戦闘は次回から。今回は幕間的な本編をどうぞ
キナニ平野の戦いから数日が経過していた。
夜の空の下にある人類軍の前線司令部の都市では、篝火が幾つも灯されている。その周囲には多くの兵士達が酒や料理を片手にしながらも程々に騒いでいる。その中心には、魔人の撃破を果たした立役者が赤みがかった顔で酒を片手に暴れており、一緒になって騒ぐ者や、安静にしてほしいと嗜める者、それを眺めて笑う者など多くの人間、それと妖怪が一先ずの勝利を一様に喜んでいた。
「さすがは父上です! やはり、父上は最強です!」
「ははははは! そうだろうそうだろう! 次も父の格好良いところを期待しておれ!」
「はい、期待しております!」
「流石は石丸様! 次はわしも活躍して見せますぞ! あのコウウとかいう魔物もぶっ殺してくれよう!」
「あれは朕の得物じゃ! 小娘では荷が重かろう! 後方に下がって油でも売ってるがよいわ!」
「んじゃと糞爺!? 貴様は怪我人じゃろうが! これを機に隠居でもしてろ!」
「もうっ、三人共酷い怪我だったんですからゆっくり休んでください!」
春姫の眉を立てた言葉に、石丸や頼光、田村麻呂など怪我が特に酷かった者達が揃って唸る。
手配した神魔法の使い手のおかげで傷こそ綺麗に塞がっているが、失った血や体力は自然に治すしかない。なので本来は安静にしないといけないのだが、石丸達は喜んで宴に参加していた。
子供達に武勇伝を言って聞かせるのはまだしも、酔って暴れた挙げ句、身体に負担を掛けるのはあまりよろしくない。
だが、どの道完治するまではしばらくは戦いには出さないようにと軍師達の話し合いでは決まっている。少なくとも明後日の戦いには出れないだろう。
なので酒に酔った後に大人しくしてくれるならそれでも良いかと思うが、しかし、
「ちゃんと見てないと勝手に出ていきそうですね……」
「そうでありますなぁ……いっそ縛っておきますかな?」
「縄くらいじゃ普通に引き千切って来んだろ」
ですよねぇ、とミッチーや黒部の言葉に吐息付きで応じる。続いて月餅が静かな声で、
「一応石丸様に関しては士気向上の為に参陣はする予定ですが、本陣に引きこもって貰う予定となっております。……石丸様が見てるだけで我慢できるかは疑問ですが、戦場では儂が見張っておきましょう」
「……お願いしますね、月餅さん」
任されました、と月餅が頷く。しかし、とミッチーが顎を撫でさすりつつ、
「とはいえ戦力に不安がありますなぁ……」
「はっ、そんなの俺が補ってやらぁ」
「勿論、黒部殿は紛うことなき主力。今回は頼光殿麾下の源氏の方々を休ませたいので、敵の真正面に当たれるように一番の激戦区に配置致します」
おお、と軽く頷く黒部。一番危険と言われても臆することがないどころか、戦意を滾らせているのは流石は妖怪を束ねている妖怪王だ。ミッチーや月餅も信頼しきっている。その強さを知っているからだ。
ゆえに心配なのはそれ以外の部分であり、
「ですが、敵の戦力はまだまだ強大でありますな。先の戦いで頼光殿や麻呂殿を倒した大将軍コウウや、もう一体の大将軍リー。それだけならまだしも、魔人筆頭とその使徒が相手でありますからなぁ……」
渋い顔でそう言うミッチーに、春姫は気になって尋ねる。
「……やはり、厳しいのですか?」
「……士気と数の上ではこちらが勝っているでありましょう。相手は旗印であった魔人の一体。それも魔人四天王を失い、多くの兵が離散したのに対し、こちらは開戦初日だったこともあって、被害は軽微。無敵の魔人を討ち取ったことで将兵の士気が上がっただけではなく、大陸各地の民が期待の声を上げていますな」
「そのおかげで志願兵が増えております。各地の有力者からの援助も多く頂き、戦をするに当たってこれ以上ないほどの条件が揃っていると言えるでしょう」
