まあ年末ということで良い充電期間になった+時間も多く取れそうですし、頑張っていきたい。
本編どうぞ
第二次キナニ平野の戦いから一ヶ月。
人類圏の都市に築かれた魔軍司令部では、今日も明るい声がそこかしこから響き渡っていた。
「ははは! 今日も快勝だな!」
「脆弱な人間共が、逆らうからこうなるんだ!」
多くの魔物兵が戦争の話を肴に食事や酒を口にしている。暗い雰囲気は無く、あるのはすでに戦勝したかのような空気だけだ。だからこそ、このように戦闘後であれば多少の羽目を外す。
しかし何人かの魔物隊長が魔物兵の元にやってきて、
「あまりやり過ぎるなよ。楽勝とはいえ、まだ終わっていないんだからな。そういうのは勝ってからだ」
「歯ごたえが無さすぎて緊張感が無くなりそうになるのは分かるけどな」
そう言いながらも軽く酒のボトルを傾けて中のアルコールを喉に通す。宴会とまではいかないが、軽い息抜きがてらに旨い料理と酒を味わう。
そして遠慮することもない。何しろ今口にしているものの殆どが、人間の街から奪ってきた食料であるからだ。既に大陸南側の部隊や都市は陥落しており、戦線に余裕が出来たところ。残るは東側のみであり、哨戒や斥候、見張りに割く人員も少なくなる。となれば一度前線に出て交代、後方に下がった部隊に対しては、ある程度の騒ぎも許容される。数日経てば、もしくは相手側に動きがあればこちらも動くことになるが、それまでであれば問題ない。働く時に働き、休む時は休む。レオンハルト軍のポリシーのようなものだ。
ゆえに魔物兵も承知している。魔物隊長の注意を受けて、酒も程々にしながらも、雑談はやはり戦争の話題になる。
「それにしても、あとどのくらいで終わるかね?」
その問いの主語は、当然この戦争のこと。流れとして理解している魔物兵達はその問いを聞いて数秒の思考の後に自分の思う答えを口にする。
「あー……後1ヶ月くらいで終わったら嬉しいけどなぁ。さすがに3、4ヶ月は掛かるんじゃねぇか?」
「確かに。俺も早く街に帰りたいな……」
「マジか? 俺はもうちょっと暴れたいけどな。これほどデカイ戦いでしかも勝ち戦なら手柄も取れるかもだし」
「わかるぜ。戦いを楽しむのもそうけど、出世を考えるならここで上の目に止まるような働きぶりを見せなきゃな」
もうちょっと暴れたい派の魔物兵の発言に早く街に帰りたい派の魔物兵達が“なるほど”と、得心したように頷く。とはいえ、と一体の魔物兵が、
「そこまで長引かない気もするな。敵の大将を討ち取ったら終わるだろうし」
その言葉を聞いて、多少場の空気が引き締まる。“敵の大将”というのは人間とはいえ魔物兵達にとっても恐れる相手でもあるのだ。
「……藤原石丸、だっけか。あのザビエル様を倒したんだよな……」
一体の魔物兵が身を軽く震わせながら言う。一介の魔物兵でしかない彼らにとって、遥かに強大な存在である魔人、その中でも上位の存在であったザビエルを倒した人間というのは魔人と変わらない恐怖を与えてくる。
だがその恐怖はある存在のおかげで緩和されるのだ。そのため続く言葉を放つことも出来る。それは、
「でもレオンハルト様は余裕だったらしいし、そこまで怖がることもないだろ」
「……だな。最近は戦場にも出てこないし、出くわす可能性も低いだろ。もし出てきてもレオンハルト様が何とかしてくれる」
魔物兵達は口々に自分達の上に敷いている魔人レオンハルトの名を出す。
最強の魔人という肩書とそれに相応しい戦い振りを目撃した魔物兵達にとって、レオンハルトへの信頼は極限まで高まっている。強者への畏怖と服従は力を何よりも重んじる魔物社会では至極当たり前のこと。多少強いくらいでは下剋上も目論むが、隔絶とした差があればそんなことを考えもしない。
そうして不安を霞ませた魔物兵達は再びボトルを傾けようとして、
「っ!」
遠くから響いてきた不意の轟音に揃って身を跳ねさせた。
それは巨大な存在が力を放った鳴動だ。
だからこそ魔物兵達はそれで動くことはなく、代わりに少し小さな声で、
「……それよかレオンハルト様の戦闘に巻き込まれないことを考えた方がいいだろ」
「……だな。周りに構わず戦う方じゃないとはいえ、前の地震とかも普通に危なかったからな……」
はぁ、と魔物兵達は夜空を見上げて、少し離れた場所にいるであろう魔人を思い嘆息した。
