魔軍の拠点である魔王城。
魔王の居城でもあるそこでは定期的に魔人達が集まり、定例会を行うことがあった。
今日はその定例会の日であり、普段は大陸各地で人間を苦しめ、好き勝手動いている魔人達が集まってくる。他の生物を圧倒する隔絶した力を持ち、我も強く曲者だらけの魔人達は纏まりも悪く衝突することも少なくない。
しかし定例会など魔人達が一堂に会する場では、諍いはそれほど起きない。何故ならその場には他の多くの魔人――魔人四天王、魔人筆頭、場合によっては魔王もその場に姿を現すこともある。自分と同格、もしくは格上の存在が集まる場で揉め事を起こせば上位の存在の不興を買い、手痛い目に遭うからだ。
ゆえに諍いが起きるのは集合前か、定例会を終えた後である。
「――おいっ! ケイブリス! 無視してんじゃねぇっ!!」
「……あぁ?」
そんな中、リスの魔人である魔人ケイブリスも、定例会を終えて帰るところであった。
しかし背後から怒声を浴びせられたので振り向く。聞こえた声によっては即座に振り向き、ぺこぺこと頭を下げるのがケイブリスの常であるのだがその様子は見られない。
振り向くとそこには三体の魔人が立っていた。
……何だ、やっぱりゴライアスか。しかも他の二体付きかよ……。
ケイブリスの予想通り、その声を上げてきたのは魔人ゴライアス。
アベルの時代から生きてる古い魔人の内の一体で、よくケイブリスを苛めてきていた魔人でもある。巨人族の魔人であり、身長はこちらよりも大きい。
荒っぽい性格の、荒っぽい声を向けてくる魔人を僅かに首を上げることで見上げる。その際に、横の魔人が、
「……ケイブリス。私達を無視するとは何事ですか?」
……相変わらずねちっこくてうざいな、オスロの野郎……。
もう一体もよくケイブリスを苛めてくるちゃそばの魔人である魔人オスロ。カエル顔の気持ちの悪い奴で、よくゴライアスとセットでこちらを苛めてくる。こちらはゴライアスよりは頭が回るのか、周囲を気にしながら声を掛けてくる。以前のように半殺しにされないよう注意し、こちらに掛ける言葉も選んでいるのだろう。自己保身だけはいっちょ前だ。
そしてその後ろにももう一体、
「そ、そうだ! ケイブリス! お前、何様のつもりだ!?」
……うぜぇな。踏み潰してやろうかセイロンのカス野郎がッ!?
ちゃつみの魔人であるセイロンが二体に追従するようにこちらに強い口調を浴びせてくる。こいつもアベルの時代からいる魔人の内の一体だが、魔人の中ではかなり弱い方であり、常に味方の魔人の傍に擦り寄っている。一緒になってこちらを苛めてくることで難を逃れている金魚の糞だ。最弱のケイブリスがいたからこそ立場を保てているだけの存在。その生き方はケイブリスにとって理解出来るものではあるが、ウザったいことには変わりない。
だが、そのセイロンは昔と違い、こちらを少し怯えた表情で見ている。ゴライアスなんかは無視されたことにイラつき、オスロは少しだけいつもの小馬鹿にした表情を隠している。
その理由は解る。簡単なことだ。
……けっ、俺様がちょっと強くなった途端これか。ざまぁねぇな。
己が、昔と比べて格段に強くなっていること。それゆえに対応を変えているのだ。
身体も大きくなり、ゴライアス以外の二体の身長を越えている。実力に至ってはこの三体を越えてしまっているだろう。
とはいってもまだまだ中級魔人程度。上級魔人の手前、といったくらいだ。それほど強くはない。
虐められた恨みを晴らそうと三体をブチ殺すことも可能だろうが、
……いや、まだわかんねぇ。確実に勝てるくらい強くないと……しかも、向こうは三体だぜ?
こちらの方が不利だ。死んでしまうかもしれない。一対一なら勝てる自身もあるが、それでも確実ではないし、三体なら尚更だ。
万が一でも自身が負け、死ぬ確率がある限り、ケイブリスは動かない。それがケイブリスの生き方であり処世術なのだ。
ゆえに、
「……あっ、ごめんなさい。少し考え事をしてまして。何か御用ですか?」
腰を低めに対応する。雑魚のセイロンだけ、もしくは新参の弱い魔人共であれば強気に、あぁ!? うっせーぞ、ボケ! 死ね! といった具合に対応するのだが、そこそこの強さの二体。一応三体もの魔人が同じ場でこちらに敵意を向けているのだ。ここは下手に出るのが正解だろう。
……今すぐぶっ殺してやりたいのは山々だが……慎重にやらねぇとな。
少なくとも今はその時ではない。そう思い、ケイブリスは揉み手をしながら対応を待つ。
すると正面、こちらを見下したゴライアスが凄んだ顔で、
「何か御用ですかじゃねぇんだよ! てめぇ、最近調子に乗ってねぇか!? ちょっとばかし強くなったくらいでよぉ!」
「……そーですかね? 調子に乗ってるように見えたなら謝りますよ。すみませんでした!」
……うっせぇんだよ馬ぁ鹿クソボケ!! 俺様はもうテメェより強ぇのよ! だから調子に乗って何が悪い! さっさと失せろやゴミ!