だが、と、ミッチーの説明を引き継ぐように語った月餅は続けて問いの答えを口にした。
「魔人の武勇は、あらゆる戦略、戦術を凌駕してしまう可能性があります」
「今回は運が良かったでありますからなぁ……初日で様子を見ていたのか、戦場で暴れることはありませんでしたし……ぶっちゃけ石丸殿に頼れない明後日からは、しばらく防衛戦に近い感じで戦うことになるかと」
「……そんなにですか」
魔人の強さ、というのを春姫はほぼ知らない。十数年前に
話としても恐ろしいほどに強いというのは聞いているが、石丸は倒してみせた。石丸と同等以上の強さであれば戦場では脅威であるということは理解出来るが、それでもこちらの方が士気と数で勝っているのに、その次戦から直ぐに防衛戦をしなければいけないほどに脅威なのか、と疑問が湧く。
だがその疑問にはミッチーが答えてくれた。
「まあ、最初は向こうの兵も及び腰でありましょうし勿論攻めますが、少しでも押され始めたら防衛に徹する予定でありますな。魔人を倒せない我々では、どれだけ頑張っても時間稼ぎが精一杯でありますし……」
「…………そうですな」
ミッチーの言葉を聞いて、月餅が間を置いて静かな声で頷く。魔人の強さを憂いているのだろうか。しかし、
……石丸様に頼ってばかりでは駄目ですよね……。
春姫は手をぎゅっと握りしめて元気づけるように微笑みながら、
「石丸様の負担を少しでも和らげるために皆で頑張りましょうねっ!」
「……はっ、お任せを」
「頑張りすぎて死んだら元も子もないので、程々な感じで――って、春姫殿は石丸殿の傍に付いておかないと。何かあったら作戦立てた小生や月餅殿が多方面からボコボコにされて……特に頼光殿に知れたら源氏殺しされてしまいますからな」
「ふふっ、そうですね」
「……そういや、たまに言ってるその源氏殺しって何なんだ?」
と、黒部が問う。ミッチーが微妙な表情で、
「……半半殺しのことでありますな」
「あん? じゃあ四分の一ってことか」
「……いえ、半分殺してからまたその半分殺すので四分の三殺しであります」
「……それ、ほぼ死ぬんじゃねぇか?」
「源氏ではやらかした人間には大体これでけじめをつけるのでありますよ。切腹させるよりは優しいだろうということと、少し瀕死の方が攻撃力が上がる気がするとか狂人みたいなことを真面目に言っているので、彼女らは喜々としてそれをやりますな……」
「……魔軍より先にあいつらをどうにかした方がいいんじゃねぇか?」
「あ、あはは……とにかく、頑張りましょう」
苦笑いしつつ、折角なのでお酒を注ぐことにする。
ともあれ、こうやって騒げるのも今日で終わりだ。
明日は丸一日戦の準備であるし、明後日には再び魔軍との本格的な戦になる。
だから今日のこのひとときくらいは、肩の力を抜いて楽しもうと、藤原家の面々はほんの少しの夜更かしを行うのであった。
一方その頃。
魔人四天王の一角であるザビエルの死は、魔物界に住む者達を震撼させた。
その多くは魔人がやられたことによる純粋な驚愕であったが、魔物界の支配者層である魔人達の反応は様々なものであった。
だが魔人達の中で最も多かった反応は、仲間がやられたことによる悲嘆や義憤といったものではなく、それとは正反対のものであった。
「ぎゃはははははッ! おい聞いたか! あのザビエルが、あのザビエルが人間にやられたんだってよ!」
「ええ、聞きました。大方、無敵結界を切って遊んでいたところを不意打ちでもされたのでしょうが……魔人の面汚しですね。同じ魔人としていい迷惑です」
「ザビエル様――いや、ザビエルって馬鹿ですねぇ。まあ、死んでくれて清々しましたが」
「全くだ! はははは、ざまぁみやがれ!」
