日も落ち、夜の帳が下ちてしばらくした頃。
ムシ使いの集落の奥にある集会所。集落の有力者が会議に使うこの場所では、重苦しい空気が漂っていた。
「――どうしてくれるんじゃガルティア!!」
「…………」
そこではムシ使いの長老が長であるガルティアに怒声を浴びせていた。
ガルティアはそれを黙って聞いている。表情も全く動かず、どれだけ非難を受けても眉一つ動かさなかった。
その態度に長老の苛立ちも募っていく。
「こら! 聞いておるのか!? お前がやられなければ――」
「長老!!」
意を決したように集まっていた有力者の一人が声を上げ、説教を続けようとしていた長老を遮る。
「……今はガルティアを責めてる場合じゃない。問題は――」
「……ふん、これからどうするかであろう。分かっとるわい」
有力者の言葉か、それとも現状を思い出したのか、とにかく少し頭が冷えた長老は有力者の言葉を引き継ぐ。
長老は最後にガルティアを一瞥すると、鼻を鳴らして皆に向き直った。
「時間もない。早急に集落として決定しなければならんな」
「はい、その通りです。……ガルティアもそれで構わないな」
「…………ああ」
有力者の一人がガルティアに対して確認を取る。こうなった責任は勿論彼にあるだろうが、それとは関係ない。彼は普段からガルティアを立てようとしてくれている人物だった。
しかしガルティアの方は言葉少なく頷くだけ。快活な明るい性格のガルティアには珍しいことだった。
集まった有力者達は、さすがのガルティアもこうなった事に責任を感じているのだろう、と考え、それを咎める者はいなかった。
「それでは決めましょうか。案は2つ、即ち――戦うか、逃げるか」
議長を務める男の言葉にまた別の男が机を叩いて立ち上がる。彼は頭に血が上った様子で言い放つ。
「戦うに決まってるだろう!! 兵はまだ残っている! ムシ使いはまだ大勢いる! 集落の中から兵を募れば……」
「……何を言っているんですか? 冗談じゃない。逃げる一択でしょう。大体新しく兵を集めた所で魔軍に勝てるとも思えませんが?」
「ガルティアもまだいる! 俺だって戦ってやるさ! お前は町を捨てるって言うのか!?」
「町よりも大事な物があるでしょう! ……それにどの道、食料の備蓄ももう底を尽きています。兵がいたとしてももう戦えません」
「っ! それは……」
徹底抗戦を主張している男は、反対側に座る眼鏡を掛けたムシ使いの男に反論を受け、言葉が詰まる。
見れば他の有力者も逃げる方に傾いており、しきりに頷いていた。
「…………くっ、でもよ……」
男は諦めたくはないと思った。ここは自分達の故郷。そこを捨てたくはない。しかし彼にはどうすればいいのかわからなかった。
悔しそうに身体を震わせる彼に長老が声を掛ける。
「お前の気持ちはわかる。しかし戦う事は出来んだろう。今はもう逃げて集落の皆の被害をどれだけ少なく抑えられるか。それを考えるのじゃ」
「…………はい」
長老に説得され、重々しい肯定を返す。有力者達は決まったか、と一様に頷いた。
――即ち逃げること。後はどうやって逃げるか。一度撤退したとはいえ魔軍の哨戒は健在だろう。逃げようと動きを見せれば直ぐ様追撃してくるかもしれない。
それに何処に逃げればいいのかも分からないままだ。
苦悶の表情を浮かべながら、しかしこの厳しい現実に抗おうと思考を続ける。
それを見ていたのか見ていなかったのか――立ち上がったのはやはり。
「――――悪い、ちょっと席を外す」
「なっ……ガルティア! 何処に行くんじゃ!? 座れ!! 今は大事な――」
「……すぐ戻ってくるさ」
集落の長であるガルティア。長老の制止の言葉も聞かずにずかずかと入り口から外に出ていった。
周囲の有力者達はその行動に目を丸くするが、誰も歩みを止めることをしない。
その目が強い意思を秘めた物だったからだ。
「ぐぬぬ……!」
長老はガルティアの有無を言わせない態度に歯噛みする。これでは会議を進められない。仕方なく長老は有力者達に宣言した。
「……ガルティアが戻ってくるまでは一旦休止じゃ。儂も少し出てくる」
去り際に長老がそう言うと有力者達はお互いの目を見合わせ、少し迷った後に頷くと少しずつその場から退席した。こんな時間だが大切な人にでも会いに行こうか、とそんな事を思ってしまう。
――どの道、今日が最後の日になるかもしれない。
――まったく、ガルティアめ……あの態度はなんじゃ!
外の空気を吸いに夜の集落を練り歩く長老は先程のガルティアの態度に憤慨していた。
そもそも奴が魔軍を退けていれば、ここまで悪い状況にはなっていなかった――そんな事を考えながら。
長老の頭の中ではあと半年は戦える計算であった。食料に関してはもう少しだけなら節約すれば賄える筈だ。その際には集落の人々にはそれを通達し、遵守させなければいけないのが忍びないが。
もう少し耐えていればじきに魔王が出てくる筈。実際、逃げ延びてきた兵の証言ではとてつもなく強い魔人が出てきたと報告があった。それをガルティアが倒していれば次は魔王だったかもしれない。
……しかしそれはもう詮無き事だ。ガルティアは敵の魔人にぼろぼろにやられ、挙句の果てに見逃されてきたという。ガルティアなら戦えない事もないだろうが、それでも力は万全ではないだろう。その状態ですら最強のムシ使いである事に疑いようもないのだが。
なら逃げる手段を考えなければならない。だが、どうやって逃げる?
