大陸南部。
人類圏にあるとある城に、藤原家の重鎮達は集結していた。
今日は人類統一を果たした藤原家による茶会の日であり、大陸各地の王族――藤原家の傘下に降った家臣達も集まり行われる茶会は、茶会という名こそ掲げられているものの、実質宴会のようなものであり、花見が出来る土地で行われる毎年恒例の催しである。
今年の開催は少し送れて9月。季節は秋だが、季節外れの桜が見れる珍しい場所を石丸が見つけたことで茶会はそこで行われることとなった。
あちこちで様々な催しが行われる中、ある童女が母親らしき女性と手を繋いで辺りを見回っている。
「母上母上! あれは! あれはなんでございますかっ!?」
母上、と呼ばれた女性は童女と同じ桃色の髪をしており、顔立ちもよく似ていた。明らかに親子であることが解る。
「落ち着きなさい、もも。あれは――ミッチーさんの茶会ですね」
穏やかな笑みを見せながら子供を嗜めた女性は――春姫。
人類統一を果たし、世界の王にまで上り詰めた藤原石丸の正室であり、幼い頃からの石丸を知る藤原家の古株でもある。
歳は既に四十を越えたはずだが、未だ変わらぬ美しさを持つ春姫は石丸との間に設けられた子――もも姫を連れて茶会を見て回る。
幼い頃の春姫に似て可愛らしい容姿をしているが、利発そうで元気の良いところは石丸に似ていると評判である。
そんなもも姫が好奇心旺盛な様子で指を指した先では、春姫の説明通りの催しが行われていた。
「良いですかな? 茶の道とは、人をもてなす事を大事としておりましてなぁ――」
「ふむ……」
大勢の観衆――JAPANの武士や、大陸の貴族を相手に、地面に畳を敷いて作った即席の座敷の上で正座をし、それを実践してみせるのは菅原ミッチー。
藤原家の大陸制覇に大きく貢献した藤原四天王の一人である傾奇者であり、荒事、策謀に強いだけでなく、JAPANどころか大陸でも有数の文化人と名高い男である。
行政を司る太政大臣としての顔や様々な要職を兼任している多彩な彼は茶会本来の在り方を示すため、自ら茶道を実践しているのだが、
「ふははははは! ミッチー! 飲んでるか!? 飲んでないなら飲め! 今日は宴会だぞ!!」
「……石丸殿。確かに小生、飲んではいますが飲むのは酒ではなく茶で――んぐっ!?」
と、突然現れた男がミッチーの首を締めるように捕まえ、その手にもった一升瓶を飲ませようとする。
それは春姫やもも姫にとって見慣れたものであり、特にもも姫は騒ぎ立てる父の姿を見て駆け寄り、
「父上ー!」
「ん……? おお、ももか! ははは、楽しんでいるか!?」
「ふははー! 楽しんでおります! 父上も、楽しそー!」
「ははは! そうか! それは何よりだ!」
父である藤原石丸と笑い合うもも姫。大陸を統一し、世界の王となっても変わらない石丸に春姫が思わず微笑ましくなる。
しかし笑ってばかりではいられずに春姫は声を掛ける。
「石丸様、そろそろミッチーさんを離してあげてください。何だか顔色が悪く……」
「おお! 忘れておったわ!」
その言葉に未だ首を絞めて一升瓶を口に突っ込んでいたことを思い出したのだろう、ミッチーを離した石丸。
しかし既に大量の酒を飲まされたミッチーはふらふらしながら立ち上がり、
「せ、石丸殿……酷いであります……飲み過ぎで死んだらどうしてくれ――うぷっ」
それなりに酒は嗜むはずだが、さすがに日本酒の一気飲みは来たのか、ミッチーが口元を押さえている。吐きそうになっているのだろうな、と内心苦笑しながらお水でも渡そうかと思ったが、石丸と石丸に続いてやって来た武者姿の女性とともに、
「大丈夫だ、ミッチー! 酒の飲み過ぎなど、それくらいで人は死なん!」
「そうだぞ貴様! 酒の飲み過ぎで死ぬような軟弱者は、死ぬ前にわしがぶっ殺してやる!」
