藤原石丸とその一行は、それから国の首都に足を踏み入れ、やがて王宮にまで忍び込んだ。
菅原ミッチーの策で奴隷交易を止めたいと願うその国の姫シナモンの協力を得た石丸達は安全かつ慎重に忍び込んだはずであったが、石丸と頼光が道中、兵士を斬り殺して侵入がバレてしまい強行突破に変更し、並み居る兵士を斬り捨てた。奴隷交易の首謀者である国王ハバネロは、一時は追い詰められたが、国宝であるバランスブレイカーと呼ばれる強力なアイテムの力を使い窮地を脱し、王宮の地下に逃走。地下は広大な神殿。ダンジョンとなっており、石丸一行は途中、ハバネロの命を受けて待ち受けていた実力者達を順番に打倒していく。
その全てを倒し、地下の最深部にて暴君ハバネロを再び追い詰めた石丸達は、バランスブレイカーの力に苦しめられながらもハバネロを打ち倒したのであった。
「ぐあああぁぁぁぁあああぁぁあぁああ――!!!」
石丸の剣を受けて、ハバネロが吹き飛ぶ。石丸は振り下ろした帝ソードを一旦肩に担ぎ直すと、壁にぶち当たったハバネロを見て豪快に笑った。
「はーはっはっはっは! 俺の勝利だ!!」
「やりましたね! 石丸様!」
「ふふん! 侍を舐めているからこうなるのだ!」
傍らの春姫や頼光が喜び、胸を張る。ここまで協力してくれた国王の娘であるシナモンも頭を下げた。
壁に叩きつけられたハバネロは、口端から血を流しながら石丸を睨みつけ怒声を浴びせる。
「き、貴様……! 分かっているのか!? 儂を殺したところで奴隷交易は無くならん! 直ぐに他の第二、第三の国が同じように奴隷交易を行うだろう! 魔軍という脅威がある内はな……!」
しかし、石丸は、
「……ふん。そんなことは知らぬわ。同じことがあればまた俺が斬ってやる。それに、首謀者さえ殺ってしまえば、後はミッチーや頭の良い者がどうにかしてくれるからな! 問題ない! そうだな!?」
背後で戦闘を終えて息を入れていたミッチーを見て言う。煙管を吹かしながら、
「そうですなぁ……まあ、仲介していた商人も殺しましたし、情報もある程度ありますし……後はこの国の姫様の協力があれば断絶――とまでは行かずとも、こちらの国元と連携して止めることは出来るかと」
「そら見たことか! 神妙に斬り殺されるがいい!!」
「ぐっ……誰か! くそ、誰かおらんのか!?」
その言葉を聞いたハバネロは呻くと、周囲に向かって叫ぶ。しかし、
「ふはは! 無駄じゃ! 貴様の配下は全員あの世に送ってやったからの!」
「他愛もない相手だったぜ」
助けを求めだしたハバネロを見て頼光や黒部が無駄だと言う。それを示すように、石丸一行はゆっくりと打ちひしがれて動けなくなっているハバネロに近づいた。
親玉を倒し、問題を解決するために。
だが、
「――! お前ら離れろッ!!」
石丸が動いた。
身を動かし、叫ぶように仲間達に言う。
ほぼ同時のタイミングで、
「――終わるにはまだ早いな」
「っ! うお……!?」
不意の男の声が地下最深部に響き、同時に石丸とその一行は衝撃を受けて吹き飛ばされた。
「何奴!?」
「――新手か!」
頼光と黒部が警戒し、身構える先。
そこには男らしき影が立っていた。
「――なるほど。今の攻撃を防げるくらいには腕が立つようだな」
背丈は長身。石丸よりも高いくらいであり、身体を覆い隠すような黒装束で全身を包んだ男だ。顔の上半分を仮面で隠した男はその手に何も持っておらず、石丸らを驚愕させた。
何故なら、直前に鳴り響いた金属を打ち合う音と、石丸自身が感じた手応えは、明らかに何らかの得物を防いだものであったからだ。
それに、
「石丸殿を吹き飛ばした……?」
