
私の幸せを奪ったのは、魔王でも魔人でも、魔物でも何でもない人間だった。
ある日、滅多にない所用で一人、外に出ていた私が家に帰ってくると、娘達の姿が見えない。
夫が見ているはずだと娘達の様子を見ようと、研究室に向かった。
魔法研究者である夫は屋敷の離れに研究室を設けていた。いつも日がな一日中、酷い時は数日間そこに籠もったままの時もある。
だがこれが仕事であるのだから特に文句はない。昔ならともかく。夫に尽くすのが貴族の妻の役目だ。
そうして研究室の扉を開いた。
そこには夫がいた。そして夫の前には――二体の化け物がいた。
声を上げた。怯え、何をしているのかと聞こうとしたところで、気づいた。
その二体の化け物が、こちらに縋りつこうとしている。
肉癌だらけの化け物。それに娘達の面影を見た。
気づいたところで、夫は高揚したように語り始める。
それは娘達で、魔法研究の為の礎になっただの色々と難しいことを言っていたので詳しくは解らない。
しかし確かなのは、夫が、娘達二人を魔法の実験体にしたということで。
――気づけば、自分の手は動いていた。
近くにあった何か固い物を手に取り、夫の頭目掛けて力いっぱい振り下ろした。
そして夫は、頭から血を流して死んでいた。夫を殺してしまったのだ。
殺人を、しかも夫を殺してしまった私は、町にはいられないと、見るも無惨な姿になった娘二人を連れて町を飛び出した。
こんな姿になっても二人は私の娘だ。手放すわけにはいかない。
だが、他の人は違った。
化け物のような見た目の子供を見て、どの町でも、どんな土地でも、自分達は迫害された。
そうして人里を離れ、山小屋での生活まで追い詰められた。
しかしそれでも、娘達を見捨てはしないと、そこで生きることを決めた。
一ヶ月後、娘達は死んだ。
自然死だった。
そこで私は、もう諦めた。
全てを失い、もはや生きる気力も無くなった私は、人類圏を抜けて魔物界に足を踏み入れた。
その森で魔物に食い殺されよう。そして娘達と同じ場所に行こう。
そう思って、何を考えるでもなく歩いていたところで、
『――こんなところで、何をしているのかね?』
私は不思議な人と出会った。
水色の髪と青いクリスタルを額にもった美女。
人ならざる存在感を放つ――即ち魔人。
こちらの事情を静かに聞いてくれた魔人は、その上で殺してほしいと頼む私にこう言った。
『新しい生き方を、試してみないかね?』
死ぬのはそれを試してからでも言いだろう、と、ケッセルリンクと名乗る魔人はそう諭してきた。
私は迷い、やり取りを交わした上で、結局はそれを受け入れた。
人間の町で生きることは出来ない、と言うこちらに対し、ケッセルリンクは血の契約を行うことでそれを受け入れた。
かくして私は、魔人ケッセルリンクの使徒――パレロアとして、新しい生き方を始めることとなった。
人に仕えるという仕事をするのは初めてではあったが、第一使徒であるシャロンに教えられ、それを学んでいる。
そうしてしばらくして、ケッセルリンク様は仰られた。
“君を、親しい者達に紹介する”――と。
魔人、それも魔人四天王という魔人の中でも上位の存在であるケッセルリンク様には、親しい者達がいるという。
しかもその中には、魔人筆頭、そして魔軍参謀である魔人レオンハルトという者もおり、彼も含めた親しい者達で行うお茶会で、私の顔見せをするのだと言う。
とんでもないことになってしまい、私は不安になった。
何しろ魔人レオンハルトといえばかなり有名な魔人だ。人間の間でも魔人の間でも畏れられるような存在。私でも知っているレベルの魔人。
シャロンが言うには、ケッセルリンク様とはただならぬ関係だから大丈夫だと言うが、それでも不安にはなる。
かと言って出席しないという選択肢はあり得ないので、失礼しないように気をつけようと、覚悟を決めてお茶会に参加した。
参加したのだが――
「いやだあああああああああ! 私は、絶対に外に出ないぞおおおおおっ!!」
お茶会が行われるという城の中庭。室内に繋がる窓の縁に掴まり、声を上げる緑の髪をした子供がいた。
多分だが、おそらく人間。使徒になったせいか、人間とそうでない者の区別がつく。
なので、外側から声を掛けるのは、魔の者。おそらくは、使徒で、
「何でですの、ガウガウさん! 外はこんなにも晴れていますし、絶好のお茶会日和ですわ!」
「日差し嫌い! 日陰大好き! 私は外が大嫌いで、家の中が大好きなの!」