魔王城で集まっていた魔人達は、口々にザビエルの悪態をつき、死亡の件を肴に酒を煽るように飲んでいた。
傲慢で他の魔人をその強大な力を用いて虐げることも多かったザビエルは、ほぼ全ての魔人からよく思われておらず、むしろ死んだことを喜ばれていた。
ゆえに仲間の魔人が死んだというのに、この喜び様である。魔王城の部屋では食事や酒を己の使徒に運ばせ、ザビエルの悪口を言い合う軽いパーティと化していた。
だがそんな者達もいれば、ザビエルではなく別の部分に目を向ける者もいる。
「レキシントン様、本当に行くんですか?」
「レオンハルトに怒られても知らないよ?」
「ハーッハッハッハ! 馬鹿野郎! あのザビエルを倒した人間だぞ! どんな奴かは知らんが、体が疼いてしょうがないわい!」
と、馬鹿笑いしながらも機嫌良く大股で魔王城の廊下を行くのは鬼の魔人レキシントンと、その使徒である全裸の二人、アトランタとジュノー。
大の戦好きのレキシントンは、ザビエル戦死の報を聞くと配下の鬼を伴って戦場へ向かおうとしていた。使徒がやんわりとレオンハルトに怒られるかもしれないと止めたが、その言い訳はとりあえず行ってから考えると言い切ったので苦笑しつつもそれに付いていっている。援軍とか何とかの許可を魔王様に取れば大丈夫か、と使徒が一応、予防線を張ることを考える。
だが他にも、そのザビエルを倒した人間に興味を抱いているものがいた。
「魔人を倒すほどのベリーストロングヒューマン……そのボディを手に入れればミーのパワーも格段にアップ! クケ、クケケケケ!」
大型の魔物の肉体に寄生し操り、狂った笑い声を響かせているのは宝石の魔人であるレッドアイ。
命ある生物を殺すことと、強くなることの二つのみを目的とするレッドアイは如何にしてその人間の体を手に入れるかをデジタル的な思考で模索し始めていた。他にも、
「ふーん……あのザビエルが人間に、ねぇ……? 嘘くさいけど、もし本当なら人体実験用としては使えるか。相当頑丈だろうし。でも――」
と、ブツブツと研究についての思考を垂れ流しているのは魔人パイアール。
とある目的の為に研究にしか興味のない彼だが、強い人間であれば無茶な生体実験にも耐えられるかもしれないと少しだけ思考を割く。
だが、そのためにはレオンハルトに頼んでその人間を捕まえるなりを頼まないといけない。そうでなくとも、あのレオンハルトに許可を取り、ザビエルに勝つほどの人間を自分自身で捕まえなくてはならないというのは、リスクとリターンがあまりにも釣り合っていないので直ぐに思考することをやめた。非公式ではあるが魔人を倒した実績のあるパイアールだが、魔人を倒した人間、という共通項でもあるはずの部分にはあまり興味を持っていないようであった。
そして他にもパイアールが疑問視したように、ザビエルが人間にやられたことを疑う者もいる。それは、
(……はっ、どいつもこいつも馬鹿だな。ザビエルが人間に殺されるわけねぇだろ)
と心の中だけでその話題で盛り上がる魔人達を見下したのは魔人ケイブリス。
彼はザビエルが人間に殺されたのではなく、別の者に殺されたと思っていた。ムカつく奴ではあるが、魔人四天王という席に着くだけの実力があるのは解っている。ならば、殺せる者も必然的に限られるのだ。
(レオンハルトが殺したに決まってんだろ。ザビエルのこと、嫌ってるみてぇだったしなぁ)
最強の魔人であるレオンハルトであれば、ザビエルを殺すことも可能。しかも二人とも同じ戦場にいる上、動機もあるらしいとくればそう思うのも必然である。
きっと人間に手に掛かったという風に見せかけて殺したのだろう。いい気味ではあるが、
(……いや待てよ。そんな分かりやすいことをあのレオンハルトが本当にするのか?)
