無敵の鎧――パワードスーツを用いる人類の新勢力と魔軍の戦いは人類側の圧勝が続いていた。
数を増やし、新たな兵器である遠隔操作型の機械兵器まで開発したその小さな王国は急激に戦線を拡大していく中で、魔軍側は幾つかの軍勢が敗走し、少なくない被害を出す。
だが、それもとうとう終わりだと、とある魔人は確信していた。
魔人に率いられる魔物の軍勢。これに勝てる軍隊は存在しない。
無敵結界という真に無敵の防御を用い、人間を遥かに超える力を持つ魔人の強さは、パワードスーツなど問題にせず、通常の人間相手と同じように、彼らを吹き飛ばしていく。
魔人も魔物も、こちらの勝利を確信していたのだ。後は蹂躙するのみだと、そう思っていた。
「――――」
その魔人は突如、意識を回復させた。
寝ていたのか、と思うも、最後に見た景色と現状が一致しない。確か、自分は人間の軍勢を蹴散らしている最中だったはずであった。だがその途中、誘い込まれた敵の本陣にて何かを食らった。――記憶はそこで途切れている。
現状を理解していないが、一先ずは身を起こしてみようと考えながら、しかし、
「……!?」
身体が固まったように動かない。
指一本動かせず、視界も真っ暗闇のままだ。
一体自分の身に何が起こっているのか、どういった状況に陥っているのか。
そんなことを考えていると、不意に声が響いた。それは、
『――実験開始』
無機質な声だった。
しかしそれと同時に、
「っ!? ~~~~~!!」
不意に、身体に違和感が走った。
頭が、脳が揺らされるような、不快な感覚。
気持ち悪い。今すぐにでも吐いてしまいそうだ。
しかし口を抑えつけられた状態ではそれも叶わず、拷問のような時間は続く。頭の中が掻き回されるような感覚を感じながら、しかし魔人が心に浮かんだ言葉は、
――無敵結界はどうした?
という簡潔な疑問だ。
あらゆる攻撃を無効化する絶対の盾。それがあるはずなのに、何故自分は謎の攻撃を受けているのか。そもそも、何故身動きが取れず、何故自分はこうなっているのか、何もかもが解らない。
そうしている間にも、身体を弄り回されるかのような感覚と、拷問は続く。
無限に続くかと思われたその苦しみは、しかし、ある一点を越えた時に終わる。
だが、
「――――」
その瞬間、魔人は自分の身体から何かが抜け落ちる感覚を受け、糸が切れたかのように意識を失った。
「……実験成功」
その魔人だったものを見て、その少年――パイアールは淡々と実験の成功と終了を告げる。
彼は半透明の仕切られた長い窓の向こうから、室内にいる魔人に科学的なアプローチを仕掛けていたのだ。
手元にある機械を操作し、パイアールはその生物から出た赤い塊を壁から伸びた遠隔操作型のアームで取り出すと、今度は別の機械――何やら筒のような兵器を飛び出させると、スイッチを一つ。
「――――処分、と」
その筒から弾が一発。それが魔人であった生物の頭を撃ち抜き、あっさりと絶命させる。
生体反応が消えたのをきっちりと確認すると、パイアールは軽く息を吐き、
「……案外、魔人っていうのも呆気ないな」
機械のアームが持ってきた小さな赤い珠を見て呟く。それは、
「これが――魔血魂、か」
魔血魂。
それは魔人が魔人たる所以であり、魔王から分け与えられた力の源である。
パイアールはそれを、科学的な方法を用いて魔人の身体から摘出したのだ。結果、魔人は魔人でなくなりあっさりとパイアールの兵器に殺された。
それはただの人間が、無敵結界を持つ魔人を殺したという偉業の達成であるのだが、そんな偉大な事を成しても、パイアールの表情には喜びのそれは一つも浮かばない。
しかし内心では一応ではあるが、一つの区切りだ、と感情が僅かに動いていた。
……やっとか。
それほど年数は経っていないのに、とても長く感じた。
馬鹿な人間達を率いて、魔人と戦った理由がこれにある。魔血魂を取り込むことで、魔人になれるのだ。
そう、パイアールは――魔人になるため、魔軍と戦っていたのだ。
魔軍にいる魔人をサンプルとして捉え、魔血魂を摘出するために、大勢の人間を率いていた。
だが、その魔人になるという大本の理由は別にある。
何故魔人になりたいのか、それはパイアールの背後にあった。そこには、
「姉さん……」
パイアールの実の姉――ルート・アリが眠っていた。
……姉さんは眠っていても綺麗だ。
