銀を基調にした広い室内がある。
そこはレオンハルトの城の中にある厨房だ。
食品を保存しておくための冷凍庫から、食材の下処理を行うための調理台。大きな竈から、火を発生させる魔道具などありとあらゆる設備が整った場所だ。
普段は料理長を始め、大勢の料理人が働くその厨房に、魔人レオンハルトはいた。
「…………」
火を起こし、水を入れた鍋の前で真剣な様子で佇むレオンハルトを、背後から見るのは何人かの見知った者達だ。
「レオンハルト様、すっごい真剣な表情で料理してますね……」
「……やはり珍しいのですか?」
使徒ペールの言葉を聞いて問いを掛けたのはケッセルリンクの使徒であるパレロアだ。
魔人が料理をするなど珍しいのだろう、とそう思い聞いたことだが、しかしペールは、あー、と考えるように首を傾げ、
「んー……昔は料理してたみたいですけど、確かに最近はあまりしてなかったですねぇ。たまーにやりますし、普通に出来ますよう?」
「そうなのですか……。そういえば、ケッセルリンク様もたまに料理をしてますけど、魔人の方々は料理をするのがお好きなのかしら……」
「……それはまた別のアレですねー。愛というか献身というか……」
「?」
言うとなにか思い当たることがあったのか、ペールの表情が変化した。うんうん、と頻りに頷いている。
しかし、と、話題を変えようとペールが、
「あの浮島……JAPAN? から帰ってきて暇が出来たと思ったらすぐに厨房に立つなんて、よっぽど美味しいものでも手に入ったんでしょう」
何しろ料理長を含め、並み居る料理人に任せず、自ら試そうとするくらいだ。
と、そう思っているとレオンハルトが動いた。
「…………」
煮え立ったお湯を見て、調理台に置いてあった壺を手に取り、そこからおたまを使って何かを掬いだす。それは茶色い、そして嗅ぎ慣れない匂いのするもので、
「……? 見たこと無い食材ですね。何でしょう、あれは」
「ちょっと私にも解らないですねぇ……」
「だが、悪くない匂いだ。楽しみだなあ」
と、急に話に入ってきた存在に目を向ける。そこにいたのは、やはりと言うべきか、新しい食材と聞いてやって来た美食家、魔人ガルティアだ。
急に入ってきた魔人に、パレロアは一礼するが、ペールの方はもう慣れているのか、軽く会釈して会話を繋げる。その食材のことで、
「やっぱり、ガルティア様も知らないものなんですか?」
「おお、全く知らねえな。だからこそ新たな美味に胸が躍るな」
「本当に未知の食材なんですね……」
パレロアが少し不安そうに言う。
ここにいるのは料理を作ること、そして食べることに長けた三人だ。
ペールは料理が出来るし、パレロアもケッセルリンクの食事を担当している。そしてガルティアに至っては魔人一のグルメ。古今東西、あらゆる料理を食べ尽くし、年間何十万食もの料理を食べている。
だが食の世界において、新たな食材、料理の発掘は難しい。成功するとも限らないものだ。新しい食材を試してみたら、その食材は生物にとって毒だった、ということもあり得る。
といっても、ガルティアやレオンハルトといった魔人はそれくらいでどうにかなるはずもない。ガルティアに至っては毒料理ですら平気で食べてしまうのだから。
三人が固唾を呑んで見守る中、レオンハルトはその食材をお湯に入れて何やら溶かしはじめた。その動作には全くの迷いも、淀みもない。
まるで何千、何万と繰り返した行程のように、レオンハルトはその食材をお湯に溶かし続ける。
そして、それが溶け切るとおたまで軽くかき混ぜ、少量を掬い、小皿に入れてそれを口に含んだ。
すると、
「……!」
レオンハルトの鋭い目が見開かれる。
そしてもう一度、その鍋に入った汁をおたまで掬い、小皿に入れて口に含み、
「~~~っ!」
何やら右手を振って、感動しているように見える。
そのリアクションは美味しいのだろうか、と思っているとレオンハルトは不意に、
「――そう、これだ! この味だ!」
声を上げた。
そして背後に振り返ると、
「料理長! 料理長はいるか!?」
料理長を呼ぶ。しかし、その場に料理長はおらず、代わりに別の声が来た。
「レオンハルト様」
「ん、メイド長か。料理長はどうした?」
いつの間にやって来たのか、そこにはレオンハルトの城のメイド長であるメイド長さんがいた。