「でもガウガウさん! 今からやるのは楽しい楽しいお茶会ですよう! ほら、お菓子もいっぱいありますよー?」
「ならお菓子だけくれ! 魔人だらけのお茶会なんて楽しいわけないだろ!」
「……もう面倒だから無理やり引っ張っていくけど、いいよね?」
「え、あ、ちょっ、ハンティ、それは酷くない? やめ――うああああああ!?」
ハンティと呼ばれた黒髪の女性が、ガウガウと呼ばれた子の襟首を掴まえて無理やり窓から引き剥がす。
そのままにゃんにゃんでも運ぶようにこちらに向かって歩いてきたので、
「ケッセルリンク様……」
「……何かね?」
席に座っていたケッセルリンクに小声で、
「この城、人間の子供までいるのですか……?」
言う。すると、返事を返したのはケッセルリンク様ではなくその子供の方で、
「むっ、おい! 聞こえたぞそこのメイド!」
「!」
どうやら聞こえてしまったらしい。抱えられながら、子供が怒ったように指をさしてくる。
これはこちらが悪い。子供は、子供扱いされるのが嫌いなのだ。なので、
「……ごめんなさい。そうよね、子供じゃないわよね?」
「ん、分かればいいが……」
むすっとして腕を組む子供の機嫌をあやすように、パレロアは笑みで、
「もうお姉ちゃんよね?」
「そうそう、もうお姉ちゃん何だから、お手伝いだって出来るんだよー……って、誰がお姉ちゃんだ!?」
途中まで機嫌良さそうだった子供が、不意に憤ったようにツッコミの言葉を上げる。
何が駄目だったのだろう、と思っていると、子供は衝撃の言葉を告げてきた。それは、
「私はこれでも立派な大人で――子供だって産んだことあるんだぞ!!」
「……ええっ!?」
思わず驚いてしまうが、同じようにそれを聞いていた何名かが声を上げたので感覚的には間違いないだろう。
こんな小さな子――いや、女性が、実は大人で、子供も産んだことがあるというのは、
……大丈夫だったの……?
これだけ小さいと
だが、同じような疑問を、先程から席に座って、何故か普通の料理を次々に平らげていくガルティアという魔人が、ふーん、と顔を上げると、
「そんだけ小さくても産めるのか。すげぇなあ」
と、何でもないような軽い調子で言った。
その発言にやはり目を向けたガウガウは、ガルティアに向かって、
「失礼だぞお前!!」
「ああ?」
「――と、思ったけど何でもありません! ごめんなさい魔人様あーーー!!」
魔人に強い口調を使ってしまったことに気づいて直ぐに平謝りするガウガウに、えぇ……、と皆が半目になる。
しかしガルティアの方は気にしていないようで、その言葉の後、
「ん、ああ、褒め言葉のつもりだったんだが……気に障っちまったか。悪いな――ほれ」
「えっ、何?」
ガルティアがテーブルの上から、料理を一つ差し出す。そして、
「これやるよ。それでチャラにしてくれ」
「っ! ま、魔人様……!」
許してもらったどころか料理までくれたことにガウガウが感動する。
そしてハンティの手から解放され、そのままガルティアの前に、すっ、と膝を突くと、
「魔人様、私めを使徒に――」
「こらこらこらこら」
魔人レオンハルト他、ハンティなど何名かのツッコミの言葉が入る。
幾ら何でもちょろすぎだろう、とおそらく全員の意見が一致したところで、ガウガウは小声で、
「……ちっ、駄目かぁ。もういっそ使徒になればいいんじゃねって一瞬思ったけど、よくよく考えてみれば使徒になったら言いなりになっちゃうもんな……引きこもり出来なくなるし、それは駄目だ」
「……勝手に自己完結してる?」
「……何でもいいから座れ。紹介する前から濃いやり取りをするな」
「えー……んじゃあ、おかしがなくなるまでで……」
と、ハンティとレオンハルト。おそらく真面目であろう二人の言葉を聞いて、ガウガウが渋々ながらに席に着く。
そこでようやく、魔人レオンハルトは抱えていた頭から手を話し、大きく息を吐くと、
「――というわけで、俺の城の研究室で働くことになったガウガウだ。よろしくしてやってくれ」
「……しなくていいんだけどなー……」
「…………」
「ひっ! ちょ、睨むの反対!」
ギロッ、とレオンハルトが鋭い目で射抜くようにガウガウを見たことで、彼女が怯えた声を上げる。
そして軽く息を吐きながら、気乗りはしないといったように、ガウガウが、
「……ガウガウ・ケスチナです。よろしくおねがいしまーす」
棒読みで言った。凄い態度というかどう考えても失礼過ぎる。そう思っていたのだが、
「……ふっ、面白い娘だな」
「おお、よろしくな」
……あれ、意外と好感触?