ハンティは、背中で大地を感じていた。
視界には木々、そして星空。耳には風が歯を揺らす音や、水の流れが聴こえる。自然の中で生きる種族であったハンティにとっては馴染みある雰囲気であり、落ち着ける場所だ。
しかし、全身に感じる痛みと気怠さ、そして心にある気持ちは、落ち着きとは程遠いものである。
その原因が、足音と共に近づいてきた。
「まさかぶっ倒れるまでやるとはな。お前にしては珍しい。何か心境の変化でもあったか?」
こちらを見下ろしながら告げる声に、ハンティは意地で背中を起こしてやってきた男に視線を向けた。
そこには先程まで月一の模擬戦で争っていたレオンハルトが魔剣を手に持ち立っている。そしてその問いに対しハンティは眉根を寄せながら答える。
「……別に何もないけど。そろそろ一本くらい取ってやろうと思ってたけどね」
「……そうか。少し戦い方が苛烈になった気もしたが……」
「……それ、あんたが言うの?」
一度昂ぶったら苛烈どころか周囲に被害を与えるほどに暴れ回る戦闘狂に言われたくはない。そう思っての事だったが、今回は何故かレオンハルトも眉根をひそめてこちらを見ると、
「いや、お前も最近は酷いだろ」
「は? 何言ってんの。別に普通だけど」
心外だとそういう意味を込めて告げるがレオンハルトの表情は変わらず呆れるように息を入れた後に、
「……気づいてないのか? お前、戦っている間ずっと笑ってるだろうが」
「…………笑ってないけど?」
視線を逸らして言う。自覚があるけど認めたくない気持ちの現れだ。特にレオンハルトの前では影響されてるみたいでちょっと癪だし。
だがレオンハルトはこちらを半目で見下ろすと続けて、
「今も笑ってるのにか?」
そんなことを告げてきた。
ハンティはそこでドキッとしてしまい、
「はぁ!? そんなわけ――」
と、自分の口元に触れてみたが別に笑っているということもなく、
「ああ、今は別に笑ってないな。……まんまと引っかかった使徒がいるが」
「っ……!」
こちらを見て口元の片方を吊り上げたレオンハルトを見て、ハンティはそこで嵌められたことに気づく。おそらくこちらの表情が動いたのを見て更に笑みを深めたレオンハルトが、
「くく、そうか。お前もとうとう俺と戦うのが愉しくなってきたんだな。しかもそれを隠そうとするとは……何だ、恥ずかしいのか? そう考えるとお前にも可愛いところがあるじゃないか――」
「~~っ! 雷撃!!」
我慢できず反射的に雷撃をレオンハルト向けて放つ。
しかし何の仕掛けもない魔法一つ。仮に無敵結界が無かろうともその程度が通じるはずもない。あっさりと魔剣に断ち切られるとレオンハルトが更に続けて、
「おいおい、別にそこまで恥ずかしがることもないだろう。使徒としてもドラゴンとしても好戦的なのは普通だし、俺の使徒なら尚更だ」
「く……そうかもだけど……!」
かもしれないが、何度も言うがそれを認めるのは微妙な気分になる。
しかし、
「……そういえば新技をお前に受けてもらおうと思ったんだが――」
「! へぇ……?」
それを聞いて最初に湧き上がったのは期待と愉しみだ。
目を輝かせ、口角を上げたところで、
「そんなものはない。……というか気づけ」
「えっ、あ……」
ないことに残念を感じ、そして直ぐに気づく。
……またあたし、笑って……。
しかも明らかに期待を滲ませたような表情になってしまった。これはもう言い逃れのしようもない。そして何より、
「……はぁ~~~……」
――自分の心は誤魔化せない。
大きく息を吐くと、ハンティは頭を抱えて蹲り、
「あたし、もう駄目だ……」
「……そこまで落ち込むか?」
微妙な表情で言うレオンハルトの言葉にも顔を上げず、
「……いつからこうなって……いや、考えても遅い。あたしはもう、レオンハルトと同じ戦いを愉しむ戦闘狂になってるんだ……」
ぶつぶつと呟き、地面を見る。きっと今の自分は死んだ目をしているのだろう。レオンハルトもこちらに気を使っているのか、窺うように、
「……ま、まあ悪いことではないだろ。嫌々でやるよりかは……」
「……あんたは良いよね。最初っからそうだし……」
「いや、俺も別に、最初っからそうだったかと言われると違うんだが……」
何気に初めて聞くことだ。そうなのか、と内心で頷く。ある意味で慰めになるが、それだけでは足りず、