「無茶苦茶な……」
武者姿の女性――源頼光とともにミッチーに厳しい言葉を浴びせる石丸。
頼光の方は十三人いる石丸の妻の一人であり、源氏武士団棟梁。更には藤原家武士を統率する侍大将の地位を持った藤原四天王の一人でもあり、人類最強の女性とも名高い。
ああ見えて既に子供を九人も産んだ立派な母親であるはずなのだが、未だに落ち着きが無いというか物騒な性格は変わっておらず、子供達にもそれが受け継がれてしまっている。他の子に悪影響だからやめてほしい。
よく見れば彼女の子供達も暴れる母を遠巻きに眺めており、暗に近づきたくない、と恐れている様子である。
だが、そんな中、
「貴様らァ! 何をそんなに暴れておる! 朕の能の邪魔じゃ!」
怒声とともに現れたのは茶褐色の肌をした大柄で鍛え上げられた肉体を持つ老人。
征夷大将軍――坂上田村麻呂である。
藤原四天王の一人であり、石丸を除けば最強の武士と謳われる強さを持った達人であり、武勇伝には事欠かない御仁である。
そして大体頼光と喧嘩をしている。今も大刀を担いでやって来た田村麻呂に対し、頼光が眉を立て、
「あぁん!? まだ生きてたのか爺! さっさと死んで征夷大将軍をわしに譲れ!」
「貴様もそろそろババアじゃろうが!?」
「んだとこのジジイ――ッ! わしはまだぴちぴちの三十代――いや、見た目的には永遠の二十代ぞ!」
「気持ち悪い! 寝惚けた事を抜かすでないわババア!」
「二度もババアと言ったなジジイ!? もう許さぬ! 今日という今日はぶっ殺してやるから覚悟しろ!」
「やれるものならやってみせよ!!」
刀を抜いて戦いはじめた二人を見て呆れてしまうが、周囲はそれを恐れて離れていってしまう。どうにかして止めようかな、と思うも石丸は酒を飲んで我関せずであり、ミッチーは既にダウンしている。
どうしようかな、と悩んでいると、
「――行けぇ、黒部ー!」
「……何で俺なんだ?」
……もも……一体何を……?
気が付けばもも姫が近くにいた妖怪王――黒部の身体をバシバシと叩きながら戦いに交じるよう催促している。
藤原家の主力である妖怪軍団を率いる黒部は、藤原四天王でもあり、その強さは凄まじいものがある。その人となりは理解しているので危険というわけではないのだが、一切臆することなく強大な妖怪である黒部に命令しているのは、何というか困惑する。
それは黒部も同様のようで、どうすればいいか幼い子供を見て困惑している。
「黒部は強いから戦ったら面白いでしょ!」
「面白いって……あのなぁ……止めるならともかく、暴れるのは――」
「ふははー、行け黒部! 二人を血祭りに上げるのですっ!」
「お前意味分かって言ってんのか!?」
「もも……」
軽く頭を抱える。育て方を間違えただろうか。石丸に倣って女の子なのに剣を振らせてみたのが間違いだった。
と、
「おう、春! お前も楽しんでいるか!?」
「きゃっ、石丸様……」
いつの間に近づいてきたのか、不意に背後から石丸が頭をがしがしと撫でてくる。無遠慮な手付きだ。それをやんわりと嗜めながら、
「もう……あんまりはしゃいだら駄目ですよ。もういい歳なんですから」
「何を言う! 俺はまだまだこれからだ!」
そう言い張る石丸を半目で見る。しかし、
……実際、昔と比べても今の方が活き活きとしてます。
昔からこのような性格であったことに変わりないが、今はもっと元気だ。
その強さも、昔とは比べ物にならないほどであり、今が全盛期であると確信出来るほどである。
その原因を、春姫は何となく察していた。
だがそれを思うと、春姫は心に暗いものが落ちる。
そうして出た言葉は、
「……今がずっと続けばいいのに」
という願いだ。