数十人程度ならバレずにこの辺りから逃げ出す事も出来るかもしれないが、実際はこの集落の人々全員。約二万もの人々だ。大規模な逃走になるだろう。集落を放棄することを住民に伝えればそれだけで騒ぎになる。荷物を纏めて訓練も受けたことのない一般人、女子供も合わせた大軍での大移動に魔軍が気づかない筈がない。
十中八九は魔軍の警戒網に捕まる。逃げようとしている事が伝われば魔人が軍を率いて追いかけてくるだろう。既に戦う力は残ってない。多少の抵抗は出来ても魔軍と接敵すればお終いだ。
なら魔軍に気づかれないようにしなければならないのだが――いや、気づくのを遅らせるだけでも構わない。
……だが、そんな方法は思いつかない。運良く魔軍の陣地でボヤ騒ぎでも起きればいいのだが――
「――!」
そこまで考えて一つの案が思い浮かんだ。悪魔の考えだった。
――ガルティアにそれをやらせればいい。奴一人なら魔軍の陣地に忍び込み騒ぎを起こす事も可能だろう。その間に集落の皆で逃げてしまえばいい。
非道な作戦だが、集落の人間を救う為には仕方のない事だ。奴一人と他の皆。少数と多数なら少数を斬り捨てるのもやむ無し。
しかしそれを実行してしまえばガルティアは死ぬだろう。いや、問題はそこじゃない。そもそもガルティアがこれを了承するのか?
奴が何を考えているのか自分には分からない。昔からそうだった。どんな時も軽薄なあの態度を崩さないし、のらりくらりとはぐらかすのも上手い。
それに自分はずっと奴に辛く接してきた。そんな自分の言わば死んでこいという命令を聞くだろうか――否、聞くわけがない。
どんなに普段は他人に優しい人物でもいざとなれば自分を優先する。こんなのはガルティアに限った話じゃない、当たり前の事だ。
ならばどうすればいい。ガルティアに殿を、その身を呈して一人で魔軍を足止めしてもらうにはどうしたら……。
「む……? あやつは……」
そんな時、長老は人影を見つけた。
子供だ。見覚えもある。ガルティアによく付き纏っている少年。
そんな彼が下を向きながら誰もいない夜道をとぼとぼと歩いていた。
「ふん……哀れだな」
確かあの子供は両親が魔軍との戦争で亡くなった孤児だ。どうやら親戚もいないらしい。身内の繋がりが広いムシ使いの中では珍しい事だ。
それで唯一、死んだ両親と仲が良かったガルティアに付きまとう。ガルティアの方も悪いようにはしていないよう感じた。
「…………」
長老の中である思いが芽生えていく。それは地獄に落ちるような考え。
戦士であり集落の長という立場も責任もある奴ならまだしも、何の罪もない子供にもそんな役目を負わせるのか――?
……だが、幸いにも少年に家族はいない。いなくなっても悲しむものはいない。いたとしても最小限で済む。
ガルティアと少年。たった二人で集落の人間全員を救えるなら――
長老は意を決し、少年に背後から近づいた。怯えさせないよう、怖がらせないよう、出来るだけ優しく、声をかける。
「――――」
そして虚偽の真実を語り始めた。
夜もすっかり更けた頃。
荒野の中心に築かれた魔軍司令部。そこには二つの魔の存在がいた。
この戦いの立役者である魔人レオンハルト。彼は魔王スラルを目の前に膝を――両方とも床に突いていた。
「――それで、何か言い分はある?」
「…………ない、です」
正座である。
レオンハルトは自身の行いを反省させられていた。
……いや、確かに俺が悪いんだけどよ。
ムシ使いとの、ガルティアの戦いには勝った。いや、勝ってしまった。
その原因ははっきりとしている。自分があまりにも戦いを楽しみすぎた所為だ。
標的であるガルティアは中々に話しやすい……いや、気の合う奴だった。それにめちゃくちゃ強かった。
剣技も中々の腕前だったし、ムシ使いとしては想像を絶する腕前。正直傷を負うつもりは全く無かったのだが、ムシの多彩な攻撃とガルティアとの息の合った連携攻撃に何度もしてやられた。
そしてそれがあまりにも唆って、興が乗りすぎてしまった。
どうにも剣を持って強い奴と対峙するとちょーーっとだけやり過ぎる傾向があるみたいだ。実に気持ちいいし楽しいし、本能が刺激されるのだが、理性で制御出来ているのは確かな筈だ。
でも、あとちょっと。もうちょっと。後五分だけ。と少しずつ誘惑に押されて、戦いが長引いてしまった。
途中、ムシ使いのガキが乱入してきてガルティアが躾のような事をしているのを空気を読んで眺めていたら、戦闘が終わってしまっていた。
あの時は内心、めちゃくちゃ焦った。このまま集落を落としましょう、ってな空気でどうしようかと思ったが魔物将軍には咄嗟に適当な尤もらしい屁理屈にわがまま。そして恫喝であの場を切り抜けた。俺、クソ上司過ぎる。
そして俺は上司に正座させられていた。
目の前には椅子に座って膝を組み、こちらを見下すスラル。
「……そういえば一時間で撤収とか言ってたわね。もう夜だけど」
「……い、言ってたな」
目を逸らす。誰だ、そんな事言ったやつ。俺はそんな奴知らない。
「……あっさり終わらなかったなぁ」
「……そういう時もある」
勝負は時の運って言うだろ?
