大陸中央部。
肥沃な土地で知られ、大陸通商路として極めて重要な地域であるキナニ平野。
その北側は対魔軍の最前線であったが、突如として攻め込んできた魔軍の大軍勢によりあっけなく陥落。
現在、キナニ平野は人類圏に攻め込んできた総勢230万の魔軍の本拠地として機能していた。
しかし魔軍のとある事情から本陣は二つに別れ、西側にはザビエル軍。東側にはレオンハルト軍が布陣しており、その間に簡易的な魔軍の司令部を作ることをお互いに承諾していた。
とはいえ軍議はお互いの本陣で行うため、中央の司令部は連絡用としての役割しか担っておらず、魔軍を率いる二体の魔人の関係性が見て取れるようであった。
そして東側。とある人間の国家の首都を占拠したレオンハルト軍は、その王宮を司令部として使うことにした。
街の中を魔物兵達が我が物顔で闊歩しており、住人達は怯えた様子で魔物兵達に連行されていく。だがそんな中、一体の緑の魔物兵が小声で疑問を呟く。
「……なぁ、これって何の意味があるんだ?」
「ん、何だお前。知らないのか? 新入りか?」
「……実は今回の戦争が初めてなんだ」
なるほどな、と赤い魔物兵が得心したように頷く。新入りだという緑魔物兵は背後に連れた人間達を見て、
「何で襲ったら駄目なんだ? いや、レオンハルト様の命令だってのは分かるけどよ……好きに掠奪出来るのを楽しみにしてきたのに……街を汚すなとか人間は可能な限り捕まえろとか……まさか全員保護でもするのか?」
「……お前、本当に何も知らないんだな」
だが新入りなら当然か、と赤魔物兵は納得の色を見せて続ける。
「それこそまさかだな。うちの軍じゃ常識だが……掠奪は戦闘後直ぐなら許されるけどな。占領した後は基本的に使えそうなもんかき集めて後は配給制だったり、褒賞として使われたりってとこか」
「というと?」
緑魔物兵の言葉に、赤魔物兵は背後の人間達を指して、
「食料は単純に物資として保管。余ったら持って帰るんだが、人間の方は一旦捕まえてから
「へぇ……じゃあ褒賞ってのは?」
赤魔物兵が軽い笑みで答える。
「そのまんまだな。手柄に応じて好きなものくれるんだよ。大体は女とか昇進願ったりとか……後は街に帰ってから人気店の一ヶ月フリーパスとかな」
「あ、それ地味に欲しい……」
「分かるぜ。俺も近所に出来た行き付けの店があってな。そこの和風カレーマカロロが絶品で……正直、女貰うかフリーパス貰うかで悩むんだ。フリーパスだと一食限定とかじゃなく食べ放題だしな」
「なるほどな……でも、人間の女はこういう時じゃないと出来ないしな……」
背後の人間、若い女性を見て緑魔物兵が呟く。その視線を感じて女が顔を青褪めさせる。
震える女も唆るなぁ、と思いながらしかし赤魔物兵は手振りしながら、
「でもまあ、慰安婦として好きにしていい女もちゃんといるしな。うちは大所帯なんで順番待ちが面倒なのがアレだが…………あ、そういえば巨乳の美女見かけたら報告しろよ。もしくは傷つけないようにして捕まえろ」
「え、何でだ? 犯すのか?」
本当に何も知らないのか、そんな間の抜けたことを言い出す緑魔物兵に溜息が漏れる。出発前にちゃんと告げられていたはずだが。とにかく説明しておこうと、赤魔物兵は軽く注意するように、
「馬鹿、お前。隊長の言うこと聞いてなかったのか? ――レオンハルト様の貢ぎ物として使うんだよ」
「……ああ、そういえば巨乳好きか!」
思い出したように声を上げた緑魔物兵を見て、赤魔物兵は呆れるように肩を竦めると、
「知ってたなら気づけよ。貢ぎ物として渡したら代わりに褒美をくれたり、昇進が近づいたりするんだからな。もし俺達がレオンハルト様の目に適うような巨乳の美女を見つけて、それを隊長が貢いだことで魔物将軍にでもなったら、俺達も魔物隊長になれるかもしれないんだぞ?」
「お、俺達が魔物隊長……!」
