ツリー都市。
それはその名の通り、魔の領域における魔物の都市。人間界で言うところの集落だ。
何故そう呼ばれるのか。それはこの巨大樹木の特徴に由来する。
見た目は巨大な星のような球体であり、中は空洞となっているこの植物。その周辺では沢山の資源や食料が取れるのだ。
理由は不明。しかし魔物達はこの樹木の恩恵にあやかろうとその中に町を作った。
これがツリー都市と呼ばれる所以である。
実際、魔軍の勢力下には幾つかのツリー都市があるのだが、このツリー都市はまだ魔軍では発見出来ていない新しいツリー都市となる。
その中をレオンハルトとカミーラは探索していた。
ここがツリー都市であるなら沢山の魔物がいるであろうという判断によるものである。
だが、
「びっくりするくらい誰もいねぇな……」
「…………」
辺りには魔物が一匹も見当たらなかった。
レオンハルトの言葉にカミーラは答えなかったものの、その表情には同じ疑問の色が見える。
……魔物がいた痕跡はあるんだがな。
そもそもちゃんと町並みが作られている時点で魔物がここに住んでいた事は確実だ。本当に誰にも見つかっていないのなら中身は空洞で何もないはずである。
因みにツリー都市の内部はどういう原理か、外の光を通す性質を持つため中は明るい。それでいて樹木が雨や自然災害などからも守ってくれるという住むには絶好の条件が揃っている。
「もうちょっと奥に進んでみるか……カミーラ――って、おい!」
見ればまたしてもさっさと先に進んでいくカミーラ。
……協調性が無さすぎる。
しょうがなくカミーラの後ろをついて行く。もう、こうしておいた方がいいだろう。 じっとしてるならともかく結構真面目に探索してくれているみたいだし。これでも一応、見て調べる事は出来る。
そしてそのままカミーラと共にどんどん奥に進んでいく。
すると徐々に、町の風景が変わってきた。
それを目にしたカミーラの眉をぴくりと動く。
「……壊れて……いや、壊されているな」
「ああ……酷い有様だな」
そう、俺達の視線の先――既に周囲の町は何者かに破壊されたかのような廃墟になっていた。建物の崩落、倒壊、焼け落ちた跡に何かが這いずり回ったような痕跡など。
そしてこれらは自然に風化する事ではありえない現象だ。
「…………」
「…………」
俺とカミーラの間で少しだけ緊張が走る。それは何故か。
それは奥に進んでいく中で、その破壊の跡がどんどん新しくなっていくからである。もしもこれを引き起こした原因が今もいるとするならば――この先に、それがいる。
とは言ってもお互いに特に不安がっている訳ではない。
この先にこの破壊をもたらした存在がいるとしても――そんなものはどうとでも出来る。この場にいるのは魔人――それも上級魔人の証ともいえる魔人四天王の名を冠する二人だ。これでどうにか出来ないような存在なら、それは世界の危機に他ならない。
故にお互いに好奇心からその先へと臆さず進み続けると――それは聞こえた。
『――――――!!』
「!」
「来たか……!」
とてつもない声量の鳴き声。それと共に空から巨大な影が現れた。
だが、次に見せたその姿に俺は目を見開く。
「おい……こいつは――」
輝くような白い鱗と腹部は鮮やかな翡翠色。
長い体躯には四本の手足とその先にあるのは鋭い爪。頭部には二本の角、そして牙。
二つの青い双眸がこちらを発見し、威嚇するように唸り声を響かせている。
かつては地上で世界の覇権を握っていた第二世代メインプレイヤー。
その生物の名を俺は口にした。
「ドラゴンじゃねぇか――!!」
『――――!!!』
そしてそのドラゴンは咆哮を上げて、俺達に襲いかかってきた。
「――!」
――この野郎! 狙いは俺かよッ!
