東側、人類軍と魔軍の戦いは人類側の突撃をもって始まった。
魔軍に向かって前進し、突撃を敢行する藤原家の武士達と大陸諸侯の混成軍。しかし西側とは違って前線は膠着していた。
それは源氏武士団という大陸でも随一の切り込み役がいないということもあるがそれだけではない。JAPANの武士達はこちら側にも配置されており、今なお声を上げて奮戦している。
だがそれでも前線を中々突破出来ないのは、相手側の異様な硬さのせいだ。
「くっ……此奴等、手強いぞ!」
「なんという堅牢さ、敵ながら天晴ぞ!」
武士達が果敢に刀を奮って何度も突破を試みるも、数名の魔物兵は倒せたところで止められてしまう。
「数はこちらが上だ! 人間だからと甘く見ず、最低でも二人以上で懸かれ! 無理に攻めずに前線を維持することに努めよ!」
「隣の奴を守れ! 訓練通りにやれば問題ない! 魔軍最強たる所以を見せてやれ!」
「――了解!!」
前線の魔物隊長。奥から聞こえる魔物将軍らしき者の声に応答を返した魔物兵達がより一層、連携を高めていく。武士達が魔物兵に斬りかかり体勢を崩させても、隣の魔物兵がそれをカバーするように得物を振るって武士を追い返す。人間達も複数で当たろうと攻撃を加えても、同じかそれ以上の連携を見せて魔物兵も複数で戦闘を行う。
結果、個の強さで勝る魔物兵の密集陣形を破ることが出来ずに、武士達は歯噛みする。
「魔軍の強さ、これ程のものだとは思わなんだ! それでこそ、首の価値も上がるというもの!」
「だがこの程度で諦めては武士の名折れよ! キェェェェェイ!!」
「ぐっ……ちっ、こいつら、全然俺達の事恐れねぇぞ……!」
「噂に聞く武士だ! くそっ、この変態民族め……!」
だが全く怯まない武士の猛攻にほんの僅かではあるが綻びが生じる。しかしその穴は他の魔物兵によって即座に埋められるのだが、
「――行くぞ、テメェら!!」
「うおおおおおお! やってやるぜぇ!!」
突如、前線に現れた集団がレオンハルト軍前衛の魔物兵を吹き飛ばす。個の強さとしても、連携力の高さも兵士として一流の彼らが吹き飛ばされたことに、それを指揮していた魔物隊長は目を剥いた。
「何だと!? って、あれは――」
また新手の武士かと顔を向けた魔物隊長は、しかしその集団を見てその予想が外れたことを思い知る。それは遠目で見ても人間ではない、異形の集団であった。
それは彼ら魔物の容姿に近いものであって、根本的に違う生き物。彼らの名を、その集団を率いる巨大な影が口にした。
「妖怪軍団! クソッタレな魔物共を血祭りにあげてやるぞ! 血が欲しい奴は俺に続け!!」
そう言って魔物兵の群れに突っ込んできたのは、魔物将軍以上の巨体を持つ黒い犬のような化け物である――“妖怪”。
JAPAN由来の生物であり、聖獣オロチから生まれたという妖怪達は藤原家の傘下でもあり、主力の一つであった。
だが本来、妖怪達はJAPANから出ることが出来ない。
妖怪が存在するために必要な妖力はオロチが発生させているものであるからだ。
しかし、それを可能する存在こそがこの巨大な妖怪。
妖怪王――黒部。
藤原四天王の一人であり、人食い妖怪としても有名であった最強の妖怪である。
オロチの牙から生まれた妖怪黒部は身体から異様な妖気を発しており、本来JAPANから出ることのできない妖怪達を数千以上率いることが出来る。ゆえに、後ろに続く者達も妖怪達であり、多種多様な姿をした者達が魔物兵に一斉に襲いかかった。
「ば、化け物だ!? 化け物が来たぞ!!」