ごくり、と唾を飲み込む緑魔物兵。下っ端の魔物兵にとって魔物隊長以上の地位というのは喉から手が出るほどに欲しい地位だ。
特にレオンハルト軍であればその恩恵はよく知っている。赤魔物兵はそれを口にした。
「魔物隊長になったら街の高級料理店や会員制の娯楽施設も利用可能で、将軍や大将軍閣下、果てはレオンハルト様の城にお呼ばれしての食事会もある上、女の子モンスターからもモテモテで、高級住宅街の庭付き一戸建てに住むことも許され、二人も三人も嫁を囲って暮らせるんだぞ?」
「……良いよなぁ、魔物隊長。もっと言うなら魔物将軍……」
魔物将軍になればそれの比ではない。屋敷を持つことすら許されるし、各種施設もフリーパスで使い放題。嫁が十人近くいるのも珍しいことではない。
もっとも、レオンハルト軍は総勢百万程であり、魔物将軍も約五十体の狭き門だが、それだけに魔物将軍とは魔軍のエリート。魔物の勝ち組だ。
文化的な生活を送るレオンハルト軍の魔物兵達はなまじそれを知っている分、野心が疼いてしまうのである。
「そのためにもしっかりと仕事をこなすんだよ。……かと言って勝手なことするなよ。レオンハルト様を怒らせたらどうなるか……」
その言葉を聞いて、半ば抜け駆けの方法を考えようとしていた緑魔物兵はギクッと身体を跳ねさせ、慌てたように振り返る。
「や、やらねぇって! レオンハルト様を怒らせるとか……」
「だったら気をつけろよ。あのザビエル様ですらレオンハルト様を怒らせて半殺しにされたそうだからな……ともかく、命令を忠実に、仕事は全力で。そして規律を守ることがうちの鉄則だ。……本来、話を聞いてないってだけでかなり怒られるからな」
「お、おう……悪い、気をつける……」
レオンハルトの怒りを買うことを想像したのだろう、緑魔物兵が声を震わせて怯えた様子を見せる。赤魔物兵は再度、息を入れて緑魔物兵の肩を叩くと、
「まあ普通にやってたら怒られることもないし、良い生活も送れるからな。失敗せず、着実に功を積み上げることだ」
自分に言い聞かせるように言う。昇進を夢見るのは魔物兵であれば――いや、魔物であれば誰もがそうだ。
だがそこで焦ると失敗する。致命的なミスを犯す。
ゆえに大事なのは確実に評価を上げていくこと。プラスだけを着実に積み上げれば魔物隊長になることは難しくないはずだ。
赤魔物兵はそれを思い、連れてきた人間達を見て笑みを見せる。見た目の良い女もそれなりにいる上、胸の大きな美少女だっている。
これを連れてきたと報告すればそろそろ自分の番かもしれない、と赤魔物兵は見ていた。
ゆえに焦ることはない。そうして赤魔物兵は王宮へ緑魔物兵とともに歩みを進め、
「……そういえば、街を汚さないのことは理由があるのか?」
「……レオンハルト様の趣味じゃないか? 隊長から聞いたが、あの方、意外と景観気にしたり拘り凄いらしいし。ここを本拠地にするなら一応気にするだろ」
「……でも他の街もそうなんだろ?」
緑魔物兵にそう聞かれ、しばらく考えた赤魔物兵はやがて、
「…………知らん。趣味じゃね?」
「……そうか……」
まああの街を作ったくらいだし綺麗好きなんだろうな、と未だ綺麗な外観を保つ街を見て、適当なことを思う魔物兵であった。
王宮。
その玉座の間ではレオンハルト軍の重鎮が集まっていた。居並ぶ魔物将軍は勿論、魔物大将軍リーや三体の使徒も当然そこにおり、玉座には、
「レオンハルト様。貢ぎ物を渡したい、と第十七軍所属の魔物隊長が申しておりますわ」
金髪ツインテールに下がレオタードになった青の改造軍服を着た少女は魔人レオンハルトの使徒キャロルであり、彼女は部下の報告を受けると、玉座に座り、足を組みながら頬杖をつく魔人レオンハルトを見てそれを告げる。
金髪灼眼。鋭い目つきが更に細まり、キャロルを捉える。
通常の人間であれば一瞥されただけで生物としての格の差を思い知らされ膝を折るか、気を失ってしまうほどの圧力がその双眸に込められている。
