――魔王城
魔王スラルが建てた巨大な城であり魔軍の拠点。
故にこの城には魔王や魔人だけでなく多数の魔物兵が詰めていた。
この城に出入りする魔物は魔軍の幹部である魔物将軍や一部の魔物隊長を除けば警備を務める魔物兵。
魔王の居城を守る魔物兵のエリートであり人気の職場――という訳ではない。
魔王や魔人は皆個性的な人物ばかりで、突然の無茶振りや機嫌を損ねた日には命を取られかれない。
しかし、それでも警備隊に入りたがる魔物兵は大勢いた。
その殆どが魔人に近づく事で自分も美味い汁を吸えるという下心がある訳だが、それだけではない。もっと大切な――生きるために必要な切実な理由があった。
それは――食、である。
「なぁ、今日お前何食べる?」
「俺はとりあえずうっぴーの気分だな。お前は?」
「俺はカワズガケかな。ぬるぬるしたのが好きでなぁ……」
城務めの魔物兵は同じく休憩に入った魔物兵と料理談義に花を咲かせながら食堂へと向かっていた。
食堂。魔王スラルが部下の魔物もちゃんとご飯が食べられるようにと作らせた場所である。
魔物達が魔王城の食事を楽しみにしている理由は簡単で、魔物社会は人間社会ほど食文化が発達していないからだ。
だがそれは必然でもある。料理をするような魔物が殆ど存在しないからだ。
中には特定の料理だけを作る魔物もいるのだがそれ以外の料理は基本食べる機会がない。
人間の集落を襲ったついでに作らせて食べるくらいだ。中にはわざわざそれを楽しみにしている魔物もいる。
食べるものは基本的に収穫出来る食べ物などをそのまま食べるか、精々焼くくらいである。
故に城詰めの魔物兵にとって食事の時間は一日で最も楽しみな時間であった。
――そして、そんな貴重な憩いの場が現在、奪われようとしていた。
「…………」
「んぐ……がりごり……お、このうろろーんいけるな、独特で悪くない。こっちのネギネギポーンも食感がたまんねぇ。香ばしい匂いが食欲を誘うな」
食堂の中央。
そこには二人の魔人が向かい合うように腰を落ち着けていた。
「ガルティア様、どんだけ食べるつもりなんだ……?」
「十人前なんてとっくに超えてるよな……あれ」
「というかレオンハルト様にあんだけ睨まれてよく普通に食べれるな……」
食事を取っていたのは、ついこの間に魔人になったムシ使いの男――魔人ガルティア。
そして食事を取るガルティアを眉間に皺を寄せながらその赤い双眸で睨む――魔人レオンハルト。
二人の魔人が食堂の中央に居座ってから、魔物達は食堂の端っこで肩身の狭い思いをしながら食事を取っていた。
自分達の上司、魔物社会の支配者達が食事を取っているのだ。休まるわけないだろう。
魔物兵達は味もわからないまま早急に食事を口に詰め込むと逃げるように食堂から出ていく。
「魔物も結構いい物食ってんだな。おっとここの卵やきは甘口か、いいねえ」
「……ガルティア」
「いくらうにも美味え。舌の上で旨味が踊ってやがる――と、おお悪い。何の話だったか?」
「――テメェ、どれだけ食うつもりだ――!?」
レオンハルトの大声が食堂に響いて反響した。それを視線を向けずに聞いた魔物兵が内心で大いに頷く。
それはガルティアが魔人になってから誰もが皆思っていた事であった。
「毎日毎日馬鹿みたいに食い散らかしやがって……!」
「おいおい残さず全部食べてるだろうが」
「そういう意味じゃねぇッ!! ったく……」
「あー……でもしょうがねえだろ。魔人になってこんな身体になっちまったし。それに、こいつらを飢えさせる訳にはいかないからな」
「……そうだが限度ってもんが……」
レオンハルトはガルティアのお腹に視線を移す。そしてそこにぽっかりと空いている大きな穴と、その穴から顔を出し首を傾げる異形の少女を見る。
「――?」
「…………チッ」
何で見詰められているのかわからないのか、首を傾げる彼女。レオンハルトはそれを見ると、舌打ちをして黙り込んだ。
――まさか、ガルティア達の食事量がこれ程とはな……。
――それは十日前の事。
ガルティアを魔人化させたスラルは直ぐに魔軍へ撤退命令を出した。
魔物将軍達は困惑していたが、魔王に言われては否応もない。魔物兵達は略奪出来ない事を残念がっていたが帰投の準備を始めた。魔王に逆らえる訳がないのだからその点はいい。
問題はガルティアが魔人になった時の変化である。
ガルティアは見た目こそ大きく変わる事はなかった――ある二つの点を除いて。
