その建物は丘の上に建っていた。
魔物界の北部に広がる荒野、その丘の上に建つ長い建物。見たことのない材質で出来たそれは、三階建てほどの高さだが、横幅、奥行きが結構ある。
そんな建物の前に立つのは、鋭い眼光を持つ魔人筆頭の姿で、
「こんなところに……しかもそれなりに大きいな……」
魔人レオンハルトは、それを眺めながら感心したような声色で言う。
行方不明どころか生死すら定かでない魔人の捜索に出たが、ここ数週間はずっと足取りを追っていた。
担当の魔物将軍や連れ去られるところを目撃していた魔物隊長に話を伺い、滅ぼした人間の勢力、その跡地を調べさせるなどして時間を使ったのだ。
そんな中、魔物界で何やら見たこと無い機械を見たという情報が入り、捜索を魔物界に移したところ――この建物が見つかった。
それは報告で聞いた無敵の鎧だの、謎の機械の材質に似たものである。当然だが、連れ攫われたという魔人にこういった物を作る能力はない。レオンハルトもよく知っている。故に、
……十中八九、もう死んでいるな。
おそらく生きてはいないだろうという予測を立てる。生きていたとしても五体満足というわけにはいかないだろうな、と。
それに人間界を避けて魔物界に拠点を移したことからも考えて、おそらくはこの建物の主、人間の勢力の首魁であった者が魔人に成り代わったのだろう。
人間にはあまり知られていないことではあるが、魔人は死んだ際、魔血魂という赤い球体の状態になる。これを他の生物に飲ませると、波長などの問題もあって難しいが、魔人が宿主の身体を乗っ取り復活するのだ。
しかし宿主の精神力が魔人を上回った場合、その魔人を上書きする形で宿主が新たな魔人となる。その場合、元々の魔人は完全に消去されることになる。魔人にとっての完全な死だ。
「…………」
それを思い、レオンハルトは大きく息を吐く。とりあえず確かめねばなるまい。
仇討ちをしようなどとは思わない。が、新しく魔人になった者がいるのならやることは別にある。
さて、とレオンハルトは言葉を作り、
「行くか……」
その建物へ入っていった。
魔物界に新たに建てた研究所の主――魔人パイアールは、侵入者用の警報が室内に鳴り響いたのを聞いて、モニターに目を向けた。
「……またか。鬱陶しいな」
この研究所が物珍しいのか、魔物界に住居を移してからというもの、度々魔物が侵入してくる。その度に殺しているおかげで最近は魔物が侵入してくるケースも減ったのだが、また性懲りもなく来たのだろう。
そう思ったのだが、研究所内を監視するモニターに映っていたのは、
「……人間? ……いや、こいつは……」
黄金の髪に赤く鋭い瞳をした人間の男らしき姿をした奴が周囲を注意深く見渡している。それを人間と思った自分の判断を直ぐ様否定する。
何故なら、その雰囲気はモニター越しでも理解るほどの圧力を感じることと、その容姿を見て情報と一致するものがあったからだ。それは、
「魔人……確か、そうだ。魔人レオンハルトか……」
魔人を掴まえるために人間を率いていた際、当然魔人の各種情報は集めている。
その殆どが未確定な不確かなものであったり、そもそも情報が無かったりと難航したものだが、明らかに危険と解る何体かの要注意魔人をリストアップした。
その内の一体が、魔人レオンハルト。元人間。剣士。魔人筆頭。魔軍参謀。純粋な危険度や遭遇率はそこまで高くない上、出会ったところで即座に殺しにかかってくるような危険な魔人ではないと聞くが、その実力は魔人の中でも随一であり、それだけで手に負えない可能性のある魔人だ。
だが女好きで、特に巨乳が好みであり、巨乳の娘を差し出せば遭遇しても見逃してくれるという情報もある。この魔人をモデルにした本も存在するらしく、遭遇率の低さや際立って暴れまわってるわけではないにも関わらず知名度の高い魔人だ。特に歴史家からは人類史と魔物史における重要な魔人として考察され、剣士と剣士を志す人間からは目標にされていることから特に知名度がある。
パイアールとしては微塵も興味は湧かないが、子供の頃に姉さんが読んでくれた童話の一つに、こいつを元にした話があったはずだ。いかにも英雄願望のある野蛮な戦士や、考え足らずで幼稚な子供が好きそうな話であったが、姉さんが読み聞かせてくれたから何とか読めた。姉に感謝しろ。
「……僕の研究所に、一体何の用が……いや、それよりもどう対応する……?」
そんな大物がやって来ているのが現実だ。攫った魔人の安否でも確かめに来たのだろうか。そんなことを考えている間にも、魔人はどんどんと奥に進んできている。
……倒せるかな……?
