「あーーー!! しつけぇ! いい加減に死にやがれッ!!」
「ぐっ……」
「っ……!」
西側の前線にて人間の将二人を相手にしていた魔物大将軍コウウは、もう何度目かになる攻撃で武士の将である女と爺を吹き飛ばした。
その際に、セットで敵軍の人間共もついでに槍を大回転させて吹き飛ばす。横目で膝を突いた人間の将二人を見ると、よろつきながらも再び立ち上がり、
「まだ、まだァ……!」
「これしき、で……朕を殺せる、とでも……!」
「チッ、くそうぜぇ蝿が!」
槍と刀、両の武器を構えた女と爺が並んでこちらに突っ走ってくる。踏み込み、右からやってくる女をまず蹴りで迎撃した。地面を転がり、吹き飛んでいく女を無視し、爺の刀を槍で受け止める。火花が散り、それなりの力での連撃を行ってくるが、槍の先端でそれを弾き、流れの軌道で槍を回し、石突きで肩を叩いた。吹き飛んだ爺に、死んだか、と思うも念の為トドメを刺してやろうと槍を突き刺そうとしたところで、その間に復帰してきた女が槍でとどめの一撃を弾く。不敵な笑みで、
「貴様は……ここで殺す……!」
「あぁ!? 誰が誰を殺すって!?」
死ぬのはてめぇらだ! と、突きの連打を行う。風を裂き、鋭く敵の命を刈り取ろうとする槍は、しかし相手の捌きの連続によって的確に急所だけを外される。腕や足、腹などに掠ることはあるものの、命を取ることが出来ない。それに対し、コウウは苛立ちを隠そうとせず、槍を握る手に力を込め、
「殺すとか言う割には防御主体か!? ――勝ちを諦めた敗北者が、俺の前に立ってんじゃねえよッ!!」
「う、あ……ッ!」
もう何度目になるか分からない槍のぶちかましを行い、ゴミ掃除をするように地面ごと爺と女を払い飛ばす。土が抉れ、そこらに転がった死体の山も一緒に崩れる。魔物兵の死骸もあるが、大部分は己が築き上げた武士や人間の兵士の死骸だ。それを見て思うのは、当然、という思いと見下すような侮蔑だ。
……やっぱ人間共は馬鹿だな。強い奴と戦ったら死ぬ。そんなのは魔物界の常識だぜ。
相手の強さを見極めれないのが弱者たる所以か。己の圧倒的な武力の前には、並の魔人すら相手に出来るものだ。人間が勝てる道理はない。
だが自分とて、魔人も含めれば最強とは言い難い。そんな化け物がうじゃうじゃとひしめき合っている魔境こそが魔物界であり、魔軍という組織だ。そんな自分達に、弱い人間の身で逆らおうとするのは余りにも馬鹿らしい。
……もっとも、ケイブリスみたいに媚び諂うのはアレだがな……。
あそこまで行くと気概が萎えてしまうような気がする。虎視眈々と上を見るコウウではあるが、ああはなりたくねぇな、と思う。自信を持つことが大事だ。自分はいつか絶対に魔人になる。そのために手柄を立てる。ゆえに、
「ぶち殺してやる……!」
と、槍を回転させ、必殺技を放とうとした。そんな時だ。不意の現象が起きた。
空から、色と音が生じた。色は紅蓮、音は戦闘の音。曇り空で隠れた太陽の代わりに大地を僅かに照らすような光。それに何事かと見上げてみると、
「あれは……」
ここから東の空。その上空で、二つの影が戦っている。
それは見覚えのない二人であったが、よくよく見てみれば、見知った顔がある。それは、
……レオンハルトの使徒のハンティ……か? 何と戦ってやがんだ?
