戦いから一週間。
ザビエル敗死によって一時撤退した魔軍と、それを追撃していた藤原家の軍勢は、魔軍が再び軍備を固めたことによって改めて軍勢を編成し、戦いに臨もうとしていた。
両陣営とも、大軍をキナニ平野の北部の平原に集結させ、戦いの時を待っている。
だが魔人を倒し、魔軍を敗走させたことで人類軍の士気は最高潮にまで高まっている中、一方の魔軍は自分達よりも遥かに強い魔人がやられたことで戦いに及び腰になっていた。
一部では、レオンハルトすらもやられてしまうのではないかと魔人の実力が不安視される始末であり、間違いなく過去最悪の状況であった。
そんな背景で行われる第二次キナニ平野の戦い。その開始が目前に迫っていた。
魔軍の陣地である北側では、ザビエル軍の兵を吸収する形となったレオンハルト軍180万が陣を形成していた。
そして早速、中心である司令部では戦いの前の会議が行われ、声が作られている。
中央のテーブルに広げられた戦場の地図と部隊を意味する駒のようなものを動かしながら、説明を終えたのは魔物大将軍であるリーであった。そのやや後ろには、同じく魔物大将軍であるコウウの姿もある。
「――以上になります。数の優利こそそこまで影響は無いでしょうが、問題は士気ですね」
「……やはり、兵の士気は低いか」
当然ではあるが、と声を出したのは魔人レオンハルトだ。周囲には彼の使徒であるキャロル、ハンティ、ペールも揃っており、ザビエルの使徒である藤吉郎の姿もある。
その問いにリーは渋い声で頷き、
「……はい。実際の被害が少ない我が軍でも、多くの兵が不安を感じております」
「っ、申し訳ありません! 我が軍の兵がレオンハルト様の軍に悪影響をもたらしてしまい……かくなる上はこのコウウ。自らの槍でもって汚名を返上する所存であります!」
と、勢い良く頭を下げたのはコウウだ。彼はザビエルの使徒がレオンハルトの使徒を襲っていると気づいてからこんな調子であり、更にザビエルの戦死と前回の戦で敗走したことで四六時中顔を青褪めさせており、挽回しようと躍起になっている。
焦ってもしょうがないし、コウウが今回の事態に関係していないことは分かっているが、それも承知の上でレオンハルトはコウウを一瞥し、
「ああ、期待している。存分に槍を振るえ」
「はっ! 我にお任せを!」
勇ましく礼をしたコウウだが、やはりその槍を握る手は僅かに震えている。処罰されてしまうことを恐れているのだろう。その指揮に問題は無かったとはいえ、ザビエル軍が原因で負けたのは事実。そしてザビエルがいなくなった今、ザビエル軍の最高責任者はコウウであり、敗走の責任を取らされる可能性は大いにある。
これ以上の醜態を晒すわけにはいかないと、より強い想いで戦いに臨んでいるのだった。
そしてコウウが一歩下がると、それを待っていたかのようにハンティが声を向けた。
「それで結局どうするのさ。このまま普通に戦っても勝てるだろうけど、危ないのも数人いるんでしょ?」
「レオンハルト様の獲物の藤原石丸という敵の大将ですわね! 後は参謀の月餅、妖怪王黒部などの藤原四天王がやはり前回も活躍したそうですの!」
ハンティの質問には、情報収集をしていたキャロルが勢い良く答えた。それを聞いてペールが嫌そうな表情で反応し、
「黒部って妖怪は戦ってるとこ見ましたけど、結構ヤバいですよう、アレ。見た目は大きなワンちゃんですけど、ちょっと私じゃ勝てないかもですねー……」
使徒であるペールが“勝てない”という弱腰の発言をしたことでそれを聞いていた魔物将軍らが唸る。だがレオンハルトは動じることなく頷き、ハンティに視線を向けると、
「なら黒部はハンティに任せる。見かけたら相手をしてやれ」
「……まあ別にいいけどさ。でも、月餅の方はどうするの?」
