草野球チームに入って一緒に野球したい……したくない?
キナニ平野、南方。
草原が広がる大地。なだらかな丘陵の上にあるのはとある都市であり、現在は藤原家の本陣として使われている砦でもある。
その都市に向かって、大陸各所から続々と藤原家傘下の諸侯が兵を連れて参陣する。人類を統一した藤原家の軍勢は人類史上例を見ないほどに膨れ上がっていた。
――その数、実に二百万。
その中で一際多くの数を占めているのはJAPAN本国から呼び寄せた藤原家の軍勢であり、甲冑や具足、兜を身に着け、刀や槍を装備した武士達。異形の姿をした妖怪の軍勢の姿もある。
これほどの大軍勢を集めて戦争の準備をするには、途轍もない労力と時間が掛かる。
だがその準備は迅速かつ正確に整えられた。参謀である月餅や、菅原ミッチー。大勢の優秀で頭が回る者達のおかげである。
藤原石丸には藤原四天王も含めた五十七名の信頼のおける部下と、十三名の美しい妻。そして四十名もの優秀な子供達がいる。誰も彼もが武士の魂を持ち、石丸の薫陶を受けた益荒男、女傑であり、石丸の大陸進出にも大きく貢献した精兵達だ。
外様の諸侯達も主君である石丸のため、皆心を一つにして勝つための事を為している。
主だった者達は都市で一番大きい屋敷、都市長の館――ではなく、都市の外で布陣している兵達の近くに設けられた陣幕の中で評定を行っているところであった。
これは石丸が、いつ敵が攻めてくるか解らないし、どうせ野戦することになるのだからこの方が落ち着くだろう――という考えがあるのか気分なのかよく分からない理由で外になった。
しかしその言葉に一理があるのも事実なので外での軍議と相成ったのだ。
そんな中、参謀の月餅は内心で酷く狼狽していた。
……最悪だ……どうする、どうすればいい! どうすればこの状況を打破出来る……!?
それは魔軍が突如として攻めてきてからずっと頭にあるものだった。
月餅の目的は順調に進んでおり、後一歩のところまで迫っていた。
藤原石丸を唆して大陸に進出し、石丸とその配下の強さ、己の献策によって連戦連勝。やがて五年という短い歳月の中で人類を統一することに成功した。
ある程度国の体裁を整えてしまえば、後は天志教を人類全てに広めてしまうのみであり、その目前まで達していたのだ。
だがそうはならず、魔軍が攻めてきたことによって藤原家は対応を迫られることになる。
藤原家参謀という立場にある自分も忙しく、またそうでなくとも今の段階で布教をしても効果は薄いというか、どこの国もそんな場合じゃないと突っ撥ねられるだろう。
そのため魔軍をさっさとどうにかしなければならないのだが――これが難問過ぎる。
魔人ザビエルに――魔人レオンハルト。
魔人四天王と、魔人筆頭という強大な魔人二体という最悪の組み合わせであり、人類には荷が重すぎる相手なのだ。そもそも無敵結界を抜けない人類ではどんな魔人が相手であったとしても勝ち目がない。
……かといって儂が戦っても……勝つのは難しい。
悪魔であれば無敵結界は抜ける。ゆえに月餅であればダメージを通すことが出来る上、並の魔人相手であれば相手が出来るという自負もある。悪魔界の君主の顔を持つ高位悪魔は伊達ではないのだ。
しかし、今回は相手が悪すぎる。
魔人四天王は強大な力を持つ魔人達の中でも指折りの強さを持つ魔人達であり、魔人筆頭に至っては最強の魔人である。さすがの月餅もその両者を相手にして勝ち切る自信はない。
ともすれば魔人四天王一体であれば仕留めることが出来るかもしれない。しかし、その後に残った魔人筆頭を相手にすれば殺されてしまうだろう。
この際目立ちすぎてしまうのはしょうがない。悪魔としての力を使って大いに戦う覚悟はある。
だがそれを足したとしても魔軍に勝てるかといえば――勝てない。
どう足掻いても負ける。人間にしては精強でまとまった軍隊だが、魔物の軍勢には劣るのだ。
居並ぶ諸侯の中にもそれが理解っている者がいるのか、明らかに覇気がない者達がいる。よく見れば魔物界と領地を接しているか、それに近しい領地を持った諸侯であり、魔軍と戦をした経験がある者達だろう。であれば仕方ない。彼らは魔軍の恐怖を正しく経験から理解しているのだ。恐れるのも当然であり、それを責めることは出来ない。
しかし上座に唯一座る男だけはいつもと変わらず自然体で佇んでいた。藤原石丸である。
そんな石丸に、菅原ミッチーが声を掛けた。こちらもいつもどおり飄々としているが、頭を悩ませているのだろう。渋い声で言う。
「うーむ、どうやら向こうの数は230万ってところでありますか。西の都市に130万。東の都市に100万。率いる将は西が魔人ザビエルに大将軍コウウ。東が魔人レオンハルトに大将軍リー。……どちらも有名人でありますなぁ。さて、石丸殿と他の皆々様も、何か聞きたいことはありますかな?」