そしてそれは、魔物や魔人であっても例外ではない。
多くの魔人が恐れるレオンハルトの睨みを受け、しかし使徒であるキャロルは満面の笑みを浮かべている。居並ぶ魔物将軍らが緊張する中、ややあってレオンハルトは息を入れて、
「…………少し多くないか? 貢ぎ物」
微妙な表情を浮かべてそう言い放った。
というのもレオンハルトへの貢ぎ物の報告は今日だけで数十件にも渡る。
その全てが女であることから、レオンハルトは頭を悩ませていた。
しかしキャロルはそんなことは露と知らず、
「はい! これもレオンハルト様の御威光あってのこと! 皆さんよく働いているようでいいことですわ! これからも励むがよくってよ!」
「は、はっ! それはもう……」
キャロルの言葉を受けて魔物将軍が応答するも、何故か感じるレオンハルトのプレッシャーに冷や汗をかく。
新入りの魔物将軍がゆえにレオンハルトが考えていることがいまいち分からないのだ。貢ぎ物が多いことは喜ばしいことのはずだが、そうは見えない。
まさか実は内心では喜んでいるのだろうか、と顔色を窺っているとレオンハルトは軽く息を吐いてキャロルに告げた。
「……後宮があっただろう。そちらに運んでおけ。そろそろ王宮には入らんだろうしな」
「はい! 畏まりましたわ!」
キャロルが早速それを魔物隊長に伝えると、魔物隊長は早足でその場を後にした。
すると玉座の横に控える長い薄紫髪の少女、使徒ペールがレオンハルトに寄りかかるように、
「……レオンハルト様ー? 掠奪ハーレムも良いですけど、ちゃんと私も可愛がってくださいよう?」
「…………ああ、分かっている」
「あんっ! ……もう、いけずですねぇ」
そう言って大きな胸をぐいぐいと押し付けてくるペールを軽く押し退けると、レオンハルトは再び眉間に皺を寄せた。横からの視線も、
「……随分と良いご身分だけど、ちゃんと戦争のことも考えてるんでしょうね?」
「……当たり前だ」
「……それならいいけどね……」
もう一人の使徒、ハンティが半目で責めるように見てくるのを感じて軽く目を背ける。はっきり言って、この手の貢ぎ物は一度も命令したことはないのだが、皆良かれと思ってそれらを差し出してくるから何とも言えない。
だがその忖度も、ある意味で良い口実になる。理由なく人間を保護することは魔軍の将として良いこととは言えないからだ。
ゆえに断ることもないのだが、消極的とはいえ受け入れているのも事実なため、人間保護派のハンティからすれば眉をひそめたくもなるだろう。
それとも貧乳だから怒ってるのか? とふざけた事を考えてみたが、これを口にしたらこの場で戦争が起きるので自重する。触れてはならないこともあるのだ。
と、思考を回しているとまた報告が来た。今度は魔物将軍が直接告げてくる。
「レオンハルト様。この国の姫と名乗る者を捕らえました」
「……姫、か」
それを聞いてレオンハルトの脳裏に幾つかのパターンが思い描かれる。それを考えながら聞くべきことを聞こうと続けて、
「国王はどうした?」
「はっ。どうにも国王は占領後に少数の兵を引き連れて逃げようとしていたところを魔物兵達が見つけて殺してしまったようです。恰好も平民に偽装していたようで見抜くことが出来ず……申し訳ありません」
「……姫が生きてるなら問題ない。――ここに連れてこい」
「はっ! 直ぐに連れてきます!」
魔物将軍が副官の魔物隊長に命令する間、軽く眉間を揉みほぐす。
国の権力者がここに連れてこられ、どういう反応を見せるかのパターンは大体決まっている。千年以上戦争をしていればこういったことは多々あることだ。
ゆえに、いつもどおり対応してやろうと姫の到着を待っていると、やがて美しいドレスに身を包んだ美少女が魔物兵に連れられてやって来る。
……随分と大人しいな。これはあのパターンか?