魔人になった彼のお腹にはぽっかりと大きな穴が空いていたのだ。
中身も何も見えず、そこに見えるのは真っ黒な空洞だけ。
しかし特に行動に支障が無さそうだったのでガルティアは気にしていない様だった。
そんな時、自分とスラルが釈然としない表情を浮かべていると中から三体の異形が出てきた。人間の身体に他の生物の特徴がある異形。
そしてそんな存在がガルティアに抱きついたのだ。三体とも。捕食でもしようとしているのかと思ったがどうやら違うらしく、身体を擦り寄せて、どこか喜んでいるようだった。
ガルティアはそれを見て、何かに気づいたように驚いた表情を見せると、直ぐに同じ様に喜んだ。三体の異形を見て驚く自分達にガルティアは紹介した、「俺のムシ達だ」と。
まさかこれが? と自分は首を傾げたがスラルはなにかに気づいたように顔を強張らせてこう言った。
――使徒化してる。
使徒。
それは魔王にとっての魔人のような存在だ。
魔人は自分の血を他の生物に分け与えて、血の契約を交わすことによりその生物を使徒――自身専用の下僕にすることが出来る。
そして使徒になった生物は魔人化と同じ様に不老になり能力が強化される。外見の変化は使徒化の副作用のようなものであるらしい。他にも魔人が使徒を作ると魔人の血が薄くなる為、力がほんの少し弱まってしまう等、様々なメリットとデメリットが存在するが、重要な部分はそこではない。
問題は何故、ガルティアの躰の中にいたムシ達はガルティアと血の契約を行っていないのにもかかわらず、使徒になったのか。
これにはおそらくムシ使いとしての特性が影響したのでは、とスラルは語った。
ムシには本来、魂が存在しない。自我を持たない為に何かを考える事も感じたりする事もない本能で生きる生物なのだ。
しかし、ムシ使いのムシは人間や魔物と同じ様に自ら考え、言葉を発する事が出来る。意思があるのだ。
これはムシ使いとムシの魂が融合することによって宿主の魂の影響を受けたムシに魂――人格が発生するというのだ。
そこから考えると、ガルティアの魔人化はその躰の中にいるムシに影響を与えたのではないか、そして沢山いた筈のムシが全て使徒になったのではなく、三体になったのはガルティアの力、魔人の血のキャパシティを大きく超えること。そしてムシ達が自ら望んだ末に――ガルティアのムシは使徒になり、同時に三体の存在に生まれ変わったのではないか――これがスラルの出した仮説だ。
しかし、そんな事を聞いてもガルティアは「ほーぅお」と関心したような声を出しただけで使徒化の原理やどうしてこうなったのかについてはあまり興味が湧かない様子である。
ガルティアはよくわからないがこれからもムシ達と一緒なら良かったと笑った。重要なのはそこだけだと。
生まれ変わったのなら名前を付けなくちゃな、とガルティアは三体の使徒をじっと見つめると順番に名前を付けはじめた。
長い黒髪を持った少女の上半身に下半身は蜘蛛の姿の使徒――ラウネア。
褐色の肌に白い髪、発達した白い猿の手と足を持った使徒――タルゴ。
淡いピンクの髪にとりのような翼と足の容姿が特徴の使徒――サメザン。
やけにあっさりと名前が決まった事について聞いてみたが、ガルティアは特に考えずに思い浮かんだ名前を付けたらしい。
――別に何だって良いだろ? 悪い名前じゃなければな。
ガルティアはそう言って使徒達の頭を撫で回した。使徒たちも嬉しそうだった。
その飾らないガルティアの性格とムシとの絆に思わず自分もスラルも笑ってしまった。これは敵わねぇな、と。
そうして自分達、魔軍は魔王城に帰っていった。新しい同胞と共に――――
……と、そんないい話では終わらなかった。
話がまとまり、帰りの準備を終えた出立前、ガルティアはこう言った。
――腹が減った。
……それからが地獄の始まりだった。
ムシ使いがよく食べるのは重々承知だった。それにガルティアは色々あって魔人化したばかり。疲労もあるだろう。
幸いにもこの地に持ってきた物資の中には食料が沢山ある。この地の魔軍が備蓄していた食料も。戦いも一日で終わったのだし持って帰るのも手間だ。少しくらいなら大丈夫だろう。
……そう思っていた俺が馬鹿だったのだ。
ガルティアは食べた。食べ続けた。魔王城へ帰投中。何日も。ひたすらに。自分達が持ってきた食料を。
そしてガルティアは全て食べ尽くしてしまったのだ。その時、魔軍参謀でありこの行軍の責任者である自分は頭を抱えた。ありえない、魔物六万体分の食料だぞ……!
