藤原石丸は、己の秘奥を以て激しく攻め立てていた。
剣を抜き、魔人と剣を合わせてから既にそれなりの時間が経っている。向こうの剣筋は大体読めた。故に剣での勝負に勝つのは簡単な筈であったが、理解っていても簡単に勝つことの出来ぬものがそこにある。それは、
……真の剛剣……! しかも、それだけではないな……!
剣の軌道を読み切り、それを弾くように剣を合わせても、こちらの方が弾かれる。何故なら速度や力、肉体的な能力で負けているからだ。
石丸は思う。武術の基礎は体を作ることから始まるのだ、と。
如何に技術を持っていても、身体が貧弱であれば、力が強いだけの者にやられてしまうだろう。剣の道理を知り、それを用いろうとしても、単純な速度で負けていれば後の先を取ることも難しい。
人間と魔物、魔人との戦闘というのは、詰まるところはそれだ。技術や戦術であれば、人も負けてはいない。だが人間と魔物。両者を隔てる圧倒的な力の差が、残酷なまでに勝敗を決定づける。
実際、この魔人との果たし合いで、石丸の剣は明らかに勝っていた。
しかし剣の技術で圧倒的に勝っていようと、人間を遥かに越える魔人の膂力と、それを用いた圧倒的な剛剣が石丸が押される原因となっている。相手も素人というわけではない。確かな剣の理がある。魔人の地力の高さを使った剛剣ではあるが、確かな技術と力があればそれを打ち破るのは難しい。
だがそれでも、
「“疾風”――」
石丸は少し距離が離れた隙に遠距離からの斬撃を放つ。以前よりも強化されたそれは正に風の如く、魔人の放つ炎を断ち切り、相手の炎剣に防御をさせることに成功する。
その一連の流れから、石丸は身を強く捻らせた。
摺り足でやや距離を詰め、上段からもう一度技を放つ。
「――“迅雷”!!」
「――ッ……!」
もはや可視化されるほどに高まった剣気の振り下ろしはその名の通り、雷の如し。地面を削ってしまうほどの斬撃。己の持てる最大の剛剣によって相手の防御を崩す。
その目論見通り、相手の体勢が崩れた。隙有りだ。故に当然、
「……!」
「がっ……! っ、貴様……!」
相手の懐に入り、胸を抉るように剣を振るった。
人間であれば――否、魔物や使徒であっても、今の一撃で勝負が決まるほどの斬撃。
しかしその刃は、魔人に当たる直前で壁にぶち当たったかの様に阻まれる。先程から己の攻撃を全て弾いている防御の正体は、
……無敵結界。
魔人の特性。あらゆる攻撃を弾く絶対の盾。
人間が魔人に勝てない最大の理由と謳われ、今まで幾人もの戦士の勝利を阻んできたその洗礼を石丸は受ける。
他の人間と同じように石丸の勝利を阻んだ無敵結界は、剣を弾き、魔人を勢いづかせる。
「この我に剣を……! 許さぬ、許さぬぞ人間っ! 焼き殺してくれる!!」
「むうっ……!」
その怒りを表すか如く、魔人の全身から膨れ上がるように放たれた黒の炎が石丸を襲う。地面を転がるようにしてそれを避け、次に放つのは、全く同時に行う斬撃。
「――“紅蓮”ッ!」
「――!? ぐっ……またしても……!」
三つの斬撃が同時に相手を襲う。衝撃によって身体は多少ぐらつくも、やはりその肌に血を流させることは敵わない。
だが、その剣がまたしても癪に障ったのか、魔人は鬼の如き形相でこちらに肉薄してくる。
「我に……
「っ……!」
力任せの攻めが連続される。
子供が振るえば恐るるに足らずの力任せも、魔人の膂力で振るわれれば一刀一刀が、人間を絶命させるに足る必殺の剣となる。
「その剣だけには負けんッ! 負けてなるものか――!」
魔人の叫びが連続する。
剣とともに振るわれる感情の発露は、魔人の力を爆発的に上昇させていた。既に多くの攻防を行い、細かな傷や出血、火傷も多い。体力も徐々に失われていく。
だが石丸は崩れない。崩れるわけにはいかない。
ギリギリのところで敵の剣を弾き、捌き、時には身を躱してそれを凌ぐ。そうしながら想ったことは、単純な疑問であった。それを石丸は口にする。
「っ……お前は、先程から一体誰を見ておる……!」
「何……!?」