抵抗する様子はない。こちらの姿を見て一瞬ビクリと身体を震わせたが、それでも気丈に耐えている。この時点で強気な性格か、王族らしい気品と覇気に溢れた性格なのかに絞られるが、その場合だとまた背負い込まなければならないな、と内心で頭を抱える。
そんな中、魔物兵に突き飛ばされるようにしてこちらの前に出てきた姫はゆっくりと頭を下げると、
「……魔人レオンハルト様、ですね。わたくしはこの国の第一王女エクレアです」
以後、お見知り置きを、と王族らしく礼儀に則って礼を告げた少女に内心で評価を上げる。
……助けてくれ、と泣き叫ばない相手は珍しいからな……といっても、対応はそっちの方が楽だが……。
何でもするから、と何をしてでも助かろうとする王族は珍しくもないし、対応も楽なのだが、このように確かな王族としての気概と、現実を見据えている目をする相手は大体恭順の意を示すか、自己犠牲を行い何かしらの取引を行ってくる。レオンハルトとしてもこういう女は嫌いではないが、どういった対応を取るかは状況にもよる。相手がどのパターンで来るかも関係する。
……だが、嫌な予感がするな……。
良い予感を嫌な予感と例えた――というのも、彼女の容姿が優れているせいだ。
金髪縦ロールでツリ目の、如何にも高飛車なお嬢様といった感じの容姿だが、そのスタイルが問題だ。
くびれた腰つきから足先までの女性らしいラインもそうだが、特にその胸元が大きく盛り上がっているのが確認出来る。かなり大きい。しかもドレスの胸元が大きく開かれており、胸の谷間を見せつけるようになっている。
おそらく自分の容姿や見た目がどんなものか自覚しているタイプだろう。それでいて国のためを思い、自ら姫だと名乗り出て、魔物将軍に捕まった。――計算の可能性が高い。
こうなれば言い出す言葉も予想出来てしまう。一応こちらとしても王族を捕まえることはそれなりにやらせたいことがあるからなのだが、これだと結局は背負い込むことになるだろう。魔軍の為により良い行動を取ることを考えるなら、それに加えて要求を一部飲んでやるくらいが落としどころか。
ゴールを定め、ある程度予想したところでレオンハルトは口を開く。
「――レオンハルト様。この女……」
だがその前にキャロルが口を挟んできた。
キャロルが睨むように姫を見る。おかしな反応に訝しみながら、一応聞いてやる。
「どうした、キャロル。何か気になることでもあるのか?」
「……はい。この女――」
「……なんでしょうか?」
キャロルがより一層彼女を睨んだ。
……まさか、俺も気づいていない何かを察したか?
であれば良いのだが、とキャロルの言葉を待つ。
やがてキャロルは姫をビシッと指差すと、高らかにそれを口にした。
「この女――――わたくしとキャラが被ってますわ!」
「…………は?」
「…………は、い?」
思わず間の抜けた声を出してしまう。他の者達も同様のようで、魔物将軍ら一斉にポカンと呆気にとられた表情をしているのが面白い。
そんな中、ハンティが大きく溜息を吐いて言う。
「キャロル……何を言うかと思ったらそんなこと?」
「そんなことではないですわハンティさん! キャラ被りはよくありませんのよ!?」
その言葉に皆が改めて姫に視線を向ける。
だが、ややあって思ったことを代表するようにペールがおずおずとキャロルに向かって、
「……あのー、キャロル先輩? 似てるのは口調くらいですし、髪型はツインテールとツインドリルでは似て非なるもの。そして何より、キャロル先輩は貧乳で、相手は巨乳――」
「なっ!? 言いましたわね! 戦争! それを言ったら戦争ですわ! 第一、わたくしはハンティさんよりはありますから貧乳ではないですの! 美乳と言いますのよ!」
「流れ弾飛んできたんだけど!? 喧嘩売ってんの!?」
ハンティが顔をひきつらせながらツッコミを入れる。やっぱり気にしていたのか、と納得する。
……というかヤバい。こちらを見る目つきが胡乱な感じになってる。俺の威厳が……。
この状態で自分だけポーカーフェイスで真面目な顔をしていてもあまり意味はない。ゆえにレオンハルトは軽く頭を抱えながらそれに対処しようと声を上げる。
「……お前ら、少し黙ってくれ。今は大事な話の最中だ」
