広い浴場。レオンハルトの城の一階にある巨大な部屋に、その主はいた。
風呂好きでもある魔人レオンハルト。その趣味も兼ねて作られた大浴場はこだわり抜かれた内装をしており、彼だけでなく城に住む者達にも評判の場所だ。
普段は使徒やメイド達と一緒に入り、身体を洗ってもらったり、そこからヒートアップしてお楽しみを行うのが常だが、今は一人である。
と、言うのもやはりたまには一人でゆっくり入りたいからだ。レオンハルトとしても、彼女達がお世話をしてくれるのはありがたいが、毎回それではお風呂を堪能出来ない。贅沢な悩みだと自覚しているし、ゆえに皆からは残念がられるものの、数ヶ月に一度か二度程度ではあるが、一人で入らせてもらっている。
「いい湯だな……」
広い浴槽に肩まで浸かり、熱いお湯を堪能していると気分が安らぐ。誰の目もないというのもあって開放感が凄い。足を伸ばし風呂を堪能する。このまま歌でも歌いたいたいくらいだ。本当に誰もいなければ。
「……それで、お前は何故またここにいる? ――セラクロラス」
「んにゅ、お湯気持ちいい……」
気がつけば隣に、金髪ツインテールの幼女が裸でお湯に浸かっていた。
眠そうな表情で同じく風呂を堪能するのは、4体いる聖女の子モンスターのうちの一体である“時”のセラクロラス。
神出鬼没である彼女だが、時たまレオンハルトのところにも遊びに来ることがある。
と、言っても数百年振りではあるが、さすがに忘れてはいない。
「まさか風呂に入りに来たのか?」
「そう……」
「……そうか……」
……別に構わないが、何というかな……。
気の抜ける返事だ。風呂に入りにわざわざ城まで来るというのはどうなのだろう。一応、聖女の子モンスターという女の子モンスターの一種のような名前をしているのだし、魔物と関係も深いのだから街の公衆浴場に行けばいいのに、と思ってしまう。身体から力を抜いているのか、風呂にぷかぷかと浮いているセラクロラスを半目で見る。というか、
「お前、また髪と身体洗う前に風呂入ったな?」
「……そうかも」
「そうかもじゃない。全く……マナーくらい守れ」
ほら、と、セラクロラスの身体を掴み抱え上げると、そのまま浴場から連れ出す。
壁際にある椅子に座らせ、同じように椅子に座ると備え付けの洗剤を使って泡を立てて髪に付けてやる。そしてわしゃわしゃと泡を立て、
「来る度に俺が洗ってやってる気がするな……たまには自分で洗え」
「んゆ……レオンハルトの方が上手だから……」
「理由になってないな」
俺の方が上手かろうが自分の髪は自分で洗うものだろう、と呆れてしまう。女の長い髪を洗うこっちの身にもなってほしいものだ。手抜きが出来ないのが面倒くさい。
実のところ自分も普段は使徒やメイドに洗ってもらってるからあまり強くは言えないのだが、その分のツケが来たのだろうか。
「ほら、お湯かけるぞ」
「んっ……」
長い髪を満遍なく丁寧に洗ってやると、お湯を流してそれを終える。次は身体か、と石鹸を取り出しながら、
……マジで子供の世話してるみたいだな……。
軽く嘆息しながら思う。自分がこんなことをしてると部下や他の魔人が知ったらおったまげる気もする。他人に奉仕する経験など皆無に近いし、そういう立場でもない。そうしてセラクロラスの身体を洗ってやるのだが、あまり身体を動かさないので難儀する。
「ほら、腕上げろ」
「にゅー……変なとこ洗われてる……」
「誤解を招くようなことを言うな。いや、まあ確かにアレだがそう言うなら自分で洗え」
「……子作り、する?」
「しねぇよ」
とんでもない事を言ってくるセラクロラス。洗ってやってるだけなのだから誤解を招くことを言わないでほしい。だが、
……確かに、噂を立てられたら面倒だな……。
ただでさえ不名誉な噂が広まっているのに、これで金髪幼女と一緒に風呂に入った挙げ句、体を洗ってた、など字面だけで見れば邪推されてもおかしくない。ロリ野郎とか言われたらちょっとしばらく立ち直れない気がする。
出る時は気をつけるか……、自分に注意喚起をしていると、不意にセラクロラスが、
「……あ」
「ん?」
声を上げてこちらを見る。何かを思い出したような、そんな様子だ。そして、
「用事ある……」
「用事だと?」
こくり、とセラクロラスが頷いた。そして何の気なしに、
「ベーちゃん……捕まってるから助けてほしい」