剣を振るい、火花を散らしながらも問わねばならない。
だが、誰を見ているかは解る。だが、そういうことではないのだと、
「その“奴”とやらにどの様な恨みがあるのか、俺は知らんが――それでも、言えることがある……!」
それは、
「お前が今相手にしているのは…………“俺”だッ!!」
「っ……」
剣を少し押し返す。意地の反撃だ。
相手が見ているのは藤原石丸という人間の剣士ではない。この場にいない最強の剣士のことであろう。
石丸が憧れ、石丸が目標にし、最終的に倒すべき相手とした人物。石丸自身も、この魔人と同じように打倒すべき相手としている人物だ。当然、この戦いに勝てば次は奴だ、という想いはある。だが、
「俺はその男を目標にし、いずれその男と戦い、越えることを夢見た! ――だがそれでも、目の前の相手を蔑ろにする馬鹿者になったつもりはないぞッ!!」
「っ、人間如きが偉そうな口を……!」
反撃の力はほんの僅かに弱まる。そこを突き、一瞬の攻勢に出た。魔人が呻き、
「ぐっ……! 貴様も、この我を愚弄するかッ! 奴に挑むための、単なる障害物だと――」
「違う! お前の相手は俺で、俺の相手はお前だッ!!」
「…………!」
石丸の目は、少なくとも勝負の最中は、目の前の魔人しか映していない。
障害物ではない。目の前の相手も、越えるべき相手というだけのことだと、石丸は言う。
「俺はまだ、お前に劣る……! ならばお前を倒さずしては、先を考えられん!!」
そう。目の前の魔人ザビエルは、己よりも強い。
そして己が目標とする最強の魔人は、目の前の魔人よりも強いのだ。今、己の目標と相対しても、己はただ無様を晒して死ぬだけだろう。
ならばまずは、目の前の魔人を倒す。障害物などではない。それは、
「お前がその奴を打倒するべき存在だと思うなら……! お前は俺と同じ――――“挑戦者”だッ!!」
「……!」
「頂点に立つのは一人であり、それに挑めるのもまた一人。ただそれだけのことよッ!!」
そして、頂点に挑まんとする者が、同じ場所で顔を合わせたのならば、
「同じ山の頂きを目指す者同士……! ならば、剣を打ち合わせぬ道理はないであろうが!!」
魔人ザビエルは、眼前の人間に押されていた。
それは勝負の上でも、想いの上でもだ。
その鋭い剣技は、ザビエルにとっての憎き奴を思い出させる。
己の上に立ち続け、目の上のたんこぶであったその男。
だが、と。
自分はそもそも、何故奴を目の敵にしていたのか?
解らない。解らないが、目の前の人間は、奴を越えると口にする。
そこに何かがあると思い、ザビエルはその疑問を口にした。
「貴様は……矮小な人の身で、奴を越えるというのか……!」
「無論だ……!」
無理だ。魔人である己ですら敵わぬのに、人の身で敵う筈もない。
「我に敵わぬというのにか……!」
「無論だ……! お前を越えることが出来たのなら、次は奴を越える……!」
無理だ。己を越えたところで、奴には届かない。
「挑んでも死ぬだけかもしれぬぞ……! なのに諦めないというのか……!」
「無論だ!! 命を捨てる覚悟はとうに出来ている!!」
無理だ。命を捨てて挑んでも、何の意味もなく死んでいくだけ。
「っ、無謀だな……! 奴は出鱈目に強い……! 命を捨てる覚悟があろうと、奴に一太刀も入れられぬかもしれんぞ……! 殺すことなど、到底――」
「――生きているのなら、殺せない道理があるものかっ!!」
「っ……!」
奴の剣が、己の剣を穿つ。力が増している。あり得ないことだ。魔人である己の剣を、人の身で弾き返すなど不可能の筈。
だが、今こいつは確かにやった。不可能と思える事を一瞬だが成した。
そして浮かぶのは純粋な疑問。何故ここまでするのか、という不可解さだ。
それをザビエルは問う。
「……何故そこまで拘る!? 分相応に生きていれば、苦しまずに済むのだ……!?」
問うたところで、ザビエルは気づいた。
これは、
遥か昔から奴に拘り続け、己や使徒達の身を危うくする愚かな自分への問いなのだ。
だが、それが解らない。己は何故、奴に拘るのか。
