「これで終わりだ――“妖怪槍津波”!」
「っ――――」
その一撃を受け、ザビエルの使徒、玄武の巨体がゆっくりと草原に倒れていく。
ペールが仕組んだ玄武と妖怪王黒部の決闘共倒れ作戦は、黒部の勝利で終わった。それを遠目で魔物将軍らとともに見ていたペールは笑顔を貼り付けたまま、小声で言う。
「あははー……言っても玄武さん使徒ですし、結構いい勝負すると思ったんですけどねー」
「あの妖怪……確か、妖怪王黒部でしたか。あっさり勝ってしまいましたね……」
「……ひょっとしてアレ……私より強いかもしれませんねー……」
「……ご、ご冗談を」
冗談だったらいいんですけどね、とペールは明言を避けて内心だけでそれを口にする。
実際戦ってみないと解らないところもあるが、少なくともスペックの上では相手の方が強い。おそらく魔人に近い強さを持っているだろう。
搦め手で何とかなる可能性もあるが、相手の将にこれほど強い者がいるとは予想外だった。
……この分だと悪魔も油断出来ませんし、これより強いと聞く藤原石丸も……。
危険だ、とペールは敵の評価を改める。
強いといっても所詮人間の軍隊だし大将を除いて、精々使徒に敵わない程度かと思っていたが、この分だと気を引き締めて掛からないと足元を掬われかねない。
主であるレオンハルトが負けるとは思わないが、自分達が足を引っ張ることは出来るだけ避けたいものだ。
「……魔物将軍。手筈通りに行きますよ」
「……了解」
という魔物将軍の短い応答を聞き、その指示を受けて魔物兵達が動くのに合わせて、ペールは前に出ていった。
勝負に勝った黒部に対し、煽てるような口調で、
「いやぁ~! お強い! なんてお強いんでしょう! まさか玄武様をこうもあっさりと倒してしまうとは!」
「あぁ? ……こいつが弱っちすぎるだけだ。動きも滅茶苦茶だしよぉ。……それよか、テメェの方が強そうな気配がするんだが――」
「ぎくっ……もう、冗談言っちゃ嫌ですよう。私なんて雑魚中の雑魚。新米ペーペーのペールちゃんです。可愛いだけが取り柄で性奴隷として戦場に連れてこられてるだけの存在なんです」
「……雑魚には見えねぇが……もしかしてテメェ――」
「はい! というわけで大将が負けたので撤退です! 撤退しますよーーー!」
「はっ!」
「あっ、テメェら! 待ちやがれ!」
「待ちませんよう! ――“粘着地面”!」
「うおっ!?」
黒部がこっちの正体に気づいたのか。しかしその声を無視し、追いかけてこようとした黒部を粘着地面という魔法で足止めすると、魔物兵達が玄武を抱え上げたところで急いで後方に駆けていく。
「それじゃあおっきなワンちゃん! 機会があったらまた会いましょうね! もう会いたくないですけど!」
「犬扱いすんじゃねぇ! 噛み殺すぞ! くそっ、抜けねぇ!」
ベタベタになった地面に足を取られた黒部を尻目にペールはとりあえずの仕事を完遂したことでホッと息をつく。
……これでレオンハルト様に褒めて貰えます……!
とりあえず、戻ったら報告して褒美をねだろう。性的なやつを。
ペールは頬に手を当てながら、スキップするようにレオンハルト軍本陣に帰っていった。
キナニ平野中央部に魔法光が煌めき、炎が吹き荒れた。
炎を起こしているのは煙管を振り回している褐色肌の細身、筋肉質の男だ。
魔人ザビエルの使徒――戯骸。草原の上で炎を飛ばす彼に相対するのは女だった。
「――雷撃!」
牽制の雷を飛ばし、途切れたように空間を移動する長い黒髪の女。
魔人レオンハルトの使徒――ハンティ。最強の使徒と名高い彼女との戦闘に戯骸は臨んでいた。
雷撃を左手から発生させた炎で打ち消し、ハンティの剣を右手の煙管で器用に防いだ戯骸は戦場で起きたとある変化について悟っていた。それは、自分と似た大きな力の気配。その二つが消えかかっていること。
その意味を、戯骸は正しく理解していた。それは、
……へっ、もう俺だけか。この分じゃ、式部も失敗してそうだしな。
思わず笑みが溢れるのは己の仲間達への“しょうがねぇな”といった苦笑の想いか、それとも見知った連中への“やるじゃねぇか”という賛辞の笑みか、戯骸には判断が付かない。
だがこちらの僅かな反応を読み取ったのか、ハンティの表情が若干曇った。ゆえに次に来る言葉は容易に想像がつく。
「……まだやる気!?」
……ほら見ろ。顔に出てんだよ。――“やりたくねぇ”ってな。
分かりやす過ぎる上、未だにその道を選び取ろうとしている相手に再び苦笑してしまう。
だからこそ、戯骸は言ってやった。苦笑を好戦的な笑みに変え、
「寝惚けたこと言ってんじゃねぇよ!」
「っ、この馬鹿……!」
炎をハンティ目掛けて放つ。苦虫を噛み潰したような、憤ったようなハンティの表情はまた分かりやすい。
だが、戯骸は思う。
……全部覚悟の上なんだよ……!