柔和な笑みを主に向けながら、音もなく厨房に入ってきたその腕前に、パレロアは戦慄する。他の二人はもう慣れきったのか、軽く目を向けるだけだ。何故? と聞いても、”メイドですから”という答えしか返ってこないのだから聞くだけ無駄ではある。普通のメイドはそんな超人的な動きは出来ないはずなのに。
そんなメイド長さんはレオンハルトの問いかけに淀み無く答えた。
「料理長は休暇を取っています。レオンハルト様が厨房をお使いになるから、と休ませていましたが……よろしければ、お呼びしましょうか?」
「そういえばそうだったか。ならいい。後でこの食材を使った料理を研究しておくように言っておけ。それと――」
と、そこでレオンハルトは鍋に入った茶色い汁を見せて、
「この料理を、俺の朝食に出せ」
「畏まりました。それはレオンハルト様がJAPANより持ち帰ってきた味噌という食べ物ですね」
「――味噌汁だ」
「味噌汁……で御座いますか。了解しました」
「ああ、頼むぞ」
言うと、メイド長さんが一礼する。しかし、そこで話は終わらず、
「レオンハルト様。料理中に申し訳ありませんが一つ、報告があるのですが……」
「何だ?」
はい、とメイド長さんが頷く。少し表情を真面目なものに戻し、
「城門にいつもの方々がいらっしゃっています」
「……またか」
「はい、またです」
その報告を聞いて、レオンハルトの表情が歪む。珍しく露骨に舌打ちをしつつ、心底面倒臭そうな表情を浮かべたレオンハルトは頭を抱えながら、
「……俺が出向く」
「お手数をおかけして申し訳ありません」
構わない、とレオンハルトが短く言う。そのまま厨房を後にしようとしたところで、ガルティアが、
「レオンハルト。もしかして、またアイツか?」
「……ああ、そうだ」
「大変そうだな。――それよりそこの味噌汁という料理、食べていいか?」
「……一杯だけだからな。材料の味噌がまだまだ少ないし」
「えー……まあいいけどよ。じゃあ頂くか」
おお、と軽いやり取りを交わし、今度こそレオンハルトが厨房を出ていく。
だが、使徒であるペールは追いかけて、
「お供しますね」
「いや、いい。適当に相手したら戻ってくる」
「……わかりました。気をつけてくださいね?」
「ああ」
心配の言葉を告げると、今度こそレオンハルトは客が来ているという城門に向かっていった。
レオンハルトの城。
その赤い城門の前では、城の外周を警備する魔物隊長がたじろいでいた。
目の前にいるその巨体に圧倒されながら、顔を窺うように、しかし職務に忠実に、それを告げる。
「で、ですから、事前に約束がない方は、お通し出来ないと……」
「ああ? そんなもの、知るか。レオンハルトは城の中にいるんだろう?」
「居りますが……その、お呼びしているのでしばしお待ちを。魔人――レキシントン様」
「……ちっ、まどろっこしいわ」
舌打ちをするその魔人はレキシントン。
魔王ナイチサによって魔人化された鬼の魔人であり、JAPAN遠征でナイチサが得た収穫の一つであった。
鬼であった頃よりも大きく、筋肉に包まれた肉体と、太くてクドイ顔。立派な角と、髭を生やしたその魔人は、巨大な二対の棍棒を背負っている。
周囲には数十体の鬼達がいるが、彼らはJAPANから連れてきたレキシントンの配下だ。レキシントンが魔人になった際に、彼らもレキシントンに付いて来ることとなり、そのまま魔軍に合流した。
魔物兵とは違い、特殊スーツを着ることもなく、着の身着のままでいる赤や青の鬼達は、レキシントンが地面にどかっと座ったのを見て同じく座りだす。
それを見た魔物隊長は胡乱な視線を向けて、
「な、何を為さるつもりですか?」
「あぁ? 決まってるだろう。ただ待つのはつまらんし退屈だからな。ちょいと酒盛りをするだけだ」
「なっ!? だ、駄目です! レオンハルト様の城の前で酒盛りなど――」
「――ああん?」
「っ……」
レキシントンに重圧の伴った視線を向けられ、圧倒されるように怯み、二の句が継げなくなる魔物隊長。
そうして黙り込んだ魔物隊長から視線を逸し、レキシントン達は酒盛りを始めた。
鬼達。そしてそれを率いるレキシントンはいつもこのような感じだ。どこだろうと酒を飲む。飲むだけなら良いが、周りの迷惑を考えずどんちゃん騒ぎをするのだから質が悪い。
しかし魔人であるレキシントンに文句を言えるものは少なく、いつも決まってやって来るのは、
「――人の城の前で宴会とは、良い身分になったものだなレキシントン」
「! 来たか、レオンハルト!」
「レオンハルト様……!」
レキシントンと魔物隊長が揃って名前を呼ぶ。