ミッチーが小さく疑念を呟く。
藤原石丸は人類最強である。それは仲間達は勿論、石丸自身も自負していることだ。己より強い存在には今まで出会ったことがない。
そんな己を吹き飛ばした怪しい男に、石丸は興味を抱く。
「お前は……」
「……そちらさんも、ハバネロに雇われた刺客でありますかね?」
その正体を探るように、ミッチーが言う。ちらりと怪しい男の影の背後にいるハバネロにも視線を向けた。しかし、ハバネロも男を見て驚愕しているように見える。
そんな中、男は口元に微笑を浮かべた。
「フ――俺が誰かなどどうでもいい」
「何だと貴様! 戦うなら名を名乗らんか! 武士の礼儀であろう!」
「……生憎と、俺は武士ではない」
「その割には、随分と日本語が堪能でありますなぁ……まさか、日本人ということは――」
「…………」
ミッチーが石丸、そして男を見たところで、
「……というわけではないようですな。日本人であれば石丸殿に逆らうような真似は致しますまい」
「……そういうことだ」
男がそう言ったところで、春姫が警戒するようにしながら男に尋ねる。
「それじゃあ、貴方は一体……何者なんですか……?」
「……ふん、もう一度言うが、俺が誰かなどはどうでもいい」
鼻を鳴らし、春姫の問いを一蹴する。
「日本語は昔……習ったことがあるというだけの話だ」
「それなら何しにきおった!? この怪しい男め! 吐かねばぶっ殺すぞ!」
頼光が早速刀を構えて食って掛かる。頼光も、JAPANの武士では五本の指に入るほどの猛者だ。その気迫を受け、しかし男は怯むことなく、
「……お前達のここまでの戦い、見させてもらった」
「何ぃ……?」
「付けられていたのですか……?」
頼光と春姫が言うと、男は軽く笑みを浮かべることでそれを肯定した。すると、まさか、と頼光がわなわなと震えだし、
「……貴様! よもや休憩中に石丸様と色々した時も覗いていたのではあるまいな!?」
「…………」
「最初に気にするのがそこでありますか……」
ミッチーが呆れたようにツッコミを入れると、頼光が怒気を漂わせて言う。
「貴様、まさか変態か!? ぶっ殺してやる!」
「……いや、覗いていな――」
「えぇ!? 変態さんだったんですか!?」
「……違うが――」
「ええい! この変態め! どうせ怪しい風貌とその隠形でそのようなことばかり繰り返しているのであろう!?」
「…………話を戻すが――」
「そうでありますよ、頼光殿。まぁ、顔を隠している辺り、きっととんでもなく見れない顔の非モテなのでありましょう。女日照りであれば覗きくらい、リア充の寛大な心で許してやるのが良いでしょうな」
「……なるほど、そういう事情であれば――」
「…………女に不自由したことは、生まれてこの方一度もない」
「ははは、何を言うかと思えば……嘘乙! で、あります!」
「…………殺す」
ミッチーがポーズを取って言うと、そのウザさに男が凄まじい殺気をぶつけてきた。ミッチーが慌てる。ともすれば挑発に乗って正体を表してくれるかと思い、頼光達に乗ってみたが、まさかこれほどの殺気を当てられるとは、と。
だがそこで、黒部が石丸の様子を見て声を掛ける。
「おい、石丸。さっきから静かだが何かあんのか?」
「……いや……」
「石丸様?」
石丸の様子のおかしさに、春姫を筆頭に他の者達も訝しげな表情で視線を集めた。そのタイミングで、男は声を飛ばした。
「……人類最強、藤原石丸とその仲間。ここまでの戦い、中々に悪くなかったぞ」
「……何?」
急に褒められ、眉間に皺を寄せて警戒を露わにする一行に、男は告げる。