あの日、姉が巷で流行していた死の病、カスケードに掛かった後。
余命が三ヶ月となった頃からパイアールの発明した冷凍睡眠装置により、姉はこうやって眠っている。
それは肉体を保存して死なないようにするためだ。パイアールの目的は徹頭徹尾、最愛の姉を助けることにある。
不治の病であるカスケードに、対処法は存在しない。
その研究に長い時間が要るとみたパイアールは老化も寿命も存在しない魔人になることで解決しようと試みた。少しでも時間を稼ぐ必要があるのだ。そのために、魔人の身体はうってつけのものだ。
「姉さん……姉さんは僕が絶対に助けるから……」
美しく眠る姉を見て呟く。
掌の魔血魂。これを飲めば自分は人間で無くなる。
本来なら実験も行わず、こんな不確定かつ不安要素がありすぎることを行いたくはない。
だが、姉のため。
姉を助けるためであるなら、パイアールはその禁忌の領域に容易に足を踏み入れることが出来る。
「――んっ」
パイアールは徐ろに、掌の魔血魂を口に含み、飲み込んだ。
瞬間、
「! っ、あ、く、あぁっ……!」
全身に激痛。身体の中で何かが暴れ、肉体を作り変えていくような感覚を覚える。
その痛みと苦しみは、口から声にならない呻きを発するが、やがて、光とともにそれは収まっていくと、
「――――あ、ああ……」
痛みが収まると、パイアールは自分の肉体を確認するように手を動かす。
容姿にそこまで変化はないが、力が漲っている。
先程までの人間であった自分の肉体と明らかに違う、隔絶した力に、軽い全能感すら感じる。
なるほど、これなら魔人が人間を見下すのも納得かもしれない。それほどまでにスペックに差がある。
「これで時間は稼げた……」
こうなってしまえば、最早人間を率いて戦う必要もない。
全ての兵器群を纏めてここを引き払うとしよう。残された人間達がどうなろうと知ったことじゃない。行き先は魔物界の適当な場所でいいだろう。
姉さんが生まれてから26年と122日。
――今日、僕は人間をやめた。
そうして人間の少年パイアールは、新たに魔人パイアールとしての生をはじめた。
魔人としての生活もそうだが、ここからの実験は色々と未知数ではあるが、それには微塵の後悔もない。
その目的は、人間であった頃より変わらないのだ。
――全ては姉を助けるため。
魔人パイアールはそのためだけに、自らの科学の才能を発揮していく。
そのためなら――魔人相手でも容赦はしない。
「――無敵結界のことを教えてほしい、だと?」
「やっぱり駄目か?」
自分の城でいつも通り仕事を行っていた魔人レオンハルトは、部屋に入ってくるなり尋ねてきたガウガウの言葉に眉をひそめる。
こちらの表情を見たガウガウは真顔のまま駄目か、と再度問うてくる。そういう意味で表情を変えたわけではない。
では何故かと言うと、
「駄目と言うかだな……俺としては研究を始めて遠からずそこに行き着いて俺のところに来ると思っていたんだが。それがあまりにも遅すぎるせいで忘れていた」
「つまり……今更聞きに来たのかよ! ――ってことですわね!」
こちらの言いたいことをキャロルが補足してくれる。
加えて言うなら、今まで何をしていたんだ、というのもある。ガウガウがこの城に住み着いてもう結構な年数が経っているのにだ。
ガウガウの目的であるレッドアイのためには、魔人について調べることが必要不可欠であり、遠からずやって来ると思っていた。
だがそれを問うと、ガウガウはバツが悪そうに目を逸らし、誤魔化すような愛想笑いとともに頬を掻いて、
「いやー……そのー……この城の居心地が良すぎて、ね? 引きこもるのに最適と言うか……これも、料理が美味しすぎるのと、メイドの世話が完璧過ぎるのが悪い! 私は悪くないぞっ!」
「責任転嫁と逆ギレが凄いな……」
「見事なダメ人間ですわ……!」
途中から声を大にして環境が悪いと叫びはじめたガウガウに白い目を向ける。思わずキャロルが感心してしまうほどだ。
「け、研究には頭を休ませる時間も必要だし、私は天才だからいいんだ! それにそっちが魔法具を要求してくるのも原因なんだぞ!」
「……確かに、それはそうだが」
ほら見ろ! 私は悪くない! と、急に活き活きとし始めてこちらを責めてくる引きこもりに目眩を覚える。それにしても研究が遅くないだろうか、と。
……だが、やる気を出したなら応えてやらないとだな。