俺は咄嗟に魔剣を引き抜き、飛びかかるように襲ってきたドラゴンの爪を弾く。
そのまま少し距離を置き、ドラゴンを観察する。
……なんというか、自分はつくづくドラゴンと縁があるようだ。
この短い期間に、魔人になったものも含めて三体ものドラゴンと関わってしまうとは幸運なのか不運なのか。普通の人間なら出会ったらまず死ぬであろうからやっぱり不幸なのだろうな。
『――――!!』
爪を弾いた俺に怒り狂ったのかドラゴンが爪で連続攻撃を仕掛けてくる。
右前足でこちらを切り裂こうと襲ってくる爪、同じく左前足の爪、噛み付こうと首を伸ばしてくるのを下がりながらのステップで回避する。
一度、魔人とはいえドラゴンと戦っているからだろうか――攻撃が前より読みやすい――という事はない。
以前戦ったのは人の形をしていた訳で攻撃も読みやすかったのだが、今回は完全なる四足歩行のドラゴン。むしろ攻撃は読みにくい。だが、速度自体は魔人のそれに及ぶものではないので避けることが出来るだけ。
……さて、しかしどうしたものか。倒すことは難しくない。
だが近くには同じドラゴンであったカミーラがいる。彼女の前で前回のように同胞を殺してはそれこそ二の舞だ。何のために謝罪したのかわからなくなる。
故にカミーラに指示でも仰ごうかと視線を向ける。
そこには、
「…………そうか、お前は……いや、お前も……」
「……カミーラ?」
少し様子がおかしい。
カミーラはドラゴンをじっと、何か思い当たったような――憐憫の情を浮かべている。そんな気がした。
ドラゴンの攻撃を避けながらカミーラの様子を窺うが、ドラゴンも攻撃を全て避けられて黙っているほど愚かではない。
何かを吸い込むように首を上げて仰け反る、力を溜め込む動作。それはドラゴンの十八番ともいえる攻撃方法だ。
「――ッ!」
……ブレスか――!
俺が身を翻して横っ飛びすると、その直後に白い熱量をもった光線が俺がいた場所を通過した。
『――――!!!』
咆哮を上げながら背後の町をそのブレスをもってして焼き尽くすドラゴン。やはりと言うべきか、このツリー都市から魔物がいなくなった理由がこいつだろう。
町を襲い続けるドラゴンが自分達の手に余る存在だと知り、都市を放棄した。もっと色々深い理由や細かい理由があったのかもしれないがあまり興味もない。そもそもこのドラゴンが何故こんな場所で暴れているのかも――
「……レオンハルト」
「ああ?」
俺が対応を決めかねているとカミーラが俺の名前を呼んだ。というかいつの間にか近くまできていた。
「どうしたんだ? いや、というか俺も聞きたいんだが、アレをどうするか――」
「決めたぞ」
「? 何をだ?」
「……あれを、私の使徒にする」
「……え? マジで言ってるのか、それ」
「約定を果たせ」
カミーラは上級魔人として、上に立つ者としての風格を保ってそれを命令する。
俺は思わず嫌というか、ちょっと微妙な表情を浮かべてしまう。いやだって、あのドラゴンなんか正気を失ったように暴れ狂ってるし……そもそもあれがカミーラに忠誠を誓うのを想像できない。
だが、カミーラがあれがいいって言うならしょうがない。じゃじゃ馬が好きなんだろうか。気分はペットを飼いたいとねだってくる娘に渋々ながら頷くお父さんである。
「……あれでいいんだな?」
「……二度は言わんぞ……?」
「はいはい、俺が悪かった。ならどうすりゃいい?」
「正気を取り戻せ……多少痛い目に合わせても許す」
「つまり正気に戻るまでボコれって事だな……ククッ……んじゃやるか」
「……殺すなよ」
「……殺さねぇよ? やるってそういう意味じゃねぇ」
「……不安だな……」
「…………それじゃ行ってくるが……お前、俺を何だと思ってるんだ?」
「…………」
おい、目を逸らすな。
……いや、何となく言いたい事は理解出来るが、それは誤解だと言わせてほしい。
俺はちょっと剣を振るのが好きなだけ。それ以外は普通の魔人だ。
そりゃあ強い奴の相手は楽しくなるし、ちょーーっとだけ斬り殺したくなってくるが、誰彼構わず殺すほどクレイジーになったつもりはない。そういう本能は理性で制御出来ている――ガルティアのときは失敗したが。
まぁ、何はともあれ命令を遂行するか。カミーラが誤解してるままなのが気になるところではあるのだが。
俺は何だか解せない気分になりながらも気持ちを切り替えて、ドラゴンに向かっていった。