全て解っている。解った上で、覚悟を決めてきたのだ。
魔導はもう消え掛かり、煉獄もやがて消えようとしている。式部はどうか解らないが、敗北したのなら終わったも同然だ。
そう、終わったも同然。終わりとは――ザビエルの死に他ならない。
その未来を回避するために、戯骸はここで戦っている。
勝負に勝っても逃げられたら終わりだということも解っている。ハンティは瞬間移動を使う。僅かでも余力が残っていれば――それこそ気絶でもさせない限りは勝負に勝っても逃げられてしまうのだ。
ゆえに目的が成就される可能性はほぼゼロに近い。しかし、それでもなお、
「使徒として――諦めるわけにはいかねぇんだよ!」
「っ……!」
叫びとともに放った渾身の炎は、瞬間移動で簡単に躱される。
それに対して思うのは“馬鹿”という想いと、戦士としての冷静な分析だった。
……まだ余裕がありやがるな……!
こちらの攻撃を見て躱す。瞬間移動を用いれるならそれは簡単かもしれないが、仮に瞬間移動が使えなくてもハンティは余裕を持って躱しているだろう。反応に余裕があるのだ。身体の動きや目線を見ていれば解る。躱した後、こちらに対して有利な位置を取るために瞬間移動を用いているだけで、己の足を使っても回避することに変わりはない。
だからこそ余裕があり――それでいて舐めている。
こちらを、全力を尽くして倒すべき敵として見ていない。未だ戦わずに済む方法に未練を持っている。
……目を覚まさせてやらねぇとな……。
半ば憤った感情を燃え上がらせる。半分なのは、相手に本気を出させることが出来ていない己への未熟がためだ。
「分からねぇなら、分かるまで続けさせて貰うぜ!」
己を倒すべき敵として見てもらう、そのための一撃を戯骸は思考した。前方、炎を躱し、懐に瞬間移動で潜り込んできたハンティを煙管で払いながら戦闘の分析を行う。
……どうにもこいつ、ほぼ反射で動いてやがるな!
その動きを見て気づいたのがそれだ。ハンティは高速の戦闘の際に生じる判断の速さが、もはや条件反射レベルで刷り込まれているということ。こう攻撃が来たらこう躱す、こう防御されたら次の行動はこうする、といった戦闘の最適解が、あくまでも自分なりのではあるが見えているのだ。
無論、多種多様な状況が想定される戦闘において、完璧な正答は無い。それらは終わった後で理解するものだ。あの時にこうしていれば良かったな、と。それすらも、実際にやってみないと正解かは解らない。何かが起こって回避されたり、反撃されたりする場合もある。
しかし、その難しい判断にもある程度のパターン。大体の行動に通じる半分の正解というものがある。
例えば、剣や槍での攻撃は躱せるなら躱して前に出る。魔法は回避出来ないので当たっても良い部位を見極めるか、射線上に得物を合わせて弾く。そういった判断だ。大体は二択か三択ほどで、ある程度の戦闘経験を積めば得意不得意や相手の状況、周囲の環境なども合わせてどの選択を取ればいいか経験から分かるようになるし、自ずと判断速度も高速化する。ある程度のレベルに達した者達は、その判断を反射に近い速度で選び取るのだ。
それを極めたのが、いわゆる“達人”。才能と経験を習熟させ、一流の戦士となった者。
戯骸は、己もその戦士であるとは自負するが、それでも目の前の相手程ではない。このハンティという使徒の速度は異常過ぎる。
それこそ――魔人のそれだ。いや、その部分だけに関しては、魔人の中に混じっても上位なのではないかと思うほど。不可思議なものだ。
だが一つ、戯骸には思い当たる節があった。それは、
……そういや、レオンハルトと戦ってるんだったか。それなら納得だな……!