「……活躍、見たかったなぁ」
「ぐはぁっ」
スラルは少し残念そうにぼやいてみせる。俺は精神に傷を負った。
くそっ! なんで俺はあんな恥ずかしい事言ったんだ!
俺は気恥ずかしくなりつつもスラルに言い訳を伝えた。
「……一応、最後に伝えたから見込みはあると思うんだが……」
「! そうなの?」
「ああ、ガルティアの性格なら来ると思うぜ」
「……ん、それもそうね」
スラルはそれを聞くと納得したように気を弛緩させた。
もう怒ってはいないようだ。俺もおそるおそる立ち上がるが、何も言われなかった。
――だが、けじめはつけないとな。
「悪かったな。確かにやり過ぎた。これでもし来なければどうにでもしてくれ」
俺はスラルに改めて謝罪する。命令を遂行出来なかったら好きにしろ。そういう意味を込めて言ったが、スラルは首を振った。
「何もしないわよ。……あ、でもせっかくだから料理の練習に付き合ってもらおうかな?」
「おま――っ!?」
俺はその言葉に絶句する。それだけはありえない。
しかも練習って事は何度も味見しなきゃなんねぇんだよな? ――あの料理を何度も。
俺はふっと息を吐くと己の運命を悟った。
「――死んだな」
「だから失礼!! そんなに酷くならないわよ!!」
料理を貶されて怒ったスラルはふん、とそっぽを向いた。あの料理はしょうがねぇだろ。
そうやっていつも通り軽快なやり取りを交わしていると――外から声が掛けられた。
「――魔王様、レオンハルト様。少々よろしいですか?」
その声には聞き覚えがある。おそらくはここの責任者である魔物将軍だ。
「……魔物将軍?」
「……いいな?」
「ん」
「よし、とりあえず入れ」
一応トップであるスラルに確認を取ると魔物将軍に入室するように促す。
すると「失礼します」と一声掛けてから予想通り魔物将軍が司令部に現れた。
魔物将軍は椅子に座る魔王スラルとその隣に立つ俺に向かって膝を突くと、両者からの言葉を待つ。スラルは俺に目配せ。どうやらやり取りに関与するつもりはないみたいだ。
なら、と俺は魔物将軍の頭上に声を掛ける。
「楽にしていい。それよりも何かあったか?」
「はっ、それがですね……その」
魔物将軍はいつものはきはきとした物言いではなく、少しどう言えばいいのか迷っている様子だった。
俺はそれを訝しげに思う。
「? 良いから言ってみな。別に余程の事じゃなければ怒ったりしねぇよ」
「は、はっ! では僭越ながら申し上げると……侵入者、のようなものを見つけました」
「!」
その言葉にスラルの肩がピクリと動く。まさか、と俺も思ったが直ぐに魔物将軍のおかしな言に気づく。
「……ようなものってのはどういう意味だ? 起こった事を最初からありのままに話してみろ」
「はっ、……最初に気づいたのは魔物隊長と数体の魔物兵でして」
何でも勝ちが見えた戦いであるため、明日の略奪でどうするかを肴に酒を飲んでいたという。それは俺が許可した。
どの道持ってきた物資は直に戦いが終わって必要無くなるだろうし、また持って帰るのも面倒だろう。少しくらいなら勝利の美酒として振る舞いガス抜きでもさせてやろうと思った訳だ。
それに魔物兵が酔いつぶれたとしても俺は一向に構わなかった。
「何処に行こうと言う訳でもなく陣内を適当に歩いていたそうです。そしたら陣内のテントの陰にこれが寝ていました」
「これ、ってのは?」
「今、連れてこさせます……おい」
「はっ、入室しても?」
「? ……許可する」
司令部に入ってきたのは魔物隊長だった。そしてその肩にはとあるものを乗っけている。
近づいてきてはっきりとその姿が目に入る。
「――子供?」
「――そうだな。しかもそいつは……」
やり取りに口を挟まないと言っていたスラルが思わず声に出す。俺もそれに同意した。
そう、その子供に俺は見覚えがあったのだ。緑色の髪に褐色の肌、その肌に刻まれた刺青。
ガルティアとの戦いの最中に水を差したムシ使いの少年。
その彼が魔物隊長の肩の上で寝息を立てていた。
何でガキが、それも魔軍の陣地に。
「……捨て子?」
スラルが小声で呟く。……そんな訳ないだろうが。何処の親が魔軍の陣地に子供を捨てるんだ? マジだとしたらそいつは馬鹿かキ○ガイだ。
だが、内心否定はしたものの、何でこんなところで子供が寝ているのか見当もつかない。マジで捨て子だったらどうしよう。
「お伝えするまでもないかと思いましたが、少し不可解でしたので一応報告しに来たのですが……レオンハルト様でも分かりませんか?」
「ああ? ……いや、ちょっと……どういう事だ? というかお前らも考えろ」
「は、はっ!」
その意味が分からず司令部にいる魔軍の面々は揃って首を傾げて困惑した。
――ムシ使いの集落。
住民は寝静まる時間帯であり、道行く人は誰もいなかった。昼間はあれだけ賑わっていた出店も夜中に慣れば当然、人も品物もなにもない。
「………………」
集落の中心にある広場。そこにある大きな岩の上にガルティアはいた。
辺りを照らすのは月明かりだけ。しかし、それだけで十分だと思った。
夜になると小さい頃からガルティアは人気のいなくなったこの広場でムシ達と過ごした。この岩の上はその当時から気にいっていたベストスポットだ。