と、内心でボロカスに言ってやるも、三体に勝てるとは限らないのでさっさと謝ってしまう。しかし未だゴライアスの怒りは収まらないようで、
「てめぇ、俺らのこと舐めてんだろ!? 媚びへつらいやがって、心の中では舐め腐ってんだろうが!?」
「そんな……誤解ですよ、ぺこぺこ」
……当たり前だろうがゴミカス! そのうち俺様が更に強くなったらテメェは真っ先にぶっ殺してやるから覚悟しとけやぁ!
そうやって躱していると、オスロが前に出てくる。そして大声で怒鳴り続けるゴライアスに向かって注意するように、
「ゴライアス。その、声が少し……」
「お前もムカついてんだろ! なぁ、オスロ! こいつは手出されないと思って調子くれてやがるんだよ!! ここらでシメとかねぇと腹の内が収まんねぇだろうが!?」
「……そ、そうですよ! 三体ならボコボコに出来ますから一緒にやりましょう、オスロさん!」
……あ、テメェ、セイロン! 何てこと言いやがるクソがぁ……! もし万が一戦いになりでもしたらテメェは真っ先に潰してやるからな!?
強くなったとはいえ三体一は不安が残る。出来れば戦いを回避し、もしくは逃げてしまいたい。
しかしセイロンの申し出を受けたオスロは考えるように顎に手を当てた後、ややあって、
「……しかし、以前のようにレ、レオンハルト様に見つかりでもしたら……」
「ひっ……」
「ッ……それは……」
その言葉に、セイロンだけでなく、ゴライアスまでもが苦虫を噛み潰したような表情で言葉に詰まる。
六百年ほど昔の話だが、以前ケイブリスのことをゴライアスとオスロが苛めていた際、レオンハルトが乱入してきて半殺しにした事件があった。その時の恐怖を思い出しているのだろう。
あれからというもの、オスロは露骨にレオンハルトを警戒して前よりも避けるようになったし、ゴライアスの方も反発することは無くなった。魔人筆頭という誰もが認める力を持つ魔人レオンハルトを畏れているのだ。
それを見て、ケイブリスは内心で爆笑する。
……ぐぁはぁはぁ! ざまぁぁぁぁぁーーーっ!! そうだ! 俺様に手を出したらレオンハルトが黙ってねぇぞ!! もし来なくても逃げ切った後でチクってやるからな! 手を出せるもんなら出してみやがれ!!
こちとらレオンハルトの子分であり、そのために千年近く媚びてきた身だ。時に大好物のこかとりすを献上し、時に好みだという巨乳の美女を献上してきた、レオンハルトの覚えめでたいケイブリスだ。それは向こうも知っている。ゆえに手を出せまい、とケイブリスは堂々と口を開く。
「……あー、そういえば僕、レオンハルト様に用事があるんでした! だから帰ってもいいですか!?」
「ぐ、てめぇ……!」
ゴライアスが怒りに染まった瞳でこちらを睨んでくる。怖くとも何ともない。どうせ何も出来やしないのだから。
「……諦めましょう」
「そ、そうですね。れ、レオンハルト様に目を付けられるなんて……」
「……クソがっ!!」
オスロとセイロンがゴライアスを宥める。
さぞかし屈辱的だろうと思うが、いずれもっと屈辱的な目に合わせてやる、とケイブリスは心を燃やしていた。
……そのためには強くならねぇとな。不安で眠れもしねぇ……。
もう数百年、ケイブリスは眠れていない。それは周囲の危険な状況、魔人達や魔王の恐怖から来るものであり、いつ殺されるか分からないのに寝ていられない、という不安の表れだ。
安心して眠るためにも強くなる、その想いを心に秘めて、ケイブリスはその場を後にしようとした。
しかし、
「――ハァッハッハッハッ! くたばれ目玉ぁぁぁぁぁ!!」
「――ユーがダイするね! メイクドラーマー!!」
廊下の揺れとともに、二体の魔人がケイブリスらの前に飛び出してくる。
お互いに僅かな傷と、汚れを作った二体の魔人を見て、ケイブリスはぎょっとした。
……げっ!? レキシントンにレッドアイ!?
