※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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魔軍出陣

 魔人達が魔王ナイチサの命により集められたのは翌日の午後であった、

 大陸全土に散らばっていた魔人達が続々と城に登城していく。

 その中には当然、魔人ザビエルの姿もあった。

 

「…………」

 

 ザビエルは無言で何をするでもなく、魔王城の謁見の間にてその時を待つ。魔人四天王の一人、ということもあり並ぶのは一番前であり、背後には他の多くの魔人達の視線を感じている。

 だがその視線が、ザビエルを不愉快にさせていた。

 ……どいつもこいつも……! この我を嘲るように見おって……!

 誰も何も言いはしないものの以前と比べて恐れるような視線は減り、代わりに見下すかのような嘲笑の目で見られている、とザビエルは思っていた。

 さらには魔王ナイチサからの呼び出し――声を掛けられることも圧倒的に減った。以前は供回りをすることもあったのだ。

 それもレオンハルトが忙しい時の穴埋めのような形であったのが癪に障るが、それでも交流の機会はあったし、それなりに認められていたはずだという自負もあるが――しかし今はそうではない。

 そしてこれは、己が魔人レオンハルトに敗北した時からのものであることも分かっていた。

 ゆえにザビエルはその怒りをレオンハルトに向ける。

 ……許さん……いずれ貴様に地獄の責め苦を与え、亡き者にしてやる……!

 ナイチサの隣に立つレオンハルトを射殺すように強く睨むも、レオンハルトは全く意に介した様子がない。その態度もザビエルを苛立たせる。

 まるで自分の事など眼中にない、と言われているようで。

 路傍の石や塵を見るような冷めきった視線に歯噛みする。

 そんな中、ザビエルが忠誠を捧げる相手――魔王ナイチサが話を始めた。

 

「卿らを呼んだのは他でもない。――藤原家を滅することを決めたからである」

 

「!」

 

 その言葉に一同が目を剥く。

 藤原家とはここ五年で勢力を拡大し、人類圏を征服したJAPANの勢力だ。

 数年前まではそれを放置する方針だったのだが、今年に入って人類統一を成し遂げ、大陸の半分を制覇したことにより、そろそろ派兵することになるのでは? と魔物界ではその話で持ち切りだった。

 そのため――遂に、やはり、とうとう――などそういった反応が魔物将軍らから聞こえてくるのだが必要以上にざわつくことはなく、程なくして静かになると話は続いた。

 

「故にその討伐の任を今ここで命じる」

 

 ザビエルは主のその言葉を聞いて反応した。

 これは主からの評価を上げるチャンスである、と。レオンハルトに苦汁をなめさせられて以降、己の評価はあまり高いとは言えない。

 だがこれほど大規模な人間との戦い。それを見事完璧に遂行してみせればナイチサ様も再び己を評価してくださるだろう。

 一番手っ取り早いのはレオンハルトを誅殺せしめることだが、正面からの戦いは忌々しいことに歯が立たない。ならば何かしらの策を立てて奴を追い詰めるのが良いのだろうが、その目処も立っていないのだ。

 そのため今は命令を完璧にこなして評価を取り戻すのが先だ。元より魔王様の命令であればそれを優先し、任務遂行に尽力するのは魔人であれば当然である。

 ゆえにザビエルは、不躾とは思いつつも声を上げることにした。

 

「……よろしいでしょうか? ナイチサ様」

 

 その場にいる者達の視線が一斉に自分に向く。それは主も例外ではなく、やや不快そうに眉をひそめると、

 

「……何だ、ザビエル。余の話に口を挟むとは不敬であるぞ」

 

「申し訳ありません。しかし、その藤原家討伐についてお願いしたいことがありまして……」

 

「お願い、だと?」

 

 は、とザビエルは頷いてみせると、自分の願いを口にした。

 

「その討伐の任――このザビエルにお任せ頂けないかと」

 

「……ほう?」

 

 ナイチサの目が、興味を抱いたようにザビエルを射抜く。口端をほんの少し歪め、

 

「殊勝な心掛けであるな。自ら誅を下してみせると?」

 

「は……私めにお任せ頂ければ必ずや、ナイチサ様の期待に応え、藤原家を完膚無きまでに叩き潰して見せましょう」

 

「ふむ……」

 

 考え込むように顎に手を当てたナイチサ。それを見てザビエルは祈るような気持ちで主を見る。

 ……何卒、忠臣たる我にお任せを……!

