「――さぁて、一体どういうつもりか聞いてもいいですかね?」
レオンハルト軍の部隊の一つを率いていた使徒ペールは、正面からいきなり攻撃を加えてきた存在を見て問いを投げる。
周囲、魔物兵達はペールと相手がいる場所から距離を取って遠巻きに見守っていた。そうでないと危ない、と本能的にそうさせたのと、ペールの指示によるものである。
誰もが視界の中心に入れるのは、和装で杖を持ち、黒い肌、顔デカの不細工面の男だ。ペールは一応、営業スマイルを浮かべているが、顔が僅かに引き攣っている。彼を苦手にしているのだ。
「ととと捕らえにきただすよ。大人しくつつつ捕まるだす」
「……女性を無理矢理誘うのは嫌われますよー、魔導さん」
魔人ザビエルの使徒――魔導。
どもった口調が特徴的な彼は、その馬鹿でかい顔をペールに向けてニヤついた笑みを浮かべる。
「おおお大人しく捕まるなら手荒なことは、し、しないだす。て、ててて抵抗するなら色々とやってもいいと、ザビエル様にきょ、許可を貰ってるだすよ……!」
「うわっ、キモっ……」
魔導の気色悪さに思わず本音が口から出てしまうペール。半ば引き気味に身体を動かしたところで己の言葉に気づいたが、既に魔導は怒り心頭の様子で、
「ききききキモくないだす……! ちょ、ちょっと顔が、おおお大きいだけだすよ!」
「……いや、普通に気持ち悪いです。直視してるだけで気分が悪くなるくらいには。レオンハルト様に比べたら魔導さんは不細工を通り越してゴミですね。汚物です。臭いが移ったら嫌なので近寄らないでくれますか?」
もういいや、と吹っ切れたペールは営業スマイルを止めて冷ややかな顔を浮かべると魔導をボロクソに貶した。それを聞いた魔導はぷるぷると身体を震わせ、顔を赤くして叫ぶ。
「ひ、酷いだす! そ、そんな事言うなんて、泣いて謝ってももう、ゆゆゆゆゆ許さんだすよ……!」
「あっ、怒っちゃいました? ぷぷ、怒り顔も不細工で気持ち悪いのでやめてくれます? それに、レオンハルト様を害するつもりで襲ってくるなんて……まあ色々言いたいことはありますけど……一つ言うなら、馬鹿なんじゃないですか? レオンハルト様に何一つ敵わないっていうのに。ちゃんと脳みそあります?」
「そそそそれ以上言うなら殺すだすよ……!」
殺意と敵意が入り混じったものをぶつけられ、しかしペールは呆れたように失笑する。
「はぁ……しょうがないですねぇ。正直、キモくて戦うのも嫌ですが害虫駆除も従者の役目ですし、相手してあげます。可愛い女の子にボコボコにされるんですから嬉しいですよね? 咽び泣いて感謝するといいですよう?」
くすくすと笑みを漏らしながら、ペールは指揮棒のような形の細い杖を取り出しながら戦闘態勢を取る。対する魔導は既に怒りの形相を浮かべてペールを睨み、大きな杖を用いながら魔法の詠唱を始める。
「滅茶苦茶にし、してやるだす……! うううう腕の一本や二本は覚悟してもらうだすよ……!!」
「……はぁ、ほんとキモいなぁ……何で私の相手、これなんですかね……。早く終わらせたいんでさっさと掛かってきてください」
そもそもレオンハルト様を害すること自体あり得ないことだ。
ゆえに捕まるわけにはいかないし、やられるわけにもいかない。正面から叩き潰して、お灸を据えてやるだけだ。
そうしてペールは魔法を詠唱、発動し、魔導の放った魔法にぶつけて打ち消しあった。
……今頃、キャロル先輩や始祖様も戦ってるんですかね。
おそらくは他の二人もザビエルの使徒と戦っている頃だろうと。
だとしたら始祖様の方は大変だろうな、とペールは他の使徒の事を思いながら魔導との戦闘に臨んだ。
曇天の下、魔物兵が見守る陣の中心に、二つの影が対峙し合う。
人類軍と魔軍。その戦場となったキナニ平野に立つのは二人の人外であった。
片方は長い黒髪を靡かせた、額に赤い宝石を持ち、長い耳が特徴的な女性で、黒のレオタードに似た衣装を着た元カラーの使徒。
それに対するは、褐色肌の引き締まった筋肉質を見せつける半裸な男で、その手に持った長い煙管からは炎を吹き出させている使徒であり、彼は女性を見て軽い調子で声を出した。
