コウウは、ただひたすらに焦っていた。
「おら、次ィ!」
戦場で槍を振るい、次々に人間を殺していく。普段なら己の圧倒的な力で雑魚を捻り潰すのはスカッとすることであるはずだ。
だが、今は焦りしかない。
「全員ぶっ殺す……!」
人間の群れに突っ込んで普段以上に全力で殺し回るのは、ひとえに恐れているためだ。
今のコウウにとって、一番怖いのは敵ではなく味方。すなわち――責任を取らされることである。
……クソが……! 俺が何をしたってんだ……!?
先日の戦いで負けたのは、コウウが率いるザビエル軍が瓦解したせいである。だからこそ、レオンハルト軍も被害を減らすために一緒になって撤退した。
そしてその理由とは魔人ザビエルが戦死したこと。そのせいで多くの魔物兵は離散した。
他の使徒達も藤吉郎以外は全員死亡した。レオンハルトに喧嘩を売ったせいである。幸いにもコウウ自身が関与していないことは解ってもらえたと思う。
しかしザビエルが死んだ今、旧ザビエル軍の最高責任者は紛れもない自分であり、責任を取らされる算段が高い。
……ザビエルのクソ野郎が! やるだけやってくたばりやがって! どうせ死ぬなら責任取ってから死ねや!
確かに自分も下剋上を考えもするが、戦場でやるような馬鹿はしない。そもそもあのレオンハルトに逆らうなどただの自殺行為だ。
ともあれ手柄を立てなければならない。それも圧倒的な戦果の上でだ。負けることはあり得ないし論外だが、ただ勝つだけでは駄目だ。
ゆえに目立つように滅茶苦茶に暴れているのだが、主要な将は見当たらない。こんなことなら前回の時に女と爺はぶっ殺しておけば良かったと思う。あの時は切羽詰まっていたのでどうしようもなかったような気もするが、
「――コウウ様!」
「あん? どうし――」
魔物隊長のこちらを呼ぶ声と同時に、魔物隊長の首が飛び、更にこちらにまで攻撃が飛んできた。
それは巨大な大刀だった。
コウウはそれを槍で弾き返すと、再びそれを掴んだ人間が前に駆けて、こちらに大刀を振り下ろしてくる。コウウはその突撃してきた人間に向けて荒い口調の声を飛ばした。
「――またてめぇか! クソジジイ!」
「征夷大将軍、坂上田村麻呂……! 大将軍コウウ、その首、頂戴致す!」
大柄で褐色の爺の大刀を受け止め、コウウは叫び、
「くたばり損ないの爺が……! そんなに死にてぇなら今度こそぶっ殺してやらぁ!!」
槍の一撃を見舞った。
大刀と槍がぶつかり合い火花を散らす。
お互いに衝撃を受けて距離を取り合うと、睨み合う間もなく再度の突撃を行う。
……相変わらず凄まじい力じゃ……!
敵は魔物大将軍コウウ。先日にも戦った凄まじい強さを持つ魔物だ。己よりも圧倒的に強い膂力に苦悶の声が漏れる。
だが坂上田村麻呂は、覚悟を伴ってここに来ていた。今回の目的は相手を倒すことよりも時間を稼ぐこと。無理に攻めに行く必要はない。
だが、半端な逃げ腰の覚悟では、それすらも成せないであろうと田村麻呂は見ていた。故に、
……ここを、朕の死に場所とする……!