「特に石丸。お前の腕は他の奴らとは一線を画している。ここまでの相手も、お前一人でもどうにかなっただろう」
その言葉に頷いたのは石丸ではなく、周囲の者達であった。
「確かに、石丸殿は一人でもどうにかしてしまいますからなぁ……もう石丸殿一人で良いのでは?」
「雑魚も多いから俺らも戦ったけどな」
「一騎打ちということであれば、わしらは控えておりますので頑張ってください、石丸様!」
「石丸様は、頼りになりますから」
口々に石丸を褒め称える一行。それを聞いて、男は口元を歪めると、
「だが……俺を相手にするには足りない」
「!」
と、そこで石丸一行は目を見開いた。
男が右手を前に出し、空間に手を差し入れると、その歪みから、蒼い刀身の剣を引き抜く。身の丈を越えるほどの長さを持った得物は、どこか禍々しさを漂わせており、本能に訴えかけるような忌避感のような物を感じる。
その剣を男は構えると、
「お前達の力、試させてもらう――――全員で来い」
「っ……これは……!」
「…………!」
瞬間、可視化出来るほどの剣気と殺気が、紅い奔流となって男の周囲を漂い始める。その圧迫感すら感じる存在感に、石丸一行は否が応にも警戒と戦闘態勢を迫られた。
そんな中、石丸は周囲の者達に向かって告げる。
「……お前達、無理だと思ったら逃げろ」
「せ、石丸様!? 何を――」
「いいからそうしろ。アレは俺と同格か……いや、ともすれば、俺よりも強いかもしれん」
「――――」
石丸の言葉に一行が絶句する。
藤原石丸という男は、それほどに強い。自信家であるが、それに見合った実力を持つ最強の剣士である。その石丸が、容易に己より強いと認め、さらには、口元に深い笑みを浮かべていたことで、一行はそれを認めるしかなかった。
「それは穏やかではありませんなぁ……しかし、やるしかないようです」
「確かに、アレは俺なんかよりよっぽど化け物だな。本当に人間か?」
「臆するでないわ! 鬼であろうが化け物であろうが、殺せば死ぬ! ぶっ殺してやろうぞ!」
「石丸様……頑張りましょう!」
「…………ふ、馬鹿共め」
一行が一斉に武器を構え、戦闘態勢に入ったのを見て、石丸が笑って悪態をつく。
弓と符。牙と爪。刀と槍。薙刀。そして最後に、石丸が帝である証――帝ソードを構えた。指には帝リング。額には帝ハチマキが巻かれている。清らかな神気と、苛烈な武士としての鬼気。
そして石丸自身の剣気が混ざり合い、闘気となって内側から奔出している。
「――では、参る!!」
「フフ……どうやら覚悟は出来たようだな」
仮面の男が蒼の長剣を、石丸達に向けた。
その口元には、石丸と同じように笑みが浮かんでおり、
「――全力で掛かってこい!」
その言葉を皮切りに、戦闘は始まった。
戦いは石丸の空を斬る攻撃から始まった。
帝ソードを縦に振るい、その場から動かず待ち構える仮面の男目掛けて放つは、
「――“疾風”!」
その名は疾風。
石丸の技の一つであり、空を斬り、斬撃を遠距離から放つ埒外の技。今まで多くの者達が、この技を振るわれ、遠距離にも関わらず両断されてきた。
しかし、その必殺の一撃に、仮面の男は同じように剣を振ることで応じた。
「っ! 馬鹿な!?」
頼光がその光景に驚愕の声を上げる。
仮面の男が剣を振ると、石丸のそれと同様の現象が起こった。それは、
「何故貴様が、石丸様の技を……!?」
――疾風。
石丸が使う技と全く同じもの。遠距離から斬撃を飛ばす技でもって応じた結果、斬撃同士が打ち消し合うような形で衝撃の余波を周囲に拡散させる。
仮面の男が笑みで、