「よう、ハンティ。元気か?」
「……そういうアンタは元気そうだね」
「へっ、まあな」
そう言って気のいい笑みを浮かべるのは魔人ザビエルの使徒――戯骸。
普段どおりの表情で普段どおりに話しかけてくる戯骸に対し、魔人レオンハルトの使徒、ハンティは眉根を寄せた状態で、警戒を隠そうとしない。
だが戯骸は気楽そうに言う。煙管から一度炎を吹いてから、
「だが、状況はあんまり良くねぇな。俺にとってもあんたにとっても。正確に言うなら――
「……なら何でこんなことを」
ハンティの問いに戯骸は、さあな、とぶっきらぼうに返す。だが代わりに続けて、
「確実に分かるのは、これで俺達は破滅を免れないってことだ。俺達使徒もそうだが、俺らの主――ザビエル様は……まあ十中八九死ぬだろ。もしくは死ぬより酷い目に合わされるか……お前さんの主によってな」
「っ、そこまで分かってるなら――」
戯骸が告げた言葉に、ハンティは言いかけた言葉を一度止め、代わりに間を置いて落ち着いた静かな声で話し始めた。それは、
「……戯骸。アンタに、レオンハルトからの伝言を預かってる」
「……へぇ? 愛の告白でもしてくれんのか?」
茶化すな、とハンティが短く言う。戯骸も本気でそう思っているわけではないようで、苦笑しつつハンティの言葉を待った。再び間を置いて、
「……“こちら側に付くならお前の安全と立場は保障する”」
「――――」
「“だから、ザビエルを見限って俺の下に付け”。……確かに伝えたよ」
その言葉を受けて戯骸はしばらく、言葉を発せなかった。
だがそれを頭で理解し終えると、一度煙管を吹いてから息を入れ、
「……ハハッ、嬉しいねえ。そこまで俺を買ってくれてるなんてな」
「……戯骸。アンタは――」
ハンティが答えを催促しようとした。だがそこで、戯骸はニヤリと笑みを浮かべ、
「――だがそれは出来ねぇな。それだけは出来ねぇ」
「……それなら敵対するってこと?」
ああ、と戯骸は飽くまでも軽くそれを認めた。
「ザビエル様の身の安全や立場は保障しねぇんだろ? じゃあ無理だ。お前も使徒なら……分かんだろ、ハンティ」
戯骸はハンティの応答を待たずに続けて言う。
「主を裏切るなんざ使徒の恥だし……何より許されねぇだろ。そこを曲げるのは」
「……使徒だから裏切れないと?」
でも、と言うハンティに戯骸は真面目な顔をして視線を合わせると、
「俺は別に望んで使徒になったわけでもない。お前だって多分そうだろ? ……だが、だからと言って主を裏切れるかって言ったらまた別だ」
分かるだろ? と戯骸は再度ハンティに言う。
「俺だって解ってんだよ。多分だが、煉獄辺りもな。とんでもねぇ無謀をやってる。どうかしちまってるってな。……だがそれでも――ザビエル様は俺の主だ」
「戯骸……」
「へへっ、あれでも良いところあるんだぜ? 身内には意外と気も使うし優しいしな。……まあ性格が良くないのは認めるけどよ」
ハンティの目が細まる中、戯骸はカラカラと笑いながら主の評価を口にする。
複雑な気持ちがハンティの内心を渦巻くが、戯骸が続けて、だからまあ、と、
「死なせるわけにはいかねぇわな。か細い糸ではあるが……主の望みのために動くのが使徒の仕事だ」
「……本気で、あたしと戦うの?」
言外に、手加減は出来ない、と眉を軽く立てて言う。
その闘気が戯骸の肌を撫でると、それを感じて戯骸も不敵な笑みを浮かべ、
「いいだろ? ちょっとした最強決定戦だ。――ハハッ、いっぺん本気でやってみたかったんだよな。いつものやつは、互いにお遊びで手加減しまくってたしな」
「……ああ、そうだね」
ハンティはいつもの小競り合いを思い出す。
街を出禁になった戯骸が街で見つかる度、それを取り押さえるために出動してたのはハンティであり、幾度となく戦ったものだ。
ザビエルの使徒にしては気のいい性格の戯骸に、キャロルやペールも仲良くしていたし、街の住人も苦笑交じりに受け入れていた。
そしてそれは、ハンティ自身も――