すなわち、刺し違えてでもここでこの魔物を仕留める。
既に隠居していてもおかしくないどころか、寿命も近い己だ。
ならば仲間のために使うのがよいと思っていた。
……石丸も、今頃は頂きに挑んでおるのであろうな……。
思うのは己の弟子である一人の男のこと。若き頃より天禀の才能を持ち、早々に己を越えてしまった剣聖のことだ。
そんな男が、今は世界の王となり、魔人との戦いに臨んでいる。力を振り絞って戦っている。それは他の者も同じであり、
「おらおらおら! 二対一ですら勝てなかったくせに、サシで敵うはずがねぇだろうが!」
「ぐっ……!」
槍の連撃を何とかギリギリのところで捌きながら思う。皆も、このように死地に挑んでいるのだと。
……全く。
老骨には厳しい相手だ。このような相手と戦わなければならないくらいならさっさと隠居しておいた方が良い余生を過ごせたのであろう。
だが、隠居をしなかったからこそ、この命を使うことが出来るのだ。
人類の趨勢、そして己が認めた男や仲間、部下の為に。この命を使うことに何の躊躇いがあろうか。
そして、確かに眼の前の大将軍は強い。強いが、
「まだまだ……!」
「あぁん!? また防御重視か! いい加減にしやがれ、腰抜け爺が!」
槍を捌き、前に出る。だが、そこでも牽制の攻撃をしつつも防御を行い、後ろに下がる。
この程度であれば、
「朕の弟子の方が、何倍も強いわッ……!」
「……!」
石丸であれば、防御もさせない。凄まじい崩しでもって戦いを終わらせることが出来るだろう。
だが目の前の魔物は、身体能力は高くても、石丸の様な迫力はない。一太刀で相手を黙らせるような力も技術もない。
ならば技術で防げぬ道理はないのだ。強引な突破に関しては、
「武士の棟梁を舐めるでない……!」
「っ、死に損ないが……!」
気合で何とかしてみせる。
自分が連れてきた部隊も、恐慌に陥った兵達を逃がそうと必死に魔物を食い止めている。退けば味方が死んでしまう。後ろにいる者達が死んでしまう。だから、
「退くでないぞ、貴様ら……!」
「御意……!」
良い返事だ。
誰も彼もが中年か、初老の武士達。老い先短い爺だらけだ。皆、戦う必死の表情がそこにある。力も体力も衰えてきたが、それでも踏ん張るのは後ろにいる若い芽を摘ませないためだ。
ここ数十年。自分達は夢を見ることが出来た。JAPANという危険と隣り合わせの土地で、田村麻呂や同世代に生きる者達は鬼や妖怪、地震によって生きることが精一杯だった。鬼退治や妖怪退治の名手であり、日ノ本一の武士と言われた田村麻呂でも、部下や身内を守れずに苦悩したことがある。
だが、そんな時代において現れたのは藤原石丸という男なのだ。
帝となり、JAPANを統一し、妖怪すらも従えた益荒男。自分達を率いて戦に明け暮れながらも大陸にも進出し、人類を統一してしまった英雄。
石丸のおかげで、以前よりも格段に平和となった。夢を見せてもらった。そしてこれからも、若い世代が夢を見れる時代が来るだろう。誰もがそう感じていた。
その若い芽を、自分達に夢を見せてくれた英雄のためなら、何だって出来る。
自分達はもう十分夢を見せて貰った。英雄が作ったその道に、後ろから続いた。
ならばここからは、自分達が道を付ける番だ。
「先には行かせぬ……!」
「老骨に道を譲るがよい……!」
後ろの兵士達を庇うように、部下達が次々に魔物の前に立ち塞がる。魔物を数体殺したところで頭をかち割られて死ぬ者や、魔法の射線に入って死ぬ者もいる。
だが誰もが望んでやっていることだ。嫌々やっている者は誰一人としていない。
武士とは、主家に仕え、御恩と奉公というもので成り立っている。自分達は多くの御恩を石丸から賜った。
「今こそ、御恩を返す時……!」
今こそ、今までの分、全ての奉公をする時であると。
田村麻呂は敵を道連れにすることを決断した。
魔人レオンハルトと藤原石丸の戦い。
人類軍の部隊のど真ん中で行われた戦いは、その場を自然に円形としていた。
巻き込まれるのを避けた者達が距離を置いたためである。
だがそれでも、達人同士、総大将同士の人知を超えた戦いは、その圧力をビリビリと周囲に放っていた。
人々は何が起こっているか理解出来ない。
だが、石丸は理解しながらも高い壁を幻視していた。
……凄まじい圧力だな……!