 己の力であれば幾ら人類を統一した軍勢とはいえ、それを叩き潰すことは容易い。所詮は人間。脆弱極まりない下等生物だ。人間を苦しめ、命令を遂行し、戦功を成すのは己である。

 

「……では命じよう」

 

「!」

 

 すると己の願いが通じたのか、ナイチサはこちらを見て威厳ある声で言った。

 

「――魔人ザビエル」

 

「はっ!」

 

 意欲を燃え上がらせながら返答する。命じてくださったことへの喜びもある。

 ――だが、その喜びは直ぐに裏切られることとなった。

 

「魔人――レオンハルト」

 

「はっ、ここに」

 

「っ……!」

 

 ナイチサに名前を呼ばれ、傍らで礼をするレオンハルト。その名が聞こえた時点で、ザビエルの心に浮かんだ喜びは、直ぐに激しい怒りへと変わった。

 殺意とも敵意ともいえるその憤りを必死に何とか抑えながら、ザビエルは主の言葉を聞く。

 

「卿らに藤原家討伐を命じる。数日中に魔軍を動かし事に当たるがよい。追って詳細を伝える。――以上だ」

 

「承りました」

 

「……ははっ、承りました……」

 

「うむ、頼んだぞ」

 

 レオンハルトと揃って一礼するのは心底嫌であったが、それを飲み込んで礼を行うと、ナイチサは期待の言葉を掛けて謁見の間を後にする。

 その際、レオンハルトにだけ目を合わせて言葉を送っていたのは気の所為ではないだろう。こちらにも言葉を掛けてくれたが、それはレオンハルトのついででしかない。

 そのことで更に怒りが増幅していくのを自覚しつつも、ザビエルは一先ずそれを我慢し続けた。

 だが、謁見の間から主がいなくなってしばらくすると、周囲の魔物将軍達や魔人らもまばらに解散していく。その際、一部の魔人からどうにも嘲笑するような視線を向けられているのは、レオンハルトと一緒に任務を受けるからだろう。

 

 ――また逆らって、今度は殺されろ。

 

 そう言われているようであったが、それも腹立たしい。

 何故そんなにも己を敵視しているのかが解らないのだ。

 やはり弱いくせに生意気だな、と他の魔人らを内心で侮蔑し、見下す。そもそもさっさとこの場から去るような者は弱いからだとザビエルは思っていた。

 魔王城で魔人達が集まる場合、殆どの魔物はそれを避け、用事が終わればその場を後にする。

 それは偏に、魔人同士の争いがよく行われるのを知っているため、それに巻き込まれないように気をつけているのだ。魔人であってもそれは例外ではない。

 ……雑魚どもが……我を何だと思っている……?

 魔人四天王である己にそのような不躾な態度を取るとは、何を考えているのか、と思っていると不意に横からの声が飛んだ。

 

「レオンハルト! 儂と喧嘩するぞ!」

 

 魔人レキシントン。

 鬼の魔人であり、大の戦闘狂。敵わないと知りながらも毎度レオンハルトに喧嘩を吹っかける大馬鹿魔人だ。それを見て嫌そうに顔をしかめる小柄な魔人が一人。

 

「また始まった……何でもいいけど、ここでやるのはやめてよね。とばっちりを食らう可能性だって0じゃないんだから」

 

 と、魔人パイアールがレオンハルトに向かって言う。いつも何かしらの研究をして引きこもっているためか他の魔人との交流は殆どない。

 だがレオンハルトとは他と比べて幾分か交流があるようである。

 

「言われなくとも、ここでやるつもりはない。……それより、レキシントン。話を聞いていただろう。俺はこれから忙しくなる。お前の喧嘩を買っている暇はない」

 

「ハハハ! おう、ちゃんと聞いておったわ! ――だからこそ挑ませてもらう! お前が戦争に出向くなら、しばらく喧嘩は売れんくなるだろう!」

 

「……まあいい。それなら外で待っていろ。一回だけ、相手になってやる」

 

「おう! 酒でも飲みながら待ってやるわい! ――行くぞ、ジュノー! アトランタ!」

 

「やれやれ……魔王城の前で酒盛りなんて怒られても知らないよ?」

 

「では、レキシントン様! 参りましょう!」

 

 レオンハルトの言葉を受けたレキシントンは馬鹿笑いしながら背後に全裸姿の男女。ジュノーとアトランタという使徒を連れて豪快な足取りでその場を後にする。

 レキシントンを見送り、軽く息を入れたレオンハルトは周囲の魔人達をその鋭い目で見渡すと、

 