「……本気で、やるって言うんだね」
「ああ。こんな時で悪いが、互いに主の為の大一番だ。俺はお前を捕らえるために全力で挑むぜ。だからお前も――本気を出してくれ」
そう言って、戯骸は闘気を全身から噴出させる。
そこから想像出来る強さは確かに、魔人に劣らないものであった。
ハンティはそこで戦闘が不可避なものだと理解すると、覚悟を決めて息を吸い、軽くステップを踏むように下がって、剣を構えながら、
「――言っとくけど……アタシ、かなり強いよ?」
「知ってるさ。だからと言って、俺が負けるとも限らねぇ。――俺も結構強いんだぜ?」
ふっ、と思わず笑みを浮かべてしまう。ハンティは闘気を解放させて構えを取りながら、
「知ってるっての――」
「……ああ、そりゃあそうだよな――」
互いに魔人級の実力者。そう噂されていたことは知っているし、強さに対する自負もある。
互いに恨みはない。されど主の為に、大切な矜持を持っており、ぶつかり合うのは必然であった。
そんな二人は、お互いにゆらりと剣と煙管を動かしつつ、足を一歩踏み出し、腰を落とすと、
「――!」
速度を出しながら瞬間移動で正面まで跳ね、剣を振り下ろすハンティと、それを迎え撃つ戯骸の煙管が交叉し、周囲に衝撃の波が広がった。
とある場所では、ある女がその場所を見て物騒な独り言を呟いていた。
「コロシテ、サラウ……ハハ、タノシミ……!」
全裸に近い機械的な目をしたその女は、右腕に付いた金色の巨大な手甲と、左手に持った“7人首”というクランク状に折れ曲がった刀に付いた血を舐めながら、その建物を見上げる。
魔人ザビエルの使徒――式部。彼女は主であるザビエルの命を受け、人類軍と魔軍が争う戦場を離れて、とある場所に到着したところであった。
そこにいる者達を拐い、ザビエルの元に届けるのが式部の役目であるが、殺戮狂で人を殺してないと知能が下がって見境なく生物を襲い始める式部は、道中でも相手を殺すことも許可されている。
故に今しがた生物を殺したところであり、地面には魔物兵の死体が転がっている。ゆえに知能はそれなりに戻っており、任務を思い出したところであった。
閑散とした街の中心にある赤い城を見上げて、式部は狂ったように笑う。
「チミタイデキレイ……ハハ、ハハハハハ!」
そうして式部は主の命を遂行するため、使徒の高い身体能力を使って中に忍び込んでいった。
しかし、
「…………」
その侵入に気づき、手を打っている者がいることに、式部は気がつかなかった。
ザビエル軍本陣。
周囲の魔物将軍や魔物隊長から少し距離を取って佇んでいた魔人ザビエルは、前線からの報告を受けてそれが始まったことを理解した。
……誰かが成功させてくれれば、それで奴には勝てる。
奴とは当然、魔人レオンハルトのことであり、現在人類軍相手に戦っているもう一つの軍の司令官でもある男のことだ。
そのために使徒達に命令し、奴の使徒や大切な者を人質として連れてくるように向かわせた。そのことに対し、ザビエルに後悔はない。
使徒達であればレオンハルトの使徒に対しても勝利出来ると信じているし、あくまでも己が奴の使徒を呼んでいて、それに従わないから無理矢理連れて行く、という言い訳が取れる形にした。奴の介入を避けられるように“保険”も掛けた。
だが理性では、多少マズいことは理解していた。
しかしそれでもなお、ザビエルはそれを我慢することが、本能に逆らうことが出来なかった。
……レオンハルトを倒し……
魔人レオンハルトという存在を思うと、頭に血が上り、何としてでも取り除かねば、という意志が湧き上がってくる。
だが奴は強い。ザビエルが魔人として新たな生を得る以前より最強の魔人として君臨し、魔王の信頼を一身に集めていた油断ならない男だ。
ザビエルは自身の強さ、能力に絶対の自信を持っており、他の生物は、例え魔人であっても己より下であると思っている。
今まで己より強い存在は魔王様を除けばいなかった。だがそれを唯一覆されたのが、レオンハルトであり、
……奴は許さん……奴が、奴を取り除かねば……!