ガルティアが物心ついた当時、既に両親はいなかった。母親は自分が生まれてまもなく魔物に襲われて死亡し、父親は殺された母親の敵を取ろうと自分の許容量を超えたムシを躰に入れて”なれの果て”となった。
過剰にムシを寄生させたムシ使いはムシに人格と肉体を破壊されてしまうらしい。それが、なれの果て。なれの果ては人間ではない。心が壊れてしまった怪物であり、殺すことだけが唯一の救いなのだ。だから父親もムシ使い達にそうやって殺されたのだろう。
その事についても、両親がいなかった事についてもガルティアは悲しみを感じた事はない。
残念には感じていた。生きていたらもっと楽しかっただろう。
だが、死んでしまったのだから仕方がない。それよりもガルティアが親に感じるのは自分をこの世に生み出して――そしてムシに会わせてくれた事についての感謝だ。
子供の時はいつもムシと遊んでいたものだ。勿論、ムシ使いの友達がいなかった訳じゃない。だが、子供は残酷だ。普通とは違う――両親がいないガルティアに子供達は冷たく当たった。その上で一応友達がいたのだから自分は恵まれているのだろう。
「……そういやあの出店で盗み食いした時は怒られたなぁ。覚えてるか?」
『――!』
ガルティアの体内にいるムシが反応する。その声にガルティアはからからと笑った。
「ああ……ははっ。そういやそうだったな。お前が糸で品物引っ張ってよ、そのまま飛んで逃げようとしたら店の親父に撃ち落とされて真っ逆さまだ。ありゃあ楽しかったなあ」
『――!』
「笑い事じゃないってか? いや、笑い事だろ。大人になったらあの親父、あの時の事忘れてるんだもんなぁ。今やったら思い出さねえかな」
『――――』
「ははっ……そうだな。色んな事があったな……」
ガルティアは過去をムシ達と懐かしむ。彼らがいるからこそ退屈しなかった。
しかし、不意にガルティアは思う。もし自分がムシ使いじゃなければどうだっただろうかと。
ムシ使いじゃない普通の人間で、何処にでも居る普通の人間の子供だったとしたら。
……やっぱやめだ。
ガルティアはその思考を放棄する。そんな事を考えても意味がない。
だが、全くの無意味でもなかった。
ムシ使いとして生まれたからこそ。ムシと出会えたからこそ。この集落で過ごしたからこそ。今のガルティアがあるのだ。
ガルティアはそこまで考えて立ち上がった。
「答えは決まってるよな」
『――――!!』
「あぁ、わかってる。着いてくるんだろ? 悪いが頼むぜ」
『――!』
「へっ……それこそ今更か」
ガルティアはムシ達との語らいを終えて意思を固めると、広場を後にしようとする。
――だが、それは突然の来訪者に止められた。
「――ガルティア!!」
「あ……?」
聞き覚えのある大声に振り向くと、そこには長老。どうやら慌ててきたようで少し汗を掻いている。
ガルティアはちょうどいい、と思った。
最後にこの集落の人間に聞いてもらえるなら、それは誰でもよかった。
「…………なぁ、じっさま。俺――――」
「あやつが! お前がよくしてる子供が攫われた!!」
「――――んだと?」
長老の耳を疑う言葉にガルティアの表情が固まる。それを見た長老がまくし立てるように続ける。
「どうやら町の周囲に近づいてきてた魔物兵が、偶然外に出ていた少年を捕まえていったらしい。見かけた住民が教えてくれおったわ……」
「…………」
「だからお願いじゃ! 助けにいってくれ!! こんな事を頼めるのはお前しか……」
長老は涙ながらにガルティアにしがみつきそれを訴える。
子供を魔軍の陣地に助けにいってくれと。
ガルティアはそれを見て、一つだけ確認する。
「なぁ、じっさま――それ、本当の話か?」
「勿論じゃ! 早くしてくれ!! 早くせねばあの子供が魔物兵に殺されてしまう!!」
「………………」
ガルティアはしばらく、考え込むように長老を黙って見続けていた。
「ど、どうしたんじゃガルティア……?」
真面目な表情で黙り込むガルティアを見て長老の勢いが落ちる。
数秒程、黙って長老に視線を送っていたガルティアは――――
「――――そうか。なら助けにいかねぇとな」
ふと自分から緊張を解すように気を抜いた。
その笑みは普段のガルティアの様子と全く変わりない。長老はほっ、と息をついた。
「うむ。ならば直ぐに向かってくれ」
「ああ、そうするかな」
長老の言の葉の通り、ガルティアは改めてその場から立ち去ろうと歩みを再開した。
そして最後に、後ろを振り返らずにこう告げた。
「――――――じゃあな」
「む……うむ、気をつけての」
ガルティアのその言葉は誰にも届かなかった。
――それから一刻後。
魔軍の陣地内ではすっかりと魔物兵達が就寝していた。
無論、見張りの兵達は起きてはいる。
陣の入り口に立つ魔物兵は、同じく見張りに立つ魔物兵に眠そうに話しかけた。
「……なぁ……見張りの交代時間まだかな?」
「おいおい、まだ三十分も経ってないぞ?」
「だってよ……今日はずっと動きっぱなしで疲れてんだし……眠くもなるだろ?」
「……気持ちはわかるけどな」
「それによ……見張ってても敵なんか来ねぇだろ? 戦える奴らは全員ぶっ殺したんだし」