カミーラはレオンハルトがドラゴンに向かっていくところを少し不安に思いながらも見送った。
……あれだけ念を押せばいいだろう。
レオンハルトは結構危ない魔人だとカミーラは認識していた。
普段の態度や性格はぶっきらぼうでありながらも寛容で仕事だけは真面目にこなすという印象。鬱陶しく思っていた魔人ギリウムを、同胞を殺して悪い、と素直に謝ってくるくらいには性格も悪くない。今も素直に命令をこなそうとしている。
しかしこれが戦闘になれば印象が大きく変わる。
紅い瞳は爛々と輝き、相手を見据えて離さず、口端には隠しきれない笑みと喜悦の感情が垣間見え、挑発とも取れるような言動を取りながら相手を斬り刻んでいき、相手への興味がなくなれば一転して冷たい表情に視線、気を漂わせて即死させる――決闘で見せたあの光景はまだ記憶に新しい。
それにどうやら先日連れてきた新しい魔人――ガルティアもレオンハルトと戦場で一騎打ちをしたらしく、その時も同じ様に燃えるような気と楽しそうな笑みを浮かべていたらしい。
配下の魔物将軍や魔物隊長、魔物兵達もそれを噂して畏怖してるそうだ。普段の態度こそそれなりに接しやすく寛容だが、それに甘えすぎて彼の怒りを買えば斬り殺されるのではないかと。
同じ魔人ですら警戒しているらしい。それもそうだろう、魔人は皆あの決闘を、レオンハルトの変化を目の当たりにしているのだから。故に少し距離を置いているらしい。
ケイブリスなどは積極的に近づいては媚を売り、「俺は魔人四天王にして魔軍参謀であらせられるレオンハルト様の一番の子分だ!」と周囲に喧伝している。誰も信じてはいないようだが。
とにかくレオンハルトは魔軍内で、仕事には真面目で、部下にもある程度寛容だが、決闘や一騎打ち大好き魔人として知られていた。
故にカミーラも使徒にする予定の者を殺されないか不安に思ったのだ。一応大丈夫だとは思う。
正面ではレオンハルトがドラゴンと楽しそうに戦っている。
「おいおい! ドラゴンってのはこんなもんなのか!? クハッ、さっさと正気に戻んねぇと傷が増えてくぜ?」
『――――!!!』
レオンハルトに身体を傷つけられドラゴンが咆哮を上げる。
……危なくなれば止めるか。
さすがに心配だが、レオンハルトに頼るしかないため視線は離さないまま見守るしかない。
自分でやれればいいのだが、今回に限ってはカミーラの心が拒否した。他の生物であるならカミーラ自ら相手をしてやっても良かっただろう。
――その相手がかつての出来事で傷つき、心を狂わせている同胞でなければ。
「おいおい……さっきまでの威勢はどうしたよ? それとも、もう終わりでいいのか?」
『――!』
目の前の小さな生物に自分の身体が刻まれていくのを感じた。
身体が重い。息が震え、死をだんだん身近に感じる。
まさかこんなところで終わるのか。彼は戦い続けながらも無意識に自身の半生を思い返していた。
自分はドラゴン種の一つであるネフライトドラゴンという一族に生まれた。ネフライトドラゴンは大陸の東側に住む美しい容姿を持つ一族。自分としてはこれが当たり前なのだからそう言われても困るだけなのだが。
生来の真面目な性分からか、ドラゴンとしての常識からか、自分はそれなりに戦えるようにと鍛え続けた。戦いがあった時は自ら率先して戦いに志願した。
そうしていくと自分はそれなりに強くなった。そしてそれなりに周りから認められた。
他のドラゴン種ならここで満足しただろうか、それともまだ上を目指し続けるのだろうか。
だが、自分はその時に……いや、少し前からこう思ったのだ――――こんなものか、と。
自分が戦い続ける理由、それはドラゴン種として生まれたことによる義務感からであった。
ドラゴンは誇り高く正々堂々、何より強い事が尊ばれる。臆病であったり、弱い者、小賢しい策を弄するような卑怯者は他のドラゴン種からは蔑まれる。
自分は別にそういう者がいてもいいのでは、別に無理して戦わなくても良いのではないかと思ったが、数少ないそういった者達はやはり臆病者と罵られていた。
やはりドラゴン種らしく行動せねばならないのだろう。だが、そこに自分の意思は皆無だった。別に鍛えるのも戦うのもやらなくても構わない。処世術の一貫として何となくやっている事に過ぎない。自分から戦いに行く理由なんてそれだけしかない。