微笑を浮かべたケッセルリンクと、軽い様子で返事を返すガルティアに、パレロアは釈然としないものを覚える。
礼儀とか色んなものを無視するのは如何なものだろう。注意しようかとも思ったが、主が許しているので何も言うことは出来ず、
「……こちらは新しく私の使徒になったパレロアだ」
「……よろしくお願いします。皆様方」
結局自分の番になり、当たり障りのない挨拶をしてお辞儀をする。先程と同じように、ガルティアの応答が来て、次にレオンハルトの方が、
「レオンハルトだ。よろしく、パレロア」
「はい、存じております。よろしくお願いしますね」
「……ん、存じている? ケッセルリンクやシャロンから聞いていたか?」
「あ、いえ、そうではなく……」
少し迷ったが、正直なところを口にすることにした。
「人間の時から、色々と有名であらせられましたので……」
「……そうか。まあ、悪評は多いだろうがな」
と、言われたのでパレロアは、いえ、と否定して、
「……確かに、悪評もありますが……良い評判といいますか、噂もありました」
「……例えば?」
例えば、そう。あの本のことで、
「レオンハルト様がモデルだと噂される本がありましたので……」
「…………」
言うとレオンハルトが無言のまま固まる。
何か気に障ってしまっただろうか、と思うも、そうではないようで、
「……はぁ? 何だそれは?」
「……ご存知ないのですか?」
ともすれば魔人や魔物が出した本ではないかと疑われていたが、この様子だとそうではないのだろうか。
レオンハルトは眉間に皺を寄せて、こちらを見ると、
「……なんて名前の本だ?」
「はい。確か――」
言わない理由もないので言う。タイトルは、
「“剣王伝”……確かそんな名前だったかと」
――“剣王伝”。
それは一人の人間の剣士が魔物と戦い続け、やがて王となり、様々な偉業を成し遂げていく英雄譚である。
初版は僅か百冊程だが、市井に出回り、それは瞬く間に広まった。
著者も出本も何もかもが不明なその本は、英雄を求める人々に好まれ、写本すら出回る人気っぷりである。
だが、貴族以上の情報を知る者達は、その本を見てこう思った。
――あれ? この本の主人公……ある魔人に似てね?
金髪灼眼で、世界最強の剣士となる主人公。
様々な伝説が画かれたその内容と、ある魔人の伝説が類似していることに気づいた。
そんな噂が流れ、しかし魔人を書いた本が出回り人気になってもらっても困る。
しかし内容が面白いのも事実なので、幾つかの国では、それを元に主人公を変えてみたり、少しオマージュした物語を書いてみたり、子供向けの童話にしてみたりと、工夫してそれを改善した。
結果、様々な国や地域で、細部や解釈が違ったりする“剣王伝”と呼ばれる物語は増えた。
子供にも読まれるようになったので、剣士を志す子が増え、国としては戦力が増えて喜ばしいこととなった他、オリジナルの原本はマニアや読書家の間では高値で取り引きされるものになった。
「――と、こんな感じの内容です」
「……なるほど、な……」
ケッセルリンクの新しい使徒である茶色い髪の女性、パレロアにその内容を聞いたレオンハルトは、本気で頭が痛くなってきて、頭を押さえる。
隣、ガルティアが、へぇ、と感心するように顎に手をやり、
「そんな面白いことになってるとは、知らなかったぜ。本は読まねえからな」
「……レオンハルトは知らなかったのか?」
ケッセルリンクの問いに首を振る。そう、本は読むのだが、
……最近は忙しくて新しい本は見てないし、集めてなかったからな……。
城の中に、元々持っていた蔵書を含め様々な本を集めた図書館があるのだが、新体制になってのゴタゴタや、仕事や色んなことで気を張ったりやることが多くて中々時間が取れないでいた。
以前は一日に一回は、少しでも必ず読んでいたのだが、まあ、それはいいだろう。
問題はその本のことで、
「……しかも、まだ続いてるのか?」
「はい。新刊が最近出たと聞きました。何でも、巨大生物を倒す話で――」
「――俺のことか?」
「ど、ドラゴンの話は以前の話にありましたから、おそらく違うかと……」
「むぅ、そうか。やはり伝説とは語り継がれていくものなのだなぁ……」
「…………」
急にしゃしゃり出てきたと思ったらしみじみとそんなことを言うライゼンを睨みつける。
……というか、巨大生物?