しかしケイブリスは持ち前の猜疑心で、それを再び疑ってかかる。というのもレオンハルトという魔人をそれなりに知っていると自負しているからであり、
(あんな魔人二人しかいない戦場で殺せば、自分が殺してますって自白してるよーなもんじゃねぇか)
別に強い魔人が弱い魔人を殺すくらいは当たり前の話だが、それはケイブリスの考えであってレオンハルトはそうではない。
誰に対しても、それこそ最弱であった自分にすら平等に接していたレオンハルトが、何があったのかは知らないが嫌ってるくらいで、しかもそんなバレバレな殺し方をするのか。魔王城とかであれば誰がやったかも解らないのでやりやすいし、魔物界にいる時にやっちまった方が手っ取り早いとケイブリスは思う。となれば、
(……ま、まさか……本当に人間に……?)
それを想像した途端、ケイブリスの背筋に寒気が走った。
冷や汗を垂らしながら、
(……と、とりあえず……しばらく人間には近づかないようにしよう)
ザビエルを殺せるならば自分も当然殺せるということになる。ゆえに内心で密かに、少なくともその人間が確実に死ぬ百年は人間と戦うのはやめておこうと心に決めたケイブリスであった。
だが一方で、レオンハルトが殺した、と確信を持っている人物もいた。
「くくく……やってくれたな、レオンハルト……!」
くつくつと笑い声を響かせているのは、ザビエルと同じ魔人四天王の一人であるプラチナドラゴンの魔人、カミーラ。
彼女にしては珍しく機嫌良く笑みを浮かべているカミーラは、以前自分の城で結んだ約定をレオンハルトが果たしたのだと確信していた。
「く、くく……よもや、これ程に早いとは……」
「はい、驚きですね。カミーラ様」
カミーラの忠実な使徒である七星もこの結果には驚いている。
どのような方法を取ったのかは解らないが、集めた情報からするとレオンハルトが殺したという目撃情報は無く“人間が殺した”という情報が入ってきている。
だがそれによってザビエルの評価は今、地に落ちている。そのおかげでカミーラの機嫌はここ数百年では一番と言えるほどである。
これは見様によっては、レオンハルトが自分の手を汚さず、人間の手で殺した――もしくは殺したと見せかけることによって、ザビエルの評価を地に落としたという可能性もあるのだ。
少なくとも七星やカミーラは、レオンハルトがザビエルを憎み、珍しい悪い顔を浮かべているところを見ているため、そのように思っていた。
「くく、戻ってきたら、土産話を聞かせて貰わないとな……」
そう言って、カミーラは自分の城へと帰っていった。
そんな中で、レオンハルトと親しい魔人の一人である彼女は、城から出ていこうとしていた魔人を咎めているところであった。
「――どこに行く気かね? レキシントン」
「ああん? 誰――って、ケッセルリンクか」
レキシントンが振り向くとそこには魔人四天王の一人、ケッセルリンクが立っていた。人の名前や顔をあまり憶えない、憶えたとしても忘れてしまうレキシントンでも、さすがに自分より強い者の存在はちゃんと記憶している。
そしてそのケッセルリンクの背後には、メイド姿の使徒が三人。シャロン、パレロア、エルシール。彼女たちは主に付き従うように背後に控えながらも、邪魔をしないように笑みのまま自然な動作で不動と沈黙を保っている。
レキシントンは彼女らを見て、いやらしい表情を浮かべて笑う。
「相変わらず良い女連れてるな。どうだ、儂と
「――私の質問に答える気はないのか?」
「っと、冗談だ。恨みを買ってしまっては後が怖いしのう。言われんでもやる気はないわい」
「三度目だ。――どこに行く気かね?」