やる気を出した時に乗せてやらないと、こういう奴はすぐに理由を付けてサボろうとする。なので息一つで居住まいと気を取り直すと、それに答えてやろうと口を開いた。
「無敵結界か……先に聞くが、これのことをどこまで知っている?」
手を挙げて、そこにあるであろうものを指して言う。するとガウガウも顎に手を当てると、真面目な、研究者の顔を見せて答えた。
「魔人の持つあらゆる攻撃を無効化する、魔人の表面に張られている結界だな。同じ魔人や魔王の攻撃でなければそれを突破することは出来ない。だが、衝撃まで無くなるわけではない……と言ったところか」
「そうだ。攻撃は無効化するが、衝撃まで無くなるわけじゃない。概ね正解だな」
「……それくらい常識だ」
褒めてやったのだが少しムスッとした表情になるガウガウ。概ね、が引っかかったのだろうか。
だがそれを今から教えてやるのだ、とレオンハルトは無敵結界についての説明を行う。
「この無敵結界のおかげで、魔人の脅威は以前のそれよりも高まった。どれだけ強い人間がいても、魔人に傷を付けることは叶わなくなったからな」
言う。自分にとっては常識のことだ。しかし、ガウガウは不意に疑問を帯びた険しい顔になると、
「ん? 以前のそれよりって……無敵結界は魔人について回るものじゃないのか? 昔は無かったというのか?」
「……それは……」
予想してなかった問いに、淀み無く答えようとして、しかし言葉に詰まる。
だがガウガウは首を傾げ、こちらへの問いを継続し、
「……? 無敵結界は後から付いた能力なのか? だとしたら、誰かは知らんが余計なことを――」
「――ガウガウさんっ!!」
「ふぇっ!?」
不意に、大声でそれを制止したのは後ろに控えていたキャロルだった。
珍しいキャロルの怒声に、ガウガウが身体を跳ねさせて驚く。
「それ以上を口にすることは――」
「ひっ、わ、私、なんかマズいこと言ったか……!?」
その剣幕に怯えたように後ろに下がるガウガウ。それを、
「やめろ、キャロル」
「っ、レオンハルト様……ですが……」
「いや、良い。俺は大丈夫だ。気にしてない」
「…………はい。出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした」
表情を歪ませたキャロルを宥めるように落ち着かせる。するとややあって頭を下げて謝ったが、こちらの為を思っての行動だ。叱ることはない。
軽く頭を撫でてやると、落ち着いたのか、今度はガウガウを見て頭を下げる。
「ガウガウさんも、怖がらせてしまい申し訳ありませんわ……」
「……よく解んないけど、なんか私に非がありそうだし、いいんじゃないか。……それと、私は別に怖がってなんかないぞっ!」
強がるように威勢の良い言葉を吐くガウガウ。いつもどおりの空気に戻ったところで、レオンハルトは気を取り直して話を続けた。
「先程の問いに答えるが、無敵結界は魔人に元から持っていた能力ではない。……だが、既に備わってしまった以上、それを無くすことは出来ないからな。知ったところであまり意味はない事実だ」
なるほど、と頷くガウガウ。そう、これは歴史的には意味のある事実かも知れないが、最早魔人に身に付いてしまったものである以上、今を生きる者にとっては意味のないことだ。
「無敵結界はその名の通り、無敵の盾だ。――だが、穴がないわけではない」
「まさか弱点でもあるのか?」
弱点、というほどでもない。だが、穴は確かに存在する。
無敵の力が作用しないもの。それは、
「先程言った衝撃もそうだが、直接傷を負わせるものではないものは無敵結界で弾けない。粘着地面などの拘束系の魔法などがそうだな」
「……なら、精神系の魔法も食らうのか?」
レオンハルトは頷く。さすがにガウガウの頭の回転は早い。
「ああ、精神面に作用するものは無敵結界で弾けない。それと――」
更に重要なことがある。レオンハルトは前置きしつつ、意思を念じてから言う。
「ガウガウ。俺の手を殴ってみろ」
「は……?」
聞こえた言葉が解らない、といった面持ちでガウガウが間の抜けた声を上げる。すると間を置いて、
「いやいやいや!? 殴ったら結界に弾かれるだろ! 痛いのは嫌だぞ!」
「大丈夫だ。痛くない。騙されたと思って殴ってみろ。攻撃する意思をちゃんと込めてな」
「本当だろうな……?」
ほら、と掌を上げて差し出すように見せる。