火の鳥。そうとしか言えない相手と戦っている。見知った気配の様な気もするが、生憎と知らない生き物だ。
まさか人間の軍にいる妖怪の一種か、と思うも、そうだとしたらあの最強の使徒と名高いハンティと互角に戦える奴が人間の軍にはいることになる。そうだとすれば油断ならねぇな、と警戒を露わにしていると、背後から声が聞こえた。
「――コウウ様! た、大変です!」
「……あぁ? どうした?」
己を呼ぶ声に振り返れば、そこにいたのは麾下の魔物隊長。何か報告でもあるのか、と応じる。東の空を見上げ、
「ひょっとしてアレのことか?」
「そ、それもあるのですが、異様な状況となっていまして、その指示を頂きたいと……」
「? 回りくどいな。いいから言ってみな」
そう催促するように言うと短く頷き、魔物隊長はその状況を口にした。それは、
「……ザビエル様の使徒と、レオンハルト様の使徒が――――
「…………は?」
言われた言葉に、コウウは理解が及ばず、間の抜けた声を発してしまう。
今、魔法や矢が飛んできたら弾くことも出来ずに直撃していたやもしれない。それくらいの唖然だった。
「……何だそれは。冗談か何かか?」
「恐れながら、冗談ではありません……! 兵を動かして確認を取ったところ、どうやらザビエル様の使徒がレオンハルト様の使徒を捕らえようと戦闘を仕掛けたということらしく……」
続く魔物隊長の説明に、コウウは再び現実の認識に努めた。
魔人ザビエルが、魔人レオンハルトを目の敵にしているのは知っている。以前にボコられてからはより一層憎しみを募らせているらしいことも。その内、また襲撃を仕掛けたりするんじゃないかとも予測していた。死ねば魔人の枠が一つ空くし、それはそれでいいかとも思っていたのだが、
……まさか、人間との戦争中に? 何考えてんだあの
使徒という貴重な戦力を、一応友軍である味方相手に使うなど馬鹿らしい。魔物大将軍としてその行動に怒りを覚える。
だが、やるなら勝手にしろ、とも思う。ある意味、手柄は取り放題になったようなものだ。使徒がいないこの隙に、手柄を、とほくそ笑む。
しかしそれは、次の魔物隊長の言葉で頓挫することになった。
「既に煉獄様、魔導様、式部様もやられてまして、残るは戯骸様だけだそうです。つきましては、我が軍を指揮するコウウ様に、どうすればいいか指示を下されば……」
「……ああ、そうだ、な……」
そこで、コウウは脳裏に嫌な予感が走り言葉を止める。
そしてややあって気づく。こちらの上役である魔人ザビエルが、魔人レオンハルトに反旗を翻した、とも取れる行動を取った。そして、その軍を指揮するのは、
……あ……? ひょっとしてこれ……俺もその身内だと思われるんじゃねーか……?
ザビエル個人がその使徒達とともに、他の魔人に喧嘩を売ったところで知ったことではない。しかし今は戦争中、ザビエルは自分達の軍の総大将だ。その軍に所属する自分は、レオンハルトに弓を引いた主犯格の一人だと――
「…………まずい」
「え?」
コウウは頭を抱えて、叫びだしたくなり、我慢できずに叫んだ。
「――ふっっっざけんなっ!! 俺まで巻き添えを食らうじゃねぇかッ!!」
このままでは逆賊まっしぐらだ、とコウウは怒りを声に乗せる。よもやそんな事態になっていようとは夢にも思わなかった。
ザビエルの使徒ではない自分だが、大将軍として、その腹心であることはよく知られている。その立場を利用したこともよくあるのだ。そして軍全体を率いる立場としても、責任は自分に重く掛かってくる。知らなかったでは済まされないし、加担していたと思われても不思議ではない。
そしてレオンハルトの使徒が応戦しているというのなら、レオンハルトが動いても不思議ではない。実際に使徒達は殺されているのだ。ならば今度こそ、ザビエルも殺してしまおうと動いても不思議ではなく、
……い、いや、落ち着け! まだレオンハルトは動いていないはずだ。今から事情を説明しにいけば……!
己の実力に自信のあるコウウだが、さすがに四天王などの上級魔人に敵わないことは解っている。最強の魔人と名高く、ザビエルを一蹴してしまうほどの強さを持つレオンハルトに自分は敵わない。狙われれば死は免れないだろう。そうでなくても、責任を負わされる可能性が高く、
「……とりあえず、レオンハルト様の元に――」
「そ、それと……言い難いのですが……ザビエル様が、敵の総大将らしき人物と戦っているらし――」
「――はぁ!? テメェ、それもっと早く言いやがれ!!」
「す、すみません!!」
……こんの、クソ無能共がぁっ! くそっ、どうすりゃあ良い!?