つまり、必要に迫られたから判断を極限の反射の域にまで高めたのだ。
模擬戦だろうが何だろうが、相手が最強の魔人であれば、身体能力の上では勿論及ばない。純粋な膂力、体力、速度の勝負になれば勝ち目はないのだ。
残るは技術だが、技術は一朝一夕で身につくものではない。その全ての要素で負けていては戦っても勝ち目はほぼゼロだ。ならば何かを伸ばしていくしかない。攻撃を躱し、攻撃を行うために何が必要か。
……それが判断速度だったってわけだな。
戯骸は得心する。レオンハルト程の魔人であれば、その攻撃は生半可な者では耐えきれない。躱すことも受けることも叶わない必殺の一撃はまともに食らえば己の主であるザビエルですら勝負を決めてしまいかねないものだ。
だが、瞬間移動なら戦える。
瞬間移動であれば発動さえしてしまえば容易に躱せる。ならば発動速度を上げてしまえばいい。もっと言うなら、
そうすれば、あのレオンハルトとすら戦えると、そういうことだ。最強の魔人の攻略法が解って嬉しい――わけがない。これが出来るのはハンティだからこそだ。
瞬間移動を反射の域で行えるのであれば理論上、ハンティが知覚出来る攻撃は全て躱せてしまうということになる。例え魔王の攻撃であっても、それが知覚出来るなら躱せるということになるが――言うまでもなく滅茶苦茶だ。
完全な反射の域にまで達してはいないものの、それでも並大抵の訓練では無かっただろう。文字通り、何百年とレオンハルトの攻撃を受け続け、それを知覚した瞬間に躱せるまで昇華したのだろう。
……と、それが解ったところでどうすっかねぇ……。
戦えてはいるが、攻撃を当てることは出来ていない。ざっと考えたところ、このハンティに攻撃を当てる手段は三つ。
一つは魔法。――なのだが、回避不能の魔法といっても限度はある。反対側に消えた相手まで追いかけるような魔法は極一部だし、それであっても剣で打ち払われたり、障害物に身を隠されれば意味はない。というかそもそも、自分は魔法が苦手である。この炎は己の生まれ持った能力のようなもの。魔法ではないのだ。よって早々に除外。
二つ目は、ハンティが反応すら出来ないほどの速度で攻撃を行う。――が、これが出来ていれば苦労していない。さっきの理論だと、ハンティはレオンハルトの攻撃ですらある程度は躱せるということになる。それを越える速度を出せるなら、主の代わりにレオンハルトと戦っているし、そもそもこんなことにはなってない。よって除外。
……なら、もう一つの方法しかないよな。
必然的に方法は絞られる。そして、そのための方法も何となく思いついた。
「痛い目、見てもらうぜ……!」
「あんたがね……!」
口だけはいっちょ前に本気みたいだ。
ともあれその方法を実行しようと、戯骸は攻めの手に出た。
ハンティは、攻める手を激しくした戯骸に対し、感嘆を得ていた。
……さすがは戯骸だね……!