それは、
「……ははぁ、なるほどな……」
何となく、理解した。
それがどこから出回っているのかを。
ゆえに、レオンハルトは背後で、こそこそと動く使徒に向かって、
「――なあ、ペール」
「ひっ……な、なんですか、レオンハルト様!」
短い悲鳴を上げて、しかし即座に誤魔化すように直立し、声を上げたペールに、笑顔を向けてやる。
「……俺の本、出してるか?」
「……だ、出してないです」
視線を逸して、汗を掻きながら言うペールに、笑みのままで続けて、
「……そうか。トッポスの話、ご苦労だったな?」
「それほどでもー……あったり、なかったり?」
「……………………正直に言ったら許してやる」
「…………本当に?」
「…………本当だ」
ニィ、と笑みを浮かべて言ってやる。
するとペールは泣き叫ぶように、
「そ、それ、絶対後で怒る人が言うことじゃないですかあ!! 嫌ですよう!!」
「大丈夫だ、ペール。俺は怒ってないし、冷静だ。そう正直に言ったら……ああ、そうだ。この間言ってた高所落下訓練でもやるか」
「許してない! 許してないですよう!?」
「はは、やったなペール。もっと強くなれるぞ。だから――さっさと持ってるもん出しやがれ」
「ひぃっ!?」
自分でもびっくりするくらいドスの利いた声が出て、ペールがビクッとする。
「俺としたことが……よくよく考えてみればあのメイド服のデザインといい、メイドの教育といい、思い返せば怪しいことだらけだ。とりあえず、家探しだな。キャロル、ハンティ。そいつ抑えとけ」
「……了解ですわ」
「……はいよ」
ガシッと、ペールの両側をキャロルとハンティが掴む。取り押さえられたペールは二人に対し、
「え、あの、は、離して! 離してくださいよう! というかキャロル先輩は――」
「……申し訳ありませんわ、ペールさん! わたくし、やはりレオンハルト様に不義理をするわけにはまいりませんの!」
「え、まさか……!」
と、ペールが驚愕の表情でキャロルを見る中、ハンティに後を任せると、
「レオンハルト様ー!! 申し訳ありません! わたくしもその存在を知っておりましたわ! 罰は後で何なりと! しかし今は、本の在り処までレオンハルト様をご案内したいのですが――」
「……おお、キャロルは良い子だな。その正直さに免じて、知っていたことは不問にしてやろう。――というか、他にも知っていた奴は沢山いそうだしな」
「…………」
シャロンに視線を送ってみると、にっこりと笑顔で返される。嘘はついていません、と言ったところか。本の在り処は知っていたが、シャロン自身が教えた訳でも、中身を口にしたわけではない。それなら言葉に間違いはない。
仕方のない奴だ、と思うが、とりあえずそれはいい。情報を元にした伝記が出回ってることも保留。というかどうにもならない。
なので今は、原本を確保することが最優先で、
「……一先ず、ケリは着きそうだな」
「あ、あの……私は……?」
「……とりあえず適当に罰を与えてやるから覚悟しとけ」
「う、うわあああああん!? 私はただ、レオンハルト様の良いところを知ってもらおうとしただけなのにーーー!?」
……頼んでないんだけどな。
だが、悪気は無かったようなので罰は軽くしておいてやろう。身になるやつがいいな。それならむしろ感謝されるだろう。
その後、キャロルに案内してもらい原本を確保し、それを禁書指定にして封印したところで、個人情報流出の元は断った。
……もう色んな奴が知ったから意味ないけどな……。
しばらく、溜息は止まらなかった。
その後、
「もぐむぐ、お菓子美味しい……これいける……!」
「ほう? どれどれ……ん、確かに美味いな。お茶とマッチするように出来てやがる」
新人の紹介も兼ねたお茶会の場にはガウガウとガルティアがお菓子を口に詰め込み、お菓子の批評をしており、
「……少なくとも、とても賑やかみたいね……」
パレロアは最終的にそう評して、お茶会はつつがなく終了した。
スラル「剣王伝ほしい……ほしくない?」
レオンハルト「駄目」
スラル「えー……レオンハルトの活躍見たいのに……」
レオンハルト「……本なんか見なくても、お前には全部見せてるだろ」
スラル「……それもそうね」
ガウガウ「甘ーーーーーい!」
ラウネア「…………(次回は皆の故郷が誕生するかも……)」