魔人ザビエルはその戦闘に手応えを感じていた。
こちらの剣と魔剣が打ち合わされ火花を散らす。その向こうで、レオンハルトは苦しそうに表情を歪めており、
……勝てる……勝てるぞ……!
己の力が最強の魔人――否、最強であった魔人を上回っている。
無論、こちらも無傷とはいかないが向こうは既に深手を負っている。対するこちらは戦闘に支障はない程度の傷しかない。
最早疲労は感じない。眼の前の魔人をようやく排除出来る、という高揚感に支配され、そして、
「――が、ハッ……」
――遂に、こちらの剣がレオンハルトの心臓を貫いた。
口から赤い血の塊を吐いたのを見て、ザビエルはその剣を引き抜き、
「――死ぬがよい……!!」
己の最大火力に達する炎を発生させ、レオンハルトにそれをぶつけた。
爆炎とともに身体が吹き飛び、レオンハルトの肉体が地面を転がっていく。
「ぅ……ぁ……」
そのまま動かなくなった金髪灼眼の魔人の姿を見て、ザビエルは口元を歪ませた。
「ふ、ふふふ、ふははははは!! 勝った! あのレオンハルトに勝ったぞ……!」
凄まじい達成感。歓喜の感情が内側から爆発し、高笑いとなって表れる。口元の笑みが抑えきれず、空いた手、血に濡れた手で顔を抑えるほどだが、その汚れすら気にならない。
「ふは、ふははははははは! 我が、我が最強だ……!!」
魔人として新たな生を受けてから今まで、長年魔人の頂点に君臨していた鬱陶しい男を越えた。その喜びたるや自分でも制御できないほど。今直ぐこの事を自らの使徒。他の魔人達や魔物らに伝えたい。
どのような顔になるだろうか。驚愕に目を剥くだろうか。そしてこちらに膝を突くだろうか。どちらにせよ逆らえる者はいなくなるだろう。
そして、魔王様にお伝えすれば、とうとう魔人筆頭となり、お側に控えることを許されるだろうか。
其の事を思い、満足気な感情で胸がいっぱいになったところで、ザビエルは少しばかり落ち着くと、
「ふふふ……どれ、奴の絶望と苦痛に濡れた顔でも見てやるか……」
さすがに最強の魔人だっただけあってか、未だ死んではいないようだ。だがそれでも動くことは出来ず、地面に伏している状態。このまま戦う力がなく身動きが取れなくなったレオンハルトをズタズタにして殺してやることも出来るが、
「みっともなく命乞いをするなら許してやらんでもないぞ……?」
惨めに、見苦しいほどに命乞いをするなら殺すことだけは勘弁してやろう、と鷹揚に言ってやる。戦闘前は殺してやろうとも思ったが、己の力が奴を越えてしまった今、殺さずとも問題ない。既に格付けは済んだのだ。後はどうとでも出来る。
それにしてもやはり、
「ふ、ふふふ……思ってたほどではなかったぞ、レオンハルト。終わってみれば呆気ないものだ。ふふ、ほれ、早く命乞いをするがいい。それとも、次は貴様の使徒達でも犯してやろうか……? そうすれば、貴様も逆らう気が失せ――」
「――ほう? 随分と愉快な事だな、それは。趣味の悪さがお前らしい」
「! 何、が――」
と、不意に声が聞こえ、ザビエルは疑問の声を上げようとしたところで――それに気づいた。
今しがた瀕死にしてやったレオンハルトの肉体から声が聞こえてくる。それは痛みや苦しみを堪えた様子もない、聞き覚えのある普通の声だ。
それと同時に、背後から気配を感じる。
……まさか……!