だが、ある日の事。仲間のドラゴンに何気なく聞いてみたのだ。何のために戦っているのか、と。
するとこう返ってきた――いずれは王となり、カミーラ様を手に入れるためだと。
あぁ、やっぱりそんなものか、と思った。実のところこういった者は少なくないどころか、殆どのドラゴンがそれを目標にしていた。
それはドラゴン種において雌が生まれなくなり、最後の一匹として生まれたのがカミーラ様であるからだ。自分はそう分析していた。
無論、存在は知っている。生ける王冠であるカミーラ様。現在はドラゴン王マギーホアに所有される者。
だがそれを知っていても雌への興味はあまりなかった為、特に興味を抱かなかったのだ。
でも、自分はその時に思った。
よく考えてみれば自分はカミーラ様の姿を見たことがない。見たこともないのにそれを理解した気でいるのはどうかとも思い、見に行ってみることにした。
ともすれば意思が希薄な自分も、他のドラゴンのようにカミーラ様を欲しがるようになるかもしれない。心からそう思えれば演じなくてもすむし気楽だ。何も感じなくても特に失うものはない。
故に、マギーホアに決闘を挑みにいった。その時に自分は初めてその存在を目の当たりにした。その感情を、その時に思った事はこうだ。
――なんと……お美しい方だ……。
普通のドラゴン種とは違うその初めて見る姿に、目を奪われてしまう。自分の心が初めて動いた気がした。
マギーホアとの決闘にあっさり負けてしまったあとも、カミーラ様を見た衝撃は忘れられなかった。
しかしながら他のドラゴンと同じ様にカミーラ様を手に入れようとは思わなかった。恋慕ではない。ではこれは何だ?
あの時の自分は、その感情を何と形容したら分からなかった物だが……今ならそれが理解る。
それは――崇拝。
カミーラ様はこの世に生まれ落ちた奇跡のような存在。あれほど美しい方はそうはいないだろう。
カミーラ様の為なら戦ってもいい――否、戦いたい。
自分はその時、初めて自分でやりたい事が、意思が出来たのだ。
それからの毎日は以前よりも張りが出てきたように感じた。顔や行動に出ることはない。しかし以前と同じことをやってもカミーラ様の為になるのだと思うと気力が湧いてきた。
それからも色々あったが、自分は自分なりに懸命に生きてきたと思う。魔王となったアベルがカミーラ様を浚い、ラストウォーが起こっても、戦争には率先して戦った。魔人になったというカミーラ様だが、そんな事は些細な問題だ。あの方が生きて戻ってきただけで自分は嬉しかったし、そのために戦えた事を誇りに感じていた。
だが、そんな自分も含めてドラゴン種は転機を迎えた――天使によるドラゴン狩りだ。
――これは、なんだ? 何が起こっている――?
自分はひたすらに抵抗して逃げ回った。仲間たちはどんどんとその屍を晒し、数を減らしていく。戦っては、逃げ、戦っては、逃げる、という事を気が遠くなるほど繰り返した時。
――自分は一人、生き延びていた。
周囲にはもはや誰もいない。同胞は? 友人は? 家族は? マギーホア様は? そしてカミーラ様は――。
失意の底に沈み、何故こうなったのかを思考するも答えは出ない。何が悪かったのだろう。自分達は何故滅びなければいけなかったのか――考えても考えても答えは出ない。
答えの出ない問いを考える事に疲れた自分は、その捌け口に周囲の生物を利用した。
矮小な生物を一方的に殺戮し続ける。最初は楽しいものだった。しかしそれも長くは続かなかった。だんだんと何も感じなくなり、無意識に暴れまわった。
そして気がつけば――狂っていた。
もう何も考えられない。考える必要もない。生きている理由がない。
そして今、とうとう自分の番が来たと思った。
目の前で自分と戦う、小さい生物。しかし自分よりも遥かに強い存在。彼が自分にとっての死神だろう。
「とりあえず、動けなくなってもらうからな――いくぞ」
『――!』
突然、冷たい表情で宣告しこちらに向かって凄まじい速度で一閃――迎撃は間に合わない。
『――ッッッッ!!!』
苦悶の雄叫びが自分の口から漏れる。
自分は斬られたのか? 身体が地面に倒れ伏す。
身体の感覚はある。真っ二つになってはいないようだ。
しかし、動けないのだからじきに殺されるだろう。だが、構わない。
自分はもう疲れた。そろそろ休ませてもらおう。
