今回の話は、173話「ペールVS菅原ミッチー」の続きとなります。温かい言葉も沢山頂きまして、本当にありがたいです。あまり引きずらないように切り替えて書いていきたいと思います。
本編どうぞ
鋼が打ち合わされる快音が響く中、石丸は相手の動きを見切ることだけに集中していた。
自分が今まで培った技術を防御に用いる。攻撃に出ないのはその隙間が無いことと、今攻撃に出ても無駄であることを理解したからだ。
今の自分の技量では、この魔人に打ち勝つことは出来ない。だから戦いの中で強くなるしかない。
しかし、
「っ……!」
身体が重い。
理由は解る。出血と疲労によるものだ。
既に百近い傷をこの身に受けている。それでもなお死んでいないのは、極限のところで己が強くなっているからだ。成長の自覚はある。
だが、それでもなお足りない。この魔人を倒すにはまだまだ強くならねばならない。
……勝つ……!
その一念。それだけを考え、それを成してきた。
しかし今度ばかりは、という思いは頭によぎる。今この瞬間にでも負けてしまいかねないことを悟っている。想像の自分に身体が付いてきていない。最強の自分になれていない。
だが、剣を振りながら相手は言う。
「……筋が良くなってきたな」
不意に褒められた。
しかし、喜ぶことは出来ない。その物言いは相手が未だ遥か上にいることの証明だ。
剣を弾き、連続の攻撃を行いながら魔人は言う。
「だが――俺はお前の成長を待ってやる義理はないぞ」
残念だがな、と後に小さく付け加え魔人はこちらの背後に視線を向けた。
「月餅も、既に虫の息か……もしくは死んだか」
「っ……!」
半ば憤るように剣で押し返すことを試みるが、難なく受け止められる。こちらの背後にいる月餅は既に身じろぎ一つせず地面に倒れ伏していた。
その生気の無さは石丸にも感じられるところであり、本当に生きているのか死んでいるのか確証が持てない。しかしそちらに気を割く余裕は一切なく、結果的に生きていることを信じて月餅を守るように戦うしかない。魔人の狙いは月餅にある。自分が負ければ月餅も殺されることとなるのだ。それは看過できない。
だが、自分の技は通じない。そもそもがレオンハルトが使っていた技だ。相手の行動がこちらより一瞬遅かろうが、直ぐにこちらを追い抜いて攻撃が行われる。
壁を越えても届かない高みを石丸は初めて体験していた。
魔人はこちらの目を見て言う。
「……本当に惜しい逸材だ。お前ならいずれ剣の理に到達することが出来るだろう。それこそ、魔人や使徒になれば俺を越える可能性もある」
その声の響きには、確かな残念の色が見えた。落胆ではない。ままならない、という想いを感じた表情だ。
「直にこの戦いも終わる。そして、お前達は死ぬ。仮にこの戦いで生き延びたとしても結末は変わらない。なら――」
レオンハルトはそこで目を細め、凄まじい殺気をこちらに向けて言った。
「ここで、殺させてもらう。それがお前という人間の剣士に出来る最大の賛辞だ」
そこで、レオンハルトは剣を八相に構えた。
剣を右手側に寄せ、左足を出す。しかし通常の八相とは更に構えが大きく、腕を大きく伸ばした状態で行うそれはJAPANで“蜻蛉”と呼ばれる構えに似ていた。
通常より強い斬撃を放てるその構えから放たれるのは、先程も見た魔人の必殺の剣。
「――“震天”」
その言葉とともに、石丸の視界は真っ白に染まった。
刹那、大地は再び震動した。
レオンハルトは石丸を殺す気で己の必殺技を用いた。人間相手どころか魔人相手にも出すこともない必殺技の一つ。それを放つことで、人間最強の剣士である藤原石丸の最期に花を添えてやるつもりだった。
十分な速度に、十分な力。“震天”は己の持てる技の中でも最大の威力を誇る。大地を斬り裂くほどの強大な力は、相手に受けることを許さない。防御を行えば相手の得物ごと叩き斬るし、少しでも切っ先が触れれば衝撃だけで全身の骨や臓器を破壊し、死に至らせる。並の人間なら即死だ。そうでなくとも戦闘の継続は不可能となる。