「……何を驚いている? どれだけの型、技があろうと、剣理を極めた者が最終的に行き着く場所は一つしかない。ならば同じ技を使えてもおかしくないだろう?」
その言は偏に、己も剣を極めた達人であると言っていたが、石丸以外誰もが使えない技を使われては納得するしかない。石丸が斬撃を飛ばしている間に距離を詰めた頼光、黒部、春姫は、それぞれの得物で持って仮面の男に肉薄する。
「死ねぇっ!!」
「ズタズタにしてやる!」
「倒れてください……!」
三者が三方向から仮面の男に得物を振るう。それに合わせて、
「荒事は苦手なのですがなぁ……!」
弓を引き絞り、男目掛けて放つ。
四方向からの襲撃。しかし仮面の男はその長い剣を構えると、
「――甘い」
「なっ――ぐっ!?」
埒外の膂力で四つの攻撃全てを、回転斬りで弾き返した。
近距離から攻撃を仕掛けていた三人が後方に吹き飛ばされると、遠距離から攻撃を仕掛けていたミッチーに向かって剣を投げる。
「得物を投げ――くっ!」
その行動に驚愕したミッチーだが、一先ず腰の脇差しを引き抜いて剣を弾く。得物が手元から離れ、チャンスを得たと思った瞬間、仮面の男は目の前にまで迫っていた。
その手に、弾き飛ばしたはずの剣を持って。
「遅い」
「っ――く、あ……!?」
「ミッチーさん!?」
ギリギリのところで脇差しで剣を防いだミッチーだが、そのまま仮面の男の右足の蹴りを食らい、壁に打ち付けられる。春姫が叫ぶ中、石丸が迫り、
「おお……!」
「……!」
連続での剣による猛攻。細かな剣の連打が高密度に放たれ、その分だけ火花を散らしていく。
それが意味するのは、石丸の剣撃を全て捌いているという現実だ。
正に神速と言うべき石丸の剣とその軌跡は、常人では防ぐことはおろか、視認すら不可能な代物である。それを正確に、一つ一つ丁寧に捌く仮面の男の技量には驚く他ない。
だが、戦いは一騎打ちではない。背後、直ぐに復帰した頼光と黒部が必殺技を放つ。
「――頼光一閃!!」
「――妖怪槍津波!!」
どちらも常人が食らえば絶命必死の技。それを石丸の剣撃を受け止めている最中の仮面の男に放つ。だが、瞬間、
「――分身」
「!?」
そう呟いた瞬間、仮面の男の背後にもう一人。まったく同じ姿をした男が現れた。
その言葉を信じるなら分身。幻影。残像の類だろう。その現れた分身は二人の必殺技を剣で受け止めると、そのまま頼光に斬りかかっていった。
「な、何だこのふざけた技は!? 幻か!?」
「なに、ただの分身だ。俺の何分の一程度の実力しかない、な」
「よ、妖怪の類ですか……!?」
「妖怪でも出来ねぇよ!!」
三人が驚愕する中、襲いかかってくる分身は、しかしちゃんと実体があり、剣を振るってくる。その間にも、石丸と仮面の男は剣撃を交わしており、
「……ふははは! 面白い技を持っておるようだな!」
「大したことはない」
「ふっ、左様か。ならば――こんなのはどうだ?」
「!」
石丸の剣気が増幅したように勢いを増すと、剣を霞に構え、技を放った。
「――――“紅蓮”ッ!!」
瞬間、起こったのはありえない現象だった。
連撃。それも三つの斬撃が振るわれるもの。
しかしそれは、全て全く同時、同じ時に放たれる。
物理法則、時すらも無視した必殺の一撃に、逃れる術非ず。三方向からの斬撃は仮面の男を確実に捉え、血の花を咲かせる。
だが、
「…………なるほど。受ける側になってみるとこれほどに厄介だとはな」
「! 仕損じただと……!」
後方に下がりながらも、しかし無傷であった仮面の男に目を向ける。
何故防げたのか。それは、見ていた石丸にしか解らない。
「聞き覚えのある技だらけだが……他に技はないのか?」