「参謀であれば前線には容易に出てこないだろう。出てくれば相手をするが……俺やハンティ、それとコウウ以外は出会ったら逃げても構わない」
言外にそれ以外の者では敵わない強さを持つ、と告げると名前を上げた両者からは即座の返事が来た。
「はっ! 必ずやその首を献上致します!」
「ん、了解。……でも、参謀だから前線に出ないとかよりによってあんたが言うの?」
「あ、それ私もちょっと思いました」
ハンティが半目で呆れるように言うと、続いてペールまで苦笑交じりに言う。レオンハルトが眉間に皺を寄せ、
「……俺が普通ではないだけだ。本来なら、総大将が戦いに出ることは戦術として破綻している」
「そうですわ! レオンハルト様は普通じゃなくて、超絶完璧ですの! だから戦いに出ても問題ないのですわ!」
「……そういう意味で言ったわけじゃないんだがな」
小声でキャロルの言葉を訂正するも、キャロルは拳を握り、目を輝かせてレオンハルトの凄さを力説する。こっ恥ずかしいのでやめさせようとレオンハルトが咳払いを一つ。そして話を終えるように、
「何にせよ、これ以上の醜態を晒すことは許されない。ここでの戦いで形勢をひっくり返す。敵は様々な手で持って応戦してくるだろうが、全て正面から叩き潰す。手を抜かず、自分に出来る最大限で臨め。――誰が最強か、王道を以て奴等に教えてやるぞ」
「はっ!」
その言葉に使徒達のそれぞれの返事、魔物将軍らの揃った応答を聞くとそれを合図に、各員が持ち場に就いた。
レオンハルト自身も本陣を離れる中、戦いは始まろうとしていた。
「おっ、この辺りにしようぜ」
と、戦場が一望出来る丘の上でドカッと座り込んだのはムシ使いの魔人であるガルティア。
彼は多くの料理を地面に置きながら、早速肉に食いつく。
「……確かに、ここなら眺めることは出来るか」
「はい、ケッセルリンク様。こちらへどうぞ」
「今準備を致します」
「日傘もご用意しますね」
そうして続くのは魔人ケッセルリンクとその使徒達。
ガルティアがもう少し見ていくと言い、ついでに見ていこうぜと誘われたケッセルリンク達は帰る前に戦いを少し見ていこうと集まっていた。
パレロアやエルシールが椅子や机を設置し、日傘を差す中、ガルティアは遠くの魔物兵の様子を見て、
「んー、やっぱ結構落ち込んでるな。まあ魔人がやられてんだからしょうがねぇか」
兵の動きに落ち着きがない。やはり士気が低下しているな、と分析するガルティアに、ケッセルリンクは静かな声で、
「……大丈夫だろうか。兵があの様子では、被害も増えてしまうだろう」
「大丈夫ですケッセルリンク様。ケッセルリンク様もご存知の通り、レオンハルト様は士気を上げるのがお上手ですので」
不安を吐露するケッセルリンクの言葉に答えたのは、使徒のシャロンだった。笑顔のシャロンに、エルシールが言いづらそうに、
「……私はその辺のこと詳しく知らないのだけど、それほどに……?」
「あら、そういえばエルシールはレオンハルト様の本気の戦いを見たことが無かったわね」
シャロンがそういえば、といった様に応じる。そして続けて、
「レオンハルト様は後方での指揮もお上手だけど、戦場で兵を率いている時が一番輝くの。兵に慕われるのもそのおかげね」
なるほど、と半信半疑で頷くエルシールにシャロンはふふ、と笑い、
「見ていれば分かるわ」
それだけを口にして、シャロンもケッセルリンクのための紅茶を用意しつつ、
……それこそ、人間の時からお上手ですから。
と、心の中だけで知っている事実を言うと、皆と同じ様に戦場へと視線を向けた。
キナニ平野北部。
先日とは違う戦場で向き合う両軍は、その様相からも全てが違っていた。
数に於いても、人類軍200万に対し、魔軍は180万。将兵を多く失った魔軍。逆に魔人を開戦初日で倒したことで、被害も殆どない人類軍だが、一番顕著なのはお互いの士気であった。