故にこの技を放った時点で、石丸は死は確定したはずだ。
だが、魔剣は大地のみを穿ち、地震を引き起こした。
人を斬った手応えはない。それを感じレオンハルトは目を見開いた。
「なに……!?」
そこに、石丸の姿は無かった。
周囲を見渡すようなことはしない。気配すら消えてしまったことは解っている。
完全にその場からいなくなってしまった。そのことを理解し、そして同時に気づいた。
石丸の背後に伏していた悪魔。月餅が地に伏した状態で僅かに口を動かしていた。
「……“すたすた”――」
それは、天志教独自の術の一つ。
帰り木と同じ効果であるそれは、拠点へと帰るためのもの。
それを知る由もないレオンハルトは、それを理解した上で息を入れた。
「……死の間際に石丸を逃したか」
随分と健気な事だ、とレオンハルトは月餅を見詰める。しかしどうにも解らないことがあり、レオンハルトは眉間に皺を寄せた。
「だが解せないな。何故、お前はここに残っている? 逃げられるのであれば一緒に逃げれば良かっただろう」
それが使えるのなら容易であったはずだ。それなのにそれをしなかったのは、既にそれを行うだけの余力が無かったのか、それとも、
「何か狙いでもあるのか?」
「…………」
月餅は答えない。
それはそうだろう。月餅は、既に生気を失っている。生命力が無くなっている。
魂を複数持つ悪魔とはいえ、この状態は間違いなく死だ。己の剣を受けたことでやはり耐えきれなかったのだろうか、今から改めて殺さずとも既に死んでいる。
だが、
「……やる、か」
レオンハルトは月餅にゆっくりと近づいた。
念の為、首と心臓、頭部を断つ。
人間ではないのだ。念には念を入れるに越したことはない。石丸は後からでもどうとでも出来るが、月餅だけは必ず殺さなくてはならないのだ。
普通の人間でないだけに、万が一逃げられればどうなるかは未知数。こちらが知らない何かを用いて生き延びることだってあり得る。
故にレオンハルトは魔剣で月餅を斬り刻むことにした。死んでいるのなら死体を貶めることになると理解しながら、己の任務の為に――
「――!?」
だがそこで、レオンハルトは不意の光を浴びた。視界が明るく染まり、
……何だ!?
攻撃、ではない。仮に月餅の攻撃だとすれば無敵結界を抜ける可能性はあるがその様子はない。しかし警戒して身を引こうとした時だ。レオンハルトは身体に起きている事態に気がついた。
「っ、身体、が――」
身体が動かない。
それどころか、力が抜けてきている。
死体となった月餅と、自分を中心に発生した謎の現象の名を、レオンハルトは口にした。
「“月餅の法”、か……!」
死した月餅は、魔人により致命傷を受けてから死ぬ前にあることを為していた。
一つは、石丸を逃がすための“すたすた”の術。
そしてもう一つが――封印術だ。
魔人を封じ込めるための術法を、己の命を代償にして発動していた。
この戦いが始まった時にはもしもの時があれば使うことになると覚悟していたその術だが、使用には術者の生命力が持って行かれる。悪魔である月餅とて、万全の状態でも寿命を削られ、瀕死の状態であれば死は免れない。
それだけの術を、月餅は迷うこと無く発動していた。
それは偏に、石丸のためであった。
己を受け入れてくれた石丸という男のために、月餅は命を懸けた。
石丸という希望の為であれば命が無くなろうとも構わない。どの道数年も生きられないというのなら、ここで使うのが何よりも彼らの為になる。
だから躊躇わなかった。地獄へと魂が帰っていき、薄れゆく意識の中で月餅は想った。
……石丸様……お先に、失礼致します……。
あの主は、きっと自分のような悪魔であっても悲しんでくれるのだろう。そんな主だからこそ、失わせたくはない。
そしてもう一つ、月餅はかつての主についても謝罪した。
……申し訳ありません、プロキーネ様……。
魂集収の為の任務はある程度はこなせたが、これ以上成すことは出来ない。ある程度の布教は行ったが、後は自然の流れに任せることしか出来ないのだ。そのことと、主を鞍替えしたことに対する謝罪を行い、月餅は闇に沈んでいった。