一番いいのは殺害。もしくは撃退して帰ってもらうことだ。姉がいるこの研究所から立ち退くにしても姉を連れて逃げる時間はない。
しかし失敗。その上で怒らせてしまった場合、魔人になったとはいえ戦闘力で確実に劣る自分は即座に殺されてしまうだろう。魔人になってから確かめたが、基礎的な身体能力は向上していても、捕らえた魔人と比べて弱いものであった。せいぜい魔法が強くなった程度。なので魔法バリアを常に張るようにしている。無敵結界では衝撃を殺せないため、非力で直接戦う技術を持ってない自分では万が一攻撃を受けた際に吹き飛ばされ、機械が壊れてしまう可能性がある。
「はぁ……面倒だけど、とりあえず試してみよう」
元から設置してあるトラップを起動させる形でどうにか出来ないか試してみよう。それならば突破され、失敗に終わるようでも言い逃れが出来る。魔物社会や魔人同士の関係がどんなものかは未知数に近いが、同じ魔人であれば膝を突くことで少なくとも殺されはしない――はずだ。
魔人レオンハルトであれば巨乳の娘を捕まえて献上する、とでも言えばどうにかなるかもしれないし、情報を精査する限りでは話が通じない相手でも無さそうだ。
「考えつく手段は一通り取れるよう、頭に入れておくか」
手元の機械を操作し、トラップを起動させるとパイアールはモニターに映る魔人をしばしの間、観察することにした。
上位の魔人の戦闘力を測るための、良い指標になるかもしれない、と。
その建物の中は、やはり他では見ない材質のものが使われていた。
ところどころで鉄のような金属のようなものも使われている。しかし、大部分はそれよりも固く、それでいて柔軟な滑らかなもので床や壁、天井などは固められている。
歩く度に、床から聞こえる足音だけが室内で反響する。レオンハルトは周りを見ながら、
……凄い施設だな。
短期間で人手を使うことなくこれだけの施設を作れるほどの技術力。それもハンティやガウガウが作るような魔法の物ではない。純粋な技術――科学と呼ぶべきもので出来ているのだ。
口元を抑え、観察しながら長い廊下を行き、また室内に入る。とりあえず一階から順番に見ていこうと思っていると、
「――!」
不意に、背後の扉がガシャン、という音を立てた。
数枚の扉が折り重なり、最後に電子音が鳴り響かせて扉を施錠される。それを見た後、今度は前方に顔を向けると、
「これは……」
壁がスライドし、中から小さな筒のような機械が大量に飛び出してきた。
キャロルの銃に似たそれ、それよりも大型なものであるそれが、銃口をこちらに向けてくる。次の瞬間、
「――――」
連続する火薬の音とともに、鉛の弾が幾つも発射された。
パイアールはモニターに映る魔人と、その部屋のトラップが起動する瞬間を見ていた。
それは遠隔操作型の機械兵器。火薬と機構、それによる圧力で金属弾を高速で射出する殺傷兵器だ。並の人間であればこれだけで充分である。
しかしそれなりに鍛えた者、特に無敵結界を擁する魔人に傷を付けることは出来ない。重要なのは、それが着弾した時に起きる衝撃の方だ。
「絶え間ない衝撃を与えれば動けなくなる――はずだけど、力で突破されちゃうかな」
上級魔人であればそれは致し方ないかもしれない。少しでも動きを止めてくれれば御の字、と言ったところだろう。
だが、
「…………は?」