「ああ――って、いや。そういえばまだめちゃくちゃ強い奴が残ってるんじゃなかったか?」
「……いや、来ねえだろ。ここ何処だと思ってんだ? 魔軍の陣地だぞ? こんなところに一人で来たら、そいつは馬鹿だな。来たら俺が殺してやるよ」
「――そんじゃ相手してもらうぜ?」
「いいぜ――って、あ?」
突如、魔物兵の身体が誰かに切り裂かれた。血飛沫が辺りに飛び散る。
何が起こったかもわからず魔物兵は絶命しただろう。それを目の当たりにした魔物兵はぎょっと驚く。
「っ!? て、敵――」
再び、声を上げる事無く魔物兵が殺される。
「な――んで――」
あっさりとその命を終えた魔物兵はそんな言葉を残す。
襲撃者はそれを耳にして鼻で笑い飛ばす。
「何で……ってそんなもん決まってるだろ」
襲撃者である獣の王、ガルティアは剣に突いた血を払いながら奥に進んだ。
「――自分の為だ」
「て、敵襲――!!」
「あぁ――?」
「何だと!!」
そんな報告が突然、魔軍司令部に届けられた。
ムシ使いの子供を前にあれも違う、これも違う、と考え込んでいたレオンハルトはそこに来て、とある可能性を感じ取った。
――もしそうなら……
まさかの可能性だが、もしそうならとんでもなく救いのない話だ。それこそ自分など可愛く見える程に。
周囲の魔物将軍がその報告を聞いて立ち上がったが――もう遅い。
レオンハルトの感覚はそれを鋭敏に感じ取っていた。
既に近くまで来ている。そんな事を内心思った時だ。
魔軍司令部の扉が勢いよく開かれた。
ずかずかと遠慮なく入ってきたその人物は――
「――よう、待たせたな」
ガルティアだった。
身体に幾つもの傷を負いながらもいつもの軽い調子で挨拶してきたガルティアに司令部が騒然とする。
「貴様! どうやってここまで――」
「たった一人で来やがったのか!? ええい、俺が相手に――」
「……いや、いい。ちょっと黙ってろ」
魔物将軍と魔物隊長が興奮して立ち上がる中、レオンハルトはそれを言葉に魔人としての威圧感を込めて押し留めた。
「れ、レオンハルト様……?」
「そんなに怯えるな。説明するだけだからよ」
「説明、ですか……?」
「…………」
魔物将軍らが疑問を呈する中、レオンハルトはその真実を口にした。少しだけ歪められた真実を。
レオンハルトがガルティアに視線を合わせる。
「……そいつは魔人になりに来たんだよ」
「なっ――!?」
「馬鹿な……!」
「ちなみに魔王様の許可も取ってある」
「そ、そうなのですか……!?」
「…………!?」
魔物将軍と魔物隊長が――魔物隊長など口をパクパクさせて驚いていた。十年以上戦ってきたこの人間が魔人になるとは到底信じきれない様子だ。思わずガルティアに視線を向ける。
「ま、そうだな」
だが、当人であるガルティアはあっさりとそれを認めてみせる。とてもこれから人間を裏切り、魔軍に付くとは思えないほどに淡々としている。
「そこの魔人様に勧誘を受けてな。気が合うもんで寝返ってみることにしたんだ。という訳でお前らよろしくな」
「え、ええ――!?」
「レオンハルト様! 頭大丈夫なんですかこの人間!?」
挙句の果てにはよろしくと挨拶をしてくるガルティアに魔物将軍達はどっちが魔物なのかわからなくなる。
そんな中、レオンハルトは少しだけ強い視線でガルティアを射抜く。
「挨拶はいいんだけどよ――順序ってもんがあるんじゃねぇか?」
「――っ!」
レオンハルトがそう注意するとその奥の簡易的な玉座に座る存在が威を発した。
先程まで騒いでいた魔物将軍や魔物隊長も膝を突いて畏まる。
魔物にとって――いや、世界中の生物の支配者ともいえる絶対的な存在――魔王スラルだ。
スラルはガルティアに視線と意識を向けると、それだけでガルティアの身体に重圧が掛かる。
ガルティアはそれを感じ取り、納得した。なるほど、これは確かに魔王だ。
魔人など可愛く見える程の存在感に、しかしガルティアは面白いものを見たと言わんばかりに笑みを深める。
「ははっ、なるほどこれが魔王――いや、魔王様か。名前を聞いても?」
「……スラルよ」
「スラル……よし覚えたぜ。それじゃ早速魔人にしてもらう――その前に、だ」
ガルティアが突然、深刻な顔でスラルに視線を合わせる。
先に聞きたい事がある、とガルティアの表情はそう言っていた。
横目で一瞬だけ魔物将軍を見たガルティアは直ぐに視線を戻すと確認した。返答次第ではこの場で雌雄を決する事も辞さない。その意思を持って――
「――わかってる、ってことでいいんだよな?」
「……ええ、当然よ」
「……?」
魔物将軍達はその問いかけの意味が分からず疑問符を頭に浮かべる。
だがそんな彼らを置いてけぼりに話は進んでいく。ガルティアは魔王からの返答を頭の中でしばらく反復するように黙していたが、ふっ、と笑うとその意思を改めて決めた。
「なら良かった。それじゃあこれからは仲間、でいいのか?」
「……お前、随分とあっさり裏切るな」
「うじうじ悩んでも仕方ないだろ?」
「そりゃあそうだが――」
「っ! ガルティア――!」
レオンハルトとガルティアが会話の最中。
突如、横槍を入れた者がいた。それは魔軍の陣地にて眠っていたムシ使いの少年だった。