「……はぁー、わかった、わかった。行くのをやめれば良いんだろう?」
ケッセルリンクの重圧の乗った冷たい視線を浴びせられ、レキシントンが肩を竦めて降参だ、と言わんばかりに首を振る。
「……分かればいい。では、私はこれで――」
「おおっと! その代わりに……解っておるな?」
「…………戦う気か?」
踵を返そうとしたケッセルリンクを、レキシントンが意気揚々と言葉を差し止める。その瞳から向けられる闘気が、何を要求しているのかを如実に語っていた。
「儂と話がしたい時は酒だが、儂に言うことを聞かせたければ――――戦って勝ってみせろ!!」
ハーッハッハッハッ! と、高笑いを始めたレキシントンに、ケッセルリンクは未だ冷たい表情のまま圧力を強くする。だが怯むことのないレキシントンに諦めが付いたのか、軽く吐息し、
「……良いだろう。ただし手加減は出来ないが、本当に構わないのだな?」
「ハハハ、手加減なんぞいらん! 全力で来い!」
そう言って二本の金棒を取り出すレキシントンに対し、ケッセルリンクはただ右手を曲げるように上げて応じる。武術の構えのような所作ではないにも関わらず、全くの隙がないケッセルリンクにレキシントンは笑みをより深くした。
背後の使徒たちはいつの間にか離れており、
「レキシントン様ー! 頑張ってください! 宴の準備はしておきますから!」
「頑張れー、レキシントン。負けたらイッキ飲みね」
「おう、多分負けるが勝つ!」
「……来い!」
アトランタとジュノーの応援を受けレキシントンは床を踏みしめると、待ち構えるケッセルリンクへと金棒を振り下ろした。
「――ということがあった」
「……そうか。大変だったな」
占拠した都市の王宮。その中の豪奢な一室にて、魔人レオンハルトはやってきた魔人ケッセルリンクの話を聞いて溜息を吐いた。
部屋の中には、椅子に腰掛けるレオンハルトとケッセルリンクの他、食事用の大きなテーブルの前に座った褐色の男もおり、
「へぇ、そんなことがあったのか……お、これ美味いな。これはなんて言うんだ?」
「……はい。それはトキカマクという我が国の料理人が開発した料理で……」
「ほう、良い仕事してるな。なあレオンハルト、俺への報酬はこの国の料理一年分で良いぜー」
と、料理のことを給仕をしているこの国の第一王女、エクレアに質問したガルティアはいつもの様に食事を摂りながら器用に声を出し、レオンハルトに向かってそんなことを口にする。軽い提案にレオンハルトは眉をひそめ。
「ふざけるな。お前の一年分とか俺達の何年分になると思ってる。レシピは控えさせてるからそれで我慢しろ」
「えー……いやまあレシピは嬉しいけどよぉ。働きがいがねぇなぁ……」
不服そうに言うガルティアにレオンハルトが“我慢しろ”と再度告げるが、悪い空気ではない。魔人としての恐ろしい一面しか見ていないエクレアから見ても、親しみが感じられるやり取りであった。
だが、気丈に振る舞っては見せても、内心ではかなり動揺していた。
何しろ、当初は二体と思われていた魔人の内、一体が消えてなお三体存在するのだ。魔人の物になると誓いを立てたもののいきなり三体の魔人と同じ部屋で、しかもただ一人の人間の身で働くことになるとは思わなかった。
……でも、国の為に頑張らないといけませんわね。
三体の魔人が部屋の中。それほどの無理な状況に陥ると逆に諦めが付いて開き直れる。こうなったらより魔人に気に入られるように振る舞うしかない。それが国の為であり、自分のためでもある。
そうしてエクレアは魔人達の話を聞きながらも、それを表情には出さないように努めつつ、同時に魔人の為に働いた。お酒のボトルを手に、魔人レオンハルトに近づくと、