この赤い城の主、魔人レオンハルト。魔人筆頭、魔軍参謀を務め、規律を重んじるレオンハルトが、レキシントンと鬼達に鋭い視線を浴びせる。
それだけで息苦しさを感じるが、レキシントンは構わず立ち上がり、二本の巨大な棍棒――グレイ・レディと、レディ・レックスを握ると、笑いながら、
「――ハハハハ! 今日こそは相手してもらうぞ!」
「――!」
棍棒をレオンハルト目掛けて振り下ろす。レオンハルトは目を細め、同じく空間から魔剣オル=フェイルを取り出すと、レキシントンの攻撃を受け止める。
「うおおおっ!?」
「相変ワラズ、スゲェ激突ダ……!」
レオンハルトの剣とレキシントンの棍棒がぶつかり合い、その衝撃が波となって周囲を打ち付ける。
鬼の魔人であるレキシントンのパワーは新参であっても魔人の中で随一。重たい棍棒を振る度に風が巻き起こり、地面を打ち付ければ陥没してしまう。
だがその攻撃を、レオンハルトは軽く捌く。時には軽い動きで左右に避け、時にはその棍棒による一撃を剣で受け止める。圧倒的な膂力を持つレキシントンの攻撃を、同じく力で受け止めつつ、レオンハルトは息を吐いて、
「……何度も言っているが、お前の相手をする気はない」
「儂にはある! お前は強い! 喧嘩を売るには申し分ない相手だ!」
大気を無理やりぶち抜くように、音を立てて棍棒が右、左、と振られレオンハルトに打ち付けようとするも、それは敵わない。
「顔を見かける度に殴りかかってくるのはやめてほしいものだがな……。それと、城を訪ねてくるな。迷惑だ」
「ハーハッハッハッ! そう思うなら儂と一戦交えろ! いつも避けてばかりではつまらんぞ!」
レキシントンが魔人になってからというもの、彼は毎日のようにレオンハルトに喧嘩を売りにきている。
そのことにレオンハルトは辟易としており、最近の頭痛の種である。
他の魔人を相手するように威圧しても、レキシントンは言うことを聞くどころか、余計に戦意を滾らせて襲いかかってくる。
それを適当にはぐらかすように、攻撃を捌き、適当に避けてから撒くのがお決まりだったのだが、最近はそれに業を煮やしたのか城にまで訪ねてくるようになってしまった。
しかもその度にレキシントンや配下の鬼達が街で問題を起こすので、城を警邏している部隊が困っているらしい。最強の魔人として名高いレオンハルトの名前を出しても引かないレキシントンは魔人の中でも異端である。
だがレキシントンは言う。だからこそだと。
レオンハルトはそんなレキシントンを見て剣を振りながら、
「……余計な戦いをする気はない」
あくまでも冷静な言葉を告げる。
しかしレキシントンはそれを聞いて可笑しいことを聞いた、と言うように笑い、
「ハハハ! 嘘をつけ! お前からは儂と
「…………」
その言葉に、レオンハルトが僅かに眉を動かす。なおもレキシントンは続け、
「本当は戦いたくてしょうがないはずだ! そら、その本性を儂に見せてみろ!!」
戦いをする気はないなどと笑わせるな、とレキシントンは言う。
その言葉に、レオンハルトは大きく息を吐いた。そして、
「――随分と力が強いな……」
「あ?」
ぼそり、とレオンハルトは呟いた。
魔剣でレキシントンの攻撃を正面から受け止め、そして避けながら呟く。
「力があり、速度があり、勢いと、確かな技術。戦いを躊躇しない精神性もある」
「ハハ、誉めても何も出んぞ!」
「だが――」
言う。喜ぶレキシントンに水を差すように、
「――
「うおっ!?」
レキシントンの身体が流れる。
棍棒を受け止めたレオンハルトが、瞬間、力を流すようにその場から消えた。
力を込める寸前だったレキシントンは力の行き場を失い、前のめりになるが、それで倒れるような間抜けは晒さない。
足に力を込めて踏みとどまると、戦闘の勘に従い、後方へと回すように右の棍棒を振る。
しかし、
「まだまだ下手くそだな、お前は」
「っ! 空振ったか!」
言葉通りに空を切った。
だが棍棒はもう一つある。左の棍棒を叩き込もうと、斜めから触ろうと手に力を込めるが、
「……隙だらけだ」
「ぐっ……!?」
それを読んでいたのか、足の関節に向けて蹴撃を叩き込んでくる。
体勢が僅かに崩れ、棍棒がレオンハルトの頭上を空振る。
二本の棍棒が至近で躱され、次にレキシントンが顔を向けた時には、
「――っ!」
眼前に、煌めく刃の切っ先が突きつけられていた。
咄嗟に動きを止めたところで、レオンハルトは冷たい殺気を漂わせながら、