「ふむ……ザビエルとはどんな奴だ?」
石丸が顎を撫でさすりながら言う。ミッチーがそれを受け、石丸を半目で見ると、
「……さすが石丸殿。ご存知ありませんでしたか。……まあ簡単に言ってしまうと炎を扱う魔人ですな。後は一応剣も使えるようでありますが――って、石丸殿? ちゃんと聞いておりますか?」
「ふわぁー……あ、聞いておる聞いておる。続けてよいぞ」
「欠伸をしながら言われても説得力ゼロでありますなぁ…………一応、魔人レオンハルトの情報もありますが……」
「ああ、
即答する石丸にミッチーや居並ぶ面々が呆れる。参陣している石丸の子供らや妻達もそれぞれ微妙な表情でそれを見ている。その空気を感じ取りながらも、ミッチーは気を取り直すように咳払いを一つ。
「よくはないのでありますがなぁ……でもまあ有名人でありますし、どちらも情報は頭に入っているでありましょう。魔人については大陸の方々の方がお詳しいのでは?」
と、大陸の諸侯達と目を合わせるように問うと、何名かが低い声で答えた。
「……魔人ザビエルは、とんでもない化け物です。極悪非道な魔人で、奴の炎によって死んだ人間は何百万と居ります……」
「……魔人レオンハルトは古くから知られる決闘魔人ですな。剣術の達人で……ご存知ないかもしれませんが、剣王伝のモデルとなった人物とも噂されています」
「あ、いえ、JAPANにもその書物は御座いますぞ。確か石丸様もお好きでありましたな」
「……うむ。まあな」
JAPANから来た大名の一人が石丸に尋ねるように言う。しかし石丸は素っ気なく頷いただけであった。
それを知る者達が一様に微妙な表情を浮かべる中、一番事情に詳しいであろう春姫が声を上げた。
「あ、あのミッチーさん。占領された街の様子は……?」
「……っと、そうですな。確か――」
何か思案に耽っていたのだろう、ミッチーが少し遅れて春姫の問いに反応する。少し間を置いて、
「……東側、魔人レオンハルトの支配下ではかなり規律立った統治をしているようですな。人間を働かせてはいるようですが、無闇な虐殺もなく街も綺麗に保たれているようです。後、まだ真偽不明の情報ではありますが、王族を従属させて民に働くように指示を出させているらしいとも」
「……では、西側は?」
「その半面、西側は掠奪、暴行、虐殺……まあ非道な行いのオンパレードですな。聞きしに勝る暴虐振り。噂に聞く魔軍らしいといえばらしいのですがな」
「……そうなんですね……」
王族も皆殺しにされたようですし、とミッチーが補足する。春姫が少し顔を俯かせた。魔軍に占領された都市の人間を想っているのだろう。
しかしその空気をぶち壊すように声を上げたのは大柄で褐色肌の爺――坂上田村麻呂であった。
「それで全軍で攻め入るのだろう!! で、いつ頃決行するのだ!?」
「……早ければ明日の明朝にでも。今日中に準備が終われば、になりますが」
「ふんっ! であれば明日は朕が華々しく活躍する日となるな。そのザビエルとかいう阿呆を血祭りに上げるのみじゃわい!」
「坂上様……ありがとうございます」
気を使ってくれたことを察したのか春姫がお礼を言う。続いて近くにいた大柄の妖怪。妖怪王である黒部も威勢よく口を開き、
「はっ! 魔物なんざこの俺が噛み殺してやらぁ! 妖怪が魔物より上だってとこ見せてやるよ!」
「おおっ、黒部つよそー!」
「うおっ!? 急に乗っかってくんじゃねえ!! 危ねえだろうが!」
飛びかかってきたもも姫を捕まえて地面に下ろす黒部。JAPANの侍、大名達はそれを皮切りに威勢の良い言葉を上げて、士気を高めていったが、それを見聞きしていた大陸の諸侯が立ち上がりつつ異を唱える。
「し、しかし魔軍230万を倒すのは難しいかと!」
「そうですな……やるなら魔物隊長や魔物将軍を狙って兵を離散させるのが良いですが……」
「だがそれは唯でさえ強力な魔物兵に囲まれている奴らだけを狙って倒さなきゃならんだろう!? しかも魔物隊長や魔物将軍は個の強さでも我が国の精兵や将軍でも太刀打ち出来ないほどで――」
「――おう、帰ったぞ!」
と、大陸諸侯の有力者達が声が飛び交う陣内に、不意に女の声が響き渡った。
陣幕を潜って顔を見せたのは軽装の女武者――源頼光だ。
彼女は両肩に大量の何かをぶら下げた二本の槍を担いで満面の笑みで陣内に足を踏み入れるが――その姿に大陸の諸侯らがぎょっと目を見開いた後に顔を引き攣らせ、彼女をよく知るJAPANの武士達も苦笑いを浮かべている。
「……ん? 何じゃ貴様ら。人を化生を見るような目で見おって。ぶっ殺すぞ?」
「――っ」
その理由は――彼女の全身が