原因は解らないが、状況的に喧嘩をしているらしき二体の魔人に冷や汗をかく。
赤黒い肌を持ち、巨大な二つの棍棒をその怪力で振り回す鬼の魔人レキシントンと、二足歩行の巨大な魔物に寄生し、その身体を操りながら最上級の魔法をアホみたいに唱える宝石の魔人レッドアイ。
どちらも危険な魔人だった。戦いがアホほど好きで、レオンハルトにすら定期的に喧嘩を吹っかけるというアホとしか思えないレキシントンと、そもそも狂っていて強くなることと生き物を殺すことにしか興味のないキチガイのレッドアイ。その二体の戦闘に、ケイブリス達は巻き込まれそうになっていた。
同じ現実を認識し、慌てる他の魔人だが、ゴライアスがレキシントンに向かって怒声を浴びせる。
「てめぇ、レキシントン! こんなところで喧嘩してんじゃ――」
「ああん? 誰だお前。儂の喧嘩を止めたきゃ力づくで来ーーーい!!」
名前も顔も憶えてないのか、ゴライアスの言葉を一蹴するレキシントン。
続いてオスロがレッドアイに向かって、
「レッドアイ! こんなところで戦ったらどうなるか、解らない貴方では――」
「……ユーは誰さんか? 田中さんか? 今はミーのパワーをそこの鬼にルックさせてる最中ね。邪魔をするならユーの方からキル・あなた! クケケケケ!」
こちらはさらに話が通用しない。レッドアイは瞳を煌めかせ、魔法の詠唱に入る。
再び、レキシントンとレッドアイの戦闘が始まった。
「うおおおっ!?」
ケイブリスが咄嗟に身を翻した瞬間、二体がぶつかり合う。先に攻撃をしかけたのはレッドアイであり、魔法光とともに光の奔流が発生する。それは、
「メイクドラーマー!!」
白色破壊光線。続けて黒色破壊光線。魔法としては最上級の威力を持つそれは、凄まじい魔力を持つレッドアイが放てばその分、威力が高まる。その両方の魔法を平然と発動すると、レキシントンの方も二本の棍棒を持って迎え撃つ。
「効、く、かああぁぁぁぁああぁあぁあああ!!」
二本の棍棒を振り回し、光線を受け止めるレキシントン。
魔人一の怪力を誇るレキシントンはレッドアイの魔法を受け止めると、多少のダメージに怯むことなく足に力を込め飛び上がるようにレッドアイに向かって棍棒を振り下ろす。
その際に、邪魔なゴライアスやオスロは吹き飛ばされ、セイロンに至っては隅で震えている。
「ハハハハ! ぶっ殺してやるわい!」
「ボーンも残らずキル・あなたよ!」
二体の魔人の戦いに、出るに出れなくなったケイブリスは、廊下の隅に隠れながら内心で叫ぶ。
……ちくしょーーー! この戦闘狂ども! よりによって何で俺様の近くで戦いやがるんだ!?
下手に出ていくと巻き込まれてしまう。それだけは避けたい、と、ケイブリスはカーテンで身を包むようにして隠れるが、それも時間の問題な気がする。レッドアイが広範囲に効果を及ぼす魔法を発動したり、レキシントンのあの長い棍棒がこちらに当たるかもしれない。
一か八かで逃げてしまうか、と、ケイブリスが決断を迫られていると、
「――何をしてる、この馬鹿共」
「――む?」
「――オ~……?」
レキシントンとレッドアイ。その両方の間に割って入り、攻撃を受け止めた影があった。
それは当然、この場にいる皆が知る魔人であり、それだけの力を持つ魔人だ。
「ここは魔王様の居城だぞ。喧嘩なら外でやれ」
「ハハハ! レオンハルトか! 何だ、お前も儂と喧嘩しに来たのか!?」
「……ん~……レオンハルト。ユー、あなた、か……」
魔人レオンハルトが、その手に魔剣を持ち、二体を威圧する。鋭い目で二体を交互に見ると、レキシントンは嬉しそうに声を上げ、レッドアイは何かを思考するように動きを止めた。
戦意を沈めたレッドアイから視線を切り、レキシントンに向き直ると、目をさらに鋭く細め、
「俺は忙しい。外で喧嘩しようってんなら構わんが……一瞬で終わらせるぞ?」
「……ほーーー? くく、それは楽しみだ。ならば外で待っているぞ! ハーッハッハッ!!」
レオンハルトに戦意をぶつけられ、むしろ戦意を滾らせたレキシントンが豪快に笑いながらその場から立ち去る。次にレオンハルトはレッドアイに視線を向けると、
「……お前はどうする? レッドアイ。暴れ足りない、というなら俺が相手になってやるぞ?」
「……オー、ミーは遠慮しておく」
「なら大人しく帰れ」
「オーケー。ミーは帰る。帰ってヒューマン共をキルしてくるね!」
簡潔にそれを拒否したレッドアイは、物騒なことを言いながらレキシントンとは別方向に去っていった。
そうしてその場には、戦闘の爪痕とケイブリスだけが残った。他の魔人は、
「壁が壊れたか……修理させないとな」
壁の向こう、外に吹っ飛んでいってしまったのだろう。レキシントンとレッドアイの攻撃の恐ろしさが垣間見える。巻き込まれなかったセイロンはさっさと逃げてしまったのか、その場にはいない。残ったのは、ケイブリスのみで、
「……ケイブリスか。大丈夫だったか?」
「あ、はい! 大丈夫でした! ありがとうございます、ぺこぺこ」
カーテンの外に出て、レオンハルトに頭を下げるケイブリス。しかし内心では、
……来るのが遅ぇんだよ! 魔人筆頭ならもっと早く来やがれ! 生憎俺様まで巻き込まれるところだったぜ、全くよぉ!