「……これで解っただろう。この程度で、俺の相手は務まらん」
「…………」
「お、親父……」
無言でその言葉を耳にするレキシントンに、周囲の鬼達が戸惑った声を上げる。
まさか殺してしまうのか、と思ってしまうほどレオンハルトの表情は冷たい。動けば頭を貫かれるだろう。
それを見て、まだ敵わぬと思ったのか、レキシントンは大きく息を吐くと、
「……儂の負けだ」
「ふん……」
それを聞き届けたところでレオンハルトは魔剣を収める。消えたように空間に収納された。
「この街で好き勝手することは許さん。分かったな?」
「……ちっ、しょうがないのお……」
渋々とそれを了承したレキシントンを見て、ようやくレオンハルトの殺気が落ち着く。
そうしてレオンハルトは踵を返し、
「ならさっさと帰れ。俺は忙しい」
「おう。今日は帰る」
お前達、帰るぞ、と鬼に呼びかけると、レキシントンは棍棒を担ぎ直して言葉通り帰っていった。
しかし、声が聞こえなくなった辺りで、心配になった鬼がレキシントンに話しかけると、
「親父、大丈夫ですかい――」
「――ハーッハッハッハッ!」
急に笑いだした。そして手元の酒を呷ると、
「今日は完敗だが、次はそうはいかんぞ!!」
「ええっ!? でも、来るなって……」
「阿呆が! 好き勝手するな、と言われただけで、来るな、とは言われておらんし、ましてや、挑むな、とも言われておらんわ!」
「……ソレデ良インデスカイ?」
「なぁに、それ以外の言うことは聞いてやるわい。儂より強いのだからな。だが、挑むのはやめん!」
「さ、さすが親父……」
「でもまた負けたら……」
不安な言葉を口にする鬼に、レキシントンは、阿呆、と罵り、
「その方が張り合いがあるわい! そのためにも、まずは戦いに出て鍛えないとな。酒飲んでセックスしたら、早速出るぞ!」
「へい、親父!」
「何処マデモ、付イテイキマス!」
「ハーッハッハッハッ!」
鬼達はレキシントンの馬鹿笑いに続いて笑い声を上げながら、街を後にした。
そして、レキシントンを退けたレオンハルトの方はと言うと、
……あのクソ鬼が……折角の味噌汁試食を邪魔しやがって……!
邪魔をされたことに悪態をつきながら城に戻っていく。
だが、そうでなくてもレキシントンという魔人は色々と面倒な相手だ。
ナイチサがJAPANに遠征に行きたいというのを聞いて、真っ先に志願したレオンハルトだったが、そのJAPANで見かけた珍しい生物、鬼をナイチサが見に行きたいと言い出したことで、今魔軍にいるのが魔人レキシントンと配下の鬼達だ。
元々、新しい大陸なら見どころある生物がいるだろうと、そういった目的であることは理解していたが、足を踏み入れたJAPANの死国という土地で見かけた一体の黒鬼をナイチサが気に入り、魔人化した。
その性格は、噂で聞く鬼のイメージそのままといった感じで、それを更に豪快な性格にしたのがレキシントンという魔人。
酒・戦・セックスを好み、好き放題するレキシントンは魔人の中でも分かりやすい部類だが、それゆえに面倒なことも多い。
今回、軽く制してやったので言うことは聞くだろうが、他の魔人の言うことを聞くような性格ではない。かといって無闇矢鱈に暴れるような奴でもないが。それこそ、味方の魔人相手でも容赦なく制裁を加えるザビエルよりはマシだろう。
ただ誰相手でもへりくだることがないうえに、色々と下品なので一部の魔人からは避けられている。特にカミーラやケッセルリンク。逆に、そうでもない魔人からは何とも思われてないようだが。
そして、レオンハルトとしては、
……まあ、見どころはあるがな……。
下品で粗暴な上、迷惑を掛けてくるので面倒だが、性格だけなら嫌いではない。
あの調子なら、またそのうち勝負を仕掛けてくるのだろうな、とレオンハルトは半ば諦めながら再び厨房に戻っていった。
そんなことより味噌を堪能しようと、そう思い、
「……あ、悪い。美味すぎて全部食っちまった」
「……ガルティア……テメェ……!」
その日、久し振りにガルティアと模擬戦をすることとなった。
スラル「レキシントンっていうか、味噌汁回ね」
レオンハルト「味噌汁は美味いからな。しょうがない」
キャロル「お米と合いますわー!」
ガルティア「魚とも相性良さそうだな」
ペール「しばらくは和食ばかりになりそうですね」
ケッセルリンク「……私も、作ってみるか……」
スラル「あっ、私も」
ラウネア「…………(味噌うまうま)」