「……あぁ?」
再び知り合いの名前を出されたレオンハルトは、そのお願いに困惑するのだった。
暗く狭い鉄の檻の中で、彼女はひたすらに犯されていた。
「ん……」
うしなどの魂のないムシと同じ檻に入れられ、交尾を強要されているのは力の聖女の子モンスターであるベゼルアイだ。
彼女は赤い髪とその裸体を白濡れにされながらそれを受け止め続ける。
それを外から見ている者がいた。
「ブーヒッヒッヒ! さすが聖女の子モンスター! 産む能力はピカイチのようだ!」
丸く太った身体を持つ中年の男。片眼鏡と貴族風の衣装を来たその男は、周囲をぶたのようなモンスターに守らせ、高笑いをしている。
彼は通称――バンバラ博士。
魔物やムシなどを対象に研究と実験を行っている研究者であり、聖女の子モンスターであるベゼルアイを騙して捕らえている張本人である。
バンバラ博士は新たな魔物、自分だけの配下を作るためにベゼルアイを捕らえ、ムシと交尾させることによって新たなモンスターを生みだした。
それが彼の周囲にいる二足歩行の太ったぶたのようなモンスター、ぶたバンバラである。錆びた槍、木の盾で武装した豚の獣人のようなぶたバンバラはそれほど強くはないものの、人間を殺すことが仕事であり、同時に楽しみ、生き甲斐であるという凶悪な魔物である。
他にもうしバンバラなどの様々なバンバラシリーズを作っている。その母体がベゼルアイ。聖女の子モンスターである彼女達はどんな相手とも交配し、100パーセントの確率で孕む。
力を失い子供のような見た目になると同時に卵が生み出され、そこからは新種のモンスターが生まれるのだ。
そうして生まれる新種のモンスターに、バンバラ博士は目をつけた。本来であれば人間に従うはずもない魔物であるが、どういうわけかぶたバンバラ達の多くはバンバラ博士に忠実である。結果的に、バンバラ博士の目論見はうまくいったのだ。
「ブヒヒ! もっと、もっと産み落とすのだベゼルアイ! 私だけの兵隊を! そうして私は、人類の支配者になるのだ! ブーヒッヒッヒ!」
「…………」
ベゼルアイはそれに答えない。真顔のままバンバラ博士を見ている。
何を考えているのかは解らない。しかしそれでもバンバラ博士はご機嫌なようで、高笑いを続ける。
「ブヒヒ! ブヒヒヒヒ! ブーヒッヒッヒ――ぎゃああああああああ!?」
不意に、バンバラ博士が悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。
倒れ込んだ地面には、バンバラ博士のものである血が身体から吹き出し、地面を赤く染めていく。
周囲のぶたバンバラ達が右往左往する中、その暗い洞窟に現れたのは、
「――大層な野望だな」
魔人レオンハルトだ。
彼はその手持った魔剣を鋭く振り、刀身に付いた豚の血を落とすと、牢屋の中にいた知り合いを見て、
「……本当にいるとはな……まあ、とりあえず――」
既に絶命しているバンバラ博士を踏み越え、周囲のぶたバンバラを威圧する。
「殺されたくなければ消えろ。いいな?」
「っ――!」
ぶたバンバラ達が怯えたように一斉に頷く。
そしてその言葉に従い、洞窟から一目散に逃げ出していった。そうして静かになった洞窟で、レオンハルトは息を吐き、
「……久し振りだな、ベゼルアイ」
「ん……? あら、レオンハルト君じゃない。久し振りね」
牢屋に捕らえられ、無心でその場にいたベゼルアイはレオンハルトが声を掛けると極めて普段どおりに対応する。だが、その姿は酷いものであり、長期間の間、ここでムシに犯されながら生活していたことを感じさせるものだ。
「ちょうど良かったわ。そろそろ出たいから出してくれない?」
「…………」
レオンハルトは眉間に皺を寄せながらも、一応、彼女の頼みに応じて剣を振る。
鉄格子を斬り、ベゼルアイを繋いでいた異常な数の鎖も斬り裂き、ついでにムシ達も斬り殺すと、ベゼルアイはすくっと立ち上がり、
「ん……やっと自由になったわ。ありがとね。それじゃ外に出ましょうか」
何事もなかったかのように外に出ようとするベゼルアイ。それを見て、レオンハルトは、
「いやお前……大丈夫なのか?」
「……何が?」
「……いや、随分と酷い目に遭ってると、セラクロラスに聞いてやって来たんだが……」
「んにゅ……べーちゃん、久し振り……」