「一応言っておくが、今回の戦争は俺とザビエルのみで行う。勝手に戦場に現れるようなら処罰させてもらうぞ」

 

 その言葉に何人かの魔人達が不満そうに目を逸らした。この場で釘を差されてしまっては、もし戦場に偶然現れたとしても、それらの言い訳は通用しない。レオンハルトはやるといったらやる。

 どうやっても戦争に参加出来ないと知った何名かの魔人達が退出していくと、残った何名かの魔人。レオンハルトと仲の良い魔人達が軽く声を掛けた。

 

「じゃあ頑張れよ、レオンハルト」

 

「……では、また」

 

 ガルティアにケッセルリンク。明確にレオンハルトに付いていると思われる二体の魔人が親しげな様子を見せて去っていく。

 ザビエルに声を掛ける魔人はここまで誰もいない。

 だが、最後に退出していく魔人がザビエルを見て、

 

「……フッ……」

 

 と、鼻で笑った。

 それは魔人四天王であるカミーラであるが、ザビエルからすれば格下と思っている女だ。ゆえにザビエルは軽い苛立ちを抑えようとせず、

 

「……カミーラ……我に喧嘩を売っているのか……?」

 

「……別に……ただ、大人しい貴様が珍しくてな……()()()()()()()()()()()()……? くく……」

 

「貴様……ッ!」

 

 くつくつと嘲笑してくるカミーラに殺気をぶつける。生意気でプライドの高い女を調教してやろうと心が燃え立つも、

 

「やめろ、ザビエル。また俺の手を煩わせる気か?」

 

「っ……! 喧嘩を売ってきたのはカミーラの方だ……!」

 

 レオンハルトに言葉と視線だけで止められ、歯噛みしつつも原因は相手だと言い張る。カミーラが口を弓形に歪め、

 

「くく……怖い怖い。こんなところで襲いかかろうとするとは……やはり“かっぱ”風情に魔王城の水は合わなかろう……? 川にでも、帰って落ち着いたらどうだ……? くくく……」

 

「き、貴様ァ……! そんなに死にたいのならここで――ぐっ!?」

 

 ザビエルの元の種族は炎カッパである。そのことを馬鹿にされ、怒りは頂点に達した。

 だが、炎を発生させ、目の前の女を焼き殺してやろうと力を込めるも――それはすんでのところで未遂に終わる。背後からの衝撃で床に倒され、首を押さえられてしまったからだ。

 魔人四天王の中でも最強と称されるザビエル相手に、それを行えるのは一人しかいない。

 

「――やめろと言っているのが聞こえなかったのか?」

 

「レオン、ハルト……!!」

 

 力を込めて立ち上がろうとするもびくともしない。それどころか力を強められ、床に強く頭を擦り付けられる。するとカミーラがこちらを見下ろし、

 

「くくっ、無様だな……かっぱにはお似合いの姿だ……」

 

「き、さま……! 殺す……殺して――があッ!」

 

 レオンハルトの力が強まる。圧迫感で声を出せないでいると、そのまま頭上でやり取りが行われた。

 

「カミーラ。俺はこれからこいつと仕事について打ち合わせがある。()()()()()()()()()()()()()

 

「……そうだな。私も戯れが過ぎた。お喋りはまた今度にするとしよう……」

 

「ッ……!」

 

 レオンハルトとカミーラのやり取りを聞いて驚きと屈辱を感じる。

 ……このような挑発が、世間話だと……!?

 あのレオンハルトが自分だけを注意し黙らせ、カミーラに対しては世間話を止めよと言う。それは明らかに、己だけを差別した行いである。

 しかもカミーラはそれを知ってか知らずか、こちらを見下しきった様子で挑発を続けた。

 ゆっくりと使徒を伴って去っていくカミーラを射殺すように睨む。

 ……貴様も……いずれ……いや、戦争が終われば直ぐに殺してやる……!