全身から冷や汗が湧き出るような感覚とともに感じた悪寒にしかし、そんな筈はない、と否定する。
たった今、殺したはずだ。死体寸前の肉体が目の前にある。
なのに、声が後ろからも聞こえてきた。
同時に強烈な圧迫感と、こちらを刺し殺すかのような視線を背後から感じる。
ザビエルは、ゆっくりと後ろに振り向いた。
そこには、
「貴様……貴様ッ!! 何故、
ザビエルは言う。其の名を、
「レオンハルト……!」
「…………」
そこには、冷たい目でこちらを見下す魔人――レオンハルトの姿があった。
その身体には傷は一つも付いていないどころか、服に汚れすら見当たらない、全くの無傷。戦闘を行った跡すら見受けられない。
理解不能。あり得るはずがない。ザビエルは強い憤りを感じながらそれを問う。
「貴様は我が確かに殺したはず……幻か何かか!?」
「……クク、鋭いな。ほぼ正解だ」
レオンハルトが微笑し、正解だとこちらを褒め称える。
しかし自分で言ったことではあるが、死んでいるのに幻影とはどういうからくりだ、と思う。
だが答えは直ぐに来た。
「ただし……幻はそっちの方だがな」
「何だと!? そんなはず、が――」
あり得ない、と叫びかけた言葉は、しかし背後のレオンハルトを見て呼吸ごと止まってしまった。
背後、レオンハルトの死体が――
こちらが放った炎の結果ではない。あくまでも、自然に消えていくように死体は綺麗サッパリ無くなってしまった。
「……これで解っただろう。お前が戦っていたのは――俺の“分身”だ」
「分、身……」
言葉を満足に発せない中、レオンハルトはこちらを嘲笑うかのように頷き、笑みを浮かべてみせる。
「俺の何分の一程度の力しかない分身。幻影。それが、お前と戦っていたものの正体だ」
「っ……そんなはずは……!」
認めない。認めたくない。
それが本当だとしたら、
「――俺の分身を倒して、随分とご満悦だったなザビエル。そんなに楽しかったか?」
「レオン、ハルト……貴様ァ……!!」
許さぬ。絶対に許さぬ。
ここまで虚仮にしおって、と激情に駆られ今にも飛びかかって殺してしまいたくなるも、レオンハルトの視線で黙らされる。
それは、先程の分身の殺気、剣気、魔人としての存在感は比べ物にならないほどで、
「随分と怒っているようだが――――本当に怒りたいのは俺の方だ」
「ッ!? が、っ――!」
言葉とともにレオンハルトが眼の前からかき消えザビエルを蹴り飛ばす。
顔を蹴られ、床に落ちる前に体勢を立て直すと、レオンハルトの怒りで煌めいた紅い瞳がこちらを捉え、
「俺の使徒を犯すとか戯けたことを言ってたのも許し難いが……テメェ、俺に喧嘩を売る時、なんて言いやがった?」
「っ、黒の炎――!!」
答える余裕もなく必殺技をレオンハルト目掛けて放つも、レオンハルトは先程と同じように、左手を掲げ、
「――プロミネンス」
紅炎を放ち、黒炎とぶつかり合う。
しかし今度の結果は逆であった。紅炎が黒炎を飲み込み、衝撃がこちらを吹き飛ばす。
……馬鹿な!? あり得ん! 我が炎で負けるなど……!
炎自体は殆どダメージにならない。炎カッパの魔人である己は炎に対する強い耐性を持つ。炎を使った技も魔人一であるという自負があった。
だが、その自分の炎がレオンハルトの放った必殺技に負けてしまった。その事実に驚愕し、しかし認めたくなくて、ザビエルは強く歯噛みしながら相手を見据える。
レオンハルトの言葉は続き、
「
「! ガ、っ……!」
レオンハルトが全身から殺気と剣気、闘気といったものを溢れ出させる。
それは分身のそれとは明らかに違う。それどころか、ザビエルが今まで一度も見たことのないほどの力の奔流だ。
赤いオーラが全身から立ち昇り、周囲の風景を歪ませるどころか、物理的な圧力となってザビエルを吹き飛ばそうとする。その余波で、床に散らばった破片をカタカタと揺らしてしまう中、レオンハルトは右手を伸ばした。
「――“オル=フェイル”ッ!!」
レオンハルトの持つ魔剣。魔人であれば誰もが知っているはずの魔剣。
しかしザビエルが見たそれは、
「紅い、刀身……!?」
蒼色の刀身ではなく――紅。
紅く変化した魔剣は、まるで魔人レオンハルトの本気。または怒りを表しているかのように紅く煌めいている。視界に入れているだけで、不安や恐怖、禍々しさを感じてしまう。
本能がそれを拒否してしまい、ザビエルは一歩後退った。しかし、
「逃げようとしてんじゃねぞ、ザビエルッ!!」
「っ! ぐっ!?」
逃さない。
全力の殺気をぶつけてくるレオンハルトに怯んだところで、魔剣が振られ、ザビエルは吹き飛んだ。
レオンハルトが放つ真空の斬撃。遠距離からでも相手を斬り刻むことが出来る剣技。