春姫にとっては今が幸せの最高潮ともいえるのだ。
少し前までは戦争で色々あったが、人類を統一してもう戦争をする必要のないところまで来た。
家族や友人、多くの仲間や愛する子供や夫に囲まれて平和な日々を過ごす。隣人や見知らぬ誰かも傷つくことのない世界。その光景が今、目の前に広がっているのだ。これ以上の物はないのだといえる。
だが、
「……それは難しいな。なにせ、俺はまだ夢を叶えていない」
「っ……!」
やはり聞こえていたのか、石丸がゆっくりと返事をする。
「――お前の夢もまだ叶えてない」
「――――」
「だというのに今を続けることは出来ん。俺は…………力ある者としてそれを叶える義務がある」
「……はい。分かっています」
でも、という言葉は口に出せなかった。
自分達の夢を叶える。そう言って季節外れの桜を見上げる石丸の顔が――昔見た……幼き頃の石丸とそっくりであったから。
希望と期待に満ちた将来を夢想していた――そんな無垢で純粋な瞳に惹かれたのだ。
……今も、変わってないのですね……石丸様。
それに惹かれた身として、彼の夢を否定することは出来ない。
歳を取り、多くのしがらみや背負わなければならないものが増えても、あの日見た願いは色褪せていない。
――いや、だからこそ……石丸は進むのだろう。
石丸の夢に魅せられた者達。石丸の姿に夢を見た者達の想いを背負っているからこそ、石丸は歩みを止めることがない。
例えそれが――
「……石丸様」
「なんだ?」
「石丸様は……夢を叶えてくださいますか?」
己の震えを抑えて言う。
石丸は一瞬、表情を真面目なものに戻したが、しかしややあって口端を歪めると、
「……心配するな! 俺は人類最強の男、藤原石丸だぞ! その俺が道半ばで倒れると思うか!?」
「……いいえ」
「そうだろう! ゆえに……期待していろ! 全部、俺もお前達の夢も……この俺が全部叶えてやる!!」
「……はいっ」
その自信に溢れた顔と心強い言葉に胸が安らぐ。
例えそれが――到底叶わない夢だとしても。
今はその言葉だけで夢を掴めると。
そう思わせてくれたから。
藤原石丸が、大陸の諸侯を集めて行った茶会の夜。
人類圏の北側。大陸の中央にある魔物界との境界線に築かれた砦がある。
そこは魔物界を監視する役割を持っており、何か動きがあれば即座に国元に知らせる役目を背負っていた。今は藤原家所属となった国境警備隊。所属の兵達は欠伸を噛み殺しながら任務に没頭していた。
「異常無し。……最近、暇だなぁ」
「こっちも異常無し。……おいおい滅多なこと言うな。俺達が暇なのは良いことだろうが」
砦の外で少数の魔物を倒して、砦に戻ってきた兵士たちが言う。魔物界と面したこの一帯では、侵入してくる魔物の数はそれなりに多い。
そのため少数の魔物であればそれを討伐するのも砦の兵士達の仕事の一つであった。
これらの業務のおかげで戦闘経験も積めるため、レベルも上がってそれなりに強い兵士達は最近の仕事内容を弛緩した空気で愚痴りあう。
「藤原家な……とんでもない強さだったらしいが、魔軍より強いのかね?」
「どうだろうな。藤原家とは直接やり合ってないし、魔軍も最近は大人しいから……でもまあ魔軍には勝てないんじゃないか?」
藤原家が大陸を制覇するまでに五年。
その間、魔軍の動きはここ数十年で類を見ないほどに動きが無かった。
精々、散発的かつ少数の魔軍が境界線の砦を少し襲ったというくらいであり、それは他の地域も同様だと報告が来ている。魔軍の情報に関しては、国同士で共有されることも多く、特に魔軍の侵入は真っ先に共有される情報である。
なにせ自分達の国にも侵攻してくるかもしれないのだ。そうならないためにも、対策は何よりも優先される。