 城を燃やし、使徒を引き裂き、その肌に爪を突き立て、存分に犯して苦痛を味わわせながら殺してやる。

 だがその憎々しい思いも、頭上で力を込めてくる憎き相手には敵わず、

 

「……さて、戦争について話し合わなければならないが……ちょうど二人だ。このまま話すか?」

 

「ふ、ざけ……!」

 

「――と言っても話すことはそれほどないがな。お前も俺も、それぞれ軍勢を整えて境界線に布陣。タイミングを合わせて侵攻を開始する」

 

 理解は出来る。境界線というのは魔物界と人間界を隔てる場所の事だ。

 そこに軍勢を集結させて侵攻する。というだけのシンプルなもの。理解出来ないはずがない。

 だが、その後の言葉は評価を上げたいザビエルにとって承服できないものであった。

 

「そして、お前は全面的に俺の指揮に従え。――分かったな?」

 

「それ、は……!」

 

 嫌だ。自分は自分で好きに動かさせてもらう。

 他の魔人であればそう言って話は終わったであろう。魔人四天王たる自分に意見出来る者などそうそういない。

 だが今命令しているのは最高位の魔人であり、続く言葉は力によって抑えつけられた。

 

「……“それは?” 違うだろう。お前の返事は、“はい、よろしくお願いします”――だ。分かったら返事をしろ」

 

「がっ……!!」

 

 万力の如き力が加えられ、無理やりにでもそれを強制される。

 しかし頷かない。それに頷くわけにはいかない。

 ……誰が、貴様なぞに従うものか……!

 憎き相手に抗おうとするも、力の差は歴然であり、レオンハルトは冷たくこちらを見下ろすのみ。力が弱まる気配は全く無い。

 だがややあってレオンハルトは息を吐くと、

 

「……そんなにも独自に動きたいか?」

 

「――っ、はぁ……はぁ……」

 

 不意にザビエルを床に投げ捨て、そんな問いを投げる。

 だがその答えを言う前にレオンハルトは出口へと歩みを進め、

 

「ならば勝手にしろ。その代わり――お前がどうなろうと俺の知ったことではない」

 

 最低限の足並みだけは揃えてもらうがな、と最後に言い残し、レオンハルトはその場から立ち去っていった。

 残ったのは己一人。使徒達は危険もあったので連れてこなかった。

 ゆえにザビエルは誰にも見聞きされることなく、怨嗟を口にする。

 

「絶対に……絶対に、殺してやるぞ……!」

 

 人間共を滅ぼしたら、次は貴様の番だ、とザビエルはしばらくその背中を睨み続けていた。

 

 

 

 

 

 魔王城を後にし、レキシントンとの喧嘩をいつもよりも手早く終わらせたレオンハルトは城に戻ると作戦に参加する皆を集めた。

 

「これだけ大規模な戦争は初めてで胸が躍りますわー!」

 

「……さっさと、終わらせないとね」

 

「これだけ集まると壮観ですね」

 

 使徒であるキャロル、ハンティ、ペール。

 

「レオンハルト様。召集、完了致しました」

 

 レオンハルト軍を統括する魔物大将軍リーと、麾下の魔物将軍、魔物隊長達。

 

「物資は設置される予定の前線司令部に順次運んでいきます。補給線は常に確保するようにお願いしますね」

 

 その他、親衛隊や遠征中の世話や補給、食事を担当する者達に、

 

「…………」

 

 じっとその時を待つのはレオンハルト軍――総勢100万の魔物兵達。

 その半分は後詰めとして街と補給線、前線を行き来する前線に出ない者達だが、それでも半数以上が前線に出ることになる。

 それらを前に、レオンハルトは使徒のキャロル。そして大将軍リーの言葉を聞いた。

 

「レオンハルト様! 準備が終わりましたわ!」

 

「こちらも、全指揮官に作戦通達済みです。いつでも行けます」

 

「後はレオンハルト様の号令一つですわー!」

 

「……そうか。ご苦労」

 

 軽く二人を労うと、レオンハルトは右手を上げる。既に準備は完了していた。

 今朝方から始めさせた準備は昼頃には全て終わる。その速度に満足しながらも、レオンハルトは気を引き締める。

 今回の任務は様々な意味を持つ。ゆえに失敗は許されない。

 レオンハルトとしてもこれほど大きな戦いは初めてである。そのことに対する不安も勿論あるが――それよりも、楽しみの方が勝っていた。

 期待による愉悦をその身に秘めながら、レオンハルトは一度だけ息を入れる。

 呼吸を整え、そして静かに、大戦争の始まりとなる声を発した。

 

「――――全軍、人間界に向かって出陣せよ」

 

 魔人の言葉と同時に、魔物兵達は一糸乱れぬ動きで行軍を開始した。

 人類と魔物。人類統一を果たした藤原家と大陸を支配する魔人率いる魔軍。

 その最初の大戦の幕が、今ここに上がったのである。




カミーラさんウッキウキ回でした。次回は藤原家サイドになります。
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