魔物兵の言葉通り、それは正しく化け物であった。
妖怪達は多種多様な能力、特性をもって魔物兵を倒していく。JAPANでは鬼や魔物と変わらぬ脅威を放つ妖怪の軍団は、魔軍の強固な前線を突破していった。
その先駆けとして活躍するのは、やはり妖怪王、黒部であり、
「おらおらどうしたぁ!? 俺に食われたい奴から掛かってきやがれ!!」
その言葉とともに鋭い爪を持った手で魔物兵の喉笛を切り裂くと、そのまま腕を振り上げて殺到する魔物兵達を吹き飛ばす。
それだけで数十体の魔物兵が吹き飛び、しかし黒部の行進は止まらない。
巨体に似合わぬ速度で突進し、魔物兵の身体を砕くと近くにいた魔物兵に牙を突き付けて噛み殺してしまう。
そしてその背後に続く妖怪たちも負けず劣らずの活躍を見せる。
その光景は百鬼夜行と言うべきものであり、魔物にとっての地獄絵図。
だが人間達にとっては頼もしい援軍に他ならなかった。
「動揺しているぞ! この隙を逃すな!!」
「武士ばかりに活躍させるな! 近衛騎士団! 前線を押し上げろ!」
妖怪軍団と武士達によって出来た綻びを、大陸の騎士、戦士達も見逃さずに魔物兵を押し込んでいく。
その強さも然ることながら、妖怪の強みは不死身の存在であることでもある。
斧で斬られようが、魔法で焼かれようが妖怪はしばらくすればまた復活してしまうのだ。正攻法では倒し切るのは難しく、特殊な方法を使わねば滅することが出来ない。
そんな妖怪の加勢は、精兵で規律だった組織を構築するレオンハルト軍すら混乱させてしまう。前線がにわかに押され始め、魔物将軍は声を張り上げた。
「くっ……仕方ない。――特殊猟兵、前へ!」
「はっ!!」
「! 何か出て来たぞ! 気をつけろ!」
黒部が叫び、顔を向ける先、魔物将軍の号令によって列をなして出てくる者達がいる。
彼らは他の魔物兵とは違い、黒と赤の軍帽、装備を身に着けた数百規模の魔物兵達だ。
その集団行動は他の魔物兵と比べて更に規律だった動きであり、機械的ですらあった。
彼らは魔物将軍の命令を受けて一糸乱れぬ動きで前に並ぶと、先頭に立つ魔物隊長が声を上げた。
「我ら、レオンハルト軍特殊猟兵部隊――通称ブラックティーガーである! この名を授けて下さったレオンハルト様の威信に掛けて、ここから先は一歩も進ませぬ!! ――総員、構え!!」
「はっ!」
魔物隊長の指示を受けて、素早い動きで装備を構えた魔物兵達。その手に持つのは黒の短剣や戦斧、他にも腰に道具がぶら下げられている。
「戦闘開始!! 奴らをここで足止めせよ!!」
その言葉とともに、黒の魔物兵は一斉に妖怪や武士達に襲いかかった。
黒部はそれを迎え撃とうとして、その動きの軽快さと集団行動に驚いた。
「っ、鬱陶しい!!」
黒部が爪を振り回すも、それでやられるのは攻撃を仕掛けていた一体のみであり、他の魔物兵達は一定の距離を取りながら黒部の周囲を回るように動いている。
「――!」
「! ちっ……! なんなんだテメェら!?」
黒部の死角である真後ろから攻撃を仕掛けてくるが、黒部が振り向くと直ぐに魔物兵は下がってしまう。代わりにまた背後の魔物兵が攻撃を加えようとしてきたので、黒部は対応を迫られた。
他の妖怪、武士達も苦戦しているようであったが、兵の強さはそこまで変わっていない。多少強くはあるが、それだけだ。妖怪や武士でも倒せない相手ではない。
にも関わらず倒しきれないのは、彼らの集団行動、連携が異常なほどに卓越しているからだ。
常に一定の距離を保ちながら移動し、攻撃を捌くことを重視しているが、隙を見れば一撃離脱の攻撃を加えてくる。