魔人となったガルティアの食事量を舐めていた。本人は普段よりいっぱい食べられるようになったと喜んでいたが冗談じゃなかった。これだけお腹が空いてたのも魔人化したばかりの今だけで、多分後は落ち着くだろ、とか何とか言ってたがそれはいい。いや、よくないが。それでも問題は今なのだ。
魔王城に着くまで予定では後一日ある。それまでの食料をどうするか。緊急会議を行い、集めた魔物将軍達と一緒に自分は頭を抱えた。
そして結局、約六万の軍勢を総動員して周辺で食料を集めることになった。題して「自分が食べる分は自分の手で得る」作戦である。魔王直属の軍勢がこんな馬鹿みたいな事をしてると人間に知られたら大笑いされるだろう。いや、下手したら同じ魔軍の同胞からも何をやってるんだと呆れられるかもしれない。
結局六万体分の食料を集めるのは不可能で、自分達はそこそこ飢えた状態で魔王城に帰還した。
一日だけで良かった。これが二日以上なら本当に地獄であっただろう。魔人である自分や魔王であるスラルは食べなくても死ぬ事はないがそれでも精神的にくる物がある。というかガルティアも我慢しろ。
そんなこんなでやっと魔王城でゆっくりと出来る。そう思っていた。
――事態はまだ終わっていなかった。
一つは魔王城ですらガルティアはその食事量で少しずつ備蓄を減らしているということ。近い内に食料の安定供給先を一つくらい確保しなければならない。一応、今のガルティアの食事量ならまだしばらくは賄いきれるので少しは時間がある。
実際、少しだけ食事量も落ち着いていた。それでも百人前以上は軽く食べるのだから恐ろしい事には違いないが。
二つ目は、単純に苦情が自分の所までやってくるのだ。魔王城ではコックを拐ってきた人間の料理人にやらせている。良くない事には違いないが、料理人には身の安全の保証とそれなりの待遇を与えているので最初は怯えていたが今では割と満足しているらしい。そんな料理人から遠回りに苦情が来た。
料理人からそれを管理、担当している魔物隊長に、更にその上司である魔物将軍に、そして魔軍参謀である自分のところに。何でもガルティアが来てから休む暇が無い、とのことだ。
ガルティアは殆ど一日中料理を食べ続けるのでそれだけの時間コック達は働かなくてはならない。そのため、眠る時間以外はずっと働いているのだという。
ここで、「ふん、人間の言うことなど知ったことか。お前らは奴隷なんだから死ぬまで働け」と言うことは簡単だが、それで困るのは自分達だ。
コックに倒れられれば料理を作る人材がいなくなる。料理が食べれなくなるのは困るし、新しく人間を拐ってくるのも手間なのだ。そのため、この事を魔物将軍はとても言い辛そうに自分に報告してきた。
これは早急に解決しなくてはならない。故に新しく人間のコックを拐って来いと魔物将軍に命令したのはいいが、それだけじゃそろそろ腹の内が収まらない。
そして一言だけでも言ってやろうとガルティアに会いに来た。
……だが。
「おいおい、また難しい事考えてるみたいだな。たまにはメシでも食いながらゆっくりしたらどうだ? ほら、こっちのこかとりすの姿揚げ、美味いぞ?」
「…………はぁ、よこせ」
「ほいよ」
俺はガルティアから渡された料理を口に運ぶ。
噛みしめると香ばしい香りが広がり、ジューシーな肉汁が口の中で溢れる。
「……こかとりすはやっぱ美味えな。それにこれ、事前に肉をタレを漬け込んでるな。下味がしっかりしてる」
「おっ、わかるか。コックはいい仕事してるよな」
「確かにな。人間の頃に食ってたものより美味え。幾らでも食べられそうだ」
「なら、今度食べ比べでもしてみるか?」
「……出来るか馬鹿が」
「ははっ、残念だ」
素っ気なく断られてもガルティアは特に気にした様子もない。再び近くにあった皿を持ち上げ食事を再開した。
……まぁ、いいか。
たまにはここでゆっくりとするのも悪くない。仕事の事ばっかり考えるのもなんだし。
自分も何か頼もう、と思ったその時だ。
食堂に入ってきた一体の魔物兵が近づいてくる。
俺のところに真っ直ぐ向かってきた魔物兵は緊張した様子で話しかけてきた。
「れ、レオンハルト様――と、ガルティア様、お食事中すみません」
「俺の事は気にしなくていいぜー」
「どうした?」
ガルティアが食べながらそう口にし、相変わらず器用だな、と考えながら魔物兵の言葉を待つ。
「その、ですね……カミーラ様がお部屋でお待ちです」
「……は? 何だそりゃ」
待ってる、と言われてもそんな予定はない。それを聞いたガルティアが茶化す。
「ひゅー、やるな。美人と部屋で逢引か」
「もしそうならこんな所で男と駄弁ってねぇんだよ。第一、あのカミーラが男と逢引するのなんて想像出来るか?」
「……つまんねぇな」
「うるせぇ、黙ってろ」
余談だが、ガルティアは既にカミーラと会っている。というか俺の時と同じ様に挨拶は済ませた。
カミーラは相変わらずというか、気さくで接しやすいガルティアに対しても素っ気ない対応だった。
それにしても約束ねぇ……って、ん……約束……?
「――あ」
その時、俺の脳みそに電流が走る。
――貸しだ。
約束あるじゃねぇか!
俺は直ぐ様立ち上がるとガルティアと魔物兵に声を掛ける。
「ちょっと行ってくる――お前も連絡ご苦労だった」
「おお、良い報告待ってるぜ」
「は、ははっ!」
俺はガルティアと魔物兵の返答を聞いて食堂の出口に向かう。
……さて、何をやらされるか。
そして食堂から出ると、急いでカミーラの部屋に向かって足早に歩を進めた。
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