「――お注ぎします」
「……頼む」
グラスに注ぐのはドンペリのホワイトゴールドという炭酸系のワインだ。透き通った黄金の液体がグラスの三分の一程度を満たすと、レオンハルトがそれに口を付ける。
そして口を離すと、再び口を開き始めた。話す内容はこちらにはあまり理解が及ばないことだ。
「何にせよ、俺の目論見は外れてしまった。ガルティアも後は自由にしていいぞ」
「折角戦場を見張ってやったのによ。……でもまあ良いもん見れたぜ。あの人間は確かに凄えな」
人間、という言葉に思い浮かぶのは人類軍の総大将である藤原石丸である。
先程の話から想像するにそれで合っているだろう。だが、味方の魔人が殺されたというのに落ち着きすぎというか、
「……いいですか?」
「え、あ、申し訳ありません。何でしょうか?」
不意に話しかけられたことで思考に耽っていたことに気づく。話しかけてきたのは、メイド姿の使徒。確かシャロンと呼ばれていた少女だ。
「炭酸のワインを注ぐ時は、二回に分けて注いで、泡が収まるのを待つのがいいですよ」
「……あっ」
と、小声で間違いを訂正してくれる。知っていることだ。なのに間違えてしまった。
「ふふ、緊張し過ぎないようにね。ちょっとの失敗で怒るような方ではないから」
「……分かりました」
使徒にやんわりと注意され、自分を戒める。思考に耽りすぎるのはよろしくない。
しかし、この使徒はやたら気品があるような気がする。まるで自分と同じ
「――というかレオンハルトに頼まれてきた俺はともかく、ケッセルリンクは勝手に来て良かったのか? 一応、勝手にきた奴は罰することになってんだろ?」
「……まあ、そうだな。確かに教えてくれたことは嬉しいが、一報入れてくれるだけでも良かったんだぞ?」
と、気が付けば話は進んでいた。魔人ガルティアの問いにレオンハルトがケッセルリンクへと言葉を向ける。
すると隣にいた使徒メイドがケッセルリンクの傍に戻り、にっこりと笑みをレオンハルトに向けた。何の意味があるか解らないが、威圧感があるような気がする。その間にもケッセルリンクは応じて、
「……その、なんというか……」
「ん、どうした。ケッセルリンク。何が――」
何故か言いづらそうに視線を迷わせる。若干、顔に赤みがかってもいた。
すると使徒メイドのシャロンがレオンハルトにワインを持って近づく。そして小声で、
「レオンハルト様――軽蔑しますよ?」
「おい待て」
「待ちません。私としても心苦しいですが……帰ったらレオンハルト様の人間時代の秘密を暴露することにします」
「……待ってくれ」
「……なら、分かりますよね?」
……使徒相手なのに魔人の方が下に見えるのは気の所為かしら……。
何故かレオンハルトに強気な使徒を見て、戦慄する。
だがレオンハルトはその笑顔と言葉を見聞きし顔を引き攣らせていたが、ややあって、
「……ああ、そういうことか」
「? 一体何を……」
と、ケッセルリンクが疑問符を頭に浮かべる中、得心したように頷いたレオンハルトは再度ケッセルリンクに顔を向け、
「――ありがとう。態々心配して会いに来てくれたのか」
「! ……いや、大したことではない。その、私が好きでやったことだ……」
優しげな笑みでそう言うと、今度は分かりやすくケッセルリンクの表情が変わった。
それは頬を紅潮させ、じっと見ているのが恥ずかしいのか、しかし嬉しいのだろう。目線をレオンハルトに向かってチラチラとさせつつも微笑を浮かべた――簡単に言えば、恋する女性の表情で、
……えっ、もしかしてそういう関係ですか?