どうしてもそれは為さなければならない。それだけは、認められない。
ザビエルは己の意志を怒りや憎しみによるものだと思い、それを取り除くためにあらゆる手段を取ってそれを成し遂げると決めた。
その理由に気づかず、
「――ようやく見つけたぞ。貴様が魔人ザビエルだな?」
「! 貴様は……?」
そんな時だ。眼の前にとある男が現れた。
いつの間に、と思うが、意識を現実に戻してみれば周囲が騒がしい上に、大勢の魔物兵が地面にその屍を晒し、更には幾人かの魔物隊長や魔物将軍すら屠ってやってきたのだろう、魔物兵の統率が乱れている。
よもやそれほどに思考に耽っていたとは、と思うが不遜にも、やって来た人間はこちらの問いに対し堂々と胸を張って答えた。
「俺は藤原石丸。藤原家当主にして帝、人類軍の総大将だ」
「貴様が……」
精悍な顔つきと、全身に覇気を纏わせたその男は確かに人間にしては実力がある方だと推察出来るし、人を従わせるに足る器を持っているように見える。
だがその威容は、ザビエルが嫌いなある男に似ていて、
「……人間如きが……今すぐ殺してくれる」
沸々と湧き上がる怒りとともに殺気を乗せ、石丸という人間を威圧する。
だがそれに怯むことなく、石丸はその剣をこちらに向け、
「魔人ザビエル――貴様に一騎打ちを申し込む……!」
「一騎打ち、だと――」
不遜過ぎる物言いに、ザビエルは怒りを沸騰させた。
「思い上がるな人間……我に敵うと思うか……!」
「ああ、絶対に倒す。俺がそう決めた」
魔人を目の前にして微塵も恐れることのないその男は、無敵結界を擁する魔人に対してもそんな大言壮語を吐く。
不敵な表情を隠そうともせず、力の差を理解しようとしない人間はザビエルにとっても我慢ならないものであった。
それに人間軍の総大将が目の前にのこのことやって来たのだ。これで手柄を立てることが出来る。魔人を消したことによるナイチサ様への申し訳も付くだろう。
ゆえにザビエルは剣を抜いた。炎を纏わせ、上級魔人としての闘気が色となって周囲を染める中、
「……いいだろう……! 我直々に殺してやる……!」
「望むところだ! ――いざ、参る!」
魔人ザビエルは藤原石丸と剣を合わせ、早々に戦争を終わらせてやる、と一騎打ちに臨んだ。
各地で役者が揃い、その武を競い合う中――人類最強の男と、魔人四天王の一角。
両軍の大将同士の戦いが幕を開けたのである。
「――始まったか」
レオンハルト軍本陣。その鋭く紅い双眸の片方を閉じて何かを確認した魔人レオンハルトは、眼の前に広げられた地図を見て一言そう呟いた。
思うのはキナニ平野でぶつかり合う己の軍とザビエル軍、そして藤原家率いる人類軍の三つ巴の戦いのことだ。
一見、魔軍と人類軍、両者だけの戦いに見えるそれは、水面下で将同士の攻防が行われ、各所で己の使徒達がザビエルの使徒達と戦っているという。
己の使徒達、部下に関しては心配していない。彼女らの実力を信頼しているのも勿論だが、念の為に保険も掛けているし、使徒達が攫われるようなことはないだろう。仲間割れが起きている事態に現場の魔物兵が混乱しているらしいが、魔物大将軍であるリーや、現場の魔物将軍、魔物隊長の活躍で致命的な事態には陥っていない。
前線の部隊もよくやってくれている。珍しく酔った勢いでキャロルに乗せられ、適当な名前を付けたかいがあるというもの。結果的には大成功だ。
ザビエル軍の前線に関しても問題はない。コウウが相手の将相手に暴れているという報告が来たが、コウウであれば負けはない。
やはり問題は石丸とザビエルの戦いだ、とレオンハルトは思う。
ザビエルが勝つにしろ、石丸が勝つにしろ、己にとってはメリットとデメリットが天秤に掛けられた重要な一戦だ。この戦いの如何によって、己のこれから取る行動が決定するともいえる。出来れば石丸に勝ってほしいが、客観的に見れば石丸の勝ち目はゼロに等しい。
ザビエルの強さは自分を除けば魔人最強と言っても過言ではなく、人間如きに敵う相手ではないのだ。
そして何より、無敵結界の存在がある。ダメージをそもそも負わないのであれば、どれだけ有利な状況に持っていこうが、耐え凌ごうが勝つことはあり得ない。
それを突破出来る存在は機を窺っているのか表には出てこない。と、なればどっちに転ぶかは石丸の実力次第だ。
……俺との戦いで何を得たのか。ザビエル相手に証明してみせろ。
その先で待つ。この頂きこそが、奴の目指す場所。
であれば死に物狂いで昇ってくるだろう。それを期待し、レオンハルトは僅かに口に笑みの形を作った。
スラル「大体出揃ったから次回から本格的に戦闘することになるわ」
ガウガウ「誰が勝つか予想するのもいいかもな」
スラル「あ、そういえば貴方も出番あるんだって」
ガウガウ「…………は?」
レッドアイ「……ミーの出番あるか?」
スラル「それはない」
レッドアイ「オーウ……」