悔いが残っているとすれば自分は一度もカミーラ様と話した事がないということか。
……未だに憶えていられるだけでも幸運だろう。
そう考える。あとは自分を殺す者の顔を見せてもらおう。ドラゴン種としての無意識な礼儀がそうさせた。
その視界に金髪の男性が映る。そしてその後ろから女性が近寄ってくる。
そして――彼は、その存在にようやく気づいた。
あのお姿は――
『か、カミーラ様……?』
自分が長年、崇拝し続けた存在が目の前に立っていた。
『か、カミーラ様……?』
「うおっ、喋った」
突然、ドラゴンの口から聞こえた言葉に驚くレオンハルト。
しかしそれには反応せず、ドラゴンはカミーラに視線を送り続けた。
『生きて、いたのですね……』
「……お互いにな」
ドラゴンは信じられないような面持ちだったが、カミーラが返答すると安堵の表情を浮かべた。
『最後に、貴方様が生きていた……事がわかって……私は、幸運です……』
その言葉は真に、心から出た発言だった。
これで思い残すことはない。そういう意味が込められた発言に、待ったをかける者がいた。
カミーラである。
「……お前は、私に忠誠を誓っているのか……?」
『は、は……どういうことです……?』
「どうなんだ……?」
カミーラはあくまでも冷たい毅然とした様子でそれを問う。
忠誠を誓うなら使徒にしてやる――そんな愚かな言葉をカミーラは吐かない。
そんな言葉で忠誠を誓う程度の忠義なら必要ない。カミーラの視線はそう物語っているようだった。
『…………』
彼は考える。どう返すべきかを。
しかし自分はもう長くない。ならば最後に心中を吐露しても構わないだろう。カミーラに殺されるのなら本望だと、そう思って。
『……初めて貴方様の姿を拝見した時から……ずっと畏敬の念を感じておりました……』
「そうか……名前は?」
『……!』
カミーラに名前を聞かれる名誉。それを最後に得ることが出来た。
それに感謝しながら彼は自分の名を告げる。
『……七星、と申します。カミーラ様』
「七星、か……」
その名前を吟味するようにしばらく噛み締めるカミーラ。
だが、不意にその手が伸ばされる。
『カミーラ様……?』
何を、という言葉は口から出なかった。
その前にカミーラが命じたからだ。
「ならば七星……お前に命じる――私の使徒になれ」
『!』
その言葉と同時に七星の首にその美しい口元を近づけると――その歯を首元に突き立てた。
『ぐっ……! な、にが……!』
その瞬間、七星の身に変化が起こる。
光が七星の巨大な体躯を包む。そしてその中では姿が作り変えられていき、だんだんと人間に近い姿へと変わっていった。
魔人に力の一部、魔人の血を分け与えられてその魔人専属の下僕である使徒になる契約。
それは、この世界ではこう呼ばれていた。
――――血の契約。
「すげぇ、な……」
それを初めて目の辺りにしたレオンハルトも呆然と立ち尽くしてしまう。
光が収まった時、そこにいたのは――長髪の男性だった。
「この姿は……」
黒い長髪に左手に藍色の珠を持った足首までを覆う翡翠色の長衣を纏った薄い糸目の男性。
まだ何が起こったのか戸惑っている様子であり、自身の体をしげしげと眺めている。
レオンハルトはそれを見て、一応の説明をしておこうか、と七星に声をかけた。
「お前は魔人カミーラの使徒になったんだよ」
「あなたは先程の……」
七星がレオンハルトの姿に気づく。自分を一方的に傷つけた強者の存在。
しかし、七星はそれよりもその言葉の内容を聞いて思考する。
「魔人の使徒……そういうことですか」
自分に何が起こったのか納得した七星に、今度はカミーラが声を掛ける。
「不満か……?」
「……いえ、カミーラ様の為に働けるのであれば光栄に思います」
「おいおい……」
直ぐ様カミーラに傅く七星を見て、レオンハルトが呆れたような表情で言う。
「よくもまぁ直ぐに納得出来るな?」
「あなたも使徒……いえ、魔人ですか?」
「ああ、よくわかったな。魔人レオンハルトだ」
「なるほど。レオンハルト様、私としては、カミーラ様の為に働けるのであれば例え使徒になろうと構わないのです」
「へぇ……生きがいみたいなもんか? それとも崇拝でもしてんのか?」
「そういうことですね」
「くくっ……」
七星の当然という態度にカミーラも薄く笑う。