パイアールは、モニターに映ったその映像を、もっと言えば自分の目を疑った。
視界の中に映る魔人は、その射撃に対し、左右に動いて躱す。それだけでも脅威だが、それだけでなく、
「何だあれは……剣?」
手には何も持っていなかったはずだが、気がつけば右手に魔人の身の丈を越えるほどの剣がある。
それを用い、魔人は飛んできた銃弾を真っ二つに両断していた。
「ああ、そういえば剣士だったね。しかし、これは凄いな……」
失念していたが魔人レオンハルトは剣士だ。剣が見当たらなかったので忘れていたが、おそらくは魔人か剣の特殊能力かなにかで隠していたのだろう。
人間のある程度強い戦士でも、防御したり、剣で切り払ったりは出来るが、飛んでくる弾を全て、寸分の狂いもなく斬るというのは常人に出来ることではない。並外れた剣の腕、技術が必要だろう。
「うーん、この分だと他の仕掛けも効かなそうだな……」
早くも、自分の仕掛けたトラップは通用しないのではないかとそういった予測を立ててしまうパイアールだが、とりあえず映像を見続けることにした。
弾幕を掻い潜り、レオンハルトは魔剣オル=フェイルを振るい、その機械を両断した。
機能を停止した機械の残骸を見て思うのは、感嘆といった感情で、
「なるほど……悪くないな」
自分にとってはお遊びのようなものだが、体の調子を確かめるための軽い訓練としては悪くない。先制して即座に機械を斬ることも出来たが好奇心に負けてそれを堪能してしまった。
思わず口元が歪むのを自覚しながら、レオンハルトは先に進む。
「さて、次はどんな仕掛けを見せてくれるのか……」
戯れに付き合ってやろうと思う。
次なる玩具の登場を楽しみにしていると、突如、再び扉が閉ざされた。
そして今度は天井に穴が開くとともに、そこから流れ込んでくるものがある。飛沫を上げて落ちてくるそれは、
「……水か」
天井から激流が落ちてくる。大量の水はどんどんと室内を見たし、足元を水没させていく。
その狙いはすぐに解った。
……なるほど。確かに、魔人であっても大量の水で呼吸を封じれば溺れる。
内的要因や自然に依るものは無敵結界で防げない。勿論、それが人為的な魔法や個人の何らかの能力での攻撃であれば防げるが、これはただ単純に水を落としているだけで、目的は窒息、溺れさせることでの仮死状態を狙っているのだろう。
「しかし……これはつまらんな」
レオンハルトは壁に向かって無造作に剣を振る。斬撃によって出来た切れこみ。そこは綺麗にくり抜かれ、壁に穴を開けるもので、
……対処が容易過ぎる。
どうやら隣はすぐ外であったようで、水が外に流れ落ちていく。後で溜まった水を排出するためだろう。そうでなくとも上階に上がればいい。ある程度力を持った魔人であればこの程度は無理やりに突破出来るものだ。
出来ればもっと面白い手段を取ってほしいがそれを望むのも酷だろうか、と思う。これでも魔人への対策としては悪くない方だ。
そんなことを思っていると、
「――何だ?」
コロン、と天井から落ちてくる球体。
手のひらサイズのそれが落ちてきた。
爆弾か? と、その場で立ち止まり観察する。その程度でダメージを追うはずもないことは向こうも解っているだろう。
ならば何かしらの狙いがあるのか、と思考を回していると、
「――ッ!?」
不意にそれが爆発した。
しかし、そこから発生したのは火薬ではなく、
……光と音か……!