魔人ともなれば性的にどうこうすることは有っても、愛だの恋だのに夢中になるイメージはないものであったが、目の前の二人の魔人は傍から見ても明らかに関係を持った男女特有の空気だ。
第一王女として今までに多くの人を見てきたエクレアはそういう人の機微を察することが得意だと自負する。誰が誰に惚れていて、誰と関係を持っている、などを見抜くのは結構容易なのだ。
……そういえばこの魔人も胸が大きいですわ。
何となく合点がいった気もするが、とはいえこの空気に割って入ることはちょっと難しい。身体を差し出すことは躊躇しつつも受け入れた。だが、容姿に加えて己の働きを見せて優秀であると判断されれば、それだけ譲歩してくれたり、出来ることだって増えていくかもしれない。単純に扱いが良くなることが大いにありえるのだが、性奴隷程度に扱われると飽きれば使い捨てられる可能性だってある。それだけではなく、不快に思われれば一発でアウトだ。
故に立ち回りには気をつけなくてはならない。この魔人が魔人レオンハルトに恋慕しているのであれば、あまりアピールしすぎるもの良くはないだろう。どの世界でも出しゃばりの命は短いものだ。出る杭は打たれるとも言う。
ならば粛々とやるべきことをこなし、求められることに応えることで地道に評価を上げるしかない。
「……しかしここまで来てもらって何だが、ガルティアもケッセルリンクも戦争には参加しなくていい」
「お、いいのか? ちょっくら運動していこうかと思ってたが……」
「……ザビエルがいなくなった今、ガルティアの監視は必要ない。手が足りなくなることも想定してたが、こうなったらやることは単純だからな」
「しかし援軍は本当にいいのか? 私であれば遠慮は不要だ」
「その気持ちは嬉しいが、これ以上は
「……そういうことなら」
どうやら話がまとまったようだ。戦争における魔人の参戦はないらしい。
とはいえ舐めすぎではないだろうか、とも思う。魔人を倒した人間がいるならばもう少し警戒しても良いような、とも思うが、
「よし、それじゃあ今の内にメシでも食いまくるか!」
「お前はいつも食ってるだろうが」
「ふっ、なら使徒達が戻ってきたら全員で食事会でもやろうか」
「それはいいですね、ケッセルリンク様」
しかしその心配とは裏腹に、魔人達は余裕といった様子で呑気なことを言っている。魔軍と人類の戦争中、しかも今の所は負けているというのに何とも気楽な光景だ。
だが何にせよ、今日は夜通し魔人や使徒のお世話だろうか、と息を入れる。
大変だろうな、とこれからの苦労を思っていると、不意にレオンハルトがこちらを向いて、
「……お前も疲れただろう。食事を取ったら休んでも構わん」
「っ、それは……」
「まあここにいると言うなら止めんがな。ただ、少々どころではなく騒がしくなるから覚悟しておけ」
責任感から躊躇いを見せた自分に、そんなことを苦笑しながら言う魔人。
その表情は、やはり最初に見た時とは違い、人間味のある表情であり、
「……覚悟は決まってます」
「それならいいがな」
それを見て改めて覚悟を決めると、返事をする。
しばらくして使徒達も帰ってくると、魔人とその身内は戦地で暫しの団欒を楽しんだ。
ナイチサ「余の出番はないのか……?」
スラル「後で反応見せたほうがいいかと思って」
ナイチサ「……ずっとスタンバっていたというのにな……」
ザビエル「……心中お察しします」
ナイチサ「ザビエル!? 何故ザビエルがここに……魔血魂から復活したのか? 自力で復活を? ザビエル!」
スラル「彼はザビエルではない(無言のソリッドブラッド)」
ナイチサ「ウッ……ザビエル……」
ザビエル「何だこの次元は……まるで意味が分からんぞ!」
ラウネア「…………(後書き次元だよ)」