屈辱を与えられ、憎いだけではないのか。
奴だけが評価されるという妬みではないのか。
ただ気に入らないというだけなのか。
だが、根本的な物が欠けている。芯となる物が欠けている。
何故自分は、ここまで奴を目の敵にしているのか。
その答えは、
「大したことではない……!」
既に多くの傷を負った石丸が言う。
それは、
「――ただ、1番になりたいだけだ……!」
「――――」
「頂点を目指さない自分など、
そして、
「その先に、俺にとっての幸せが……! 夢があるというだけだ……ッ!」
ザビエルは、その男の叫びを聞いた。
矮小な男の叫びは、己の在り方を思い出させた。
「…………そうか」
ザビエルは思う。それは、魂に刻まれた己の在り方だ。
魔物として生まれた自分は、ただ漠然と力を付け、弱者を圧倒していた。
己に匹敵する強者でさえも、力を付け、技を工夫し、最後には意地を通して闘争に勝利していたのだ。
そんな自分の前に現れた魔物の王と、それに付き従う最強の魔人。
魔王に忠誠を誓い、魔人となった。そうしてかの魔人の背に続いた時、ザビエルは思ったのだ。
――いつか自分が、目の前の男を越えて最強になる。
それは魔物の頃から続けていた己の在り方。
勝って1番になる。頂点に立つ。最強になる。
そうでなくては、自分ではない。勝つことを諦めれば、自分は自分でなくなる。
己の主よりも、何よりも優先するべき己の渇望。
己はただ、
「――――諦めきれないのか」
――
石丸は答える。
「俺は登ることしか知らぬ! 挑むべき山と、そこに続く道を見つけた――――後はただ登るのみだ!!」
ああ、そうだ。
魔物として、男として。挑むべき山があるのなら、
「…………人間。今一度、貴様の名前を教えろ」
「――俺は、藤原石丸!! お前を倒す者だ……!!」
その名を、ザビエルは呼ぶ。
「……石丸よ。我は魔人四天王が一人、魔人ザビエル。これより、魔王様の命に従い――――貴様を倒す」
既に道を違えた身。とっくに手遅れであるかもしれない。
だが、進むべき道を思い出した。
ならば最後にそれを果たし、挑戦して死ぬも悪くはない。
既に多くの無様を晒している。今更恥も何もない。
ならば最期まで悪足掻きをさせてもらおうと、
「――――もう言葉は不要か」
頷き、得物をゆっくりと携え、身を前に倒す。
その猛る想いが走り出す様に、
「――――来いッ!!!」
「――――ッ!!!」
瞬間。人間と魔人は初めて激突した。
石丸は、魔人が速度を上げたのを見た。
しかも速度だけではない。力も技も何もかも、先程までの戦いを凌駕する実力があり、
……これが魔人四天王の本気か!!
魔人四天王。約20体はいると思われる魔人の中でも、五指に入る実力者。
その中でも最強に近いと噂される魔人の全力は、人間の身では追いつくことも難しい。
だが、
……それでも負けるわけにはいかない……!
「……ッ!」
技術と経験、それらから見える勘に近い読みを用いて、その速度に追い縋る。
剣の初動と、そこから続く連携を読めば、辛うじて防御することは出来る。技術はこちらが上。ならば、初動を捉え、そこから予測出来る剣の軌跡に剣を合わせることで、致命は起こらない。
しかし、
……炎が……!
時折攻撃に混ぜられる炎は、剣理に沿ったものではないが故に、対応が難しい。
炎の動きは一定ではないのだ。直線で飛んでくる時もあれば、曲線を描いて来る時もあるし、放射状、または不規則な動きで辺りを跳ね回る時もある。
「っ、紅蓮!」
堪らず同時斬撃による攻撃と防御を行う。一度で三つの斬撃を行える紅蓮は、攻守の切り替えに於いても強力な技である。
だが、
「――効かん……!」
「っ……!」
ザビエルの強引な切り返しにより、押されてしまう。三つの斬撃の内、一つは相手の肩口に当たったが、それ以外を防がれてしまった。
先程まではこの技を見切ることが出来ず、衝撃によろめくこともあったザビエルが、ここに来て、こちらの剣技に対応して来ている。
……否! これこそが、此奴の本来の実力……!