「……今回の戦い、もしかして負けるんじゃねぇか?」
「馬鹿、滅多なこと言うんじゃねぇ! 見つかったら怒られるぞ!」
「でもよぉ……相手には魔人を倒せるくらい強い奴がいんだろ? そんなのと当たったら俺達なんて虫ケラみたいに殺されて……」
「そ、それは……レオンハルト様が何とかしてくれるだろ……」
「だといいけどなぁ……」
口々に不安を言葉にする魔物兵。その大半はザビエル軍の魔物兵のものであったが、レオンハルト軍の中でもそういった話題はちらほら上げられていた。
魔軍最精鋭であるレオンハルト軍すらも、自分達のせいではないとはいえ、戦場での初めての敗北による影響は完全に消すことは出来ずに多くの魔物兵の中に色濃く残り続けているのである。
そして一方で、藤原家率いる人類軍では未だかつてない士気の高さを見せていた。
「行くぞ! 俺達の住処を荒らす魔物共に人間の意地を見せてやる!」
「魔人なんか怖くねぇ! こっちには石丸様がいるんだからな!」
「魔物を根絶やしにしてくれようぞ!」
「魔物や使徒がどれだけいようと全部ぶっ殺してやる!」
「正義は必ず勝ちます……! きっと神もこの戦いをご覧になり、人類の勝利を信じています!」
「人類と石丸様に神のご加護を!」
「人間は魔物や魔人なんかに負けねぇ! それを見せてやる!」
持ち場に就く人間達は、先の戦いから参陣する藤原家の武士団や大陸諸国の軍勢だけでなく、物資による援助で留めていたはずのAL教の騎士団や神官も、藤原石丸が魔人を倒したことで新たに軍勢として加わっていた。
続く大地の先にいる魔物の軍勢を見据えて魔物を倒すと息巻く兵達だが、軍勢全体を指揮する月餅や菅原ミッチーなどの者達は、勢いだけではなく多くの策を用意し、苦戦することになってもしばらくはこのキナニ平野で防戦を維持するつもりでいた。
最初の突撃、数時間程度でどれだけ数が減らせるか。そしてどれだけ士気を保てるかが勝負の鍵だと軍師達は睨んでいる。
そのために藤原家の主力である妖怪軍団、それを率いる黒部にも出来るだけ派手に暴れるように告げてある。そして同時に、各軍の指揮官には戦の趨勢を見誤らないようにと、危うくなれば直ぐに引くようにと伝えていた。
引き際を見誤れば多くの被害が出るだけではなく、士気も下がってしまう。ある意味では、先の戦いよりも重要であるのだ。
そして本陣には、伝令などにも見えるように藤原石丸を立たせている。
戦いには出さないが、石丸が付いている、と兵達に解らせることで、より一層士気を維持出来るだろう。
やるべきことを全て終えると、月餅の指示を受けて石丸は軽く腕を上げた。
そしてそれを前に出し、総大将の務めとして、
「――――全軍、突撃せよ!」
開戦の号砲を発し、それを聞いた兵達の声が波のように平原に轟いた。
第二次キナニ平野の戦いが始まり、指揮官の指示を受けた兵達が一斉に魔軍に向かっていく。
魔物達はそれを迎え撃つように指示されるも、その腰は引けてしまっていた。
魔物将軍や魔物隊長、人間の指揮官。現場で戦う兵達。その誰もが魔軍の不利と、被害を想像した。
そしてそれは実際に起こる未来であったが――――彼らは忘れていた。
「っ! おい、あれ……!」
「何を……!?」
人間の兵。そして魔物兵が気づく。
突如としてその場で待ち構えていたはずの魔物兵の中から、一つの影が飛び出してきた。
それは魔物の姿ではない。人の形をした男であった。
魔物兵でも、魔物隊長でも、魔物将軍でもない。人の姿をした魔の存在は限られている。
そしてその名を、誰もが知っていた。
「魔人レオンハルト……!」
一人の前線指揮官が、その名を口にする。