胡乱な目でこちらを見ていたガウガウだが、迷った挙げ句少し近づいて、腕を振りかぶると、
「ていっ!」
「ん」
パシッ、と軽い音が室内に鳴り響く。
ガウガウほどの力であれば傷は付かないが、それは確かに攻撃の意思を込めたもので、
「あれ……? 当たった……どういうことだ?」
疑問を呟くガウガウに答えを教えてやる。当たり前のことだ、と。それは、
「無敵結界は、魔人の意思で無効化することが出来る。もう一度張り直すこともな」
もう一度殴ってみろ、と手を差し出す。
嫌な予感がしたのだろう、顔をしかめたガウガウであったが好奇心に負けたのか、もう一度腕を振りかぶると、
「~~~っ!? 痛ったああああああーーー!?」
パンチが手に当たる直前で、結界に阻まれ、キィン! と音を立てる。
痛そうですわ……、とキャロルが小さく呟く中、固いものを殴ってしまったかのような痛みに、ガウガウが声を上げて悶絶する。表情を歪ませ、手を抑えるガウガウに向かって、
「こういうことだ」
「こういうことだ――じゃない! 滅茶苦茶痛いじゃないか! うぅ……天才の柔肌に傷が……」
恨みがましい目でこちらを見上げてくる。別に傷にはなってないと思うが。
「つまり――無敵結界は絶対の力ではない、ということだ」
「……まあ搦め手で突破出来なくもないかもしれないが……それでも充分脅威だぞ」
改めて確認したのか、ガウガウが難しい顔になる。それもそうだろう。
ガウガウの目的であるレッドアイは魔人だ。当然、無敵結界が邪魔になってくるだろう。
だが、
「……確かに脅威ではある。だが魔人が真に脅威なのは、他を圧倒する純粋な力だ」
無敵結界が無ければ魔人を倒せる、とは限らない。無敵結界を突破するのはあくまで大前提。
だが殆どの魔人は無敵結界を過信している。それほどに強力かつ解りやすい力だ。無理もない。
しかし、だ。それでは危ないとレオンハルトは警鐘を鳴らす。
無敵結界を絶対の力だと過信し慢心する魔人は、思考をそこで止め、予想外のことに対して対応出来ず、いつか痛い目を見るかもしれない。
そうでなくても魔人同士や例外的な相手であれば素の実力がモノを言うのだ。それは人間にも言えることで、
「無敵結界をどうにか突破するのは良いが、ゴールはそこではないし、それだけで勝てるほど魔人は甘くない。……魔人をどうにかしようと思うなら、思考を止めないことだ」
「……まぁ、確かに。無敵結界が無くなったところで勝てる気は全然しないけど……そっちは特に」
「当たり前ですわ! レオンハルト様は元から完璧でしたの! 有象無象が敵うはずありませんわ!」
半目をこちらに向けて、心底面倒そうな顔で言うガウガウと、声を大にして褒め称えてくるキャロルに、レオンハルトは軽く口端を歪める。
「フッ、とにかく研究は支援してやるから頑張れ」
「へーい。まぁ、ぼちぼちやりますかね……」
そうして無敵結界についての講義は一先ず終わった。
そんなところで、部屋のノックとともに入室してくる者がいる。それは、こちらの使徒で、
「失礼しますね、レオンハルト様。報告に来ましたよー。あ、ガウガウさんもどうもです」
軽く挨拶しつつ薄紫色の髪の靡かせてペールが入ってくる。ガウガウからそちらに顔を向けて、
「報告か。何かあったのか?」
「えーとですね。つい先日の件なんですけど。例の人間の勢力はあっさりと滅びたそうです」
簡潔に報告したペールにキャロルが、あら、と声を上げる。それはキャロルも知ってる案件で、
「物凄く強いって聞いてましたのに、魔人の方を派遣するだけで壊滅しましたの」
「一夜で終わっちゃったらしいですよう?」
「……ほんとにあっさりですわね」
呆気にとられたというか、想像以上に対したことなかったことにキャロルが肩を竦める。しかしペールはそこで苦笑いし、
「そうなんですけどね。ですがその……問題が起きたそうで」
問題? と首を傾げるキャロルにペールは頷き、問題を口にした。
「派遣した魔人さん――人間に捕まってから行方知れずになっちゃったそうです」
「…………」
部屋の中に静寂が訪れる。
捕まった、というのもそうだが、行方知れずになったというのも問題で。
「……そうか……」
レオンハルトは軽く息を吐いた。そして、
「なら、ちゃんと対処しないとな……」
重い腰を上げ、その問題の解決に乗り出すことにした。
即落ち二コマ劇場。しかしまだ続きます