「なるほど、セラが助けを呼んでくれたのね。ありがとう。だけど、ベーと呼ぶのはやめてって言ってるでしょ」
こちらの背後から顔を出したセラクロラスに、ベゼルアイがいつものやり取りを交わす。
やっぱりいつも通りでしかないベゼルアイに軽く戦慄というか呆れてしまう。何というか、
「お前、犯されたこととか閉じ込められてたこととかで思うことは無いのか?」
「出してくれないことは困ったけど、新しい子もいっぱい生まれたし結果的には良かったわ」
「……そうか……」
先程生みだしたばかりなのだろう。卵を見て言う子供状態のベゼルアイ。
逞しすぎる彼女を見て、釈然としない思いを抱えてしまう。やはり魔物を生み出すことを使命とする聖女の子モンスター。それも使命に熱心なベゼルアイだ。常人とは価値観が違う。
長期間捕らえられ、犯され続けたはずなのに、直ぐ様立ち上がり歩ける辺りもさすが“力”のベゼルアイといったところだろう。
だが、
「……さすがにちょっと気怠いわ。レオンハルト君、運んでくれる?」
「……別に構わないが……先に身体を洗わないか?」
汚れた状態のベゼルアイを見て言う。するとようやく気がついたのか、身体に付着したそれらを眺め、
「……そうするわ」
真顔で頷いたので、とりあえず身体の汚れを落としてやることにした。
「ふぅ……久し振りのシャバは気持ちいいわね……」
「シャバってお前な……」
汚れを落とし、洞窟からベゼルアイを連れて帰還したレオンハルトは、城の食堂で料理に舌鼓を打つベゼルアイを見て呆れたように呟いた。
色々と用意させたが特に甘いものをよく食べており、その趣向は変わっていないことが解る。
「久し振りにちゃんとした物を食べたから凄く美味しく感じるわ……」
「……何ともツッコミ辛い話だな」
どうやら数年以上閉じ込められていたらしい。聖女の子モンスターは八級神なので栄養を摂らなくても死ぬことはないが、それでも久し振りの食事はさぞかし美味しく感じることだろう。
「そんなことより! このロリっ娘達は誰なんですか!?」
と、声に出したのは使徒のペールだ。
ペールは食事を摂るベゼルアイとセラクロラスを指差し、
「レオンハルト様、まさかロリ趣味に目覚めてしまったとか……」
「誤解を招くようなことを言うな。こいつらは聖女の子モンスターだ」
「聖女の子モンスター?」
首を傾げるペール。そう言えば説明したことなかったかもしれない。
キャロルやハンティは当然知っているし、他の者達も知っているものと思ってしまっていた。
「モンスターの産みの親みたいなものだ。昔からの知り合いでな。力を使ったり卵を産んだ後はこんな風に子供の姿になる」
「ベゼルアイよ。よろしくね、ペールちゃん」
「よろしく……」
ベゼルアイとセラクロラスが挨拶をする。食事をしたまま。
そんな二体を見てペールは、一応頷くと、
「……なるほど。つまり、大きくなってから頂いてしまおうと――」
「頂くの?」
「頂かねぇよ!」
セラクロラスの件を考えると言い切ってしまうのもアレだが、変な噂が立つのは避けたいので否定しておく。
するとペールが微妙に残念そうな表情を浮かべた後、気を取り直したように、
「……とりあえず、昔からのお友達なんですね。でも確かに、言われてみればキャロル先輩からそんな話を聞いたことがあるような……確か、街に恋したんですよね?」
「それはハウね」
ハウ? と聞き返すペール。レオンハルトとしても微妙な想いを抱える相手だ。ベゼルアイが説明する。
「惚れっぽい子で、街もそうだけど花や雲にも惚れてしまうのよ。以前レオンハルト君にも惚れてたわ」
「あっ、そうなんですか? だったらお仲間ですね!」
「……そういや、アイツはどうしてるんだ? また変な相手に惚れ込んでるのか?」
少し気になったのでペールの言葉を無視して聞いてみる。以前は色々あったのもあって曖昧なまま別れてしまったので、少しだが、悪い気持ちもある。おそらくはまたいろんな相手に恋をしては振られているのだろうが、と思っていると、
「……そうね。前会った時も別の相手に惚れてたわ。だけど……ちょっと厄介な感じにはなってるわね」
「厄介?」
ええ、とベゼルアイが頷く。こちらの目を見て、
「レオンハルト君のせいよ」
「……あ?」
……俺のせい? どういうことだ?