来るのが遅かったレオンハルトに悪態をついていた。そんなことを考えているとは知らないレオンハルトは、息を入れると、
「無事なら良い。ちょうど、お前を探していたところだ」
「へ?」
……探していた? 俺様を?
思わず間の抜けた声で応じてしまう。一体何の用だろうか、と思っていると、レオンハルトは懐から二振りの剣を取り出し、
「――ほら、プレゼントだ」
「え、うおっと……」
二本の大剣を手渡される。その重さに不意を突かれ、少しよろめいてしまうが、それよりも言われた言葉の意味を理解するのに必死だった。
「プレ、ゼント……?」
半信半疑のまま聞き返すもレオンハルトは、ああそうだ、と頷き、再度プレゼントだということを告げてくる。
「いつも世話になっているからな。それに貰い物ばかりでお返しが何もないのも何だ。お前も強くなったし、これくらいの業物を持っていてもいいだろう」
「え、あ、それは……」
予想だにしていなかったイベントにケイブリスは戸惑ってしまう。
……貰い物なんて初めてだな。なんて言えばいいんだ……?
迷った挙げ句、ケイブリスはいつもどおり頭を下げてお礼を口にした。
「あ、ありがとうございます……」
「日頃のお礼だ。気にするな」
「は、はぁ……」
釈然としない。自分にプレゼントなど、頭が沸いてるのだろうか。それとも何かを企んでいるのだろうか。
解らず、しかし渡された大剣をまじまじと見る。見る限り、確かに良い物な気がする。
だが、
「これ……かなり大きいんですが……?」
その大剣は身長が2メートル近くになったケイブリスを越える程である。それが二本。魔人の筋力を考えると使えなくもないだろうが、少し使いづらいと思った。
なので確認の意味も込めて聞き直すと、レオンハルトは苦笑し、
「そうかもな。……だが、お前ならそのうち使えても不思議ではない。とある迷宮で見つけたんだが……お前に上げるのが一番良いと、何となく感じてな」
「は、はぁ……そうですか……あ、いえ、ありがとうございます!」
貰ったものに不服な様子を見せている気がして慌ててお礼を言う。あぶね、とケイブリスが焦っていると、レオンハルトはそれを見て、ふっ、と笑って踵を返すと、
「その大剣の名は、ウスパーとサスパーだ。精々使ってやってくれ――」
「……分かりました」
じゃあな、とレオンハルトは先程レキシントンが向かった方向に歩いていった。約束していた外で喧嘩を行うのだろう。それも気になるが、それより、
……俺様の剣か……いや、でもなんか裏があるんじゃねーか……?
猜疑心が強くなってしまう。しかし、物は良いもののようで、
「……おら!」
何となく大剣を振ってみる。
少しでかいが、不思議と手に馴染むものだ。何とも言えない気分を感じる。
「……まぁ……使ってやるか……」
……返せ、って言われても返さねぇからな……?
いやまあ言われたら返すんだろうが。怖いし。レオンハルトは魔剣を持っているから必要がないのだろうし、言われないとは思うが。
ケイブリスは何とも感じたことのない微妙な気分を感じ、心をモヤモヤさせながら帰路に就いた。
AV魔人三人衆。彼ら三人と、カミーラとメガラス(後、ギリウム)が、AV期の生き残りです。内二人、ゴライアス君とオスロ君は以前のケイブリスの話で出た二体ですね。そのうち、プロフィールも出します