魔人レオンハルトは、封印術を受けて汗を流していた。
悪魔月餅による封印術。その存在こそ知っていたが、
……これほどの物か……。
普通の封印術程度であれば己の力のみで強引に突破出来ると踏んでいたが、流石に苦しい。抜け出そうとしても力が上手く入らないのだ。第三階級悪魔が使う封印術とはやはり普通の物とは違う。
とはいえ、レオンハルトは慌てることはなかった。
これしきであれば何の問題にもならない。こんなものでは自分は止まらない。まだ道半ばもいいところなのだ。止まるわけにはいかない。
故にレオンハルトは、気を落ち着けてそれを解放した。
「――――」
瞬間、封印術は内側から崩壊した。
「ほらほら、早く行きますわよ! きっとレオンハルト様が待っていますわ!」
「そうですよう始祖様! 早く行かないとレオンハルト様の格好良いところを見逃しちゃいます!」
それぞれの戦いを終えて合流した三体の使徒。キャロル、ハンティ、ペールは、レオンハルトの元を目指して戦場を闊歩していた。
既に前線の人間はほぼ駆逐し終わり、後は撤退した人間達を追討するのみである。故に殆ど戦うこともなく順調に使徒達は進んでいた。
ハイテンションで歩みを進める二人に対し、ハンティは肩を竦めて、
「……いや、早く行くならあたし一人で先に行ってるけど――」
「それは駄目ですの!」
「抜け駆けは駄目です!」
「――って、なるしねぇ……」
即座の応答が来た二人を見て呆れるようにハンティは息を吐く。そもそもレオンハルトの戦いなど飽きるほどに見ているというか体験している自分にしてみれば別に見たくもないものだ。
遅く行く必要もないが、かといって瞬間移動を使ってまで様子を見に行くほどでもない。心配だった使徒仲間二人とは合流したのだ。
それにレオンハルトがどうにかなるはずもない、とハンティは思う。人間如きでどうにか出来るなら、先に自分がどうにかしている、と思う。
……なんなら、石丸もあたしが相手に――。
と、それを考えるとそれはそれで愉しそうだな、と思ったところで三人の視界にレオンハルトの姿が見えた。
だが、その様子は妙であった。人間の姿はなく、そこには何かの死体があるだけ。そしてレオンハルトが不意にふらついて膝を突いたところで、
「……! レオンハルト様!」
真っ先にキャロルが駆け出していった。それに続いてペールとハンティも行く。
「な、何があったんですか!?」
「……まさか――」
人間に致命傷でも負わされたのだろうか。真っ先にそれを思考するが、レオンハルトに近づいたところでそれが杞憂であることは分かった。
どうやら向こうも気づいたようで、
「……お前達か。大丈夫だったか?」
立ち上がり、いつもと同じ冷静な様子で言うレオンハルト。
だがキャロルは心配した様子で詰め寄り、
「レオンハルト様は大丈夫ですの!?」
「今、膝を突いていたみたいですけど……?」
ああ、とペールの問いにレオンハルトは頷き、
「……大したことはない。慣れないことをしたからな。少し疲れただけだ」
そう言うレオンハルトの表情には汗一つない。魔人なので当然だが、身体に傷もない。だからこそ逆に違和感を憶えるが、別段突っ込むことでもないと思ったハンティは息を吐きながら、
「……ま、そんなところだと思ったけどね。負けるわけないし」
「わたくしも信じていましたわ! ――ですが、お疲れなら直ぐに休みましょう!」
「それなら良かったですけど、お疲れならお弁当――はありませんけど、お菓子食べます?」
手のひらを返したように喜ぶ二人の使徒をハンティが半目で見る中、レオンハルトは頷いた。
「ああ、貰う。だが、先に仕事を終えるぞ」
ペールの問いを了承しながらも、レオンハルトは死体に近づいていく。そして異形の顔を覗かせたその首を剣で分かつと、左手でそれを持ち上げ、
「キャロル。適当な箱に詰めておけ」
「畏まりましたわ!」