……まあ、ドラゴンの本能だし……。
明らかに大本の原因がそっちだと思うし、そう考えればそこまでマイナスにも感じない。ゆえにこれからはドラゴン的な戦闘狂なのだとそう思うことにして、
「……はは。そう考えると楽になれそう」
一度認めると今まで胸にあったものがスッと消えて軽くなる。
そして代わりに、戦闘への意欲が増してきて、
「……レオンハルト。次に戦うのっていつだっけ?」
「次に戦うの? ……人間とのか?」
頷く。その予定を聞いた。
するとレオンハルトは少し間を置いた後に、
「……何もなければ次の戦いは三日後だ」
三日後。藤原家との戦いは三日後となる。
そのことも知っていたはずだが、改めて聞いた。予定が変わることもあるが、それよりも、
「……なら、明日か明後日まではやれるね」
「!」
告げた言葉にレオンハルトの目が驚きに見開かれる。そして直ぐに気を取り直して、
「……まだやる気なのか? 約束は月一の筈だが――」
使徒になった際の月一で戦う約束を持ち出してくるが、ハンティはそれに不敵な笑みで答える。
「別にいいでしょ。最低限月一ってことだし。……それに、まだ一回目も終わってないよ?」
戦意を滾らせ、再び立ち上がって剣を構える。戦いはまだ終わっていないと姿勢で訴えかけた。
だが、にもかかわらずレオンハルトは迷ったように渋い顔のままこちらを見詰めている。何を考えているか解らないが、らしくない、と思う。難しい立場で考えることもあるのかもしれないが、
「レオンハルトだって溜まってるでしょ? 少しは抜いておいたほうが良くない?」
「…………」
レオンハルトは無言となる。だがそのはずだ。
何しろレオンハルトが愉しみとしていた藤原石丸との戦い。その戦いは前回は不完全燃焼で終わり、それから一度として石丸は戦場に現れていない。
期待も鬱憤も相当に溜まっているはずだ。元より強い相手との戦いが無いとストレスを感じるのがレオンハルトであり、適度に解消することを望んでいる。自分も元々はレオンハルトの相手をするために使徒になったのだ。それを思えば自分の行動は使徒として間違っていない。
「これ以上我慢するとイライラしてしょうがないでしょ? 三日後に戦えるかも微妙だし、調整は必要だよね」
そして何より、自分が強い相手と戦いたいのだ。
どう頼んでも石丸との戦いを許可してくれるわけがないし、それ自体は納得している。別に逆らう気もない。
だがレオンハルトの相手はそもそもの自分の役目であり、義務なのだ。妨げるものは何もない。存分に戦うことが出来る。
故に、
「…………いいのか?」
レオンハルトが静かな声で言う。
その身から再び闘気を滲ませ、
「悪いが、気遣う余裕はあまりねぇぞ?」
あまり見せることのない荒々しい口調で、確認を取ってくる。
つまりは、愉しむための戦闘をここである程度解放するということだ。
ハンティは思う。普段、魔人として行動し、戦うレオンハルトも圧倒的で畏怖されるべきものだが、
……こっちの方が、楽しいんだよね……!
戦闘狂となったレオンハルトの方も恐ろしいと。
ハンティとしては模擬戦でこの状態を相手にすることが多いので、とても馴染み深い。
だからこそ、ハンティはレオンハルトの確認に笑みで答えた。
「いいから早くやろうよ……!」
その返事に、レオンハルトの笑みが深くなる。魔剣を構え、
「……戦いの準備や最終確認もあるから明日までだ。だから、それまでは倒れてくれるなよ?」
「あんたこそ、途中で萎えるんじゃないよ!」
「ハハッ、言うじゃねぇか! ――なら、愉しませてもらうぜッ!!」
ビリビリと大気ごと身体を震わせるような気迫に、ハンティは引かずに突っ込んでいった。
「こっちこそ! 愉しませてもらうからッ!」
魔人レオンハルトとその使徒であるハンティ。
二人の模擬戦が星空の下で始まり、お互いに鬱憤や色んなものを吐き出すように気兼ねない戦いを愉しむ。
ハンティは石丸とも戦えず、自分の湧き出る欲求を解消するため。
レオンハルトはいずれ来る石丸との戦いへの不安や不満、自分の中に溜まった期待や戦いの熱を解消するため。
だが、二人は――否、魔軍の者達は知らなかった。
その藤原石丸が現在、
石丸を苦しめているものの名。それは――“挫折”であった。
次回、「初めての挫折」となります。