強くはないが、倒しきれない。
だが相手は確実に一人一人を殺して、数を減らしていく。
黒部ほどの強さであれば無理矢理力に任せて数体を屠ることは出来るが、それでも通常の魔物兵と比べて多少掛時間を掛けられるのは事実であった。
その黒の魔物兵が不敵に人間達を嘲笑う。
「我らは魔軍最強のレオンハルト軍の中で選りすぐられし最強の部隊……!」
「レオンハルト様直々に認められた兵しか入隊出来ず、入隊後も厳しい訓練を課せられる……」
「だがその訓練を乗り越えた我々は最早ただの魔物兵に非ず!」
「左様! 我らは集団戦と隠密行動に特化した特殊部隊! 普通の魔物兵だと思うな!」
「然り! 我々は普通の魔物兵と違って待遇も良く、レオンハルト様の信頼も厚い!」
「しかし、何故かレオンハルト様には微妙な目で見られることも多く――」
「馬鹿! それは言うな! 皆気にしてるんだ!」
「……悪い」
「ほんとに何なんだテメェら! 噛み殺すぞ!!」
自分の周りで回りながら言葉を交わす魔物が鬱陶しくなって、爪を振り回すも一体は殺したが他には逃げられてしまう。
「無理矢理にでも突破させてもらうぜ!」
「させん! お前達、目に物見せてやれ!」
妖怪軍団と特殊猟兵が東側でぶつかり合った。
レオンハルト軍本陣。
後方に設けられたその場所には、魔物大将軍リーが全体の指揮を執っていた。
背後、戦場をじっと見つめ続ける魔人レオンハルトの存在感を背中で感じながら魔物将軍に指示を出す。報告を聞くとそれを即座に頭の中で反復して思考を回した。
……前線は妖怪によって一時突破されかけたが、現在は特殊猟兵を用いて防衛戦を再構築している、か。やはり侮れんな。
レオンハルト軍の方針としてはしばらく防衛に徹し、無理に攻めずに戦線を維持することに注力することになっている。
相手がどれだけ精強な部隊であっても前線を突破されることはない、と思っていただけに妖怪軍団の参戦は中々に痛い。文字通り、虎の子である特殊部隊も早々に出してしまった。
しばらくはまだ保つ。だが、何か策を用意した方が良いかと考えたところで、
「――リー。焦るな」
「っ、はっ、レオンハルト様。しかし……」
背後から魔人レオンハルトの鋭い声が飛び、己だけでなく周囲の魔物将軍らもにわかに緊張する。使徒の方々はいない。それぞれ部隊を率いている。ゆえに今この場においてレオンハルト様に直接声を掛け、何かを提案出来る者は少ないのだ。
己の任務を思うとプレッシャーではある。ゆえに何か行動を取った方が良いのかとも思うが、
「……前にも言ったが、奇をてらった策を取る必要はない。長引けば有利なのはこちらだ。お前は、お前の良さ――王道で戦え」
「は、はっ! 畏まりました!」
こちらの背中を押すような言葉に胸が熱くなる。この方が掛ける言葉の一つ一つが己の血肉となるようだ。
リーは思う。己は、凡庸な男であると。
魔物大将軍としてレオンハルト軍を統率してはいるが、その殆どはレオンハルト様の功績であり、己は特別な働きはしていないと思っている。
レオンハルト様の将としての資質、才覚は魔物大将軍を上回る。己など、彼の指示に従ってその通りに仕事をこなすだけの存在でしかない。
ゆえに己への陰口も理解出来るのだ。他の大将軍と違って能力が低いだの、目立たないという陰口は的を射ているとリーは思う。
自分にはヴラドのような人を使う上手さも、バルカの天才的な知略もない。コウウのような圧倒的な武勇もないのだ。彼らはその能力を用いて大いに結果を出し、上司である魔人に認められている。魔軍や魔人の勝利に大いに貢献しているのだ。