「でもレオンハルト様! キャラが! キャラが被ってますの!」
「心配するな。お前ほどキャラが立ってる奴はそうはいない」
……良くも悪くもな。
しかしそう言って褒めてやるとキャロルははっとしたように顔を変化させる。
「! レオンハルト様……はい、そうですわね! わたくしが間違っておりましたわ!」
納得したようで静かになる。感動したようでキャロルがポーズ取ったまま止まっていて少し鬱陶しいが、それを視界から排除するように努めると、改めて姫の方に視線を向けた。
「騒がしくて悪いな」
「……い、いえ……ん、ごほん。大丈夫ですわ」
さすがにこんなやり取りを目の前で見せられるのは予想外だったのだろう。キャラ被りがどうのと言われることは彼女の中の予定には無かったはずだ。お姫様が咳払いをして居住まいを正すと、改めて強い意志が籠もった瞳が向けられる。
「さて……単刀直入に言おう。お前には仕事をして貰いたい」
「……それはどんな仕事でしょうか?」
レオンハルトは頷く。それは簡単なことだ、と。
「この首都に住む人間を、
と、言うことだ。
しばらくの間はこの首都を本拠地とすることを決めた以上、戦争の経緯にもよるが半年以上はこの国を占領することになるだろう。
魔軍の効率の良い運用のためには、人間を働かせてしまったほうが手っ取り早い。ゆえにその提案を出したのだが、
「……わたくしが言わずとも、貴方方が命じてしまえばよいのでは?」
そのようなことを宣う。
レオンハルトはそれに対しては鼻白んだ。分かってる癖に、と。
「ふん……確かに暴力と恐怖をちらつかせて働かせるのも悪くないが、嫌々働かせても効率が悪い」
「それは……無理からぬことかと。魔物のために働きたいと思うはずがありませんわ」
貴様! と、魔物将軍の内一体が声を上げるが、それを視線だけで抑える。魔物の為に働く気がない、と言われ苛立つのも魔物の立場としては理解るが、彼女の言っていることは当然の道理だ。だが、
「お前が呼びかければ、少なくともこちらが命令して働かせるよりはやる気は出るだろう」
「…………」
お姫様が考え込む。
実際お題目は何でもいいが、姫が生きていることを知らせるのも狙いだ。
魔軍に従い、きちんと働けば少なくとも生きることは出来る、と民に知らしめることが出来る。街を汚さず、大きな掠奪もなく、人を仕分けているのも活きてくる。
少なくとも魔軍は、話が通じるのだと。膝を折って従順になれば助かると一度思わせてしまえば、後はいちいち命令しなくても働くようにもなるし、待遇が悪くないことを知れば、中には魔軍のために働きたい、と願い出る者も出てくるだろう。
しかしそれも最初が肝心だ。恐怖を与え過ぎれば言うことは聞いても心が死んでしまう。逆に恐れが無ければ反乱が起こる。
国の権力者を抑え、代わりに命じさせるのも民の感情を思えば効率が良い。
もっとも、半数は魔物兵のガス抜きも兼ねて死んでしまうが、仕分けているだけ優しいほうだろう。老人と男の大半は死ぬだろうが、女は慰安婦に選ばれたとしても運が良ければ生き残るし、子供に関しては安全に隔離してある。他の軍がやる事を思えば優しすぎるほどであり、魔人として、魔軍参謀として無条件に配慮出来るのはここまでが限界だ。
これ以上を望むなら口実を、こちらに益が無ければならない。ゆえにこれは相手のための交渉でもある。それを分かっているかどうかはさておき、チャンスだけは平等に与えようと返答を待つ。
するとやがて、考えが纏まったのか姫の口がゆっくりと開かれ、
「……分かりました。わたくしが呼びかけます」
「ふむ、それはありがたいな」
だが、それだけではないんだろう? と内心、続く言葉を待つと予想通り、
「――ただし、条件があります」
「……条件、だと?」
「っ……そうです」
不機嫌さを押し出すように眉を顰めて軽く威圧してみせる。同じように魔物将軍らも不愉快そうな気を漂わせている。それもそうだろう。こちらとしては本来、条件など飲む必要はないのだ。
嫌と言うなら無理やり働かせるだけ。あくまでもその方が効率が良いというだけで、手段を選ばなければ出来ないことではないのだ。
悪辣な方法を使えば人間に言うことを聞かせる方法など