だが、兵も、それを指揮する指揮官も、誰もその突撃を止めることはしなかった。
魔物兵を置いてたった一人で向かってくる魔人に、誰もが恐怖することを忘れた。
魔人など恐るるに足らない。どれだけ強かろうと、所詮は個人に過ぎない。戦場とは、たった一人で戦局が左右されるほど甘くはない。魔人一人が如何に被害を出そうと、このまま突撃すれば多くの魔物兵を倒すことが出来る。指揮官にはそんな計算もあった。
だが、彼らは忘れていた。
知らぬ者もいた。数十年、魔物との大きな戦を経験せず、JAPANの武士に至っては全くの未経験である。そして経験した者達も、魔人が倒されたという大きすぎる偉業によって忘れていた。
だがそれを、かの魔人は咎めることもなく、ただ鋭い双眸で見詰めていた。
魔人の口が開かれる。
「……良い覚悟だ。魔人を目の前にしながら、臆することなく突撃するその胆力。この場にいる者は真の戦士なのだろうな」
だが、
「その覚悟に応え、俺も本気で相手をする。――“オル=フェイル”」
と、魔人は空間に手を伸ばし、得物を引き抜いた。
空間を引き裂くような異音を響かせながら引き抜かれるは、蒼の魔剣。
怪しい輝きを放った身の丈を超える長さを持つ細身の魔剣は、見ているだけで不安を掻き立てられるような威容を放っていたが、それだけでは終わらなかった。
「人類軍200万。魔物を討ち倒さんと一つとなったその強大な意志で俺を砕けるか――――存分に試してみろ」
魔人の言葉と同時、目の前である現象が生じた。
それは魔人から立ち昇る圧倒的な存在感と、その闘気。
可視化出来るほどに立ち昇ったそのオーラは、赤黒く輝いて物理的に周囲を振動させるが、その魔剣にも影響を及ぼす。
先程までは蒼色であった筈の魔剣が紅くなり、禍々しい光を発した。
本能が揺さぶられてしまうほどの圧倒的な力の塊。それは魔剣だけでなく、眼前で待ち構える魔人からも感じた。
その紅い双眸が、魔人の戦意に呼応して更に紅く煌めく。
黄金の髪を持つその男は、全身から覇気を滾らせ、彼らを敵と見定める。
その背後にいる者達を、守り、導くものと定義する。
剣を構えて走り出す。200万の軍勢に単騎で立ち向かったその瞬間。
「――――!」
魔人の蹂躙が始まった。
「な……何だ、あれは……!」
戦場より僅かに後方。両軍が接敵するその場所を見渡せる緩やかな丘の上で、一人の人間は声を震えさせた。
それは彼だけでなく、周りにいる兵士達も恐怖で顔を青褪めさせている。
何が起きたかは分かる。魔人がたった一人で、前線の軍と接敵した。
だがその結果起きている事態に、脳が理解を拒んだ。
魔人といえども、所詮は個人レベルの脅威でしかない。
そう思って――否、思い込んでしまっていた兵士達は、全てを思い出した。
魔人とは、
「――――!」
それは、常人では視認すらも難しい動きであった。
近くでそれと接敵したものは、何が起こったか理解出来ていないであろう。
魔人が凄まじい勢いで距離を詰め軍勢に飛び込んだ途端、百人程度が瞬く間に身体に斬撃を浴びて両断され、命を落としていく。
人類軍の兵士達も、魔人が近づいてきたことで剣や槍を構え、指揮官の指示に従って戦おうとした。
「構え――」
一秒と保たなかった。
指示を出した前線指揮官の将軍は、遠距離から飛んできた斬撃に即座に首を落とされた。兵士達は一瞬の事でそれに気づかなかったが、交戦と同時に同じ様に身体を大地に沈めた。
前線の指揮官を殺した魔人は、軍勢の中にたった一人で飛び込む。
途端、暴風が巻き起こった。
飛ばされるのは人間の首、身体。魔人が一切の歩みを止めることなく、剣を振り、人間を塵の様に屠っていく。少し前での異常を感じ取り槍を構えた兵士達は、しかし数秒後、全く同じ目に遭って意識を飛ばした。