それに比べて自分はどうだろうか。ただレオンハルト様の指示に従うのみで、特別な戦術指揮を行っているわけでもない。勝てるのはレオンハルト様や使徒の方々、他の将軍達や隊長ら、兵達が優秀だからだろう。
己は特別なことはなにもしていない。魔物将軍であった頃となんら変わりないのだ、と大将軍リーは悩んでいた。
だがある日、それをレオンハルト様に見抜かれ、彼に食事に誘われたのだ。
レオンハルト様がよくお忍びで通っているというラーメン屋のカウンター席で、レオンハルト様は己に言った。
『お前は、将に向いている』
そんな言葉を掛けられ、リーは否定した。それはありません、と。
己には統率力も、知力も、武勇もない。こんな自分が大将軍という席に着いていていいのか。そう問うた。
するとレオンハルト様は一転、真面目な顔になって首を振った。
『智謀や武勇に統率力……確かにそれらは良き将を構成する重要な要素かもしれない』
だがな、と。
『人を惹きつける魅力は、智謀や腕力に勝るとも劣らない資質だ。――リー、お前にはそれがある』
『――――』
『お前は部下の将軍や隊長に慕われている。それは、お前の日頃の行い、働きによるものだ』
リーはその言葉に無言になった。言葉を返せなかったのだ。
その間にもレオンハルト様は言葉を尽くす。
『将も兵達も、心ある生き物には違いない。兵の心の機微を蔑ろにする者は、良き将となれん』
必ず手痛い失敗を犯すだろう、とレオンハルト様は言った。
こちらが無言のまま言葉を発せないでいると、レオンハルトはそこでこちらの肩を叩いて言った。
『俺とお前が作り上げた軍は、ちょっとやそっとのことで負けはしない。奇策に頼る必要もない。ただ正道をもって進め、リー』
鍛え上げられた兵と優秀な将兵。そして数させ揃えれば前進制圧のみが最強の戦略だと、レオンハルト様は言う。それが出来るのは、ここまで軍を成長させた己の手腕の成果なのだと。
ゆえに胸を張れ、と。
『お前が劣っているなど俺は一度として思ったことはない。俺にはお前が必要だ。――これからも手を貸してくれ』
と、レオンハルト様はこんな凡庸な魔物に励ましの言葉を掛けてくれたのだ。
こんな己を必要だと、胸を張れと。
手を貸してくれ、と頼んでくれたのだ。
魔人という強大な力を持つ身で、一魔物に願ったのだ。
将として魔物として――これほど突き刺さる言葉はない。
その時に食べたラーメンの味が今でも忘れられないほど、胸に突き刺さったのだ。
だから、
「……全力を尽くします!」
リーは改めてそう言って部下に命令を出す。
部下もよく応えてくれる。優秀な者達である。
己が特別な指示を出さずとも、自分たちで考え行動し、時にこちらに相談し、提案してくる。
今も前線では魔物将軍や魔物隊長が、己の考えで状況を打破しようと行動しているのだろう。
魔物兵も必死に勝つために戦っている。
そんな彼らと、我が主のために、己は戦うのだ。
己は堂々と、一番良いと思う指示を出すだけである。
それで足りなければ他の者達がフォローしてくれる。
将としては凡庸かもしれないが、
……私は、これで勝つ!
そして、それに甘んじる気もない。
他の者達が己の頭で考え、行動するように、自分も大将軍としての責務を全力で果たすのみである。
ゆえにリーはレオンハルトの方針だけを最優先にして、軍を動かす。
ザビエル軍に怪しい動きもある上、敵も侮れない。
レオンハルト様にも何か考えがあるようだが、
――正道をもって戦うのみ!