しかし自分は、そんな方法を取る気はない。少なくとも、
ゆえに聞いてやる。その条件は何だ、と。
「……今居る国民の命を、保障してください」
姫の告げた条件に目を細める。
……やはりか。しかし……悪いが、それは無理な相談だ。
「……それは無理だ。お前も知っているかも知れんが俺の軍では占領した街にいる人間は選別し、半数は殺す。そうしないと部下の鬱憤も溜まるからな」
人間もよくやっていることだろう? と言ってみせると、不謹慎だが面白いように表情が変化した。戦争を行ったことのある人間であればそれを知らないはずがない。人間同士ですら掠奪、暴行は行われる。
それを行うだけだ、とあくまで当然の権利を主張してみせる。
お姫様はそれを聞いて一度喉を鳴らしたが、やがて覚悟を決めたようにこちらを見据えると、
「……でしたら、レオンハルト様に差し上げたいものが御座います」
「……ほう?」
興味を示した、と相手が分かるように抑揚を僅かに上げると、ちゃんと察してくれたようでお姫様は続きを口にした。
「――――わたくしを、好きにして頂いて構いません」
覚悟を決めていても恥ずかしいのか、僅かに頬を赤らめながら言う。
しかしこちらとしては、やはりか、という思いだ。
……そんな扇情的なドレスは普通は着ないだろう。明らかに男を誘うような恰好だ。
太腿が見えるようにスリットを入れたり、胸元を大きく見せたりするドレスは、とても第一王女という身分高い女性の着るものではない。
お姫様は腕を胸の下組み、その大きな胸を腕で軽く持ち上げるように動かすと、
「レオンハルト様は大の女好きと聞きます。特に、
「……それで?」
今更だが世界規模で巨乳好きであることが知れ渡ってることにげんなりするというか、恥ずかしくて頭が痛くなる。こうなったらペールに頼んで巨乳好きだったのは過去の話で、今はどちらでもない、みたいな話を広めさせてみるか。などとそんな馬鹿だが大真面目にその評判を払拭する方法を考えていると、巨乳のお姫様はこちらを見詰めながらも条件を口にした。
「わたくしはレオンハルト様のものになります。ですから……民の命に配慮して頂けないでしょうか……?」
「……お前は第一王女だろう? 居なくなってもいいのか?」
王族を根絶やしにすることは基本的にしない。魔軍が立ち去った後にその土地を求めて要らぬ争いが起こるからだ。王族は争いの火種にもなり得るが、一人でも残っていれば正統後継者がいることもあって争いにはなり辛い。しかし、
「……はい。兄や妹がいますので。どこにいるかは教えることは出来ませんが」
その言葉に謁見の間がざわつく。魔物将軍達のものだ。
だがこちらとしてはさほど驚きはない。わざと捕まった辺り、全て計算してのことだろう。兄は第一王子であることから捕まるのは論外。妹は感情が許さない。
……もしくは貧乳だったとかか。……これが真面目な理由として通じる辺りどうしようもないな……。
しかしそういった趣味趣向が知られる魔人との交渉に挑もうとするなら、客観的には大正解であるといえるだろう。私的にも大正解だ。口実が作れる。仕事のことを考えるなら、王様か第一王子辺りを捕まえてしまったほうがよかったが……今更言っても詮無き話だ。
今は答えを出すしか無い。レオンハルトは言葉を作った。
「……いいだろう。6割を生かし、4割は殺す」
「……レオンハルト様。わたくし、必ず貴方様を満足させてみせます……」
少し距離を詰め跪いてみせるお姫様。その際に腕を締めており、玉座に座るこちらからは胸の谷間がよく見える。
……いつも思うが……ここで譲歩するとまんまと釣られてるみたいで嫌なんだよな……。
この方法を使うと巨乳好きだとか女好きという評判が高まる。しかし今更だ。そのくらいの不名誉なら甘んじて受けてやろうと、ぐっとそれを飲み込み、
「……6.5割。残りは殺す」
「レオンハルト様に忠誠を誓います。……お望みとあらば、今ここで……」
と、お姫様はドレスの肩紐をしゅるりとずらしながらこちらに近寄ってくる。
距離を詰め、やがてこちらの足元まで這い寄ると、そのまま足に手を這わせてくる。レオンハルトは片目を瞑り、
「……7割を生かしてやる。3割は諦めろ」