何がどうしたら俺のせいになるのか、とレオンハルトが胡乱な表情を浮かべる。しかし、
「いつも通り、新しい恋を見つけた時は良いんだけどね。振られるとレオンハルト君のことを思い出してブルーになるらしいわ」
「……俺を思い出して、どうして気分が沈むことになる?」
「振られてないせいね」
ベゼルアイは簡潔に言った。続けて、
「あの時は色々あったから、曖昧なまま別れたでしょ? だから未練が残ってるのよ」
「……新しい恋は?」
「あの後も直ぐに別の相手に惚れだしたから大丈夫だと思ってたんだけど……終わったらぶり返して、自己嫌悪した後、新しい恋見つけてって感じでループしてるわ」
「……前より酷くなってないか?」
何とも言えないが、こじらせすぎだろう、と思う。人間的に言うなら、片思いしていた相手に振られてない内から別の相手に惚れたが、しかし振られてしまい、吹っ切れたと思ったら以前の片思いの相手を思い出した挙げ句、自分のビッチさに自己嫌悪している――という状態だろうか。しかし、
「聖女の子モンスター何だから気にする必要もないだろう」
「私もそう言ったんだけどね」
人間の尺度で言えばちょっとばかし問題があるかもしれないが、聖女の子モンスターの使命を考えると何も問題ない。むしろ使命を果たしているので良いことをしているとも言えるし、そもそも魔物社会でその辺を深く考える必要もないと思うが、気になってしまったのだろう。
「というわけで見かけたらでいいから少し気にかけてくれる? 会う度に拗れていってるからちょっと面倒くさいわ」
「ぶっちゃけるな。……別にいいが、思い出した時点で会いに来そうなものだがな。あの性格だと」
「ハウも負い目があるみたいね。あの時も気にしていたし、珍しく自重してたわ」
「……そうか」
惚れた相手を監禁して、強制的に一緒になろうとするアレな性格であれば直ぐにすっ飛んで来てもおかしくない、と思ったのだが、どうやら気を使ってくれたらしい。
レオンハルトは大きく息を吐くと、
「……まぁ、見かけたら話してみよう」
「お願いね。……それはそうと、ここのお菓子、凄く美味しいわね」
おかわり、といつの間にか皿を空にしていたベゼルアイが言う。話の合間に食べていたが、凄まじい速度だ。よっぽど美味しかったのだろう。話題の急転換に何とも言えない気分になりつつも、レオンハルトは気を取り直し、
「お前も以前食べた、街の料理のレシピを開発した料理長が作ってるからな。あの時よりも美味いだろう」
「ええ……本当に美味しいわ…………久々だから余計に…………やっぱり、この街に住もうかしら……」
「……別に構わんが、お菓子に釣られていいのか? 聖女の子モンスター……」
しっかり者に見えるベゼルアイだが、こういうところがあるから騙されて捕らわれてしまうのではなかろうか。妙に抜けている部分がある気がする。
そして、気がつけば視界の端で、セラクロラスがペールの膝に乗り、
「……72点の膝……」
「それは高得点でいいんですか?」
先程まで近くにいたセラクロラスが移動している。それを見て、
「ある意味、セラクロラスが一番まともかもな……」
「……ロリコンなの?」
「違う」
ベゼルアイの言葉に食い気味でツッコミを入れ、レオンハルトは久々の再会を楽しんだ。
ベゼルアイ「聖女の子モンスター回は大体ギャグ回になる気がするわ」
セラクロラス「んゆ……ベーちゃんのせい」
ベゼルアイ「私じゃないわ。ウェーのせいよ」
ウェンリーナー「私今回出てないから関係ないよ~……それを言うならハウちゃんでしょ?」
ハウセスナース「はぁ……あとがき様……凄く格好いい……! ――ん? 私は関係ないでしょ。恋に生きてるだけなんだから」
皆「…………」