「……よくぞ、気づいたな。これは俺が子供の頃に見たとある本に乗っていた技名だ」
格好いいだろう? と笑みを浮かべる石丸に、仮面の男は無言のまま語らない。
代わりに石丸が続け、
「故に他の技は開発中だ! 何かあればよいのだが、中々思いつかなくてな!」
「……そうか」
石丸の言葉に、少し残念そうな色を滲ませて頷いた仮面の男。しかし気を取り直したように仮面の奥の視線を石丸に向けると、
「悪くはないが……俺に届くものではないな」
「っ、痴れ事を! わしがぶっ殺してくれようぞ……!」
「俺の幻影に苦戦するほどでは、それは不可能だな」
未だに分身と戦い続ける頼光らに冷たい視線を向けて言う。
「……次で最後だ」
「むっ……まだ仕合わんのか?」
「言っただろう。今のお前では、俺に勝つ可能性は……限りなく0に近い。これ以上は無意味だ」
ゆらり、と剣を構え直しながら言う。
「――来い。剣の畢竟。その理を見せてやる」
「! やはり――」
その言葉を聞いて、石丸が嬉しさを滲ませたような様子で仮面の男を見る。
しかし、何かを言おうとする口をぐっと噛み締める。代わりに剣を構え、
「……おお……ッ!!」
裂帛の気合いを以って、仮面の男に向かっていく。そして、
「紅蓮ッ!!」
もう一度、石丸が放てる必殺の一撃を放つ。
それは今の石丸の最高、最大の一撃であった
だが、
「――がはっ……!」
「石丸様!?」
剣を受け、倒れたのは石丸の方であった。分身に苦戦する春姫が石丸の名を叫ぶように呼ぶ。
それを目撃した者達は、一体何が起こったのか理解が及ばない。
剣を振ったのは石丸だが、仮面の男が剣を軽く、撫でるように動かした途端、何故か石丸の方が倒れたのだ。――その身に三つの傷を負って。
石丸が倒れ、しかし耐えようと膝を突いたのを見て、仮面の男は踵を返す。
そして徐ろに剣を振ると、
「え――あっ」
斬撃を飛ばし、壁際でこそこそと逃げようとしていたハバネロの首を飛ばした。
そしてその死体に近づくと、その手にあったバランスブレイカーを手に取り、
「俺に勝つ可能性を、ほんの僅かでも上げてみせろ」
膝を突いた状態の石丸に告げる。
「頂にて、貴様を待つ」
「っ、待て……!」
分身が消え、一行が仮面の男を止めようとするも、
「――いずれまた、死合うぞ」
仮面の男はその場から一瞬で消えてしまった。
周囲の気配を探るも、先程まであった存在感が完全に無くなっている。
「石丸様、大丈夫ですか!?」
春姫が膝を突く石丸に駆け寄り、心配そうに肩を支える。
しかし、皆の予想とは違い、石丸は笑みを浮かべており、
「……はははははは!! なるほどなるほど! さすがだ! 参った!!」
「石丸様……?」
まるで何か面白い愉快なことがあったと言わんばかりに、声を上げて笑い始めた石丸に、疑問符を頭に浮かべる春姫。勝負に負けてここまで可笑しそうに笑う石丸を、皆は見たことがない。
とはいえ戦いにおいて負け知らずの石丸である。そんな経験は一度もない。だからこそ、石丸がどんな反応をするのかは未知数ではあったが、
「見ていたか、春よ! お前達! おお、ミッチー! 貴様、寝てる場合ではないぞ!」
「ちょ、ちょっと、石丸様。それはさすがに……」
「……あんまりじゃねぇか?」
壁際にて倒れていたミッチーの元にずかずかと近づき、ガシガシと叩いて起こし始める石丸に春姫や黒部が半ば引き気味に言う。
「い、痛っ! ちょ、やめ、やめてください! 見ていましたから……!」
「ははは! そうか! ならば解るな!?」
「一体どうしてしまったのですか、石丸様?」
石丸のおかしな様子に、さしもの頼光も不安そうに尋ねる。