これでかなり譲歩した。調べさせたところ、首都の人口は約300万。
210万を生かすなら、残りは90万。単純計算で100万の魔物兵が好きにしていいとしても一体につき一人に足りない。男は殺すだけなのでさほど重要ではないが、半数の女に慰安婦をさせるなり、褒美として与えるとしてもギリギリに近い。
そして何より、210万の人間を生かすのは単純に手間だ。生活の手は自分達でやらせるとしても管理に兵を割く必要がある。もっとも非戦闘員の民間人であれば一個軍でも街を管理するには充分だが、逃げる者も出てくるだろう。それを止めることは難しい。
魔軍の為になり、それでいて人間にも配慮するのはこの数が適当であるだろう。
……これで満足するんだな。
これでもこのお姫様の意気に免じてかなり譲歩したのだ。色仕掛け、というだけならさほどでもないが、魔人の圧力を感じながらここまで距離を詰めるのは言うほど簡単なことではない。
今彼女は、次の瞬間に殺されるやもしれないという空間で必死にそれを行っているのだ。普通の精神力では難しいだろう。
だがこれ以上は駄目だ、とレオンハルトは抑えていた圧力を少し解放する。話しやすいように抑えていたがこれ以上は必要ないことだ。
しかし、
「っ……何でも、いたしますわ……」
「…………」
お姫様が更に詰めてきたことで表には出さないが驚愕する。
……これに耐えるのか……。
玉座に座るこちらに侍るように身体を押し付けてくる。当然、その豊かに実った胸が押し付けられ、柔らかく心地良い感触を伝えてくる。かなり大きく、三桁はあるか、などと冷静に判断してみたが、レオンハルトの頭は今別の事柄でいっぱいだった。
……震えながら、よくやるものだな。
この手の色仕掛けであったり、女を差し出すものは今までに大勢いたが、初対面でこれだけ圧力を掛けているというのに自らここまでやって来たものは皆無だ。
お姫様は胸を擦りつけながらもゆっくりとこちらの太腿を撫でて官能を呷ってくる。玉座に我が物顔で座るこちらに思うこともあるだろうに。
親衛隊や警備の魔物兵ら、使徒達も何も言わない。慣れている、というのもあるがこちらが何も言わないからだ。
レオンハルトはやがて大きく溜息を吐くと、姫の手がこちらの股座に触れる前に、
「――7.5割だ。お前が俺の物になるというならこの街の人間の7.5割を生かす。その条件で手を打ってやろう」
姫の手が止まった。こちらを見上げ、
「7.5割……ですか……」
「ああ。それ以上は、
「…………はい。このエクレア。必ずやレオンハルト様のお役に立ってみせます」
こちらが下がるよう指示を出し、後宮につれていくように魔物兵にも指示を出すと、お姫様はゆっくりと後ろに下り、失礼します、と一声掛けてから再び魔物兵に連れられていった。
完全に居なくなったのを確認するとレオンハルトは圧力を弱めて、息一つで気持ちを切り替える。
……人間というのは、たまにああいうのが出てくるから面白い。
僅かに愉しさを感じる。魔人として長年人間を見ていると人間の弱さ、脆さが目に入り、どこか達観したものを自覚するが、数十年や数百年に何人か見所のある人間も現れる。
そういった意気の強さを見せたのが城にいるメイドの多くであり、誰もが何か光るところを見せているが、今の女も中々に良い女だった。文字通り、国の為に身命を捧げる。言うは易しだが、行うは難しい。それが出来る権力者など1割もいないことは経験上分かっている。
そう思っていると、横からペールが話しかけてくる。
「……良かったんですか? あそこまで譲歩してしまって」
「構わん。この街での犠牲を減らすなら、他の場所を襲うなりしてしまえばいい」
「あぁー……なるほど、納得しました」
そう。別にこの街にいる国の人間を襲わないなら、また別の国の人間を襲えばいい。
しかも今回は魔軍としても過去に例を見ない大戦争であり、掠奪には事欠かないのだ。
それに、とレオンハルトは口端を歪めて笑みを見せる。
「今の女は――エクレアだったか。あいつも面白い女ではあるが……今回は、
先程の女、メイド候補のエクレアは確かに見所があったが、今回は千年に一度の逸材や、それに届かないまでも何人もの英傑が集まっている。