敵の総大将とザビエルが戦っているが――いや、こっちは後回しだ。ザビエルはムカつくが強い。人間に負けることはないだろう。それどころか、総大将と戦っているということは、戦争自体は勝利が近い。
ならば後のことを考えて、レオンハルトに弁明をしに行くのが先だ。これを機に乗り換えてしまった方がいいかもしれない。ザビエルは総大将を討ち取ったところで、レオンハルトに殺される可能性が高いのだ。
それに、ここで考えている時間すら惜しい。コウウは即座に動くことにした。
「くそっ、こうしちゃいられねぇ! 俺は直ぐにレオンハルト様の所に向かう! お前も付いてこい!」
「は、はっ! しかし、ここの人間の相手は――」
「もう虫の息だ! 囲んで潰せ! どの道、武士がどれだけ頑張ったところで俺達の勝ちは揺るがねぇ! 今はこっちの対応が先決だ!」
「畏まりました!」
と、コウウは槍を収めると残った人間達を無視して、急いでレオンハルト軍の本陣に向かう。
その際に背後から、聞き覚えのある声が届いたが、
「貴、様……待て……!」
「逃げる、気か……!」
「うるせぇ雑魚人間共!! テメェらの相手をしてる暇はねぇんだよ! そこで野垂れ死んでろ!」
最早相手にもせず、後方に向かって走り去った。
上空では未だ戦いが行われている。片方はハンティだが、状況を聞く限り、あの火の鳥は戯骸ということになるだろう。
……くそくそくそっ! 何で俺がこんなことで奔走しなくちゃならねぇんだ!?
何故自分がこんな目に合っているのか、とザビエルを恨みながらコウウはレオンハルトの元に急いだ。
戦場、そして空と、それらを見る視線があった。眼下では変わらず人間と魔物の戦いが行われ、空では謎の生物による戦いが行われるのを見るのは、藤原家本陣に居る二人の親子だ。
子供の方が空を指差して、
「すっごーーーい!! 母上、火の鳥! 火の鳥ですぞ!! 火の鳥と何かが戦ってますぞ!」
「本当ですね……何でしょう、あれ……」
キラキラとした目ではしゃいでいるのはもも姫で、それを嗜めるようにしながらも空を見上げて居るのは春姫であった。藤原石丸の縁者である二人は空を見上げつつも、戦いの経過を見守っている。春姫の心中にあるのは、
……石丸様、大丈夫でしょうか……。
信頼はしているが、心配はどうしてもしてしまう。何しろ、今回の相手は魔人だ。幾ら石丸といっても勝てるとは言い切れない。
危険だからこそ自分達も本陣で待っているのだが、やっぱり付いていけば良かった、と思うくらいには不安が募ってしまう。
……ももの方も、不安でしょうね……。
と、己の血を分けた娘を心配して見るも、当のもも姫は空を相変わらず指差しながら、
「母上! 私、あれが欲しいです!! 次のお祝いの日にはあれを所望します!」
「もも!?」
娘のとんでもない発言に目を剥いて驚いてしまう。お祝いの日とは誕生日のことだろう。しかし、
「あ、あれは無理だと思います」
「何でですか!?」
「……ほら、鳥さんが可哀想――」
「父上に狩ってきて貰いましょう!」
「そんなお団子買いに行くみたいに気軽に……と、とにかく駄目です。あんなのお城で飼ったら、城が燃えてしまいます」
「……そういう問題ではないような――あ、はい。黙ります。指揮に集中するでありますよ!」
態々遠くから半目付きのツッコミを入れてきたミッチーを視線で黙らせる。娘の教育に悪い。
とりあえず別の物にしてもらおうと思い、宥めるも、
「むぅ……しかし、私はあれが欲しいです。背中に乗って飛びたいです」
「熱いですよ?」
「大丈夫ですぞ、母上! 父上が、“俺くらい強くなれば、炎など水に等しい。寧ろ寒いくらいだ!”と、仰ってました!」
「それは……」
……またそんな強がりを……。
普段から滅茶苦茶だが、子供の前では更に大言を吐くのが石丸の癖だ。確かに多少は耐えれるのかもしれないが、さすがに炎の鳥に乗るなど、火傷してしまうだろう。
だがそこで、ももは言う。
「だから父上なら魔人ザビエルという輩も、あっという間にやっつけて来ますぞ!」
「――――」
その言葉に、春姫は言葉を一瞬失いつつ思う。