すると石丸は馬鹿笑いしたまま、
「いたぞ! 俺の目標! 俺の越えるべき相手が!」
「え……」
その言葉に最初に驚いたのは春姫だった。そのことを、幼い頃からずっと聞かされているが故である。
「おい、石丸。お前の目標って、よく言ってる
次に反応したのは黒部だ。石丸に降ってからというもの、その話は耳にたこが出来るほど聞かされている。石丸は頷いた。
「そうだ! アレだ!!」
「……本当だとしたらまさかでありますなぁ……」
ミッチーが蹴られた箇所を抑えながら言う。幼い頃から聞かされているのもそうだが、JAPAN中の書物、大陸に渡ってからも知識を収め、あらゆることに造詣が深いミッチーにとっては知らぬはずがないことだ。
「……すみませぬが、アレとは一体……?」
「おお! それはだな――」
ただ一人、首を傾げる頼光に、石丸は言った。
「――――
「…………」
王宮地下。そして首都から脱出した仮面の男は、街より北にある丘にて思いに耽っていた。
しかし不意に、その指がとある箇所を撫でる。
それは左肩。そこに解りにくいが、僅かに衣装がほつれたような部分がある。
だが触れているのは衣装ではなく、その下にある肉体の方だ。
そこには、ほんの薄皮一枚にも満たない幅1センチほどの切り傷だ。
短い時の中で、最後に食らったその一撃で負った傷。それを感じて、仮面の男は、
「ク、クク、クハハハハハ……!」
抑えようとして、しかし抑えきれない愉悦を感じて笑い始める。
そこに、一人の女性がその場に現れる。
「お待たせいたしましたわ――!!」
金髪ツインテールの、高級感のある布地の衣装を着た少女だ。
どこぞの貴族か、大商人の娘、といった出で立ちで現れた少女は、仮面の男を見て首を傾げる。
「ご機嫌のようですが、何かありましたの?」
「ククッ……ああ。あったな、最高に愉しいことが……」
仮面の男は言う。紅い瞳を煌めかせて、
「人間相手に傷を負ったのは初めてだ……!」
「! それはいけませんの!!! 早く治療を――」
「いらねぇよ。放っとけば治る。――それより、ペールはどうした?」
治療を拒否した仮面の男は、少女に向かって問う。すると慌てていた少女も気を取り直して、
「あ、はい! ペールさんはお仕事を直接確認してから戻ってくるそうですわ!」
「そうか。確かに、いつも書類上か人伝でしか見てねぇからな。なら、先に戻るぞ」
「了解ですの!」
仮面の男は踵を返し、北側に向かって歩いていくと、その後に少女が続く。
「それにしても、完璧な変装ですわ!」
「……そうか?」
「はい! あ、でも溢れるカリスマは隠しきれてないので、バレてしまうかもしれませんわ!」
「…………そうだな」
はい! と、至って真面目にそう言う少女に訂正することなく、仮面の男は振り返ることなく進む。思うのは、
……これで、準備は整った。
後はその時を待つのみだ。アイツなら、これで確実に強くなる。初めて会ったが、一目で解った。アレは己と同じ類の人種だ。
ならば確信出来る。これ以上の手を加える必要もない。
……その時が愉しみだ。
仕事も、私怨も、趣味も。その全てを達成出来る時を仮面の男は思い――魔物界へと帰っていった。
ガウガウ「……いや、バレバレだろ!?」
ハンティ「バレバレだよねぇ……」
ガルティア「バレバレだな」
シャロン「……恥ずかしくないんですか?」
仮面の男「…………」
ペール「か、格好いいからいいんですよう!」
ケッセルリンク「しかし……解らないものなどいるのか……?」
スラル「謎の仮面の男……一体誰なのかしら……でも格好いいわ……!」
ケッセルリンク「…………えっ」