魔人ザビエルの使徒。その大体がいけ好かない。少なくともハンティはその主も合わせて好きになれそうにない連中だった。
しかし、この戯骸だけは別だ。色々と厄介や迷惑も被ったが、その性根や性格は明け透けで気持ちのいい奴であり、真面目なこっちの気が抜けてしまいそうな奴だ。
その戦闘力も己と打ち合えるくらいに高く、噂では最強の使徒は己か戯骸かのどちらかである、というものも聞いた。実際、戦うのは嫌いではない。いつもは馬鹿みたいに強い戦闘狂か、言っては悪いが、自分よりも数段劣る相手との戦闘しか行っていないため、余計にそう思う。
その性格も強さも知っているからこそ、ハンティは戦うことを受け入れた。今でもそのつもりではある。
だが心の何処かで、やはり勝敗を付けたくないという想いがあるのだ。そしてそれは、戯骸の他の使徒達が、おそらく負けたか、負ける直前であることを察してからは余計にそう思ってしまう。
……あたしが勝ったら、戯骸は……。
と、胸に重苦しい物を感じて、躊躇いを覚えてしまう。こういった葛藤や割り切りには慣れたつもりであるのに。
ハンティにとって、望まない相手との戦いは慣れたものである。それは使徒になり色々あって、特に今の魔王に代わってから慣れたものだ。
現魔王のナイチサは人間を苦しませることを使命とし、上下関係や礼儀を重要視する。命令には逆らえず、人間相手に戦うことになるのは必然だった。
ハンティは使徒になって、様々なものを見た。人間と交流し、カラーやドラゴン、魔物とも交流を持った。その上で解かったのが、その一種族だけを見て、種族全体の良し悪しや善悪を決めつけるのは早計だということ。
人間を贔屓にしてはいるが、その人間も人間同士やカラー相手には魔物と変わらない残酷さを見せる。負けた方の村や町を破壊し、男を殺して女を犯す。魔物を嫌悪しながらも、魔物と全く変わらない行いを平気で行う。
魔物も、人間を苦しめ容赦なく殺してみせるが、同じ魔物相手への振る舞いは、確かな営みを感じさせるものだ。仲間を想い、気にかけ、時に優しさだって見せる。使徒になり、己を気にかけ、慕ってくる魔物将軍や魔物隊長、魔物兵や女の子モンスターを見てそれを感じたのは記憶に新しい。
望まず使徒になりはしたが、残忍で凶悪だと思っていた魔人にも、良い奴はいる。使徒だって、個性的ではあるが基本的に気のいい者ばかりだ。大陸を支配し恐怖に陥れる魔王だって、中には優しい心を持つ者もいる。
自分の元の種族であるドラゴンだってそうだし、カラーだってきっとそうだろう。ドラゴンは基本的に他の生物を見下しているところがあるし、カラーも人間を軽視しがちなところがある。いつか力を得て、魔物のように人間を苦しめないとも限らない。
そして悟った一つの法則は、
……勝者は敗者に、
逆に敗者は、どれだけ生物としての尊厳を踏み躙られたところで文句は言えないし、言っても意味はない。苦しむ者の数が少し増えるだけだ。
そんな敗者の運命を変える権利を持つのは、勝った者だけだ。
勝者だけが、敗者の処遇を決めることが出来る。それこそが、ハンティが魔軍で戦う理由でもあった。
……苦しめられることが変わらないなら、勝ってそれを軽減してやればいい。
魔軍の側に立ち、人間を速やかに敗北させることが、救いに繋がる。苦しめられる予定の人間を即死させれば、その先にある苦しみからは逃れられるし、高い地位を持つ使徒の立場や、魔人筆頭という主の地位を使えば、適当に理由を付けて命を救うことだって出来る。
なにも人間やカラーの味方になることだけが、救いの手段ではない。敵となることで救える命も、救えるものも多くあるのだ。
今回の戦いだって、レオンハルトや己が参加したからこそ多くの命を救えた。結果的に戦場で死んだ兵士以外は、占領した都市でも不要な殺戮も、拷問や暴行も行われていない。
仮にザビエル一人に任せていたらどれだけの人間が苦しめられたかは、奴が攻め落とした街を見れば一目瞭然だった。“自分達”が勝利したからこそ、戦い以外での不要な犠牲を減らせたのだ。
それに、もうハンティにとっては魔物だって見捨てられない。彼らにだって心があると解ってしまった。救いようのない悪人個人であればともかく、魔物全体を悪だとは言えない。
だから見るべきは個人。どんな種族にだって、良い奴もいれば悪い奴もいる。その大半も、敵や敗者に厳しいだけの者達であり、そういった者が大多数であるのだ。
そして戯骸は――
でも、主であるレオンハルトからの命令は、“従わないのなら、殺してしまえ”という苛烈なものだ。確かに、ザビエルの指示に従うというスタンスを取っている以上、戯骸程の力がある者を放っておけば、こちらにとって害になるかもしれない。
ならばやるべきだ。その覚悟は決まっている。決まっているはずだ。
「……! そろそろ決めさせて貰うよ……!」
「おう、来いよ……!」
ゆえに行く。ハンティは右手で振った剣を素早く戻し、煙管と炎による反撃が来る前に瞬間移動で10メートル程後ろに下がって離脱。
そして詠唱を始める。まず選んだのは氷属性の最上位魔法。
瞬間移動が解けた瞬間、ハンティは戯骸目掛けてその魔法を発動させた。それは、
「喰らいな――“絶対零度”!」
「っ、氷か……!」
見るからに火属性である戯骸に、氷属性はよく効く。周囲の草原一帯が氷に覆われていく中、ハンティは直ぐ様魔法の詠唱を開始した。次に放つのは火属性の必殺技。最上位かつ大規模な魔法だ。
「――“火炎流石弾”!」
「――! おおっ、すげぇ炎だ!」
「あんたからすれば温く感じるかもね!」
戯骸が目を見開く中、自分達が戦っていた草原一帯が、激しい炎に包まれる。
吹き荒れる火炎で草を燃やし、焦土としながらも戯骸はやはり効いていないようであり、
「ハハッ、いや、いい炎だ! 中々に気持ちいいぜ――って、こりゃあ……!」
戯骸が魔法を受けて、しかし驚いたように声を上げる。
冷え切った周囲一帯を極大の炎がぶつかり、辺り一帯には、
「――霧か!?」
今頃気づいても遅い、と声を上げずに内心で思う。
……視界が奪われた状態では、あたしを捉えることは出来ない……!