石丸は気を引き締める。先程までは勝負に集中もしておらず、動揺もしていたため、力以外は怖い存在ではなかった。
だが目の前の戦いに集中し、本気を出した魔人四天王の実力はやはり伊達ではない。
「どうした……! それでは我を倒すことなど出来ぬぞ……!!」
炎を自在に動かしながらも、ザビエルは炎の剣を用いて近接戦闘を挑んでくる。新たな火傷を負い、骨が軋みを上げる。
正に炎を得意とする魔人に相応しいものだが、剣技においても隙が消えはじめた。こちらの技に対し無理に対応しようとせず、時には下がり、炎を飛ばしての牽制を行ってくる。
それに怯むと、相手は燃え盛る炎の中を構わずに肉薄してくる。炎を扱う魔人、ましてや自身が放った炎である。火傷となる道理はない。
しかもこの連撃は、弾いたところで止まることはない。圧倒的な力と速度は、こちらに10回に1回程度の反撃しか許してくれない。
その反撃も相手は読んでいるのか、綺麗に下がって攻撃をいなしてくる。
完全なジリ貧という状態だ。このまま戦闘が続いても、基礎体力の差でこちらが不利となる。先に体力が尽きるのはこちらなのだ。そうなれば敗北である。
だが、そうでなくとも敗北は必至。本気の魔人の実力。それと相対、対応することは、既存の技では不可能だ。
疾風や迅雷で遠距離から斬撃を行っても容易に防がれ、紅蓮は放った瞬間には既に下がられている。惜しいところまではいくが読まれているのだ。
そして、それが当たったとしても、無敵結界の壁に阻まれる。無敵結界を攻略しなければ勝ちはないのだ。
……そのための技は……。
石丸の原点ともいえる剣王伝。疾風や紅蓮の発明に役立った本にも、そのための技は載っていない。
だが、それを実際に見たことはあるのだ。
それは忘れもしない。数十年前。
石丸が大陸に旅に出たときのこと。
とある王国での事件を解決したと思ったところに現れた仮面の男。地下神殿で交戦し、完膚なきまでにボコボコにされ、敗北を得た。
その時の最後の攻防。その時に奴が放った技を、石丸は見覚え、今の今までそのための修行に費やした。
相手の流れを読み切り、相手に攻撃を返す技。
それを使うためには、己の肉体を頭の天辺から足の指先まで完全に制御し、その上で相手の攻撃に完全に合わせる必要がある。
今まで一度も成功したことはない上に、失敗すれば死ぬ。
その重圧の中で、しかし石丸は笑ってみせた。
……勝つ。
難しいことは考えない。
……勝つ!
その一念だけで、今まで乗り切ってきた。
出来ることは全てやってきた。やり遺したことはない。
後は己のやってきたことを信じるのみ。
負ければ、自分はそれまでの男だったというだけのこと。
勝てば、己はまだ登れる。
この果てしない剣の道を。己の夢に続く道のりを。
……まだ登れるのだ……!
ゆえに、石丸は決死の修羅場へと、自らを追い込んだ。
「――っ!」
ザビエルが驚愕する。
こちらの剣の――否、纏う気が変わったことを悟ったのだろう。
剣を下段に、だらりと自然体で構え、石丸は静かな神気と剣気が入り混じった闘気を乗せて告げる。
「――――来い」
これが、己の必殺だ。
ザビエルは静かに待ち構える石丸に、対応を迷った。
――明らかに纏う空気が変わった。
何かをしようとしている。それは理解出来る。
だがこちらには無敵結界がある。何を仕掛けられようともこれを突破することは不可能。
しかしその上で警戒して、遠距離から炎で潰すことも出来る。確実に勝つにはその手を取るのが良いのだろう。
だが、
「……良いだろう……!」
人間の挑戦だ。
大陸の支配者たる魔人が逃げるなど、恥以外の何物でもない。
「何をする気か知らんが――――受けて立つ!」
ザビエルは行った。
敵を見据え、ただ敵を倒しに行った。
右手に炎を纏わせた剣。それを黒の炎に変えながらも、全力で突っ走る。
石丸は下段に剣を構えている。こちらの上段、あるいは胴切りに合わせようとしているのだろうか。
だがザビエルは、その考えを捨てた。
剣において、自分は相手に劣る。業腹だが、劣ることを認めようと。
そしてその剣理に沿うことは、相手の有利にしか働かない。考えても無意味だ。
なればこそ、ザビエルは己の全力を出すことに終始した。
奴を倒すために鍛え上げた己の力。その力を全て、目の前の人間にぶつける。
相手の負傷、体力の衰えは明らかであり、これを止めることは不可能。魔人であっても対応することが難しい一撃。人間であればまたたく間に押し潰される。
……勝つのは我だ……!