怪我でもしているのかと何人かが誤認して声を掛けようとしたが、よく見ると服に切れ込みがあるのみで見えている肩や足など、肌には傷一つ付いていない。
「……また派手にやったなぁ……」
「あ? なんじゃ黒部。わしの恰好に何かおかしいところでもあるか?」
「いや、いつも通りだけどよぉ……」
黒部が言葉を濁らせる。同じ様にJAPANの武士達も何も言わない。
何故なら、頼光の白い和装が敵の返り血で真っ赤に染まるのは見慣れた光景であるからだ。束ねられた黒い髪や、肌や得物まで赤い染みが出来ているのもいつもの事。
しかしそれを見慣れていない大陸の諸侯はその姿に唖然とする。
「っ……おい貴様! そのような恰好で会議に顔を出すとは何事だ!?」
「あっ、馬鹿……」
その中で気位の高い貴族風の男が血の匂いを漂わせて入ってきた頼光に食って掛かる。黒部が止める間もなく立ち上がり頼光に近づいた男に頼光は反応した。
「あぁん? なんじゃ貴様。シナ海に沈めるぞ」
「沈め――くっ、今は大事な軍議中だ! 分かってるのか貴様!」
「……はぁ? だからこうして忙しい中顔を出しとるんじゃろうが」
「っ、今は魔軍の対抗策を話し合っているところだ! 魔物将軍や魔物隊長をどう仕留めるか――」
「――隊長に将軍とは
「…………は?」
言い争っていた男が頼光の言葉を受けて動きを止める。
頼光が指し示す先は両肩に担いだ二本の槍。その柄にぶら下げられている物を見せつけるように、頼光は片方の槍を前に構えた。
そこにあったのは――複数の魔物隊長の首と、魔物将軍の首であった。
「――ヒィッ!?」
「何じゃ、首如きで驚きおって。……ああ、不格好なのを驚いておるのか? しかし魔物隊長はともかく、将軍は首が短くてどう切ればいいか迷ったぞ。大陸ではどうやって首実検するのか後で教え賜りたいところじゃな」
「あ、あ……!」
「……と思ったが単に怯えておるだけか。殺す気も失せるわ腰抜けめ」
文字通り腰を抜かして後退る貴族の男を心底つまらなそうな表情で見下ろす。居並ぶ面々はそれを眺めていたがミッチーが横から感心したように口笛を吹くと、
「おお、頼光殿。また随分と首を取ってきましたなぁ。どれくらい刈ってきたので?」
「え? あ~……ひのふのみの――――ああ、めんどいわからん忘れた。まあ20は越えておる。箱に詰めておいたから後で勝手に調べればよい」
「それはお手柄でありますなぁ。――して、魔軍は如何でありましたか?」
そこまで飄々とした笑みを浮かべていたミッチーだったが、そこで表情を真剣なものに変えると、頼光も幾分か真面目な顔で答えた。
「……まあ最初は手こずったが慣れれば何とかなったの。中々に骨のある奴らだと思ったが……彼奴ら、頭が討ち取られたと知った瞬間散り散りになって逃げていきおったわ。アレなら鬼の方が手強いわい」
「で、ありますか。戦えなくもないようですなぁ」
「あ? 当たり前じゃろうが――ってそういえば先程戯けた声が聞こえたな。勝てないだの泣き言を喚く腑抜け共が」
その言葉に何名かが目を逸らしてバツが悪そうな表情を浮かべる。頼光が睨んだためだ。
顔を俯かせる諸侯達に向かって頼光は目を向けて言った。
「いいか貴様ら! 次に泣き言を言ったらわしがぶっ殺してやる。負ける気で戦をするような玉無しは今殺そうが後で殺そうが一緒じゃからな!」
「は、ははははいっ……!」
「……肝に銘じておきます」
ふん、と鼻を鳴らしその返事に不機嫌になりながらも口を閉じて、ドカッと地面に胡座をかいて座る頼光。それを見て、月餅は思う。
……頼光とその手勢は現地の軍とともに先んじて魔軍と戦わせた。
奇襲から幾つもの都市を落として勢いに乗っていた魔軍をこのキナニ平野で一時止めることが出来たのも頼光のおかげである。
しかもこのタイミングで魔軍の将の首を取ってきたことで、にわかに諸侯らの目に光が宿った。
それを見て笑みを浮かべたミッチーを見て、月餅は内心思う。
……勝つつもりか。
月餅には勝つのではなく負けを遅らせるための策を考えて実行する気であったが、どうやらミッチーは勝ちに行く策を取るつもりらしい。何と無謀な。魔人の強さ、魔軍の恐ろしさを知らないのか、と思う。
だが大陸を旅していたミッチーはそのことはよく知っているはずである。ならば知った上で勝利を得ようとしているのか。ならばもっと理解不能だと月餅は訝しむ。
確かに石丸を始め、人類としては最強クラスの者達がここには集まっている。ある程度までなら戦うことも可能だろう。
しかし魔人が戦場に出てくれば長くは保たない。出てこずとも無尽蔵ともいえる魔軍の兵力に押しつぶされる。勝つためには魔人を倒さなければならないが、そのための手段は――少なくともこの場にいる人間達では皆無。
……ミッチーよ。何をする気だ?