戦いはレオンハルトの“待ち”から始まった。
その場から全く動こうとしないレオンハルトに対し、石丸は素早く距離を詰めようとした。互いに遠距離へと斬撃を届かせることは出来ても、距離を詰めることに越したことはない。剣本来の間合いであれば、それだけ戦いやすいのだ。
しかしその距離が7メートルほどになった時点で、石丸は足を止めた。
「――どうした、来ないのか?」
「…………」
そう問われるが、意地が悪いと言わざるを得ないだろう。
レオンハルトはその長い剣を左の腰の部分に携え、その刃だけを空間に収納していた。
それはまるで居合の構え。身の丈を越える刃の長さを利用した結界だ。
即ち――間合いに踏み込んだ瞬間に斬られるということ。
……さて、どのように仕掛けるか……。
並の剣士であれば強引に力技でも突破出来る。
だが眼の前にいるのは伝説にして最強の剣士。生半可な仕掛けでは即座に斬って捨てられる。
遠距離からの疾風から距離を詰めるか、紅蓮による突破か。そのどちらかを取るべきかと思考をしていると、不意にレオンハルトが息を入れ、
「……やはり、お前の剣は俺に似ているな。JAPANのものが基礎に見えるが、その応用の多くに俺の剣の色が見える」
「……何度も夢見たからな」
何度も、本を読んで参考にしたのだ。似ないはずはない。技の着想は眼の前の魔人から得たものであるし、根っこの部分にはやはり憧れがある。
「だが、だからこそ――お前は俺に及ばない」
「…………」
言われた言葉に、理屈では納得する。
仮に同じ流派、同程度の技量であれば残るのは単純な身体能力と読み合い、運が勝負を決めることとなる。
だが身体能力では負けているし、そもそも同程度の技量かどうかは怪しい。読み合いで勝ち続けるのも無理があるし、運に任せたくはない。
するとどうなるか、それがレオンハルトの言う意味だろう。魔人は剣を構えたまま目を細め、
「剣だけではない。あらゆる武術に於いて最強の戦法は、先に行動することだ」
それは、
「先手必勝。相手が防御や回避を行うより先に攻撃出来れば、あらゆる技は意味を成さない」
人間が魔人に勝てない理由の一つだと、レオンハルトは言う。石丸は表情を変えないまま、
「それが俺とお前にも当て嵌まると?」
「ふっ、まあお前であれば防御や回避くらいはギリギリのところで可能だろう」
だが、と鼻で笑っていたのを止め、
「身体能力や反応速度は圧倒的にこちらが上。故にお前は、俺から“先の先”を取ることが出来ない」
「……ああ、そうかもしれんな」
先の先。つまり、自分から仕掛けることだ。
相手が何かをしようとするよりも速く、瞬時に先制攻撃を加えることが出来れば、その時点で勝利はほぼ確定であるし、勝てずとも、その後の仕合は有利となる。
事実、石丸も多くの勝負を先の先による仕掛けで勝ってきた。それは身体能力が圧倒的に上であったから。それに加えて剣の確かな技術があったからだ。そのどちらも上の相手に、先の先を取ることは出来ない。となれば、
「となればお前は、俺相手に“後の先”を取るしかない。俺の使徒がやるように、“先々の先”を取る方法もあるが、あれは起こりを見定める奇跡の様な読み、もしくは相手の動きを完璧に捉える反応速度がなければならない。お前には無理な方法だ」
「……無理とは限らんだろう?」
確かに後の先――相手の動きを捉えて、カウンターのようにして攻める手が一番現実的な戦い方。実際にこの手と、後の先の極みともいえる“流水”を用いることで、あのザビエルには勝てた。
先々の先は相手の攻撃の起りを見て、それを出掛かりで潰すことだが、こっちは遥かに難しい。防御の為に使う程度であれば僅かに遅れはしても可能だが、攻撃に転じるのならばそれこそ、瞬間。刹那の時にそれを判断して攻撃しなければならない。石丸は、0から100の力を一気に出すような身体技法も体得しているが、それを使っても同程度の身体能力を持つ相手ならともかく、遥か上の相手には通用しない。実力以上に速くなるわけではないのだ。