しかし通常のそれとは明らかに威力が違うそれは、防御に成功したザビエルをたやすく壁まで吹き飛ばし、背中を打ち付けた。
「おいおいどうしたッ!? 随分と情けない姿じゃねぇか!?」
「ぐぅ……舐めるな――」
と、言ったところで、
「少し力を出したくらいでこれか? どうした、今までに散々喧嘩を売ってきた……お前が望んだ喧嘩だ、ぜッ!」
「ギ、アアアアアッ!? き、貴様アア……!」
魔剣がこちらの身体を斬り裂いた。激痛で悲鳴が漏れる。
しかしレオンハルトは止まることなく、魔剣で身体をめった突きにする。
「クク……どうしたザビエル。俺の強さに絶望したのか? ――次は左足いくぞ」
「ッ! ギッ! やめ――ッ、ぐああァアアッッ!?」
魔剣が左足を貫き、血飛沫を当たりに撒き散らす。
苦しみに悶えるザビエルをレオンハルトは愉しそうに笑みを浮かべながら、怒りが籠もった瞳で見詰めると、
「俺が実力行使に出ないと知って調子に乗ったのか? 下手に出てりゃつけ上がりやがって……テメェみたいな馬鹿が出るなら俺も対応を考えねぇといけねぇなあ!?」
「っ……ぐああッ!」
右足を貫かれる。必死に右手を動かし、剣で抵抗してみせるも、それはレオンハルトにたやすく弾かれ、
「偶には魔人らしく、魔人筆頭としてッ! 何度言っても言うことを聞かねぇ馬鹿への対処法を! お手本がてら見せつけてやるのも! 悪くねぇかもなあッ!?」
「ッ、グッ! ガぁあ!? や、め……グアァアッ! 止、め――」
「最初に言ったはずだがなァ! 上位の者を怒らせるなってよ! 散々忠告してムカつくテメェにも平等に優しくしてやったのに、それなのに――テメェがこんなにも間抜けだとは思わなかったぜ、ザビエル!!」
「ガァアアアアアアアアア――ッ、ぐッ、アア……!!」
右手、左手、右太腿、左太腿、右腕、左腕、左肩、右下腹部、右肩。
順番に魔剣を突き立てられ、ザビエルは止まない激痛を与え続けられる。
簡単に死なないように、致命傷になるような部分は避けて。
まるで拷問するようにレオンハルトはそれを続けていく。
「俺の分身にも言ってやがったなァ!? ほら、命乞いをしてみろ! みっともなく床に額を擦り付けろ! そうすりゃあ許してやるかもしれねえぞ!!」
「ア、ぐ……」
ある程度身体の大部分を斬りつけたレオンハルトは、これ以上斬れば死んでしまうとでも思ったのか、地面に転がったザビエルの頭を踏み付ける。
床に叩きつけ、頭を掴んで壁に叩きつけ、血塗れで傷ついてない場所がないほどにボロ雑巾になったザビエルの顔面を蹴り飛ばし、床に転がす。
全く歯が立たない。既に戦闘は戦闘の体をなしておらず、一方的な暴力になっている。
そんなザビエルを、レオンハルトは冷たく見下ろすと、
「もしくは――ここで死んでおくか?」
「――! や……め……!」
魔剣を首元に突き付けられ、必死に声を出すも満足に声を上げることが出来ない。
制止を呼びかけようとする間もなく、レオンハルトは魔剣を振り上げ、
「――レオンハルトよ。その辺にしておくが良い」
「!」
しかしそこで、救いの声が聞こえた。レオンハルトの腕が止まる。
そして即座に魔剣を空間に収め、闘気も何もかもを鎮めると、レオンハルトは膝を突き、礼をした。
「……申し訳ありません――ナイチサ様。熱くなりすぎてしまいました」
「そのようであるな。この惨状を見れば解る」
……ナイチサ様……!!
戦闘でボロボロになった廊下をゆっくりと歩いてきたのは、この城の支配者――魔王ナイチサ。
ザビエルにとっては救いの手に他ならない偉大なる御方が、周囲、膝を突いたレオンハルトや床に転がったザビエル、戦闘の爪痕を残すフロアを見て言う。
レオンハルトは膝を突いたまま、
「……面目次第も御座いません。魔人筆頭である私が、魔王の居城を荒らしてしまうとはあってはならないこと。如何なる処罰も覚悟します」
「……確かに、やり過ぎではあるな。卿とあろう者が……」
ナイチサは少しばかり気を落としているのか、軽く溜息を吐いた。
それだけ見れば普通のやり取りだが、ナイチサをよく知るザビエルにとっては違和感でしかない。
……追求が弱い……何故、怒りもしないのだ……?
ナイチサ様であれば、配下の魔人の喧嘩だけならともかく、城をここまで破壊されて怒らないはずがない。だからこそ、ザビエルは最初に手を出した相手をレオンハルトにするつもりであった。あくまでも自分の実力で打倒するのが目的である。
故に解せない。そんな思いを得ていると――しかし、ナイチサは耳を疑うような発言をした。
それは、
「……だが、
「……はっ、御身の慈悲深き裁定に感謝致します」
……承服した身……だと……?