それを見て魔物隊長がげっ、と声を上げる。
「こいつ――いつの間に起きてやがる! 魔王様、レオンハルト様すみません。今すぐ黙らせますので……」
「おおっ、小僧じゃねぇか!」
「うおっ!?」
魔物隊長が行動するよりも早く、ガルティアはその少年に駆け寄った。
そして少年の身体に傷がないことを確認すると安心したようで少年の無事に喜んだ。
「もしかしたら既に死んでるって可能性も考えてたが……とにかく無事で良かったぜ。なぁ、レオンハルト。こいつは――」
「――うるさいっ!! この裏切り者!!」
「――――!」
ガルティアが意気揚々とレオンハルトに声を掛けた直後、少年は――涙ながらにガルティアにきつい言葉を浴びせた。
「…………」
その光景に司令部は水を打ったように静かになった。ガルティアも表情が固まったまま動かない。
そんな中、先に動いたのは少年だった。ガルティアの手を払うと涙で赤くなった瞳で彼を睨みつける。
「長老に聞いたんだ! ガルティアが魔物に寝返ろうとしてるって!」
「――小僧……それは」
「最初は嘘だと思った……! でも僕は聞いたんだ……!」
「…………何をだ?」
「……あっちの魔人とガルティアが別れ際に何かを喋ってて……気になってムシで音を拾ってみたんだ。そしたら……『待ってるぞ』って魔人が……」
「――チッ……くそっ、間抜けか俺は……!」
レオンハルトが舌打ちし、小声で自分への悪態をつく。あの時、二人と少年との距離は離れていた。到底話が聞こえるような距離じゃない。周りに聞き耳を立てる者がいないか最新の注意を払っていた筈だったが、少年には聞かれていたのだ。
レオンハルトに少年が持っているムシの能力など知りようがない。言っても詮無き事だ。
だがそれでもレオンハルトは自分を殴りたい気持ちでいっぱいだった。これから起きる――最悪の展開を予感して。
「ガルティアは裏切ったんだ……僕を、集落の皆を、パパとママの事だって……!」
「っ! ……小僧の両親、だと? 何のことだ?」
「とぼけるなっ!! ガルティアが殺したんだろ――僕の両親を!!」
「――――!?」
思いもよらない言葉を浴びせられ、雷に打たれたかのような衝撃がガルティアを貫く。
「足手まといだったんだろっ!? それで魔物の盾に使ったんだって! それを知らずに僕は僕は――――っ!!」
少年は家族のようなものと思っていたガルティアに裏切られたという怒りと悲しみで狂乱しているようであった。身寄りのない幼い子供にとってムシを除けば唯一の肉親のような存在。心の拠り所に裏切られた。
しかもそれが仇とも知らずに自分はのうのうと彼を慕って今まで生きてきたのだ。無理もない話である――それが本当の事ならば。
ガルティアは少年の様子を見て、頭が冷えていくのを感じた。
――なぜ、こうなったのか。いや、原因はわかっている。起きたことは仕方がない。時間は元には戻らない。
なら、どうする――?
「おい、ガキ。いい加減に――」
その光景が見るに耐えなくなったレオンハルトは少年を止めようとして――ガルティアの声でかき消された。
「ははっ!! よく知ってるじゃねえか!!」
「――!?」
突然様子が豹変したガルティアに不意をつかれたように驚く。少年に向かっていつものように笑いかけたが、そこから飛び出たのは普段とは全くの別物。
「なら隠す必要はねぇな。そうさ、お前の言ってる通りで間違いねえ。俺はお前の両親を殺した――正確には見殺しにした、だな」
「っ――!」
「話聞いてたんなら魔人になる事も聞いてるんだろ? 弱っちい人間には呆れ果てちまってな。俺がいないと戦えない集落の奴らにはほとほと愛想が尽きたんだ。だから寝返ることにした」
様子は普段と変わらないのに口から聞こえる言葉は彼が絶対に言わないような言葉ばかり。しかし、少年は段々と唇をわなわなと震わせていた。それを嘘だと判断できる思考を少年はもう持っていなかった。
「魔軍の方が楽できそうでいいしな。お前もそう思うだろ? なんならお前も魔軍に――」
「黙れええええええええええええ――――!!!」
少年の大声が司令部に響き渡り、二度目の静寂がその場を支配する。
先程とは打って変わって先に動いたのはガルティアだった。彼は冷たい目で少年を見る。
「……そうかよ。それじゃあ――」
寝てもらうぜ、と。ガルティアは少年に襲いかかった。
「っ! ――ガ、ルティア……」
ガルティアのスピードに少年が対応出来る筈もなく少年はあっさりとガルティアの毒――睡眠毒を受けて眠らされてしまった。身体から力が抜けて倒れ込む少年の身体を受け止めたガルティアは、少年が完全に寝ている事を確認するとほっとしたように笑った。
「……全く、最後まで苦労かけさせるぜ。――レオンハルト!」
「……ああ、わかってる。おい」
「――え、あ、はいっ!」
呆然と状況を見守っていた魔物隊長だったが、レオンハルトに目を向けられると我に返る。
処分を任されるのだろうとそう思っていた魔物隊長の考えはまたしても裏切られることとなる。
「そのガキを集落の近くまで送ってやれ」
「はっ! ……はっ?」
聞き間違いかと思い魔物隊長が間の抜けた声を出してしまう。送り返す? 子供を?