続けて防衛に徹するように、部隊の動きや引き際だけには注意するように指示を出すと、リーは再び戦場の動きに集中し始めた。
レオンハルト軍中央。
前線が僅かに乱戦になり、西側ではザビエル軍と藤原家の激しい戦闘が行われる中、中央で部隊を指揮を担当しているレオンハルトの使徒――キャロルは部下を相手に色々と試していた。
「では、このポーズはどうですの?」
「……その、少し……少しですが微妙かと」
「ふむ、そうですの。では……これでは!?」
「……うーむ、何だかしっくりきませんな」
「むぅ……そうですの……わたくし、ひょっとしてスランプ?」
格好いいポーズの感想を魔物隊長や魔物兵に求めながらうんうんと唸っていた。
魔物隊長や魔物兵はそれを微妙な気分で見守っているが、部隊指揮だけはきっちりこなしてくれるので文句は言えない。
普段はレオンハルトの親衛隊――女の子モンスターの部隊を指揮しているが、今は魔軍の部隊も統率している。親衛隊も数こそ少ないが存在するが、何故かキャロルは魔物隊長達にその感想を言わせていた。
というのも普段は女の子モンスターか、使徒にしか聞いてないのでこういう時は一般の魔物の意見も聞きたいらしいのである。
そんなこと知ったことではない、と魔物隊長は思ったがこれでも上司、上司の命令である。断れるはずもないので、いっそ気楽にやらせてもらおうと何かが起こるまではそれに付き合うことを決めた。
そんな時だ、声が来たのは。
「では、次は――」
「――こんなところにいたか」
「っ!」
キャロルが次なるポーズを取ろうと逆立ちの構えを取ろうとする前に、魔物兵を掻き分けてやって来た者がいる。
その存在に、キャロルは気づき、目を向けた。
「あら、煉獄さんではありませんの。ちょうどよかったですわ。何の用かは知りませんが、ついででいいのでわたくしのポーズの評価をしてくださる?」
「……それは――」
「じゃあ、こういうのはどうですの?」
「…………」
返事を聞く前にキャロルがポーズを取ったので、魔人ザビエルの使徒――煉獄が無言となる。
キャロルが言うように何の用事で来たのかは知らないが、何かしらの用があるのだろう。魔物隊長や魔物兵の身ではどんな用かとキャロルを差し置いて聞くわけにもいかない。
なのでそれを待っていると、煉獄が不意に口元に笑みを浮かべた。
「そうだな……そのポーズは――」
と、言いかけ――煉獄は驚きの行動をもって答えとした。
「――あまり良くないな」
「ッ!? なにを――ぐあっ!?」
煉獄が言葉とともに、その手にもった筒から弾を発射する。
キャロル目掛けて放たれたそれは、着弾すると爆風が周囲の魔物兵、魔物隊長まで巻き込んで衝撃に吹き飛ばされた。煉獄の行動に驚いた魔物隊長は、反射的にキャロルの安否を確認しようと顔を上げ、
「大丈夫ですの?」
「あっ……ご、ご無事でしたか!」
眼の前で手を差し伸べるキャロルを見て身体を起こした。
それを見た煉獄が息を入れて言う。
「……避けられたか」
「ええ、まあ。……
服に付いた汚れを手で払いながらキャロルが問う。煉獄はにやけた笑みのまま、
「わからないか? 同じ使徒ならば分かるだろう?」
「……それはつまり、ザビエル様の指示で攻撃をしたと?」
「なっ――!?」
馬鹿な、と魔物隊長は煉獄の言葉に驚愕する。周囲の魔物兵達もどういうことか、と距離を置いて見守っている。前線のザビエル軍自体は人類と変わらず戦ってはいるものの、それは明確な裏切りではないか、と疑いの目を向けた。
しかし攻撃を受けた本人、キャロルは未だ純粋に首を傾げており、特に表情を歪めていない。
そんなキャロル相手に、煉獄は更に続けて言った。
「ザビエル様がお前を連れてくるように言っている。一緒に来てもらうぞ、キャロル」