やがて魔人の周囲が人だらけになると、それに気づく兵士が増えていき、その姿を映した。
「あ……あぁ……」
それは、最強の魔人の姿であった。
魔物兵も連れずにたった一人で剣を振り、人間を蹴散らしていく姿は正に魔人。
魔人筆頭、魔軍参謀。かつて剣の王と呼ばれ、たった一人でも魔物の群れを相手に剣を振り、何度も魔軍を撃退した最古の王。
民に化け物と恐れられながらも、味方の兵士からの支持は絶大であった最古の英雄の名を人々は思い出した。
魔人レオンハルト。
魔人に堕ちて人類の敵となった王は、その剣を人に向ける。
「――――すげぇ」
それは魔物兵の声だった。
彼が戦うところを初めてみた魔物兵達は、その後ろ姿に憧憬の感情を覚えた。
そして直ぐにそれは畏怖、尊敬、崇拝に変わっていく。
「ああ……すげぇ、な……」
その戦う姿は正に圧巻。
鎧袖一触。立ち塞がる敵は一片の容赦もせず即座に斬り捨てる。
それはレオンハルト軍が掲げる王道の化身であった。
ただ真っ直ぐに、鍛え上げた強大な力を以て叩き潰して勝利する。
それは獲物を全力を尽くして狩る獅子の果敢。
人々を導くための王者の前進。
戦場での有り様は疾風迅雷。赫焉の光を放ちながら戦場を閃光の如く駆ける魔人を、何人たりとも止めることは出来ない。
その姿はかつて王として未熟であったと自負するレオンハルトが唯一、王として示せること。それこそが先陣を切って戦い、敵を討ち滅ぼすことで民を守ることであった。
人であった頃と全く変わらない戦法で剣だけを手に勝つまで敵を狩り、勝利にひたすらに突き進む姿は正に護国を司る剣の王。
「あぁ、ああっ……!」
「助け……助けて――」
戦えない民を守るその威光を魔物兵は一身に受け、かつてその威光を受けていた人間は敵としてその刃を浴びる。
「か、神よ……我らに加護を……っ! 邪悪なる敵を倒し――っ」
「せ、正義は勝ち、勝っ――」
祈るように天を拝んだ熱心な信徒は、何もすることが出来ずに天に召された。
魔物にとっての英雄は、人間にとっての大敵となる。
「っ、俺達はこんなところで何をしてんだ……!」
「……ああ、そうだ。俺達はあの御方と戦いに来たんだったな……!」
魔物兵達は自分達を守るために代わりに戦う英雄の姿に、心を奮い立たせる。
魔物隊長、魔物将軍らが指示を出すのと、走り出すのはほぼ同時であった。
「全軍突撃ィィ――!! レオンハルト様を援護するのだ!」
「我らは魔軍最強のレオンハルト軍! 最も強い御方が率いる覇者の軍勢! それを人間に知らしめよ!」
「おおおおおおおおおおおぉおおおお――ッ!!」
単騎で敵に立ち向かうレオンハルトの姿に、魔物兵達が無敵の軍勢へと変生し、遥か先を進む英雄に追いつこうとする様に人間の軍に突撃する。
「こ、こんなことが……!」
「ひ……怯むな! 何としてでも奴を止めろ!」
たった一人の魔人の戦闘で、下がりきった士気を持ち直した。
反対に、人間の士気が削がれていく。
あらゆる武器も、魔法も、策も、たった一人の魔人を止めることが出来ない。
魔軍が攻勢に出たにも関わらず止まることなく戦場で死を振りまく魔人の姿に、人間は恐怖する。
次の瞬間には殺されてしまうかもしれない。現実として、魔人は一切止まらずに突き進んでくる。
そんな中、大柄な黒い影が魔人に突っ込んでいった。
「これ以上やらせねぇ……!」
「――! ほう……?」
今までの雑兵とは違う実力の持ち主。妖怪王黒部の姿に、レオンハルトは僅かに眉を動かす。
事実、そのレベルは他の人間とは違い、魔人クラスの戦闘力を誇る黒部の突進は同じ魔人であっても容易には防げない。
だが、
「悪くはない。――だが、俺を相手にするには足りん」
「ぐ、おおぉぉ……ッ!!」
剣の一振り。