黙って趨勢を見守っていると、ミッチーが再び上座に顔を向けた。
「……しかしまあ……頭を取らねばならないのは確かですなぁ。――というわけで石丸殿」
「――なんだ?」
問い返しながらも意味を理解しているのだろう、鬼気迫った形相で答える石丸。
当主として、帝としての貫禄、覇気を持った男の声に皆の顔も自然と引き締まる。かくいう月餅も、
……不思議だ。
自信に溢れた石丸を見ていると、負ける気がしない。
これまで何度も戦の度に感じてきた感覚だが、未だに不思議に思う。
言うならばカリスマ。生まれながらにして人を従えることを決定づけられた王の器と言うべき威容。
英傑とはかくあるべし、という見本がそこにあるようだ。
今まで何人もの人間を見てきたがこれほどまでに極まった人間は石丸が初めてであり、
「石丸殿には、魔人を討ち取ってもらいたいのでありますが……まずはどちらを狙いましょう?」
「……そうだな……」
……不思議だ。
ミッチーの策を知って、無謀だと思いながら同時にそう思う。
「どちらか一方を先んじて仕留めることに成功すれば、戦いも楽になりましょう。石丸殿を最大限助力出来るように配置も決めますので――――どうかご決断を」
「……であれば――」
石丸が魔人の名を口にする。其奴を必ず討ち取ると豪語する。
皆が一斉に臣下の礼を取るのに、自然に合わせながら月餅は自らに問い続けた。
……儂は……。
ある程度配置や動き、策も決まって軍議を終えても答えは出ない。
「――月餅」
「…………は、何で御座いましょう……?」
立ち去る己に声を掛けた石丸は、
「――
「――――」
少年の様な屈託のない笑みで、こちらの肩を叩いた。
ではな、と一声掛けて踵を返した石丸に月餅は内心に不可解な想いが混じったことを自覚する。
――敵わぬ。
月餅は立ち去る石丸に対し小声で、ありがとうございます、と礼を言うと暫くの間、深々と頭を下げ続けた。
――その日、大陸中央、キナニ平野に三つの軍勢がその準備を終えた。
北側。西に布陣するのは総勢130万。手柄を立て、友軍の魔人を誅殺せんと企む魔人ザビエルが率いるザビエル軍。
配下には5体の使徒――藤吉郎、煉獄、魔導、式部、戯骸。それに魔物大将軍コウウと配下の魔物将軍、魔物隊長が続く。
北側。東に布陣するのは総勢100万。友軍の魔人を陥れ、魔王の命令と己の目的を遂行せんとする魔人レオンハルト率いるレオンハルト軍。
配下には3体の使徒――キャロル、ハンティ、ペール。魔物大将軍リーに麾下の魔物将軍、魔物隊長。それと親衛隊も含めた私兵。
そして南側には魔軍の侵略に応戦し、二体の魔人を倒さんとする藤原石丸率いる藤原家と大陸諸侯――総勢200万。
藤原四天王――坂上田村麻呂、菅原ミッチー、源頼光、妖怪王黒部に、参謀月餅を含む57名の信頼のおける部下。石丸を支えてきた春姫を含む13名の妻に、40名の子供達。その大半は元服を終えて立派な武士となり、参陣している。
早ければ正午前にでも開戦となるだろうと、各軍師、将軍達は見ていた。
その目的は誰も彼もが異なるが――その根底にあるのは変わらない。
――――“勝つ”。
勝って終わるのは己だと、それを誰もが願い信じて、あるいは信じようとする中。
修羅に生きる者達の戦いが、今ここに始まろうとしていた。
やーっと始まるな……地獄の戦闘ラッシュが……(白目)
というわけで多分次回から開戦になると思う。