「……ひょっとして、わたくしを人質にするとかそういうことですの?」
「……どう捉えてもらっても構わん。だが、抵抗するなら多少手荒な真似をしてでも連れて来いと言われている」
それを聞いたキャロルはまたしても、ふむ……と考え込んだ。そして考えた末に、
「……それはレオンハルト様に敵対する――ということでよろしいですか?」
そう煉獄に問いを投げた。しかし既に人質にすると答えている煉獄の答えは分かりきっていて、
「……そうだと言ったらどうする?」
「……そうですの……それなら――」
キャロルはそこまで疑問に満ちた表情を浮かべていたが、煉獄からの答えが来るとそれを笑顔に変えて言った。
「では――――
「――!」
腰の銃を素早く抜いて、躊躇なく煉獄の頭を狙った射撃を行う。煉獄がそれに気づいて回避行動を取ったが、笑顔のまま攻撃されたことに多少冷や汗を掻きながら言葉を発した。
「……キャロル。お前はそういう敵意や殺気とは無縁だと思っていたが……本当に殺気無しで攻撃されるとはな」
その言葉は暗に、キャロルの行動に敵意や殺気が無いと言っているも同じであったが、キャロルはその言葉を理解しているのかいないのか、首を傾げて何を言っているのか、という風に煉獄に問い返す。
「え? だって、煉獄さん、
「……ふ、ふふ……普段向けてられる目そのままで言われるとは、さすがに不気味だ」
キャロルに敵意は一切無く、同じ使徒仲間を見ているかのような様子のまま殺すと武器を向けてくる。それが可笑しくなり笑ってしまった煉獄だが、その意味がまた解らない、とキャロルは疑問符を頭に浮かべ、
「何を言っているのか解りませんが、煉獄さんは殺してもよいので、殺すだけですわ。……ザビエル様は許しませんが……」
ザビエルにだけ敵意を覗かせたキャロルは、おそらくレオンハルトへの叛意を理解したからだろう。その基準が分かりかねるが、しかし明確な判断基準は確かにあるようでキャロルはその敵意を直ぐに消して煉獄に言う。
「というわけで煉獄さんには死んでもらいますわ。珍しいんですのよ? レオンハルト様は滅多に殺害許可出しませんのに、煉獄さんだけは殺しても良いと――ってあら? これ言ったらダメなやつだったような……」
「……そもそも、お前に俺が殺せると?」
「え? 脳か心臓でも傷つければ死にますし、首を切れば多分死にますわよね? ――ならやってみるだけですわ!」
キャロルはそれが当然の仕事、と言わんばかりに胸を張って言ってみせる。
左手で腰の剣を引き抜き、右手の銃を煉獄に向けて突き付けたキャロルはそれなりに格好いいポーズを取り煉獄に宣言する。
「とりあえず言ってはダメなことも言ってしまったので口封じですわ。煉獄さん、今から殺しますが――――覚悟はよろしくって?」
「――――死ぬのはお前だ!」
「っ、総員退避――!!」
僅かに好戦的な笑みを浮かべたキャロルを見て魔物隊長が叫ぶと同時、二体の使徒がレオンハルト軍の陣の真ん中で対峙し、炸裂するような音と爆炎が周囲に衝撃を与えた。
キャロルと煉獄。魔人レオンハルトと魔人ザビエルの代理戦争とも言えるそれは、他の場所でも同じ様なことが起きている証左でもあった。
スラル「えぇ……裏切るの早くない……?」
ナイチサ「まあ予想はしておったが……やはり蒙昧であるな、ザビエル。どうせ裏切るならもっと面白い裏切り方をすればよいものを……」
スラル「…………それはそうと、こんな場所で会話していいの? 私と貴方」
ナイチサ「会話出来ているということは良いのだろう。この状況は神のご意思に他ならないということだ」
スラル「……ねぇ、レオンハルト。この人ヤバい宗教とか嵌ってるの?」
レオンハルト「俺に聞くな。答えにくい」