防御に成功し、僅か数秒を止めることに成功した黒部だが、その程度では止められないと言わんばかりに、レオンハルトは黒部を一刀で吹き飛ばす。
次の瞬間には既に他の人間を数十人は屠っていた。
「この魔人が……!」
「ここで止めるぞ……!」
次に多くの武士がレオンハルトの前に立ち塞がった。
藤原家の主力でもある武士達。石丸の信頼する部下や、中には石丸の実子の姿もある。
だが、
「その程度かッ!」
「――ッ!」
「く……あ……!」
瞬く間に魔剣の線が走り、全て屍となった。何万といる武士も、初めて相対する魔人に自然と後退る。
「くっ、こっちは二百万だぞ……! 貴様一人で――」
決して弱くはない武人達を相手にしながら魔人は吼える。
「――二百万だろうと二億だろうと、俺は止まらんッ!」
「っ……!」
即座に斬って捨てる。武士を相手にも一歩も止まることのない魔人は、指揮官と立ち塞がる兵を全て殺しながら戦場を突き進む。斬り捨てた数は万に届こうとしており、人類軍の半ばまで到達していた。
そして前線に位置する魔軍も、彼らにとっての英雄の戦い振りに触発され、勢いを増していく。
「どうした人間! この前の威勢はどうした!」
「この程度でレオンハルト様は――俺達は止まらねぇぜ!」
レオンハルト軍は連携を用いながらも、圧倒的な強さで前線を押し込んでいく。ザビエル軍であった魔物兵達も魔物としての強さを発揮し、人間を屠っていく。
魔軍最強と謳われるその脅威、士気が最高潮に達したその軍勢を止めることは至難であり、前線を魔人に荒らされまくり士気が低下した人類軍には不可能であった。
「おおおおおぉぉぉ!! どけや、雑魚人間共――!」
その中には魔物大将軍コウウがいた。
槍を振るい、先の戦いでの汚名を晴らさんといつにも増して気合いを入れているコウウは、一振りで大勢の人間を吹き飛ばしながら暴れ回る。
「おら、てめぇらも気張って進めやぁ! もたもたしてると、手柄も全部取られちまうぜ!?」
「はっ! 分かっております!」
魔物隊長らも指示を出しつつ、大剣を振るって人間を殺していく。
コウウの率いる部隊が猛然と進む中、レオンハルト軍は三体の使徒を中心に人間の部隊を攻め立てる。
「レオンハルト様の勇姿を拝むためにも、どんどん突き進みますわよ!」
「……あたしは先に行ってるからね」
「はい、どんどん撃っちゃってくださーい!」
魔人に匹敵する速度で戦場に突っ込んでいったハンティは、まるでレオンハルトの様に真っ直ぐと突き進み、的確に指揮官の首を落としていく。
ペールが率いる部隊には魔法を使う魔素漢や魔法魔物兵が多く、速度を出せる部隊ではない。ゆえにペール自身も魔法を放ちながら進んでいるが、その速度は一定で緩やかだ。
そんな中、キャロルは右手の銃を空に掲げ、
「さて、新部隊のお披露目ですわ!」
引き金を引き発砲の音が響いたのを合図に、空に幾つもの影が走った。
鈍い色をした円盤型のそれは、百程度の部隊。その正体を、キャロルは告げた。
「飛行魔物兵部隊! その脅威を味わうといいですわ!」
「――!? な、あれは……!」
人間の兵が驚愕する中、空を飛ぶそれはレオンハルト軍の本陣、魔物大将軍リーの指示で発進した飛行魔物兵。
近年誕生したばかりで数が少ない彼らは、レオンハルト軍にだけ配備された新兵科であった。
「航空機動部隊エアフォースワン! レオンハルト様の命にて参戦します……!」
「我らが初陣……! 部隊名を下賜して下さったレオンハルト様の為にも、犠牲となってもらうぞ!」
空を行く飛行魔物兵は編隊飛行を行いながら人間達の真上となる上空に到達し、降下を行いながらある物を雨のように落としていく。
小さな玉にも見えるそれは、
「キャロル様より頂いたぷちハニーによる爆撃だ……!」
瞬間、地上で幾つもの爆発が巻き起こり、人間を吹き飛ばしていった。