だが先程も兵士が言ったように、藤原家が人類を統一してからは所属こそ違えど同じ旗本であるため特に問題なく情報が共有されている。
しかし魔軍に動きがないので恩恵を受けたことは未だ無いのが実情だが。
と、兵士が先程の兵士の言葉に答える。
「それは分かんねぇぞ? なにせ、藤原家当主の石丸――様は神に選ばれた帝の力を持ってるらしいしな。妖怪とかいう魔物みたいな化け物も従えてるし、ひょっとしたら魔物も歯牙に掛けない可能性が……」
「……いやー……まあ、魔物には勝てるかもしれんが、魔軍ってなると無理だろ。魔人は人間の攻撃は効かないしな」
「でも神の力が本当なら魔人も倒せるかもだろ?」
「それは……」
兵士には判断が出来ない事だ。
だが、だからこそ希望や期待が湧くというのもある。
帝という未知の力と、人類最強という肩書は余人に期待を抱かせるには充分であった。
「……と言っても襲ってこないことに越したことはないだろ。石丸様がどれだけ強くても、俺達じゃ一瞬で殺されるだろうしな」
「まあそれは……そうかもな」
「だろ? それよりも、JAPANからの移住者とか文化も入ってきてるし、そっちの方が今は問題だろ」
「ああ……そういえば日本語憶えなきゃならねぇんだった…………お前、どこまで憶えた?」
「こんな仕事して勉強する時間が取れるわけないだろ。日常会話も難しいよ。……なんなら息子の方が上手なくらいだ」
「ははっ、良いことじゃねえか。将来的には助かるだろうしな」
「そうだけどな……はぁ、今度息子に教えてもらうか……」
藤原家が大陸を支配したことにより、人や文化が大陸にも渡り、日本語も憶えなくてはならなくなったことに愚痴をこぼす兵士達。
上役の者達は仕事で必須にもなってくるため徐々にだが憶え始めているし、子供に関してはもっと早い。
しかし一兵卒の兵士達にとってはそんな余裕もなく、かなりの面倒事であった。
兵士が溜息を漏らしていると、不意に音が響いた。
「……ん? 何か聞こえないか?」
「……これは――」
低い音が聞こえる。
兵士が反応し、素早く魔物界の地平を目を凝らして確認する。
そこに見えたのは、
「……お、おい……」
兵士の声が震えた。
そこに見えた波のような何かに怯えたのだ。
「嘘だろ……?」
ベテランの兵士達もそれを見て、身体を震わせる。背筋に嫌なものが走り、全身の毛穴から汗が吹き出す。
夜天の空の下に見えたのは――地平を埋め尽くさんばかりの群であった。
「――ま、魔軍……!!」
地表にあるのは赤、青、緑の魔物兵。
それも数万や数十万という数では利かない大軍勢であった。
空気と音の唸りは百万単位の魔物兵の足音であったのだ。
それを前にした人間の兵士達は震える声で言う。
言えることは一つだ。
「お、終わりだ……」
自分達の――人間の終わり。
百万を優に超える魔物の大軍は、容易に人類圏の境界線にある砦を飲み込み、果ては近くの街まで侵攻すると、その全てに人間の死骸を晒した。
国境の警備隊。並びに街を常備されていた軍勢は激しく抵抗したが、その抵抗虚しく魔軍に殲滅されていく。
大軍に見合わない迅速な動きで人類圏の街の数十を落とした魔軍。その動きを警戒していた藤原家参謀――月餅の指示により防衛の為の軍勢を差し向けた頃には、街に陣を敷いて人類軍の襲撃に備えており、無駄足に終わってしまった。
だが、魔軍と一戦混じえたのは無駄では無かった。
防衛に向かった兵士の殆どが死んでしまったが、数少ない生き残りによって魔軍の陣容――大軍を率いる魔人の存在が確認された。
一人は魔人四天王の一角――魔人ザビエル。
そしてもう一人は魔人筆頭兼魔軍参謀――魔人レオンハルト。
人類にとって絶望の権化とも言える二体の強大な魔人の侵攻が確認されたのである。
次回は作戦会議的なアレ。