もはや相手の動きは見ない。
余分な思考の全てを削ぎ落とす。
ただ目の前の人間に対し、己の全力を乗せた剣を振り下ろせばいい。
そして、前に出た。
普段よりも鋭い動き。以前よりも力が増している。
その違和感には直ぐに気づいた。力が増しているのではなく、
理由は、
……そうか。死んだか……。
奴を陥れるために向かわせた己の使徒が死に、与えた力を主に返している。
通常、使徒が死ねば主に対してその力は徐々にではあるが返ってくる。
だが、これほどに早く戻ってくるとは思っておらず、
……すまない。
彼らには悪いことをしてしまった。
己の無茶な頼みを、全力で為そうと力を振り絞り、その上でまだ力を貸してくれるのだ。
――お前たちの為にも、勝ってみせる……!
おおよそ初めて感じた気持ちであった。
真の意味で、誰かのために戦うということを覚えた気がした。
その自覚は、ザビエルにはない。だが、
……勝ちたいのだ……!
この戦いに勝ったところで己に未来はない。使徒達も既に死んでしまった。己も遠からず、同じ運命を辿るだろう。
だが、失うものも何もない。仲間も、名誉も、未来も、全て無くなったが、それを受け入れてしまえば、もう怖いものなどはなくなるのだ。
そして最後に残ったのは――純粋な己の力のみ。
その上で最期に勝ちたいと、勝利のための渇望はより一層強くなり、己の最後の火を灯してみせると、
「――――勝負だ!!」
剣を振り被り、己を業火と化し、修羅場へと飛び込んだ。
刹那。
誰もが息を呑んだ。
焔で視界が阻害されながらも、総大将であるザビエルの勝ちを疑わずに見ていた魔軍の兵。
遠目でその様子を窺っていた藤原石丸の参謀である悪魔月餅。
更に遠くから戦いを見届けようと、気配を断っていた男。
その全てが――――ザビエルの勝ちを予知した。
「我の――――勝利だ……!」
ザビエルの剣が、石丸の首に迫る。
ゆっくりと、走馬灯の様に遅くなった視界の中で、誰もが勝ちを確信する。
だが――そこで石丸は動いた。
「…………
それは静かな声であった。
だが不思議と、響く声であった。
同時に、石丸の剣は緩やかに。それでいて誰もが動いたことに後から気づくほどに自然な動作で動いた。
だが次の瞬間、剣は見えなかった。
「――――“流水”」
技の名を告げた。
一瞬、防がれたと石丸の剣を受けたザビエルの剣がそっくりそのまま――ザビエルに向かって跳ね返る。
そして、
「――――」
ザビエルは攻撃を受けた。
自身の胸を深く傷つける一撃。無敵結界を突破したその攻撃は、
「我、の…………」
ザビエル自身の、剣であった。
そしてそれこそが、無敵結界が作用しない原因であった。
無敵結界は前提として、他者からの攻撃を防ぐもの。
必然的に、自刃に対しては発動しない。
石丸の剣は、ザビエルの攻撃を跳ね返すことで、攻撃を通すことに成功したのだ。
そしてその一撃は、致命の一撃であった。
「…………負け、か――――」
ゆっくりと、力を失ったザビエルの身体が後ろに傾いていく。
地面に倒れていくザビエルの姿を、誰もが信じられないような表情で見ていた。
その事実をはっきりと理解し、納得出来たのは、その場にいる二人だけであった。
「……俺の…………勝ちだ……」
傷に塗れた石丸の身体が震える。
地に足を付きながらも、その様相は落ち武者と見紛うほどに血に汚れている。
だが石丸は、確かにそこに立ち、生きて、
「――――!」
そして、叫んだ。
己の勝ちを知り、しかし信じられないほどの達成感や、高揚、身体の震え、感情を全てを吐き出すように叫び――そして、勝者の義務と権利を行使した。
「敵将、魔人ザビエル……! ――――討ち取ったりィィ――!!」