「が、あ……!」
「助けてくれ……っ――」
「やめてくれ……やめてくれよおおおお!」
「だめだ……もう終わりだぁ……!」
そして地上では、爆撃と剣撃の嵐が巻き起こる。
死が量産される爆撃の中であっても、修羅と化した魔人の行進は止まらない。
爆風の中ですら戦うことを止めないその姿は荘厳で苛烈。数少ない戦おうとする者も無敵結界を使わせることすら出来ずに死んでいく。空からの爆発以上に死を振りまく魔人は、人間を絶望に叩き落とすには十分であった。
既に前線は崩壊しつつあり、殺し場となった戦場では、膝を突き許しを請う者すら出てくる。目の前で起きる惨劇の光景を、現実と認めたくないのだ。
だが魔人は一切の容赦をすることなく、彼らへ平等に死を与える。
「――いいや、
レオンハルトは戦いを目の前に許しを請い絶望する人間に、しかし戦いは止めんと拒否の言葉を突きつける。
「最初から分かっていたはずだ。魔人に戦いを挑む意味を。挑めばその先にあるのは死だということを」
獅子奮迅の勢いで戦いを続ける魔人は、人間に覚悟を突きつける。
「ここに立つ者は、例え女子供であろうと平等に戦士だ」
ならば戦え。どれだけ差があろうと抗ってみせろ、と。
「戦うことの意味を理解し、自ら戦場に立ったにも関わらず、戦う意志すら失くすような半端者は戦場に立つな」
無駄に命を散らすなと、魔人は言う。
「最初から負ける気で戦うような者は、戦士ではない」
戦士で無くなってしまった者達を戦士と平等に屠りながら、魔人は言う。
「死にたくなければ勝て。方法は何だっていい。俺に勝つことだけが、この場で生き残る唯一の方法だ」
それはかつて人として魔物に立ち向かった男の慈悲。
生き残るために苦悩し、己の意味を疑問していたからこそ理解出来る――人間への同情の言葉だ。
だが、
「俺は負ける気はない。例え一人で人類全てと戦うことになろうと勝つ。勝って大切なものを守り、未来を勝ち取ってみせる」
それは過去に立てた己への誓い。
どれだけ厳しい状況でも生き残り、どれだけ守るものが増えてもそれを守りきり、どれだけの時間が掛かろうと己と大切な者達の望みを叶える。
そしてもう失わないために。何かを得るために。
己は強くなり、全てに勝つと決めた。
例えどれだけの困難が待ち受けようとも、あらゆる方法を用いてそれを成す。
力を以て成し遂げるのだ。
立場の違いがあろうと、弱者を殺すことは本来忌避するもの。
しかしその全てを飲み込み、出来る限りの幸いを多くの者達に与えると誓ったのだ。
そのための意志と覚悟は決めたつもりだ。
故に、己を止めたいと。生き残りたいと願うなら、どのような方法でも勝つしかない。
「俺は止まらない。それが現実だ。――ならば
かつての人間の王は、最後の慈悲としてそう告げた。
どれだけの聖人でも英雄でも、
後は敵である魔人として、戦う者を一切の容赦をせずに斬り捨てる。それを示すかの様に、レオンハルトの闘気とその手に持つ魔剣が、更に紅く鮮烈に輝いた。
「――全力で来いッ! 俺は全力を以て、それを見届けてやる……!」
最強の魔人の何たるかを戦場で示した魔人レオンハルトは味方に希望を与え、そして敵対者に絶望を与えた。
スラル「久し振りの主人公の戦いねっ」
カミーラ「主人公……?」
ナイチサ「ラスボスとやらの間違いであろう」
ザビエル「…………」
レオンハルト「……何か言いたそうだな。――ナイチサ様、ザビエルが、“魔王のお前が言うな”と申しております」
ザビエル「なっ!? レオンハルト貴様!」
ナイチサ「……制裁っ!」
ザビエル「ぐあああああ!?」
スラル「特に理由のない暴力がザビエルを襲う!」
レオンハルト「理由滅茶苦茶あるけどな」
ラウネア「…………(年内でNC期が終われればいいなー)」