それをやってのけるというレオンハルトの使徒にも興味が湧くが、とはいえ、
「それに、そう思うのならば何故お前は攻めずに居合の構えを取っているのだ」
矛盾している、と石丸は指摘する。
居合は基本的には待ちの構え。奇襲のように先制攻撃に使う場合や、剣を鞘に滑らせて速度を増す、という方法もあるとは聞くが、若い時はともかく、帝になって帝ソードを使うようになってからは鞘を持ったことがないのであまり解らない。そう考えると向こうだけ出来るのはずるいようであるが、ともあれ居合は基本的には後の先か先々の先。先に攻撃出来るというならばそれをすればいいのだ。居合でそれを行ってくる可能性もあるが、それをしないということは、
「簡単なことだ」
その理由を、レオンハルトはこちらを見下ろしながら口にした。
「俺が全力で攻めれば――――お前は直ぐに死ぬ」
「っ!」
「だから、俺は全ての行動を、お前よりも一瞬遅く行うことにする」
やはり、と思う。増した重圧に耐えつつ相手を見据える。
……要は、舐めているな。
だがそれほどの実力差があるのは解っている。単純な力の差だ。
それを言って分からせようと、なおもレオンハルトは続けた。こちらを自然に下に見ながら、
「お前が使っている俺の技だが……それらは全て俺の必殺技ですらない」
「……ほう? ならその必殺技とは――」
レオンハルトが言う。それとは違う言い方、答えではあるが、
「……俺が先の先の極みであるそれを放てば、俺より遅い者や、少し速い程度の者は全員俺の初手で死ぬ。だからこそ、俺はその技を早々に封印した」
「それは……」
それは強者故の傲慢であり、驕りであり、孤独でもある。
だが事実、勝負にならなくなるのだろう。この世界最強の剣士は、勝負を望んでいる。その赤い瞳がそう物語っていた。
「俺の最速の技は、よく例えに挙がる風とか雷では足りん。――光だ」
だから、とレオンハルトは言う。
「たとえ後から俺に攻撃しようが、奇襲を仕掛けようが問答無用で先制して斬る技。普段は使わないが……たまに出てくる、勝負の邪魔をする者。
「――! 月餅!」
その言葉が紡がれた瞬間、レオンハルトの背後に鎌を振りかぶった月餅が音も気配も無く現れていた。
月餅が使う陰陽だか不思議な術か、何かは解らない。だが、完全なる不意打ちであり、未だレオンハルトは正面を向いたままだ。
「――ッ! 気づかれたか! だがもう遅い……!」
その鎌の刃先が、レオンハルトの首に迫った。
だがレオンハルトはこちらを向いたまま、
「遅いのは貴様だ――」
瞬間、石丸の目からレオンハルトは、
気づいた時には――もう終わっていた。
それは刹那。一瞬の時。
月餅の鎌が首に触れようという時になり、ようやく放った一撃。
風も雷も、何もかもを置いていく光の如き一閃。
第三階級悪魔の月餅も、同じ才能を持つ藤原石丸ですらそれには気づけない。
月餅が危険を感じ取る前に、石丸が危険を感じ取り、声を上げた時には既に遅かった。
その神業は未だ無敗。誰にも破られたこともなく、勝負にならないとしてレオンハルト自身が封印した必殺の一刀。
格上や、確実に殺さなくてはならない相手にのみ使うと決めている切り札の一枚。
瞬きをする間に相手を何度も殺すことの出来る秘奥であるそれは、レオンハルトの剣の理――その一端を解放する。
かくしてレオンハルトの眼光が紅く輝いた瞬間、“それ”は放たれた。
「――――“瞬光”」
「――――」
一瞬の光。遠くからは稲光が走ったとしか思えないその剣は事実、速すぎて遠くからも光の線が見えただろう。
それが剣の軌跡だと解る者は片手の指で足りるほどしかいないだろう。剣を振るったことで起きた大気の擦過であり、莫大な力の放出でもあるそれだが、しかし確かにその剣は――
「何、が――」
月餅を、容赦なく両断していた。