何も見えないし聞こえない。視覚と聴覚を潰された上、ふらついてしまうような感覚も感じる。
確かに、これは有効な手段だ。認めざるを得ない。無敵結界は五感によるものは排除しないのだ。攻撃と判定されないものでの攻撃、というのは良い発想だ。
無論、この程度で死ぬことはないが、魔人の動きを止めるに充分な上、この間に取れる行動もある。現に今、自分は未だ回復せず、視覚と聴覚による判断を封じられている。
だが、
「――――!」
レオンハルトは徐ろに剣を振った。
すると手応えを感じて、
……今のは当たったな。また機械か?
確かにちょっと苦しいし、無機物の気配を探るのは難しい。
しかし、この程度であれば経験と勘でどうにでもなる。他の魔人であれば無差別に暴れるだけでも問題ないし、目標を確実に捉える魔法などを使えば問題にならない。無敵結界を過信し、狼狽えるものであればどうなるかは解らないが、結果がこの現状だろう。衝撃、窒息、光や音、攻撃と判断されず身体に影響を与える手段を幾つか組み合わせれば、若輩の魔人一体くらい、捕らえることは容易いということだ。
「全く……」
この程度で死ぬなら今回の件が無くとも勝手に死んでいただろう。魔人というのは強大な力を持ってはいるが、決して万能ではない。
人間とて馬鹿ではないのだ。弱いなりに、いや、魔人や魔物に比べて弱いからこそ、様々な手段を講じようとしてくる。搦め手で来るのは最初から解っているのだから、それらを出来る限り予想し、不測の事態が起きても動じず、冷静に正面から、力をもって叩き潰せば魔人が人間に殺されることはない。しかし、
「言うは易し、か……」
それが難しいことも理解している。
回復してきた視界で正面を見ると、再び歩みを再開した。
「……こいつは化け物か? あり得ない……」
モニターを見ていたパイアールは、呆れるように呟いた。
光と音を使用し、対象の視覚、聴覚を奪い、一時的に気を失わせることすら出来る閃光弾。これを使って件の魔人は捕らえることが出来た。
しかしこの魔人はそれを食らって倒れないどころか、目と耳を封じられているというのに的確に反撃すらしてきた。
「……お手上げだね」
さすがにここまで出来るならどうしようもない。パワードスーツも魔人に対してはあまり効果的ではない。上級魔人であればこの程度は意味がないという結果は得られた。もっとも、前のサンプルと比べて開きがあり過ぎる気もするものだが。
……とにかく魔人の力を上方修正しておこう。
もしかしたら並の魔人にとってこの程度は造作もないのかもしれない。前の魔人は底辺だったのやもしれない。確かにあっさりと捕らえることが出来て拍子抜けしたものだったが。
そしてこれ以上、執拗に抵抗して怒らせるようなことがあれば本当に殺されかねない。だが、
「まあもっとも、それはないとは思うけど……」
なにせこいつはトラップを食らっている最中、視覚と聴覚を奪われた状態で――口元を歪め笑っていたのだから。
こういった危険や戦闘を好むのだろう。ゆえにこれらの兵器を提供すればいいし、もっと言えば交渉の材料に出来るかもしれない。
パイアールには微塵も理解出来ない趣向ではある。手元の機械を操作して各種トラップと扉のロックを解除すると、魔人との対面に備えることにした。
スラル「科学と魔術が交差――」
レオンハルト「やめろ馬鹿。別に交差してないだろうが」
スラル「えー……でも、世界観的には交差してるし……」
レオンハルト「パイアールだけだろ。アニメの見過ぎだ」
パイアール「学園都市、か……興味深いね」
レオンハルト「お前も乗るな! 一昔前前のクロスSSタイトルみたいになってるぞ!」
ラウネア「…………(最近アニメが面白いよね)」