瞬間移動を使うこちらにとって、この状況は必殺ともいえる不意の一撃を放てる。
この一連の連携はレオンハルトをも喜ばせた連携だ。対応こそされたものの、よほど技術に長けた者でなければ対応することは難しい。
「くそっ、こうなりゃ――」
「――“粘着地面”」
「うおっ!?」
おそらく動きを、飛ぼうとしたであろう戯骸を止めるべく、動きを阻害する粘着地面を発動。地面をベタベタにして足を止めさせる。その上で、ハンティは腰を落として、剣を構えてから魔法を幾つか発動した。
「“高速飛翔”、“ゆらゆら影”、“ゆらゆら影”――」
まずは素早さを上げる魔法を三つ。重ねて掛け、素早さを約二倍に、
「“防御呪縛”、“ジャクタイン”――」
魔法で相手の防御を下げて、約半分に、
「“重加算衝撃”、“重加算衝撃”、“重加算衝撃”――」
更に魔法を重ね掛け、己の攻撃力を約三倍にまで上げた。その上で、
……これで決める!
ハンティは戯骸に向かって加速し、真っ直ぐに駆け抜けた。
敢えて瞬間移動は用いず、己の速度のみで正常な時の中を突っ走る。上級魔人に限りなく近づいた速度で、巨大なドラゴンの肉体を一瞬、浮かすほどの威力を秘めた剣の一撃を加える。
例え切れずとも、肉体を破壊してしまう一撃。それを用い、
「……さよなら――」
「――――」
ハンティの剣は戯骸の身体を、真っ二つに断ち割った。
寸分違わない一閃とその手応えに、ハンティは己の勝利と、戯骸の死亡を確信する。
背後で戯骸が、支えを失ったようにゆっくりと倒れる中、ハンティは剣士が行う残心に近い不動を貫いた。
しかしそれは恰好だけであり、緩んでしまっている、と自覚する。戯骸を殺したことは、やはり色々と思うところがあるのだ。
……でも、これで――。
と、ハンティは息を入れ、剣を収めかけた――そんな時のことだ。
「――――
「――!? な、ぐっ――!?」
直後、背後からの声とともに己の身が炎で焼かれる。それは明らかに、
「――戯骸……ッ! 何で……!?」
今しがた殺したはずのザビエルの使徒、戯骸が霧の中で覚束ない足取りながらもゆっくりと立ち上がる。
しかし立ち上がったところで、人形であったその姿は、徐々に大きな、炎の鳥のような姿に変わっていき、
「痛ってー……やっぱ慣れてねぇんでキツいが……とにかく、これでようやく一発か。……悪ぃな。さっきまでの姿のアレ、本当の姿じゃねぇんだわ」
と、戯骸の声で炎の鳥は言う。
紅く燃え上がったその鳥は霧が晴れた大地の上で、炎を喰らったこちらを見下ろしながらその名を口にする。
「こっちの姿の時の俺は――――朱雀。まあ適当にそう呼んでくれ」
真の姿を現した戯骸の声が聞こえた。
次回もハンティと戯骸の戦いが続きます。