一度だけ確認してみようと魔物隊長は伺いの言葉を掛けた。
「あの……よろしいので?」
「途中で殺したりすんじゃねぇぞ。もしちょっとでも傷を付けたのがわかったら……」
「わかったら……?」
「――俺が斬り殺してやる。わかったらさっさと行け!」
「はは、はい――!! 直ちに――!!」
眠ったままのムシ使いの少年をガルティアから素早く受け取ると魔物隊長はレオンハルトから逃げるように司令部を去っていった。
レオンハルトはそのままついでとばかりに魔物将軍にも声を掛けた。
「……お前もちょっと出とけ。これからこの人間――ガルティアを魔王様が魔人にする。司令部には誰も近づけるな」
「……はっ! 畏まりました!」
短いながらもレオンハルトと接して逆らわない方がいい事を理解した魔物将軍は、盲目的にその命令に従うため司令部から退出した。
司令部にはレオンハルトとガルティア、それにスラルだけが残る。
レオンハルトとスラルは何処か意気消沈とした様子であり、暗い表情を隠せていない。
そんな彼らにガルティアが声を掛ける。
「手間掛けさせて悪いな。やっぱ身辺整理ってのはごたごたするものなんだな……」
「……良かったのか?」
「あ? 良かったもなにもお前が魔人になれって言ってきたんだろうが」
「――そうじゃねぇ! あそこまで悪者になる必要なかったんじゃねぇかって聞いてんだ!!」
「あー……そっちの話か」
ガルティアはレオンハルトとスラルを見て魔物らしくないなと笑う。
「お前らがそこまで落ち込む必要はないだろ?」
「……っ! テメェは平気なのかよ!! あれだけ言えばテメェの噂は集落中に真実として広まる! そしたら魔軍に寝返った卑怯者として全員から蔑まれる事になるんだぞ!!」
「つってもそれは事実だしなぁ。否定する事も――」
「テメェは集落を救ったんだろうが――!!」
そう。それが真実であった。
ガルティアが魔人になり、魔王に忠誠を誓う条件。
レオンハルトがガルティアに出した条件。
スラルがレオンハルトに命令したこと。
――ガルティアはスラルの命令を受けたレオンハルトから集落から手を引くことを条件に出され、それを承諾し魔人となりスラルに忠誠を誓う。
これが今回の顛末であった。
順を追って見ていこう。スラルは魔軍を追い返している強い人間の存在に興味を持ち、それを魔人としようと思った。――レオンハルトと同じ様に。
その大本の理由こそ不明だが――今はそれは重要ではない。大事なのはスラルがガルティアを魔人にするために集落から手を引く事を条件に考えていた。そしてそれをレオンハルトには伝えていたこと。
レオンハルトはその命令を遂行するために、ガルティアを狙った。無論、殺してしまわないように注意を払いながら。……残念ながらその時点で命令を遂行する事は出来なかったが。
そして咄嗟に魔軍を撤退させ、去り際に「魔人になり魔王スラルに忠誠を誓うなら魔軍はムシ使いの集落から手を引く」ということを伝えた。そしてその時に最後にレオンハルトが放った「待ってるぞ」という言葉だけが聞き取られてしまっていた。仮にだが、その時交わされた言葉を全て少年が聞き取っていたのならば、すれ違いは起こらなかっただろう。
そして追い詰められた長老は少年に言葉巧みにガルティアが魔軍に寝返る、という嘘のような真実を偶然にも言い当て、それを教えた。そしてショックを受けている最中にムシで少年を眠らせると、ムシ使いに魔軍の陣地近くまで運ばせた。ちなみにこの時に少年を運んだムシ使いは既に死んでいる。帰り際に魔物兵に見つかり殺されたのか、それとも――
「じっさまも馬鹿だよなぁ……そんな事しなくても俺は望んでここに来たっていうのに」
ガルティアは自ら魔人になり集落を救うことを望んだ。集落を救うためならガルティアは命をかけられた。
もし長老が正直に、集落の皆が逃げるための時間を稼ぐために死んでくれと、そう頼んだのならガルティアは喜んで自分の命を差し出しただろう。
「小僧も……俺があいつの両親を、あいつらを殺す訳ないんだけどな……」
あくまでもガルティアは、淡々と心中を吐露する。
ガルティアと少年の両親は幼い頃からの親友であり幼馴染であった。子供の時からいつも一緒にいた大切な親友達。
大人になっても、親友二人が結婚しても、その関係だけは変わらなかった。しかしその関係は唐突に終わりを迎える。二人が戦場で死んだからだ。その時はさすがのガルティアも堪えた。一日中何を食べても美味しく感じなかった。ムシ達もそんなガルティアを感じ取ってか元気がなかった。
だが、ガルティアには親友に託されたものがあった。二人の子供である少年の事だ。
ガルティアは出来る限りは少年に構ってやった。元々面倒見の良い性分である。二人はすぐに打ち解けた。
しかしそんな親友の忘れ形見にも嫌われてしまっただろうなとガルティアは内心せせら笑う。
「ははっ……全くしょうがない奴らだ」
だが、ガルティアはあくまでやれやれだと笑う。これだけの事が起きても彼には悲しみに包まれた様子がなかった。
「何でだ……!」
そんなガルティアの態度にレオンハルトが憤る。心の奥底にある疑問。それを絞り出すように宙に乗せる。
「集落を救ったんだろ……! 他人の為に戦い続けたんだろ……! ならもっと報われてもいいんじゃねぇのか……!? なんでそれで嫌われなくちゃならねぇんだ……!」
「レオンハルト……」
「お前……」
スラルが痛ましいものを見るように表情を曇らせ、ガルティアもその様子を見てある程度、その苦悩を察する。
レオンハルトにとってガルティアへの今の仕打ちは過去の自分そのものだった。
彼が戦場に出るようになった切っ掛け。それは他でもない、自分の周囲の大切な人を、故郷を守りたかったからだ。
決して良い子であったとはいえない自分のような子供を周囲は温かく接してくれた。それを少しでも返したいと思い、魔物との戦いに出た。全員とは言わない。自分の力で少しでも手助けが出来たら――そんな事を照れくさく思いながらも認めていたものだ。
そしてその願いは叶えられたのだ――自分を犠牲にするという形で。
守った筈の人々から化け物と呼ばれ蔑まれる日々。何故、自分はこうも報われないのだろう、ほんの少しだけでもいいのに。誰も自分を必要としていない。必要とされているのは強さだけ。なら自分は何のために戦っているのだ――?