やはり時代なのだろう。たまに大勢の英傑が集まるのは、何か大きな事が起こる前触れか、戦乱の世ならではのことだ。
人類が統一され、魔軍との全面戦争となるのは必然であったのだ、と確信する。
「……しかし、レオンハルト様。西に布陣するザビエル様の軍勢の動きもあります。今後の活動を考えると、慎重に動いたほうが良いのではないでしょうか?」
そう言ったのは、先程から黙って控えていた魔物大将軍リー。彼はザビエル軍の動きを警戒しているのだろうが、それも仕方のないことだ。
「確かに功を焦っているのか、突出した行動が目立つな……キャロル。相手は何か言っていたか?」
と、聞いたのはキャロルが向こうとの連絡や相談役を、リーとともに請け負っているからだ。先んじて、おそらくザビエルの使徒と、大将軍のコウウと軍議を行っているはずで、
「煉獄さんやコウウさんとお話しましたが、我々は勝手にやらせてもらう――みたいなことしか言ってませんでしたわ」
「そうか。……ザビエルめ、よっぽど俺のことが嫌いらしいな。あれだけやったのにまだ懲りていないらしい」
「ですねぇ。身の程知らずってなもんですよう」
そう言って笑えたのはペールのみで、魔物将軍達は曖昧に苦笑するだけだ。この反応が、ザビエルの嫌われっぷりと、如何に恐れられていることが分かる好例だろう。
だが内心では明確に苛立っているのか、その後に出てくる案はザビエルを蔑ろにしたもので、
「向こうが勝手に動くというなら、こちらも無視しては?」
「ですな。向こうは数こそこちらよりかき集めてきたようですが、練度を考えるとお話にならないレベルですし」
「いっそ向こうを矢面に立たせて漁夫の利でも掻っ攫いますか。犠牲は少ないことに越したことはありません」
「文句を言われても怖くはありませんしな。仮に戦っても負けるはずもありません」
「こら、滅多なことを言うものではないぞ!」
戦っても、という言葉にリーが注意を挟む。すみません、と謝る魔物将軍に、レオンハルトはしかし笑みを見せ、
「まあ実際、奴らなどどうとでもなるが……少なくとも最初は奴らと轡を並べることになるだろうな」
「と言うと、まさか……」
リーの言葉に、ああ、と頷く。
「朝方に届いたばかりの情報だ。――藤原家とその傘下にある大陸の諸侯が続々と南に兵を集めている」
謁見の間に緊張が走る。しかし同時に期待するような戦意にも満ち、
「大方、全力で戦える内に一当てどころか、戦力を削るつもりだろう。長く戦えば不利なのは向こうだからな」
それに交通の要衝を完全に押さえているのもある。各個撃破されれば向こうは手立てがなくなるのだ。大陸南部と東側が分断されては向こうの不利であり、シナ海を船で渡ることも出来るが、急にこちらから開戦したのもあって大軍を運ぶための船の建造はまだ完全ではないだろう。
逆に向こうは、軍が別れているなら各個撃破や挟み撃ちを狙いたいだろうが――そんなに甘くないことも分かっているはず。
「……何にせよ、キナニ平野で一戦だな。それも両軍全力のぶつかり合いだ」
その言葉に幾人かの魔物将軍らが唾を飲み込む仕草を見せる。戦いに生きる魔物、魔物将軍らとはいえ、ここまで大規模な戦争は経験がない。多少の余力は残すだろうし、敗戦となった時のために逃げることも視野に入れるため、ここで殲滅とはいかないだろうが、それでも大きな戦いであることに間違いはない。相手が人間とはいえ緊張するのは無理からぬことだろう。いざ始まれば緊張も消えてくるだろうが、今は仕方ない。
それに先程の取引のおかげでかなりの数の人間を働かせることが見込める。輸送が必要な補給以外の後方支援をある程度減らせ、前線に出せる兵も増えるだろう。準備は今の所、順調だ。
レオンハルトは居並ぶ配下。使徒、大将軍、将軍、隊長らに通る声で告げる。
「初戦にして決戦の地はキナニ平野だ。――焦ることはない。ゆっくりと準備を進めろ」
配下達の一糸乱れぬ応答の言葉にレオンハルトは満足すると、これから始まる戦いとその結果に思いを馳せ、笑みを深めた。
魔軍の中ではかなり特殊なレオンハルトのパーフェクト魔軍運営教室。戦争編は長くなることを今の内に告知しておきます()
次回はザビエル軍の魔軍運営教室と、入れれたら藤原家の作戦フェイズ。