……そういえば今回の戦で戦う魔人は、炎を扱うのでしたね……。
であれば、今のは自分を元気づけようとしてくれたのだろうか。魔人との戦闘で心配を出してしまっていた自分を、自然に励ましてくれた。
やはり石丸の子供だ、と思う。そして自分の情けなさを恥じて、
「……そうですね。父上は、必ず勝ちます。落ち着いておやつでも用意しながら待ちましょうか」
「ケーキ! この間食べたケーキが食べたいです母上!」
「……けーきはありますかねぇ……?」
とりあえず探しに行きましょうか、と、もも姫を連れて本陣を歩くことにする。先程自分で発した言葉を思いながら、
……私もしっかりしないといけませんね……。
武家の娘。武家に嫁いだ身として、不安を子供に悟られるなど恥でしかない。今自分がやることは、夫の勝利を信じ、家を守りながら待つことのみだ。少なくとも今は。
……信じていますよ、石丸様……。
戦場の何処かで戦っているであろう石丸を想い、春姫はもも姫の手を少し強めに握った。
――その戦いは、常人に視認出来るものではなかった。
余人に見えるのは、散る光と、線のような剣の軌跡。時折吹き荒れる黒の炎と、戦場を照らす幾つもの炎の残滓。草むらを一瞬で燃やし尽くし、しかし大地に残り続ける消えない炎。その中で戦うのは人間と魔人。人間が一蹴されるべき相対だ。
だがその戦いは傍目には、どちらが押しているか解らぬ程に拮抗しているように見えた。
ただ激しくなる金属の音の連続と、散る火花だけが、刃を打ち合わせていることを確認出来る。大将同士の戦いと聞いて駆けつけた魔物兵が近づくことすら出来ぬ激戦が、ザビエル軍の本陣で行われていた。
当然、その中心で戦っている魔人は、赤い外套と黒の鎧、燃え盛る火焔の如き逆立つ髪を持つ男。炎の剣を持ち、その剣に応対するのは魔人ザビエル。
魔人四天王の一角。嫌われはしても他の魔人ですら恐れるほどの戦闘力を持つその魔人は、薄っすらと汗をかいていた。彼は怒りとともに剣を振るう。
「貴様……!」
それは自分への怒りと、相手への怒り。
人間如きと互角の戦いを演じてしまっている自分への苛立ちと、それほどの強さを持った人間に対する苛立ち。それが燃え立つ火柱となって現れ、周囲を地獄の如き炎の海へと変えていく。時折、外れた炎が遠巻きで見ていた魔物兵を燃やし、灰にしてしまう。
それほどの火力、あらゆるものを灰燼と化す無常の炎。
――――しかし
「っ、ふはは! この火焔! まさに地獄の如き様相よ!」
だが、と。
その男は剣を握り、ザビエルへと肉薄してみせる。
「この程度であれば、むしろ涼しいくらいだッ!!」
「ッ!」
遠距離から飛ばす斬撃。かの魔人と同じことをしてみせる男の名前は――藤原石丸。
藤原家当主。初代帝。人類軍総大将。人類最強。
数多の称号を持つ、最強の剣士。帝の証ともいえる三種の神器を身に着け、帝ソードを振るう石丸の強さは、魔人四天王最強と称されるザビエルを以てして、驚愕に値するものであった。
「これほどの剣技……貴様、本当に人間かっ!?」
その剣技の冴えに、ザビエルは見覚えがあった。
そしてだからこそ人間とは思えず、同時に怒りを覚える。それはまるで憎き奴の剣の弟子を相手にしているようであり、そしてその人間に苦戦し、邪魔をされていることが、
「――巫山戯るな! 我を何処までも愚弄しおって……!!」
無敵結界があるので傷こそ付かないが、時折、攻撃が当てられる。身体に来る衝撃がそれを証明する。
人間に攻撃を当てられた。――それも我慢ならない。
ザビエルは憤怒の形相を浮かべ、石丸に吠える。
「ただでは殺さん……!」
死すら生温い地獄の苦しみを味あわせてから、殺してやる。
魔人としての力を振るい出すように、怒りと殺意、敵意に呼応するようにザビエルの剣が激しくなり、
「――――!」
石丸との間に、閃光の連続が走った。
数十の剣の連続が、火花を越えて散る光となり、音を響かせていくのだ。
魔人ザビエルと藤原石丸の戦いは、余人の介入を許さない死合となっていた。
次回も石丸VSザビエル。主人公の登場も近いな……