「ガルティア……テメェは何でそうやって笑ってられる!! 自分が守った筈の連中から嫌われてんだぞ!? どうしてだ、どうして嫌いにならねぇんだ――!」
それは自分への問いであるようにも感じた。
――魔人になる際に集落の人間だけは見逃してくれと魔王に頭を下げた――自分への答えが出ない問い。
「……ははっ、なるほどな。それはだな――」
ガルティアはそれをあっさりと、いとも簡単に告げる。自分にとって当然の事だと。
「――向こうに嫌われたからって、こっちまで嫌い返さなくちゃならんって理屈はないだろ?」
「――――!」
目から鱗が落ちたかのようにレオンハルトはそれに気付かされる。
ガルティアにとっては当たり前の事で今更言うべき事でもないこと。しかし、何となく目の前の魔人に応えたくなって告げた言葉だった。
「自分でも本当は気づいてるだろ? 嫌われようが構わないじゃねぇか。それでも為になるなら喜ぶべきだ」
「…………く、くははっ」
レオンハルトは思わず白い歯を見せて笑った。
ガルティアの言葉に笑ったのか、それとも自分の馬鹿っぷりに笑ったのか。とにかくレオンハルトの表情からは憑き物が落ちたようで彼はひとしきり笑うと普段通りの顔に戻っていた。
「――ああ、理解した。まぁ理解したけどな。俺はお前程マゾには成れねぇな。やっぱり少しくらいは好かれたいし」
「ああ? お前、そこは同意しとけよ。空気的に。つうかマゾってお前……いや、いいけどな」
「……いいのかよ。前は気が合いそうって言ったけど大らか過ぎて地味に気をもみそうだな……」
「そういうお前はちょっと神経質気味だろ。無駄に気にしすぎて大変そうだ」
「……魔人になって直ぐに魔人四天王と魔軍参謀に就任させられたらストレスも溜まるっての」
「へぇーお前そんな偉かったのか。あ、そういや魔軍って食事関連はどうしてんだ? そこの所詳しく――」
「ああ――っ!! ちょっと黙って!! ストップ!!」
レオンハルトとガルティアの掛け合いに耐えきれなくなったのかスラルが大声で叫ぶ。実際、このままだと延々と話続けてただろう。スラルの判断は的確だった。
「なんで私を蚊帳の外に勝手に仲良くなってるのよ!」
「怒るとこそこかよ……」
呆れたようにスラルを見るレオンハルト。それを見てガルティアは、
「……なぁ、俺が思ってた魔王と随分とイメージが違うんだが本当にこいつ魔王か?」
「正真正銘の魔王様だ。まぁ確かにこのままうだうだやってるってのもな。おいスラル、さっさとガルティアを魔人に――」
「魔王の私に命令するな――――っ!!!」
「……退屈はしなさそうだな」
――――その日、魔軍に新たな魔人が加わった。
魔人ガルティア。ムシ使いという人間の一族に生まれた魔人。
そして魔王スラルが作った二体目の魔人であり――心優しき獣の王である。
これにてガルティア編は完結。一気に書ききりました。
さて、私が珍しく後書きを書いたのは何を隠そう――告知です。
ちょっとですね作中の展開に悩みがありましてですね。もしも「答えてもいいよー」って方がおられるのなら活動報告を見ていただくとアンケートがあります。
順序が逆になってしまいましたがいつも私の拙作を読んで下さり嬉しい限りです。ありがとうございます。
なんだか気がつけば高評価を頂き、感想まで頂き、お気に入りは1000をとっくに超えて、挙句の果てにはランキングにまで乗せて頂きました(日刊ランキング2位はマジでビビりました)。
これもランスシリーズの面白さとスラルちゃんの可愛さのおかげですね。
後、いつも誤字報告を下さる方々、ありがとうございます。言い訳になってしまいますが、早く書いて早く投稿! を優先して公正も読み直しも殆ど行っていなくてですね、はい。私の怠慢でしかないんですがね。読み直しつつちょいちょい文章を直していきます。
それではまた大きな話が終わった後にでも後書きで会いましょう。もしくは感想欄。