その首をキャロルに投げて渡すと、即座にキャロルは懐から出した布にその首を包んでいく。それを見ながらペールが嫌そうな表情になって引き気味に言う。
「うわぁ……凄いグロテスクですねぇ……ひょっとしてこれが悪魔ですか?」
「……こんなもの、持って帰ってどうするのさ」
続くハンティの問いにレオンハルトは魔剣を収めながら、
「手土産として使う」
「……なるほどね」
それだけでハンティは勿論、他の二人も察した。
魔王ナイチサへの手土産。任務達成の証拠として使える上に、これを手渡すことで機嫌を取れる可能性もある。その辺りのことも考えているのだろう。だが、
「藤原石丸の方には逃げられたの?」
聞くとレオンハルトは眉をひそめ、沈みかけた闘気を滲ませて言った。
「――“あいつ”の首は次に持ち越しだ」
「……そう」
ハンティは頷くだけに留め、敢えてそれ以上聞くことはしなかった。というのもレオンハルトの全身からひしひしと戦意が伝わってくるからで、
……
今までの経験上、分かる。レオンハルトが戦いで熱くなる寸前の気配だ。
今回は仕事として挑んだことと、相手が人間というのもあってそれはないと思っていたが、
……レオンハルトを熱くさせるくらいには、強いってことね……。
ザビエルを倒しているので考えてみれば当然だが、改めてそれを思い知った。これはもう、いよいよ次はレオンハルトも爆発してしまうだろう。そうなったらもう止まらない。周囲への被害を考えるくらいの理性があるが、今のレオンハルトが仮に全力の本気で暴れればどうなるのか。
そして石丸の強さは如何ほどなのか。それを思うとハンティは妙に震えてきて、
「……やっぱあたしもやりたいなぁ……」
誰にも聞こえないくらいの小声で呟いていると、
「――あら、藤吉郎さん」
キャロルの声に皆が視線を下に向けると、魔人ザビエルの使徒である藤吉郎が近寄ってきていた。
その手には白い紙を持ち、それをレオンハルトに向かって差し出そうと掲げている。レオンハルトがそれを受け取り、目を通すと、
「……これから追撃戦となるか」
「やっぱり、リー大将軍からですか」
その言葉に皆が察する。レオンハルトが手紙を懐にしまうと、そのまま踵を返して歩き出した。そして藤吉郎も自然に肩に乗ると、
「一度本陣に戻るぞ」
主の言葉にそれぞれが了承の言葉を返し、後ろから付いていく。指揮に戻るのだろう。となれば使徒である自分達も働かなければならない。
そしてふと、ペールが歩きながらハンティに向かって、
「悪魔って皆あんな姿なんですかね? もしそうならカラーって――」
という嫌そうな顔をして放たれる疑問にハンティは即座に答えた。
「……いや、もっと人間っぽい見た目になるけどね。その場合」
カラーが天使か悪魔に転生する“変化の時”のことを言っているのだろうと思い、説明する。だがハンティも直接見たことあるわけではないため、多分そうであろうという予想だ。クリスタルを持つ悪魔はいるし、おそらく間違っていないだろう。
だがそう言うとペールは表情を一転させ、笑みを浮かべた
「あっ、なら良かったです。もし悪魔化したら不細工になるのかと思って心配しちゃいました。――まあもっとも、もし私に変化の時が来ても天使になってたでしょうけどねっ!」
「…………」
瞬間、皆が無言になって思い思いの反応を見せた。レオンハルトが真顔になり、キャロルは笑顔のまま、ハンティも曖昧な笑みを浮かべる。しかし皆が一様に心の中で、
(いや、悪魔だろ)
「絶対悪魔になりますわ」
(悪魔だよねぇ……)
皆の思いが一つになった。
かくして、第二次キナニ平野の戦いは終結した。
参謀である月餅の戦死。そして多くの将の死によって士気が低下する中、藤原石丸は辛くも生き残った。
だが魔軍の総大将である魔人レオンハルトに敗北したことは多くの人に伝わり、そのことがまた人類の意志を挫いた。
多数の損害を出した人類軍の戦線は大きく後退し、藤原石丸も再び回復に追われている。
――人類軍の敗戦は、刻一刻と近づいていた。