それはまさか、と思っていると、ナイチサはレオンハルトの言葉を受け、続いて言う。
「ザビエルよ。随分と、レオンハルトを怒らせたようであるな?」
「……ぁ……ナイ、チサ……様……!」
どういう事ですか、と言外に問う。
するとナイチサは笑みを浮かべ、
「フフフ、卿は謀られていたようだぞ? 何しろ――事前にレオンハルトの方から余に、卿が喧嘩を売ってくるかもしれないからそれを受けることを許してほしい、と申し出があったのだからな」
「なっ……!?」
驚愕に目を剥く。するとレオンハルトが息を吐き、
「……お言葉ですが、ナイチサ様。私は謀ってなどいません。ただ……そういう事があるかも知れないので事前に許可を取ったまでです」
「で、あろうな。己を律することに誰よりも優れた卿が、ここまですると言うことは本当に喧嘩を売られたのであろう。途中から見ていたが……フフ、魔人同士の喧嘩など見ても面白みもないと思っていたが、卿とザビエル程の魔人ともなれば中々に見所があったぞ」
……そんな、そんなことが……。
最初から、最初から全てレオンハルトの掌の上だったというのか。
認めたくない。屈辱で内心が染まる。しかし、ナイチサ様はレオンハルトと、床に転がったこちらを向けて、
「中々に愉しい余興であった。ザビエルも、良い見世物であったぞ」
余興。見世物。
この戦いはそういう意味でしかなかったと言う。
「我、は……レオンハルト、を……越え……!」
そして、貴方様に忠誠を捧げ、そのために命を使う。その想いだけは曇りないものだ。
だから己を認めてくれ、と、手を伸ばした。
そんな己を、ナイチサ様は、何とも思っていないような様子で見下ろし、
「……ザビエルよ。卿ではレオンハルトに敵わぬ。身の程を弁えることだ」
「そ、んな……そんなことは――」
「もう少し人を見る目というのを養うがよい。卿は強さだけはあるが――些か蒙昧だ」
「っ…………」
その冷たい目に何も言えなくなる。
ザビエルが言葉に詰まる中、ナイチサは息を入れて身を翻す。そして、
「余の配下として、もう少し精進するのだな。――レオンハルト」
「はっ」
そのままレオンハルトを連れ立ってその場を後にしてしまった。
ナイチサは振り返らない。
だが、代わりに、
「…………ふん」
「っ……!」
レオンハルトが、立ち去る寸前、こちらを見て鼻を鳴らした。
その視線は、こちらを見下しきっているような視線であり、
……許さぬ。
憎らしい。
自分の上に立ち、魔王の信頼を一身に受けるだけでは飽き足らず、
……この我を……ここまでの屈辱を味わわせおって……!
こんなに惨めな思いをしたのは生まれて初めてだ。
頭が、血が煮え立つ。奴への憎しみで。
……いずれ……貴様に復讐してやる……!
ザビエルは床を這いながらそれを誓う。
しばらくして戯骸以外の無事であったらしい使徒達が駆けつけるまで、ザビエルはその場で怒りと屈辱に震えていた。
……少し軽率だったな。
レオンハルトは、ナイチサに付き従いながら先程の事を思って内心、憂鬱な思いであった。
最初は最近憶えたばかりの“分身”の実験がてら、ザビエルの襲撃に備えようと思っていただけであったのだが――想定外の事を言われて喧嘩を買った挙げ句、怒りで我を忘れて力を出してしまった。
見せるつもりもなかった力の一端も見せてしまったし、あれだけ気をつけていた城の破壊までしてしまった。
そのことに関して、ナイチサは全く怒っている様子がないのが幸いだろう。むしろ少し機嫌が良さそうだ。それほどまでに見ていて面白かったのだろうか。
それはともかく、
……あのままではザビエルを殺していたしな。そのことは感謝だ。
まだ奴を殺すわけにはいかないのに、怒りに身を任せて殺してしまえば面倒になる可能性があった。
そして分身の性能もある程度は把握出来た。やはり四天王級の魔人相手では分が悪い。それが分かっただけでも収穫はあったと言えるだろう。
だがザビエルを安易に殺さずに良かったと思う一方で――奴を殺してしまいたい、という想いは未だに残っている。
それはザビエルの発言によるものだろう。それを引き金に今まで積もり積もった不満が爆発した。今までは扱いを決めかねていたが、
……もうお前の“運命”は決まった。
許しはしない。アイツを馬鹿にした奴には、それ相応の報いを受けさせてやる。
スラル「とうとう分身までし始めた……」
ハンティ「ははは……アレ、結構強いよ……」
ガウガウ「ハンティの目が死んでる……」
レオンハルト「これくらい、才能ある魔人ならある程度レベル上げることで出来るようになるぜ?」
ライゼン「ふん、魔人でなくても出来るわ! 分身くらい簡単に習得してみせよう!」
ケッセルリンク「ふむ……今度練習してみるか」
ガルティア「……いや、無理だろ」
ラウネア「…………(たまにはノーコメもありや)」