そしてそのまま来た道を引き返そうと振り返った。
「くくっ……ならば帰るぞ……七星……」
「はい、カミーラ様」
既に主従として完成した振る舞いの七星はカミーラの背後を恭しく付いていった。
呆気にとられたような表情のレオンハルトだけがそこに取り残される。
「いや、崇拝って……冗談だったんだがマジかよ……」
――この日、カミーラに使徒が出来た。
ネフライトドラゴンの使徒、七星である。
「――っつう事があってな」
「ふぅん……いいんじゃねえか? 貸しは返せたんだろう?」
カミーラとの使徒探し、そして七星という使徒を見つけて帰ってきた翌日。
魔王城の食堂で食事を取っていたガルティアに、俺はその顛末を話していた。
「まぁな。俺的にも収穫はあったし」
「収穫ね……食い物か?」
「そうだったとしてもお前には言わねぇ」
「何でだよ」
「自分の胸に――いや、腹に聞け」
「……そーかよ。しゃあねえなあ……おっ、このカレーマカロロ、シチューと餃子のハーモニーがたまんねえな。外側のうどんも悪くねえ」
俺が梃子でも教えてくれないだろうと感じ取ったのか、気にせず食事を再開するガルティア。
……まぁ、当たってるんだけどな。
俺は探索から帰還すると直ぐに直近の魔物将軍を呼び出し、新発見したツリー都市の位置を教えた。後日、魔軍を向かわせてその土地を支配下に置くことを決定。
帰り際にちゃんと確認もしてみたが、ツリーの周辺には沢山の果物や野菜などの食料があった。
これで少しは食料の備蓄にも余裕が出来るだろう。心配事が一気に無くなり、少し気楽になった。
後、もうひとつ良いことがある。それは、
「……レオンハルト様。ここにいましたか」
「おお、七星か」
「へぇ……こいつが噂の」
「お初にお目にかかりますガルティア様。カミーラ様の使徒の七星です。以後お見知りおきを」
「おお……随分と真面目そうな使徒だな。まあ、よろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
食堂に入ってきた七星が丁寧にガルティアに挨拶する。表情が全然変わらないが、おそらくそういった個性というか癖だろう。喜怒哀楽自体はあるようだし。
それよりもだ。俺はおそらく用事があるであろう七星に話しかける。
「何か用か?」
「はい。カミーラ様の軍における先月の物資消費量と損害を纏めた書類を持ってきました」
「おお……! さすがだ……」
「……? なぜ感心しているのでしょうか?」
七星は当たり前の事をしているのになぜ? という疑問を浮かべているようだ。
そう、これが当たり前なんだ。どいつもこいつも仕事は部下やこっちに丸投げしてくるようなクズ共ばかり。
それに比べて七星は働き者で、魔王城に着いたその日からカミーラの秘書のように魔軍の仕事をこなしてくれている。いやまぁ、逆に言えばカミーラは働いていない訳だが……働く人材が増えただけでも俺にとっては御の字。
「ああ、それとカミーラ様から伝言です」
「あ?」
喜んでいた内心が突如、水を差されたように静まり返る。
カミーラからの伝言? 何だそれは。
それにどことなく嫌な響きだ。まさかな……。
「また何かあれば呼ぶ、そうです」
「……あ?」
「私の使徒をあれだけ傷つけたのだから貸しだ、とも」
…………いやいやいや。
「そ、それは横暴じゃねぇか? そもそもあれは仕方のない事だったし……七星も別に怒ってないだろ?」
「……確かに私は別に構いませんが……カミーラ様の言うことですので」
あれ、実はちょっと怒ってるか?
確かに手も足も出ないくらいボコボコにしてやったが……殺してないしまず先に襲ってきたのがこいつだったしなぁ……。ちょっとは悪いかもしれんが、それでまた貸しだと? カミーラのやつ、ニートの癖に生意気な……。
「ははっ、美人に好かれてよかったじゃねえか」
「テメェは黙ってろガルティア! くっ……また面倒が……!」
「ま、まぁ、確かに……カミーラ様も嫌ってはないようですが……」
「変なフォローはいらねぇんだよ七星!」
「レオンハルト様! 今日は僕、レオンハルト様が好きなこかとりすを取って――」
「黙れケイブリス! さっさと厨房に持ってけ!」
「ひぃぃ!? す、すみませんでしたぁ――ッ!?」
――結局、カミーラの貸しを返した筈の俺は、再び貸しを作ってしまい、また苦労する羽目になるのだった。